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2008年4月30日 (水)

【時習26回3-7の会 0171】~「二橋君からのmail」「『彦根城・蒲生野』紀行」「4月26日『ドラクロア』誕生日」

《今日のブログは日付が変わり4月30日になってしまいましたが、29日の夜に【2637の会】membersの皆さんにお送りしたもの(mail)です。それから、「添付写真」を左クリックして頂ければ相応に拡大して見易くなります。(為念)》

■今泉悟です。 いよいよ2008年もGWがスタートしました。家庭サービスや、何やかやとお忙しいと存じますが、皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0171】号をお送りします。8月16日の【2637の会】〔同窓会〕開催まで、あと109日になりました。

 大変嬉しいお知らせです。久し振りに【2637の会】memberである二橋君からmailをくれました。この【2637の会】会報へのmail文掲載も了解してくれました。
 (【筆者注】この会報への掲載は、会報を掲載し始めて暫く経ってからですが、ご本人のご了解を得た上で掲載することにしておりますので、安心してmailをお送り下さい。(笑))
 それでは、二橋君からのmailをご紹介します。

 今泉君

 いつもいつもご苦労様です。 貴兄の熱意には頭が下がる思いです。
 かかる人物がいないと同窓会は纏まらないと思います。
 名古屋方面には月1度は行くのですが帰りの新幹線の車窓を見ながらで豊橋には悟が居るなと思いつつビール飲んでます。
 今週水曜日には久々に「ヤマサのちくわ」を買いました。
 「知立の大あんまき」も名古屋駅周辺で売ってましたが最近売り場がなくなりました。 どこかに行ったか調べて下さい。
 貴兄の長い長いレポートは正直10%程度しか目を通してません。
 (中略) 過去のレポート積みあがったら製本したらどうですか?

二橋

【筆者comment】▼二橋君mailをありがとう。知立の「大あんまき」はJR名古屋駅では何処に売っているのでしょうか、小生も解りません。今度一度調べておきます。名古屋在住の【2637の会】membersの皆さん、ご存知でしたらmailで教え頂ければ幸甚です。

■さて今日は、小生4月26日(土)、『賢人会』と不遜な同好会名を付けた中嶋良行君(旧【3-2】)、谷山健君(旧【3-3】)との城址・社寺・温泉巡りの会は、半年ぶりに、そして新たに、青木さんという三人の共通の友人で人生の先輩である方を仲間に加え四人で、〔『彦根城』『蒲生野・万葉の里』〕巡りに日帰りで行って来ましたので、勝手乍ら、その模様をお伝えします。

▼前回は昨年12月1日~2日の「湖東三山・大津日吉大社・比叡山『延暦寺』」紀行であったので、約5か月ぶりの城址・社寺・温泉巡りである。 今回は、「蒲生野・万葉の里」と「彦根城と城下町」、「磯崎神社」、「須賀谷温泉(→当日、長浜太閤温泉に変更)」巡り。 最初に訪れたのが『蒲生野・万葉の里』。添付写真にある「万葉の森・船岡山」である。名神高速道路「八日市IC」を出てほどなく到着。この地は、これも添付写真で解説してある様に、額田王と大海人皇子との恋物語は、万葉集の中でも特に有名なepisodeである。後に争った兄弟、天智天皇と天武天皇に愛された女性、額田王(ぬかたのおおきみ)の歌は・・

 茜さす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る  額田王

 【意】紫野を行き、標野を行き、狩をして、野守は見咎めないのでしょうか、あなたが私に袖を振るのを

 この歌には、かつての夫、大海人皇子(後の天武天皇)の返歌・・

 紫草(むらさき)の にほへる妹(いも)を 憎くあらば 人妻故に 我恋ひめやも

 【意】紫草の様に艶やかな貴女を憎いと思うなら、何故人妻である貴女に、恋焦がれることがありましょうか

 額田王の咎め立てに対して、「人妻であっても恋しい」と反語で強く訴える。

【筆者comment】

01020304▼添付写真の(八日市市指定)文化財『船岡山』案内看板にある様に、額田王は大海人皇子との間に十市皇女(とおちのひめみこ)を儲けていた(皇女は大友皇子(後の弘文天皇)に妃)が、この時額田王は、天智天皇の寵愛を受けていた。しかも40歳を超えていた。故に、二人の関係は周知の事実としての宴席での座興というのが定説となっている。でも、小生は、この歌が1300年以上経った今も新鮮に聞こえる、万葉人(びと)のおおらかさを微笑ましく感じる。

05 万葉の森・船岡山には紫草ではないが、満点星躑躅(ドウダンツツジ)が満開(添付写真ご参照)で美しかった。高浜虚子の娘、星野立子の句が浮び、ついで即興でつくった小生の拙歌をご覧下さい。

 触れてみし どうだんの花 かたきかな  星野立子

 蒲生野に 咲く満天星(どうだん)の 可憐さも

           すずしき君に 色褪せて見ゆ  悟空

 【注】すずしき=涼しき=鈴(欄)しき(スズラン花の様な)

