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2007年8月の9件の記事

2007年8月30日 (木)

【時習26回3-7の会 0121】~「野田弘志展」「山田太一編『生きるかなしみ』から時実新子『私のアンドレ』」

■今泉悟です。 【2637の会 0121】をお送りします。 
2007年の【2637の会】同窓会も無事終わり、正直、安堵感と虚脱感が交錯して心の中が揺らいでいます。 
▼【青春のうたPart2】や【2007年版『2637の会』同窓会写真集】は気に入って頂けたでしょうか・・。 同窓会に参加下さった皆さんからの感想を頂戴できれば幸甚です。
▼さてこれからは、また一年かけて来年の同窓会に向け準備して行くつもりです。 それまで、この【2637の会】会報を、少しでも面白くして行ければいいなと考えています。 【2637の会】memberの皆さんからのお便りをお待ちしています。 どしどし配信下さい。 ご協力をお願いします。 m(_ _)m
Leaflet070825Leaflet070825_2Profile1Profile2PhotoPhoto_2■ところで、小生、先週8月25日(土)に、現在豊橋市美術博物館にて開催中の『野田弘志展』を観て参りました。 氏は時習館7回卒の西洋画家で、氏の絵画は、写真の様に極めて写実的で、且つ質感に溢れた素晴らしい作品が特徴です。 氏の作品「やませみ」の羽の一本一本、同じく女性像「題名:『湿原』表紙」の髪の毛の一本一本(以上添付写真ご参照)等がキッチリと描かれ、それが遠くから眺めても極めて自然に、実物がその額縁の中に存在している様な、そんな存在感のある絵です。 添付写真の当該展覧会のleafletをご覧下さい。 豊橋市美術博物館での開催は今度の日曜日9月2日迄です。 豊橋市及び同市近隣にお住まいで、絵に興味のある方々・・、もしまだご覧になっていないのであれば、間違いなく必見の展覧会です。 因みに入場料は千円。 catalogueは二千円です。 きっと満足されますよ。(笑)
Photo■話変わって、最近、脚本家山田太一編集「生きるかなしみ」というanthologyを読んだ。 彼は、先日の【2637の会】同窓会で皆さんにお渡しした【青春のうた Part2】の2曲目に収録した「本田路津子『耳をすましてごらん』」の作詞者でもある。 彼は、ドラマの世界観を表現するという意味で、主題歌には強いこだわりを持っているという。 同曲は、自らが脚本を担当した1972年のNHK連続テレビ小説『藍より青く』の主題歌である。 いい歌ですね。 一番の歌詞を以下に記します。
▼耳をすましてごらん あれは遥かな 海の轟き 巡り合い 見詰め合い 誓い合った あの日から 生きるの強く 一人ではないから
▼そこで、山田太一氏の「生きるかなしみ」から、(1)同氏の『断念するということ』と、(2)時実新子『私のアンドレ』の、夫々抜粋をご紹介致します。
【断念するということ〔山田太一〕】
▼(前略)そして私は、いま多くの日本人が何より目を向けるべきは、人間の「生きるかなしさ」であると思っている。 人間のはかなさ、無力を知ることだという気がしている。(中略)日本人の場合は、神や仏の御心のままに生きるというところは少なく、このくらい拝んだからこのくらいのご利益があるだろう、とか、拝み方や御賽銭が足りなかったから願いを聞いて貰えなかったというように、人間の努力次第で人生なんとかなるという意識が強い。(中略)
▼ルーヴルの前へ行って美術館に入らず、公園のベンチで日射しの動くのを見ているなどということは、まったく日本人には苦手だし、私だってそれが素晴らしいとばかりは思わないが、といって中へ入って目ぼしい(といわれている)名作を駆け足で見て回り、売店で関連の絵はがきやみやげを買い、記念写真をとってスケジュールをこなしたと一息つく人生の空疎を感じないわけにもいかない。
▼どこかで的をはずしている。 結構頑張って生きているのだが、力点がずれている。 おだやかな幸福感がない。 平安がない。(中略)
▼いまの日本人の周囲には可能性がさまざまな形で跳梁しており、頑張れば一軒家を建てる可能性、奔走すれば一流の医者に手術して貰える可能性、数えればいくらでもある。
▼しかし、一軒家を持てば(中略)借金や通勤時間が増えたり、(中略)要するにきりがない。名医に執刀して貰って数年死期がのびたのをおとしめることはできないが、いずれ死はやって来てしまう。
▼大切なのは可能性に次々と挑戦することではなく、心の持ちようなのではあるまいか?(中略)衆知を集めてもたいしたことはなく、ましてや一個人の出来ることなど、なにほどのことがあるだろう。 相当なことをなし遂げたつもりでも、そのはかなさに気づくのに、それほどの歳月は要さない。
▼そのように人間は、かなしい存在なのであり、せめてそのことを忘れずにいたいと思う。
A■『私のアンドレ』 ― 時実新子(ときざねしんこ)(1929.1.23-2007.3.10)「川柳展望」を創刊。ここに収められた「私のアンドレ」は「婦人公論」1989年12月号に掲載。『指さきの恋』に収録された。
【山田太一comment】▼短い文章に、時実さんの思いがどきどきするくらい率直に書かれている。 いまを生きている女のひとの、いまの思いが溢れていて、男には到底書けない魅力がある。(以下略)
【私のアンドレ〔時実新子〕】
▼(前略)人は理想の男性として、よく「ベルばら」のアンドレをあげる。 アンドレはオスカルを男ともだちのように遇し愛した果てに、女としてのオスカルを愛するのである。 献身と支配とを同時に求めるのが女の欲深な求愛であれば、アンドレこそ、その理想の男性といえるであろう。 しかし、世にアンドレはそうそういない。(中略)私たち平凡な女は、欠点まみれの女を生きるしかなく、世の男たちもまた、欠点まみれの男を生きるしかない。 それゆえに惹きあい、惹かれあう
男嫁業と女嫁業である。
 私は、まもなく十八歳という幼さで、九歳上の人に嫁いだ。 ぜひにと望まれての嫁入りである。 昭和二十一年の暮れのことだった。(中略)
 夫は私を愛した。 九歳も年が違えば、たいていのことは許せるのであろうか。
  夫は夕方になると闇市に出かけて、芋のふかしたのやら栗饅頭を買ってくるのだった。 芋や饅頭はとてものことに十人の家族に行きわたらず、夫はジャンパーのふところにかくしたそれを、夜の寝室へ持ち込んでは、私だけに食べさせてくれるのである。
 愛されている。
