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2006年9月の9件の記事

2006年9月27日 (水)

【時習26回3-7の会 0052】~旧3-10手塚T君との再会、恩師黒川先生、山田K義君の誕生日祝い、三浦雄一郎の一念発起!!

■今泉悟です。【時習26回3-7の会 0052】をお送りします。城跡巡りは【0053】号以降でのご報告とさせて頂きます。
さて、9月も最終週となり、小生も疲労困憊一歩手前です。が、【時習26回】絡みで、いろいろな興味深い事象がおきて居ますので、元気を振り絞り皆さんにmailをお送り致します。
T060926 ■まずは、添付写真「手塚T君と」をご覧下さい。実は、昨日26日、当店(田原支店)に旧【3-10】の同期の手塚T君が訪問してくれましたのです。その事からご報告致します。彼は、小生と同じ旧T銀行に昭和54年、小生より1年後に入行。【時習26回】の同期でT銀行に入ったのは彼と小生の2人だけ・・。小生がdomesticに、名古屋、仙台、東京、名古屋、東京、名古屋とどさ回りをしていた頃、俊英の手塚君は、専ら海外部門で経歴を重ねて行きました。即ち、New York(5年間)、London(3年間)、Manila(4年間弱)と、海外に11年以上駐在し、その後は東京大手町にある東京本部の国際○○部等の仕事に従事し実績を積み重ねて来ました。でも、そんな彼も、長い海外生活には輝かしいことばかりではなかったみたいで、いろいろなhappeningがあったそうです。New Yorkでは地下鉄で暴漢3人組に金を脅し取られたとか、Londonでは空巣にあってゴッソリ家財等を盗まれたとか、苦労もされました。現在はお子さん達を東京に残してのご当地勤務だそうです。直近は小生と同じく出向も経験。今般、小生と同じ部門のretail所属となり、先週から支店長待命研修としてT支店に勤務している、ということで表敬訪問してくれました。彼とは一度もクラスは一緒にはなりませんでしたが、銀行に入ってから【時習26回】の同期ということで親交を重ねて来ました。添付写真は、今日、当店応接室での記念撮影です。携帯電話の撮影であるため画像解像度が低い点はご容赦下さい。
Photo_32■続いての写真(DSC 0528)は、黒川喜七先生の記事が昨日25日の東日新聞に掲載されていましたのでご紹介します。先生には、英語のGrammarを確か2年生の時だったと曖昧な記憶ですが、教えて頂いたことは確かです。実際、何年生のとき教えて頂いたかはっきりした記憶はありません。とにかく真面目な先生でdark grayのスーツが良く似合っていたことを覚えています。新聞のスナップ写真(下)で相撲の蹲踞(そんきょ)の先生の後ろ姿がありますが、確かに刈上げ頭であった先生の昔の懐かしい姿ですね・・。
■続いて、明日28日は確か、山田K義君の誕生日じゃなかったかな。K義君、お誕生日おめでとう。貴兄の従妹H崎さんから聞きました。小生、H崎さんも9月生まれですね。お互い健康に気をつけ頑張って行きましょう。
Photo_33■健康・・と言えば、昨日26日の日経新聞の「私の履歴書」が印象的でした。今月は、プロスキーヤー三浦雄一郎の自伝ですが、65歳から一念発起(・・二橋君、B起ではありません・・ゴメン・・)してtrainingして行く姿勢に敬服しました。その結果彼は、世界最年長Everest(Qomolangma)登頂を達成しましたね。scaleは流石に全然違いますが、我々だってまだ50歳そこそこ・・、40歳代は勿論30歳代の体力を取り戻すことも十分可能だと思いますよ。三浦雄一郎が体力と取り戻した努力のprocessがよく判る記事です。添付写真(DSC 0527)でご覧下さい。(了)

2006年9月24日 (日)

【時習26回3-7の会 号外】~思い出のトランプから(続編)

■今泉悟です。昨日23日は名古屋に歌劇フィガロの結婚の映画版を見に行った。ヘルマン・プライのフィガロ、D・フィッシャー・ディースカウのアルマヴィーマ伯爵、ミレッラ・フレーニのスザンナ、キリ・テ・カナワの伯爵夫人(ロジーナ)、カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルの演奏。1976年の制作。今は亡き往年の大歌手プライ、同じく亡き大指揮者ベームの名演奏を含め、皆素晴らしい演奏だった。映画だったが、その分、舞台のオペラよりずっと原作に忠実でrealityがあり感動的であった。

■今日は、9月24日。小生の51歳(!!??!!)の誕生日。本格的50代への突入・・。彼岸の中日も過ぎながら、亡母の墓参りをしていない・・。昼下がり、花を買い、「彼岸の明けは中日の後3日だから、26日までよかったかな」と自分に言い聞かせながらお墓へ・・。

■お参りを済ませ帰宅。自分の小さい書斎(と言うには遠く及ばないが・・)の机に向かう。そして、期限が月末に迫っている(~所謂、出向対策講座~)「総務・経理部長コース」の通信教育の本と確認テスト用紙を取り出し「さぁ、やらねば・・」と思い、ペンを取る。すると脇の本棚に向田邦子の「思い出のトランプ」の文庫本の背表紙が目に入った。「そう言えば、この間blogに書いたナ」と思いつつ、本に手をやり、パラパラと捲った。

■向田邦子の文体は、本当に小気味が良く、小生は好きだ。「耳」と言う短編小説が目に留まった。全部で文庫本で13ページの短い文章だが、主人公は我々と同世代か若干年長の50歳代の男。四半世紀前の作品なので一世代前の話だが、何故かフィット感がある。男にはこういう身勝手な幼児性がある・・。では、以下に抜粋を紹介する。

