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2008年7月の6件の記事

2008年7月28日 (月)

【時習26回3-7の会 0189】~「金子君からの『出席表明』」「井上君からの『出席表明』」「〔【急告!】7月28日:取り壊される我等が学び舎旧時習館高校三年校舎〕〔7月26日:ミニ『時習26回1-4 or ( 2-8)の会』開催報告〕」「7月(8日)は『東山魁夷』生誕百年誕生月(日)」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0189】号をお送りします。予定では7月30日の出状を考えていましたが、7月末が一応【2637の会】《クラス会》の『出欠』ご案内の締切日。きっと「返信はがき」や「返信mail」が多くあるものと期待して、《会報》の配信スパンの短くしてみました。

■そこで、まず今日は、大変嬉しい話題からご案内します。7月25日に【2637の会】《くクラス会》への出席表明が2件ありましたのでご紹介致します。(掲載は、mail到着順)

From: <t_kaneko@mxxxx.jp> To: "今泉悟si8864" <sixxxxcom> Sent:Friday, July 25, 2008 12:19 PM Subject: 暑中お見舞い申し上げます

 今泉様

 暑い日が続いておりますが・・・、いかがお過ごしですか、と聞くまでも無く貴君が元気であることはメールを見ればわかります。
 こちらは体が重くなったこともあり、この暑さで少々バテ気味です。にもかかわらず、成長が続いているということは、多分健康です。
 さて、クラス会への出欠連絡が遅れ申し訳ありません。例年の如く、喜んで出席させていただきます。
 返信用のはがきが行方不明となってしまい、回答期限も近づいてきましたのでメールにて連絡させてもらいました。
 時々思い出しては、探していましたが・・・、多分このメールを送信した後に見付かるでしょう。
 3週間後に貴君をはじめ皆さんの元気な顔を見られるのを楽しみにしております。
金子

【筆者comment】
▼金子君、mailをありがとう。そして、「出席表明」の件、重ねてありがとうございます。昨年に引続き楽しい《クラス会》にしましょう。再会を楽しみにしています。

▼続いては、井上君からのmailです。

From: "inoue"   To: "今泉悟si8864" sent: Friday, July 25, 2008 10:03 PM

▼井上です。8月16日今年も楽しみにしています。出席したいと思いますのでよろしくお願いします。

【筆者comment】
▼井上君へ、mailを、そして昨年に続き『出席表明』をありがとう。貴君との《クラス会》での再会を楽しみにしています。

 これで、【2637の会】《クラス会》参加表明者は以下の通り、9名になりました。(今日7月28日現在)

【出席予定者】1.T三先生、2.伊東君、3.井上君、4.金子君、5.鈴木(J司)君、6.千賀君、7.牧野君、8.峯田君、9.今泉
【出席できそう】1.彦坂君
【ギリギリまで判らない】1.石田(Y)君
【欠席】1.今井(土方)さん、2.下浦(原田)さん、3.鈴木Iさん、4.竹内君、5.中山君、6.夏目君、7.牧原(金子)さん、8.守田君、9.山田君、10.渡辺さん (以上、五十音順)

Try_gain■続いては、7月26日(土)夜、時習26回の同期で、旧【1-4】・旧【2-8】のclassmatesだった飯田H君(旧【3-2】)と水藤T君(旧【3-6】)と三人で「ミニミニ同窓会」を豊橋市駅前でやりました。二次会場は、【2637の会】の今回二次会予定会場である「トライ・アゲイン」で実際試してみました。「同所」は元来、昼間は喫茶店なので、夜でも大変明るい感じでグーです。
 ところで飯田君に最近の時習館について色々訊いてみました。
 曰く「時習館高校は、現在、校舎の建て直しが始まり、まず高三の校舎を取り壊し再建築中」。そして、「在校生の三年生が二年生の、二年生が一年生の校舎に移り、一年生がクラス毎、二・三年校舎他に夫々バラバラの場所に分かれて授業を受けている」由。生徒数は、我々の時代は、1クラス45名×10クラス=一学年450名であったものが、「現在(生徒数)は、1クラス40名×8クラス=320名」。故に、各学年校舎には2クラス×二学年=4クラス分の部屋が空いて訳ですね。残りの4クラス分の一年生は、その他空いている部屋に分散している由。
 さて話題は、大学受験についてである。今年の時習館高校は、その躍進ぶりが顕著。指標を東大合格者数で表すことは、正直なところ少し抵抗感もあるのですが、モノサシとして分かり易いので、敢えて申し上げると、「東大合格者数25名(うち現役12名)/一学年学生数320名」。我々(昭和49年3月)の時が「同13名/同450名」であったことを見ると歴然としています。
 今は休日となっている土曜日も、希望の学生が対象ではあるが、講義があり、それへの参加率も約8割と高いという。
 今の時習館高校の学生は、冷暖房が完備された教室で授業を受けているので、我々の在学時代より恵まれた環境にあることは一つ言えますが・・。
 我等が時習館高校も、最近、愛知県下で岡崎高校や一宮高校、向陽高校、名大附属高校、名城大学附属高校と同じ、SSH(super science highschool)の指定を受けた。理数系高等教育を従前より充実したカリキュラムで受けられるのは魅力的ではあるが・・。今の後輩達は勉強が大変だろうな、と思う。この辺りのことで詳しい【2637の会】membersの皆さん、教えて頂けたら幸甚です。m(_ _)m
 何はともあれ、飯田君・水藤君とのミニ《クラス会》は賑やかで楽しいひとときでした。

*〔解体前〕    〔解体後〕 ← 旧【3-1】&【3-6】教室
   080728_1150                     080728_1457                      そして今日(7月28日)、飯田君から彼のカメラで撮影した、旧時習館高校の三年校舎解体工事が開始された旨の連絡とその瞬間の写真を送ってくれましたので、【2637の会】membersの皆さんにご披露します。添付写真は、飯田君が今日撮影して送ってくれたものです。添付写真に記載されている様に一枚が取り壊される直前(午前11時50分)の旧【3-1】と【3-6】の教室。もう一枚が取り壊された直後(午後2時57分)の旧【3-1】と【3-6】の教室跡です。我等が旧【3-7】の教室も「風前の灯火・・」で、何とも言えなぬ『寂寥感』に襲われました。(涙)(涙)(涙)


Photo19750617【後記】■今日の締め括りは、日付が三週間余り過ぎてしまったが、掲題にある通り「7月8日が日本画の巨匠『東山魁夷』の生誕百年記念日」であるので、彼の作品のいくつかをご紹介してお別れしたい。
Photo_2Photo_3Photo_4  『東山魁夷』氏ついては、生前から大変著名な日本画家であり、今更ご紹介するまでもないと思います。彼の展覧会の思い出というと、1975年06月17日に、まだ小生が大学生時代、名古屋の丸栄で開催された「東山魁夷『唐招提寺障壁画展』」を見に行ったことである。添付写真は、その時購入した図録と入場券、そして東山魁夷氏が唐招提寺御影堂にて「障壁画」をデッサン Photo_51988 1982 しているところの写真。
 氏の画風は、平明でありながら深い精神性があり、落ち着いた雰囲気が見る者を魅了してやまない。彼の畢生(ひっせい)の大作「唐招提寺障壁画」は、彼の名を不動のものとした傑作である。何はともあれ、『東山魁夷』の素晴らしい世界を堪能して下さい。
 ご参考に、東山魁夷氏の経歴を記しておきます。
19931968Photo_6【経歴】