 そのことが、私を一日一日と傲慢な女に仕立てていったように思う。
 私は、「あなたがきらいよ」と胸を張って言い、夫は「それでいい。 俺はあんたをすきなんやから」と答えた。
 私は日増しに苛立ってきた。
 最初は好きでも嫌いでもなかった夫を、嫌いと決めたのは、「愛されている」苛立ちのせいであろう。
 夫婦なんて、シーソーゲームの板が水平なときなんてないのだ。(中略)
 私は、自分の表現手段として「川柳」にのめり込むようになった。 外へ出かけることも多くなった。 出れば男性との接触もある。
 私はその中の誰彼をモデルに恋の句を書き始めた。 まだ知らぬ恋は、私の川柳の中で縦横無尽にはねを伸ばし、荒れ狂っていく。
 夫が私に体罰を加えるようになったのはそのころからである。 打擲の三尺箒の下で、私は得もいわれぬ快感を味わっていた。
 「もっと私をやっつけなさいよ。それでもあなたは私を好きなんでしょう」
 「好きや」
 夫は、どんなことがあろうと、どういう形態にしろ、終生私という女を愛して死んだ。
   *  *  *
 独りになって二年が過ぎようとしていた。
 私のアンドレが私に結婚をしようと言ったのはそのころのことである。
 アンドレと私は十年来のともだちだった。 その均衡が破れたのは私が夫を喪(うしな)ってしばらく後のことだった。
 一人になった私の心がぐぐーんと一方的にアンドレに向かっていったのだと白状しよう。
 彼はとまどい、私から逃げ出したこともある。 私は私で、人を好きになることがこんなにつらいことだということを知った。 死んだ夫のつらさがいまさらのように身を責める毎日だった。
 愛される者はまことに横着である。 何をしても許されるという傲慢さがそうさせるのである。
 死んだ夫は、私の着物の裾をつかんで離さなかった。 それをふり切る快感だけが、私たち夫婦を繋ぎとめていたような気がする。
 そして今、私はアンドレの裾をつかんでいる。
 因果はめぐる緒ぐるまである。
 アンドレに、私のような快感があったかどうかは知らないが、彼もまた、私から逃げきることはしなかった。
 それどころか、彼は彼なりに私を受け入れる準備(離婚その他の世俗事)を着々と進めてくれたのである。
 「離婚は」と、彼は言った。
 「あなたのためにするのではない。ぼくたちはとうからだめになっていたのだよ」
 アンドレは繰り返しそう言ってくれたが、私は、私のために彼が百八十度の転換を決意したのだと信じている。
 アンドレと私が、友人たちへのごあいさつと、ささやかな結婚披露宴の案内状を送ったときの反響はすごいものだった。
 「五十も半ばになってあなた、何を狂ったのよ」
 「悪いことは申しません。せっかくお独りになられたのだから、一人で、きちんと、よいお仕事をなさってください」
 「恋人でいいじゃないの、なにも結婚しなくたって。 通い婚でもいいわ。 ともかく共暮らしはやめなさい」
 「恋人を三人持つことをおすすめするわ。一人はお金持ち。すてきなディナーをとったりいいお洋服を買ってもらうため。 二人目は教養ある紳士、あなたの知識欲を満足させてくれて、会話を楽しむため。 そして三人目は若い恋人、せっくすふれんどよ」
 いやはや。
 そんなこと、ぜんぶ考え抜いたあげくの結婚宣言だったのに、世の中の声はこんなにも姦しいのだった。(中略)
 「新子さんいいわね。あなたは多くの女たちが一度きりしか味わえない人生を、二度も歩けるのですもの」
 私ははっとした。
 (【筆者注】田辺)聖子先生にそう言って頂いて、はじめて気づいたことだった。
 そうだ。 私は二度目の人生を歩こうとしている。
 それは、愛された結婚と、愛する結婚の二通りなのだった。
 アンドレと私の共暮らしが始まった。
 「相愛の石がころがる埋立地」という私の川柳がある。
 埋立地にごろごろしている石の中に相愛の石なんてあるのだろうか。 いや、あるに違いない。 もし、あるとしたら、その二つの石はどんな形でころがっているのだろう。 二つ並んでいるのだろうか。 重なっているのだろうか。 それとも遠く離れてころがっているのだろうか。
 私は、昔の嫁入りでは愛される石だった。 石――つまり私は、好きになれない夫からできるだけ離れた位置にいたかった。
 今度は違う。 私は愛する石なのである。 石――つまり私は、放っておくと、夫の方へ夫の方へと近づきたがり、並んでいたがったり、重なりたがったりするに違いない。(中略)
 アンドレと私がやっと夫婦らしくなったのは、三年目に入ったころからである。
 ある日私は、外出先から戻って来て、ふと家の中にアンドレの匂いがたちこめているのに気がついた。
 それは、たまらなく好きな、私の夫の匂いだった。 私は不覚にも涙をこぼし、アンドレにけげんな思いをさせたほどである。(中略)
 「アンドレ、この家はあなたそのものになったわ」
 そう言って私は泣いた。(中略)
 それから、急激な変化ではないが、アンドレが日増しに野蛮になってきたことに私は気づいた。 これも確かな本能である。
 二人の人間が、それも男と女が一組として暮らす場合、本能をかくし合っているのは贋物である。
 野蛮になったアンドレのやさしさは私の肌に心地よい。 女は献身と支配を同時に求める生き物であるからして、野蛮なオスにやさしくされることは至福である。(中略)
 アンドレと私は、ともだちから恋人になり、そうして夫婦になった。(中略)
 夫婦は夫と妻であって、男と女ではない。 私は大好きなアンドレという男性を、敢えて男の座から引きずりおろしたのである。
 夫という名になったアンドレの変わり方。
 妻という名になった私の変わり方。
 それを私は、私という人体実験によって、確かめてみたかったのである。
 私の期待通り、アンドレは今、男から夫に変貌しつつある。 私自身も、まぎれもなく女から妻に変身しつつある。
 夫になった男からはどんどん男の魅力が消えていく。 妻になった女も同様であろう。
 しかし、男と女では見えなかった愛が、花の芽のように、かすかに、しずかに伸びつつあるのが私には見える。
 自分自身に自分を賭けて、その道づれにしたアンドレは、現在も私の「ほんとうに好きな男」である。(以下略)
【筆者comment】▼時実新子さんの随筆は、山田太一氏が言っていた様に、女性の正直な心うちを、率直かつ明快に綴っている。 男と女の間柄は、五十歳半ばを過ぎても、色褪せないどころか、むしろ輝きを増していくこともあるのだ・・。 と言うことは、我々もまだ老け込むにはまだまだ早いんですねぇ・・。ウン?
(了)