◆耳の下で水枕がプカンプカンと音を立てている。

 氷は疾(と)うに解けている。

 頭を動かすたびに、なまぬくい水がふなべりを叩く波のように鼓膜に伝わってくる。

 熱は下がったらしい。

 今から出勤すれば午後の会議に間に合うと判っているが、楠は休むつもりでいる。一年に一日ぐらい欠勤するのも悪くない。無遅刻無欠勤は、ひと昔前なら出世の近道だったが、いまは融通の利かない上役と馬鹿にされたりする。

 日向(ひなた)臭い水枕のゴムの匂いを嗅いでいると、五十面(つら)下げてなにかに甘ったれたいような、わざと意気地なく振舞いたいような気分になってくる。

 小学生のときのずる休み。体温計を腋(わき)の下にはさんでいるときの、無限とも思える長い時間。目盛りをたしかめる母親の真剣な目。水銀柱が三十七度の赤い線から上にあがっていないと、起きて学校にゆかなければならなかった。     (中略)

「おい」

 女房の名を呼びかけて、気がついた。

 今日一日勤めを休む、留守番をしてやると言ったので、女房は出掛けている。

 楠木は、寝巻の上に女房の茶羽織を羽織り、水を飲みに立った。

 女房の居ない家は、他人の家みたいだ。     (中略)

 今日はどうしたというのか。下ったと思ったが、やはり微熱があるのだろうか。ひとりで茶の間に坐っていると、家中の壁や押入れが、しめし合せて隠しごとをしているように思える。

 体のなかで、小さくたぎるものがある。     (中略)

 楠は二階へかけ上った。

 息子の部屋に入り、机の抽斗をあけた。ビニールカバーのポルノ雑誌がころがり出た。本棚のウォークマンも、床にほうり投げた。

 娘の部屋にとびこみ、机の抽斗に手を掛けようとして、足の裏に鋭い痛みを感じた。

 画鋲大の金色のアクセサリーらしい。七ミリほどの針のようなものが飛び出ている。すぐにピアスと判った。耳朶に小さな穴をあけて使うイアリングである。

 つい半月前、親にかくれて耳朶にピアス用の穴をあけたことが判り、食卓で親子喧嘩なったことがあった。

「いま流行なのよ。みんなやっているわ」

 言いつのる娘に、

「それじゃみんな人殺しや泥棒すれば、お前もするのか」

 売り言葉に買い言葉で楠も譲らず、二、三日は口も利かないということがあった。

「いまからどなったって、穴がふさがるもんじゃなし。そういうご時世なんでしょ。」

 女房が取りなして、なしくずしに和解した形になっていたが、足の痛みと、滲んでくる血の色を見ていたら、体が熱くなるほど腹が立ってきた。

 勢い込んで、抽斗をあけると、女持ちのライターが目に入った。奥に煙草があった。     (中略)

 楠は立てつづけに煙草を喫った。

 すこししけっていたが、目に沁(し)みて涙が出てきた。

「パパ、なにしてるのよ」

 いきなりどなられた。

 娘が大学から帰ってきたのだ。

「黙ってひとの部屋に入って。いくら親だってひどいわよ」

 気がついたら、食ってかかる娘の横面を殴っていた。

「文句を言えた義理か。これはなんだ、これは」

 喫いかけの煙草とライターを突きつけ、踏みつけたピアスと足の裏の傷を持ち上げてみせたところで、理屈にもなっていないことは、楠にもよく判っていた。

 一足遅れて帰ってきた女房が、二階も下も落花狼藉(ろうぜき)の有様に呆然としながら、それでも子供の手前、

「お父さん、風邪だけじゃなくて、血圧も高いんじゃないんですか」

 ことばは夫をかばいながら、薄気味悪そうに楠の目の色をのぞき込んでいた。     (以下略)

【後記】■なんかこういうsituation、ばかにrealityがあり過ぎて、ちょっと怖い感じがした・・。(了)

2006年9月22日 (金)

