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2006年11月の7件の記事

2006年11月26日 (日)

【時習26回3-7の会 0056】~二橋君からの返信mailほか~

■今泉悟です。【時習26回3-7の会 号外7】~『晩秋の母校時習館高校の情景』から~を皆さんに送信したら、久しぶりに二橋君からmailが届きましたのでご紹介します。
二橋君へ・・「ありがとう。貴兄からmailを頂戴し、ほんと、嬉しいです。小生のエネルギー(energy)の源泉ですか・・? それは、この【時習26回3-7の会】立上げのmailで申し上げた動機のとおりです。簡単に言えば「①:人生50年は、まだ若い。→②:mental, physical両面で若くあり続けたい。→③:若さを維持する源泉の場として【3-7の会】を盛り上げて行きたい。←◎そのためには【3ー7の会】の仲間とず~っと『時習館のclassmates』であるという矜持とIdentityを共有し、いい関係を保ち続けて行きたい」ということです。」・・てな訳ですから、今回のようにドンドンmail下さい。
【時習3-7の会】諸兄へ・・、blogの感想や、皆さんの近況などを気軽にmail下さい。頂ければこうしてクラスの仲間にお伝えします。
■---From: Yxxx_Nihashi@xxx [mailto:Yxxx_Nihashi@xxx] Sent: Friday, November 24, 2006 9:21 AM To: 今泉悟 Subject: Re: 【時習26回3-7の会 号外7】~『晩秋の母校時習館高校の情景』から~
■◇■ 今泉殿 ~ blog久しぶりに拝見しました。 いつものことなんだけど、よくここまでやるね。 ホトホト感心します。 そのエネルギーは何処から来るのかね?
こちらとらは、段々物事に関心薄れて行くのにね。風邪に気をつけて、次回を愉しみにしてます。  p.s. 週の途中の祝日は宜しくない。 月曜日が二度ある。 二橋
■再び二橋君へ、【後記】に5名の女性の著名人の名言を掲載しました。5人に共通して言えること、それはみんな「positive」前向きなんですよね。K.Hepburnの「愛は手に入れるものではなくて、与えるもの。運がよければ、愛を返してもらえる。だけど、そうなるとは限らない」なんて核心を突いていると思いませんか・・。Jane Fondaの「始めるのに、幸福になるのに、遅すぎることは決してないわ」という言葉は彼女より18歳も若い我々に勇気と自信を与えてくれます・・。諸兄、人生、諦めるのはまだまだ早いですぞ!
■最近読んだ斎藤茂太著「「ガンにならない」私の心の習慣」の中から三つご紹介します。
●●●好奇心を失ったとき、人には死が訪れる●●●晩年になって大仕事をする人がいる。ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe 1749-1832)が『ファウスト(Johann Faust)』を書いたのは82歳。貝原益軒(1630-1714)が『養生訓』をものにしたのは、83歳。ギリシャ悲劇のソフォクレス(Sophofles B.C.497-B.C.405頃)が『オイディプス(エディプス)(Oedipus)王』を書いたのは、70歳。アルキメデス(Archimedes B.C.287頃-B.C.212)が(筆者注:反射)鏡を発明したのは、75歳。(中略)彼らに共通するのは、老いてもなお好奇心が旺盛であったということだ。美についての好奇心、健康についての好奇心、人間や科学についての好奇心を老いてなお失わずにいたからこそ、年はとってもこのような大仕事ができた。(後略)
●●●わが身を「丹精込め」て育てる●●●『養生訓』貝原益軒が、こういっている。「庭園に草木を植えて愛する人は、朝夕心をかけて水を注ぎ土をかぶせ、肥料を与え、虫を取り去って丹精込めて育て、その栄えるのを見て喜ぶ」と。そして、「我が身のことも、そのように丹精込めて育ててゆこう」というのである。なかなか、いい言葉だ。
《・よく歩く習慣をもつこと。 ・大きな声を出す習慣をもつこと。 ・情熱を傾けられる仕事をもつこと。 ・をもつこと。 ・いい友、いい仲間をもつこと。 ・よく働き、よく遊ぶこと。 ・いい趣味をもつこと。 ・生きる闘志をもつこと。 ・希望をもつこと。 ・あきらめないこと。 ・異性へのときめきをいくつになっても忘れないこと。》 ・・すべて「我が身を丹精込めて育てる」ことにつながる。

