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2006年12月の9件の記事

2006年12月31日 (日)

【時習26回3-7の会 0058】~今年は大変お世話になりました・・来年も宜しく!!!

■今泉悟です。今日は2006年12月31日です。
■今年もいろいろありましたが、【時習26回3-7の会】が発足('06.01.19)して、3月に犬飼(石田)R子さん、峯田君と今泉のミニミニ同窓会、6月24日に伊庭さん、山中(高木)さん、市川君、菰田君、峯田君、山田君と今泉、8月12日に伊庭さん、山中(高木)さん、市川君、伊東くん、井上君、金子君、菰田君、竹内君、彦坂君、牧野君、峯田君と今泉、8月25日に渡辺S○子さんと今泉、の延べ24名の各氏との集いが実現しました。30有余年ぶりの同窓会ですが、本当に楽しかった・・。
■それから、e-mailですが、小生を含め29名の皆さんとのコンタクトがとれるようになったこと・・、これは本当に嬉しいことです。
■また、mailでしか、まだお会いできないけれど、生の声がすぐそこから聞こえて来る臨場感・・。 e-malでなければ実現できない・・。タイ国在住の中山君からの写真入りのお話や、田中君、原田君、守田君、二橋君、下浦(原田)さん、鈴木J司君、藤川君、石田Y博君等々、久し振りにみんなの声が聞こえて来ました。ほんと、嬉しい限りです・・。
■さて、来年の年賀状を【時習26回3-7の会】の仲間43名(小生と所在不明の井沢さんを除く)に出状しました。 先刻、12月30日23時20分に豊橋郵便局本局に投函して来ましたので、早くて2007年1月3日以降に皆さんのお手許に届くと思います。 昨日(29日)まで銀行は営業中。 今日、やっとPCにじっくり向かうことができました。 賀状にも書きましたが、2007年は、担任であった鈴木鉄三先生をお招きして「同窓会」を開催したいと思います。 開催時期の詳細は未定ですが、2006年同様8月11日(土)のお盆前辺りが良いのではないかと思います。 来る3~4月辺りの暖かくなった時分に皆さん宛て出状の予定です。ご期待下さい。
■話変わって・・、2007年はどういう年になるでしょう? ・・ 2007年は、干支でいうと、「丁亥(ひのと・い)」・・。 その意味は、「これまでの陽気がピークを迎え(丁)、」、「植物が実となって、エネルギーを凝縮、蓄積する(亥)」ことである。その字義を今の日本経済の現状に照らしてみれば、来年は、これまでの構造改革による果実を享受しつつも、次なるステージに向けて「新たな改革の種を撒く年」と捉えることができる。 他の先進諸国が経験したことがない少子高齢化・人口減少社会の到来をものともせず、日本経済が持続的な安定成長を遂げることがけきるが否か、残された時間は少ない・・。
■我々が、来年も元気に生きていくためには、肉体的にも、精神的にも『若さ』が大切になって来ます。小椋佳が9年ぶりに上梓したオリジナル・アルバム「未熟の晩鐘」。 その中で、5年前に大病を克服した彼が言った言葉・・ 「もうと思えば下り坂、まだと思えば上り坂」という詩(うた)が響く・・。 『言い得て妙』ですね・・。
■また、江戸時代後期から幕末にかけての儒学者、佐藤一斎『言志四録』から・・。
これは、小泉前首相が2001年5月に教育関連法案の審議中にふれたことで有名になりましたね・・。
「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり」「壮にして学べば、則ち老いて衰えず」「老いて学べば、則ち死して朽ちず」 ・・これも、含蓄のあるいい言葉ですね・・。
【後記】■今日最後に皆さんに贈ることば・・。 盛唐の詩人高適(こうせき)の『除夜の作』をお贈りします。
  除夜作       除夜の作
旅館寒灯独不眠   旅館の寒灯 独り眠らず
客心何事転凄然   客心 何事ぞ 転(うた)た凄然(せいぜん) 
故郷今夜思千里   故郷 今夜 千里を思う
霜鬢明朝又一年   霜鬢(そうびん) 明朝 又一年
【意】宿の寒そうな灯火のもと、ひとり眠らずにいると、旅愁が、何故か、こみあげて心に沁みる。 故郷では、今夜、遥かに私のことを思っているだろう。 鬢は白く、明日の朝には、また一つ年をとる。
■それでは、皆さん、良いお年をお迎え下さい。
(了)

2006年12月25日 (月)

【時習26回3-7の会 号外14】~のだめカンタービレ・最終回

■今泉悟です。今日もblogへの直接書き込みです。
■掲題の『のだめ・・』は、storyこそ今一ですが、ドラマの中で使われるclassic musicがなかなか良く最後まで見てしまいました。今日、放送された曲目の主だったところをご紹介します。
■Theme musicは、ガーシュイン『ラプソディー・イン・ブルー』とベートーベン『交響曲第7番』~第一楽章です。
■メンデルスゾーン『交響曲第4番 イタリア』~第一楽章
■ブラームス『ハンガリー舞曲第5番』
■ドボルザーク『スラブ舞曲』
■シューベルト『ピアノソナタ』
■コダーイ『ハーリヤーノシュ~ウィーンの音楽時計』
■レスピーギ『古風な舞曲とアリア』
■ショパン『エチュード(練習曲)第4番嬰ハ短調』作品10
■モーツァルト『ピアノソナタ第15番ハ長調K545』
■ハチャトリアン『ガイーヌ~剣の舞』
■モーツァルト『ディベルティメント第1番』
■チャイコフスキー『弦楽セレナード~ワルツ』
■サラサーテ『カルメン幻想曲』
■ホルスト『惑星~木星(ジュピター)』
▼楽しい1時間15分でした・・。(了)

2006年12月23日 (土)

