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2008年1月の7件の記事

2008年1月26日 (土)

【時習26回3-7の会 0151】~「メナード美術館の『日本画』展」「26日:『藤沢周平』命日」

■今泉悟です。毎日大変寒い日が続いておりますが、皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0151】号をお送りします。
▼前号にてご案内しました2月23日の「『時習26回35周年旅行』打合せの会」の申込みは如何でしょうか。小生は「何でも前向きに」ということで、大谷さんに『参加』の返信mailを送信しました。2月23日に再会できる【2637の会】の皆さんは果たして何人??? 皆さんのご参加を期待しております。

080126 080126_3 ■さて今日26日は、小生名古屋に出かける用がありましたので、ついでに地下鉄名城線の「平安通り」まで伸びた名鉄小牧線に初めて平安通りから乗車して「小牧」へ。そして「メナード美術館の『日本画』展」を見て来ました。添付写真をご覧下さい。同美術館は所蔵作品数1,300点。今回の企画展は、著名な日本画家20人の47点の絵画と工芸・彫刻13点が展示されていました。20人の日本画家の主だった人をあげると、横山大観、菱田春草、上村松園、小林古径、前田青邨、村上華岳、奥村土牛、速水御舟、山本丘人、東山魁夷、加山又造、平山郁夫ら、錚々たる巨匠ばかりです。
1940_194045_1960_1958_1921_1982_1976_1971_1972_▼なかでも、小生は、東山魁夷の「雲立つ嶺」(1976年)が素晴らしいと思いました。この作品は、奈良・唐招提寺の襖絵と大変よく似ており、製作年代同じ頃と記憶している。まぁ、細かいことはともかく、名作の数々をご覧頂くのが一番かと思います。では、添付写真をどうぞご覧下さい。

Photo■続いては、掲題の副題にある様に、実は今日1月26日は、藤沢周平1927.02.26 - 1997.01.26日)(以下敬称略)の命日。彼は、司馬遼太郎、池波正太郎と並ぶ日本の代表的な時代小説作家。本名は小菅留治(こすげ とめじ)。江戸時代を題材とした作品を多く残した。なかでも出身地、山形県鶴岡市にあった庄内藩を主題にしたと言われるバーチャル・リアルの藩「海坂(うなさか)藩」を舞台にした作品が有名。小生、彼の作品は、昨日までまだ一度も読んだことがなかった。嫌いなのではなく、むしろその逆・・。一度読み出したら止まらず嵌ってしまいそうなのが怖かったのである。
_▼でも今日、藤沢周平の命日。【2637の会】会報でご紹介するのに、読んだこともないというのも恥ずかしい・・、ということで添付写真にある様に文庫本を4冊購入し、早速読んでみた。「たそがれ清兵衛」「橋ものがたり」から「約束」「思い違い」「川霧」を読了。そして、読みかけが「蝉しぐれ」と「三屋清左衛門残日録」。短編小説の「たそがれ清兵衛」「橋ものがたり」は、一つひとつの作品が50頁内外なので、一時間以内に読めてしまうが、作者藤沢の筆が立つので、ほんの数行読み出したら、あっと言う間にその時代の中に誘い込まれてしまった。「橋ものがたり」に出て来る男女は、小生が読んだ3作品共にいずれも庶民。彼らの必死に生きていく姿勢の真っ当さ、健気(けなげ)さ、が美しい。その描写がとても上手い。男女の人情の機微を藤沢は巧みに表現し、読者の琴線に触れさせる。
▼これから「橋ものがたり」から『約束』の最後のところを、あえて「あらすじ」も説明せずにご紹介してみよう。「筋」がわからなくとも、なぜか「感動」させる作者の表現力の秀逸さを感じ取って貰えれば幸甚である。誰かが言っていた。これら3作品の最後の情景がとても美しい、と。「百聞は『一見』に如かず」いや、「百聞は『一読』に如かず」・・か。(笑)

【約束】
 萬年橋から帰る道で、会えただけで幸せだった。そして五年もの間、幸助も一心に自分のことを思っていてくれていたことがわかっただけで、十分だと思った。だが、一夜明けてみると、心の中で、ぽっきりと折れてしまったものがあることに気づいている。
 お蝶はそっと溜息をつくと、竈(かま)の火を落とし、さっき洗い上げた洗濯物を抱えて、土間に降りた。
 すると戸が向こうから開いて、なだれこむ朝の光の中に、長身の男が立っていた。
「入っていいかね」
 と幸助が言った。ぎこちなく幸助は微笑していた。茫然と立っているお蝶の胸を押すようにして、土間に入ってきた。
「ゆうべは、話の途中で、お蝶が帰っちまったから」
 上がり框(がまち)(【筆者注】床などの端にわたす化粧横木)に腰をおろすと、幸助はそう言った。板敷に坐りこんで、お蝶はまだ茫然と男の顔を見ている。
「一晩、眠らないで考えたよ。そして俺は俺で、お蝶はお蝶だと思った。五年前と人間が変っちまったわけじゃない。そう思って、それを言いに来たんだ」
「・・・・・」
「俺はまだ、奉公が残っているし、正直言って、どうしたらいいかわからない。だがそういうことは、だんだんと考えることにしようじゃないか。とにかく二人はもう離れちゃいけないんだ」
「・・・・・」
「むろん、お蝶が承知ならだが」
「承知するだって?」
お蝶は呟いた。お蝶はむしろうつろな表情をしていた。
「でも、そんなことはできやしない」
「できるさ。二人とも少しばかり、大人の苦労を味わったということなんだ」
「少しじゃないわ」
 お蝶は幸助の目をのぞきこむようにした。それから、ちょっと待って、これを置いてくるから、と言って、洗濯物を抱え上げると台所に姿を消した。
 そのままお蝶は戻って来なかった。幸助が声をかけようとしたとき、お蝶が忍び泣く声がした。声は、やがてふり絞るような号泣に変った。
 狭い土間に、躍るように日の光が流れ込んでくるのを眺めながら、幸助は、ここに来たのは間違っていなかった、と思った。お蝶の悲痛な泣き声が、その証(あか)しだと思った。お蝶が泣く声は、真直(まっすぐ)幸助の胸の中に流れ込んでくる。幸助は自分も少し涙ぐみ、長い別れ別れの旅が、いま終ったのだ、と思った。

Photo【筆者注】〔上がり框(かまち)〕▼古来、日本の住居には地面と床との間に相当な段差があった。「家に上がる」とか「お上がり下さい」という言葉がその証左。「家は入る」のではなく「家に上がる」もの。即ち、一段高い処に上がる為に靴を脱ぎ、別世界に入っていく。〔上がり框〕には、この様な日本人の境界感覚が籠められている。

【後記】■ついに小生、藤沢周平作品を読み出した。彼の作品の魅力に惹かれるのはいいが、のめり込まない様に留意して行きたい。今日は、【2637の会】会報は、そそくさと片付けて・・、早く「蝉しぐれ」と「三屋清左衛門残日録」を読みたい。それでは、また・・。

(了)

2008年1月23日 (水)

【時習26回3-7の会 0150】~「〔時習26回『35周年旅行』ご意見ご要望を聞く会〕開催のお知らせ」「オリンピック大会を迎える北京の最近の様子」「24日:『モディリアーニ』命日」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0150】号をお送りします。

■さて今日は、まず掲題にある通り【時習26回】の同期生全員宛のお知らせです。と言っても、今回は豊橋周辺にお住まいの方で、2月23日(土)の夜、都合のつく方々へのお願いになりますが・・。 実は、八町小学校時代からの同窓生、旧【3-8】の長坂(山口)Y○子さんから「旧【3-6】の大谷A代さんから頼まれたので」と言うことで、次の様な依頼mailが来ました。

◆長坂Y○子です。今日 幹事の大谷さんよりメールを頂き、他に 26回生で連絡できる方に送信して下さいとの事。今泉君も 3の7の豊橋近郊に住む方に26回生の方に送信お願いします。