【時習26回3-7の会 号外】~二橋君・J司君からの便り(mail)ほか

Photo_14 ■今泉悟です。本来ならば、今週末に【0052】号として出状する予定でしたが、二橋君と鈴木J司君のお二人からmailを頂戴しながら1週間もwaitingしていたら皆さんに大変失礼と思い、城跡巡りは正式な【0052】号にてご報告することとして、まず、お二人のmail関連を送信致します。
■二橋君へ、【再送】mailへの返信ありがとう。貴兄が判別不能と仰っているのは、写真解像度の問題というよりそもそも顔と名前がくっつかないというこですね。であれば、話は早いです。写真と名前の突合して頂ければ大丈夫です!!
■今朝6時に貴兄に送信した同窓会2次会の全体写真をご覧下さい。前列右から左へ、菰田君、高木さん、伊庭さん、金子君、そして、伊庭さんと金子君の間の1列目と2列目の間にいるのが伊東君、そして、2列目、右から竹内君、スナック司のママ、牧野君、菅沼君(旧3年5組)、今泉、井上君、彦坂君、峯田君です。お解りになりましたか・・?
■それでは、二橋君からの【再送】mailをご紹介致します。
■From: Yxxx_Nihashi@jp [mailto:Yxxx_Nihashijp]  Sent: Wednesday, September 20, 2006 9:54 AM To: 今泉悟 Subject: Re: 2.54MBの写真 ■今泉殿 ■再送ありがとうございます。 ですが意味無かった。 やはりようわからん、 声を聞いて、姿を見れば分かるでしょうが・・・・ こちらも加齢とともに記憶があやふやになってるので "あ~" だの "え~”だの母音しか出てこない可能性の方が高い。 近況というほど話すものはありません。 6月に現部署に異動、入社以来8つ目の業務かな? 本社組織ですが本社にはスタッフが3人いるだけで、実働70人が3工場にいるという状態にあり、未だに人と顔が繋がりません。
私生活は離婚もせずに今年で銀婚式。 女房 一人に 子供はなし。 50歳になって一念発起(B起ではない・・・・これで皆に転送できなだろう・・・) してスポーツジム通いを開始。 水泳中心に健康管理しておりますする。 体重はここ半年で5%落とし、入社時のレベルに戻してます。体脂肪率は貴兄の半分ですな。(←筆者注■オットドッコイ、小生も現在毎朝腹筋を30分程やっていまして、体脂肪率はいい勝負だと思いますよ。)会社の健康診断項目は全てspec内をkeepしておりますが(参ったか)
、体力、集中力の低下はいかんしようも無い。 漢字も書けなくなったし、人の名前も忘れてしまった。
(←筆者注:これは小生も全く同感です。)是非死ぬまでに一度お会い致しましょ。(←筆者注:二橋君、そんな「死ぬまでに」なんて寂しいこと言わずに来年の同窓会までに一度会いましょうよ。不肖今泉、【3-7の会】であれば何処でも参上致しますですヨッ。)よいお年を。(←筆者注:「よいお年を」なんて言わずにね、一度年内に会いましょう!!)
二橋
From: jxxx suzuki [mailto:jxxxx@xxxjp]  Sent: Wednesday, September 20, 2006 5:42 PM To: 今泉悟 Subject: Re: 【時習26回3-7の会 0051】~二橋君からの便り
■鈴木J司です。ニ橋君とは懐かしい名前です。今、東京ですか。頑張ってるみたいですね。それにしても今泉君のこの情熱はどこからくるのでしょう(←筆者注:ウ~~ン、【3-7の会】のclassmates間の親交を深めて【3-7の会】としてのIdentityを高め、自分の若さを維持する場としたいと張り切っているってぇ処ですか・・。私事ですが、元気な親に引導をわたす(変な意味でなく)のも大変な仕事です。私がしあわせ過ぎるだけかもしれませんが。それやこれや来年の会でゆっくり話しましょう。必ず出席します(←筆者注:ハイッ、是非来年は参加して下さいね。)。では。 J司
【後記】Photo_12 ■9月18日に実施した城跡巡りの中から徳川家のルーツ松平郷の「高月院」近くの萩と彼岸花のスナップです(添付写真ご参照)。とても綺麗でした。
1001 ■今日、21日の地元新聞「東愛知新聞」に、旧【3-9】の福井A輔君が10月1日より、豊橋市教育委員会の委員長に就任するという記事が載っていましたので写真(添付写真ご参照)でそのままお知らせします。各界における同期の活躍は心強く思います。そして福井君が我が郷土豊橋の青少年教育の健全性の維持・発展に大きく貢献してくれるようYellをおくります。(了)

2006年9月20日 (水)

【時習26回3-7の会 0051】~二橋君からの便り

■今泉悟です。【0051】号を送信します。今日は19日(日付が変わって20日)。会社からの帰りの夜道はめっきり秋めいて道すがら虫の音が秋到来を告げています。皆さんは如何お過ごしですか。 さて・・、
■また嬉しい知らせです。久しぶりに二橋保彦君からmailが届きました。 原田君へ、貴兄が気にかけてくれていましたが、ドッコイ、二橋君はご覧のとおりとってもお元気なご様子ですよ。一度mailでも差し上げて下さい。
■From: Yxxx_Nihashi@xxx..jp [mailto:Yxxx_Nihashi@xxx..jp]
Sent: Friday, September 15, 2006 9:36 AM
To: 今泉悟 ■
ご無沙汰しております。(中略) 私現在 浜離宮の隣、築地市場の端のビルに通勤しております。 生産物流部を担当しております。 主力工場が三重県四日市にありますので、実は月に2度豊橋は素通りしております。 悪しからず。■8月12日の写真は拝見しましたが、昔から老けてた今泉以外判別不能。皆さん年相応に歴史を刻んでおられると感じました。 単に写真の解像度が低く一番前にいる今泉、伊東君くらいしかよく見えないかったというのが実情です。 申し訳ありませんがよろしくお願いします。 二橋 (←筆者注 mail配信した同窓会の全体写真がボケてましたか・・?ゴメンなさい。 因みに小生は全体写真では2列目中央やや左に居ます。伊東君の横は金子君です。写真の解像度については、容量を落としていますので低いことは低いですが、最近では100~200KBで配信していますので、10名位の全体写真なら大抵のPCで皆さんの顔は判別できると思うのですが・・。 この【時習26回3-7の会】ブログをご覧の皆さんは、調子は如何ですか?ボケていますか・・? 折角ですから、二橋君の為に、今日は同窓会2次会の全体写真を503KBと前回送信分より4~5倍に解像度を上げてみました(添付資料ご参照)。Aadsc_0151_1 二橋君、これならどうですか?原本は2.54MBなので、もし今回の画像でも判別不能でしたらご一報下さい。さらに解像度を5倍に上げた原本versionを貴兄に送信します。
【後記】■季節は漸く秋らしくなってきました。17日の日経新聞「春秋」には秋の七草についてcommentしていました。秋の七草といっても、萩や桔梗、撫子、尾花(=ススキ)位はすぐ解かりますが、葛、女郎花(オミナエシ)、藤袴となるとピンと来ないでしょう。そこで、秋の七草を添付しておきました。ご覧下さい。それから、七草を語呂合わせで詠った和歌をご紹介します。春の七草(せり・なずな ごぎょう・はこべら ほとけのざ すずな・すずしろ これぞ七草)ほど有名ではありませんが、覚え易い歌になっていますね・・。
  萩・桔梗 葛(クズ)・女郎花(オミナエシ) 藤袴(フジバカマ) 尾花・撫子(ナデシコ) 秋の七草  Hagi1 Kikyou1 Kuzu1 Ominaesi11 Hujibakama1 Susuki11 Nadesiko1 (注)尾花とはススキのこと。秋の七草を添付資料でご覧下さい。
■話変わって、小生が好きな種田山頭火の自由律俳句のいくつかを今回は「秋」を主題に選んでご紹介します。五七五に捉われない奔放な詩をご賞味下さい。
 