【時習26回3-7の会 号外13】~フェルメール《真珠の耳飾りの少女》~小林秀雄「草野君の全集」

■今泉悟です。今日12月23日は天皇誕生日。ここ2~3日寒い日が続いていましたが、今日はそれも緩み比較的暖かな一日でした。今日blog直接掲載です。ご覧下さい。
■さて、小生、最近朽木ゆり子「フェルメール全点踏破の旅」という本を買い読み出しました。そして、昨夜、彼の作品の一つ《真珠の耳飾りの少女:蘭 Het meisje met de parel  英:Girl with a Pearl Earring 》という映画を人から借りたビデオで観ました。原作の絵がそのまま映画に映し出されたようなVirtual realityの世界に誘い込まれた感じでした。
180pxjohannes_vermeer_281632167529__the_B0001x9blk09_ss500_sclzzzzzzz_v110411687 ■blogには、原作の絵と、同名の映画のカバーを並べて添付しました。主人公の一人グリート(Griet)役のスカーレット・ヨハンソン(Scarlett Johansson)が《真珠の耳飾りの少女》そっくりに演じていたのが印象的でした。
■朽木ゆり子は、こう言っています。
▼最近の世界的なフェルメール(Johannes Vermeer)・ブームの原因の一つに、英国に住む米国人小説家トレイシー・シュヴァリエ(Tracy Chevalier)が書いた小説『真珠の耳飾りの少女』(白水社 2000年)とそれを下書きにした映画のヒットがある。シュヴァリエの小説は、フェルメール家で働く若い女中が、画家に望まれて《真珠の耳飾りの少女》のモデルになる様子を画いた物語だ。(中略)当時のオランダ庶民の暮らしぶりをリサーチし、それらを背景に少女が大人になる過程をうまく画き出している。それに加えて、少女が絵の中で漂わせている特別な輝きは彼女が画家に対して抱いていた憧れと恋愛感情の表れであり、彼女が投げかける視線もそれゆえに親密だった、というようなニュアンスを込めて物語が展開されている。映画では、蠱惑(こわく)的(筆者注=人の心をひきつけ、惑わすこと)で同時に純粋な雰囲気を漂わせた女優が女中役を演じたことから、画家との恋愛、そして妻の嫉妬という要素がよけいに強調されて伝わってきた。
▼もちろん、これはシュヴァリエが作り出したフィクションで、フェルメール家の女中があの絵のモデルだったという証拠はどこにも存在していない。しかし、私の友人の十七歳になる娘は、あの絵のモデルはフェルメールの家の女中だと信じている。このように、小説と映画の大ヒットで、女中モデル説は、一部で擬似事実( ファクトイド factoid )になってしまった感がある。(以下略)
■この映画は、確かに誰かが言っていたが「色調が原作そのまま」でとても美しい映画でした。1665年当時のオランダが眼前に現れ、市場の賑わい、運河の舟、炊事洗濯する女性たち~庶民生活の断片、そうした動きが淡々と画かれ、それらが『動くフェルメールの絵』という感じで映し出されていたのが大変良かった・・。
【後記】■今日、小林秀雄作品集を眺めていたら、以前、紹介した草野心平作『蛙、春殖』について書いているessayを見つけたのでご紹介します。
   草野君の全集
 草野君から「草野心平之字」という本を貰って見ていたら、「蛙、春殖」と題し、「るるるるるるるるるるるるるるるるるるる」と「る」の字の濃く淡くが数珠つなぎになった一行が、中途で、風に吹かれたように、右の方へ曲がっている。字でもあり、声でもあるかのようなところが面白い。(中略)
 草野君は、若い頃から、執拗に蛙を詠じつづけている。歌は、蛙の声まで到達しないと承知ができないらしい。「草野心平之詩」と言う常道を排して、「草野心平之音声」とすべきであろうか。とまれ、文明の重圧に抗する蛙の趣きが、彼の人格を領し、其処から、彼の生活意識の複雑と多様とが発している。やはり、この人は全集による表現を必要としていると思う。 (了)

2006年12月20日 (水)

【時習26回3-7の会 号外12】~小林秀雄・『ガリア戦記』~田原の冬の情景~松尾芭蕉と渥美半島

■今泉悟です。今日もblogに直接掲載します。
■さて、今日は、日経新聞朝刊の【春秋】をそのままご紹介させて頂きます。また~って、言われそうですが・・、チョット拘ってみました。
