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2009年1月の4件の記事

2009年1月25日 (日)

【時習26回3-7の会 0222】~〔 2つの感動! 〕「1月23日:神戸~兵庫県立美術館『小磯良平記念室』&『ウィーン美術史美術館・静物画の秘密展』を見て」「1月23日:愛知県芸術劇場『ランラン・ピアノリサイタル』を聴いて」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0222】号をお送りします。
 金子君、菰田君、山中さん、時習26回生「新年会」CD写真集はお手許に届きましたでしょうか。1月23日現在、4名の方が転居先不明で戻って来てしまいましたが、そのうち3名は既に連絡が取れ、今日再度配送しました。あとお一人、転居先不明の方も同窓会35周年記念旅行企画委員長の矢野君にmialで訊ねたら早速調べてくれ判りました。我等が同期の情報網も満更捨てたものじゃぁありません。これで1月3日の時習26回同窓会「新年会」記念CD写真集は明日全員に配送完了予定です。何はともあれ「ホッ」としました。
 記念CD写真集は、「元気であった五十路」記念としてでも活用され喜んで頂ければ幸甚です。送付した皆さんのうちの何人かから時習26回生「不老荘」掲示板やお葉書等にてお礼を頂戴しました。作った甲斐がありました。(安堵)(笑)

 さて、「今、時節は『大寒』」の話題からお届けします。『大寒』という言葉を聞くと、前にもご紹介したことがありますが、小生、俳人飯田龍太(以下敬称略)の次の作品を思い浮かべます。
【解説】この作品は極めて写実的・直截的な句である。飯田龍太の故郷である信州境川村は雪国。『大寒』の頃、作者は山の高みから自分の住む村を眺める。すると、確り冷え切った大気の中に、よく知った村の家々がはっきりと見える。詠む者にも、純白に覆われた山里の寒村の一戸一戸の家が眼に浮かぶ、名句である。

 大寒の一戸もかくれなき故郷  飯田龍太

■続いては、今回の【2637の会】《会報》は、掲題・副題にあるように、久々に「一日に二度『感動!』した」話をお伝えします。

 実は、小生、先週23日、社用で取引先で港湾荷役業界最大手K社会長のお別れの会に参列のため神戸市内のホテル・オークラ神戸へ一日出張した。参列者は3千人を超えていたであろうか。大変な人数の「お別れの会」であった。
 そして小生、時間の都合をつけてその帰り、折角神戸まで来たのだからと、近くにある「兵庫県立美術館」に立ち寄ることに。

『ウィーン美術史美術館所蔵~静物画の秘密展』リーフレット
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そこでは、丁度今、企画展〔『ウィーン美術史美術館所蔵・静物画の秘密展』〕が開かれている。添付写真の(№07)リーフレットにある様に、目玉は「ベラスケス『薔薇色の衣装のマルガリータ王女』」。スペイン画家の巨匠ベラスケスの傑作とされる作品である。今回のこの静物画展は美術史を勉強する意味においては貴重な展覧会であったが、作品が全体的に暗く、好き嫌いだけで言えば今一つの感がであったというのが正直なところ・・。
 一方、同美術館には、常設展の一室に神戸が生んだ日本人西洋画の巨匠「『小磯良平』記念室」があり、小生、前から是非一度直に見たかった彼の代表作『斉唱』(1941年)と『T嬢の像』(1926年)をじっくりと見ることが出来た。これが、今日『感動!』したまずはその一。添付写真の№01~06をご覧下さい。
 この美術館は、見る者に大変寛容で、常設展チケットの裏面に「フラッシュを使わなければ、常設展の写真撮影が出来る」旨書いてあった。正直、これにはビックリと同時に感激(!)した。(但し、携帯電話の使用が禁止されているため、携帯電話のカメラはフラッシュなしでも使用不可なので念の為)