【筆者comment】▼と言うことで、大谷A代さんからのmailを皆さんにお伝え致します。

『◆時習館26回生の大谷A代です ~
◆寒い日が続きますが皆様お元気ですか。さて私たち26回生は来年卒業35周年を迎えます。名古屋メンバーが幹事となり昨年より記念旅行の企画をぼちぼち進めていますが、そろそろ地元仲間のご意見も伺おうということになり、来る2月23日(土)午後6時より「35周年旅行のご意見ご要望を聞く会」を開催することになりました。タイトルは堅苦しいですが、ま、早い話、気軽な飲み会でワイワイ盛り上がるのが目的ですのでご安心を。場所は豊橋駅前を予定しています。恐れ入りますが2月10日までに出欠のご返事メールを大谷axxxxxxne.jpまでお願いします。人数の把握ができ次第お店を決め、改めてご連絡します。皆様のご参加、心よりお待ちしています!』

【筆者comment】▼・・【2637の会】の皆さん、お解り頂けましたでしょうか。 2月23日(土)夕方から夜にかけてご都合のつく方は、是非ご参加頂きたく、上記大谷A代さんのmail-address宛に出席の旨のmailをお送り下さい。そして、ついでに小生にもその旨教えて頂ければ幸甚です。23日は、【2637の会】だけでなく、【26の会】で集いましょう。【2637の会】皆さんからの吉報をお待ちしています。m(_ _)m

■さて話変わって、小生、1月22日の夜、豊橋市内のホテルにて会合があり、中国人でA大教授のR氏による「オリンピック大会を迎える北京の最近の様子」の講演を30分程聴く機会がありましたので、ご報告致します。お隣りの国の話なので、強い実感はないかもしれませんが、『21世紀は中国の時代』と言われるほど、注目度が高い国であることも紛れもない事実です。R教授の説明からその概略をお伝えします。 では、どうぞ・・

PhotoPhoto_2 Photo_3 Photo_4 ▼今日、1月22日で『北京五輪』開催まであと199日となり、200日を切りました(添付写真ご参照:左から「カウントダウン時計台」「北京国家体育場」「北京国家水泳センター」「大会マスコット」)。今回で第29回を迎える夏季オリンピックです。夏季五輪のアジアでの開催は、1988年の韓国・ソウル大会以来、20年ぶり。
▼北京の人口は、戸籍がある確定人口で12百万人。それに、登録されていない地方や外国からの流入人口が540~550万人。合わせて1,750万人といわれる。
【聖火リレー】▼採火式は2008年3月25日、恒例のギリシア・オリンピアで行なわれ、3月31日に中国入りし、8月8日の開会式まで130カ国、130日間に亘り実施される。ヒマラヤのチョモランマ(エベレスト)山頂もコースに入っている。
▼競技種目数302。 玉石が嵌め込まれた303個のメダルが用意される。 スポンサー64社。 競技会場37ヵ所。
【入場料金】▼①開会式(2008.08.08. 20:00-23:59): 200~5000元 ②閉会式 2008.08.24.
20:00-23:59): 150-3000元
【社会現象あれこれ】▼空前の結婚ブーム : 2008年、結婚式場は全て予約満杯(中国では数字の『8』は目出度いとされるため)
▼キーワード『88888』 : ’08年8月8日午後8時8分 開会
▼地価上昇が顕著 : 北京市内で5,800元/㎡ → 11,000元/㎡へ
▼観光ブーム : 予想収入額48~49億ドル 『中国国内観光収入』 予想額1,390億ドル~1,490億ドル
▼五輪の営業収入予想額 : 30億ドル
▼「開会宣言」は、胡錦濤国家主席と決定されているが、「選手宣誓」「審判宣誓」「聖火最終ランナー」はまだ決定されていない。
【筆者comment】▼判ったことは、こんなところである。『北京五輪』の後の反動で、景気後退な深刻にならなければいいけれど・・

■続いては、1月23日はエドゥワール・マネ(1832.01.23-1883.04.30)の誕生日と、1月24日はアメデオ・モディリアー二(1884.07.12-1920.01.24)の命日である。が、今日はモディリアー二(Amadeo Modigliani)のことについて一言。
▼1884年ユダヤ系イタリア人としてイタリア・ リヴォルノ生まれのモディリアー二は、エコールド・パリ(=『パリ派』)の画家代表格。その波乱にみ満ち、悲劇的な36年の短い生涯はドラマティックであり、映画化もされている。
▼彼は1906年、パリへ移住。1915年頃より、それまでのアフリカ民族美術に影響された彫刻作品から絵画に転向。彼の絵画の代表作は1916年~1919年に集中。顔と首が細長く、瞳のない目が彼の絵画の特徴であることは有名。この時代、ユトリロや藤田嗣治と親交。
Modigliani Photo_5Photo_61919Photo_7 Photo_9 ▼1917年、妻となる画学生ジャンヌ・エビュテルヌと出会う。彼女は彼の絵のモデルを務め内妻となり、1918年には長女が生まれる。が、貧困と持病の肺結核に苦しみ、大量の飲酒等の不摂生が祟り、1920年死去。彼の二人目の子を身籠ったジャンヌは、彼の死の二日後、後を追い自殺した。この時妊娠9ヶ月だったという。二人はパリのペール・ラシェーズ墓地に一緒に眠っている。
▼そう言えば、今春2008年3月26日(水)~6月9日(月)に、東京、国立新美術館にて『モディリアーニ』展が開催される。都合が付けば観に行きたいものである。 モディリアーニの絵は、とくに女性の肖像画が不思議な魅力に溢れ、いつ見ても惹かれる傑作が多い、と思います・・。その作品群の一部をご高覧下さい。

(了)

2008年1月18日 (金)

【時習26回3-7の会 0149】~「大寒」「『三井記念美術館』&『ブリヂストン美術館』」「冬の季語『探梅』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0149】号をお送りします。

■さて、時節は移ろい、明々後日の1月21日は「大寒」である。1月6日「小寒」で「『寒』の入り」となり、2月4日の「立春」で暦の上での春となる。とは言え、ご当地豊橋では、2月11日に八町の神明社にて開催される『鬼祭り』が終わるまでは寒い。鬼祭りの頃の思い出としては、不思議と「鬼祭りには雪が舞った」ことを覚えている。今から40年ほどの遠い昔、小・中学校時代の記憶として・・。
▼地球温暖化が懸念される昨今ですが、流石にここ数日は寒い日が続きますね。我が家でも、満83歳の親父が風邪に罹り、38~9度Cの状態が数日続き、病院に付き添ったり、結構大変な数日間であった。風邪といっても如何せん高齢者のことである、突然、肺炎等が心配になる。小生の反省を踏まえ、親御さんがご健在の皆さんに提言します。「今、まさに極寒の時期。ご高齢であるご両親がに風邪を罹患されない様、気配りされることをお薦めします。」

0102_205▼話変わって、小生、先週央の16日(水)、仕事の関係で上京した。そして、仕事が片付いた昼下がり・・。まだ帰豊するには時間があったので、日本橋三越本店横の旧三井本社ビル7階にある「三井記念美術館」と、八重洲にある「ブリヂストン美術館」に行き、絵画等を鑑賞した。添付写真は、三井本社、三井住友銀行、三越の建物が林立する風景と三井本社ビル内の「三井記念美術館」案内、そして「ブリヂストン美術館」の建物看板である。小生、東京には3回に亘り通算8年住んだ(1983.11-'84.3, 1986.4-'91.3, 1995.5-'98.2)。しかし、両美術館とも前は何度か通ったが、入館したことは一度もなく、まさに「灯台、下暗し」でした。たまにしか訪れなくなると訪れてみたくなるのは性(さが)でしょうか。(笑)