1908(明治41)年 07月08日、船具商を営む東山浩介と妻くにの次男として横浜に生まれる。本名は「新吉」。幼いころから絵を好んで描いた。
1966195019891926(大正15)年 (18歳)兵庫県立第二神戸中学校卒業。東京美術学校日本画科に入学。
1931(昭和06)年 (23歳)03月、東京美術学校日本画科を卒業。引続き研究科進学。結城素明に師事。雅号を「魁夷」とする。
1933(昭和08)年 (25歳)同学校研究科を修了。8月渡欧。10月ベルリン着。
Photo_8Photo_9Photo_101935(昭和10)年 帰国。
1947(昭和22)年 日展「残照」特選。
1950(昭和25)年 日展審査員就任。以後歴任。
1956(昭和31)年 「光昏」により日本芸術院賞受賞。
1947Photo_11Photo_131965(昭和40)年 日本芸術院会員となる。
1969(昭和44)年 文化勲章受賞。
1974(昭和49)年 03月、日展理事長に就任。(~1975年)
1975(昭和50)年 (67歳)05月、唐招提寺御影堂の第一期障壁画《山雲》《濤声》が完成、6月3日に奉納される。
Photo_14Photo_15Photo_161980(昭和55)年 (72歳)02月、第2期障壁画の三題《黄山暁雲》《揚州薫風》《桂林月宵》が完成、6月に唐招提寺に奉納する。
Photo_17Photo_18Photo_191981(昭和56)年 (73歳)11月、唐招提寺鑑真和上像厨子絵《瑞光》を奉納。
1999(平成11)年 (90歳)05月06日、老衰のため逝去。奇しくも鑑真和上と同じ命日。従三位、勲一等瑞宝章遺贈される。11月、第30回日展に《月光》を出品、最後の日展出品作となる。

Photo_20Photo_21Photo_22 東山魁蝦夷の絵を一枚と、時習館高校の旧三年校舎解体工事の写真(二枚)は、このmailを【2637の会】membersの皆さんに配信した後、【2637の会】blogと、「不老荘」掲示板に夫々ニュースとして掲示しておきます。【時習26回】の同期の皆さんにお伝えする価値があると思い、そうさせて頂きます。
Photo_23 次号《会報》【0190】号は、7月末の結果速報を8月初旬に予定しています。では、また・・。(了)

2008年7月25日 (金)

【時習26回3-7の会 0188】~「下浦(原田)さんからのmail」「小澤征爾:喜歌劇『こうもり』を見て&聴いて」「養老孟司『死の壁』から」「7月25日:『小磯良平』誕生日」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0188】号をお送りします。


■さて、日付変わって、今日7月25日、最初の話題は、前《会報》【0187】号で、7月20日が下浦(原田)さんの誕生日でありお祝いを申し上げたところ、彼女からご丁寧にお礼のmailが届きましたので、ご紹介させて頂きます。

From: yxx shimoura  To: '今泉悟' Sent: Sunday, July 20, 2008 12:25 AM
Subject: 暑中お見舞い申し上げます
*
今泉君へ
*
バースディメール、ありがとうございます。ちと照れくさいけど。
ここ神戸も連日灼熱地獄で、陽ダルマ状態。
夏生まれにもかかわらず、夏にからきし弱いので冬が恋しい今日この頃です。
*
時節がらどうぞご自愛ください。下浦
*
【筆者comment】▼Y子さんへ、こちらこそ返信mailをありがとうございます。本当に毎日暑い日が続きます。容子さんも身体に充分気をつけて下さい。8月16日の《クラス会》の模様は必ずご報告させて頂きますのでご期待下さい。(*^_^*)
 この様に【2637の会】membersの皆さんからお便り(=mail)を頂戴できると、【2637の会】《会報》を配信している甲斐があります。嬉しいですね。


■続いては、昨日7月24日の話題を一つ・・。
Photo_6▼小生、昨日(と言っても僅か数時間前のこと・・)、名古屋の愛知県芸術劇場大ホールにて上演された、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅨ「J.シュトラウスⅡ:喜歌劇『こうもり』」を観て、いや聴いて来ました。大変ラッキーなことに、座席が最前列。指揮者の小澤征爾氏が左手真横に近い斜め前方5mに立って、指揮棒なしで軽快に序曲を始めた時は、小生、年甲斐もなくゾクゾクしました。
 ストーリーそのものは、アイゼンシュタイン公爵夫妻が、夫々浮気し乍ら「お互いバレて、赦して、最後はめでたく仲直り・・!」という他愛ないものですが、音楽が軽快で美しく、ダンス(ハンガリーのチャルダーッシュ等)あり、日本語をふんだんに取り入れたパロディあり、ととても楽しいひとときを過ごすことが出来ました。18時30分開演で、終演21時45分。最終の新幹線にやっと間に合って先程23時15分、豊橋(自宅)に帰って来ました。
▼第二幕の舞踏会の場面で、予想外の出来事がありました。 というのは、突然、日本語の女性の声で、中日ドラゴンズのマスコット・キャラクターの「ドアラ」君がドラゴンズの帽子を被った小澤征爾の指揮する音楽に乗って背広姿で・・、次いでプッチーニの歌劇『トゥーランドット』でカラフが歌う「誰も寝てはならない((=荒川静がフィギアスケートで使い一躍有名になったアリア)」の音楽に乗り、トリノ五輪金メダリストの荒川静、歌舞伎役者の中村七之助がマスクをし乍ら出て挨拶をしたのです。東海テレビ開局50周年のイベントとして挙行したとアナウンスしていました。面白かったですよ‥。(笑)(*^_^*)


■ところで、最近読んだ「養老孟司著『死の壁』(新潮新書)」から「『終章 死と人事異動』から『生き残った者の課題』と『日々回復不能』」をお届けします。養老孟司氏の次に掲げる文章は「含蓄ある人生を有意義に生きていく指針の一つとなる」ものと思い、紹介させて頂きました。
 毎夜、厳しい暑さが続きますが、彼のこの文章は、一服の清涼剤に似た効用があるのではと思います。敢えて【解説】は省きます。

【 生き残った者の課題 】
 勿論、今身内がなくなって悲嘆している人に「死んじゃったら仕方ないよ」なんて言ったら、殴られます。文句も言えません。しかし、長い目で見て、その死の経験を生かす生き方をすればよいのではないかと思うのです。
 それが生き残った者の課題です。そして生き残った者の考え方一つで、そういう暮らしは出来るはずなのです。
 卑近な例で言えば、組織の人事でも典型的に同じことが言えます。人事というのは決まるまでには色々な計算や配慮がありますが、結局決めたあとには、何が良かったかはわかりません。(中略)
 それが良かったか悪かったかを判断するのは、自分です。最終的にそれが良かったというふうに出来るのも自分だけです。だから「決まったことは仕方がない」と私はよく言います。それは何も流されて生きなさいと言っているのではなく、その位の気持ちでいれば、逆に大抵のことは上手くいくと思っているのです。(中略)
 死と言うのは人事より遥かに理不尽にやって来ます。問題はそれを奇貨として受け止めるかどうかではないでしょうか。
 私が度々引用するドイツの心理学者、V・E・フランクルの著作の中のエピソードも、そのことと繋がっているのです。フランクルは、アウシュヴィッツの強制収容所に収容された経験を持ち、「人生の意味」について長年論じて来た心理学者です。
 もう回復の見込みがなく、寝たきりになっている患者が、自分の生きる意味に疑問を持った。その時、フランクルは、その人がそういう運命を自分で受け入れて、それに対してどういう態度をとるかということが、周囲に大きな影響を与える、それが意味だと語ったというエピソードです。
 そういう状態の患者さんが、生きがいや人生について何を伝えられるかが問題なのです。そういう考え方をすれば、病気になったことも必ずしも不幸ではないのです。
【 日々回復不能 】
 私はさんざん一元論、原理主義を批判していますが、ある意味で神様っていいな、と思うこともあるのです。それは、「結局神の思し召しだから、人間の力ではどうしようもならないことだから、仕方がない」と考えることには役に立つからです。その前提の上で、「生きるということはどういうことか」という話を患者さんも出来るからです。
「そんな話は高尚過ぎる。理屈はそうでも気持ちはそうはいかない」と言われればそうかもしれません。だからもう少し卑近な例ということで、人事の話をしたのです。 人事にせよ、死にせよ、いずれも「なかったことにする」ことは出来ません。死は回復不能です。一度殺した蝿を生き返らせることは出来ません。 だから人を殺してはいけないし、安易に自殺してはいけない。安楽死をはじめ、死に関することを簡単に考えない方が良い。 しかし、原則で言えば、人生のあらゆる行為に回復不能な面はあるのです。死が関わっていない場合には、そういう面が強く感じられないというだけのことです。 普段、日常生活を送っているとあまり感じないだけで、実は毎日が取り返しがつかない日なのです。今日という日は明日には無くなるのですから。 人生のあらゆる行為は取り返しがつかない。 そのことを死くらい歴然と示しているものはないのです。