01『斉唱』(1941年)
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02『T嬢の像』(1926年)
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03『自画像』(1926年)
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04『静物』(1935年)
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05『腰かける婦人像』(1938年)
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06『洋裁する女達』(1939年)
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 早速、係員に確認した上で撮影したのが№01~06の添付写真の絵である。ただ、やはりフラッシュを使わないと採光不足となり、実際見たものとこれら写真とは色彩が違うのは残念である。が、これは仕方がない。写真撮影出来たことだけで幸運である。そこで皆さんには、『斉唱』と『T嬢の像』の二品については、綺麗な添付写真〔№01aと02a〕を添えておきましたのでそちらもご覧下さい。二品とも、クセのない、実に気品に満ちた傑作であると思いますが、皆さんは如何思われますか?
 因みに、小磯良平氏は、先日《会報》にてご紹介させて頂いた荻須高徳氏と、東京美術学校の藤島武二教室の同期。小磯氏は学生時代の1926年に制作した『T嬢の像』が第7回帝展の特選となった。『小磯良平』・・小生、心底大好きな日本人西洋油彩画家である。

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■続いては、さらに23日の後刻、神戸を後にした小生、夕刻名古屋で途中下車し、愛知県芸術劇場コンサートホールへ直行した。掲題・副題にある様に『ランラン・ピアノリサイタル』を聴くために・・。ランランは、北京五輪・開会式でも演奏した、今、注目度№1の新進気鋭のピアニストで、前から是非一度聴いてみたいと思っていた人物である。彼の名である「ラン・ラン」は、昔、上野動物園にいたパンダの名前みたいですね。(笑) 因みに、英語表記は Lang Lang 。中国語では『郎朗』。彼は、1982.06.14 生まれだから、まだ若干26歳。中国遼寧省瀋陽出身。既に、ウィーン・フィルやベルリン・フィルはじめ米国のトップ・オーケストラ全てと競演。指揮者も、小澤征爾を始め、ズビン・メータ、ブーレーズ、ゲルギエフ、マゼール、ラトル、ムーティ、ケント・ナガノ、テミルカーノフ等著名指揮者と競演して来ている。若干26歳にして、この華々しい実績!凄い!(笑)
 23日の演奏曲目は、モーツァルト『ピアノソナタ第13番 変ロ長調 K333』、シューマン『幻想曲 ハ長調 Op.17』ほか・・。一曲目のモーツァルトのピアノソナタ演奏し始まった瞬間、小生の脳内に落雷の様な凄い衝撃が走った! 彼は、予想を遥かに超えた卓越した演奏技術を持ち、聴く者の心を捉えて離さない。彼の演奏を聴いていて「素晴らしい!」あまり武者震いが止まらなかった。(汗)(笑)
 小生、ピアノ・リサイタルを聴いて、これまでこれほど感動したコンサートはなかった。モーツァルトのピアノソナタは、綺麗な演奏は沢山聴いて来たつもりであるが、これほどダイナミックにそして精緻、かつ美しく演奏したものを聞いたことがない。
 20世紀のピアニストの巨匠としては、A.ルービンシュタイン、W.バックハウス、V.ホロヴィッツ等がいる。そして、その後を引き継いだ巨匠としては、V.アシュケナージ、M.ポッリーニ、M.アルゲリッチ等がいる。しかし、さらにその後を背負って立つのはこのランラン(郎朗)だ、と、この時確信した。
 二曲目のシューマンの幻想曲は、シューマンをして自作の最高傑作と言わしめた名曲であるが、この日会場でちょっとしたハプニングが起きた。
 この曲は全曲は第三楽章まであるのだが、第二楽章が演奏終わった途端、館内から感動のあまりか、大拍手と歓声が沸き起こったのである。この第二楽章は、昔《凱旋門》という標題が冠されたことがある様に大変勇ましい曲で、確かにフィナーレみたいなところはあるのだが・・。(笑) だから、聴衆は最終楽章と間違えたのかもしれない。でも、この日の大拍手は、彼の名演に対する、聴衆の感動と、彼への賞賛を惜しみなく表現したものだと理解したい。それほど、「ランラン」のコンサートは感動的だった。これが今日二度目の『感動!』。