2007年8月23日 (木)

【時習26回3-7の会 0120】~「処暑・秋の七草」「伊庭さんからのmail」「石原新太郎と瀬戸内寂聴との対談『老いること、死ぬこと』」

■今泉悟です。【2637の会 0120】を配信させて頂きます。  今日8月23日は「処暑」。 朝方雨が降り、前日までの猛暑が嘘の様に涼しい朝となりました。 流石に「処暑」・・。 「陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也(暦便覧) とある様に、「処暑」は暑さが止むと言う意味。 萩の花が咲き、朝夕は心地よい涼風が吹く頃だが、台風のシーズンでもある」と解説されている。
▼前【0119】号にて、T三先生が、同窓会の済んだ翌週14日、里山散策された際、秋の七草のひとつである萩の花を見つけられたとのこと。 「立秋」後も猛暑が続いていましたが、季節は着実に過ぎて行くのですね。 添付写真は「秋の七草」です。この添付写真を掲載順に読み上げると、昨年もご案内したが、「秋の七草」の歌になります。 結構覚え易いと思います。(笑)
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 萩・桔梗(ハギ・キキョウ) 葛・女郎花(クズ・オミナエシ) 藤袴(フジバカマ)
 尾花・撫子(オバナ・ナデシコ) 秋の七草      
  (注)尾花=ススキ
■続いては、伊庭さんからmailが届きましたので、ご案内させて頂きます。
From: iba  Sent: Wednesday, August 22, 2007 10:45 AM To: 今泉悟 Subject: ありがとうございました
今泉 悟様 同窓会に参加し、懐かしい方々にお会いすることが出来、楽しいひとときを過ごすことが出来ました。 準備が大変だったとお思いますがありがとうございました。 記念写真ですが、原田君がせっかく用意してくれた記念タオルの大事な部分が私の頭で台無しにしてしまい申し訳なく思っております。 まあ、また来年再度撮影し直しでもしましょうか。(なんて、無責任なことを思う次第です。) これからも会報を楽しみにしています。 残暑厳しい折ですがご自愛ください。 迷惑メールが多いためにメールアドレスを変更しました。  i   伊庭R○子
【筆者comment】▼伊庭さんへ、本当に楽しい同窓会でした。 みんなの元気な姿を確認できただけで「自分もまだまだ老け込めない」と明日への活力が沸いた epoch-making なひとときでした。 来年も出席の程、宜しくお願いします。
■続いては、文藝春秋今月(2007年9月)号から、石原慎太郎と瀬戸内寂聴の特別対談「『老いること、死ぬこと』~老いてこそ人生 ― 世阿弥と釈迦から学ぶ死生観」の一部をご紹介致します。 とても面白い対談ですので、ちょっと長くなりますが二つの小題の抜粋と最終章(と言ってもほとんどですが)をお示しします。 もっと詳しくお知りになりたい方は、書店でお求め下さい。 790円(税込み)です。(笑)
出家の本当の理由は?
石原 男にとって、年をとるほど、女性は官能的なものになってきます。 それはセックスするとか、しないとかじゃありません。 例えばゴルフ場で、若いキャディーがボールを拾うときしゃがむでしょう。 そうするとお尻の線がくっきり出る。 そのとき感じるエロティシズムは、決して情欲的なものじゃなくて、端的に肉感的なものなんです。 ああ、美しいな、若くていいなと思う。 そういう経験は、若い頃はありませんでした。 あるいは車に乗っていて信号で止まったとき、横に素敵な女性が信号待ちで立っていたりすることがあるでしょう。 ボードレールの詩みたいに、車を降りて追いかけたいということはないけれど、ああっ、きれいな子だなあとか、官能的だなあと感じることには若い頃より敏感になったな。
瀬戸内 私は芸術はエロスだと思っているんです。 だから、エロスの匂いのないものはイヤなの。 石原さん、最近ちょっと枯れてきているんじゃないかしら。
石 原 いやいや、まだ枯れていませんよ(笑)。(中略)
瀬戸内 (中略)枯れていないなら、ギラギラしているんですか。
石 原 いや、ギラギラもしていませんがねえ。
瀬戸内 女を見てきれいだと思うのは、わくわくしている証拠。 それがなくなったらダメです。 私はそれがなくなりつつあって、一生懸命かき立てているんです(笑)。 それがないと小説は書けません。
石 原 僕は、寂聴さんが出家したということは、とても大事なことだと思っていますが、出家の本当の理由は書いていないですね。 なにがきっかけなの?
瀬戸内 あの時は小説の連載もたくさん抱えていたし、おつきあいしている男性もいました。 でもそういうものにもう飽き飽きして、見るべきものは見た、と思ったから出家したんです。 他人より濃い生活をしていましたからね。
石 原 いやいや、それは本当の理由じゃないでしょう(笑)。 まだ言えないのかな。
瀬戸内 ふふふ。 ただ出家したのは五十一歳の時だったから、ちょっと早まったかなあとも思いますけど(笑)。
(中略)
あの世とこの世
石 原 先ほどの哲学の話に戻りますが、存在するということの意味の重さは、年を取れば取るほど感じられます。 結局、肉体が老化して衰弱してくるから、それが精神に跳ね返ってきて、人生とかその先にある「死」というものを考えさせられるわけですね。 プラトンがアリストテレスとの対話のなかで「どうも、この『在る』ということがわからない」と言っているけれども、この「在る」ということがなんなのかという意識が収斂淘汰された先に「死」があるわけです。 そういったことはやはり年齢が嵩んでこないとわからないでしょう。
 僕は、「死」について、人の話を聞いたなかで一番感動したのは、Photo_23 賀屋興宣(~【筆者注】かやおきのり(1889-1977)東条内閣の蔵相、池田内閣の法相を歴任(添付写真ご参照)~)さんの話です。 尊敬していた政治家の一人で、あんなに冷静で、人を食ってて、明晰だった人はいません。 賀屋さんが亡くなる前に会いにいったら、(中略)(【筆者注】賀屋さんは)「死ぬことについて一生懸命考えています」。 そこでさらに「死ぬってどういうことでしょう」と尋ねたら、賀屋さんのイメージでは、「死」は一人で暗い道をどこまでも歩いていくんだそうです。 その先でオルフェみたいに早くなくなった奥さんの姿が見えるかと聞いたら「そんなものじゃない。 歩いていくうちに、私の死を惜しみ悲しんでくれた人達も、みんな私のことを忘れてしまう。 そのうち、私自身も自分のことを忘れてしまうんです。 つまらんですなあ、死ぬということは。 だから、私は死にたくないね」と言われた。 (中略) いろんな人の「死」についての考えを聞いたけれど、一番印象的でした。 しかしこれは、非常に西洋人的な捉え方です。 彼らは「死」を現実に対する完全な欠落と捉える。 これはとても辛いことだと思います。 仏教は違った考え方をしています。 私はただの仏教愛好者だけど、仏さんの言っていることを聞いていると、救われるんですね。