●●●情熱を向けられる仕事が、元気をつくる●●●画家の梅原龍三郎さんの酒豪ぶりは有名で、二日に一本、晩年でも三日に一本のペースでウィスキーボトルを空けていたそうだ。(中略)アルコール依存症の人の平均寿命は53歳である。にもかかわらす、梅原さんは97歳まで生き、しかも晩年まで画業に励んだ。この梅原さんの長寿のヒケツは「情熱を傾けられる仕事があり、志をもって生きること」にあったのではないかと思うのだ。(中略)画家のように手を動かす仕事に携わる人は長生きする人が多いといわれるが、(中略)やはり仕事への情熱と志があってこその長寿ではないのかと思うのだ。
◆□◆筆者注:確かに、昔の画家は青木繁(1882-1911)や岸田劉生(1891-1929)のように肺患や胃潰瘍にて早世した画家も少なからずいましたが、画家は総じて長寿であると思います。「手」即ち「指先」を動かすことと、右脳を使うためボケの心配ないことも、長寿の要因と言えるでしょう。米寿以上生きた長寿画家を思い浮かべて見ても、数名すぐ名を上げられます。奥村土牛(1889.02.18-1990.09.25)満101歳、梅原龍三郎(1888.03.09-1986.01.16)満97歳、東山魁夷(1908.07.08-1999.05.06)満90歳、横山大観(1868.11.02-1958.02.26)数え90歳、富岡鉄斎(1837.01.25-1924.12.31)満87歳、・・。如何です??長寿の方が多いですね・・。
【後記】■さて、今日、皆さんに贈る最後の言葉は、著名な女性たちの名言(出典:"Lines from the Celebrities" )の数々です。なかなか含蓄あるいい言葉ですね・・。
◆◇◆
愛は手に入れるものではなくて、与えるもの
それもすべてを与えること。
もし、誰かを愛すれば、与えないではいられなくなるはずだから。
もし運がよければ、愛を返してもらえる
それは素晴らしいことだけど、いつもそうなるとは限らない
◇◆キャサリーン・ヘップバーンKathrine Hepburn(1907.05.12-2003.6.29)(女優)
◇◆◇
決して後戻りはできない。決して後戻りしちゃいけないって、そう言われてきたの。
つまり、人生は、常に前にしか進めない一方通行の道のりだと。
そうでしょ?
◆◇アガサ・クリスティAgatha Christie(1890.09.15-1976.01.12)(作家)
◆◇◆
愛情ある振る舞いをしていれば、愛が感じられるようになるわ。
楽しそうに振る舞っていれば、喜びが感じられるようになるわ。
そして、人生は、喜びに満ちた人生をおくる義務があるの。
◇◆ドリス・デイDoris Day(1924.04.03- )(女優)
◇◆◇
わたしたちは、いつどんなふうに死ぬかを選ぶことはできない。
でも、どんなふうに生きるかは、選ぶことができる
◆◇ジョーン・バエズJoan Baez(1941.01.09- )(歌手)
◆◇◆
遅すぎることは決してないわ
始めるのに遅すぎることは決してない。
幸福になるのに遅すぎることは決してない。
◇◆ジェーン・フォンダJane Fonda(1937.12.14- )(女優) (了) 

2006年11月23日 (木)

【時習26回3-7の会 号外7】~『晩秋の母校時習館高校の情景』から~

■今泉悟です。暫く暖かい日が続いていましたが、昨日22日『小雪』には暦どおり札幌で雪が降りました。061123_071001_1 061123_071101_1 061123_071801_1 061123_071802_1 061123_071901_1 061123_072101_1 今日23日は一昨日までとは打って変わって寒い一日でした。早朝、時習館高校の近くをとおる機会がありましたので、携帯のカメラで晩秋の情景をsnapshotしてみました。銀杏が黄色に色付き綺麗でした。ハンテンモクはほとんど散っていましたけど・・。
061123_073801_1061123_073901_1  ■時習館高校からの帰り・・、「そう言えば、吉田藩「藩校『時習館』」は確か、石碑が公会堂前の国道一号線沿いにある・・」と記憶していましたので、ついでにこれも携帯のカメラで撮影して来ました。ご覧下さい。
■さて、『ローマ人の物語』に関連して、また一つ・・。文藝春秋2006年12月号に作者塩野七生のessay日本人へ43「『ローマ人の物語』を書き終えて」の中から印象的なところをご紹介します。
◆□◆(前略)こんな具合に男たちを次々と渡り歩くことで、全十五巻を書いてきたのである。白状すれば、面白かったですね。ゲーテではないが、人間世界のすべてをやってくれたというローマ人だけに、登場人物たちも多種多彩であったから。イイ男だと、史料を勉強しているときから早くも愉しくなり、勉強も進むのだから面白い。クスクス笑いながら、煮ても焼いても喰えないとはあなたのような男のことですよ、などと独り言を言いながら書くことになる。(中略)衰亡に近づいても、そこは人間世界のすべてをやってくれたローマのこと、情けなくもだらしない男ばかりでもない。亡国の悲劇とは、人材が欠乏するから起こるのではなく、人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起このだ、と痛感するほどにイイ男は、興隆期に比べれば数は少なくてもいることはいる。この男たちに照明を当てていくのは、歴史を科学として思っている学者には味わえない妙味かもしれない。
◇◆◇筆者注:単行本で15巻ということは、文庫本で40巻程度になる訳です・・。小生、今、漸く25巻目のハドリアヌス帝のところを読んでいるので、まだGoal迄lは十分ありますね・・。
■秋という季節は、今日のようにどんより曇り、寒さが身に凍みるようになると、気分はともすると滅入ってしまいます。こんなとき、軽くbeerかwineでも飲みながら、jazz vocalなんか聴いて気分転換すると、体にいいんじゃないかな・・。そこで、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)の作品から"What a Wonderful World(「この素晴らしい世界」)"の歌詞をお贈りします。・・そう、この詩のように、なんでもpositiveに捉え、明るく考え振舞いましょう、必ずいいことがやって来ますよ・・。
I see trees of green, red roses, too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world
I see skies of blue and clouds of white
The bright, blessed day, the dark, sacred night
And I think to myself, what a wonderful world
 (  以下略  )
【意■緑豊かな木々に赤い薔薇も見える  君と僕のために花を咲かせている  僕は心の中で思う、「なんて素敵な世界なのか」と
■紺碧の空、真っ白な雲  明るく恵み豊かな昼、漆黒の神聖な夜  僕は心の中で思う、「なんて素敵な世界なのか」と
 (  以下略  )
【後記】061123_101901_1 ■拙宅の玄関先にある「南天の実」も漸く赤く色付き、晩秋から初冬の季節感を醸し出してくれています・・。
南天の 赤い実たわわ 去りぬ 悟空 (了)