【後記】■今日は、【2637の会】関連の話題がないため、毎度のことですが、ほぼ小生の勝手な話題提供で終始しました。恐縮です。(笑)(汗)

 最後に、小磯良平氏の『T嬢の像』に関連して、彼の画文集『絵のように 永遠に 美しく』の中から、彼の二女嘉納邦子氏が、エッセー『父・小磯良平の思い出』で次のように、彼とT嬢とのエピソードを紹介しているのでご覧に入れて締め括りとします。

〔 《T嬢の像》が描かれるまで 〕

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 良平と「T嬢」(敏子)は三つ違いのまたいとこの関係であった。 幼い頃は両方の家が敬虔なクリスチャンであったため、日曜学校や教会で顔を合わせ、クリスマスと新年は祖父母の家で一緒に過ごした。
 月日が経ち、二人は若者に成長する。須磨で偶然、再会し、良平は美しくなった敏子を見初めた。ピアノ教師であった敏子にピアノのレッスンを受けたり、彼女の兄を交えて音楽会に行ったりしても、二人きりで出かけることはなかった。
 「敏ちゃんは心の美しさが顔に出ている」と、良平は敏子をモデルに絵を描くようになった。(中略) その後、良平の家の応接間で描かれたのが《T嬢の像》である。「お迎えに参りました」という良平の名刺を持った人力車が毎日、敏子を迎えに来た。良平は敏子に自ら選んだ白地の着物を纏わせ、そして「ドボルザークの『新世界』をかけた敏ちゃんの顔が綺麗になる」と言って、必ずレコードをかけて制作にとりかかった。
 《T嬢の像》のモデルは目線を窓の方に向けている。仕上げの段階で、良平は、窓の外を飛ぶ蜂に敏子が目をやった瞬間を描いた。
 良平はこの絵を帝展に出品し、それが特選となる。そして展覧会ではこの絵の前に大勢の人が群がり、昭和天皇も鑑賞なさった。良平は「敏ちゃんをこの場に連れて来たかった」と思った。
 養母の反対に逢い、二人は結婚を許されなかった。良平は傷心のままフランスに旅立ち、両家の付き合いは途絶えた。
 (中略)
 今までこの絵にはどうしてこれほどの優しい空間が感じられ、豊かな時間が流れているのかと不思議に思っていたが、敏子さんのお嬢さん、吉国寿美子さんにお母様の思い出として、良平とT嬢にまつわるエピソードを聞かせて頂き、納得した次第です。(了)(2006年3月)

【筆者comment】
 やはり、「名作に恋愛あり」かな・・。人は「ときめき」を感じると何でも意欲的になる。インスピレーションが湧き、創作意欲がかきたてられる。「ときめき」はいくつになっても大切にしたいものである・・。ホント!(笑)

 最近頂戴していない【2637の会】の皆さんからのお便りを首を長くしてお待ちしています。ハイ。
 では、また・・。(了)

2009年1月18日 (日)

【時習26回3-7の会 0221】~「1月13日:横浜美術館『セザンヌ主義』展をみて」「1月16日:『アンドリュー・ワイエス』死去」「1月17日:時習26回『ミニミニ同窓会』実施報告」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0221】号をお送りします。
 時習26回掲示板「不老荘」にも載せましたが、「1月3日開催の『新年会』CD写真集」が出来上がり、参加者45名に発送を完了しました。手渡しした林K子さんを除いた金子君、菰田君、山中(高木)さん、CD写真集は届きましたでしょうか。感想などを【2637の会】《会報》にお寄せ頂ければ幸甚です。ハイ。(笑)
 流石に最近は寒中。寒い日が続きますね。お風邪など召しませぬ様に。因みに明後日20日が『大寒』です。この時節が過ぎれば『立春』。暦の上では「もうすぐ春ですね~♪」あれっ!懐かしいキャンディーズのメロディーが・・。小生もまだ若い・・。それとも、認知症の症状かな・・。(笑)
 最近、小生、仕事が忙しくなかなかPCの前に座れなくなっています。《会報》の出状頻度も週一回が一杯いっぱいです。ご容赦下さい。