01【後記】
■今日の締め括りは、明日7月25日が誕生日に当たる昭和期の日本洋02t03 画界の巨匠『小磯良平(1903.07.25-1988.12.16)』についてご紹介してお別れしたい。
 まずは、氏の経歴をご紹介する。
【経歴】1903(明治36)年7月25日兵庫県神戸市生まれ。
1917(大正06)年 兵庫県立第二神戸中学校(現県立兵庫高校)入学。
1922(大正11)年 東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科入学。猪熊弦一郎・岡田謙三・荻須高徳らが同期。
0419360519370619381923(大正12)年 「藤島武二教室」に入る。
1925(大正14)年 『兄妹』が第6回帝展入選。
1926(大正15)年 『T嬢の像』が第6回帝展特選。
1927(昭和02)年 東京美術学校西洋画科を首席で卒業。
1928(昭和03)年 留学の為渡仏。ルーブル美術館のヴェロネーゼ「カナの婚礼」に衝撃を受け、群像表現を極めることを生涯のテーマに。   ▼↓【斉唱】▼
071937081940_20919411936(昭和11)年 「新制作派協会(現新制作協会)」の結成に加わる。
1938(昭和13)年 この年から1年間藤田嗣治らと共に陸軍省嘱託の身分で従軍画家として中国上海に渡る。帰国後戦争画を製作。
1941(昭和16)年 群像画の傑作「娘子関を征く」と「斉唱」を発表。
1943(昭和18)年 東京美術学校非常勤講師就任。
1950(昭和25)年 東京藝術大学油画科講師就任。
10o19501119501219681953(昭和28)年 同大学同科教授就任。
1973(昭和48)年 迎賓館(赤坂)大広間の壁画『絵画』『音楽』を制作。
1983(昭和58)年 文化勲章受賞。
1988(昭和63)年 肺炎のため死去。享年85歳。

【筆者comment】
▼小磯良平氏は、小生が大好きな日本人洋画家である。とにかく彼の絵は上手いの一言。
1314d15d 氏は、「藤島教室」で冨安昌也先生の先輩に当たる。経歴のところで紹介している通り、氏は「群像」表現を得意としている。東京美術学校西洋画科を首席で卒業するだけあり、練達した技量については、「正二十四面体をコンパスや定規なしで正確に描いた」という「小磯教室」卒業生からの証言がその証左。 
 群像表現は、氏の真骨頂で、「小磯良平と言えば『斉唱』!」というくらい16 17 181938 有名である(添付写真ご参照)。そして「女性の美」の表現も得意で、女性の肖像画の傑作が多い。彼の傑作群をこの《会報》に沢山添付できないのが残念である。沢山ご覧になりたい人は、末尾記載のURLで、ブログ【2637の会 0188】をご覧頂ければ幸甚です。ホント、素晴らしい作品が目191970 201974 211974 211982白押しです・・。(笑)

では、また・・。(了)

2008年7月19日 (土)

【時習26回3-7の会 0187】~「峯田君からの『出席』表明」「渡辺さんからの返信はがき」「〔愛知県美術館『詩上のユーとビア』〕〔名古屋ボストン美術館『モネ展』〕を見て(後編)」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0187】号をお送りします。毎日、本当に暑い日(・・今日はムチャクチャ暑いですねぇ・・)が続いていますが、皆さん元気にお過ごしですか。ご当地豊橋では、「夏の祭典『豊橋祇園祭』」が昨日から始まりました。今、打ち上げ花火の音が聞こえています(午後7時30分現在)。

■まず今日最初の話題は、『時節』についてです。 地元豊橋で、小生この夏、最初に蝉の鳴き声を聞いたのは7月11日(金)朝でした。出勤途上の前田二丁目辺りの牟呂用水沿いの樹々で鳴き出した。それもニイニイゼミやアブラゼミではなく、クマゼミである。昔は、まずニイニイゼミが鳴き出し、次いでアブラゼミが鳴く。クマゼミはずっと遅く、「夏休みが始まり暫く経った7月末近くになってから」と相場は決まっていたのに・・。最近では、ニイニイゼミを全く見かけなくなり、アブラゼミの声もクマゼミの騒音(~小生は敢えてそう言いたい~)でかき消されてしまっている。最初から騒々しいクマゼミばかりでは興醒めである。これも地球温暖化のせいだろうか。クマゼミの生息域が毎年北上していると聞く。(苦笑)
 ところで「 蝉が鳴く 」でふと思ったことがある。「 蝉が鳴いた 」を英語でどう言うのだろう? 少なくとも「 sing 」ではあるまい。クマゼミだとうるさいから「 a cicada cried 」、ハルゼミ(春蝉)やニイニイゼミだと「a cicada hummed 」くらいが丁度いいか・・。英語が得意な人、教えて下さい。m(_ _)m(笑)

 さて今日7月19日は、「夏土用」の・・、『土用の入り』です。そして、明日7月20日は下浦(原田)さんの誕生日、「Y子さん、誕生日おめでとう!」(*^_^*)。7月21日が祝日「海の日」。7月22日が「大暑」。7月24日が「土用の丑の日」・・。と、続きます。

 そこで「大暑」に因んだ俳句を二句ご紹介します。

 兎(うさぎ)も 片耳垂るる 大暑かな  芥川龍之介

【解説】上句が「字足らず」だが、朗誦すると、自然に「も」の後に僅かな間が出来て区切れ『切れ』を実感し、落ち着いた俳句となっている。

 青竹空ゆすらるゝ 大暑かな  飴山 實

【意】勢いよく天に向かって立っている青竹の先端が夏風に揺られて、まるで青竹が空をゆすっている様だ。


■8月16日(土)の【2637の会】《クラス会》まであと、一月を切りました。待ち遠しいですね。
 《クラス会》関連で、大変嬉しいニュースと、残念なニュースを一つずつ・・。
 まずは、嬉しいニュース。「今日(7月19日)峯田君から『出席表明』の返信はがき」が届きました。峯田君、ありがとう! そして、8月16日の再会を楽しみにしています。
 ところが、今日はとても残念なニュースも一つあります。昨年参加して下さった、女性陣4名のうちのお一人、渡辺さんから『欠席』の「返信はがき」と「mail」が届きました。前から予定されていた家族での海外旅行『ギリシア旅行』に行かれるとのこと。《クラス会》幹事としては、大変残念ですが、「家族」あっての人生ですから、「渡辺さん、大いにenjoyして来て下さい。そして、『ギリシア旅行記』をお待ちしています!」。さらに来年はまた是非参加して下さい。お願いします。
  m(_ _)m
 それでは、峯田君からの「返信はがき」と、渡辺さんからの「返信はがき」&「mail」をご紹介します。