▼『ローマ帝国衰亡史』や『平家物語』など国家や文明の盛衰を巡る物語が人の心を捉えるのは何故か。政治学者の高坂正尭氏は「衰亡の原因を探求して行けばわれわれは成功のなかに衰亡の種子があるということに気づく」と書いた。▼千二百年という世界史に例のない長い繁栄を維持した古代ローマの歴史を十五年の歳月を費やして画いてきた塩野七生さんの著作『ローマ人の物語』の十五巻目が刊行されて完結した。活字離れで試行錯誤が続く出版界にあって、在野の作家が現地に居を移して成し遂げた息の長い仕事は労作と呼ぶにふさわしい。▼王政から共和制へ、さらに帝政へと政体を転じながら、強大な武力による版図の拡大とともに公と私をバランスさせた巧みな内政の仕組みが何故維持できたのか。パクス・ロマーナ(ローマの平和)と呼ばれる時代の興隆を維持させてゆく姿に、戦後の日本を重ねて読んだ読者の多いだろう。▼日本が国連に加盟して(筆者注:12月18日に)五十周年を迎えた。世界の平和と安定に向けた国家としての存在感が問われる一方で、国内では職業倫理や社会モラルの低下が若者ばかりかエリート層まで広がりつつある。「興隆の要因となったと同じものが衰退の要因になる」。塩野さんがあげる文明の仮説はそのまま高坂氏と重なる。
■『ローマ人・・』というと、最近買った小林秀雄全作品14 1941-1945 から 彼の評論『ガリア戦記』の一部を紹介する。
▼ジュリアス・シイザアに、「ガリア戦記」というものがあるのは承知していたが、最近、近山金次氏の翻訳が出たので、初めて、この有名な戦記が通読できた。少し許(ばか)り読み進むと、もう一切を忘れ、一気呵成に読み終えた。それほど面白かった。というより、もっと正確に言うと、ただ単にロオマの軍隊が、中途で休んでくれなかったが為である。勿論、別して読後感という様な小うるさいものも浮ばず、満ち足りた気持ちになった。近頃、珍しく理想的な文学鑑賞をしたわけである。(中略)ガリア戦役という創作で、彼が通暁(つうぎょう:筆者注:よく知り抜いていること)しなかった一片の材料もなかったであろう。知り尽した材料を以ってする感傷と空想とを交えぬ堂々たる労働、これは又大詩人の仕事の原理でもある。「ガリア戦記」という創作余談が、詩の様に動かすのに不思議はない。サンダル(注:ここは古代ローマの履物。底を紐で葦にくくりつけ、その紐をさらに膝下まで編み上げて履く。)の音が聞える、時間が飛び去る。
■さらに、最近親父からもらった岩波文庫 カエサル著 近山金次訳 「ガリア戦記」から、冒頭の解説を紹介する。
▼カエサル(俗にシーザー)の「ガリア戦記」Commentarii de Bello Callico は紀元前58年から同51年にかけて行われたローマ軍のガリア(今のフランス)遠征を記した書物である。前号八年に亙って行われた征服の記録は一年毎に巻を改めて八巻ある。カエサルが自分の手で書いたのは前七巻で、最後の八巻はカエサルの死後にヒルティウスが書き加えたものである。(以下略) ~そして、この文庫の巻末には小生の親父が肉筆で「(注:昭和)39.8.22 日直の日に了 成章(筆者注:成章高校)」と書いてあった。小生の親父は昭和39年から42年3月まで田原町(当時)の県立成章高校で教鞭を執っていた。
■最近の『田原の情景』と『冬の風物詩』をお示しします。ご覧下さい。
▼まずは、田原の蔵王山から三河湾とトヨタ自動車田原工場の風車12基です。061129_151901
▼同じく、蔵王山から、田原市中心部を望む。遠方は太平洋です。061129_151701
▼次に、田原の白谷辺りから三河湾を望む。061128_115101
▼我が家の『千両』です。061126_144002
▼『万両』です。061215_141902_1
061220_143301 ▼今日、12月20日、田原市郊外にある『菜の花畑』です。まだ『師走』だというのに春の花が咲いていました。渥美半島は常春の半島なんですね。ただ、温度は低くはないですが、風が強く、体感温度は相当寒く感じます。因みに、風車が動くには風速3m/秒必要ですが、渥美半島では年間平均6m/秒あるとのことです。道理で寒く感じる訳です。
【後記】■今日、最後に、豊橋市杉山町~田原市江比間~伊良湖岬の三箇所で松尾芭蕉が詠んだ俳句を三句お贈りします。芭蕉は、貞享4年(1687年)弟子の杜国を訪ねて伊良湖に向かいます。なお、芭蕉は享年数え51歳。我々の歳には他界していたのですね・・。なんと言っても『健康が第一』です。では、どうぞ・・。
冬の日や 馬上に氷る 影法師
【意】天津畷(豊橋市杉山町)の身を切る吹きさらしの一本道。この身は馬上にすくみ、影法師のように凍てついてしまった。「日」は太陽の意。
ゆきや砂 むまより落よ 酒の酔(よひ)
【意】伊良湖岬への道は、雪や砂で柔らかい。ほろ酔いの御仁は、雪見酒の興に落馬してごらん。途次の江比間を古地図は「酔馬(ゑひま)」と記す。
鷹一つ 見付てうれし いらご岬(ざき)
【意】伊良湖岬の骨山(現・古山(こやま))の頂の彼方、歌枕の鷹が一羽、悠々と天翔(あまがけ)るのが見られた。『山家(さんか)集』西行歌「巣鷹渡る・・」を踏む。(了)