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■さて、今日、最初の話題は、先週13日に小生、また上京しました。勤務先の、在京の取引銀行2行に年始の挨拶の為、社長に随行して行って来ました。そして、用を済ませた後、社長とも別れ、横浜の横浜美術館で開催中の「『セザンヌ主義』展」を見て来ました。同美術館は、東京駅から東海道本線とみなとみらい線を乗り継ぎ、30分余りで行ける交通至便なところにあります。そして美術館の後方にランドマークタワーが見えました。地上77階建。現在日本一高い超高層ビルですね。添付写真をご覧下さい。

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 さてポール・セザンヌ(1839-1906)についてである。

ゴーギャン『パトロンの娘』
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セザンヌ『帽子をかぶった自画像』
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南仏生まれの彼は、19世紀後半にパリで、伝統的なアカデミーの様式に反発した一群の者たちが起こした運動「印象主義」に賛同して活動を一時ともにした。が、やがて彼は独自の道を模索し始めた。

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シャガール『毛皮襟の女』
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ピカソ『肘掛椅子で眠る女』
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ピカソ『ドラ・マールの肖像』
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セザンヌ『3つの林檎』
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セザンヌ『りんごとナプキン』
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静物画のりんごに代表される画法は新しい画法を試みているとも言える。彼の作品がキュビズムにも影響を与えているという所以はここら辺りにあるのかもしれない。添付写真にあるゴーギャン・ピカソ・シャガールなどは彼の影響を受けた画家たちである。

岸田劉生『樹と道 自画像其四』
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佐伯祐三『パレットを持つ自画像』
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安井曾太郎『婦人像』
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安井曾太郎『静物』
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安井曾太郎『ターブルの上』
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 また、明治から大正、昭和にかけて活躍した日本の西洋画家たちもセザンヌの影響を受けた者が少なくない。なかでも安井曾太郎(そうたろう)はその代表者。安井曾太郎の静物画「23『静物』(1910年)」「24『ターブルの上』(1912年)」などにセザンヌの影響を良く見て取れる。セザンヌの「21『3つのりんご』(1877年頃)」や「22『りんごとナプキン』(1879-80年)」を比較してみると納得頂けるであろう。
 セザンヌの絵は、日本人の琴線に触れる、魅力がある。「安心感」とでも言えるであろうか。

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■続いては、米国人画家アンドリュー・ワイエス氏が一昨日1月16日に他界した。病名は判明していない。享年満91歳。前《会報》【0220】号でご紹介したばかりである。亡くなられたことは大変残念である。「100歳まで現役!」を標榜する小生にとっては、長命という点で、ワイエス氏は、小生が人生の目標としていただけに、とくに残念である。故人のご冥福をお祈りする。(合掌)(添付写真は昨年2007年ブッシュ大統領から米国芸術勲章を授与されたときの写真(ロイター通信))

【後記】
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■今日の締め括りは、昨日夜の『ミニミニ同窓会』開催報告です。場所は名古屋金山の某レストラン。旧【3-2】の中嶋Y君の声かけで、岩瀬君(旧【3-4】)と金子T君(旧【3-4】)と4人で一献傾けました。
 小生を除く3人は医者。大学教授・病院院長・科部長さんというお歴々ばかりですが、会話の中身は「硬・軟」合わさったとても楽しい内容でした。5時半にスタートしましたが、二次会を加えて9時半過ぎ迄の4時間余りがあっという間でした。添付写真は岩瀬君から頂いたものです。岩瀬君、ありがとう!