瀬戸内 仏教徒は、「死」が終わりと思ったら宗教者になれません。 「あの世」があると思うところに仏教がある。 でもほかの宗教も似たりよったりじゃないですか。 キリスト教徒だって天国を想定します。 私は、肉体は焼かれても、魂はあると思っています。 でも、大ヒット中の「千の風になって」・・。 私の魂はお墓にいません、どこかを風になって飛んでいます――なんてことを言われたら、坊主は困ります(笑)。
 確かに魂はいつもお墓にいるわけではなくて、「この世」に残した愛する人のところに行っていると思います。 たまにはせっかく作ってくれたお墓に寝に来るけど、愛する人の幸せを思って、心配で歩き回っているんじゃないでしょうか。
石 原 僕も、魂は絶対あると思いますね。 魂というと難しいけれど、要するに想念なんです。 複雑な意識を持っている人間、大脳生理を持っている人間だからこそ、死後に働く想念もあり得るんです。 それが魂だと思う。
瀬戸内 日本のインテリは、「あの世」を信じるなんて野暮ったいと思っています。 私は里見弴さんと仲が良かったから、「先生、あの世はありますか」と聞いたら、「そんなものないっ」と言われました。 「死」は無だ、死んだ瞬間に無だと。 里見さんは九十四歳まで生きましたが、すごく愛していたおりょうさんという女性が亡くなって、「あの世に先生が後から行っても、おりょうさんに会えないんですか}って尋ねたら、「そんなもの会えるわけがない。 おりょうも自分も、死んだら無だ」と言われた。 もっとも、それからしばらくして、二人でスッポン料理の「大市」に入ったら、入口の近くに仏壇があったんです。 そこで里見さんが、「ここのおかみがこの間死んだばかりだから、おまえ、チンしてやれ」って言うの。 鐘を叩いてお経をあげ冥福を祈ってやれということです。 「先生、無だからチンする必要なんてないじゃないですか」って言っても、「無でもいいからチンしてやれ」って。 面白いでしょう。
石 原 瀬戸内さんは幽霊を認めますか。 僕はみたことがなくて、見たくてしょうがないんです。
瀬戸内 私たちは見ないでしょう、頭が健康なので(笑)。 世阿弥がすごいのは、「夢幻能(【筆者注】夢幻能とは、シテが死者の霊や神、精霊など実在しない役柄で描くものと、人間の役で表現する現在能に分けられる)」を考案したことです。 能はそれで、今日まで続いていると言っても過言ではありません。 夢幻能というのは、「この世」と「あの世」をつなぐお能なんです。 それまでの能には「この世」しかありませんでした。 それを「あの世」と繋いだのは世阿弥の功績です。 幽霊を主人公にしたのです。 しかし「この世」と「あの世」を往き来する魂について、世阿弥より四百年も前、いまから千年も前に紫式部が『源氏物語』で書いています。 六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)です。 世阿弥はそれを読んでいたんでしょうね。
石 原 僕は、能の神事物って嫌いなんです。 パターンがみんな同じで面白くない。 やはり幽明(【筆者注】幽界と顕界(げんかい)(=現世))というか境界がごちゃごちゃになって、『巴』のように幽霊が出てくる話の方が面白い。 生霊っていわば強い想念でしょう。
瀬戸内 魂ね。 六条御息所が、源氏の正妻の葵が妊ったのを嫉妬して、生霊になって葵のところに行って散々苦しめる。 その噂はあたりに拡がってくる。 その時、智的な御息所はそんな浅ましいことを自分の心がする筈がないと思うのに、葵の所でたかれた護摩の匂いが自分の着物にも髪にもしみついているのに気がつき、苦しみます。 この匂いを私は御息所の想念の所産だと思っています。 しかし、そう想いこむ御息所がかぎりなくいとしい。 『秘花』の序章に鵺(ぬえ)が出てくるんですが、この鵺こそが世阿弥の心の闇であり、それを書いている私の心の闇なんですね。 だから、鵺を出したんです。
石 原 織田信長は幸若(【筆者注】幸若舞(こうわかまい)は、室町時代に流行した語りを伴う曲舞(くせまい)(【筆者注】曲舞とは、簡単な舞いをともなった語り物で、能の前身の猿楽とともに人気を集めた )の一種。)の『敦盛』が好きで、桶狭間でも本能寺でも「人間五十年」を歌ったとされています。 あの舞曲には、大事な一節があるんです。 「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり 一度生を受け 滅せぬ者の あるべきか」とここまではよく知られていますが、その後「これぞ菩薩の種ならむ これぞ菩薩の種なる」というくだりがある。 これが大事なんです。 つまりこれは「再生」ということなんですよ。 いたずらに生に執着するのではなく、潔く現世を諦めて、次の生に期待をつなげようとしている。 ただ実際に生まれ変わっても、自分の前世に関する意識を人間は持てない。 これは最近はやりのスピリチュアルとは全然違います。
《締め括り》
石原 それが齢を取ると、メッセージがなくなってしまって、小説が書けなくなる。 寂聴さんは、お坊さんになったことがよかった。 そこで考えたことが、小説を書くきっかけになりますから。 僕も政治をしているといろんな発想が出てきて、もうディテールまでできている長篇小説が七本もある。 この歳で、これだけ書かなくちゃいけない小説を持っている小説家はいないと思いますが、残された時間は自分じゃわからないから、書ききれるかどうかはわかりませんがね。
瀬戸内 世阿弥は残りましたが、いま小説を書いて売れている人だって、死んで二年経ったら、たいていの人は忘れられてしまうもの。 私だってそうですよ。 死んだらおしまいなんだから。 慎太郎さんも政治を早くやめて書くことに専念しなければ、七つの長篇なんてどうやって書けるの。
石原 いや、今日は寂聴さんといい話をして、人生の解脱を得ようと思ってきたんだけどあんまり・・・(笑)。
瀬戸内 私は解脱なんて難しいこと考えないんですよ。 仏さんにまかせるだけ。 死んで「あの世」へ行ったら、向こう岸にズラーッと、仲良くしていた男達が並んでたりして(笑)。 その夜は歓迎パーティよ。 死もまた愉し。 (了)
【筆者comment】▼我々も徐々にではあるが「死」というものと向き合って行く時が近づいている。 「死」から逃れられないからこそ、「生きる」こと、「どのようにこれから生きていくべきか」を一度真面目に考えてみる必要が出て来よう。
【後記】■さて、時節は移ろい、秋の始まり・・。 今日、最後にお届けするのは、芭蕉の作品である。 西瓜も秋海棠(【筆者注】添付写真ご参照)も日本古来の植物ではない。 江戸時代初期に渡来した。
1_32_2▼秋海棠は寛永年間(1630年代)、西瓜も慶安年間(1650年代)だと言われている。 これら二つの植物とも、この句の作られた1690年頃には未だ一般には定着していない。 芭蕉は、この珍しい植物を取り上げ、当時としては斬新でハイカラなものに仕上げた。 なかなか粋な作品である。
 秋海棠(シュウカイドウ) 西瓜の色に 咲きにけり   芭蕉
【訳】秋海棠の花がスイカの実のような紅い色で咲いている。( 秋のはじまりを告げる・・ )。
*(了) 