【峯田H幸君】
[(よろこんで)1.参加する]←【筆者comment(1)】・峯田君の返信はがきには、左記の通り〔 よろこんで 〕と記してくれてありました。嬉しいですねぇ・・。
 峯田君へ、8月16日の《クラス会》でまた再会しましょう。楽しみにしています。(笑)
〔近況〕▼高校野球の時習館の活躍をうれしく思っています。がんばれ!
【筆者comment(2)】
▼峯田君からは、自宅住所が、浜松市が政令指定都市となったため、浜松市の次に「N区」が入ったことを、朱書と注意書で教えてくれました。【2637の会】membersの皆さんへ!峯田君の住所名を、(変更前)「浜松市・・」→(変更後)「浜松市『N区』・・」と訂正しておいて下さい。かく言う小生も、忘れぬうちに訂正しておかなければ・・。(笑)

【渡辺S○子さん】
[2.参加しない]
〔近況〕▼孫が生まれおばあちゃんになってしまいました。孫って本当に可愛いものですよ。今回、旅行の日程と重なってしまい、残念ながら欠席です。来年は参加できるといいのですが・・。
【筆者(注)】
 渡辺さんから『返信はがき』が到着した後、『mail』も頂戴しましたので、ご紹介させて頂きます。ご覧下さい。

 欠席でごめんなさい。
 実は生まれて初めての海外旅行(ギリシャ)に行って来ます。この石油の高い時期にとも思いますが、まあ行ける時に行かなくてはね。それで早くから行けない事は分かっていたのですが、すぐ欠席と出すのも申し訳なく今に至りました。
 女子?の参加が危ぶまれますね。来年は行ける様頑張ります。
 (↑↑【筆者comment(1)】↑↑・ホント、心配になって来ました・・! こういうところが幹事の踏ん張りところだと思いますが、犬飼(石田)様、伊庭様、林様、山中(高木)様、『1.参加する』の「返信はがき」待ってますよ~!!。(*^_^*;)(汗))
*
 最近東京女子の食事会も無く、唯一【2637の会】が時習館との繋がりです。いつもすごいなあーと、情報量及びブログに費やす時間等感心しきりです。でも、もっと短い方がさっと読めるからいいな、と言うのが本音。折角書いてくれてるのにゴメンネ。
*
 中山君のメールもいつも楽しいですね。タイにも一度行ってみたいですね。
 それにはやっぱり健康でなくっちゃ。私事ですが、「脊柱管狭窄症」なので「ピラティス」を先生についてやってます。元気でないと何も出来ないからね。
 ではクラス会のご盛会をお祈りしています。

【筆者comment(2)】
▼渡辺さんへ、『ギリシア旅行』ですかぁ。いいですね。アテネ・オリンポスの丘、パルテノン神殿、そしてエメラルド・グリーンのエーゲ海と島々・・。まだ一度も行ったことがないのに、美しい景色が目に浮かびます(←ホントかいなぁ?(笑))。「長旅です、安全で楽しい旅行を!」。
 でも、それにしても【2637の会】《クラス会》の方は大変な(?(笑)(涙))ことになって来ましたヨッ!(汗) これでまだお返事を頂戴していない女性は、犬飼(石田)さん、伊庭さん、林さん、山中(高木)さん(以上五十音順)の4名だけになってしまったのですが、『出席表明者』はゼロ。大変心細くなって参りました・・。『救い』は、この残る4名の女性の皆さんのうち、昨年出席して下さった方々が3名いらっしゃるので、『朗報』を切に、切に(!)望みます。
 犬飼(石田)さ~ん、伊庭さ~ん、林さ~ん、山中(高木)さ~ん、『朗報』をお待ちしてま~~す! (^_^;) m(_ _)m 

 これで、《クラス会》の「出欠状況」は以下の通りになりました。(今日7月19日現在)

【出席予定者】1.鉄三先生、2.伊東君、3.鈴木(淳司)君、4.千賀君、5.牧野君、6.峯田君、7.今泉
【出席できそう】1.彦坂君
【ギリギリまで判らない】1.石田(義)君
【欠席】1.今井(土方)さん、2.下浦(原田)さん、3.鈴木Iさん、4.竹内君、5.中山君、6.夏目君、7.牧原(金子)さん、8.守田君、9.山田君、10.渡辺さん
(以上、五十音順)


08071234245186465351921■さて続いては、前【0186】号にて、「前編」としてご案内した「〔愛知県美術館『詩上のユーとビア』〕〔名古屋ボストン美術館『モネ展』〕を見て(後編)」です。今回の『モネ』展は、モネだけでなく、バルビゾン派から印象派の著名な画家の作品が、風景画を中心に目白押し・・。081964 コロー、テオドール・ルソー、ミレー、マネ、ルノアール、シスレー、ドガ、セザンヌ、ピサロ等々。何処となく「儲けた!」様な「お得感」あるとても安心して見られたいい展覧会でした。(笑)【解説】は、省きました。091882とにかく理屈抜きに「名画は素晴らしい!」です。作品群をご覧になって《α波》で脳内を充満させて下さい。101876この《会報》になるべく欲張って添付しましたので、容量の関係から一つひとつの写真は小さくなってしまったことをご容赦下さい。111873そして、より多くの、そしてより大きな作品群をご覧になりたい方は、この《会報》末尾ににある「URL」を(Ctrlキーを押しながら)clickして【2637の会】blogをご覧下さい。blogをご覧の方は、写真画面をclickして下さい。一部の作品を除き、拡大されます。絵は大きくなくては・・。(笑)
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01__2【後記】■さてさて今日の締め括りは、PHP研究所刊「ほんとうの時代2008年8月号」の「写真俳句『歳時記20』」から、森村誠一氏の作品・写真と文の抜粋をお届けします。「 写真俳句 ~ 《古き町並みと朝顔》 」。実にいいですねぇ・・。詳細をご覧になりたい方は、書店でお求め下さい。520円です(笑)。

《 朝顔に 遅れて起きる 古き町  森村誠一 》

歴史が堆(つ)み重なる古い町並みを歩くのが好きである。
それも有名な史跡や由緒ある古社寺よりも、ごく平凡な古い町が好きだ。
(中略)無名の庶民の人生が築き上げた路地や町、
そんな町角にこそ、多彩な人間群像の溜め息が聞こえてくる。
人生の無数の破片が、堆(うずたか)く積まれているのもそんな町角である。
朝霞の屯(たむろ)する古い町角に朝顔がひっそりと咲いている。
町の住民たちは、まだ起き出してこない。
(中略)
観光コースからもはずれた古い町は、(中略)
頑固に朝寝坊しているように見える。
あくせく走りまわっても、所詮、悠久の時間に呑み込まれてしまう。
時間は(中略)古い町ほどゆったりと流れる。
それはそこの人たちが、歴史の流れに身を任せているからであろう。
歴史上の人物は、いずれも生き急いだが、庶民は決して急がない。
彼らこそ悠久の旅人なのである。

