【時習26回3-7の会 0129】~「霜降」「詩人『立原道造』の世界」「バルタザール・グラシアン『賢人の知恵』」
■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0129】号をお送りします。 この会報は【2637の会】memberの皆さんのものですので、どんどんmailを下さい。 お待ちしております。 m(_ _)m
▼一昨日・昨日は豊橋祭りで街中はさぞ賑わったことでしょう。 小生はと言いますと、所用があり、禁欲的(?)な一週間を過ごしました。
▼一週間という時の流れは、少ない様で決して少なくない・・。 毎日の出来事をニューズや新聞で見ているだけで、世の中では本当に様々な事象が生じては消えていく・・。 忙しさに振り回されても、また、時間に余裕があって漫然として時の過ぎ行く儘にこの身を任せても、時(とき)は整斉と刻んで往く。恰も「方丈記」や「平家物語」のイントロで表現される様な世界で・・。 であれば、前向きに考え能動的に動いた方がいい・・。
▼・・で、この1~2週間をスポーツ界に限って振り返って見ても、プロボクシングの亀田三兄弟の次男(大)のタイトルマッチ挑戦での呆れた不祥事、そして、中日ドラゴンズがCSでの対阪神戦、対巨人戦での5連勝無敗で日本シリーズ進出。 名古屋ブランパスへのストイコヴィチ監督就任観測。 アメリカ大リーグではロッキーズの松井の活躍etc・・。 実にいろいろなことが起きています。
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■さて、10月24日は、二十四節気でいう「霜降」。 「霜降」とは、寒露に続いて、霜が降りる頃、という意味で、まさに霜が降りる朝晩寒さを実感できる時節。 次の二十四節気は「立冬」です。 地球温暖化とは言うものの、流石に夜は窓を閉め、寝巻きも半袖から長袖に、蒲団も夏物から秋冬用にチェンジしました。 こういう処にも季節の移ろいを肌身で感じますね。
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■ところで今日10月22日は、詩人「中原中也(1907.4.29-1937.10.22)」の命日。 彼については、この会報で何回かご紹介していますので、今日皆さんにまずお届けするは、中原とほぼ同時代に中原以上若くしてこの世を去った「抒情詩人『立原道造(大正3年(1914年)7月30日 - 昭和14年(1939年)3月29日)
▼添付写真をご覧ください。 立原道造23歳のときの写真です。 銀座ニュー・トーキョウでの一齣とある。 東京大手町に勤務していた小生には馴染みがあり「ニュー・トーキョー」も懐かしく感じられる・・。
▼立原の出立ち(と言っても写真では座っていますが(笑))を見ると、何処となく「さだまさし」風の、やさしい雰囲気をもった若者という感じ・・。 彼の略歴をご紹介する前に、彼の美しい『詩』をご賞味下さい。 ソネット形式(十四行の詩)の素晴らしい詩です。
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◆ はじめてのものに
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ささやかな地異は そのかたみに
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のように 音立てて
樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきった
*
その夜 月は明かつたが 私はひとと
窓に凭(もた)れて 語りあった(その窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れてゐた
*
― 人の心を知ることは・・・・・人の心とは・・・・・
私は そのひとが 蛾を追ふ手つきを あれは蛾を
把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた
*
いかな日にみねに灰の煙の立ち初めたか
火の山の物語と・・・・・また幾夜さかは 果たして夢に
その夜習ったエリーザベトの物語を織った
*
【訳】
今朝、浅間の爆発に初めて立ち会った。
ほんの些細な地球の異変は、そのなごりとして灰を降らした、
この村里(信濃追分)に、ひとしきり
さらさらと軽やかに、その
火山灰は ― 遠い日の
悲しい過去を思い出させる様な、
ひそやかにかわいた
音を立てて ― 山麓の
樹木の梢に、家々の屋根に 降りしきった。
旅の私は身に染み入る様な想いで その音を聞いていた。
その夜は月が明るかった ― 私はある人と
楽しい思い出、夜の
窓に凭(もた)れて、お互いに話し合っていた。
高原の夜は水の様に澄んで
(その窓からは浅間の山容が夜目にしろく見えた)。