(了)

2009年1月12日 (月)

【時習26回3-7の会 0220】~「1月3日『新年会』関連のお話」「1月8日『ワイエス』展を観て」「1月10日『気まぐれコンサート』&1月11日『ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団』のニューイヤー・コンサートを聴いて」「1月11日『モネ「印象 日の出」展』を観て」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0220】号をお送りします。
 二十四節気でいう『小寒』は今年は1月5日。所謂「寒の入り」です。一年中で一番寒い時節だけあって、最近は冷え込む日が多いですね。とは言え、降雪がほとんどないご当地豊橋は暖かなところであると思います。
 年の初めは、諸事に終われ何かと忙しい・・。小生の勤務先も5日(月)に仕事始めでしたが、その日以降、官庁・商工会議所・取引先への年始挨拶廻りにてんてこ舞い。年始挨拶で名古屋に2回、この三連休も1回と、都合3回も行って来ました。 privateも、ゴルフにニューイヤー・コンサート2回と、充実し過ぎて(?)疲れてしまいました。 でも、小生にとってはとても楽しい一週間でした。(笑)

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■さて、まず最初のご報告は、《会報》前【0219】号にてご案内させて頂いた、「時習26回『新年会』」につき、その記念CDの骨格が出来上がり、一昨日の10日(土)に豊橋市内の文化会館ホールで開催された「気まぐれコンサート」でお会いした林K子さんには早速その写真集CDをお渡ししました。
 時習26回生のホームページである不老荘にお知らせを載せましたが、「新年会」に参加された45名全員に写真集CDをお贈りする大役を引き受けさせて頂きました。「新年会」に参加された我等が【2637の会】の金子君・菰田君・山中(高木)さん!楽しみに待っていて下さい。 1月20日頃までにはご自宅に配送若しくは郵送させて頂く予定です。一次会・二次回併せ、全部で407枚撮影したうち274枚(一部重複写真を含む)に圧縮して、見応えある写真集が出来上がりました。(笑) 添付写真をご参照下さい。そのイントロの写真と写真集CDです。

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■続いては、その新年会の際に、参加者の一人である吉福(小出)さん(旧【3-6】)から、時習館同窓会東京支部の〔'08 秋〕「時習の灯創刊50周年特別号」を頂戴したことについてご報告させて頂きます。
 実は、東京支部のその記念誌の中に、「吉福(小出)さんが、昨年9月13日新宿にて、我等が同期で東京で舞台俳優・ラドママプロデュース代表として活躍中の旧【3-10】の小林(杉浦)C○子さんにinterviewした」時の記事が掲載されていました。東京支部の皆さんは既にご存知のことと思いますが、同支部以外の皆さんはご存じないと思い、本《会報》でも掲載させて頂くことにしました。杉浦さんの波瀾万丈(・・と言ったら失礼かも・・でも、やはり波瀾万丈・・(笑)(汗))の半生を、吉福さんが訊ねています。
 文章を転記するのがしんどかったので、写真に4枚撮影しました。添付写真〔四季の訪問【小林(杉浦)C○子さん】01~04〔完〕〕をご高覧下さい。(ブログでは写真が小さ過ぎて読めません。悪しからずご了承下さい。)
 彼女の頑張りの人生を、自分の若かった時代と重ね合わせると、「みんな夫々の持ち場持ち場で苦労して来たのだな・・」と、小林(杉浦)さんが辿って来た人生の軌跡に共感が持てました。彼女自身が話している程には決して破天荒でない、真摯な人生への取り組み姿勢がわかる様な気がします。一度皆さんも彼女の半生・・、「百聞は一見に如かず」いや「一読に如かず」です。

《Andrew Wyeth》(1983年)
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《自画像》(1938年)
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《幻影》(1949年)
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■続いては、小生、1月8日、先週2回目の訪名の折り、時間を見つけ、愛知県美術館で開催中の米国の画家『アンドリュー・ワイエス( Andrew Wyeth )展』を見て来ましたのでご報告します。昨年暮れに渋谷で開催されていたものと同じ展覧会です。

《粉挽き小屋》(1962年)
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《ガニング・ロックス》(1966年)
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 ワイエスは昔から知っていましたが、本物の彼の作品を直に見たのは初めてでした。添付写真をご覧下さい。1917年生まれで今も91歳ですがご健在。