 糸瓜(へちま)ぶらりと地べたへとどいた
 まことお彼岸入(ひがんいり)彼岸花
 ここを墓場とし曼珠沙華燃ゆる (~昨日(18日)、松平郷の高月院で萩と彼岸花(=曼珠沙華)の艶やかな姿を見ました。次回、ご紹介致します。)
 鳴いてきりぎりす生きてはゐる
 働いても働いてもすすきッ穂
■【時習26回3-7の会】ブログのURLを以下に記します。最近、mailせずにブログに【時習26回3-7の会 号外】~爆笑問題・太田光「憲法九条を世界遺産に」について~を直接掲載しました。興味のある方は以下のURLをクリックして下さい。blogに繋がります。

URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

■昨日18日は、小生旧3-2の中嶋Y行君と旧3-3の谷山K君と城跡巡りをして来ました。今回は岡崎~豊田(松平郷・足助)の山中城、岩津城、大給(おぎゅう)城、高月院、足助城です。この模様は次回【0052】号にてご報告させて頂きます。
060916 ■あぁ、それから、16日に地元新聞「東愛知新聞」に前回【0050】号にてご紹介した甘泉寺の高野槇の記事が出ていました。国の天然記念物に指定されている高野槇は甘泉寺のものと宮城県田尻町のものの2本だけといいます。新聞より先に皆さんに紹介でき、ちょっと気分がいいです。ハイッ。(了)

2006年9月17日 (日)

【時習26回 3-7の会 号外】~爆笑問題・太田光の「憲法九条を世界遺産に」について

■今日は、最近読んだ掲題の本についてご紹介します。

■なかなか面白かったので、その一部をご紹介します。

■なお、今回もmail配信していません。

【人間の愚かさを知るための世界遺産】

太田 世界遺産をなぜわざわざつくるのかといえば、自分たちの愚かさを知るためだと思うんです。ひょっとすると、戦争やテロで大事なものを壊してしまうかもしれない。そんな自分たち人間の愚かさに対する疑いがないと、この発想は出てきません。人間とは愚かなものだから、何があってもこれだけは守ることを決めておこうというのが、世界遺産の精神ですよね。そんな規定がなくても守られるのなら、わざわざ世界遺産なんて言わなくてもいいわけです。(中略)日本国憲法の九条というのは、ひょっとしたら間違いを犯すかもしれない、そんな愚かな人間だからこそ守っていかなければならない世界遺産なんです。絶対守るべきだという断言はできないんですけど。(中略)

【日本国憲法は環太平洋的平和思想】

太田 (前略)憲法九条があるおかげで、戦争を否定することがいいのかどうか、逆に改憲論者の人たちの意見も出てくるわけです。護憲派と改憲派がこっちに引っ張り、あっちに引っ張りと、たくさんの意見が出て、迷い続ける。じつは、その迷いこそが大事じゃないかと僕は思うんです。(中略)矛盾を正せば迷わなくなるんでしょうけど、迷わなくなるほうが危ないと思う。(中略)憲法九条を世界遺産にするということは、人間が自分自信を疑い、考え続ける一つのヒントであるということなんですね。

【後記】■太田光については、先日NHKの教育テレビで「爆笑問題v.s.東京大学」(正式な題は忘れました)とかいう討論会を見ました。爆笑問題の二人と言ってもほとんど太田が一人で東大教授等と論理的に負けることなく話続けていました。ほんと、本も沢山読んでいて、しっかり勉強(考えて行動)しているなと感心させらました。その彼が本を出したっていうので、早速「憲法九条・・」を購入し読んでみました。期待に違わぬいい本でした。

■近く、安倍晋三新内閣が誕生しますが。安倍新首相が公約に掲げる「憲法九条改正」問題は、早晩、我々に国民投票というかたちで「護憲」か「改憲」かの判断を問うて来るでしょう。その時、我々は、将来の日本を決める大きな分水嶺に遭遇することとなります。その際、後顧の憂いがないよう、結論を自ら出さねばなりません。その判断材料の一つとして、この本は少しは役立つのではと考えます。皆さんの意見は如何ですか。mailでも頂戴できれば幸甚です。ハイ。(了)

2006年9月15日 (金)