【筆者comment】
▼う~む、蓋し名文である。

では、また・・。(了)

2008年7月14日 (月)

【時習26回3-7の会 0186】~「7月14日:1789年『フランス革命勃発!』」「今井(土方)さんからの『返信はがき』」「中山君からのmail『タイ国ビールと南国のフルーツ紹介』」「三浦朱門『夫婦というストレス』」「〔愛知県美術館『詩上のユーとビア』〕〔名古屋ボストン美術館『モネ展』〕を見て(前編)」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0186】号をお送りします。
Photo▼ところで、今日「7月14日」と言う日は、世界史が好きだった小生、いつも思い出すのは・・、大変有名な『フランス革命』の勃発です。もう少し詳しく言うと・・「 1789年 - パリの民衆がバスティーユ牢獄を襲撃・占領、政治犯を解放。フランス革命の勃発・・」の日。 高校の教科書「世界史B」(三省堂刊)では、「③フランス革命とナポレオンの時代(197~204頁)」にて、次の様に述べている。

【革命の勃発】
 18世紀後半、フランスは絶対王政下の宮廷の浪費や戦争で財政的な危機にあった。1774年、即位したルイ16世は重農主義者のテュルゴーや銀行家ネッケルを登用して財政の立て直しをはかった。(中略)第三身分の代議員たちはミラボーらを中心に室内球戯場に結集し、「憲法ができるまでは決して解散せず」と誓った(球戯場の誓い)。これには貴族の一部も合流したため、国王も認めざるを得ず、国民議会は7月、憲法制定議会と名前をあらため、憲法の制定にとりかかった。
【国民議会から民衆革命へ】
 この間に、国王はひそかに軍隊を動員して議会を解散させようとしたため、商工業者がはげしく抵抗し、パリ民衆もいっせいにこれを支持した。ちょうどそのころ、不作や物価上昇によって民衆の不満が高まっていた。ネッケルの罷免をきっかけに、彼らは市内の武器庫を襲って武器を奪い、1789年7月14日、国王の権威を象徴するバスティーユ監獄を襲撃した。(以下略)
【筆者comment】
▼以上は、今年4月に懐かしくなって衝動買いしてしまった三省堂刊の高校教科書「世界史B」からの抜粋である。「第三身分」「重農主義」「テュルゴー」「ネッケル」「ミラボー」「憲法制定議会」「バスティーユ監獄」・・、懐かしい世界史の用語である・・。因みに教科書「世界史B」の価格は790円です。(笑)

■さて、8月16日の【2637の会】《クラス会》まで、あと33日。一月あまりになりました。ほんと、待ち遠しいですねぇ・・。 で、まずは、《クラス会》開催ご案内の「返信はがき」関連をお伝えします。

■前【0185】号で、7月10日着の下浦(原田)さんからの「返信はがき」までご紹介しましたが、今日は、次いで、7月11日に今井(土方)さんから『返信はがき』が届きましたので今日はこれからご報告致します。

【今井(土方)S○子さん】
[2.参加しない]
〔近況〕▼ゴールデン・ウィークに帰省し、この夏娘が留学の為、準備に気ぜわしいのでご遠慮させて頂きます。 いつもメール送信拝見させて頂いています。ありがとうございます。皆様に宜しく!

【筆者comment】
▼今井(土方)さんへ、今年もご都合がつかない由、大変残念です。 来年は是非参加して下さいネッ。 お待ちしています。 それから、いつも【2637の会】《会報》をご覧頂いているとのこと、大変心強く、嬉しく思います。 気が向いたら、気軽にmailでも下さい。 引き続き【2637の会】を応援して下さい。
■続いては、タイ国在住の中山君からのmail『タイ国ビールと南国のフルーツ紹介』です。ご覧下さい。仕事は大変そうですが、タイ国での日常生活は、とても楽しそうですね。羨ましいです。では、中山君どうぞ・・(笑)

【中山君】
 中山です。
 いつも精力的なメールをありがとう。以前にも書きましたが、数少ない日本との接点の一つで、楽しみにしています。

 さて、まずは連絡事項から。
 8/16のクラス会は今年も欠席です。都合で8/16の夜中BKK発の便で日本に帰る予定です。

 次に、近況報告です。
 昨日、年度計画の中間見直しが終わり、今日は久し振りに一息つける休日でした。
日本も今、少し前までは考えられなかったような現象が色々とあるようですが、とにかく、昨今の鉄に始まる諸材料の値上げは鉄・銅・アルミの塊のような製品を作っている我々にとっては死活問題で、そのため年度計画も大幅な変更となり、またこの後、それを実行しなければならないと思うと、酒でも呑まないとやってられません。

2008_07120007 ということで、今回は今呑んでいるビールの紹介と、丁度色々な果物が冷蔵庫にあったので、それらを紹介します。
まず、写真1でビールを紹介します。名前は「シンハービール」で、タイの高級ビールです。
6本で165バーツで買いました。なお、飲み屋で注文するときは「ビヤ・シン」と言います。
それからマグカップは多治見の志野焼きです。

2008_06270004 さて次に写真2ですが、これは果物一覧です。上段左はマンムアン(マンゴー)、右はロンコン(龍の眼)、下段は左からランブータン(虎の○玉)、マンゴスチン(果物の女王)、リンチン(ライチ)です。
 日本人にはマンゴスチンが人気があります。これが入った石鹸も売っています。
そういえば、以前お土産にマンゴスチン石鹸を買いに行ったら、オッパイが大きくなる石鹸があると言われて、つい買ってしまいました。日本での旧職場の女性数人(若くはない)に効用を説明して渡しました。効果を報告してくれるという人もいましたが、断りました。
タイは、6月になると急に果物が増えます。まだまだいろんなものがありますが、とりあえず今回は手元にあるものだけを紹介しました。
 ところで果物と言えば、果物の王様ドリアンがあります。これは3回ほど少し食べましたが、正直なところ積極的に食べようとは思いません。昨年の春にドリアンを家に持って帰りましたが、中央線の中で、荷棚に置いたかばんから匂いが漏れてくるし、迎えの車の中で女房が「何か匂う」と言い出すし、まあ王様としての存在感のある果物です。
 このときはドリアンを新聞紙で何回も包んで、その上からスーパの袋数枚で包んだんですが全く効果なしでした。

2008_07060003 最後に写真3は、「カウニャウ・マンムアン」です。カウニャウとはもち米のことで、ココナッツミルクで炊いたもち米とマンゴーを一緒に食べます。もち米にかかっている白いものはココナッツミルクで、好みに応じてかけて食べます。コメを主食としてしか考えない日本人からすると、何とも奇妙な食べ物ですが、結構うまくて、しかも若い可愛い女の子が売っている屋台があって、時々買ってきては食べます。なお写真は違うところで買ったもので、
 マンゴーが別売りだったので、自分でマンゴーの皮を剥き、切ってカウニャウに載せました。

 最後にもう一つ。日本焼酎の起源はタイの地酒と聞いています。
 もち米を原料にした蒸留酒で、アユタヤ王朝時代に琉球に伝わったそうです。
 最近、チェンマイの方の田舎の家で作ったもち米焼酎を貰いました。アルコール度数は40度で、貰った人からはストレートで呑めと言われたので、少し、くいっと呑みましたが、まあ苦労しました。
 ペットボトルに3本貰ったので、2本を会社の人にあげました。呑んでも大丈夫なようなので、残り一本をこれから呑もうかと思っています。