2006年11月19日 (日)

【時習26回3-7の会 号外6】~小雪~香炉峰下新卜山居草堂初成偶題東壁~

■季節は移ろい、11月22日は二十四節気でいう小雪。皆さん、如何お過ごしですか? まだ、市街には本格的な降雪はありませんが、遠い山の頂きには雪が見られ、冬の到来が感じられる頃・・。今年の秋は大変暖かく、冬物衣料商戦も苦境に立たされていましたが、立冬の11月7日から何故か急に寒くなって来ましたね・・。
■ところで、小生、昨日18日は、午前中、名古屋の栄に、また総務部長courseschoolingに参加して来ました。それが終了した後、栄にある書店M善名古屋店に立ち寄ったところ、一人の女性から「今泉君!」と突然声を掛けられました。すぐそちらの方を振り向くと、旧【3-6】の山田Y○りさんでした。彼女とは、2年前の卒業30周年記念上高地旅行以来でしたが、大変お元気そうでした。小生が9月30日に東京で、渡辺S○子さん達とミニ同窓会でお会いしたことを山田さんはご存知で、瞬間「嬉しさと少しの恥ずかしさ」が交錯しました。山田さんとはほんとひとことふたことお話しただけでお別れしましたが、「同窓会等でお会いして気さくにお話ができるようになれたことは大変いいことだ」とちょっといい気分になりました・・。
■今日も【3-7の会】の話題がないので、「つれづれなるままに・・」最近話題になっていることを綴ってみます・・。
■まずは、『文藝春秋2006年12月号』~教育特集《子供を殺すのは教師か親か》から2題お送りします~
①【小学校が暴力教室と化した】~ダメ親と格差社会~(前略)ここ十年、学校の授業は変わりました。特に総合教育がはいってから正規の授業内容が薄くなり、塾に通う子が増えた。となれば塾に行かせてもらえない子はどうしても落ちこぼれやすくなる。高学年になればなるほど『できる子』と『できない子』に分かれ、ひどい子は五年生なのにかけ算もできない。こうなると絶望的です。わかんねぇ、かったるい。だから授業中もチャチャを入れる。教師と対立する。学力では絶対に相手に勝てないときに、暴力はたまらなく魅力的に見えるんです」(中略)「特に親が問題です。貧困層の親は生活にゆとりがないから子供に優しくなれない。『あんたなんか生まなきゃよかった』なんてことまでいう。むしろ殴ってくれたほうがいい。子供は傷つき、学校でそのストレスを発散するんです。一方、高所得層の親もゆとりがない点では似ています。自分自身の社会での競争が激しく、子供にはさらに高いレベルを要求するから、ものすごいストレスを溜め込むことになる。日本の社会は上下の両極端が歪んでいるんですよ。」経済格差は、単に子供たちの暴力行為を誘発しているだけではない。国民として最低限身につけなければならない教養を奪い、新たな階層をつくり、社会に不安の種を作り出している。←【筆者コメント】大学が入試優績者上位者から合格させるシステムそのものを希望者が誰でも入学できる制度に変えない限り問題解決にならないと思います。教育に時間をかけ得る高所得層が有利なのは自明の理ですよね・・。
②【東大総長と日立会長に質す~ゆとり教育で「技術立国」崩壊(立花隆)】~工学部志願者は十年で半減理科離れの元凶はゆとり教育~(前略)立花:(中略)94年(筆者注:の学習指導要領改訂)以降、理系の生徒さえ、二科目を選択すればよくなった。結果として、(中略)生物を履修したことのない医学部生や、物理を履修したことのない建築学や機械工学の学生すら出てきた。(中略)首都圏の学生が地元の国立大学を受けようと思ったら東大や筑波、東工大といった全国区の大学しかないわけです。(中略)私立文系に行くと決めたら中学一年から理科は勉強する必要がない科目になる。理系予備軍の裾野がどんどんやせ細っているんです。庄山(日立会長):世界中の高校生が集まって理数五科目の学力を競う「国際科学オリンピック」が毎年夏に行われてますが、今年は数学、化学、生物学、物理、情報の五分野すべてで、トップは中国でした。それに比べ日本は、数学と化学が七位が最高で、生物学は四十七ヵ国中27位と平均以下の成績に終わりました。(中略)科学技術立国を標榜する日本がこれではいけないと、江崎玲於奈先生、野依良治先生、小柴昌俊先生を中心に、私のような産業界の人間も加わって、来年一月から日本科学オリンピック委員会を立ち上げようとしています。(中略)理科や数学に限らず、体系的な知識への意欲がなくなっている。(中略)大切なのはきちんと体系立てて考え抜く、その延長にあるきちんと仕事をやり抜くということです。その結果として得る感動をどうやって体験させるのが大切なのだと思います。(中略)初等教育の段階からしっかりとした人間像を作る必要があります。←【筆者コメント】トヨタ自動車に代表される「ものづくり日本(=技術立国)」という勤勉性が、資源に乏しい日本をして世界第2位の経済大国にしたのだと思います。
■次に、『ダカーポ596 2006 12/6(創刊25周年記念号)』~《「健康」の基本の基本をチェックする!》から2題お送りします~
