« 【時習26回3-7の会 0089】~「金子T久君からのmail」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0091】「松尾芭蕉『奥の細道』」「室生犀星」「日野原重明「いのちと勇気のことば」」 »

2007年5月14日 (月)

【時習26回3-7の会 0090】~「山中(高木)さんからのmail」「三好達治著『詩を読む人のために』~萩原朔太郎・島崎藤村」「新井満・Susan Osborn"I Am a Thousand Winds"」

■今泉悟です。
▼はてさて、いよいよ話題に窮して来ました・・。(苦笑)
Photo_12Photo_13Photo_14■・・で、皆さんからの便り(mail)が来るまで、場繋ぎに、詩人三好達治(添付写真ご参照)著「詩を読む人のために」(岩波文庫)の中から、今日は「数人の詩人について ~ 『萩原朔太郎(添付写真ご参照)』」と「(【筆者注】島崎藤村(添付写真ご参照)作)『千曲川旅情の歌』について」の夫々抜粋をお贈りします。
▼因みに、次回以降は、室生犀星、堀口大学、中原中也について、追って掲載してみようかと思っています。
▼正直、小生、詩歌のうち、とくに「『詩』の素晴らしさ」が未だよくわかりません。 確か、高校時代の現代国語の実力テストでも「『詩』の解釈」が最も不得手でした・・。
▼「それではダメだ!」と改心し、「人並みに詩を理解しよう」という観点から、十数年前だったと思いますが、三好達治の前掲の本を書店で買い求めました。 その時は、ほとんど衝動買いで「時間的ゆとりができたら読んでみよう」と軽い気持ちだったので、実際に小生の本棚の一隅にず~っと眠っていました。 そして、今般、ようやく日の目を見た訳です。 
▼余談ですが、この本(岩波文庫)の底本は、『詩を読む人のために』(学生教養新書、至文堂、1952年6月)。 その「前書き」で三好達治はこう述べています。 抜粋してご紹介します。
    *   *   *
▼この小さな書物は詩を読む人々、それも初めて現代詩を読もうとする年少の読者のためにという、書店の依頼によって筆をとりました。(中略)
▼詩は一本立ちの孤独な心で読むべきものです。 私の解釈解説に多少のおしつけがましいふしがまじっているとしても、それは要するに諸君の取捨にまかせるために、あるいは諸君に別個の考えを呼び起こすために、そこに置かれているにすぎないことは、もう断るまでもありますまい。(中略
詩を理解することは、さまざまな詩をさまざまに読みとり受け容れることからまず始める必要のあることもまた事実でしょう。(中略) 心を柔軟に精神を平らかににして、さまざまな詩人のさまざまな作品に虚心に従ってゆくことは何という楽しい履歴でしょう。 それが私の流儀です。(以下略) (【筆者注】1952年)5月2日記
    *   *   *
■(【筆者comment】)それではまず、三好達治解説による「「数人の詩人について~『萩原朔太郎』」からご紹介します。
    *   *   *
   地面の底の病気の顔(『月に吠える』から) 萩原朔太郎
地面のそこに顔があらはれ、
さみしい病人の顔があれはれ。
  【解説】(【筆者注】この二行)は、それだけで以てまったく完結しているのであるから、その外に一切空、何ものもない、ものとして読者はまるごとそれを嚥(の)みこむより外に、読み方はない。
地面の底のくらやみに、
うらうら草の茎が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつてゐる、
かずしれぬ髪の毛がふるへ出し、
  【解説】(【同】この四行・・)と詩はどこまでも進行形で、どこまでも不安定に、しかも確乎と足拍子を踏んで進んでゆく所以もそこにあるのである。 「鼠の巣が萌えそめ」という変てこなことが、ただ一つその意識にこんがらがって飛び出しても来るのである
冬至のころの、
さびしい病気の地面から、
ほそい青竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視(み)え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。
  【解説】】(【同】この三行にあるように・・)とこの詩が見えれば、つまりこの詩の読み方は完了したのである。 あるうら若い、病鬱な、極度に鋭い神経をもった一人の詩人が、ある苦しい時期に、ある苦しい考えの底で見つめたものを、読者もまた傍らもから垣間見たことになるだろう。
地面の底のくらやみに、さみしい病人の顔があらはれ。
    *   *   *
▼『月に吠える』巻頭の一章である。 上田敏博士の『海潮音』によって西欧サンボリズム(【筆者注】象徴主義)が私どもの詩壇に範例を示されて以後、(【筆者注】薄田(すすきだ))泣菫(きゅうきん)、(【同】蒲原)有明、(【同】北原)白秋、(【同】三木)露風の時代を経て、やがて口語自由詩の勃興時代に移り替るその機運と二重に絡まり合いつつ、先のサンボリズムは例えば日夏耿之介(ひなつこうのすけ)や萩原朔太郎においてさすがに大きく局面を一転しながら、いわばこの国独特の象徴的作品を生むに至った。 『月に吠える』は日夏さんの『転身之頌(しょう)』とともにこの時期を代表する不朽のモニュマンであろう。(以下略)
【筆者注】▼三好達治は、この後、「蝶を夢む(『定本青猫』から)」と「女よ(『純情小曲集』から)」について紹介し、解説する。 これらもなかなか面白い内容です・・。
    *   *   *
■【筆者comment】萩原朔太郎の詩には毒というか、棘(とげ)のように鋭く読者の心を抉(えぐ)るものがある。 「地面の底の病気の顔」を読んで、その毒(?)にあたったような、或いは鋭い棘に刺さり、痺(しび)れに似た感覚を持たれた方もいるのではないかと思います。 
▼そこで、今度は気分一新・・、島崎藤村の有名な「千曲川旅情の歌」で心を癒して下さい。 この新体詩の傑作を、三好達治は本書の冒頭(=最初の紹介作品)に持って来て、その【解説】の書き出しでこう述べています・・。 では、とくとご覧下さい。 本当に良い詩だと思います・・。