0304▼まずは、「三井記念美術館」で開催中の「『国宝 雪松図と近世絵画』展(2007.12.23~2008.01.31開催)」である。同美術館には、三井家の家宝を中心に国宝が6点所蔵されており、今回はそのうちの一つ「国宝 雪松図屏風 円山應擧(江戸時代・(1733-95))」が展示されていた(添付写真ご参照)。
【解説】一面の雪の中に煌く光を照り返して屹立(きつりつ【筆者注】聳(そび)え立つ)する松の姿を、墨と金泥と紙の白色のみで感情豊かに描き出している。松は輪郭線を用いない付立(つけたて)と呼ばれる画法をもってし、右隻には直線的で力強い老松、左隻には曲線的で柔らかい若木を配している。写生画法に、伝統的な装飾画風と融合させた平明で清新な応挙様式の代表傑作である。
【筆者comment】▼三井家のお宝中心に所蔵された逸品の数々。江戸時代から明治・大正・昭和の大富豪三井家の財閥の資力の大きさと奥深い文化への関心の深さを感じ入った1時間であった。

▼次いで日本橋から踵を返して八重洲へ・・。今度は「ブリヂストン美術館」である。こちらは、『ブリヂストン美術館コレクション展』(2007.12.01~2008.01.27開催)である。leafletに記載されている様に「ブリヂストン美術館のコレクションの中から、モネ、ルノワール、セザンヌ、マティス、ピカソなどの西洋近代美術と、黒田清輝、藤島武二、安井曾太郎などの日本近代洋画を中心に、約180点の絵画と彫刻を紹介」と、まさに珠玉の傑作ばかりの展覧会。小生、展覧会場は、ブリヂストン美術館ビルの2階。彫刻のモニュメント群を見ながら、最初の企画展示室へ・・。
▼そこで小生、(著名画家と作品群の多さと質の高さに感動のあまり暫し放心状態となり)絶句した・・。レンブラントから始まり、あのバルビゾン派のミレー、コロー、そしてクールベ。印象派、ポスト印象派の部屋に入ると、マネ、モネ、セザンヌ、シスレー、ゴーガン、ゴッホ、ピサロ、ルオー、ルドン、モロー、デュフィ、アンリ・ルソー、ボナール、ピカソ、マティス、クレー、デ・キリコ、日本の西洋画家も、浅井忠、黒田清輝、藤島武二、青木繁、岸田劉生、安井曾太郎、岡田三郎助、佐伯祐三、etc.
【筆者comment】▼皆さんにご紹介する絵も、素晴らしい作品が余りに多く、ご紹介作品をchoiceするのに相当迷ってしまった。そこで、過日、湖東三山の紅葉をmailさせて頂いた時と同様、各写真の容量を大幅に落とし(要は、小さくして)、沢山添付することにした。それにしても、これだけの傑作群を収集したブリヂストン美術館創設者である石橋正二郎氏の眼力と財力は流石であり、その功績は多大である。見識ある立派な先人がいる日本も捨てたものじゃぁない!(笑)
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【後記】■今日の締め括りは、前号に引き続いて『梅の花』についてのこぼれ話を一つ・・。
▼中国は唐の時代、梅は名花とされ日本にも奈良時代に観賞用の花として伝来。梅は、わが国でも文化人に愛され、『万葉集』でも花見の宴の歌を中心として、桜よりずっと多く詠まれていた。
▼平安遷都後でも、宮中紫宸殿前の左右の花も、最初は「左近の『梅』、右近の橘」であったものが、「左近の『桜』、右近の橘」に変わった(【筆者注】仁明天皇(承和年間)834年~村上天皇時代963年の間に変わったことはほぼ間違いない。詳細を述べると長くなるので、このお話はまたいつか・・)。
▼古今和歌集(延喜5年(905年)成立)の頃には、桜が梅の2倍も歌われる様に。さらに300年後の新古今和歌集の頃では桜が梅の4倍も歌われている。(為念)
▼ところで、『梅』の話である。ご紹介するのは、『探梅(たんばい)』である。『探梅』を「冬の季語」にしたのは、松尾芭蕉である。

▼貞享四(1687)年の冬、芭蕉は尾張と三河をかなり足繁く動き回り、門下等と句会を催していた様である。11月4日鳴海・知足亭に到着。爾来、6、7、9日と知足亭で興行、そして伊良子崎(旧・渥美町保美)へ「鷹一つ見付けてうれしいらご崎」で有名な愛弟子杜国を訪ねに行く。そして、また16~20日に知足亭、それから24日に熱田の桐葉亭にて興行。26日、28日、12月1、3、4、9日も興行を続けた。そして、12月10日過ぎに名古屋の防川亭の興行の発句で次の様に詠んだ。

 香を探(さぐ)る 梅に藏見る 軒端(のきば)かな  芭蕉

【解説】これは挨拶の俳句。春に先立ってひらく梅の香をたずねて、そこに立派な土蔵のある家を見つけたというのである。富豪防川の、富者でありながら、風雅を失わない心を讃えた俳句。芭蕉が、『探梅』をここで初めて冬の季語として詠んだのである。「探る」という言葉には、まだめずらしい、早過ぎるものを「探す」という意味があり、「冬の季語」とした訳である。

 探梅や 枝の先なる 梅の花   高橋素十

【解説】寒気の中、日の光も僅かに明るさを増し、微かな春の気配を感じ取ったかの様な梅の花(寒梅=『探梅』)が、枝の先にポツリと咲いている。
前号でご紹介した豊橋「向山梅林公園」の紅梅・白梅をまさに思い浮かべられよう(【0148】号の添付写真ご参照)。服部嵐雪の「梅一輪 一りんほどの あたゝかさ」とはまた趣きを異にしたいい句である。

では、また・・。(了)

2008年1月13日 (日)

【時習26回3-7の会 0148】~「『東三河5市長・2郡町村会長を囲む新春懇談会』の新聞報道あれこれ」「『不老革命』~アンチ・エイジングの衝撃」「1月12日:NIKKEIプラス1『若く見える条件は?』」「冨安昌也先生著『続・草木虫魚』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0148】号をお送りします。

■さて、早いもので、2008年も明日で二週間が経とうとしています。我が家の庭にある梅の樹も蕾を大きく膨らませ、開花ももうすぐそこと言った感じです。春が近づくことは、なんとなく華やいだ嬉しい気分にしてくれるのですが、早春の訪れの原因が地球温暖化によるものであるとすると、素直には喜べませんね。

1_22_23_2420081131607_2▼昨年、早春にご紹介させて頂いた向山の梅林公園に今日午後から行って来ました。そして、梅の開花状況を見て参りました。ここで、梅にちなんだ俳句を二句ご紹介します。現在の向山梅林公園は、2句目の服部嵐雪の俳句そのものでした。今日は生憎、天気は良かったですが冬本来の寒い一日でしたが、一昨日、昨日などは、まさに「梅一輪 一りんほどの あたゝかさ」の風情ある日々でした・・。
 春もやゝ けしきとゝのふ 月と梅  (『菰獅子集』(元禄六年(1693))) 芭蕉(1644-1694)
 【意】空の月が朧にうるみ、地にある梅も蕾がほころんで、今年も漸く春の気配が整って、如何にもそれらしくなってきたよ。
 梅一輪 一りんほどの あたゝかさ   (『庭の巻』) 嵐雪(1654-1707)
 【意】梅の花が一輪咲いた。そこには、たしかに一輪分の暖かさが感じられる。
 【解説】本名、服部治助。江戸湯島生まれ。芭蕉十哲の一人で其角と共に江戸蕉門の双璧。温厚篤実な性格で、人情の機微をうがつ平明、洒脱な作品が多い。この俳句は、たたみかける語調が心地良い。人口に膾炙する名句である。季語は、梅一輪(寒梅)(冬)
080110▼さて、今日の【2637の会】会報は、先週央の1月9日午後3時から、豊橋グランドホテルで開催された『東三河5市長・2郡町村会長を囲む新春懇談会』に小生参加して来ましたので、その模様の概略をご報告致します。翌朝、東愛知、東日の、地元2紙はじめ、中日、朝日、毎日、日本経済、中部経済などの各新聞は、一斉に記事として取り上げました。地元東三河にお住まいの方々は、これ等の記事をお読みになって、既にご存知の方も多いと思いますが、故郷から遠く離れてお住まいの方々は、ご存知なかろうかと思います。
▼そこで、敢えて、『ふるさと東三河の近況』を皆さんにお示しすることもたまには意義あるのではと思い、これ等の新聞報道を其の儘ご紹介させて頂くことにしました。少々硬い話ですが暫しの時間、お付合い下さい。新聞により、表現方法も違い、読み比べも面白いですね。因みに、いずれも開催翌日10日の朝刊での報道です。