①【過敏性症候群(IBS)って知ってますか?~ストレス、不規則な生活は「腸」の大敵】ストレスと関連の深い消化器病と言えば、文豪・夏目漱石の頃から胃潰瘍と相場が決まっていた。ところが今のニッポンでは、それが腸のある疾患に取ってかわろうとしている。名は過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome 略してIBS)。(中略)IBSは一説には、人口の1~2割が患者に相当するのではないかというほど頻度が高い。驚くべき数字。(中略)具体的にIBSとは簡単にいうと、特に器質的な原因がないのに、長期に亘って下痢または便秘を繰り返すというもの。IBSには下痢型、便秘型、下痢と便秘を交互に繰り返す交代型の3タイプがある。このなかで最も頻度の高いのが交代型だ。女性は便秘優位、男性は下痢優位の交代型である場合が多いという。(中略)「自分でIBSが疑わしいと思ったときには、まず世間並みの規則正しい生活や食習慣、運動習慣をつけることを心がけてください」
②【全身を蝕む歯周病 知識を学び徹底予防】「歯周病とは、歯を支える歯周組織が冒される病気のこと。いくつか種類があるなかでも、一般的に見られるのが、歯肉赤く腫れる歯肉炎と、さらに進行して歯を支えている組織が崩壊する歯周炎。この歯周炎、放っておくととんでもないことになるが・・。まずその原因だが、これらの直接的な原因は、細菌の塊(プラーク)である。といっても、口内には、もとからさまざまな細菌が存在し、歯周組織の健康は、細菌から作り出される物質と、体の防御力とのバランスによって成り立ている。が、年齢、喫煙、ストレス、遺伝子などがリスク因子となり、体の抵抗力が弱くなると、細菌が作り出した物質と防御力とのバランスが崩れて炎症を起こしてしまう」(中略)「歯肉に侵入した細菌が出す毒素から、体は自分を守るために生体応答因子サイトカインという物資を出す。が、このサイトカインが血液中に入ると身体中を巡り様々な悪影響を及ぼすのである」「例えば、血栓をつくり心筋梗塞を引き起こしたり、インスリン作用を低下させ糖尿病を悪化させたり(中略)」でも、要は細菌を歯肉内に侵入させなければいい訳で、規則正しい生活と、毎日のブラッシングで解決できる。ブラッシングのコツは「歯と歯肉の隙間にブラシを当て一本ずつこするように。ブラシが届きにくいところは歯間ブラシやフロスを用いて。時間は7分は必要。毎食後が望ましい虫歯予防とは違うので、就寝前など、時間にゆとりがあるときに行うこと」だそうです。
■【後記】①締め括りは、やはり古典から・・。小生の好きな漢詩「白居易~香炉峰下 新たに山居を卜し 草堂初めて成り 偶たま東壁に題す」をお送りします。
  香炉峰下新卜山居草堂初成偶題東壁   香炉峰下 新たに山居を卜し 草堂初めて成り 偶(たま)たま東壁に題す
日高睡足猶慵起   日高く睡り足りて猶お起くるに慵し
小閣重衾不怕寒   小閣に衾(しとね)を重ねて寒さを怕れず
遺愛寺鐘欹枕聴   遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き
香炉峰雪撥簾看   香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看る
匡盧便是逃名地   匡盧は便(すなわ)ち是れ名を逃るるの地
司馬仍為送老官   司馬が仍(な)お老いを送るの官成(た)り
心泰身寧是帰処   心泰(やす)く身寧(やす)きは是れ帰する処
故郷何独在長安   故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや
【大意】■日は高くのぼり、たっぷりと眠ったが、まだ起きるのは面倒だ。小さな高楼(どの)で重ねた布団にくるまっていると、寒さなど感じない。遺愛寺の鐘が響くと、枕をたてにして耳をすまし、香炉峰の雪は、簾をはねあげて、布団の中から暫し眺め入る。盧山は、俗世間から隠れ住むに相応しい土地であり、司馬という閑職も、まあ老人が余生を送るには丁度良い。心が安らかで身に障りがなければ、それ以上何を望むことがあろうか。長安の都へ帰るたがるのは愚かなこと、長安だけが故郷ではあるまい。
■元和12年(817年)、江州司馬となって三年目の作。白居易46歳。
②『枕草子』にもこの頷聯が引用されていることは、諸兄もよくご存知のことと思います。早速紹介します。《280段》
雪の、いと高う降りたるを、例ならず御格子(みこうし)まゐりて、炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などして集まり候(さぶろ)ふに、「少納言よ。香炉峰の雪、いかならむ」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾(みす)を高く揚げたれば、笑わせたまふ。人々も「さる言は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」と言ふ。
【大意】外には雪が降り積もっている日、珍しく格子を下ろして、女房同士集まってお喋りしていた。中宮定子(ていし)様は、ふと問いかけをなさった。「香炉峰の雪はどうかしら?」。そこで、清少納言は、格子を上げさせ、御簾を巻き揚げたところ、中宮様はお笑いになる。伺候(=おそばに奉仕)している人々がいうには、「その詩については知っていたし、歌にも詠むけれど、今この時に思いつくとは。やはりこの宮にお仕えする人としてはそうあるべきなのでしょうね」。(了)