    *   *   *
▼この詩を刻した詩碑は、信州小諸の懐古園に建っています。 今ではところの名所となっているほど、詩は人口に膾炙(かいしゃ)しています。 その石摺りくらいは諸君もどこかでごらんになったことがあるでしょう。(以下略) 
    *   *   *
   千曲川旅情の歌   島崎藤村
小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
緑なす蘩蔞(はこべ)は萌えず
若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶けて淡雪流る
あたたかき光はあれど
野に満つる香(かおり)もしらず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わずかに青し
旅人の群(むれ)はいくつか
畠中の道を急ぎぬ
暮れ行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む   
    *   *   *
▼三好達治は次のように解説を進めます。 流石に詩人の重鎮ですね・・。 「成程なぁ・・」と関心させられる解釈です。 ここまでこの詩を読み取れれば、『詩』を読む喜びが一層実感できるものと思います。 では、どうぞ・・。
    *   *   *
▼最初に気のつくことは、一読して、この詩がたいへん口調がよく、調子の起伏が自然になだらかな間に、この詩の字面の意味から来るものの外に、何かたいへん気持ちのいいものが、別にその口調調子の方にあるということ。 この詩は全篇五七調からできている、そういうことがまずその理由であります(中略)・・
▼私の見るところでは、その(=【筆者注】五七調からくる単調の弊害が救われている)理由は、凡そ二つ見出されるように思われます。 その一つは、音韻上の理由。(中略)
▼(中略)要約しますと、母音のOUと、子音のKとの、巧みな組合せの効果が、この詩の冒頭二行を支配しているということ、その快適な響き、その調子のよさは、殆んど偶然と思えるくらい、上乗の出来栄えだというのであります。(中略)
▼次にはその第二の理由を考えてみましょう。 この詩の比類のない魅力は、また一面からはそれはいわばこの詩の比類のない単純さにかかっているようです。 私にはどうもそういう風に考えられます。(中略)
緑なす蘩蔞は萌えず  若草も藉(し)くによしなし というのは冬がれのままの荒涼とした野辺をいうので、「緑」も「蘩蔞」も「若草」も、ここでは詩中に一度持出されて、持出されると同時に引っ込められてしまった形であります。 だから読者の心理的内部の方からいうと、それらの詩語詩句によって呼び起された心象は、外から刺戟に応じて喚起されるに従って、またやがて一つ一つ放下されていく、それでもっていっこうにこの詩を読みつづけてゆく上に差しつかえはない、―という極めて身軽な精神状態、単純な心理状態に読者は常に置かれているといっていいでありましょう。(中略)
▼私の考えでいうと、「千曲川旅情の歌」の大きな魅力は、その内容の単純さ、その内容における形象的要素の打消し、いい意味でのそのとりとめのなさから来る単純さと、それから先にいった音韻的成功との、二者が表裏をなしていて、読者の主観的気分がそのために、一方では自由に解き放たれ、一方では濃厚に凝集される。 そういう作用をその詩の世界がもっているからであろうと、そんな風に私は説明したいのであります。
    *   *   *
【筆者comment】▼この詩を読むと理屈なく気分が爽快になる。 三好達治も言っているようにこの詩の歌い出しの二行の『音韻』が読者の耳に心地よく響きわたる。 これがこの詩の素晴らしさの第一。 次いで、僅か18行の中に《 小諸・古城・白雲・遊子・緑色のハコベ・若草・しろがね・淡雪・あたたかい・光・香(かおり)・春・霞・麦の色・青・旅人・畠中・道・暮れ・浅間(山)・歌・哀し・佐久・草笛・千曲川・波・岸(辺)・宿・濁り酒・草枕 》と、30ものitemが一つひとつ程よく混ざり絡み合い、美しい自然、見事な色彩、旅情等を我々読者にvisualに想い浮かばせる、詩情豊かさと平明さ。 これがその素晴らしさの第二。 あたかも舞台の千曲川の岸辺に佇んでいるように・・。 ところが、それらの大半は「否定的命題」によって、繰り返し否定されつつ詩自身は進行してゆく。 即ち、これだけのitemを使いながら形象的要素が甚だ少なく、「旅人の群れが夕暮れの霞の中に消えて行く」単純さ・・。 
とにかく、「歌い易く」「解かり易い」いい詩です・・ハイ。
    *   *   *
    *   *   *
■上記の通りこの「繋ぎ」のmail&blogを書き進めていたところ、大変嬉しいmailが届きました。 
山中(高木)さんからの『2007年【2637の会】出欠・中間確認mail』が届いたのです。
▼以下にお示しした通りまだ「 (○)ギリギリまでわからない 」とのことですが、時間はまだ充分にあります。 是非調整して去年同様参加をお願いします。
▼二橋君同様、【近況】commentがなく残念でしたが、これも二橋君同様【2637の会】を気にかけてくれて、「返信mail」を送信してくれたことが嬉しいです。 山中さん、ありがとう。 
▼そう言えば余談ですが、去る4月30日、小生達「賢人会」memberで歴史探訪を実施した「大津市」は、山中(高木)さんのお住まいの地だったんですね・・。 ご自宅住所から推察すると、「賢人会」で訪問した史跡のうち「膳所城址」や「義仲寺」なんか、きっとお近くでしたんですよね・・。
1973_52006_1▼山中(高木)さんの写真も1973年版・2006年版を掲載させて頂きました。万年幹事の特権にて執り行わさせて頂きました。山中(高木)さん、ご容赦を。
From: 山中 ○子 [mailto:xxxxxx]  Sent: Sunday, May 13, 2007 5:35 PM To: '今泉悟'
Subject: RE: 【0087号外】号『2007年【2637の会】出欠・中間確認mail』