しいんとして暗い山中の寂しさにひきかえ、
私の部屋一箇所だけ華やぎ、まるでお伽(とぎ)の
谷の底にある一軒家の様に部屋の隅々まで暖かい電灯の輝きと、
若々しく弾んだ笑い声とが満ち溢れていた。
― 私は限りない幸福感に包まれていた。
それにしても
人の心を知るということは ―なんと難しく、人の心とは ―なんとはかりがたい
ものなのであろう。
そのときに、
私は、その人が ― ちょうどそのときに
暗闇から灯を慕って飛んできた
蛾を追い払う手つきを ― それとは反対に
あれは蛾をとらえようとするのだろうか ― とも思い
その意味がくみ取れなかった。 ― その夜の私を訪ね、
さりげなくふるまっていたその人は
心の中で何を思っていたのだろう。
情熱を追い払おうとしたのか。
それとも情熱をもとめていたのか。
私は、ただいぶかっていただけだった。
いったい、いつの日に浅間は噴きはじめたのだろう。
その人との楽しい語らいに、その夜はじめて
私の胸の中にもそのような異変が起こったが
この山麓には昔からいろいろ悲しい物語が
秘められているのであろう。
火の山の悲しい物語と、
果たして、― その晩予感したはかなく切ない慕情を
繰り広げた
エリーザベトの物語とが
また幾夜続けて見た夢に織り成されていた。
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【筆者comment】■この「はじめてのものに」をはじめ、彼の作品はソネット形式の詩が多く、詠んでいると何処か、ほのかに甘く切ないものが多い。 それが彼の作品の魅力の一つでもあると思う。 彼の作品も、今後、折に触れていくつかご紹介して参りたいと思います。
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■続いては、10月25日は、パブロ・ピカソの誕生日。 今年は生誕125周年になります。 彼についてお話しようと思っていたのですが、今回は時間がなく、次回以降とさせて頂きます。
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【後記】■今日も締め括りは、バルタザール・グラシアンの『賢人の知恵』からお贈りします。 今回の3つは結構辛辣です。 だから(?)、参考にはなるかも・・。
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39.貸しはとっておく
▼友人に貸しがあるなら、つまらないことで返してもらわないこと。 折角の宝をドブに捨てるようなものだ。 この頼みの綱は緊急時のためにとっておこう。 運命の嵐にもまれたとき、そのお蔭で助かるだろう。
▼価値あることを些細なことで費やしていては、後に何も残らない。 支えてくれる人がいることは大変重要なことで、好意には大抵大きな犠牲が伴う。 重要な局面で恩返しして貰うことは、一生に関わること。 勢力ある人が味方についてくれているということは、幸運を持っているよりずっと頼もしいことなのだ。
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45.助けてくれた人に感謝する
▼こちらを助けてくれる人に、得をしたと思って貰える様にしよう。 さすれば、与えてくれた相手はまるで自分が報酬を受け取ったかの様に感じる。
▼大事なことは、こちらに都合の良いことが相手にとっても好都合と映ることだ。 このコツを上手く使えば、何かした人も、お返しに何かして貰った様な気になる。 誰かと誰かのやりとりで、どちらが何処から得をしたかといったことを有耶無耶にすることで、感謝の気持ちと満足感を引き起こすのだ。
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47.誰にも借りをつくらない
▼一人で何もかも責任を負うと、齷齪(あくせく)働かなくてはならなくなる。 人夫々に宿命があり、他人に良いことをする人もいれば、逆に、それを甘受してばかりの人もいる。 後者の方が楽だと思うかもしれないが、それではいけない。 相手に借りをつくることになるからだ。
▼束縛がないということは何にもかえがたいものだ。 大勢から頼られながらも、自分は誰にも依存しないことである。
▼但し、義務と好意を混同してはいけない。 力があればもっと他人の役に立てるかもしれないと思ったとしても、それはあくまで義務ではないのだ。 相手はあなたに義務を押し付けて来るだろうけれど。
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■今回は、内容の乏しい会報ですみませんでした。 m(_ _)m では、また・・。(了)
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