【時習26回3-7の会 0050】「中山Y敬君のタイからの便り」と「秋篠宮家命名の儀」

■今泉悟です。 また嬉しい知らせです。 タイ在住の中山Y敬君からmailが届きました。例のアンコールワット紀行は以下に彼が説明してくれたとおり行けなかったそうですが、変わって、彼の入院こぼれ話を面白く(中山君、失礼!)聞かせてくれます。まずは、中山君ご快癒おめでとう。それでは、中山君お願いしま~~す。
↓↓↓
From: Yxxx Nakayama [mailto:xxxxx@buddybb.com] Sent: Tuesday, September 12, 2006 9:07 PM To: xxx4@nifty.com Subject: 中山です。
Apicture_045_1Apicture_076■ご無沙汰しています。いつも通信を楽しく読ませてもらっています。 さて、アンコールワットの件ですが、残念ながら行くことができませんでした。 その代わり、お金 を払うだけでは行けないところに行ってきました。 
■実は、7月中旬から体調を崩してタイの病院に2週間入院、その後日本に戻り病院と自宅での療養を続け、先週タイに戻ってきました。 クラス会が行われた8/12は、多治見の病院でひたすら寝ていました。 タイの病院はホテルのようだと、以前から話で聞いていたのですが、まさにベッドを入替えればホテルです。シャワールーム、トイレ、来客用ソファー、テーブル、机が揃い、ベランダには木製テーブルと椅子があります。 
■折角なので、タイにおける入院での話を3つばかり書きます。 まず、タイ人のお見舞いの騒々しさに、辟易しました。彼らの考え方は「独りで寂しくしているだろうから、楽しくさせてあげよう」ということのようで、一度に数人が来ては、長い時間ワイワイ話していきます。こちらは愛想笑いが精々だったのですが、彼らには楽しそうに見えたのかな? 「今度の休みに○○さんたちがお見舞いに来るからね」なんて言われて、ゾッとしていました。
■それから、37℃程度の微熱が続き、私としては体もだるく感じたのですが、看護婦いわく「タイ人は平熱が37℃だから大丈夫」と相手にされません。ある看護婦は検温後「37.2℃、マイペンライ」と言っていました。元気付けようとしていたのでしょうが、自分のことがどれだけ理解されているのか、チョッと不安でした。
■最後に、思わず笑ってしまいましたが、特定のクレジットカードを使うと、入院・治療費が10%ディスカウントされるんです。病院も客商売なんですねぇ。
■最後に、アンコールワットの代わりに(はならないか?)、5月に行ったベトナム(ホーチミン)の無秩序な活気を添付写真で紹介します。 それでは、また

■中山君、mailと写真をありがとう。早速、こうして【時習26回3-7の会】のclassmatesにご紹介致します。

■9月6日誕生した秋篠宮ご夫妻の男のお子様の名前が「悠仁(ひさひと)」に決まり、12日午後、紀子さまとお子さまが入院されている東京都港区の愛育病院で「命名の儀」が行われた。身の回りの品に付ける「お印」は常緑高木の「高野槇(こうやまき)」に決まった(以上9月13日「中日新聞」朝刊)。高野槇で思い出したのは、新城市(旧作手村)の甘泉寺にある高野槇が国指定天然記念物(1972年指定)として有名です。と言っても、小生も城跡巡りをしていた中で偶然知っただけですが(添付資料のaCIMG0164~0166ご参照;0166の写真の中央やや右に立っている巨木が高野槇です)。
Acimg0164Acimg0165Acimg0166仁さまの「」という字は「広辞苑」によれば①遠いこと、はるかなこと。「遠・久」②ゆとりのあるさま。「然・揚」
【後記】■「」で思い出した唐詩の大傑作をご紹介します。崔顥(さいこう)の『黄鶴楼(こうかくろう)』です。中国人はこの詩が好きな人が多いと聞きます。ではどうぞ!!
  黄鶴楼        崔顥
昔人已乗黄鶴去  昔人(せきじん)已に黄鶴(こうかく)に乗って去り
此地空餘黄鶴楼  (こ)の地(ち) 空しく余す 黄鶴楼
黄鶴一去不復返  黄鶴(こうかく)一たび去って復た返らず
白雲千載空悠悠  白雲(はくうん)千載(せんざい) 空しく悠々
晴川歴歴漢陽樹  晴川(せいせん)歴々たり 漢陽の樹
芳草萋萋鸚鵡洲  芳草(ほうそう)萋萋(せいせい)たり鸚鵡洲(おうむしゅう)
日暮郷關何處是  日暮郷関(にちぼきょうかん) 何れの処か是れなる
烟波江上使人愁  烟波江上(えんぱこうじょう) 人をして愁え使む

【大意】過ぎし日の仙人は、既に黄鶴に乗って飛び去り、この地には、ゆかりの黄鶴楼が空しく残されている。黄鶴は一たび去ってまた返らず、白雲は千年もの間、空しく悠々と流れ続けている。晴れわたった川の向こうに、くっきりと見える漢陽の樹々よ。芳(かぐわ)しい若草が、生き生きと茂る鸚鵡洲よ。日は暮れて行く――わが故郷は、どの方角にあるのであろうか? いつか川波には夕もやが立ちこめ、私の心を深い悲しみに誘うのである。(了)

2006年9月11日 (月)