 この万葉の詩情を胸に抱いたまま、彦根城へと向かった。

0708 06 彦根城に着いて、我々がまず向かったのは、幕末の大09老井伊直弼が部屋住みの時代の十五年間を過ごした『埋木舎(うもれぎのや)』である。

 直弼は、庶子で、17歳から32歳までの15年間を部屋住み(三百俵の捨扶持)として、彦根城至近にある『埋木舎(うもれぎのや)』で過ごした。この間、長野主膳と師弟関係となり国学を学ぶ。この頃茶道(石州流)の奥義を究める。茶名を「宗観」「無根水」と号した。

 世の中を よそに見つつも 埋れ木の

       埋もれておらむ 心なき身は  井伊直弼

*

 茶の湯とて なにか求めん いさぎよさ

       心の水を ともにこそ汲め  同

*

 むっとして もどれば 庭に柳かな  同

10011102120313 35歳で井伊家を継ぎ、安政5(1858)年、大老に就任。日米修好通商条約を孝明天皇の勅許ないまま締結。安政7(1860)年3月3日、桜田門外にて水戸藩浪士により暗殺された(享年満45歳)。

【筆者注】▼因みに、江戸時代、大老は一人の再任を除くと四家(井伊・土井・堀田・酒井)12名。うち譜代筆頭の井伊家から直弼を含め6名を輩出。次いで、酒井家4名。後は土井利勝と堀田正俊だけである。

141516011702 『彦根城』は、井伊家35万石の居城。世界遺産の『姫路城』と、『松本城』『犬山城』とともに国宝四城の一つである。

1803 19 20

 次に目指したのは、磯崎神社。ここは日本武尊の終焉の地とされる伊勢・鈴鹿とは異説の地。添付写真の磯崎神社の祭礼をご覧下さい。

2122 武市連黒人がこの磯崎の地を詠んだ歌があるのでご紹介する。

磯崎を 漕ぎ廻(た)みゆけば あふ美乃海(おうみのみ) 

八十(やそ)のみ奈登(など)に 鵠(たず)さはになく  武市連黒人

 一時雨に降られたが、いにしへの萬葉の時代と、幕末の動乱時代に思いを馳せながらの、楽しい一日の旅であった。

■今日の締め括りは、4月26日が誕生日となるフランス・ロマン派絵画の巨匠フェルディナン=ドラクロア (Ferdinand Victor Eugene Delacroix)(1798.04.26-1863.08.13)についてである。

Photo_3*【ドラクロア】

011830 恰も美術の授業の様であるが、18世紀末から19世紀初頭のフランスは、フランス革命からナポレオン帝政時代。『新古典主義』の旗手ジャック・ルイ・ダヴィッド(添付写真ご参照)と、その後継者ジャン・アントワーヌ・グロ(同)とドミニク・アングル(同)。彼らの絵画を見ると、皆さん思い出しませんか世界史の授業を。フランス革命で浴槽で女性に刺されたマラーやナポレオンの絵を・・。アングルの絵、『泉』を中学の美術の時間に見た時、思わず赤面した位ショッキングであったことを思い出す。うぶな少年であった一こま・・。(笑)

 そして、グロやテオドール・ジェリコーの影響を受け出てきたのが、『ロマン主義』の巨匠、(フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・)ドラクロア。音楽の時間に見た、ショパンの躍動的な肖像画や、そして、余りにも著名な画『民衆を導く自由の女神』。感受性の豊かな時代に見たドラクロアの絵は、今も鮮烈な記憶として脳裏に焼きついている。

 ドラクロアの後、ミレー・コロー・クールベの『写実主義』・『バルビゾン派』。そして、マネ、モネ、ルノアール、シスレーらの『印象派』へと続いていく。

 ドラクロアの簡単な経歴を以下に記す。

【経歴】

1798年4月26日 フランスのシャラントン・サン・モーリスに生まれる。

1815年(17歳) 新古典主義の画家ゲランに学ぶ。ここでジェリコーと出会う。

1816年(18歳) 国立美術学校に入学。

1822年(24歳) 『ダンテの小舟』をサロンに出品。初出品で初入選。1825年(27歳) イギリス、ロンドンに渡る。

1830年(32歳) 『民衆を導く自由の女神』をサロンに出品。新古典主義者からやり玉に上がるが国家買取作品に。

1849年(51歳)  アカデミー会員に立候補するも四度目の落選

1855年(57歳) パリ万博でアングルとともに出品画家に選出。レジオン・ドヌール勲章を受賞。

1857年(59歳) アカデミー・デ・ボザールの会員に選出

1863年08月13日 死去(享年65歳)

【筆者comment】▼ドラクロアの一生はロマン派の巨匠に相応しい波乱万丈であった。でも、彼が後世に残した遺産は偉大である。そして、日本人の我々が青春時代、西洋美術を学んだ時、彼ほど身近に感じた画家も少ないのではないかと、小生は思う。

 そこで、『新古典主義』→『ロマン主義』の流れを、「ダヴィッド」「グロ」「アングル」「ジェリコー」「ドラクロア」と時代的に並べてお送りしながらお別れしたい。では、また・・。

【ダヴィッド】

174818251794174818251801PhotoA

【グロ】                  【ジェリコー】

17711835179617911824 Gericault17911824

【アングル】

17808671806182056

【ドラクロア】

1837

1822

011824

1824

183032_2 1838_2 1840

*(了)

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