【朝日】道路網・ダムの整備必要確認 東三河7首長懇談会
▼東三河5市長と北設楽郡と宝飯郡を代表する2町長が意見交換する恒例の「新春懇談会」が9日、豊橋市内であった。各首長は、道路網や設楽ダムなどの基盤整備の必要性を確認し、広域連携や市町村合併について持論を述べた。
▼鈴木克幸・田原市長は、国や県に道路整備などの地域の実情が知られていないと指摘。「東三河が一体となって(要望を)アピールする必要がる」と述べた。
▼山間部を抱える首長からは財政の厳しさを訴える声が相次いだ。穂積亮次・新城市長は、流域共栄圏として都市部と山間部は一体と強調。東三河地方の大合併に期待した。
▼早川勝・豊橋市長は、宝飯郡2町と豊川市とが15日に合併することを受け、「東三河の合併の第一段階は終わった」と述べた。第二段階として、豊橋市主導ではなく、東三河地方全体で足並みをそろえる必要があるとの考えを示した。

【毎日】「一体感深め自立を」 東三河5市長ら意見交換 新春懇談会
▼東三河地方の5市長と2郡町村会長を囲み、地域の市町村合併や広域連携などについて意見を語る「新春懇談会」(東三河懇話会主催)が9日、豊橋市内のホテルで開催された。財界人や議員など関係者250人が聴き入った。
▼最初に懇談会を主催した神野信郎会長が「東三河流域での自立は農林業や漁業、医療、防災などの共生が緊密になり連携と一体感を深めないといけない。中核市豊橋市を中心に東三河地域の自立的な姿が見えてくる年と期待している」などと挨拶した。
▽道路や公共交通などのインフラ▽東三河広域連携への期待など三つのテーマに絞って意見を交換した。
▼道路整備では、南北を走る道路が多い新城市について、穂積亮次同市長が「第2東名が開通すると東西にも道が開け、奥三河に大きな変化をもたらすだろう。雇用確保にもつながっていくと期待している」と述べた。蒲郡市の金原久雄市長は「幹線道路事業で国道23号蒲郡バイパスなどの早期完成を目指し事業を進めている。開通すれば渋滞は解消され、他市町村との交流も進展する」と期待した。
▼広域連携では、豊橋市の早川勝市長が地域医療問題や合併問題など連携の強化を深めることでさらに進展し、重要性を増してくる」と話した。

【中日】「設楽ダム、三河湾浄化、合併・・」 広域的課題テーマに 東三河の首長ら意見交換 豊橋
◇東三河の五市の市長と二郡の町村会長による新春懇談会が九日、豊橋市内のホテルであり、地域の広域的な課題について意見交換した。主催した東三河懇話会の神野信郎会長は「東三河地域のために将来戦略を明確にする年だ」とあいさつ。市長らはインフラ整備などの課題について考えを述べ合った。
▼設楽ダム建設に関して北設楽郡町村会長の加藤和年設楽町長が「下流域の負担について調整する時期に入った」と呼び掛け、下流部の早川勝豊橋市長が「スムーズなダム完成のため、できる限り協力したい」と応えた。
▼鈴木克幸田原市長は幹線道路網の整備について「官民一体となった国への働き掛けが効果的。地域の可能性をどうアピールしていくかが課題」と述べた。金原久雄蒲郡市長は三河湾の浄化を取り上げ「三河湾は確実にきれいになっている。流域の自治体が一体となって取り組めば豊かな海を取り戻せる」と連携の効果を強調した。
▼昨年も話題に上った「東三河市構想について穂積亮次新城市長が豊橋市民がどういう選択をするか示す時期」と迫る早川市長は「私は常々、合併は二段階と言っている音羽と御津の合併で一段階が終わった」。合併論議が新たな段階に入ったとの認識を示したただ、これまで通り合併までのスケジュールについては触れなかった

【日本経済】市町村合併するなら 豊橋市長「東三河全域で」
▼愛知県豊橋市の早川市長は九日、同市が市町村合併に踏み切る場合、愛知県東部の東三河地域にある全市町村に同時に提案したい」と述べ、東三河が一つの市にまとまる将来像を模索していることを明らかにした。同地域の全市長と町村の代表が参加した公開討論会で明言した。道州制の議論が進む中政令指定都市に相当する規模にして存在感を高めることを検討しているとみられる
▼早川市長が合併の可能性を模索しているのは豊川、田原、蒲郡、新城各市と東栄町、豊根村など十市町村。人口の合計は約八十万人に達する。同市長はさらに「東三河以外にもあり得る」と、東に隣接する静岡県湖西市も視野に入れていることを示唆した。
▼豊川市の山脇実市長はこの日の討論会で医療問題に関し「広域連携しないと厳しい状況になる」と訴えた。
新城市の穂積亮次市長が豊橋市民が合併について意思表示しないと議論が進まないと促したのに対し、蒲郡市の金原久雄市長は自立をめざす」と慎重姿勢にとどまった。

【中部経済】豊橋市は意思表示を 新城市長「合併」で言及 新春懇談会で
▼【豊橋】豊橋市や豊川市など東三河の首長七人を囲む「新春懇談会」が九日、豊橋グランドホテルで開催され、各首長が新年度の重点施策や抱負などを語った。この中で穂積亮次新城市長は平成の大合併で苦楽を共にしていないのは豊橋だけ豊橋市民はどういう選択をするか示す時期だと思う」と語り、早川勝豊橋市長に合併を含めた東三河の将来像を示すよう求めた
▼穂積市長は、東三河の自治体が合併することの是非などを議論する必要があると強調。「東三河の(豊川の)流域で連携が必要ないとか、別の連携をするとかどんなものでもいいが、豊橋が意思表示しない限り一歩も進まない。東三河の明日がかかっている」と語り、会場からひときわ大きな拍手が起こった。
▼昨年、中三河構想について触れた金原久雄蒲郡市長も東三河市の話が出てくるなら東三河に入れていただかないといけないかなと援護射撃した。
▼これに対して早川市長は、合併の第一段階は終わったとして「(今後合併を)やるときは(東三河)全部」と述べたが、合併論議を具体的に進める考えは明確にしなかった

【筆者注】▼地元紙はいずれも第一面(東日は1~3面通し)で、各主著の顔写真をデカデカと掲載して熱く報道している。しかし、【会報】の紙面(容量)の都合からその抜粋のご紹介に留まることをお赦し下さい。

【東愛知】「広域連携へ一歩踏み込む」〔7首長が意見交換〕 http://www.higashiaichi.co.jp/today_news/080110t/08011001.htm
◆「東三河5市長・2郡町村会長を囲む新春懇談会」(東三河懇話会)が9日、豊橋グランドホテルで産学官の関係者約250人が出席して開かれた。①わが市・町と東三河広域連携②インフラ整備とその活用のための広域連携③三遠南信地域連携ビジョン、道州制を展望し、東三河広域連携への期待~をテーマに、豊川、田原市の新市長を含む首長がパネルディスカッション。道路や三河港、設楽ダムなど一層の広域連携での取り組みが必要との認識を高め蒲郡市長は昨年は東西両三河を向いていたが東三河に決めた」。新城市長の「豊橋は合併の考えをもっと明確に」の指摘に、豊橋市長が第二段階の合併は東三河全部と湖西市」と答えるなど、一歩踏み込んだ発言も飛び出した。