2006年12月17日 (日)

【時習26回3-7の会 0057】~『今年1年を振り返って』~冬至~生誕Mozart250年雑感~

■今泉悟です。今回は掲題の件で、久し振りに皆さんにmailをお送りします。今年一年本当にお世話になりました。色々とご迷惑をお掛けしたことをこの場を借りましてお詫び申し上げます。そして、来年も引き続き宜しくお願い申し上げます。・・では、来年まで・・とは、そうは問屋が降りません。皆さんの『今年1年を振り返って』のご意見・ご感想を是非とも頂戴したく、お願い申し上げる次第です。皆さんのご意見等をお披露目して今年を締め括りたいと思います。
■ところで、今週12月22日(金)は冬至です。今日の【後記】に白居易邯鄲冬至夜思家(邯鄲にて冬至の夜に家を思う)をお贈りします。ご覧下さい。
■さて、今年2006年も残すところ2週間になりました。1年は、年をとるにつれ本当に早く感じられます。それもその筈、1年という長さは、五歳の子にとっては全人生の20%を占めるのに対し、51歳となった(或はなる)我々にとっては、全人生の1.96%に過ぎない訳ですから、感覚的に早く感じられるのも当然と言えば当然ですけれど・・。
■改めて、今年1年を振り返ってみますと、嬉しいことが一杯詰まった一年でした・・。1月19日にe-mailにて【時習26回3-7の会】の『立上げ』で15名のclassmatesにご案内を差し上げてから、皆さんに不躾なmailをお送りし続け、①3月19日の『プレ・ミニ同窓会(犬飼(石田)R子さん、峯田H幸君、今泉)』、②6月24日に『プレ同窓会(市川Y一郎君、伊庭R○子さん、菰田K己君、峯田H幸君、山田K義君、山中(高木)K子さん、今泉)』、③8月12日の『同窓会・本会(市川Y一郎君、伊東M弘君、井上N生君、伊庭R○子さん、金子T久君、菰田K己君、竹内T也君、牧野M孝君、彦坂T孔君、峯田H幸君、山中(高木)K子さん、今泉)』、④8月25日ミニ同窓会(渡辺S○子さん、今泉)(渡辺S○子さんとは、9月30日に東京丸の内でもお会いできました)』と、賑々しく同窓会を開催させて頂きました。その結果、【時習26回3-7の会】classmatesのe-mail仲間は29名(含む小生)と、ほぼ倍増しました。ホント、嬉しい限りです。来年、新しいe-mail仲間があと何人増えるか楽しみです。
■さて、来年2007年はどういう年になるのでしょう? 景気は今一つパッとしませんが、計数的には、景気拡大はいざなぎ景気を抜いたということで悪くはなっていないようですが・・。
銀行を利用される皆様に注意喚起をひとつ・・
【要旨】◆FATF(ファタフ)特別勧告を踏まえ、本人確認法制省令が来る2007年1月4日より改正され、本人確認対象取引が拡大される。
即ち、現金振込等、現金の受け払いを伴う為替取引については、本人確認が必要となる金額が現行の200万円から10万円超まで引き下げになる
◆FATAF特別勧告とは・・? →◆FATFとは、資金洗浄(マネー・ローンダリング)及びテロ資金供与防止のための政府間機関(FATF : Financial Action Task Torce on Money Laundering )。 ◆2006年末までに①1,000米ドルまたは、1,000ユーロを超える電信送金について(日本では10万円)、②送金人の本人確認を行ったうえで、③被仕向金融機関が、仕向金融機関における送金情報を、送金受領時に入手または速やかにトレース可能な体制とすることが求められている。
■来年1月4日から銀行の窓口で面倒な手続きが始まります・・。ご利用になる皆様には大変煩雑となりますが、背景からご理解とご協力をお願いします(但し、入学金納付に関しては、本人確認方法の一部簡略化を行う金融機関もあります)。
■話変わって、今年は、Mozart生誕250周年、Shostakovich生誕100周年、武満徹没後10周年etc・・。classic音楽ファンには記念すべき年でした。今、小生、Shsostakovich作曲の弦楽四重奏曲第3番を聞きながらmailを書いています。あっ、そうだ、武満徹も聞き易い曲があった・・と思い出し、《3つの映画音楽》から第3曲〈ワルツ〉を聴き直してみた。武満徹と言えば『幽玄』の美を綺麗なstringsを主体に表現する現代作曲家の大家ですが、この小品は、勅使河原宏監督の『他人の顔(1966年)(原作:安倍公房)』ためのもの。2分20秒余りの短い曲で大変印象に残るワルツの佳曲です。一度、是非聴いてみてください。
■W.A.Mozartと言えば、小生、昨日16日の午後、浜松アクトシティにて、ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇劇場オペラによる歌劇『魔笛』を観て来ました。とても楽しいひとときでした。彼は35年の短い生涯に600曲を超す作品を残しています。5歳で作曲を始めたと言いますから、30年間で600曲、1年間で20曲、1ヶ月に2曲に近い驚異的なpaceで作曲して行った訳です。何れも珠玉の名品ばかり・・。
■Mozartと言えば、随筆家小林秀雄『モオツァルト』を読みました。この作品は小林秀雄が昭和21年12月、『創元』に発表したものですが、今でこそMozartの評論は沢山ありますが、今から61年も前にこれほど格調高い随筆が書かれていたとは、彼の才能に改めて敬意を表します。とても自分には真似できない・・。自分の能力の限界を痛感する次第です。その『モオツァルト』から、一節をご紹介します。
    〈 9 〉
(前略)
■スタンダアルは、モオツァルトの音楽の根底はtristesse(かなしさ)というものだ、と言った。定義としてはうまくないが、無論定義ではない。正直な耳にはよくわかる感じである。浪漫派がtristesseを濫用して以来、スタンダアルの言葉は忘れられた。tristesseを味う為に涙を流す必要がある人々には、モオツァルトのtristesseは縁がない様である。それは、凡そ次の様な音を立てる、アレグロで。(ト短調 クインテット、K.516) (音符省略(筆者注:早速、アマデウス四重奏団による同曲を聴いて書き込みしています)) 
■ゲオン(筆者注:フランスの劇作家(1875~1944))がこれをtristesse allante(allanteは前へ進もうとする、素早く動く、等の意。フランス語) と呼んでいるのを、読んだ時、僕は自分の感じを一と言で言われた様に思い驚いた(Henri Gheon : Promenades avec Mozart(モーツァルトの散歩))。確かに、モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡(うら)に玩弄(がんろう)するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、「万葉」の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない。まるで歌声の様に、低音部のない彼の短い生涯を駆け抜ける。彼はあせってもいないし急いでもいない。彼の足どりは正確で健康である。彼は手ぶらで、裸で、余計な重荷を引摺っていないだけだ。彼は悲しんではいない。ただ孤独なだけだ。孤独は、至極当り前な、ありのままの命であり、でっち上げた孤独に伴う嘲笑や皮肉の影さえない。
(後略)
【後記】■では、白居易邯鄲冬至夜思家をお贈りします。
  邯鄲冬至夜思家   邯鄲にて冬至の夜に家を思う
邯鄲駅裏逢冬至  邯鄲の駅裏(えきり) 冬至に逢(あ)
抱膝燈前影伴身  膝を抱(いだ)いて燈前 影 身に伴う
想得家中夜深坐  想い得たり 家中 夜深けて坐し
還応説著遠行人  還(ま)た応(まさ)に遠行の人を
            説著(せっちゃく)するなるべきを
【大意】■邯鄲の宿場で、冬至を迎えた。膝を抱えて灯火(ともしび)の前に坐れば、影が我が身に寄り添うだけだ。故郷では、今、夜更けに家族がうち揃って、遠く旅に出ている私のことを、きっと話していることだろう。
■邯鄲(河北省)は、戦国時代、趙の都として栄えたが、唐代にはうらぶれた田舎町になっていた。「黄梁一炊の夢」という、盧生が仙人の枕を借りて一省の夢を見てしまう物語の舞台も、邯鄲の町外れの茶店であった。この詩は、冬至とういう季節の節目を迎えたことを題材にして、田舎の宿場での侘しさを詠う。白居易33歳、校書郎在任中の作。この後、上級試験に及第してエリートコースを踏み出していく。故郷では、冬至の色々な行事に忙しいが、夜ともなれば家族が揃う。そんな中で、一人いない私のことを思い出してくれるだろうな、と想像する結句は、承句〈身に添うのは影だけだという孤独感〉と、転句〈家族団欒の楽しさ〉との差異の大きさによって、しみじみとした味わいを醸し出す。
■今日、最後にお贈りする作品は、新古今和歌集から西行法師の作品を一つ・・。
570 月を待つ たかねの雲は 晴れにけり 心ありける 初しぐれかな
【大意】月の出を待っていた高嶺、そこに懸かっていた雲は時雨を降らせてさっと晴れたよ。思いやりのある初しぐれだなぁ。
* 
Dsc_0106_1 ■添付写真は、今日書き込みしながら聴いたCDのcoverと、小林秀雄の『モオツァルト』の冒頭です。 (了)

2006年12月13日 (水)