 それでは、この辺でおしまいです。

【筆者comment】
 中山君へ、大変楽しいmailをありがとう。「タイ国」のビール・フルーツ・焼酎事情、楽しく読ませて頂きました。でも、タイ国の文化は、知らないことばかり『新しい発見』ばかりなので、好奇心がそそられますね。そして、大変勉強になります。 up-to-dateな情報を有難う!(笑)
 8月16日の【2637の会】《クラス会》は今年も出席できないとのことでとても残念ですが、来年の出席を大いに期待しています。
 貴君も大変お元気そうで何よりです。そして、【2637の会】《会報》を「 数少ない日本との接点の一つで、楽しみにしています 」と、活用して頂いている由、〔万年幹事として〕大変光栄に思います。今後とも、ご支援のほど宜しくお願いします。
▼これで、【2637の会】《クラス会》の「『出欠』状況」は今日7月14日現在、以下の通りとなりました。女性の皆さんのご参加がまだありません。昨年参加下さった、伊庭さん、林さん、山中(高木)さん、渡辺さん(以上五十音順)と、犬飼(石田)さんから、まだお返事がありませんが、『朗報!』を心よりお待ちしております。幹事の面目なんてどうでもいいですから、是非、参加して下さいね。m(_ _)m

【出席予定者】1.T三先生、2.伊東君、3.鈴木(J司)君、4.千賀君、5.牧野君、6.今泉
【出席できそう】1.彦坂君
【ギリギリまで判らない】1.石田(義)君
【欠席】1.今井(土方)さん、2.下浦(原田)さん、3.鈴木Iさん、4.竹内君、5.中山君、6.夏目君、7.牧原(金子)さん、8.守田君、9.山田君


Photo_2■続いては、7月10日発売の『文藝春秋2008年8月号』の中から、「三浦朱門『妻・曾野綾子がうつに罹ったとき』」の最終章「夫婦というストレス」をご紹介します。 

 深い人間関係がるからこそ、接触が多く、ストレスの原因になる。だから夫婦や親子など家族関係は、大きなストレスになります。
 夫婦の場合、たいてい夫が無意識の加害者です。男が朝起きてそのまま出かけても、女はベッドメイクする。夫は誰が片付けたのかも考えず、帰ってきて、またそのベッドに寝てしまう。
 阿川弘之なんて、子供のときからの習慣で、今でも布団の中に入って「寝かせておくれ」と言うと、夫人が掛け布団の周りをポンポンと叩く。そうしないと眠れない。彼は一人っ子で、しかも秀才で体力もあるから、周りすべてが彼に奉仕してきた。幼年のまんまジジイになった、永遠の絶対的加害者です(笑)。
 むろん、私も加害者です。引き剥がされないと下着は替えないし、風呂が嫌いで、入れと言われると不機嫌になる。
 しかし、もはや女房が私を罵っても、鳥が囀っているようにしか聞こえません。文句を言われても、できるもんなら五十年前からやっとるわ、と思うだけ。
 なぜなら、古女房がまさに「空気のような存在」になったからです。半年ほど前、スーパーに一緒に行ったら、大勢いる女性客のなかで、どれが女房か分からなかった(笑)。何色の服を着ていたかも思い出せない。彼女のほうは「何ボヤボヤしているのよっ」と怒鳴る。向こうから見りゃ、入口でポカーンと立っている男は僕だけですから。
 どっちみち、男と女で、しかも育った環境も違う。異質な人間が一緒にいて、お互いにストレスを生まないわけがない。逆に、摩擦が起きないような、ホモジーニアスな同一のものだったら、結婚なんかしません。だから、ある職業に就いたら一人前になろうとするように、結婚したら、それなりによい結果を出そうと努力するしかない。そのうち摩擦係数が減ります。
 ただ、彼女にとってもっとも心置きなく話し合えるのは僕でしょう。長い間にそうなったのか。初めからだったのか、根本的な考え方が似ている。でも、彼女は頭がワルイと思うのは、アフリカでもインドでも、現場を踏まないと分からない。私は歴史から、近代化に成功したのはヨーロッパ以外では日本だけだと考えているから、現場を見なくても曾野の考えが分かりますがね。
 私はしばしば、「 妻をめとらば 曾野綾子 」と言っていました。もちろん与謝野鉄幹の「妻をめとらば才たけて、顔(みめ)うるわしくなさけある」が望ましいが、まあ実際に娶ってみたら、曾野であったと。女房はよく、こう後の句をつけます。
「 妻をめとらば 曾野綾子  後(あと)は野となれ、山となれ 」
 その程度が、ウツの危機を乗り越える秘訣ではないでしょうか。

【筆者comment】
▼三浦朱門氏と曾野綾子氏ご夫妻は、『鴛鴦夫婦』として大変有名ですが、「妻をめとらば・・」の『連歌』風のやりとりは、その仲の良いお二人を彷彿とさせる一首ですね。この様に仲の良いご夫婦でも、一時期とは言え、曾野綾子氏が鬱病で苦しんでいたとは、世の中分からないものです・・。詳細は文藝春秋を是非ご購読下さい。税込み710円です。(笑)


080712_2080712_3【後記】■さて今日の締め括りは、「〔愛知県美術館『詩上のユーとビア』〕〔名古屋ボストン美術館『モネ展』〕を見て」の(前編)として、〔愛知県美術館『詩上のユーとビア』〕の中から、藤島武二の『造花』『婦人と朝顔』『夢想』の三品をご案内してお別れしたいと思います。(後編)は次号に譲りたいと思います。
↓『造花』(1901年) ↓『婦人と朝顔』(1904年) ↓『夢想』(1904年)
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▼藤島武二は、明治・大正・昭和前期を代表する西洋画の巨匠。過日ご紹介させて頂いた様に、冨安昌也先生の東京芸大時代からの恩師。今日、ご紹介させて頂いた三作をはじめ黒田清輝、青木繁などの傑作選を、7月12日、父を連れて見て来ました。 ご覧の様に三作は、いずれも明治34年、37年の作品なのですが、当該作品に登場するモデルの女性を眺めていると、とくに「婦人と朝顔」の女性なんかは、現代に「ふっ」と現れ出てきても何の不思議もないモダンな女性で正直感動しました(当該写真の上にカーソルを当てclickすると縦14cm×横21cm程に拡大され綺麗に見えます(笑))。名画って本当にいいですねぇ・・。(笑)

(了)

2008年7月10日 (木)

【時習26回3-7の会 0185】~「牧野君『出席』表明!」「下浦(原田)さんからの返信はがき」「7月6日:『シャガール』展を観て」「今の時節の俳句~季語『雷』『夕立(「驟雨」「白雨」)』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0185】号をお送りします。今日は7月10日。 8月16日の【2637の会】《クラス会》迄あと37日となりました。 時節を言えば、7月7日は二十四節気でいう『小暑』。気候は夏に向かい「返り梅雨」「戻り梅雨」の雨脚の強い、鬱陶しい日が続きます。 皆さんも、健康に充分留意して下さいね。 老け込む心配はありませんが、決して「若くはない」ことは肝に銘じて欲しいと思います。