2006年11月13日 (月)

【時習26回3-7の会 0055】~『時習26会・ゴルフ会』開催報告

■今泉悟です。【時習26回3-7の会 0055】を配信致します。【時習26回3-7の会】の皆様、お久しぶりです。ほぼ、1ヶ月ぶりにmailさせて頂きます。【3-7の会】は細くも長~く続けますので・・。忘れ去られない程度に頑張ります。あぁ、それから・・。【時習26回3-7の会】ブログ(blog)は週一のペースで掲載を続けていますので、ご興味のある方は、こちらも覘いてみて下さい。 【 こちらをクリックして下さい→ URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog  】
■相変わらず、【3-7の会】の話題はありませんが、掲題のとおり【時習26回・ゴルフ会】が、昨日11月12日、セント・クリークG.C.にて開催されましたので、ご報告をさせて頂きます。26061112gc_1
■昨日は、全部で13名の【時習26回】同期が集合しました。我等が【3-7の会】からは、常連の菰田君・守田君が欠席でしたので、残念ながら小生だけの参加でしたが・・。参加者は別添の写真をご覧下さい。順不同で参加者をご紹介しますと、小生と優勝者の野末君の他は、酒井T夫、安井K二、鈴木(金澤)K生、嘉森M俊、波田野K平、山本A司、伊藤H之、菅沼R雄、鈴木H彦、矢野S介、中嶋Y行の各氏です。
■コンペの方は、少々風が強く、また気温も低目でしたが、総じて天気は晴朗でした。結果は、今回のゴルフ場を手配してくれた野末T【旧3-8】君が3回目の優勝を飾りました。
■次回は、第20回の記念大会になるので、多数の参加を期待しております。「優勝カップの取りきり戦」となるかどうか決定はされていませんが、話題には上りました。開催予定日は、来年5月13日(日)か20日(日)の予定です。【3-7の会】の諸兄も奮ってご参加下さい。
【後記】■つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかいて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ (【意】・・これといってすることがないのにまかせて、一日中、硯(すずり)に向かいながら、心に次々と浮かんでくる、とりとめのないことを、あてもなく書きつけていると、不思議にわけのわからない気分になってくる・・)。~~これは、有名な兼好の『徒然草』の序文ですが、小生もこうしてPCの前に坐って、classmatesのみんなに送る文章を綴っていると、ふと、兼好の一節が浮かんだので、ちょっと口遊(ずさ)んでみまし た~~。(了)

2006年11月12日 (日)