2007年8月16日 (木)

【時習26回3-7の会 0119】~「T三先生からのmail」「市川君からのmail」「渡辺さんからのmail」「2007年『同窓会』会計報告」

■今泉悟です。 ほんと、”暑い!”残暑が続きますが、如何お過ごしでしょうか。  小生の夏休みも今日までです。 愚娘が、留学先の中国大連市へ戻るということで、先ほど新中部新国際空港まで見送って帰って来たところです。で、これから【2637の会】会報【0119】号を配信させて頂きます。
▼13日に【2637の会】『同窓会』に参加下さった皆さん宛に『CD写真集』をお送りさせて頂きました。昨日(15日)あたりには皆さんのご自宅に到着(豊橋市内ですと、14日頃到着予定)したころではないかと思います。 今回は、前回のCD作成の反省を踏まえ、皆さんの自己紹介のところは原則お一人2枚に絞らせて頂き、すっきりした写真集になったものと心密かに自負しています。 写真集の最初と最後の方は、字幕も加えて演出も試みてみました。写真総枚数は重複分を含め65枚。PCをお持ちの方は、スライドmodeにして、『同窓会』当日にお配りした音楽CD『青春のうたPart2』をCDカセットレコーダー等でBGMとして聞きながらご覧頂くと臨場感がグッと高まり、なかなかいいと思います(因みに、小生のPCでスライドmodeにして見ると7分ほどで一巡し、丁度良い長さです)。 手前味噌で申し訳ございませんが、今回はそこそこ納得の写真集が出来上ったのではないかと・・・。(笑)
▼今日は、T三先生からお礼のmailが届きましたので、皆さんにご紹介させて頂きます。 【2637の会】『同窓会』にご参加を賜り、「元気を頂戴した」と仰って頂き、幹事として本当に良かったと安堵致しました。 先生、今後も【2637の会】を応援して下さい。 そして、今回のように時々mailを頂戴できれば、【2637の会】の仲間も喜ぶと思いますので、引き続き宜しくお願い申し上げます。 勿論、来年も【2637の会】『同窓会』は2008年8月16日に今年と同じ場所、同じ時間に開催を予定しますので、先生には是非ともご参加賜りたく、お願い申し上げます。
▼それでは、先生からのmailをご紹介させて頂きます。
From: Txxx Suzuki Sent: Tuesday, August 14, 2007 4:36 PM To: 今泉悟 Subject: あの日あの時
悟君へ  あの日あの時に戻って、元気を頂きました。本当にありがとう。その元気に押されて、今日も里山歩きに出かけ、蝉時雨の中、木の根道の横に、萩の花を見つけ、嬉しくなりました。 残暑厳しい折、皆様お体に気をつけてご活躍ください。また来年会いましょう。
▼追伸 写真のCDR有難う。ウラシマタロウの気分かな。 T三
▼続いては、市川君からのmailです。
From: 市川Y○郎 Sent: Wednesday, August 15, 2007 9:35 AM To: '今泉悟' Subject: RE: 【時習26回3-7の会 0118】「【2637の会】『同窓会』実績報告!!!」
▼8/14に写真のCD届きました。早速のCD作りありがとう。 クラス会のあとに、またまたほんとにご苦労様です(←【筆者comment】ほとんど趣味みたいなものですから・・(笑))。 小生は相変わらずグータラな日々を送っていますが、今泉君は毎日腹筋を1000回以上やっているとか。 出席者の中で、一番顔の色艶がいいように思えました(←【同】ありがとう。でも、目の錯覚です。ただ、日焼けして色が黒いだけです(笑))。 さすがに100歳まで丈夫で生きようという信念を持っていることはありますね(←【同】これはホント。生きれるかどうかは分りませんが、神様からお呼びがかかる迄は人に迷惑かけずに自分の所作が元気で自己完結できることを目指しています。ハイ(笑))。 感心します。
▼来年多分出席できると思います(←【同】是非お願いしますね。)。 ではまた。
▼市川君、mailをありがとう。 そして、早速、来年の同窓会出席の内諾まで感謝します。 お互い、健康に留意してまた来年元気な姿で再会しましょう。
▼続いては、渡辺さんからのmailです。
From: watanabe  Sent: Wednesday, August 15, 2007 11:08 PM To: 今泉悟 Subject: ありがとうございました
楽しい一時を過ごさせていただきとても感謝しています。 今日家に着いたら先にCDが届いていてビックリしました。 やること早いですね。
 時間の使い方がとても上手で羨ましいです。 自分の写真はやっぱり嫌です。 アップに耐えられません。(←【筆者commento】いえいえ、渡辺さん、ご謙遜、ご謙遜・・。 女性の皆さんは渡辺さんはじめドンドン若返っているような・・、羨ましいですねぇ。 瑞々しい美しさを感じます。 ハイ。) 高校時代は楽しいクラスとは思ってなかったけど、皆変わったのか面白かったね。(←【同】性格も、経年変化するのかしらん・・? ・・と言うよりも、高三時代は、小生を含め、受験勉強でクラス活動に体力を裂く余裕がなかったんだと思いますよ。 少なくとも小生はそうでした。 小生なんか、受験勉強onlyで、恋愛の「れ」の字もなかったのですから・・。(涙)(涙)(笑)
▼行きは一般道で9時間掛かったけど帰りは東名で渋滞もなく3時間で家に着きました。 帰省中関西に行ったんだけど、行きも帰りも途中も毎日渋滞に巻き込まれ、この休み中ずっと車に乗ってた様な気がしてます。 お盆は車で遠出するものではないですね。
▼娘に花に水をやるよう頼んでいたのですが、一部枯れていました。 やってくれたらしいのですが、暑過ぎたんでしょう。 まだまだ暑い日が続きそうです。 夏バテしない様気をつけてくださいね。
▼それでは、続いては、『同窓会』の会計報告です。 ご覧の通り、収支一致しました。
  ( 以下、内容については省略させて頂きました。 )
■暑い毎日は、「夏の歌」で暑気払いをしましょう。 今日は、George and Ira Gershwin兄弟Photo (添付写真ご参照)の作品「Summertime」です。 この曲はオペラPorgy and Bessの挿入歌として、劇中で子守歌として歌われるものです。 「Porgy and Bess」が American Folk Opera として初演されたのが1935年。 しかし、正真正銘のオペラとして認知されるのは初演から41年後の1976年のこと。 このオペラは、20世紀前半のアメリカ南部の黒人街が舞台となっていて、主な cast が全て黒人という異色の作品である。 黒人霊歌や彼らの民族音楽も取り入れられているが、やはり、Gershwin の melody が心に残る。 では早速、その「Summertime」の歌詞をご紹介致します。
Summertime, and the living is easy
Fish are jumping and the cotton is high
Oh, your daddy's rich and your ma is good-looking
So, hush little baby, don't you cry(  以下略  )
*
【訳】サマータイム 生活は楽なのよ
魚は水から飛び跳ねるほど豊富だし 綿花は大きく育っている
おお、あなたのパパは金持ちで ママは美人なのよ
だから可愛い子よ 泣かないでね
■さて、これくらいではこのハチャメチャな暑さは払いきれませんね。 ・・で、切り口を変えましょう。
▼今日8月16日は「お盆(旧盆)」の「送り火」ですね。 「お盆」と言えば、仏壇にある木魚を見ると、あの夏目漱石の句が浮かんできます。(浄土真宗の方は、木魚を使わないので、ピンと来ないかもしれませんが・・(笑)
 叩かれて 昼の蚊を吐く 木魚かな  夏目漱石
【訳】も必要ないでしょう。 滑稽さの中にも洒脱な風情ある名句であると思います。 昼・・、叩かれた木魚の口から蚊がプーンと・・。
▼ただ、調べてみると、この句は、「蜀山人」の作品をちゃっかり借用したとの説もあるのだそうで・・、蜀山人の『一話一言』という書に
 「叩かれて 蚊を吐く昼の 木魚かな」なんてぇのを見てしまうと、真実は何処にあるのやら・・。 まぁ、兎に角、面白い句であることは事実です・・。
▼最近の様な猛暑では、庭への水撒きも焼け石に水・・。 我が家の庭のシャクナゲやアセビもちょっと水撒きをサボっていたら、水不足で何本かが枯死してしまいました。(涙) 
▼・・と言う訳でもありませんが、次にお示しする句も詠んだだけで情景が目に浮かび、暑さが実感としてじかに伝わって来ます。「『ふは』ととびつく」という表現が絶妙ですね。 では、どうぞ・・。
 水打てば ふはととびつく 地のほてり  中村汀女
【後記】■今日、お終いは、「猛暑」と「先日のお盆の同窓会」を、小生、稚拙な句と短歌にしてみました。(笑)
 立秋は この炎天で また座る  悟空 
【解説】??? 立った秋が、時期尚早で座ってしまった・・(笑)
 盆の夜 友の白髪(しらが)を 間近に見 
            想い語るは 蛍雪時代  悟空
【解説】気分は18歳の高三時代にタイム・スリップして、昔話をしつつも、ふと見ると、友の髪には確り白髪が増えており、戻ることのない過ぎ去った時間の大きさを感じ入った次第・・(長嘆息)
 五十路齢(とし) 忘るる盆の 同窓会  悟空
【解説】でも、盂蘭盆会のこの時期に行なう年一回の旧【3-7】の同窓会・・。三十有余年ぶりに再会した仲間との語らい・・。自分たちが五十路であることを暫し忘れて、心は若く純真な18歳・・。 思い出が甘酸っぱい感傷となり、胸を抉(えぐ)る・・(感動!)
▼ほんと、お粗末ですみません・・。(笑)(了)

2007年8月12日 (日)

【時習26回3-7の会 0118】「【2637の会】『同窓会』実施報告!!!」

■今泉悟です。【2637の会】会報【0118】号をお送りします。
▼『同窓会』に参加してくれた【2637の会】の皆さん! 本当に、無茶苦茶楽しい同窓会でしたね!!
▼18時すぎにスタートし、参加予定者18名が全員集合! 流石旧【3ー7】のclassmatesです。 昨年8月12日の同窓会が12名の参加でしたから、今回は鉄三先生含め5割増という盛況な同窓会となり良かったです。
▼二次会参加者も16名。 みんな、終了時間の22時半近くまで、「再会」→「談笑」:「懐古」「青春」「友情」「感動」「至福」の、あっと言う間の4時間半でした。 
▼とくに東京組の皆さんは・・、原田君・渡辺さんは帰省ラッシュの中を7~9時間の自動車での長旅を押して・・、彦坂君は明日早朝から勤務があるため新幹線とんぼ返りを覚悟での・・、二橋君はこの『同窓会』参加だけのために単身訪豊されホテル泊までしてくれました・・、そして関西組も山中(高木)さんが駆けつけてくれました・・、と、み~んな、夫々予定を繰り合わせて参加して下さいました。 勿論、名古屋方面を含め、地元在住の皆さんも夫々万障を繰り合わせて参加してくれたこと、大変嬉しく思います。 【2637の会】の皆さんの、その心意気に「感動!」「感謝!」です。
▼そして、鉄三先生、我々旧【3-7】『同窓会』に参加下さいまして、誠にありがとうございました。 先生も、我々との再会を本当に懐かしがられ、喜んで頂けた様で、幹事としても安堵致しております。 
▼ほんと、【2637の会】のみんなはいい仲間ばかり・・。 幹事冥利につきます。 改めまして、お礼申し上げます。
▼『同窓会』の模様は、これから折に触れて、ご報告して参りたいと思います。 今日は、同窓会での「全体写真」を2枚、「寄書き」を写真撮影したものを1枚、添付させて頂きました。 18名も揃うとクラス会らしくなりますねぇ・・。 ご高覧下さい。 写真集はまたCDにしてお送りするつもりです。 お楽しみに・・。
2637107081126375070811_22637070811blog_3
▼旧【3-7】の皆さんへ、来年2008年8月16日(土)18時00分から、またこの「ブラウンズ」にて開催することを内定しましたので、来年の予定に入れておいて下さいネッ。
(了)

2007年8月10日 (金)