    *   *   * 
【返 信】『2007年【時習26回3-7の回】同窓会・出欠中間報告』 
    *   *   *
1:2007811()の同窓会に
 ( )参加する ( )欠席する )ギリギリまでわからない ・該当箇所の( )内にを入れて下さい。
2:【近況】を是非一言お願いします。 →▼   
    *   *   *
以上 

【後記】■今日、最後にお届けするのは、米国の音楽家Susan Osbornと芥川賞作家の新井満氏のcollaborationによって生れた"I Am a Thousand Winds"です。 この曲は、昨年の紅白歌合戦で秋川雅史氏が歌った「千の風になって」の英語版です。 この曲は作曲者新井氏によると、「この曲は全国の葬儀場で人気ナンバーワンなんですよ。 自分の葬儀のときにこの曲をかけてくれという方が大勢いらっしゃるようなんです。」とのこと・・。
▼確かに、解かりやすい歌詞と心地よいmelodyが聴く人の心を魅了します。 何処となく黒人霊歌、Amazing Graceにも似ていますが、心が清らかに洗われる本当に素晴らしい曲です。 まだ聴いたことがない方は一度是非聴いて見て下さい。 小生、絶対のお薦めです。 何ですっ? 「今泉のお薦めじゃぁ、大したことことないやぁ。」なんて言っている人は・・。(笑) では、歌詞をどうぞ・・。 
    *   *   *
  I Am a Thousand Winds        Susan Ozborn
'
  *Don't stand at my grave and weep
    I am not there, I do not sleep
    I am sunlight on ripened grain
    I am the gentle autumn rain*
'
**I am a thousand winds
   I am a thousand winds and blow
   I am diamond glint on snow
   A thousand winds that blow**
'
   Don't stand at my grave and cry
   I am not there, I did not die
   I am swift rush of birds in flight
   Soft stars that shine at night
'
(**-** 繰り返し)(*-* 繰り返し)(**-** 2回繰り返し)
    *   *   *
【意】▼*私の墓に立って涙を流さないで  私はそこにいない  私は眠らないのだから  私は実った穀物を照らす太陽  私は優しく降り注ぐ秋雨*
▼**私は千の風  私はそよぐ千の風  私はダイヤのように輝く雪の光  私はそよぐ千の風**
▼私の墓に立って涙を流さないで  私はそこにいない  私は死ななかったのだから  私は勢いよく飛び立った鳥たちの羽ばたき  私は夜に優しく輝く星
    *   *   *
■渡辺さん・二橋君・金子君・山中(高木)さん達に続く【2637の会】の皆さん! 
「【同窓会・出欠中間確認】mail」をドンドン返信して下さいネッ!!お願いしま~す!!!
(了)

« 【時習26回3-7の会 0089】~「金子T久君からのmail」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0091】「松尾芭蕉『奥の細道』」「室生犀星」「日野原重明「いのちと勇気のことば」」 »

コメント

You are a really persuasive writer. I can see this in your writeup. You've a way of writing compelling info that sparks significantly interest. bedcfadkbdck

Hello! [url=http://via3indian.com/#2.html]sildenafil generic india[/url]

It's actually a great and helpful piece of information. I am glad that you just shared this useful information with us. Please stay us up to date like this. Thank you for sharing. bfadeakceegc

The principle isn't to artificially turn out to be effective, gdccdffdagdd

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【時習26回3-7の会 0089】~「金子T久君からのmail」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0091】「松尾芭蕉『奥の細道』」「室生犀星」「日野原重明「いのちと勇気のことば」」 »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト

最近の記事

05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

  • Dsc_0217
    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

  • Cimg1428
    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

最近のコメント

無料ブログはココログ