【時習26回3-7の会 号外11】~古代ローマこそ帝国~

■今泉悟です。今回もblogへの直接掲載とさせて頂きました。
Dsc_0105_5 ■今日、12月13日の日経新聞夕刊に、塩野七生へのinterview記事が載っていましたのでご紹介します。添付写真をご覧下さい。作者のほかの著書に「ローマから日本が見える」というのがありますが、それを読むと、彼女が『ローマ人の物語』の中で述べていたessenceが解かります。その中で印象に残ったphraseをお示しします。
■□■ローマにはなぜ公立学校や公立病院がなかったのか□■□
■現代の社会福祉政策において、貧困対策と並んで大きな柱とされるのは教育と医療の分野です。中でも医療は、日本でも福祉関連予算の中で大きな比率を占め、財政赤字の原因の一つになっている。
■ローマ帝国は、何かとカネのかかるこの分野に関しては、完全な「民活」とすることで予算圧迫の原因を取り除いていました。(中略)充実した都市になかったものが二つある。それが公立病院と学校でした。
■(中略)学校に至っては基礎教育であれ、高等教育であれ、公立学校はなかった。これは、首都に限らず他の多くの帝国内の都市でも同様だったのです。
■しかし、だからといって古代ローマ人たちが教育や医療をおろそかにしていたわけではありません。子弟の教育に力を入れない国は滅びるし、また医療レベルが低ければ、人口が密集する都市はたちまち疫病の巣窟となってしまいます。
■医療と教育は、文明度の高い都市を維持するために絶対欠くことのできない要素ですが、かといって、これをすべて公費でまかなうことになれば増税は避けられない。
■この難問に対してもローマ独特の解決策を打ち出したのは、他ならぬカエサルでした。
■カエサルはその在任中、どんな民族であれ、どんな人種であれ、教養学課(アルテス・リベラーレス)を教える教師と、医療に従事する医師に、無条件で市民権を与えることにしたのです。
■属州民にとって、市民権とはすなわち直接税が免除されるということであり、またローマの法によってその権利が保証されるということでもある。医療や教育に従事すれば、その権利が手に入るというのですから、医療と教育が魅力ある職業になったのは言うまでもありません。
■カエサルは、ローマにたくさんの医師や教師を集めることによって、教育や医療の充実を図ろうと考えたのです。
■医師や教師が増えれば、そこには自由競争がおのずから生まれる。そうすれば、医療や教育のレベルは向上するし、またコストも低くなる。公教育や公的医療の維持のために、増税に次ぐ増税を行って行って市民の恨みを買うよりも、民間ベースに任せたほうがいいというのがカエサルの判断であったのでしょう。(後略)
◇◆◇流石はカエサルですね・・。
【後記】■話変わって・・、冬の到来を、今日は、新古今和歌集 巻第六 冬歌 でどうぞ・・・
  ~ 千五百番歌合(わせ)に、初冬の心をよめる ~
     皇太后宮太夫俊成(藤原俊成(=定家の父。五条三位(1114~1204)))~俊成88歳の時の作~
  551 起き明かす 秋の別れの 袖の露 霜こそむすべ 冬や来(き)ぬらむ
  【大意】秋と別れるなごり惜しさに袖に涙をこぼしながら、秋の最後の夜をまどろみもせず明かしたよ。 今朝見ると、袖に置いた涙の露は霜となって結んでいる。冬がやって来たのであろうか? 
■そして、今度は唐詩を一つ・・。賈島(かとう)の度桑乾(そうかんをわたる)をお贈りします。
  度桑乾         桑乾(そうかん)を度(わた)る
客舎并州已十霜   并(へい)州に客(かく)舎すること已に十霜
歸心日夜憶咸陽   帰心(きしん) 日夜 咸陽を憶(おも)う
無端更度桑乾水   端(はし)無くも更に度る桑乾の水
卻望并州是故郷   却(かえ)って并州を望めば是れ故郷
【大意】并州に旅住まいをするようになってから、すでに十年にもなる。思えばその間、故郷に帰りたいという心は抑えがたく、昼夜、懐かしい咸陽のことを憶い続けて来た。今度、思いがけなく、こうして更に桑乾河をわたり、遠く北方に行くことになった。今ここから、遥かに并州の方を振り返ってみると、これまで他郷としか思えなかった并州が、意外にも故郷のように親しく感じられるではないか。
■今いる北方の地から見れば、并州は長安(咸陽)より近いからというだけではない。借りの宿りながら、そこで過ごした十年の歳月が二度と帰って来ないと実感されるから懐かしく思われるのである。郷愁はここでも、時間的なものと密接に繋がっている・・。
◆小生、既に皆さんに何回もお話しているように、銀行に就職して以来、名古屋、仙台、東京(世田谷区給田)、狭山市、名古屋、東京(国分寺&新宿区新小川町)、名古屋、豊田、豊橋と、居を幾つも変えて来た。つまり第二、第三・・の故郷が増えて行った訳であるが、夫々の街は、慣れるとそれなりに『素晴らしき故郷』となって、小生の大切な人生の一時代を形づくっている。いつ振り返ってみても、その当時のことが本当に懐かしく思い出される。まさに賈島の心境が実感できるのである・・。(了)

2006年12月10日 (日)