■さて今日最初の話題は、7月8日(火)に「牧野M孝君」から【2637の会】《クラス会》への「『出席』表明」の返信はがきが届きましたので、ご報告致します。
【牧野M孝君】
〔出欠〕[1.参加する]
〔近況〕▼4月から教頭として勤務しています。
【筆者comment】
 牧野君、「『出席』表明」をありがとう! これで牧野君を入れて【2637の会】《クラス会》への正式な「『参加』表明者」は、T三先生を含めて6名〔『出席できそう』の彦坂君を含めると7名〕になりました。幹事として嬉しい限りです。
 牧野君は、2006年から今年で3年連続の「参加」です。万年幹事としてこれほど嬉しいことはありません。 「牧野君!いつも【2637の会】を盛り上げるためにご協力してくれて本当にありがとう!」
 今年の【2637の会】《クラス会》は、よくばって昨年を上回る〔20名〕以上の参加を目指したいと思います。「参加しようか、どっちにしようかなぁ・・」と考えている皆さん! 「『年に一度の《クラス会》』です。 「全国中に散らばっているclassmatesが一同に会して旧交を温める!」絶好の機会です。 一昨年・昨年の実績から、懐かしく・楽しい数時間であること間違いなしです。

■続いては、今日7月10日、下浦(原田)Y子さんから「返信はがき」が届きました。
【下浦(原田)Y子さん】
〔出欠〕[2.参加しない]
〔近況〕▼連絡が遅くなり申し訳ありません。今回も出席できず残念ですが、今泉君の報告メールを楽しみにしています。
【筆者comment】
 Y子さんへ、今回も「出席できない」とのこと、本当に残念です。 ハイ、「報告メール」の件、お任せ下さい。 「来年は、わたし絶対に出るワッ」と、Y子さんに言わしめる「楽しい2008年【2637の会】《クラス会》」にしたいと思います。 その為にも【2637の会】皆さんのご協力・ご参加をお願いします。 m(_ _)m
 そう言えば、記憶に間違いがなければ、Y子さんは今月20日(旧『海の日』)が「お誕生日」でしたね。 ちょっと早いですが、「お誕生日おめでとうございます!」。 お互い健康で若々しく過ごして参りましょう! 来年の参加を心よりお待ちしています。

▼以上により今日(7月10日)現在、【2637の会】《クラス会》の『出欠予定状況』は以下の通りです。

【出席予定者】1.T三先生、2.伊東君、3.鈴木(J司)君、4.千賀君、5.牧野君、6.今泉
【出席できそう】1.彦坂君
【ギリギリまで判らない】1.石田(義)君
【欠席】1.下浦(原田)さん、2.鈴木Iさん、3.竹内君、4.夏目君、5.牧原(金子)さん、6.守田君、7.山田君


0101marc_chagall_19411040219148■続いての話題は・・、7月6日(日)、岡崎市にある「岡崎市美術博物館」で開催中の『シャガール』展を観て来ましたので、その模様をご報告致します。 同絵画展は、来週7月13日(日)で終了なので、4日に『コロー展』を東京で観たばかりですが行ってきました。

05191406193219600719535608195658▼今回、展示されているシャガールの作品は、彼が満97歳という長寿を全うしただけあって、大変多くの作品を見ることが出来ました。 中でも彼の作品は、表現が微妙ですが、「『生体離脱』して空中を飛んでいる様な人間を描いた絵」とか、「馬」や「鶏の様な『鳥』」、「魚」の絵が、そこここに描かれていて、しかもシャガールが得意とする、明るい色彩が大変魅力的な作品群を見ることが出来ました。 「赤」「緑」「青」を多用した幻想的な絵はシャガールの真骨頂ですね。
 作品をご紹介する前、シャガールの略歴をご紹介します。 ご覧下さい。
091960661019581119566012195660【略歴】
マルク・シャガール(Marc Chagall、1887.07.07 - 1985.03.28没)。 20世紀のロシア(現ベラルーシ)出身。仏の画家。ユダヤ人。 ロシア名マルク・ザハロヴィチ・シャガル。
1887年 帝政ロシア領ヴィテブスク(現ベラルーシ・ヴィツェプスク生まれ。
1907年 首都ペテルブルグの美術学校入学。同校のアカデミックな教育に満足せず、やがてレオン・バクストの美術学校へ(バクストは当時のロシア・バレエ団の衣装デザインなどを担当)。
1319757614151976161910年 パリへ。5年間滞在。帰国後の作品にはキュビスムの影響が見られる。
1915年 結婚。
1917年 十月革命後のロシアで暫く生活。
1922年 ベルリンへ。
1923年 再びパリへ。
171941年 第二次大戦勃発。ナチスの迫害を避け米国へ亡命。 同郷人で最初の妻ベラ・ローゼンフェルトは米国病没。
1947年 三度パリへ。
1950年 南仏に永住決意。仏国籍を取得。
1952年 ユダヤ人女性ヴァランティーヌ・ブロツキーと再婚。
1960年 エラスムス賞受賞。
1964年 1960年、仏の文科大臣アンドレ・マルローの依頼によりオペラ座の天井画を担当し1964年に完成。
1966年 シャガールは17点から連作『聖書のメッセージ』をフランス国家に寄贈。
1973年 画家の86歳の誕生日にニース市のシャガール美術館が開館。
1985年 ヴァンスで死去。享年97歳。



【後記】■今日の締め括りは、梅雨が明ける直前によくお目にかかる『雷』と『夕立』をthemeにした俳句をご紹介します。
 『夕立』と同義語の季語に『驟雨(しゅうう)』がある。日本的な情緒ある語感がある『夕立』に対し、現代的な響きがする『驟雨』。この言葉もいい。 また『夕立』を『白雨』とも言う。

 地下鉄道 驟雨に濡れし ひと乗り切る  山口誓子(せいし)

【意】雨に濡れた人々が地下鉄に乗って来た。きっと今、地上は夕立が激しく降っているのだろうなぁ。

 迅雷や おそろしきまで 草静か  原 石鼎(せきてい)

【意】雷鳴の轟く中、その轟音に怯えた様に夏草が固まったまま動かない。 

 法隆寺 白雨(はくう)やみたる かな  飴山實(あめやまみのる)

【意】夕立(白雨)が止んだ。眼前に法隆寺の伽藍の雨垂れが・・。

 紫陽花が 俄かに煙る 驟雨かな  悟空

【意】俄か雨の強い雨脚で、庭の青い紫陽花の花があっという間に掻き消された様に見えなくなった。(雨に濡れたアジサイの花は綺麗ですね)
Photo02
▼【2637の会】members皆さんからの朗報をお待ちしています。
では、また・・。
(了)

2008年7月 4日 (金)

【時習26回3-7の会 0184】~「!謹告!【2637の会】《クラス会》〔二次会会場〕変更のお知らせ」「『T三先生』《クラス会》出席ご快諾!」「『鈴木J司君』出席表明」「『竹内君』からの返信はがき」「7月4日:国立西洋美術館『コロー 光と追憶の変奏曲』を見て」

■今泉悟です。 【2637の会】membersの皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、【2637の会】会報【0184】号をお送りします。
▼8月16日(土)【2637の会】《クラス会》まで43日(今日7月4日現在)となりました。 今日も嬉しいニュースがあります。
 ただその前に、掲題「副題」にある様に、《クラス会》の〔二次会〕会場を変更しましたのでご報告致します。 〔一次会〕会場『ブラウンズ』は、変更ありませんので、〔一次会〕会場に間違いなく来て頂ければ、当日小生がご案内しますので、実害はありません。(為念)
 〔二次会〕会場は、当初、昨年同様『マイアミ』を予定していましたが、昨年、参加された方より(~お盆の時期で同窓会等で盛況であったためか、我々に割り当てられた場所は~)「ちょっと身動きが取りにくく、沢山の仲間と確り話せなかった」というご意見を頂戴していました。 その言葉がずっと心に引っかかっていた小生、いろいろ探していました。
 ありましたよ!「35~6人迄入場可能で、20時から22時過ぎ迄「貸切」で、カラオケもあり、ビール・焼酎・ソフトドリンクをフリー・ドリンク付で、3,000円」というところが・・。 その新会場名は『トライ・アゲイン』。 住所は「灯台下暗し」で、小生が勤める会社の『開発ビル(~豊橋グランドホテルのある『名豊ビル』の西隣りのビル)』の地下1階。 〔一次会〕会場『ブラウンズ』から徒歩で7~8分弱程かかりますが、豊橋駅迄5分と至近ですので帰りは便利です。〔二次会〕会場にはみんな一緒に語らい乍ら歩いて行きましょう!(笑)(^^;)