【東日】豊橋市長”山”越えた~東三河構想~火の如く「やる時は一気」~中三河捨て蒲郡も参画明言
◆東三河の5市長と2郡町村会長を囲んだ恒例の「新春懇談会」(東三河懇話会主催)が9日、豊橋グランドホテルで開かれた。設楽ダム建設や豊川、御津、音羽合併、三河港および道路建設・整備、三遠南信地域連携ビジョン策定などを踏まえ、改めて「東三河市」合併、広域連携について考えた。北設楽郡や新城市の上流市町村がテンションを上げて促進を求めたのに対し、”動かざること山の如し”だった豊橋市の早川勝市長が豊橋が動く時は合併する時だ。一気にやる」と一歩踏み込んだ認識を示した。蒲郡市も中三河構想を捨て、東三河合併に参画する意思表示を行った。
〔三上元・湖西市長〕湖西市は旧吉田藩
▼隣の県にもかかわらず、一声かけてくれて感謝する。湖西市は江戸時代には吉田藩に属していた。道州制による東海州ができて、その州都を置く時に、浜松でも豊橋でも角が立つ。中を取って湖西市に置くことになった。そんな初夢を見た思い。

【筆者comment】▼今年秋には、豊橋市長選挙が行われる。「東三河市」構想は・・? 旧吉田藩であった静岡県湖西市と新居町の動向は・・??
▼東三河全部と湖西市が合併すると、人口は80万人弱となり、政令指定都市浜松市とほぼ肩を並べる。豊橋市民にとってこの大合併は、経済的損得勘定だけで見れば、資金の分配による流出が多くなるだけでメリットはなきに等しい。ただ、豊川の上下流域の運命共同体と位置づけるべきとの考えはもっともなことであるし、また「東三河市」としてスケールメリットを得て早く纏まった方が、国・県に対する発言力も強くなり、道州制への移行に際しても然りである、と思う。皆さんはどうお考えですか・・?
■続いては、文藝春秋2008年2月号に「「『不老革命』~アンチ・エイジングの衝撃」(「寿命100歳社会」を知の巨人たちが論じ尽くす)」が掲載されています。大変面白い対談ですので、その一部をご紹介します。
1.「寿命100歳社会」がやってくる ・・性ホルモンは長生きの指標・・
白澤:
ぼくは最近、こう提唱しています。40過ぎてからのクラス会で自分が老けて見えたら、もう親の責任にはできませんよ、と。人の寿命を規定しているのは遺伝要因25%、環境要因75%なんです。つまり、若々しく長生きするためには、親から譲り受けた遺伝要因よりも、中高年期にどのような環境で生きているかの方が重要なんです。(中略)東京に住む40代男性を対象にした調査で、たしかにストレスフルな生活をしている人は性ホルモンが低いというデータはあります。
大内:(前略)性ホルモン(中略)すべての活力の源ですから。性ホルモンが不足すると、やる気がなくなり、うつ傾向が出てきて、結果として筋肉まで衰えてきます。いわゆる更年期障害です。 ・・日本人はなぜ長寿なのか・・
立花:平均寿命100歳社会の到来は、もう視野に入っているんですよね。
大内:理論上は、がんと脳卒中と心臓病、この死亡率トップ3をすべて克服すると100歳になると言われています。
2.若さと健康を保つ生活とは
立花:先ほどDHEA(【筆者注】DHEAとは、体の中(副腎)で作られる人間の免疫機能には欠かせない重要なホルモン。20才をピークに年々低下し、人体の老化の度合いと密接に関係があるとされる)値を上げるためには、日野原先生の様にカロリー制限をした方が良いという話がありました。長寿を実現する生活習慣というのは他にもあるんですか。
白澤:色々あります。最も大事なのが食生活、適度な運動、ストレスの無い生活の三つです。
大内:高齢の方三ヶ月間ジムで軽く運動をしていただくと、DHEA、成長ホルモン、女性ホルモン、男性ホルモンすべてアップすることが私達の研究でわかっています。(中略)追跡調査をしているんですが、一日平均1万歩以上歩く人メタボ患者ほとんどいなかったですね。(以下略)
Nikkei■さらに続いては、「1月12日:NIKKEIプラス1『若く見える条件は?』」(添付写真ご参照)をご紹介します。ベスト10(10位が2つあるので全部で11)を全てお示しすると・・
1位:肌に張りがある( 女性の4割強、男性も各年代で約3割が選んだ。) 
2位:フットワークがいい( 男女とも3人に1人が支持。)
3位:新しいことに挑戦できる( 年代が上がるほど選ぶ人の割合が高い。)
4位:表情が生き生きとしている( 充実した気持ちの張りが表情に現れる。「見ているだけで清々しい気持ちになる」 )
5位:好奇心が旺盛( 各年代で男性に比べ女性が多く選んだ。「好奇心がなくなれば老け込むだけ」(39歳女性)の声も )
6位:話し声や笑い声が元気( 20-30代の女性の約3割が選んだ。「元気に話して、笑うと、気持ちも明るくなる」 )
7位:目標や夢がある( 日々の生活の原動力になる。「88歳の父は生涯現役。今も新技術の開発に余念がない」 )
8位:歩き方が軽やか( 老化は足元から。「歩くスピードが遅く、背中が曲がっていると年寄りに見えるから注意」 )
9位:体形がスリム( 加齢とともに肉体は重力に逆らえず。「体重は変わらなくても、体の線は変わりやすいもの」 )
10位:自分流にオシャレを楽しむ( 服装に流行をワンポイント採り入れる人が多い。「自分流のオシャレは自己表現の一つ」 )
10位:異性への関心を失わない( 女性より男性で選ぶ人が多い。「100歳の知人曰く。色気と食い気が若さの秘訣」 )
▼肌の張りを保つには日々のスキンケアが必要だが、それがすべてではない。「バランスの取れた食事や十分な睡眠など、健康に暮らすため当たり前のことをきっちり続けることが大切」。
▼上位の項目を見ると、人が若さを判断する条件は外見、内面、行動の三つに大別できる。(中略)「誰もが老いを避けることはできない。だがその表れ方には個人差があり、日々の心掛けが大きくものをいいます」
【筆者comment】▼小生も、『若く見える条件は?』については、大変強い関心を持って対処しています。加齢とともに、肌にシミが多く出る様になり、少々悩んでいます。そこで、1ヶ月ほど前から朝晩、廉価ですがニベアクリームを塗りマッサージをする様になりました。その効果の方は、まだですが・・。(笑) 
▼いずれにしても、若さを維持して行くためには、「『若く見える条件』ベスト10」は納得できるものなので、全項目実践する様に頑張りたいと思います。(笑)

187【後記】■今日の締め括りは、「冨安昌也先生著『続・草木虫魚』」をご紹介します。冨安先生は、大正7年11月7日生まれ。現在満89歳になられるが矍鑠とされ大変お元気である。先生は昭和22年旧制豊橋中学(現・時習館高校)の美術科教師として(我々がお世話になった朝倉先生の前の時代)永らく教鞭を執られた。
▼ご縁あって、先生は、小生が今勤めている会社が事務局を務めている工業団地「自治会」の審査委員として長年に亘り大所高所からご教授頂いている。添付写真は、先生から頂戴した著書である。そして、その中に、昭和25~26年「豊橋文化」誌上に毎号掲載された冨安昌也画『豊橋風景画集』があり、その一頁目に、丸山薫の詩とともに『石巻山遠望』のスケッチが掲載されている。そこで、その「丸山薫の詩『ポケットの街』」をご紹介したい。
   ポケットの街    丸山薫
 ぼくの両腕の中に在る街
 掌のひらの上にのっかる街
 気軽く丸めて
 ポケットにはいる街
 放浪のくらしの半ば
 永い旅さきで
 ふと さぐるその底に
 タバコの空箱といっしょに
 時折 指にふれる街