【時習26回3-7の会 0049】~重陽の節句

■今泉悟です。【時習26回3-7の会 0049】号をお送りします。日付が変わって今日は9月11日。
■まずは、彦坂君からmailが届きましたのでご紹介致します。
■From: 彦坂T孔 [mailto:xxxxxx@nifty.com]  Sent: Sunday, September 10, 2006 9:44 PM  To: '今泉悟'  Subject: 1か月遅れの礼状
◆2006年9月10日 今 泉 悟 様  千葉県柏市  彦  坂  T  孔
◆□◆9月に入ってずいぶん秋らしくなってきましたが,お元気ですか。今月に入って,8月に休んだ分の仕事も重なってかなり忙しくしています。先月は,同窓会の準備やいろいろなセッティングで大変お世話になりました。おかげさまで久しぶりに豊橋で楽しい時間を過ごすことができました。たくさんのフォトのCD-ROMと,音楽CD-ROMもいただきましたが,あわせてお礼申し上げます。CDの音楽を聴いていると,本当にレトロな感じで,懐かしいですね。中には今でも歌えそうな曲もありますけど,さすがに「五つの赤い風船」の曲となると,もう完全に飛んでいて,あの時代のことが思い出されます。悟君は,高校時代はクラシックの通かと思っていましが,フォークやニューミュージックにも入れ込んでいたんでしょうか。とにかく,どうもありがとうございました。また会える日までお元気で。(←こちらこそ、お礼のmailを下さってありがとう。幹事をやらせて頂き良かったと思います。懐かしいfolk songのCDは良かったでしょう?何度聴いても懐かしさがこみ上げてきますよね。これからも【時習26回3-7の会】を応援して下さい。)
■小生、一昨日は東京の大手町にある弊行東京本部(旧S銀行東京本部ビル)にて開催された「臨時店長会議」に行って来ました。日に日に18年度上期の業進pressureが胸に圧し掛かって来てとってもblueな気分になってます・・。でも、高見盛のお茶漬けのcommercialではありませんが、まぁっ、いいかぁっ!」と気を取り直しています。命までは取られないでしょうから・・。 そう言えば、今朝(厳密には昨日10日朝)の日経新聞のcolumn「春秋」に小生の心境を救ってくれる言葉が載っていました。それとは、New York Yankeesの松井選手の言葉が紹介されていたことです。ご紹介しますと・・、「松井選手が非凡なのは【人生は幸と不幸が交互にやってくる。だから僕は『人間万事塞翁が馬』ということわざが好きなんです】と言い切れるところ。山高ければ谷深し。平たんな人生はないと達観している」と・・。全く同感ですね。小生も、「塞翁が馬」とともに同様な意味の格言である「禍福は糾(あざな)える縄の如し」&「先憂後楽」という言葉が大好きで、そのように理解し、あまり「くよくよしない」ように心掛け実践して来ています。これらの格言は昔から「人口に膾炙(~宣和書譜・韓偓~)」されて来ましたね。
■さて、芸術の秋になりました。今回は、中国と米国の名詩(歌)をお送りします。まず最初は中国から・・。 
■一昨日9月9日は『重陽の節句』でした。但し陰暦9月9日ですから新暦で言えば10月中旬ですが・・。9日の日経新聞の「春秋」に唐の詩人杜甫の「登高」が紹介されていました。重陽の節句は「菊の節句」とも言われ、我が国では奈良時代から宮中で観菊の宴が催されていた五節句の一つですが、他の4つ(元旦・桃・端午・七夕)の節句に比べ一般的にはそれ程有名ではありませんね。一方、中国では、昔から9月9日の重陽の節句に高い処に登って菊酒を飲み、厄払いをする風習がありました。これを「登高(とうこう」)といいます。それでは七律の最高傑作と言われる哀愁を帯びた素晴らしい唐詩をどうぞ。
    登高         杜甫
 風急天高猿嘯哀  風急に天高くして猿嘯(えんしょう)哀し
 渚清沙白鳥飛廻  渚清く沙(すな)白くして鳥飛び廻る
 無邊落木蕭蕭下  無辺の落木 蕭蕭(しょうしょう)として下り
 不盡長江滾滾來  不尽(ふじん)の長江 滾滾(こんこん)として来(きた)る
 萬里悲秋常作客  万里 悲秋 常に客と作(な)り
 百年多病獨登臺  百年 多病(たへい) 独り台に登る
 艱難苦恨繁霜鬢  艱難(かんなん)苦(はなは)だ恨む 繁霜(はんそう)の鬢(びん)
 潦倒新停濁酒杯  潦倒(ろうとう) 新たに停(とど)む 濁酒の杯
【大意】 風は急に、天は高く、猿の鳴き声が悲しげにひびく。渚は清く、沙(すな)は白く、鳥は飛びめぐる。果てしもなく枯葉は寂しい音を立てて舞い落ちる。長江の水は尽きることなく、あとからあとから流れてくる。故郷を去ること万里、来る年も来る年も哀しい秋を旅人として送り迎え、生涯病気がちで、今日はただひとり高台に登った。長年の苦労のせいで、まことに情けないことに、鬢(びん)の霜もめっきりふえた。その上、最近また、濁り酒までやめるはめになろうとは。
〔解説〕この詩は767年、杜甫が亡くなる3年前の作。全対格(ついかく)(四聯とも対句)という技巧を意識させない高まりが全篇を覆い胸を打つ。ことに最後の句に至っては思わずその哀切さに心が打たれる。明の胡応麟(こおうりん)はこの詩を「万丈(ばんじょう)の光と千鈞(せんきん)の重みを持つ古今七律の第一」と絶賛した。
■続いて、漢詩はどうもって方にはこちらをどうぞ・・、
□◆□9月になると、なぜか心も哀愁を感じるようになるから不思議ですね。昔より9月をthemeにした名曲は数多くありますが、今日はその中から「September Song」をご紹介します。ちょっと古めかしいですが、いい歌詞です・・。
  Oh, it's a long, long while from May to December
    But the days grow short when you reach September
    When the autumn weather turns the leaves to flame
    One hasn't got time for the waiting game
   