【時習26回3-7の会 号外5】~『ローマ人の物語』その4『ユリウス・カエサルその2《ユリウス暦》』

■今泉悟です。【時習26回3-7の会】も【号外5】号まで来ました。今日は、カエサルの歴史的偉業の中から『ユリウス暦』についてご紹介致します。
■なお、このまま『ローマ人の物語』を続けて行きたい気持ちもありますが、少々偏りすぎ(=maniac)になって来てしまったようでもあるので今回で当面『ローマ人・・』は休止致します。そして、今後は、頃合を見ながら復活する予定です・・。
■それでは、クイズを少し・・・。
①アメリカのニューヨークにある「自由の女神」が抱えている平板には何と書かれているでしょう?
②暦で、何故「7」を表すラテン語を「Septem」というのに何故「9月」? 以下同様に「8」を表すラテン語「Octo」が何故10月、「9」を表すラテン語「Novem」が11月、「10」を表すラテン語「Decem」が12月と、ラテン語と2ヶ月のズレが生じているのは何故?
 ↓↓↓
■お答えします。
Photothumb1 クイズ①~「百聞は一見に如かず」で添付写真をご覧下さい。小さくて見難いですが、「JULY IV MDCCLXXVI ( 7月4日 1776年 )」と7月を英語で、あとはローマ数字で『アメリカ独立記念日』が記載されています。因みに、ローマ数字は「40 XL」「50 L」「90 XC」「100 C」「400 CD」「500 D」「900 CM」「1000 M または ⊂I⊃(~CIDをくっ付けた形~)」etc.です。
クイズ②~この話は、少々解説が長くなります。
【月の名称の由来】
「julius_calender.xls」をダウンロード ◆添付資料「暦の起源と『ユリウス暦』」をご覧下さい。
◆1. 古代ローマで初めて暦がつくられたのは紀元前8世紀で、前753年にローマ建国の祖と言われるロムルス(Romulus)によりつくられたとされます(『ロムレス暦(暦の起源と『ユリウス暦』(表1))』)。当時のローマ人たちの生活は、農耕・軍事両面でも、活動を開始するのは、暖かくなる季節、即ち現在でいう3月頃をであったらしく、1年の開始月を1月とし、一方、11~12番目の月(現在でいう1~2月)は寒さも厳しく、まさに冬篭り期で、名付ける価値もない「無名称月」の日々であったようです
◆2.月の名称は、1月~4月まではローマ神話の神々の名に因んで付けられました。 夫々1月「戦いの軍神マルス或はマルティウス(Mars or Martius)」 2月「春と美の女神アフロディーテ(Aphrodite)」  3月「豊饒の神マイア(Maia)或は旅と商いの神マーキュリー(Mercurius)」 4月「母なる結婚の神ユノー(Juno)~June brideの語源(~6月に結婚する花嫁。西洋で女性と結婚生活の守護神ジュノー(Juno)の月であることから、この月に結婚すると幸福になるとされる~)」に捧げる月として・・。
◆3. 因みに、ここからがクイズ②の回答です。ラテン語で、5=quinque , 6=sex , 7=septem , 8=octo , 9=novem , 10=decem , と夫々番号順に「月」名を命名されたのですね。
◆4. 次に、ロムレス暦の欠点を補って改められたのが『ヌマ暦』です。ロムレスの後を継いだヌマ・ポンピリウス(Numa Pompilius)は、紀元前8世紀末にロムレス暦に第11月(Januarius)と第12月(Februarius)の2ヶ月を加えて1年12ヶ月としました(暦の起源と『ユリウス暦』(表2))。太陰太陽暦の採用ですね。満月から満月までの1ヶ月は約29.5日。従って1年=354日(29.5日×12(月))となりますが、ローマでは奇数を尊ぶため1日を加え1年=355日。これがその後、Martius(=Mars)で始まる12ヶ月が約600年続きます。因みに11月「ヤヌアリウス(Januarius)」という名は、ローマの軍神ヤヌス(Janus)を称えて命名されたものです。また、12月のFebruarusは「清める」という意味を持つpurificatioから来ているようです。家畜を屠(ほふ)るのがこの季節でした。
◆5. 『ヌマ暦』は1年=355日からなる暦でしたので、毎年11日余り狂いが生じます。そこで、2年毎、交互に22日と23日の閏月(メルケドニウス((Mercedonius))を加えました。そして、1年の初めをローマの軍神ヤヌス(改暦の前は11月)の月を一月に持って行ったのです(暦の起源と『ユリウス暦』(表3))。この『ヌマ暦の改暦』は紀元前153年のことです。これにより、従来の1月マルスが3月に、2月アフロディーテが4月に・・と、すべて2ヶ月ずつ「ズレ」が生じたのです。これがクイズ②の解答です。
◆6. さて、いよいよ、カエサルの登場です。『ユリウス暦(暦の起源と『ユリウス暦』(表4))。』は次のような経緯で出来ました。以下『ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以後[中] 12巻116頁』から引用します~■□■カエサル暦の改訂を決意したのは、(筆者注:3ヶ月に及ぶ)暦のずれをなくす必要に駆られたという理由だけではない。正確な暦さえつくれば「ローマ世界」のどこでも受け入れられ、それによって、生活のリズムも共通になると考えたからである。(中略)エジプト滞在中に知り合ったエジプト人の天文学者とギリシア人の数学者たちが、実際の暦づくりを担当した。カエサルに招かれてローマでその作業にとりかかった科学者たちは、地球が太陽の周囲を一まわりするに要する時間を、365日と6時間(~実際は、365日と5時間48分46秒=グレゴリウス暦~)と計算した。ゆえに、365日が12ヶ月に分けられて1年になる。そして、1年ごとに生ずる6時間の誤差は、四年に一度、(中略)清算する。その年の2月は29日になる。こうして太陽暦が誕生した。この暦は、改良を考えた人の名をとって『ユリウス暦』と呼ばれた。(中略)「グレゴリウス暦(1582年:法王グレゴリウス13世)」も11分と14秒だけ正確になったというだけで、暦の概念としてならば『ユリウス暦』と同じなのである。
◆7. カエサルは、自分が誕生した7月を従来の「Quintilis」から「Julius」に変更してしまったのです(暦の起源と『ユリウス暦』(表5))。
◆8. さらに、カエサル暗殺後、彼の遺言でローマ帝国を再興したアウグストゥスは、カエサルの手法を見習い、西暦8年、戦勝記念という大義名分で8月の名称を従来の「Sextilius」から「Augustus」と変更し、日数もカエサルのJuriusと同じ31日にしてしまったのです。2月から1日引っこ抜いて・・(暦の起源と『ユリウス暦』(表5))。
【後記】■二十四節気では立冬も半ばとなり、だんだんと寒さが見に沁みて来る時節となりました。百人一首から一首をどうぞ・・。
 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花
        凡河内躬恒(おほしかふちのみつね)
【意】当て推量に、もし折るならば折ってみようかしら。初霜が一面におりてその白さによって、霜か菊か見分けもつかなくなっている白菊の花を
(了)

2006年11月 5日 (日)