【時習26回3-7の会 0117】~「【2637の会】みんなの声」~明日の『同窓会』宜しく・・!~

263719734_2■今泉悟です。 今日から小生は夏休み・・。 もう明日の『同窓会』modeです。 そこで、夕べcontactの取れた【2637の会】の皆さんの声や、【0116】号以降、夕べまでに到着したmailについてご紹介させて頂きます。
▼夕べ、contactとれたclassmatesのうち、内山君と小久保君から e-mail address を教えて頂きました。 これで【2637の会】e-mail member は鉄三先生を含め、35名となり、cover率は75%を超えました。 これからも万年幹事の元気が続く限り、頑張って配信して参りたいと思います。 応援して下さい。 そして、内山君、小久保君! これからも宜しくお願いします。 
■それでは、まず【0116】号以降に、mailを届けてくれた皆さんからご紹介します。 みんな気を遣ってこんなに沢山便りを下さいました。 T三先生まで・・。 幹事として恐縮の極みです。
▼因みに、mailの掲載順は、mailの時系列に到着順で掲載させて頂きました。
■まず、菰田君からのmailです。
From: Kxxx_KOMODA  Sent: Thursday, August 09, 2007 8:08 AM
菰田です。 なかなか連絡できなくてすみません。 こちらこそ11日は宜しく御願いします。
■続いては、彦坂君からのmailです。
From: 彦坂T孔   Sent: Thursday, August 09, 2007 8:50 AM 
▼今泉 悟様  ○○県○市 彦 坂
▼立秋も過ぎて、残暑見舞いになりますが、いやはや暑い日が続きますね。 毎回2637の会の配信どうもありがとう。 大変ですね。 さすがという部分もありますし。 また、8月11日の準備どうもありがとうございました。
▼T三先生にも久しぶりですね。 もうずいぶんたったものだ。
▼私は、8月7日で2年越しの事件もやっと終了して、今短い休みを過ごしています。
▼8月11日もゆっくりしたいのですけど、12日は、泊まりの仕事をすることになってしまったので、その日のうちに、あわただしいですけど東京に帰ることにしています。(中略)申し訳ありませんが、一次会で失礼します。
▼昨年に続いてこうして元気で再会できるのもいいものですね。 生活も大分変わったでしょうから、それも聞きたいものです。 では、11日にはよろしくお願いします。
■続いては、J司君からのmailです。
▼From:鈴木 Sent:Thursday,August 09, 2007 12:46 PM
▼悟君へ 同窓会、出席です。(中略)白井君も出席とか。ご努力の成果です。
▼私は頭の中は日常盆、正月です。しかし他の皆さんは貴重な休暇です。楽しいひと時を過ごしましょう 鈴木J司
■次は、渡辺さんからのmailです。
▼From: watanabe Sent: Thursday, August 09, 2007 9:24 PM
▼いよいよですね。 毎日毎日メールありがとうございます。 クラスの3分の1の出席なんて凄いですね。
▼彦坂君の活躍、昨日の朝刊で読みました。 皆さんそれぞれの分野で頑張っていらっしゃるんでしょうね。
▼専業主婦はその点肩身が狭いのですが高木さんと二人、皆さんのお話を聞かせていただきます。
▼卒業以来の方もいらっしゃり、お会いするのが楽しみです。 では11日ブラウンズでお会いしましょう。
■続いては、T三先生からのmailです。 PCが苦手だと仰った先生からこのようにmailを頂戴して恐悦至極です・・。 では、ご紹介させて頂きます。
▼From: Tetsuzo Suzuki Sent: Thursday, August 09, 2007 9:37 PM
▼悟君へ メールありがとう。 みんな参加できると嬉しいノン。
▼只今、イチローの活躍に夢中。どんなことでも知ってるつもりだゾン。俳句と落語と漢詩も楽しんでいます。悟君の情報の多岐に渡る内容の濃さにはほとほと感心しています。芭蕉の(古池や…の)句の斬新な解釈を披露しましょうか?
▼酒はだいぶ弱くなったので程々に勧めてくれノン。 今、自家製の梅酒でほろ酔い気分です。当日はおしゃべりを一番のおもてなしと考えております。楽しみにしているよ。 では、会場で会おう!
■続いては、鈴木Y次君からのmailです 
▼雄次君へ、mailをありがとう!! そして、ゴメンなさい。 8月6日、貴君からmailを頂戴したかもしれませんが、受信したという認識がなく、申し訳ありません。 ひょっとしたら削除しちゃったかも・・。 もし、そうであったら本当に申し訳ありませんでした。 さて、【2637の会】同窓会の件、今回は参加できないそうで大変残念ですが、来年は、何とか都合をつけて再会しましょう。 ネッ、Y次君!!
▼From: yxx-suzuki Sent: Friday, August 10, 2007 12:31 AM
▼鈴木Y次です。 いつもいつも大変立派なメール配信ありがとうございます。ただただ感服するのみです
▼メールに登場する「2637の会」の主役のみなさんの頑張り及び元気な姿も目に浮かんできます。
▼さて本題の同窓会の出欠の件ですが、ごめん、欠席です。
▼8/11~13は会社の友人と瀬戸内海の旅の予定が入っています。2年程前にも、さぬきうどん屋めぐりと阿波踊り見物をしたのですが、また口の中で暴れるこしのきいたうどんが食べたくなって・・・。おかげでおなかはメタボです。 そんな訳でみなさんによろしくお伝えください。
▼返信おそくなり申し訳ありませんでした。幹事さんに出すのもつらいと思われる督促メールまで出さしてしまってすいませんでした。
▼実はこのメール8月6日の深夜に送ったつもりでしたが??とにかく遅くなったこと、出席できないことをお詫びします。
■この他の情報・・、まだまだ今日は沢山あります。
▼柏在住の原田君と連絡が取れました。 明日11日『同窓会』は当日東京を発って自動車で帰省される由、「お盆の帰省ラッシュに丁度重なり、『同窓会』に出席するつもりだが、開催時間に間に合うかどうか、判らない。 間に合ったら参加するが、もし間に合わなければゴメン。」とのお話でした。
▼きっと、神様が我々との再会を実現させてくれると確信しています。 小生からも原田君に、極力出席して頂くようにお願いしておきました。 勿論、お願いベースの話です・・。 「神様、原田君が『同窓会』開催時間に間に合います様に・・!」
林K子さんも、「『同窓会』出席できるか、最後の調整をやってみます」と伺いました。 お声はとてもお元気そうでした。
■それから、『同窓会』は欠席されますが、石田(Y)君内山君小久保君鈴木Iさん、のお声を夫々聞くことが出来ました。 皆さんお元気である旨、お伝え致します。
■さあ、皆さん、明日11日18時00分、「ブラウンズ」で再会しましょう! 
(了)

2007年8月 7日 (火)