【時習26回3-7の会 号外10】~「夏目漱石の命日」と「脳の力・脳の仕事~今日から実践!ボケを防ぐ『健康食』」

■今泉悟です。今回もblogへの直接掲載とさせて頂きました。
■昨日、12月9日は、丁度90年前の今日、夏目漱石の命日(1916年没)にあたります。中日新聞の「中日春秋」も、日経新聞の「春秋」ともに、夏目漱石を取り上げています。
「漱石」という名前は「漱石枕流」(=へそまがり)に由来することはご存知の皆さんも多いと思います。由来の詳細は以下の通りです。◆◇「中日春秋」から・・◇◆中国晋の時代、孫楚(そんそ)という男がいた。若い頃、隠遁する決意を友人に語り「石に漱(くちすす)ぎ、流れに枕す」と言った。友人から「『石に枕し、流れに漱ぐ』の誤りだ」と指摘されると孫楚は「石に漱ぐとは歯を磨くことで、流れに枕すとは耳を洗うことだ」と答えたという。◇◆いつの時代にも「へそ曲がり」はいるものですね・・。
■小生は、昔から漱石の作品が好きで、高校時代から大学にかけて、彼の作品は最終作品の明暗とそのほか若干の作品を除くと一通りは読破しました。彼の作品の中では、とくに次の三作品が好きです。若い時代の「坊ちゃん」と「三四郎」、そして、晩年の「こころ」です。この三作品については、小生、色々と思い入れがありますので、また日を改めてお話したいと思います・・。今日は、まず「坊ちゃん」のちょっとした話題から・・。
■ここで、クイズを一つ・・。Q1.主人公の坊ちゃんは何の科目の先生でしょうか
□■□Ans.数学です。・・では、その場面をまず英語訳版から、そして、原文の順にお示しします。ご覧下さい。
英訳◇・・At this, the boy right in the middle of the front row, who looked the strongest in the class, suddenly jumped to his feet and said, "Sir!"
"Here we go," I thought, but aloud I said, "Yes, what is it?"
"You're speaking too fast. I can't understand what you say. If it's all the same to you, could you speak just a bit more slower, like?"
"'If it's all the same to you'? 'Like'? What kind of spineless language is that? If I'm speaking too quickly, I'll slow down. But I'm from Tokyo and I can't speak your dialect, so if you don't understand my accent, you'll just have to wait till you get used to it."
I carried on in this vein, and the second period went better than I had expected. Then, just as I was leaving the room, one of the boys came up to me and, showing me some impossible looking problems, asked me, again in that dreadful dialect, to explain them. I broke out in a cold sweat. All that I could do was to tell him that I didn't understand them, but that I'd tell him next time, and beat a hasty retreat. This was the signal for general jeering, and above the overall din I could distinctly hear shouts of, "He can't do it!"
I went back to the staff room fuming. Damned fools! As if even a teacher could do problems like that! What was so funny about admitting it when you couldn't do something? If I'd been that good at mathematics, I wouldn't have come down here to the back of beyond for forty yen a month.
Again Hotta asked me how things had gone, and again I gave him the same noncommittal answer, but this time it didn't satisfy him, so I told him I thought all the kids in the school were blithering idiots. He gave me an odd look.
原文◇・・一番前の列の真ん中にいた、一番強そうな奴が、いきなり起立して先生という。そら来たと思いながら、何だと聞いたら、「あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣って、おくれんかな。もし」といった。おくれんかな、もしは生温(なまぬる)い言葉だ。早すぎるなら、ゆっくりいってやるが、おれは江戸っ子だから君らの言葉は使えない。分からなければ、分かるまで待っているがいいと答えてやった。この調子で二時間目は思ったより、うまく行った。ただ帰りがけに生徒の一人がちょっとこの問題を解釈しておくれんかな、もし、と出来そうもない幾何の問題を持って逼(せま)ったには冷汗を流した。仕方がないから何だか分からない、この次教えてやると急いで引き揚げたら、生徒がわあと囃(はや)した。その中に出来ん出来んという声が聞こえる。箆棒(べらぼう)め、先生だって、出来ないのは当り前だ。出来ないのを出来ないというのに不思議があるもんか。そんなものが出来る位なら四十円でこんな田舎へくるもんかと控所へ帰って来た。今度はどうだとまた山嵐が聞いた。うんといったが、うんだけでは気が済まなかったから、この学校の生徒は分からずやだなといってやった。山嵐は変な顔をしていた。
■「春秋」から・・。◆◇「淡白な物は私には食えない」と宣言した漱石の代表作「我輩は猫である」にはうなぎの竹葉亭が出てくる。「三四郎」には洋食の精養軒が登場する。好みの濃厚な食事はストレスで弱った胃に負担をかけた。幾たびかの吐血に苦しみ、胃潰瘍で亡くなるのは、ちょうど九十年前のきょうである。四十九歳だった。~ここでも、やはり「健康」の話になりますね・・。「医食同源(=病気を治すのも食事をするのも、生命を養い健康を保つためで、その本質は同じだということ)とは良く言ったものです。
「人間らしい生活」を送るには、脳の健康がなにより大切ですね。「今日から実践!ボケを防ぐ「健康食」」(月刊「現代」2006年12月号)~脳にとって欠かせない栄養素の筆頭は「ブドウ糖」です。(中略)次いで重要な栄養素は、「良質なタンパク質」です。(中略)良質なアミノ酸組成を持つタンパク質は、魚肉類や牛乳、卵、大豆などに豊富に含まれています。頭の回転をスムーズにするためには、これらの食材から良質なタンパク質を摂ることが大切です。「脂肪」も重要な栄養素です。「頭が良くなる栄養素」として有名な「DHA」(ドコサヘキサエン酸)は魚類に多く含まれる脂肪酸ですが、これも脳の神経細胞同士の結びつきを強化します。DHAは、ブリ、マグロ、ウナギなどの脂の乗った魚には当然ですが、イワシ、サンマ、サバといった青魚にも多く含まれています。それに青魚には、「EPA」(エイコサペンタエン酸)という脂肪酸も含まれています。EPAは、血液中のコレステロールや中性脂肪を減らして血液をきれいにする働きを持っていますので、脳内での血管障害が原因で起こる老人性痴呆の予防にもなるのです。このように、魚には脳にとって有益な栄養素が豊富に含まれていますので、一日に一度は魚を食べるよう心がけたいものです。
【後記】■冬の到来を、青年源実朝の澄みきった叙情で三首お贈りします。三首はいずれも実朝の作品「金槐和歌集」に収録されています。
285 散りつもる 木の葉朽ちにし 谷水も 氷に閉づる 冬は来にけり 
[訳] 散り積もった木(こ)の葉もすでに腐ってしまった谷川、その水が氷で閉ざされる冬の到来である
286 夕月夜(ゆふづくよ) 沢辺にたてる 葦鶴(あしたづ)の 鳴く音(ね)悲しき 冬は来にけり
[訳] 夕月のもと、沢のほとりに立ってなく鶴の声がいかにも哀切に響く季節、冬がやってきた
    野の霜といふことを
287 花すすき 枯れたる野辺に 置く霜の むすぼほれつつ 冬は来にけり
[訳] 花薄も枯れ、野辺一面に霜の置く冬、こころ鬱陶しいその冬がやってきた (了)

2006年12月 6日 (水)