《パイ用のブルーベリー》(1967年)
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《早い雪》(1969年)
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《ドイツ人の住むところ》(1973年)
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《火打ち石》(1975年)
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《松ぼっくり男爵》(1976年)
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《そよ風》(1978年)
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《昨夜》(1980年)
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《三日月》(1987年)
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 若い時の自画像を見ると、反骨精神旺盛な、そして几帳面そうな青年であると感じます。紙面の都合で割愛しましたが、この展覧会は「ワイエスの制作の過程に焦点を当てた展覧会」だけあって「デッサン→習作→完成品」と掲示されているとてもユニークな作品展です。
 小生は、1949年作の『幻影』が気に入っています。確かな技量を持った写実画家と言えるでしょうか・・。 mailの容量の関係から抜粋してお贈りしますが、詳細は【2637の会】ブログに掲載しますので末尾のURLをクリックしてご覧下さい。

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■今回はお伝えすることが多い。(笑) 続いては、1月10日(土)15時30分から豊橋市内の文化会館で開催された「ニューイヤー『気まぐれコンサート』」と翌11日(日)13時30分から名古屋の愛知県芸術劇場コンサートホールであった「ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団『ニューイヤー・コンサート』」の模様について少しご報告します。
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 添付写真2枚をご覧下さい。
 二つのコンサートとも、本場ウィーンのニューイヤー・コンサートの雰囲気をご当地・豊橋と名古屋に伝えてくれる・・という企画。
 曲目は、後者のウィーン・フォルクスオーパー交響楽団は定番のヨハン・シュトラウスⅡ「美しく青きドナウ」で終わり、ヨハン・シュトラウスⅠ「ラデツキー行進曲」をアンコール( encore )の「取り」とするお決まりのコース。 でも全ての演奏曲が著名、かつmellowな曲目で聴く者を魅了した。不景気な今には、憂鬱な気分を一掃してくれた音楽でとても良かったですよ。 暫らくα波が身体中を駆け巡り至福のひとときを過ごすことが出来ました。
 そこで今日は、テノールのモンタぜーリがオーケストラの伴奏で歌った、レハールのオペレッタ「微笑みの国(Das Land Lachelns)」から「私の心のすべては 君のもの(Dein isit mein ganzes Herz)」をお贈りします。


Dein isit mein ganzes Herz!
Wo du nicht bist, kann ich nicht sein,
So, wie die Blume welkt,
Wenn sie nicht kusst der Sonnenschein!
Dein ist mein schonstes Lied,
Weil es allein aus der Liebe erbluht,
Sag' mir noch einmal, mein einzig Lieb,
O sag noch einmal mir: ich hab' dich lieb!

Wohin ich immer gehe,
Ich fuhle deine Nahe.
Ich mochte deinen Atem trinken
Und betend dir zu Fussen sinken,
Dir, dir allein! Wie wunderbar
Ist dein leuchtendes Haar!
Traumschon und sehnsuchtsbang
Ist dein strahlender Blick.
Hor' ich der Stimme Klang,
Ist es so wie Musik.

Dein ist mein ganzes Herz!
 ( usw. )
O sag noch einmal mir: ich hab' dich lieb!

【意】*~僕の心はすべて君のもの
君がいなければ 僕は生きていけない
太陽の光が口づけをしないと 花が枯れてしまう様に
僕の一番美しい歌は 君のもの
その歌は 僕の愛だけで 花咲くものだから
僕の愛する人よ もう一度言っておくれ 僕を愛していると~*

僕の行くところには いつも君がいる
君の息吹を吸い込んで
君の足許に 祈りを捧げ乍ら 身を沈めたい
何と素晴らしい君の艶やかな髪
夢の様に美しい その眼差しは
故郷に思いを馳せ きらきら輝く
その声の心地良い響きは
僕には音楽の様に聞こえる