【時習26回3-7の会 0116】~「同窓会まであと4日です!」「藤川君から同窓会『欠席』連絡mail」「彦坂裁判長の活躍!」

■今泉悟です。 さぁ、愈々【2637の会】同窓会まであと4日になりました。 もう1~2時間であと3日になります。
▼まだ、お返事を頂戴していない皆さん、木曜日中なら大丈夫です。 同窓会前日の金曜日もお昼までなら大丈夫との、ブラウンズからの確認を頂戴しています。
▼小生の連絡先 【携帯電話】090-xxxx-xxx0 【会社】株式会社Sxxxxx 0xxx-xx-xxxx 【自宅】 0xxx-xx-xxxx です。 ご活用下さい。
■さて、今日、藤川君からのmailが届きました。 今夏は所用があり、どうしても同窓会は出席できない由。 
▼藤川君、mailをありがとう。 残念ですが、来年の出席を楽しみにしています。
From: 藤川 [mailto:mxxxx  Sent: Tuesday, August 07, 2007 8:24 PM To: 今泉悟 Subject: ご連絡
▼(前略)電話(中略)ありがとうございます。 今回のクラス会は所用があるため大変残念ですが欠席させていただきます。(中略) 皆様には「元気にしていますので、宜しく!」とお伝えください。 
▼追伸  スパム対策のためメールアドレスを変更しました。
Blog070807■続いては、今日の日経新聞の社会面に、彦坂君の名前が出ている記事がありましたので、ご紹介させて頂きます。 彦坂君は現在千葉地方裁判所に判事として勤務されているようですね。 彦坂T孔裁判長!日本社会の安寧秩序護持のため、体に気をつけて頑張って下さい。 彦坂君の名前が載っている今日8月7日の日経新聞夕刊の記事を添付しました。 ご覧下さい。
▼彦坂君へ、11日の同窓会で「新聞記事」の件、ちょっと説明して下さいねッ(笑)。
【後記】■明日8月8日は「立秋」です。 でも、ほんと、残暑が厳しいですね・・。 ホトホト参ります。
▼今年の「夏越祓え」である六月晦日は、前々回【0114】号でお話した通り8月12日ですが、これはチョット変ですね。 昨年は「立秋」は8月8日で今年と同じですが、「夏越祓え」にあたる六月晦日は7月24日。 順番で言えば、夏の終わりである六月晦日の後、「立秋」である、昨年の方が自然です。 太陰太陽暦ですから年により二十四節気と雑気がぶれるのは仕方ありませんが・・。
▼今日、締め括りとして、前【0115】号に引き続いて「夏越祓え」と「立秋」に因んだ歌を、八代勅撰和歌集の中から古今和歌集金葉和歌集千載和歌集新古今和歌集からご紹介します。
    六月(みなづき)の晦日(つごもり)の日よめる
  夏と秋と 行きかふ 空のかよひ路は
         かたへすずしき 風や吹くらむ
                            凡河内躬恒
【訳】夏が去り、秋がやって来る空の道は、夏と秋とが行きちがって、道の片側には、涼しい風が吹いていることだろう。
          〔古今和歌集 巻第三 夏歌(168)〕
    秋一夜を隔つといへることを
  禊(みそぎ)する みぎはに風の 涼しきは
         一夜(ひとよ)をこめて 秋やきぬらん
                            中納言顕隆
【訳】禊をする汀(なぎさ)で風が涼しいのは、立秋の前の一夜のうちに秋が来ているのだろうか。
          〔金葉和歌集 巻第二 夏部(155)〕
    秋立つ日よみ侍(はべり)ける
  秋きぬと 聞きつるからに わが宿の
         荻の葉風(はかぜ)の ふきかはるらん
                             侍従乳母
【訳】秋が来たと聞いただけでもう、我が家の(軒端の)荻の葉を鳴らす風も秋風の音に吹き変わるのだろうよ。
          〔千載和歌集 巻第四 秋歌上(226)〕
    【六月祓(みなづきばら)えの歌】
  みそぎする 川の瀬見れば 唐衣(からごろも)
                日も夕暮に 波ぞ立ちける
                              紀貫之
【訳】水無月祓のみそぎをする川瀬を見ると、みそぎも終って衣の紐(ひも)を結う夕暮時となり、川面(かわも)には波が立っているよ。
          〔新古今和歌集 巻第三 夏歌(284)〕
*(了)

2007年8月 5日 (日)

【時習26回3-7の会 0115】~「中山君からの『同窓会【欠席】連絡』」「東北三大・五大祭り」

■今泉悟です。  ほんと、暑く鬱陶しい日が続きますね。  体に充分気をつけて【22637の会】『同窓会』には元気な姿で会いましょう。  その『同窓会』も愈々佳境に入ってきましたので、出来るだけclassmateから連絡がある都度「会報」は配信しようと思います。  さて、掲題にあるように、昨日、タイ国在住の中山君から、【2637の会】の『同窓会【欠席】連絡』mailがありました。 中山君へ  Mailをありがとう。  奥様とお嬢さんがタイ国訪問じゃぁ、帰国できませんよね。  大変残念ですが、来年は是非都合をつけて出席して下さい。  【2637の会】同窓会は、不肖今泉が元気な限り、毎年開催を予定していますので‥。  それでは、中山君からのmailをご紹介させて頂きます。  Sent: Saturday, August 04, 2007 11:08 PM  中山です。いつもご苦労様です。  「毎日暑い日が続く毎日ですが、お元気ですか」とご心配をいただきましたが、毎日365日暑い日が続いています。  でも大丈夫です。 *  日本では、蒸し暑い梅雨が明け、顔が焼肉になりそうなほどの暑い日ざしがやってきて、「そろそろ、クラス会があるよ」と太陽が教えてくれるのかな?  でもタイの太陽はいつもニコニコしていますが何も教えてくれません。  何せ HOT、HOTTER、HOTTESTの国なので。  ということで、どうでもいい話を書きましたが、メールをいつも読ませてもらっているにもかかわらず、クラス会が近づいていることに全く気づきませんでした。 *  今回の夏休みは女房と娘がこちらに来ることになり、帰省しないことにしました。  残念ながら今年も欠席させていただきます。皆さんによろしくお伝えください。  (結論が最後になってしまいました。会社の報告書だったら差し戻しかな?) *  余談ですが、こちらに来てからよく風邪を引きます。  毎月半日の会議があるのですが、エアコンのおかげでしっかり冷やしてもらい、6月は熱を出して4日も休んでしまいました。  対策として、日本で着ていた作業着を羽織るようにしました。  タイ人は「具合が悪いの?」と心配してくれますが、説明しても分からないようです。  日本人は(少なくとも私が知っている範囲では)、例えば20℃の部屋にいると夏は寒く、冬は暖かく感じるデュアルモードであるのに対して、タイ人は気温の変化が少ないせいか、シングルモードであるような気がします。  私はまだタイ人になりきっていないので、環境が夏で室温が25℃以下だと寒く感じます。  感じなくなったときに100%タイ人になれるのでしょう(なりたいわけではありませんが)。 * 【筆者comment】  タイ国はさぞやお暑いことでしょう。  小生、このところの茹だる様な暑さにグロッキー(groggy)寸前です。  が、【2637の会】同窓会までは頑張らねばと気を張って頑張っています。  中山君!  また後日、楽しい「タイ国」のお話をお聞かせ下さい。  そして、帰国して余裕がある時には、一度ご一報下さい。  ミニミニ同窓会をやりましょう。 ■さて、夏の真っ盛り‥。  今日、8月5日は、東北では青森ねぶた・秋田竿灯・仙台七夕の『東北三大祭』に、弘前ねぷた・山形花笠を加えた『東北五大祭り』が今一斉に繰り広げられています。  添付写真をご覧下さい。  小生は、昭和57年から昭和60年の四年間は『仙台七夕祭り』を堪能しましたが、その他は経験ありません。  一度、是非見てみたいと思います。  添付写真は左から開催地とカッコ内は開催期間です。  青森ねぶた(8月2~7日)  1  秋田竿灯(8月3~6日)  2  仙台七夕(8月5~8日)  3  弘前ねぷた(8月1~7日)  4  山形花笠(8月5~7日)  5 * 【後記】今日最後にお届けするのは、暑気払いではありませんが、明々後日は『立秋』‥。  気分だけでも「秋」をどうそ‥。 * 【秋立つ日詠める】  秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる        藤原敏行朝臣〔古今集 巻第四 秋歌・上 (169)〕 * 【訳】〔立秋の日〕  景色を見ているだけでは、はっきりとわかりかねるが、風の音を聞くにつけ、ふと、秋が来ているのだな、と気づかされた。 (了) *

2007年8月 4日 (土)