【時習26回3-7の会 号外9】~熟年夫婦のあり方~北原白秋・谷崎潤一郎・佐藤春夫~

■今泉悟です。今回もblogに掲載します。今回は、趣向を変えて、。『熟年夫婦とは?』を考えてみたいと思います。というより、面白い記事がまた月刊「現代」に掲載されていましたのでご案内します。この記事を、e-mailで【3-7の会】のclassmatesの送信すると、「ドギツイ」との批判が出そうな気配がしましたので配信は差し控えさせて頂きました。blogをご覧の方々だけにご紹介します。悪しからずご了承下さい・・。~とは言え、半分マジで、考えさせられる記事であると思います。因みに、ここに登場する3名は、高名な小説家・詩人で、比較的早世した白秋を除くと、谷崎潤一郎、佐藤春夫の二人は文化勲章受章者でもあります。
■題目は、道楽人生を送るための処方箋~妻との修復~⑫危うきもの、それは友人の妻の相談~嵐山光三郎~(月刊「現代」2006年12月号)~から掲載します。ちょっと長くなりますが、一気呵成に読破できますよ。とくとご覧下さい。
◆(前略)谷崎潤一郎と北原白秋の義絶は、白秋の妻章子(あやこ)が谷崎に相談したことが原因であった。(中略)谷崎は、章子に同情して、仲に入り、てきぱきと離婚の処理をして、白秋を怒らせ、絶交し、死ぬまで会わなかった。そのことを谷崎は、「白秋とあまりに親しみ過ぎた結果、自分に全くその資格がないのを顧みず、氏の家庭にまで立ち入って口をきいたのが原因で、遂に白秋氏の怒りを買い、その後長く相会うことができないようになった」と反省している。
谷崎も白秋も人妻好き そのころ、谷崎の妻千代子に横恋慕していたのは、佐藤春夫だった。佐藤は、谷崎千代子との恋愛に悩んでいた。勝手に自分の妻に恋してしまったんだから谷崎だって面白いはずはなく、佐藤春夫と義絶するにいたった。千代子夫人は、それより十年後(昭和五年)に佐藤春夫と結婚し、「妻交換事件」として世間を騒がせた。男は自分の結婚生活がうまくいかないと、他人の結婚生活が気になって仕方がない。苦労しているのは自分だけではないだろう、と考える。自分のことはわからぬのに、他人のことはわかる気になる。(中略)白秋は、最初の妻俊子と離婚し、章子との生活をはじめて一年がたっていた。前妻の俊子は青山原宿にあった白秋の隣家の人妻で、ひどい夫(新聞社のカメラマン)に虐げられて離婚しようとして白秋に相談していた。そのあげく恋仲となって肉体関係を持ってしまった。俊子の夫より姦通罪で告訴され、白秋は二週間、市ヶ谷の未決監に拘置された。弟鉄雄の奔走により、示談が成立して免訴保釈となったものの、新聞でコテンパンに叩かれ、白秋の人気は急落した。世間の激しい指弾をうけた白秋は、錯乱状態に陥り、自殺しようとした。その危機をどうにか切り抜けて俊子と結婚したものの、俊子の奔放な性格に振り回され、窮乏生活に耐えられず離婚に至った。白秋もまた人妻から相談をうけ、それがもとで破綻していた。隣家に住む美貌の悩める人妻ほど厄介なものはない。俊子との結婚と離婚は、白秋の生涯を通じて痛恨の一事であった。章子と再婚した白秋は、しばらく千葉県市川市の寺に身を寄せ、そのあと江戸川区北小岩に隠棲していた。不遇時代の白秋を訪れた谷崎は、小説のなかで、白秋に神の栄光があてられ、再生して、芸術家として大成することを予言した。谷崎はそのころの章子を知っており、章子がいてこそ白秋が再生すると確信した。『詩人のわかれ』は友情あふれる小説であった。それだけに(筆者注:谷崎は)白秋の弟がなにかと章子の辛くあたることが許せなかった。(中略)気の強い章子は、(筆者注:白秋の弟が自分に)冷淡な態度をとれば反発し、そんな事情を谷崎に相談していた。
ダブル離婚のどろどろ そんなさなか、小田原事件がおこった。谷崎は、それまでの北原家と章子の確執を知っているだけに、つい、離婚の相談にのってしまった。(中略)話は白秋の離婚だけでは済まず、谷崎の離婚にかかわってくる。(中略)(筆者注:谷崎が)千代子と結婚したのは三十歳のときである。結婚の翌年、長女鮎子が生まれた。そのころ六歳下の佐藤春夫との交友が始まり、春夫が千代子に惚れてしまった。千代子夫人が佐藤春夫と結婚する前(昭和三~五年)に谷崎が書いた小説が「卍(まんじ)」である。そのモチーフは、「魅力あふれる人妻と、その夫の人格の崩壊」である。家庭の破壊が快楽なのである。人妻の告白を大阪弁の女性の独り語りによって書き纏めた谷崎の傑作である。
理想の妻は、他人の妻 千代子夫人と別れた翌年、古川丁未子(とみこ)と結婚したが、昭和九年に丁未子と別れて、四十九歳で根津松子と結婚した。谷崎の晩年の創作欲をかきたてたのは松子夫人である。松子夫人は、もとは木綿問屋根津清太郎の妻だった。ピアノが堪能で、書道の名人で、才気溢れる大阪の名流夫人であった。夫が色町で遊んで家運が傾いたため、ダンスホールを建ててその経営にのり出し、大変な繁盛となりそこで谷崎と知りあった。二人の結婚をきいた花柳章太郎は「うまい組合せだ。先生は奥さんに惚れるだろう。このご夫婦はきっと成功する」と予言して、その通りになった。(中略)谷崎は、いつまでも惚れる奥さんを見つけるまで、二回の結婚をし、それ以外にも数えきれないのどの女性をあさってきた。それは、白秋にしろ、佐藤春夫にしろ同じであって、結婚した男女が「晩年まで惚れあう」のは至難の業(わざ)である。しかし、かりに、若き日の谷崎が松子と結婚していればうまくいったかというと、そうとは限らない。松子夫人とうまくいったのは、それまでの谷崎の女遍歴と、松子夫人の男遍歴が、ちょうどうまい具合に合体したのである。松子夫人が根津清太郎の妻であったことが、谷崎の趣向にあった。ということは、理想の妻とは、他人の妻ということになる。それは、白秋が隣家の人妻と結婚して破綻したように、常に危険が伴う。その危なさに、中年男は溺れてしまうのである。(中略)ただの不倫願望とは違って、愛してしまった女性が人妻であり、いくら肉体関係をもっても、ふたりは永遠にむすばれることはない、という情況を熱望している。不倫関係となった人妻に、「ならば結婚しましょう」と迫られると、中年男は、はたと困ってしまう。(中略)(筆者注:中年男にも人妻にも夫々家庭があり身動きがとれなくなる)ここは、ひとつ、愛しても愛しても、あなたは他人の妻であって欲しいのである。そういった事情は不倫相手の人妻も同じであって、不倫という「許されない恋」だから燃える。子が二人もいる中年男と結婚すれば、その先は暗闘だけが待っている。(後略)
【後記】■今日の話題は、これまでになく艶っぽい、人間の性(さが)(=本能)を表現していると言えますね・・。小生の感想は・・「No comment」にしておきます。(了)

2006年12月 3日 (日)

【時習26回3-7の会 号外8】~「時習館高校」校章誕生の由来&『大雪』&”Imagine”&「病気にならない生き方・病気にならない人は知っている・医者いらず老い知らずの生き方(その1)」