 思い出の街
 思い出の空
 ― 山と川
【筆者comment】▼気軽く丸めてポケットにはいる街・・タバコの空箱といっしょに時折指にふれる街。そんな街だが、懐かしく思い出される街。思い出として脳裏に確りと記憶されている、空と山と川。懐かしいわが街「豊橋」。 軽妙で心地よい余韻が残る、感じのいい詩ですね・・。
12▼もう一つの添付写真『立春』は、母校『時習館高校』の正面玄関前にある山茶花の樹です。この絵は、今、地元大手ガス会社にあります。では、また・・。(了)

2008年1月 8日 (火)

【時習26回3-7の会 0147】~「【2637の会】の皆さんからの年賀状〔その3〕」「俳人『飯田龍太』の代表作」「坂東眞理子『品格のある親子関係が、老後を幸せにしてくれます』より」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0147】号をお送りします。最近の会報の配信頻度が多目ですが、お赦し下さい。

2637blog■さて、副題の【2637の会】の皆さんからの年賀状〔その3〕の件です。添付写真をご覧下さい。今日までに、さらに内山君と小久保君から年賀状を頂戴しました。ありがとう。これで、24名25枚の年賀状を頂戴しました。中山君のmailを含めると、実に25名26枚の年賀状&e-mailを頂戴したことになります。【時習26回3-7の会】の皆さんの律儀さには頭が下がります。(と言って、賀状をくれない方々がどうのこうのということではありませんので、くれぐれも誤解されませぬ様に・・。(笑))

Photo■続いては、この一月の季節をイメージして著名俳人の俳句を紐解くと、飯田蛇笏の息子、飯田龍太の作品が二つほど浮ぶ。

 一月の川
 一月の
 谷の中


【解釈】▼全景山国の雪景色。一本の川が続いている。淡墨で画いた川が谷をなぞっている。ほかには何の色もない―極寒の清冽な静寂。一という言葉を重ねて何も言わない。モノトーンの世界が果てしなく広がる。(金子兜太監修「日本の名俳句100選」)
▼年が改まるとともに万物が新しくなる「一月」。厳しい寒気の中。人影もなく、太古さながらの大自然に戻った様な谷間を一本の急流が貫く。「一月」の語句の反復によって、新しい年の焦点を谷川に絞り、含蓄豊かな初景色を浮かび上がらせた。昭和44年作、句集『春の道』所収。(鷹羽狩行『鷹羽狩行の名句案内』)

 大寒の一戸もかくれなき故郷

【解釈】▼「大寒(だいかん)」は立春前の15日間を言うが、最も寒度の厳しい時期である。その寒さにめげずに「一戸もかくれなき故郷」がある。小高い場所から見下ろしているのだろうか。この「故郷」こそわが故郷、と作者は誇らしく宣言している。誰しもがそうはいくまいが、故郷はかくありたいものだし、かくあって欲しいものだ。故郷の人々との交流の深さや故郷を慈しむ真情がかくも堂々とした一句になった。(宗内数雄『こころを詠んだ「昭和の名句」』)
▼「大寒」は一月二十日頃にあたり、一年でも最も寒さが厳しい季節です。野山の草木は悉く枯れ、辺りは寒風を遮るものもありません。故郷の集落は、ひたすら寒さに耐え、夫々の暮らしを守っています。作者もその中の一戸にあって、地に根を下ろした暮らしをしているのでしょう。寒さが極まる中で、澄み切ったものを感じさせます。この句を声を出して読んでみると、「ダイカンノ イッコモカクレナキコキョウ」という、きびきびとした調べの快さを感じる筈です。カ行音が七つもあることで、軋む様な緊張感も伝わってきます。中七から下五にかけての「イッコモカクレ ナキコキョウ」という句またがりは、一句の堂々とした風姿を際立たせています。内容と調べが一致した作品として、一分の隙もありません。俳句の格調ということを改めて感じさせます。(鷹羽狩行『諳(そら)んじたい俳句88』)(昭和29年一月作『童眸』所収)

【筆者comment】▼飯田龍太について、榎本一郎は『新・俳人名言集』で次の様に紹介している。

▼龍太は、現代俳壇の最高峰で活躍した俳人の一人。父蛇笏の没後、「雲母」の主宰を継承した。故郷山梨県東八代郡境川村(現・笛吹市)にあって、言語に対する鋭敏な感覚を武器として、透明度の高い句を作り続けた。平成19年没。86歳。<大寒の一戸もかくれなき故郷><一月の川一月の谷の中>が代表句。
【表現としての俳句の面白さ『俳句の本Ⅱ』】
▼俳句の感銘というものは、きわめて直感的なもの。一読に響き、六腑にしみわたって間髪を入れないものであり、くどくど説明することによって成程と合点する様な作品は、所詮二流品である。(飯田龍太)
【筆者comment】▼成程、飯田龍太自身の言う通りである、と思う。

【後記】■今日の締め括りは、PHP「ほんとうの時代」(2008年1月号)から、坂東眞理子「品格のある親子関係が、老後を幸せにしてくれます」よりです・・。

▼(前略)曹洞宗のお経のひとつに『修証義』というものがあり、その中に愛語という教えがあります。私はそこで説かれている、愛されるより愛するほうが人生を豊にするという教えがとても大切だと考えます。子供や孫を愛するとか、かつての部下を愛するとか、そういう愛情というものは人生を豊かにしてくれます。(以下略)
【筆者comment】▼『修証義』の【愛語】についてです。・・・不安な時、困っていることを安心して相談できる家庭や、学校や、友人や、行政などが成り立つ社会の基本が【愛語】です。

▼愛語というは、衆生を見るに、先ず慈愛の心を発(おこ)し、顧愛の言語(ごんご)を施すなり。慈念衆生猶如赤子(じねんしゅじょうゆうにょしゃくし)の懐(おも)いを貯えて言語するは愛語なり、徳あるは讃(ほ)むべし、徳なきは憐れむべし、怨敵を降伏(ごうぶく)し、君子を和睦ならしむること愛語を根本(こんぽん)とするなり、面(むか)いて愛語を聞くは面(おもて)を喜ばしめ、心を楽しくす、面(むか)わずして愛語を聞くは肝に銘じ魂に銘ず、愛語能(よ)く廻天の力あることを学(がく)すべきなり。

【訳】▼慈愛の言葉は、人々を見る時真っ先に優しさの心を働かせて顧みる様な、愛の言葉を差し上げるのです。慈しみの心で人を見るとは、赤ちゃんを見る様な気持ちで言葉を使うことで、愛語です。人としての善き徳のある人は讃えるべきです。徳の薄い人には哀れみの心で接して行きたいものです。憎い敵を説き伏せ、権力者同士を和解させて争いを回避させるのも、慈愛の言葉が根本なのです。面と向かって真心や愛のある言葉を聞くと、人は喜びが顔に表れ、心を楽しくして下さるものです。陰で真心のある言葉を人伝(ひとづて)に聞くと、肝に銘じて感動するものです。愛語こそ、帝王の意思や天帝の意思をも変える力があることを知らなければなりません。

では、また・・。(了)

2008年1月 6日 (日)

【時習26回3-7の会 0146】~「時節は『小寒』・・」「【2637の会】の皆さんからの賀状紹介〔その2〕」「青春の歌から・荒井由実『やさしさに包まれたなら』」「西行『さびしさにたへたる人の・・』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日は、2008年に入り2回目の【2637の会】会報【0146】号をお送りします。

▼1月4日(金)11時~12時、場所は地元の商工会議所ビル内。会議所主催の『年賀会』が催され、地元産・学・官の代表者たちが参集しました。小生も、社長に随行して参加したところ、伊東君に会いました。重責ご苦労様です。また同じ場所で、旧【3-9】の福井君にも会いました。みんな地元で活躍しているのですね・・。ご活躍を期待致します。今年も慌しい新年がスタートしました。

■それでは、会報【0146】号の最初の副題「時節は『小寒(しょうかん)』・・」です。いよいよ寒さはこれからが本番です。二十四節気は、「小寒」→「大寒」→「立春」へと続きます。「冬至」が終わり、寒風が止んだ晴れた昼下がり・・。窓から明るい外を眺めると、何処となく明るい『春の兆し』を垣間見ることができると思うのは小生の早とちりでしょうか・・。
▼そうは言っても、一年中で極寒の時節です。皆さん、ゆめゆめ油断してお風邪など召しませぬ様に。御用心、ご用心・・。