    Oh, the days dwindle down to a precious few
    September, November
    And these few precious days I'll spend with you
    These precious days I'll spend with you
【訳】 あぁ、5月から12月までの月日は長く感じるが、9月になれば日が短くなっていく  秋が訪れ、木の葉が炎のごとく色づく頃  誰も待っている余裕などなくなる  あぁ、残された時間がだんだんと少なくなる 9月、11月  この貴重な時を君と過ごすのだ ( 繰り返し )
【後記】■昨日(10日)は久しぶりに浜松城にドライブして来ました。小生、浜松城は40年以上前に行って以来ですからほとんど記憶にありませんでしたが、なんとなく郷愁を感じました・・。この城は徳川家康が天下統一に向け、岡崎→浜松→駿府→江戸へと移封、出世して行った時代の中で、彼が唯一、三方が原の合戦で武田信玄軍に惨敗した苦い経験のある城として有名です。江戸時代は、岡崎・吉田・掛川城と並び、出世城として藩主が何代も変わった城としても有名で、19世紀前半には、天保の改革を推進した水野忠邦が城主であったことでも有名です。この城とその周辺の風景をご覧下さい。そういえば浜Adsc_0410 Adsc_0423 Adsc_0432 松城公園の一画にある浜松博物館で「棟方志功展」が開かれていました。(了)

2006年9月 6日 (水)

【時習26回3-7の会 号外】~祝!!秋篠宮家に男児ご誕生!!

■今泉悟です。今日は、e-mailなしに直接blogに掲示します。

■掲題の件、やっぱり・・というか、目出度く秋篠宮家に男児(=皇子)が誕生しました。これにより、当面、天皇家における女帝(=皇室典範改正)問題は棚上げが事実上決定しましたね。まずは、日本国民として大変お目出度いこととお慶び申し上げます。

■しかし乍ら、皇室典範改正問題は、本質的には未解決の儘先送りされただけだと思います。即ち、今日誕生の男児が将来天皇になられる訳ですが、彼の子息以外の皇族で、彼より若い皇位継承権を有する男児は今後誕生する可能性は極めて低いと言わざるを得ません。と言うことは、不敬乍ら、今日ご誕生の皇子が天皇になられても、その天皇に男児(=皇子)が生まれない限り、また皇室典範改正問題が浮上することは必定となります。

■そう言う意味から、今日ご誕生の皇子の妃殿下(将来の皇后)となられるお方のpressureはかなりのものとならざるを得ないと容易に推察できます。と言うことは、当該妃殿下には、絶えず皇子誕生へのpressureが圧し掛かることとなり、延いては不妊→皇位継承権者の断絶と成りかねないのです。

■現在の皇室典範を存続させた儘、万世一系の天皇家を維持していかんと欲すれば、これも大変不敬なことと存じますが、天皇家については、皇后以外に后を設け、天皇家に男児(皇子)を設ける機会を増やすしか方法がないと思いますが、皆さんは如何お考えですか??

■現日本国憲法下では、万世一系の天皇家存続という問題は大変重いと思います。戦前の大日本帝国憲法下では、明治天皇に皇后以外に后が御座(おわ)しましましたように、なんらかの対応が必要となります。今日ご誕生の皇子の妃殿下が不妊症にでもなれば即皇位承継権者がなくなり、天皇家断絶の危惧が生じることとなります。因みに現憲法下では、華族制度がなくなりましたので、万世一系を維持しつつ女帝の存在を維持することも事実上不可能となっていますし・・。ほんと、難しい問題だと思います。

■ツラツラ今日の目出度き日に、不敬なこととは存じながら、思うところを忌憚なく述べさせて頂きました。こう言うことを自由に論じることができる、現憲法下にいる自分を幸福に思いますし、日本国に感謝申し上げます。ハイッ。(了)

2006年9月 1日 (金)