【時習26回3-7の会 0114】~「伊庭さんからの『同窓会参加表明』」「今井(土方)さんからの『同窓会欠席連絡』」

■今泉悟です。 【2637の会】の皆さん、8月11日の『同窓会』迄あと一週間になりました。 楽しみですね。 
▼さて、今日は朗報があります。 掲題にある通り、一昨日、伊庭さんから同窓会』に『参加下さる旨mail連絡がありました。 これで、『同窓会』参加予定者は鉄三先生を含め16名になりました。 嬉しいですねぇ・・。
▼伊庭さんへ、ありがとうございます。 昨年の同窓会以来の再会ですが、あっと言う間の一年でしたね・・。 再会を楽しみにしています。 いろいろと情報交換しましょう・・!
▼それでは、伊庭さんからのmailをご紹介致します。
From: iba [mx] Sent: Thursday, August 02, 2007 9:59 PM
いつも配信ありがとうございます。なかなかゆっくりメールを読むことが出来ず、返事が遅くなり申し訳ありません。夏休みに入りすぐの7月29日~30日に千葉に出張に出かけ、報告書にまとめることがあり、忙しく過ごしています。同窓会の件ですが、何とか出席できそうです。ただ、一次会で皆さんとお別れとなりそうです。7月3日に突然親族の不幸があり、初盆となり、少々落ち着かない状況なのです。会では、皆さんとの情報交換会を楽しみにしています。では、よろしくお願いいたします。  伊庭R○子
■続いて、今井(土方)さんからは、残念ながら昨日、以下の通り、同窓会』『欠席の旨のmailが届きました。 今井(土方)さんへ、大変残念ですが、【2637の会】同窓会は来年もありますので、都合をつけてその時は是非参加して下さい。お待ちしています。
From: sachiimai [mailto:sxxxxxxx]  Sent: Friday, August 03, 2007 6:58 PM To: 今泉悟 Subject: 同窓会出欠ご連絡
同窓会の幹事ありがとうございます。
 出欠のご連絡遅くなってごめんなさい。 この夏は、用事があって帰省できませんので、欠席させていただきます。 みなさんによろしくお伝えください。 今井S○子(旧姓土方)
Photo【後期】■話変わって、今、日経新聞の私の履歴書は俳人「森澄雄」を連載している。 ~ 句誌『杉』を創刊、主宰となる。 日本芸術院会員、2005年、文化功労者 ~
▼妻に対する愛情や夫婦のきずななど、日常生活に基づいた句が多い。読売俳壇選者。 次の作品は、彼の代表作である・・。 
▼たった十七文字の中に作者の妻への細やかな心遣いが極めて叙景的かつ叙情的に表現されている傑作だと思います。 ご覧下さい。
  除夜の妻 白鳥のごと 湯浴(ゆあ)みをり
【訳】大晦日、一年の家事のすべてを片付けて、妻は終(しま)い湯に入っている。 時折聞える水音。 白鳥が羽づくろいをしているかのように。 白い、豊満な妻の体が眼に浮かぶ。 白鳥  ヤマトタケルの白鳥伝説にみられるように、それは神への使者。 妻への感謝そして崇拝・・。
【筆者comment】▼森澄雄(以下敬称略)の妻アキ子への愛情は、「生きる」ことへ尊さが出発点となっている。 彼自身、ボルネオ戦線で200名の部隊のうち生存者8名という奇跡の生還者の一人であり、その自らの悲惨な戦争体験が彼の俳句をつくる際の、そして彼の生き様の土台を形づくっている。 この句を反芻しながら詠んでいると、彼の妻への愛情の深さが沁み沁みと伝わって来る、素晴らしい作品であると思う。
■ところで、台風5号も去りましたが、東海地方は大きな被害もなく良かったですね。 しかし、厚く寝苦しい毎日が続いていますねぇ・・。 もう少し寝ると、今年は8月8日が「立秋」。 そして、【2637の会】『同窓会』の翌日8月12日が、旧暦6月30日、所謂水無月祓え(=夏越の祓)です。 
▼庭では夏の風物詩クマゼミによる蝉時雨が今が盛りとうるさく響きわたっています。 が、夏至から一月と十日余り経ち、夕暮が若干早く訪れるようになり、一瞬ですが、どことなく秋の気配を感じる今日この頃です。
Photo▼「夏越の祓」と言うと、昨年の【2637の会】会報でもご紹介致しましたが、小倉百人一首98番、従二位家隆の歌が浮かびます。 大変良い歌なので、再度ご紹介させて頂くとともに、その歌の「中国語」と「英語」の『訳詩』をご紹介します。 お楽しみ下さい。 なかなか面白いですよ・・。 それではまず、原文から・・
  風そよぐ ならの小川の 夕暮は
    みそぎぞ夏の しるしなりける  従二位家隆
                  〔新勅撰和歌集・巻三・夏(192)〕
【訳】ならの小川に風そよぎ 楢の葉そよぐ夕暮は
   御手洗(みたらし)川に祓する 水無月祓えの水浄し
   茜に染まる川面には 夏の光がなお残る
【本歌】夏山のならの葉そよぐ夕暮は                     
          ことしも秋の心地こそすれ 源頼綱朝臣
【訳】夏の山の楢(なら)の葉がそよぐ夕暮時は、(例年そう
感じるように)一際涼しく、今年も早くも秋を迎えたような
気持ちがすることだ
                  〔後拾遺集・巻三・夏(231)〕
中国語訳】
   陣陣涼風吹枹葉  陣陣と涼風が
                              枹(なら)の葉に吹きしきり
   日暮河旁疑是秋  日暮れは河に旁(あまね)し 
               疑うらくは是れ秋かと
   怱見洗沐小河側  怱(いそ)ぎ見る 
               小河の側(かたわら)にて洗沐するを
   方悟夏日未全収  方(まさ)に悟る
               夏の日 未だ全て収まらぬを
(注)陣陣:風の吹きしきるさま
【英語訳】
    O'er Nara's streamlet softly blow
       The winds in the new dim twilight,
       The Misogi, thereby set, show
       That summer hath not yet gone quite. 
*(了)

2007年8月 1日 (水)

【時習26回3-7の会 0113】~「下浦(原田)さんからの『返信はがき』」「竹内君から『欠席』の連絡を頂戴しました」「阿久悠氏の死」

■今泉悟です。 【2637の会】の皆さん、愈々【同窓会】開催の月に入りました。
Blog1973■そして、今日、下浦原田さんから出欠確認の「返信はがき」が到着しました。 下浦さんは、職場の皆さんとの8月11日(土)休暇取得競争に敗れ、休暇が取れず参加出来なくなられた由。 大変残念です・・。 彼女からの「返信はがき」と「1973年版の下浦さん」をご紹介します。 毎度のことですが、下浦さんへ、勝手に写真掲載する件、万年幹事の特権としてご容赦下さい。 それから、下浦さんの最近版はありませんので、悪しからずご了承下さい。 それでは、下浦さんからの返信はがきの内容をご紹介します。 また、添付写真をご参照願います。
▼何はともあれ、連絡が遅れてすみません。 11日(土)の(【筆者注】職場の皆さんとの・・)休日獲得競争で負けてしまい仕事のため豊橋へ帰れません。 同窓会の報告を待っています。
▼下浦(原田)さんへ、仕事の都合で参加できないのは、本当に残念ですねぇ・・。 来年は籤に勝って是非参加して下さい。 同窓会実施報告は間違いなくさせて頂きます。 楽しみになさっていて下さい。
■続いて、竹内君から「同窓会『欠席』」の連絡がありました。 今年はどうしても都合がつかない様で、残念です。 「頑張って楽しい同窓会にしてください。」と励ましの言葉を頂戴しました。 竹内君へ、来年、また参加して下さいね。
Photo■さて、作詞家の阿久 悠(あく ゆう、1937年2月7日 - 2007年8月1日)氏が今日8月1日午前5時29分、尿管癌のため死去。享年70。 有名な曲を沢山作詞されましたね。 ご冥福をお祈りします。(合掌) ご参考に小生でも知っている彼が作詞した作品を記してみました。
作詞した特に有名な楽曲】
・石川さゆり「津軽海峡冬景色」「能登半島」  ・五木ひろし&木の実ナナ「居酒屋」  
・岩崎宏美「二重唱(デュエット)」「ロマンス」「思秋期」「二十才前」
・尾崎紀世彦「また逢う日まで」  ・河島英五「時代おくれ」
・小林旭「熱き心に」 
・沢田研二「時の過ぎゆくままに」「さよならをいう気もない」「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」
・新沼謙治「嫁に来ないか」  ・西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」
・ピンクレディー「ペッパー警部」「S.O.S」「カルメン'77」「渚のシンドバッド」「ウォンテッド(指名手配)」「UFO」「サウスポー」「モンスター」「透明人間」
・フィンガー5「恋のダイヤル6700(シックスセブンオーオー)」
・藤圭子「京都から博多まで」  ・ペドロ&カプリシャス「ジョニーへの伝言」「五番街のマリー」
・都はるみ「北の宿から」  ・森進一「北の蛍」  ・森田健作「さらば涙と言おう」
・森田公一とトップギャラン「青春時代」 ・森山加代子「白い蝶のサンバ」
・八代亜紀「雨の慕情」「舟唄」  ・山本リンダ「どうにもとまらない」「狙い撃ち」
(了)

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