■さて、次の話題です・・。 小生、7月2日夕方、T三先生に電話を入れ、《クラス会》出席をお願いしましたところ、『出席』のご快諾を頂戴しました。「先生、ありがとうございます」。 先生は、漢詩のほか、俳句・短歌もお好きだそうで、【2637の会】会報に紹介される俳句・短歌を楽しんでいらっしゃるそうです。 「先生、【2637の会】《会報》を応援して下さってありがとうございます。」 m(_ _)m
 それから、先生はマリナーズの「イチロー」のファンで、インターネットで「イチロー」のプレイの実況をご覧になっていらっしゃるそうです。
 先生の電話口でのお声は、昨年の《クラス会》の時と同様、大変お元気なご様子でした。 
 「先生、8月16日(土)は、18時に〔ブラウンズ〕にて、心よりお待ちしております。」
 先生との再会がとても楽しみです。

■続いては、鈴木淳司君から《クラス会》『出席表明』の返信はがきが到着しました。
【鈴木J司君】[1.参加する]
【筆者comment】
▼J司君へ、【2637の会】《クラス会》への「出席表明」ありがとう! そして、ずっと【2637の会】《会報》を応援してくれていること、小生、いつも大変心強く思い、感謝致しております。 《クラス会》での再会を今年も楽しみにしています。 宜しく!

■続いては、竹内君からの「返信はがき」です。
【竹内T也】[3.参加しない]
▼今泉君ががんばっているのに申し訳なく思います。 今年は、中部中の同窓会とぶつかってしまいました。向こうは10年に一度なので向こうに出ることにしました。
【筆者comment】
▼竹内君へ、「返信はがき」をありがとう。 10年に一度の同窓会ですかぁ・・。 中学の仲間も大切にしないとね。 【2637の会】《クラス会》は、万年(?)幹事の不肖今泉が元気な限り来年以降も毎年開催する予定ですから、今年は中部中学校の、そして来年は【2637の会】の、《同窓会・クラス会》に参加して下さい。」 来年の参加、お待ちしています。 m(_ _)m

▼これまでに、【2637の会】《クラス会》の出欠状況は以下の通りです。

【出席予定者】1.T三先生、2.伊東君、3.鈴木(J)君、4.千賀君、5.今泉
【出席できそう】1.彦坂君
【ギリギリまで判らない】1.石田(Y)君
【欠席】1.鈴木Iさん、2.竹内君、3.夏目君、4.牧原(金子)さん、5.守田君、6.山田君


01200807040203camille_corotnadar■さて話変わって、今日7月4日、小生は勤務先の決算報告を取引銀行にするために上京。 二つの銀行に無事説明を終えた後、若干時間がありましたので、今、上野の国立西洋美術館(添付写真ご参照)にて開催中のフランス・バルビゾン派巨匠のコロー展『コロー 光と追憶の変奏曲』を見て来ましたのでご紹介します。
0418640501061874 今回の目玉は、『19世紀のモナ・リザ』とも称される肖像画の傑作《真珠の女》や『青い服の婦人』、そして風景画の傑作『モルトフォンテーヌの想い出』のコローの三大傑作が見ることが出来ることです。 お蔭様で、感動のひとときを過ごすことが出来ました。
 小生、コローの《真珠の女》は、古今東西の肖像画の中で「一番好きな絵」です。 この作品は、コロー自身が最も愛した作品の様で、彼が死の床に着く迄、最後まで手放さなかった肖像画です。 因みに、これとよく似た話が日本の洋画家の巨匠「藤島武二」の『黒扇(国の重要文化財)』(ブリヂストン美術館蔵)です。 この『黒扇』も、藤島が死ぬまで手放さなかった女性の肖像画です。 過日、ブリヂストン美術館で『黒扇』を見た時、コローの《真珠の女》の逸話を思い浮かべましたが、その《真珠の女》をこんなに早く見ることが出来たこと自体、驚きでした。
 小生、この《真珠の女》を見る度に、年甲斐なく「ときめき」を感じます。 そして眼前で確りと見ることが出来、今日は「最高に『感動』」したひとときでした。
 死ぬ迄に一度見て置きたい作品を見ることが出来て、人生の目標の一つを実現した様な充実感を味わうかことが出来ました。(ちょっと大袈裟かな(笑))
 それにしても「東京という街、日本という国は、本当に素晴らしい、力のある街・国だ」と再認識させられました。 世界の名画が居ながらにしてこの様に、本物を見ることが出来るんですから・・。 著名な作品なので、混雑は覚悟していましたが、平日であったためか、上記の傑作三作品ともじっくり鑑賞することができ、至福の時を過ごすことが出来ました。 大満足です。(笑)
 何はともあれ、添付写真の三大傑作をご覧下さい。 「素晴らしい!」とご納得頂けるものと思います。
 以下に、コローの略歴をご紹介します。
【略歴】
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー(Jean-Baptiste Camille Corot,1796.07.17 - 1875.02.22没)。
1796年07月17日 仏、パリ生まれ。実家は裕福な織物商人。コローは、父親の命に従い最初は商人を志す。
1822年(26歳) 父の赦し得、画家の道へ。風景画家ミシャロンやベルタンに師事。
1825年(29歳) この年からコローは合計三度渡伊。イタリア絵画の明るい光と色彩にも影響を受ける。 理想化された風景でなく、自然な感じの風景を詩情豊かに描く手法はこの後、印象派の画家達に大きな影響を与えた。
1840年(44歳) 《幼い羊飼い》が1,500フランで国家買上げとなる。
1846年(50歳) サロンに《フォンテーヌブローの森の眺め》を出品。7月、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受賞。
1847年(51歳) この年、ドラクロア(1798生-1863没)と知り合う。
1864年(68歳) サロンに《モルトフォンテーヌの想い出》を出品。
1872年(76歳) 《ヴィルダヴレーの想い出》をサロン出品。
1874年(78歳) 《青い服の婦人》を描く。
1875年02月22日 死去。享年78歳。 02月25日、ペール=ラシェーズ墓地に埋葬される。


【後記】■今日の締め括りは、今の時節にあった俳人星野立子の作品を一つご紹介してお別れしたいと思います。2日の日、T三先生が愛読されている俳句の本の中で「大岡信『精選 折々のうた 日本の心、詩歌の宴』上・中・下(朝日新聞社刊)」がとてもいいとご紹介下さいました。 で、小生早速手に入れその中の一作をご覧に入れます。

 美しき 緑走れり 夏料理  星野立子

【意】『立子句集』(昭和12年所収)▼大岡信は、彼女の作風を、「自然を諷詠するに当たって、のびのびと恐れげなく対象に接してゆくところに、独特の明るさが生まれた」といい、「目に涼しく、味はさっぱりした夏料理」を、「その外見の印象を捉えて、自ずと本質まですくいとっている」と評価している。 的を得たとても上手いcommentだ、と思う。 

では、また・・。(了)

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