【時習26回3-7の会 0048】~白露を前にして雑感~

■今泉悟です。小生の夏休みも残すところあと2日となりました。今日から9月。我々企業に勤める者には(18年度上期)中間期末月となり、業績目標必達に向けた業務推進に力が入る月。小生もうかうかしていると、【時習26回3-7の会】ブログが云々・・なんて言っていられないカモ・・。尻に火が点いてしまったっていうことで、今日昼前、休暇中ながら会社に顔を出し、書類の山に印鑑をペッタンペッタン押して来ました。小生の夏季休暇は25日から始まっているのですが、25日、28日、そして今日と3日も店に顔を出してしまいました。部下達はさぞ迷惑だったでしょうが・・。
■さて、今週の「週間文春」に「秋篠宮紀子妃殿下皇子出産!?」が載っていました。これまで紀子妃殿下ご懐妊以来、皇室典範改訂問題はじめ皇子出産云々が取沙汰されませんでした。きっと報道関係者の紳士協定で皇子か姫御子かの論議は暗黙の箝口令が敷かれていたものと思っていました。今回のscoopは秋篠宮が親しい友人にお話されたとのことであり、皇子ご誕生の可能性は高まったようです・・(と言っても、あと数日ではっきり解かることではありますが・・)。
■そこで、薀蓄をひとつ・・。【3-7の会】の諸兄にはこれも釈迦に説法とは思いますが(為念)・・。◆□◆①現在の皇室典範は第一条で「皇位は皇統(=天皇の血統)に属する男子が継承する」と定めている。しかし、今上天皇直系では秋篠宮文仁(ふみひと)殿下(1965.11.30生、皇位継承権2位)以来40年余り皇子の誕生がない。皇位継承権は、常陸宮正仁殿下3位、三笠宮崇仁殿下4位、三笠宮寛仁殿下5位、桂宮宜(よし)仁殿下6位、と6人いるが、全て秋篠宮より年長、且つその直系卑属8名は全て姫御子。東宮(愛子(以下敬称略))、秋篠宮(眞子、桂子)、三笠宮(彬子、瑶子)、高円宮(承子、典子、絢子)といった具合だ。因みに②歴史上、女帝は8名10代あった(①33代:推古(在位592-628)、②35代:皇極(同642-45)/③37代【重祚】:斉明(同655-61)、④41代:持統(同686-97)、⑤43代:元明(同707-15)、⑥44代:元正(同715-24)、⑦46代:孝謙(同749-58)/⑧48代【重祚】:称徳(同764-70)、⑨109代:明正(めいしょう)(後水尾天皇の第2皇女で母は徳川秀忠娘和子)(同1629-43)、⑩117代:後桜町(同1762-71)。女帝達は基本的には何れも中継ぎの姫御子。上代は推古(=敏達天皇)・皇極(斉明)(=舒明天皇)・持統(=天武天皇)のように皇后から皇位継承したケースもあるが、残りは草壁皇子妃で文武天皇の母である元明を除くと、元正・孝謙(称徳)・明正・後桜町、いずれも独身天皇であった・・。ちょっとかわいそうですね・・。
■いずれにしても、紀子様、皇子(姫御子)様、ともに健康体でのご誕生をお祈りします。
■さて今年は、来週9月8日が二十四節気でいう「白露(はくろ)」(陰暦8月の節)。秋はいよいよ本格的となり、野の草には露が宿るようになる。「陰気ようやくかさなり、露凝って白し」から名付けられたもの。その白露にちなんだ歌をいくつかご紹介致します。
 秋ちかう 野はなりにけり 白露の おける草葉も 色かはりゆく     紀 友則  【古今集】
 【意】 涼しさの増した晩夏の野では、毎朝白露に塗れる草の葉も色が衰えてゆく
 草葉には 玉と見えつつ 侘び人の 袖のなみだの 秋の白露     菅原道真  【新古今集】
 【意】 草葉の上に置く露は、美しく玉のように輝き、真に愛すべきものだが、世を憚(はばか)る私には涙の露がこぼれて侘しい秋
 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける    文屋朝康  【後撰集】 (小倉百人一首(37))
 【意】 白露に風がしきりに吹いている秋の野は、緒(お=ひも)で貫きとめていない(真珠の)玉が散り乱れていたのだったよ
【秋の情景】ということで、田原と豊橋の中間点、豊橋の南部、彦坂君や山田K義君の故郷、老津から杉山にかけての国道259号線の風景です(8月22日に仕事の合間に撮影しました。携帯電話のcameraでの撮影ですので綺麗に撮れていません。悪しからず・・(060822 11:04))。
渡辺S○子さんから8月25日ミニミニ同窓会へのお礼mialが届きましたのでご紹介します。◆From: watanabe [mailto:xxxx.jp] Sent: Monday, August 28, 2006 9:41 PM ◆(前略)時々中嶋君の般若心経が○○○だったけど、楽しかったね。高校の時は、あの時代って男子だ女子だと何か壁を作って話してた気がする。今の子達を見ているとそんな事全く気にしないで楽に話してるよね。私たちも50過ぎてやっとそんな関係になったような気がする(のは私だけかな?)。(中略)楽しい時間を作って下さったことに感謝します。(筆者注:こちらこそありがとう。渡辺さんとは2年前の時習26回卒業30周年記念上高地旅行以来の再会でしたね。大変懐かしかったです。)そしてご馳走様でした。中嶋君にもよろしくお伝え下さい。
【後記】■さぁっ、万年幹事としては、来年8月の同窓会・本会までの間、どのようにこの【時習26回3-7の会】を盛り上げていくか、これが思案のしどころです。取り敢えず・・、と言っては何ですが、先日、声を掛けて頂戴とmailがあった淳司君とミニミニ同窓会をやろうかな。ねぇ、淳司君如何ですか?お手隙のときにmailを下さい。
■私事ですが、今年の夏休みは、陸奥仙台へ、長男(仙台市内にある某大学大学院農学研究科1年)の下宿に陣中見舞いに行く予定でしたが、直前に長男から「旅行予定日は全て(調査)船上にいるの060822_1104001Aadsc_0333 Aadsc_0294で会えない」とのmailが届き、ほとんどドタキャン状態に。「しゃぁない!」・・んでってぇことで、急遽「じゃらん」を使い、行き先を【上高地】に切り替え、29~30日にかけて家族旅行して参りました。天候もまずまずで、初日は上高地の河童橋~明神池をハイキング。乗鞍高原温泉に宿泊し、翌日は奥飛騨温泉郷のひとつ平湯温泉~高山(旧市街、陣屋)を見て来ました。2年振りの卒業30周年記念旅行以来の上高地。穂高連峰の山並は雲にかかっていましたが、帰りに一瞬全容を見ることが出来、大変luckyでした。その一情景をご覧下さい(河童橋の上から穂高連邦を望むaaDSC0333、明神池への散策途中で二男とaaDSC0294)。そう言えば、2年前の記念旅行の上高地もいい天気でしたね・・。(了)

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05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

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    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

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