2637membersblog■さて、続いては、今日の会報の副題にあります様に、【2637の会】の皆さんからの賀状紹介〔その2〕をご報告します。1月4~5日にかけて、延べ13枚の年賀状が小生の手許に届きました。石田(義)君、伊東君、金子(哲)君、河合君、下浦(原田)さん、白井君、鈴木(雄)君、田中君、内藤君、林(恭)さん、峯田君、山中(高木)さん、渡辺さん(以上五十音順)からです。河合君からは小生の年賀状の返事の分を含め二回賀状を頂きました。
▼それでは、これ等13通の年賀状の中から、前号同様、直筆の賀状の方々を・・、今回は9名の賀状をご紹介致します。

【河合君】▼明けましておめでとうございます。空港勤務ですので土曜は、休めないかもしれません。

【筆者comment】▼河合君、賀状をありがとう。貴君からは、この返事の分を含め今年二回も年賀状を頂戴しました。恐縮です。8月16日はお仕事柄、『書入れ時』でしょうから、お休みが取れないかもしれませんね。また改めて、4月頃同窓会の案内を出状しますから、じっくり検討して下さい。8月16日当日だけでも休日が取れればいいのですけどね。同窓会では、貴君の出席をみんな待っていますから・・。宜しく・・。(・・といっても、このmailは河合君に届いていないのですねぇ。(涙))

【下浦(原田)さん】▼今泉君は○○○! 毎度毎度の話題の豊富さには脱帽です。読んでますよ。しっかり勉強させていただいてます。

【筆者comment】▼筆者の特権で、下浦さんの言葉の一部を○○○で割愛させて頂きました(←恥ずかしいので・・)。下浦さん、ゴメンなさい。
▼8月16日の同窓会には、今年こそ是非出席して下さい。昨年の夏季休暇獲得バトルでは大変残念でしたね。今年のバトルでは、賄賂・脅迫・泣き落とし・・etc、調略・策略を以っ(=どんな手段を講じ)てでも勝利を収めて【2637の会】同窓会に参加して下さいネッ。ご希望とあらば、当地豊橋から、加持祈祷でも、願掛けでも、お祈りでも、呪いでも!!・・何でもして差し上げます。(笑) 何なりとご相談下さい。(←「そんなに暇か、今泉は・・?」と言われていまいそう・・) それから、いつも【2637の会】会報を読んで下さって頂いているとのこと、大変光栄です。ありがとう。万年幹事もその言葉に心から救われた気が致します。引き続き【2637の会】を応援してください。(^o^)/

【白井君】▼株価は日本の未来を暗示する。賢いネズミは沈む船を見限って自前の船で悠然と海を渡る。

【筆者comment】▼白井君へ、昨年8月の同窓会での再会懐かしかったです。今年も同窓会には是非ご参加下さい。それにしても、貴君のこのcommentは考えさせられますねぇ・・。『明るくない日本・・』。昨年暮の大納会・今年初めの大発会、いずれも株価下落・・。日本はこの先どうなっていまうのでしょう・・??? 貴君の寓話的な、それとも占い師的な示唆は、重く受け止めるべきなのでしょうか・・。(笑) そうなると、われ等『迷える子羊』たちは、これからどうすれば良いのでしょうか。白井君、是非われ等を明るい未来へとお導き下さい。 そして、この続きをまたmailで教えて下さい。お待ちしています。(笑)

【鈴木(雄)君】▼お年賀ありがとう  皆さんの楽しそうな姿、拝見いたしました。

【筆者comment】▼・・楽しそうでしょう?! ホントに楽しかったですよ~! 雄次君へ、お返事ありがとう。昨年の夏の「讃岐うどん」のお味は如何でしたか? 今年8月16日の同窓会には是非参加して下さいね。何十年ぶりかの再会を心よりお待ちしています。 m(_ _)m

【内藤君】▼単身赴任で名古屋に帰る機会も少なく、ご無礼しています。機会があれば出席したいものです。

【筆者comment】▼内藤君へ、単身赴任ご苦労様です。小生も通算4年程、単身生活の経験がありますので、心中お察し申し上げます。とは言え、今年の8月16日(土)は、思い切って【2637の会】同窓会に参加して下さい。『案ずるより産むが易し』ですよ。(←と言っても、内藤君もこのmailは届かないんですねぇ・・(残念)(涙))

【林(恭)さん】▼本年もどうぞよろしくお願いします。

【筆者comment】▼ハイ、林さん。昨年の同窓会に出席下さってありがとうございました。今年も【2637の会】同窓会でお待ちしています。是非ご参加下さい。(←林さんも、このmailは届かないのですよね・・(涙))

【峯田君】▼クラス会楽しみにしています。ゆっくりと長く続くように、力を抜いて頑張りましょう。

【筆者comment】▼はい、峯田君。適切なアドバイスありがとう。本当にこの【2637の会】を息の長い会として続けて参りたいと思います。これからもいろいろと教えて下さい。そう言えば、そろそろ一月もすればスギ花粉等による花粉症の季節ですね。2007年4月8日付【2637の会 0085】号にて、貴君がアドバイスして下さった第二世代の抗ヒスタミン剤とステロイド点鼻を検討して行きたいと思います。罹患の際には、またご相談させて頂きますので、宜しく!8月16日の同窓会での再会を小生も楽しみにしています。

【山中(高木)さん】▼旧年中はいろいろお世話になり、どうもありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。

【筆者comment】▼昨年の同窓会では、ほとんどのsnap-shotが目を瞑られたものしか撮れず、camera担当も兼務している小生、ずっと申し訳なく思っております。山中さん、今年は確り目を開かれたsnap-shotを撮りたいと思いますので、8月16日の同窓会には是非ご参加下さい。お待ちしています。(笑)

【渡辺S○子さん】▼いつも楽しいメールありがとうございます。息子が結婚し、4月にはおばあちゃんになります。歳を実感させられるのが「人間ドック」の結果。継続治療中2ヶ所、経過観察中2ヶ所、病院通いも大変です。

【筆者comment】▼いつも【2637の会】会報の応援をありがとうございます。そうですかぁ、渡辺さんも4月におばあちゃん・・。おめでとうございます。小生たちも、孫をもつ世代に漸次突入して行くんですねぇ。でも小生、内心まだおじいちゃんにはなりたくないですよ・・。(暫し、沈黙)・・(長嘆息)(笑) 渡辺さん、お体はお大事にね。お互い決して老け込む歳ではありませんが、20代の若き肉体は持っていませんので。それから、8月16日の同窓会には帰省ラッシュで大変でしょうが、今年も是非ご参加下さい。再会を楽しみにしています。  m(_ _)m

【筆者comment】▼今年の年賀状で、大変嬉しいのは、①女性の5名の皆さんから年賀状を頂戴できたこと、②河合君と内藤君から初めて年賀状を頂戴できたこと、③そして今日現在で、小生を除く44名のclassmatesのうち22名(事前にmailを下さった中山君を含めると23名も!)の皆さんから賀状を頂戴できたこと、本当に【2637の会】の皆さん、ありがとう!!! 万年幹事冥利につきます。 ただただ感謝です。 m(_ _)m (歓喜!) (^o^)/

■続いては、小生、今年8月16日の同窓会に向けて、お約束の「青春のうた Part3」を現在構想中ですが、その中の候補曲の一つをご紹介します。それは、荒井由実・作詞/作曲/唄の『やさしさに包まれたなら』です。
▼1975年に「ルージュの伝言」で大ブレークする前年に、荒井由実の3rdシングルとして発表された作品。はじめ不二家のキャンディ「ソフトエクレア」のCM曲として書き下ろされたという。1989年に宮崎駿アニメ『魔女の宅急便』のエンディングに使用されてさらに有名になった。では、どうぞ・・