Photo_281■今泉悟です。今回は【3-7の会】の話題がないのでblogに直接掲載させて頂きます。
■11月28日の地元紙「東日新聞」のcolumnに「時習館高校」の校章トヨが出来た経緯が掲載されていましたのでご紹介致します。写真をご覧下さい。我等が母校の校章の由来はご存知の方も多いと思いますが・・。《写真の上にcursorを当てclickして下さい→写真が拡大します》
■今週12月7日は、二十四節気でいう『大雪』になります。「積陰雪となりて、ここに至りて慄然として大なり」日本海側や北国では本格的な雪が降り出す候です。最近は、地球温暖化の影響からか暖冬ですが、今日は流石に寒くなりました。
■また、翌12月8日は、1941年、太平洋戦争開戦の日でありますが、1980年12月8日午後10時50分、BeatlesのJohn Lennonがファンの凶弾に倒れた日(=命日)でもあります・・(合掌or amen)。今日は、彼の代表曲1971年秋にreleaseした『imagine』をお送りします。release後35年経ちますが、古さを感じさせない「名曲」ですね。それでは、その歌詞を今日最後の【後記】欄に掲載します。ご覧下さい。
■さて、今回も、「健康」について考えたいと思います。話題が豊富なので、これから複数回に亘りご紹介しようと思います。ちょっと内容が「キツイ」と感じられるところもありますが、本に書かれたとおりお示ししますので、ご自身で納得されるところだけ取り入れて、そうでないところは読み飛ばして行って下さい。悪しからずご了承下さい。以下のの本(記事)を読み比べて面白そうな項目毎並記してみました。各commemtの最後のは以下の本(記事)の該当番号です。
新谷弘美(アルバート・アインシュタイン医科大学教授)「病気にならない生き方」(サンマーク出版)
ケヴィン・トルドー(Kevin Trudeau)「病気にならない人は知っている(原題:Natural Cures)」(冬幻舎)
安保徹(新潟大・大学院教授)・船井幸雄共著「医者いらず老い知らずの生き方」(徳間書店)
新谷弘美(上述) × 阿保義久(北青山ディークリニック院長)との対談~『病気を防ぐ食事・運動・SEX』(月刊「現代」2006年12月号)(講談社)
1.二度とガンをはじめとする病気にならないために
「愛」は免疫力を活性化させる~人は、本当に幸せを感じていると、免疫機能が活性化することが、血液検査でわかっています。(中略)【幸福の実感→副交感神経優位→ストレスの軽減→腸内バランスがよくなる→副交感神経優位→視床下部伝達→幸福の実感という幸せのサイクルが回り始め、これにより大量に生まれるミラクル・エンザイムが人の自己治癒力を活性化させる。
ガンにならないアルカリ性の体質~今日、病気をせずに元気でいる人々を見渡すと、彼らが概して非常によく睡眠を取っていることに気付く。(中略)みな一様にポジティブで、人生をあまり深刻にとらえず、悩まない。楽天的で、毎日を感謝の気持ちで過ごしている。彼らのストレスレベルは非常に低い。(中略)(筆者注:ガンになった)理由は体が酸性になっているからだ。(中略)そこを変えればガンは治せる。歩くこと、そして十分な休息を取って体に回復のチャンスを与えることは、何よりも健康のためになる。ストレスを減らし、免疫力を高め、体をアルカリ性にすれば、病気は体内に存在できなくなる。 
きれいな水を毎日グラスで8杯飲む ●一日一時間歩く ●深呼吸する~毎日深呼吸すると、免疫系が刺激されて新陳代謝がよくなり、ストレスが軽減され、生命維持に不可欠な酸素が体内に送り込まれる。(中略)例えば、ガンは、酸素が豊富な環境では生きられない。
【安保】●元気な身体をつくる第一歩は身体を冷やさないこと~免疫細胞がもっとも活発になるのは36.5~38度くらいです。それより低いと、免疫細胞の働きは停滞してしまいます。平均体温が35度くらいになると、免疫細胞がガン細胞に負けてしまいます。 ●【安保】質素な食生活を心がけると病気も逃げていきます~動物性タンパク質の量を抑え、玄米と野菜中心の質素な食事をして、三年で体重が10キロ減りました。体重が減少するとともに、健康になるだけでなく、人間性を穏やかに謙虚になったと感じました。
●【新谷】動物性の食物は全体摂取量の10から15%ほどに抑えるのが基本ですが、どうせ食べるなら魚のがいい。なぜかというと、魚は変温動物でヒトより体温がずっと低いのです。DHA,EPAなどの魚の脂分は人体の中でもベタッと固まらず、血液をさらさらにさせる効果をもっている。ところが、牛や豚や鶏は体温が39.5~40度もあるので、その脂分はそれよりも体温の低い人体内ではどろどろに固まってしまいます。 
2.人生の目的がストレスを減らす
笑いは最も効果の高い健康法だ。(中略)笑いによってガンを克服した驚嘆すべき話が載っている。 ●ハグ(抱擁)をする、してもらう~人との触れ合いは、生きて行くうえで必要なことだ。(中略)私たちの免疫力は抱擁によって高まる。毎日ハグしよう。 
免疫力を取り戻すために自分にあったストレス解消法を~免疫は私たちを病気から守ってくれる大切な生体防御システムです。その免疫の働きを弱らせる要因として、ストレスは無視できません。ですから、上手にストレスを解消することが、健康を維持する重要なポイントとなります。(中略)睡眠、休息、食事、この3つを上手にとればストレスをひきずらない生活ができます。
SEXで若返る~【新谷】(前略)恋愛をしているときには人はガンになりにくいですね。妊娠している女性もそうです。人は恋愛をして強い幸福感を感じると、免疫機能が活性化されるのかもしれません。だから、僕(新谷)もいつも片思いの恋をするようにしています。高齢者にはこれがアンチエイジングの一番の妙薬です。(中略)ストレスが減ると、フリーラジカルの発生が抑えられるので、腸内菌の善玉菌も優位になります。だから、とくに高齢者には幸福なSEXを年なんか考えずに、おやりなさいと言いたい。【阿保】男性だったら、奥さんともう一度、恋愛すればいいんですよ。【新谷】そうです。「好きだよ」と言って一日に一度、必ずハグするとか、休日に奥さんにお花を買ってあげたり、二人で映画を観に行ったりするのもいい。そうして日常とはちょっと変わったことをして気分を新しくしてから、夜になったら抱っこして寝てあげたり、時間をかけてやさしく愛撫してあげたりすえばいいんです。(後略)
■筆者comment:専門家のご卓見です。流石にいろいろと勉強にはなりますネ。でも、すぐそのとおりできるものと、恥ずかしくて躊躇してしまうものがありますなぁ・・。ハイ・・。
    * * * * *
【後記】■John LennonImagine です。どうぞ・・。
  Imagine Words and Music by John Lennon
Imagine there's no heaven 想像してご覧 天国なんてないということを
It's easy if you try  やってみれば 簡単だろ
No hell below us  下には地獄もないんだ
Above us only sky  上にはただ空が広がっているだけ
Imagine all the people  想像してご覧
Living for today ...  みんな今この時を生きているのを・・
Imagine there's no countries  想像してご覧 国境なんてないんだと
It isn't hard to do  難しくはないだろ
Nothing to kill or die for  殺したり死んだりする理由もないんだ
And no religion, too  宗教もないんだ               
Imagine all the people  想像してご覧
Living life in peace ...  みんな平和に暮らしているのを・・
You may say I'm a dreamer  僕のことを夢追い人だと思うかもしれない
But I'm not the only one  でも僕は一人じゃないんだ
I hope someday you'll join us  君もいつの日か僕らの仲間になってくれ
And the world will be as one  そうすれば 世界は一つになる
Imagine no possessions  想像してご覧 財産なんてないんだと
I wonder if you can  君にできるかな
No need for greed or hunger  欲張ったり飢えたりする必要もないんだ
A brotherhood of man  みんな兄弟なんだから
Imagine all the people  想像してご覧
Sharing all the world ...  みんなで世界を共有しているのを・・
You may say I'm a dreamer  僕のことを夢追い人だと思うかもしれない
But I'm not the only one  でも僕は一人じゃないんだ
I hope someday you'll join us  君もいつの日か僕らの仲間になってくれ
And the world will live as one そうすれば世界は一つになって生き続ける (了)

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05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

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    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

  • Cimg1428
    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

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