【時習26回3-7の会 号外4】~立冬~『ローマ人の物語』その3『ユリウス・カエサルその1』

■今泉悟です。【3-7の会】の【号外4】号まで来ました。なかなか【3-7の会】共通の話題が出てきません。暫く、小生のくだらない世間話にお付き合い下さい。
■さて、3連休も今日でお仕舞い。今週11月7日(火)は、季語でいう、「冬立つ」・・・二十四節気でいう立冬です。この日から立春までが暦の上で冬。この頃になると、陽射しは一段と弱く、日脚(昼間の時間)も目立って短くなり、冬の気配がうかがえるようになります。夕方5時を過ぎると、急に暗くなり出しますね。
■昨日11月4日の日経新聞「NIKKEIプラス1(写真ご参照)」Photo_17 に『言葉づかいで恥ををかいたこと』が載っていましたので、ご紹介致します。小生も社会人生活の中で同様のいくつかの「恥」をかいて来ました。1位の「外の人に上司を「◎◎部長」と肩書付きで呼んだ」から、2位「帰宅する上司に対し「ご苦労さまでした」」、3位「全然大丈夫です」、までは不自然さは説明しなくても一目瞭然で、こんな間違いはしないよと胸を張れますが、4位「目上の人に差し出す文書に「◎◎殿」」や、5位「謙遜する際に「とんでもありません」」、或は7位「同僚の帰宅を告げる際「◎◎は退社しました」」、8位「◎◎のほうから説明します」、12位「的を得る」、14位「足元をすくわれる」・・なんて言うのは、ついつい口から出てしまいそうで、気を付けたい誤表現です・・。因みに11位「焼け棒杭(=木杭(ぼっくい))に火がつく」とは、(一度焼けて炭化した杭は燃え付き易いことから)かつて関係のあったものが一度縁が切れて、また元の関係(主に男女関係)にかえることを言います。→「そんなこと解説してくれなくても知っているよ!」「ウン?流石は時習館OB・・見識の高さに敬服致します・・。ハイ!」
Photo_24■さて、一昨日、お約束しました『ローマ人の物語』から『ユリウス・カエサ Photo_26 ルその1(写真ご参照)』 をお送りします。写真は若き日のカエサルと壮年 期のカエサルです。「若き日の・・」は本当に初々しさに溢れています。一方、「壮年期の・・」は現代の政治家の誰かに似ていませんか?→【後記】ご参照。
■文庫本でも『カエサル』はルビコン川渡河以前・以後で夫々3冊ずつ、計6冊に及びます。エピソード(episode)だけでも、相当数あるため、本当に印象に残ったところをessenceとしてご紹介致します。カエサルの話題は余りにも多いので、今日の紙面では、ごく面白いところだけchoiceします。
■まず、イタリアの普通高校で使われている歴史の教科書「指導者に求められる資質は、次の五つである。知性。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の能力。持続する意志。カエサルだけが、このすべてを持っていた
■『カエサルと女』の抜粋をご紹介します。塩野七生という女性から見た「カエサル像」なかなか興味深いものです。
◆カエサルはなぜあれほど女にモテ、しかもその女たちの誰一人からも恨まれなかったのか、ということである。(中略)痩せ型で背が高く立居振舞いの争えない品格、と多くの歴史家が書いているから、姿美男ではあったろう。だが、姿美男に顔まで美しい男は、当時のローマにゴマンといた。彼の著作の各所に見られる教養と皮肉とユーモアの絶妙な配合で想像はつく。(中略)しかし、カエサルだけが、(中略)上流婦人を総なめにする栄誉に輝いたのである。(中略)元老院議員の三分の一が、カエサルに「寝取られた」という史家もいる。そして、カエサルの愛人の中で最も有名なのは、後年のクレオパトラを別にすれば、セルヴィーリアであろう。後にカエサル暗殺の首謀者になるブルータスの母セルヴィーリアは、再婚話を断ってまで、カエサルの愛人でいるほうを選んだ女であった。これらの女たちは、(中略)おとなしく次々と愛人になったのだから愉快だ。情報だって、たちまち伝わる仲であったろうに。(以下略)・・以下、ここに記している小生がアホに見えて来ましたので、『持てるカエサル論』はこの辺でお仕舞いにします・・。当初は、もっと真面目に「ガリア戦記でのヴェルチンジェトリックスとの攻防」なんかをご紹介しようと思っていたのですが・・。その辺りは、また、後日にご紹介します。
ユリウス・カエサル「人間ならば誰でも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」・・「言い得て妙」の彼の言葉ですね。
【後記】■ウラジミール・プーチンは1952年10月7日生まれの54歳(彼の写真を壮年期のカエサルと並べて見ました)。200pxvladimir_putin1 我々より3歳年長だけ(?)なPhoto_27 ですね。それからプーチン氏は柔道五段。2000年の来日時に講道館より柔道六段の段位を贈られることになりましたが、「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います」という言葉とともに、これを丁重に辞退したそうです。ご立派!
■でもやっぱり「カエサル」と「プーチン」・・なんとなく似ていませんか???(了)

2006年11月 3日 (金)