小さい頃は神様がいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持ちで目覚めた朝は
おとなになっても 奇跡はおこるよ
カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ


(以下略)


【後記】■今日の締め括りは、「冬」をthemeにした、久し振りに『西行』の歌をお届けします。

 さびしさに たへたる人の またもあれな

                       庵ならべん 冬の山里   西行


【訳】この閑居の寂しさに堪えている人が他にもあって欲しいものだ。そうしたらこの冬の寂しい山里に庵を並べて住もうものを。

【解説】(1)人の世の寂しさに耐え、閑居独居を愛する身ながら、なお究極のところで「さびしさにたへたる人」を求める心。さびしさを間接的であれ、人と分かち合いたいという気持ちである。~『山家集』(新潮日本古典集成)~
(2)どんな人と友達になりたい? にぎやかな人、話の面白い人? 西行の答えは一人ぼっちの寂しさをよくわかっている人だった。自分と同じように。なぜなら、そんな人こそ、たった一人の友達の大切さがよくわかっている人だから。~『四季のうた』(長谷川櫂(中公新書))~
(3)桜の花を友としたのと同じ心で、西行は、ひとり居の寂しさを愛した。吉野山へ入った後の歌は、一段と風格を高めたようであるが、それは自分自身を深く見つめる暇と余裕を持ったからであろう。人間は孤独に徹した時、はじめて物が見えて来る。人を愛することができる、誰がいったか忘れてしまったが、それはほんとうのことだと思う。~『西行』(白州正子(新潮文庫))~

【筆者comment】▼「『孤独』を愛する」こともいいが、小生は、「何でも話ができる気の置けない仲間が沢山いる」ほうが断然いい。【2637の会】を、そう言う素晴らしい仲間たちの会にしたい、と切に願う。 では、また・・。

(了)

2008年1月 3日 (木)

【時習26回3-7の会 0145】~「【2637の会】の皆さんからの賀状紹介〔その1〕」

2636membersblog_3■今泉悟です。 【時習26回3-7の会】の皆さん!明けましておめでとうございます。今年もどうぞ、宜しくお願い申し上げます。
▼正月もあっと言う間に三箇日の最終日となってしまいました。皆さん夫々のお正月をある人は慌しく、ある人はゆるりと過ごされたことと思います。小生の休日は12月29日から今日までですが、それなりに忙しくあっと言う間に休日最終日を迎えてしまいました。(涙)(笑)
▼さぁ、今日も、いやっ、今年も【2637の会】会報を張り切ってお送りして参りたいと思います。引き続き宜しくご贔屓に・・。(笑)

■さて、今日【0145】号は、先日お約束致しました通り、【2637の会】membersの皆さんからの年賀状をご紹介致します。年賀状は今日3日までのところ、9通頂戴致しました。賀状を送ってくれた、市川君、伊庭さん、河合君、J司君、千賀君、中村君、二橋君、彦坂君、山田君(以上五十音順)、どうも有難う!! とても嬉しいです。今回は、初めて河合君から年賀状が届きました。河合君、賀状をどうもありがとう。同窓会でお会いできるといいですね。
▼ところで、皆さんからの葉書を纏めてみました。添付写真をご高覧下さい。そして、以下に、直筆のcommentを頂戴している方の中から、伊庭さんと二橋君の当該comment部分をご紹介します。(尚、少しピントがズレますが、添付写真を拡大してもご覧頂けますヨッ。(為念))

伊庭さん▼またお会いできる日を楽しみにしています。いつもmailありがとうございます。

【筆者comment】▼伊庭さんへ、こちらこそ、8月16日【2637の会】同窓会には万障お繰り合わせの上ご参加下さい。お待ちしています。ところで、写真の叢雲絞りの「ショルダーバッグ」、素晴らしい出来栄えですねぇ・・。忙しい毎日の中でも、素晴らしい趣味でキッチリと気分転換なされているご様子。敬服致します。m(_ _)m (笑)

二橋君】▼本年も宜しく。Mail通信はもっと短くして下され。貴兄に習って腹筋強化したら蹴上がりが再びできるようになりましたワッハッハッ

【筆者comment】▼↑↑↑↑↑二橋君へ、な、なんと、蹴上がりが出来る様になったん・・ウン????? スゴイじゃ~~ん! 若いですねえぇぇ・・ッ(笑)(←驚嘆!!)
▼小生も、腹筋だけは毎日欠かさず40~45分間連続で続ける様にしています。お蔭で体脂肪はグッと少なくなりました。ただ、皮下脂肪は駄目ですけどね・・。ある本で〔45歳からのアンチエイジング10カ条〕と題して、
〔①食事は食べ過ぎない ②アルコールは控える ③紫外線は避ける ④何事も前向きに考える ⑤禁煙する ⑥筋力を鍛える ⑦骨を丈夫に ⑧男性の更年期に注意 ⑨安易なホルモン補充療法は禁物 ⑩大豆イソフラボンを適度に摂る〕を挙げていて、「筋力を鍛える」の詳細では次の様に言っている。
 ☆★☆ 老化は足から、とよく言われますが、筋力トレーニングを行って、足腰を確り鍛えることが、アンチエイジングの重要な要素です。『筋肉の中でも、とくに大切なのが太ももの筋肉。この筋肉は膝の関節を支えるのに働く筋肉で、ここが確りすることで、膝関節への負担が減少し、膝痛を予防することができます』 また、お腹の奥にある、腸腰筋は、太ももを上げるときに作用する筋肉。ここが弱ると歩きにくくなり、躓き易くなります。また、筋力トレーニングは、肥満の予防や、骨粗しょう症の予防にも効果的。肥満は、腰痛や膝痛を引き起こすだけでなく、病気の原因にも。男性や更年期以降の女性に多い内臓脂肪型肥満は、生活習慣病を引き起こすので、とくに注意が必要です。筋肉トレーニングに加えて、有酸素運動、ストレッチなども一緒に行うとよいでしょう。 ★☆★
▼まぁ、二橋君! 勢い良く手足を伸ばした瞬間、『ゴキッ』と来たら、怖いですねぇ、恐ろしいですねぇぇ・・。お互い若くはないですから、無理せずほどほどにsteadyに参りましょう!(笑)

■【2637の会】memberの皆さん、8月16日の同窓会での再会を楽しみにしております。m(_ _)m

【後記】■今日の締め括りは、新春にあたり虚子の有名な句を一つ・・

 去年今年(こぞことし) 貫く棒の 如きもの  高浜虚子

【解説】▼大岡信『百人百句』より。「はじめてこの句に接したときのイメージだが、「去年今年貫く棒の如きもの」というのは、去年から今年にかけて一本の棒が貫いており、その一本の棒には、いろいろなところに出っ張りがくっついていて、ちょうど鬼ヶ島の鬼が持っている棒のようなイメージが浮び、その棒が一年を通じて貫いているという感じをもった。ところが、(中略)『去年今年』とは俳句の季語であることを知り、がっかりした。(中略)「去年今年」という季語でつくられた俳句はたくさんあり、(中略)虚子の(【筆者注】この『去年今年・・』の)句だけは破れているというか、季語が季語性を失ってしまっているところがあり、それが怪物性となっている。(中略)「去年今年」の句を読んだときに、俳句という最小の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった(以下略)」
【筆者comment】▼この作品は昭和25年暮の作品で、虚子76歳の作。当時、鎌倉駅構内でこの作品に出会った川端康成が、背骨を電流が流れたような衝撃を受けたと、感動した模様を彼の随筆で表している。『去年今年』という季語の意味は、「一夜明ければ昨日は去年であり、今日は今年である。たちまちのうちに年去り年来るという、時の移ろいの速さに深い感慨を覚える言葉」である。人生、五十路の央に歩みを進めんとする我等には共感性のある季語である・・。この虚子の作品は、繰り返し詠むと、確かに野太い存在感の大きい傑作であることを実感できると思う。

では、また・・。(了)

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