【時習26回3-7の会 号外3】~秋の叙勲『雑感』~『ローマ人の物語』その2(・・皇帝トライアヌスの善政と少子化対策・・)~

■今泉悟です。今回もブログに直接掲示します。
■今日は、11月3日、文化の日です。小生、旧T銀行秘書室時代から、11月が来ると2日の褒章(藍綬・黄綬・紫綬(といっても紫綬はほとんど該当なし))と3日の叙勲対応で四苦八苦したものでした。春の褒章・叙勲が4月28日と29日にもありました。銀行の秘書室時代は、今は昔の、平成4年暮から7年春までの2年半という決して長くない期間でしたが・・。当時は、叙勲となるとピンは吉田茂・佐藤栄作・中曽根康弘が生前受与された大勲位菊花大綬章から勲一等桐花大綬章、そして旭日・宝冠・瑞宝の各章が3種類、一等~八等まで各々8ランクあり、そのお祝い対応がまた大変でした(平成15年の法改正後は、一等~八等の数字ランクはなくなり、旭日と瑞宝が夫々大綬章・重光章・中綬章・小綬章・双光章・単光章の6等級、宝冠章は等級がなくなりました)。菊花章を厳密にいうと、大勲位にも2種類「菊花章頸飾」と「菊花大綬章」があります。最高位は前者で、我が国では今上天皇のみが受章授与者。外国でも国家元首を対象にしており、タイ国プミポン国王、エリザベス2世、米国アイゼンハワー大統領等が受与されている程度です。叙勲・褒章は明らかに官尊民卑であることは否めません(だからどうこう言う気もありませんが・・)。
■叙勲では、菊花大綬章以上の民間受賞者は一人も居ません。その1ランク下が桐花大綬章。戦後、戦没者叙勲と外国人受章者を除き62名が受章。そのうち民間では1割に満たない以下の6名が受章。と言っても、石坂泰三(経団連会長:昭和50年(正三位))、土光敏夫(経団連会長:昭和61年(従二位))、松下幸之助(松下電器産業会長:昭和62年(正三位))、稲山嘉寛(経団連会長:昭和62年(従二位))、井深大(ソニー(株)ファウンダー最高相談役:平成9年(正三位))、斉藤英四郎(経団連会長:平成14年(正三位))。ご覧のとおり、財界総理と言われる経団連会長職経験者4名以外では、松下幸之助と井深大の二人だけと言う状況です・・(最後のカッコ内は授位された位階です)。
■因みに、小生の伯父(亡母の長兄)は豊橋市内の小学校校長を複数校経験し、一昨年亡くなったとき、国から正六位を授与されています。それから小生の親父は大戦中に少尉任官の際、正8位を授与されているといいます。
■更に因みに、日本史で習った所謂「殿上人(てんじょうびと)」は従五位下以上と六位の蔵人でしたね。殿上人の反対語は「地下人(じげにん)」。これもほとんど死語ですが・・。
■マスローの欲求段階説「①生理的欲求→②安全欲求→③愛情・所属の欲求→④社会的承認欲求→⑤自己実現の欲求」で言えば、最上位の欲求なんでしょうね。『名誉欲』というものは・・。ニュアンス(nuance)は違いますが、中国の格言にもありますね・・。衣食足りて礼節(=栄辱)を知る(《訳》民は、生活が豊になって初めて、道徳心が高まって礼儀を知るようになる)・・。
■□■先日『ローマ人の物語』をご紹介しましたが、塩野七生の文体も小気味よく、半ば「嵌って・・」読み進めています。今読んでいるのは文庫本で24巻「賢帝の世紀(上)」で皇帝トライアヌス( Imperator Caesar Divi Nervae Filius Nerva Traianus Optimus Augustus : 皇帝在位 紀元98年1月27日~117年8月9日)です。尊敬するカエサル・オクタヴィアヌス・ティベリウス以来の賢帝の登場です。因みに、 所謂五賢帝は、トライアヌス250pxtrajanxanten1_2 の前のネル ヴァImperator_nerva_caear_augustus_1 (在位96~98年)から、ハドリアヌス180pxhadrienven1_1 (Hadrianus(在位117~138年))、アントニヌス・ピウス180pxantoninus_pius_28bust291_1 180pxmarcus_aurelius_28bust291_1 (Antoninus Augustus Pius(在位138年~161年))、マルクス・アウレリウス・アントニヌス(在位161年~180))だと世界史で習いましたね(写真は、上段左上からトライアヌス、ネルヴァ、ハドリアヌス、下段左からアントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス)。
■皇帝トライアヌスが治世時代にイタリア空洞化対策を2つ実施しているのでご紹介します。その一つに「アリメンタ(Alimennta)」と通称された法で現代語に換言すれば「育英資金制度」があります。ローマ人(とくに支配層の元老院階級の人達)は後世でいうnoblesse oblige(ノーブレス・オブリジェ)にも熱心でしたが、皇帝トライアヌスはこれを国策化したのです。「アリメンタ法」では、被援助資格者は未成年者で(金額単位:セステルティウス)、①嫡出男子月額16 ②嫡出女子同12 ③庶出男子同12 ④庶出女子10。当時軍団兵の給料が月額75セステルティウスの時代でした・・。男子の成年は17歳、女子の場合は14歳です。同法は直接の享受者であるイタリア本国の貧困家庭を利しただけではありませんでした。まず第一は、自分の払う利子が自分の住む地方の貧しい子供達のために役立つとなって、イタリア本国の自作農民たちも借入金利子を喜んで支払うようになりったということです((注)皇帝トライアヌスはアリメンタ法施行前に、元老院議員に対し、彼等が所有する資産の三分の一を、儲かる属州への投資ばかりでなく、イタリア本国に投資することを義務付けたのです。一方で、イタリア本国の自作農には低利(通常年利12%であったものを同5%)で事実上永久融資を受ける法を成立させ施行したのです)。第二は、実施を一任された地方自治体側が、同地区の富裕層に働きかけ不足分の埋め合わせに努力したことです。今から19百年もの昔にこのような制度が国策で存在すること自体驚嘆すべきことですね。これは少子化対策にも役立ったようです。また、トライアヌスは、また首都ローマの貧困家庭に「小麦法」で定められていた貧民への月30キロの小麦無料給付を、従来の成年男子に加え、10歳まで引き下げたのです。これにより主食の小麦を貰えるようになった貧困家庭の子弟は5,000人に登ったということです。皇帝トライアヌスはローマ史上初のイタリア本国以外出身の皇帝であり、質素な私生活と、地味だが説得力をもった立ち居振る舞いで、元老院やローマ市民に評判が大変良かった皇帝でした。
■次回は、時代は遡りますが、『ローマ人の物語』を語るには、『カエサル』抜きには考えられないですので、「その3~カエサル編~」を近日中に掲示します。(了)

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