*~僕の心はすべて君のもの
 (以下繰り返し)
僕の愛する人よ もう一度言っておくれ 僕を愛していると~*

【後記】■今日の締め括りは、昨日11日(日)、ニューイヤー・コンサートの後、時間があったので名古屋市美術館で開催中の「モネ『印象 日の出』展」を見て来ました。モネについては以前《会報》【0187】号にてもご紹介しているので詳細は省略しますが、名画の幾つかを添付しますのでご覧下さい。またこの展覧会は、モネだけでなく、ブーダン、ピサロ、シスレー、モリゾ、セザンヌ、ルノアール、ギヨマン等の作品も展示されていて良かったです。こちらの詳細についてもブログに掲載しますので、以下のURLをクリックしてブログをご高覧頂ければ幸甚です。では、ご覧下さい・・。

モネ《ルエルの眺め》(1858年)
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《サン=タドレスの海岸》(1864年)
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モネ《サン=タドレスの弾劾》(1867年)
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モネ《セーヌ河の支流からみたアルジャントゥイユ》(1872年)
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モネ《印象 日の出》(1873年)
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モネ《アムステルダムの港》(1874年)
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モネ《橋からみたアルジャントゥイユの泊地》(1874年)
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モネ《海辺の船》(1881年)
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モネ《ヴェルノンの教会の眺め》(1883年)
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モネ《波立つブールヴィルの海》(1897年)
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モネ《睡蓮》(189798年)
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モネ《チャリング・クロス橋》(1899年)
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モネ《霧の中の太陽》(1904年)
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モネ《睡蓮》(1914-17年)
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ルイ=ウジェーヌ・ブーダン《ダウラスの海岸と船》(1870-73年)
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ルイ=ウジェーヌ・ブーダン《ブレスト、停泊地》(1872年)
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ルイ=ウジェーヌ・ブーダン《ボルドー風景》(1874年)
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カミーユ・ピサロ《冬景色》(1873年)
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カミーユ・ピサロ《ポントワーズの橋》(1878年)
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カミーユ・ピサロ《グラット=コックの丘からの眺め、ポントワーズ》(1878年頃)
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カミーユ・ピサロ《エヌリー街道の眺め》(1879年)
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アルフレッド・シスレー《サン=クルーの風景》(1876年)
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アルフレッド・シスレー《舟遊び》(1877年)
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アルフレッド・シスレー《サン=マメスのロワン運河》(1885年)
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ポール・セザンヌ《オーヴェール=シュル=オワーズの藁葺きの家》(1872-73年)
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ベルト=モリゾ《テラスにて》(1874年)
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ピエール=オーギュスト・ルノアール《森の小径》(1870年)
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ピエール=オーギュスト・ルノアール《パリ郊外、セーヌ河の洗濯船》(1872-73年)
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ピエール=オーギュスト・ルノアール《読書するふたり》(1877年)
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アルマン・ギヨマン《ロバンソンの散歩》(1878年頃)
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では、また・・。
(了)

2009年1月 4日 (日)

【時習26回3-7の会 0219】~「1月3日:時習26回『新年会』出席報告」

■今泉悟です。 皆さん明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 小生、前【0218】号出状から半月ばかり諸事に追われ、【2637の会】《会報》をお送りすることが出来ませず、大変申し訳ありませんでした。m(_ _)m
皆さんは如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0219】号をお送りします。

 今日の話題はこれ一つ! 掲題・副題にある通り、昨日1月3日夕方5時00分から豊橋駅にあるホテルアソシア豊橋にて時習26回『新年会』が開催され、出席して参りましたのでご報告致します。
 この日は、出席総数43名。うち【2637の会】からは、金子(哲)君、菰田君、林(恭)さん、山中(高木)さん、そして小生の5名が参加しました。
 開会に当たり、卒業35周年記念旅行、企画委員長の矢野君(旧【3-8】)の挨拶があり、まず昨年11月に逝去された故菅沼律雄君への黙祷を全員で捧げた後、乾杯へ。
 委員長の矢野君と幹事の黒柳M利君(旧【3-6】)の説明で、今年6月13(土)~14(日)の卒業35周年記念旅行のスケジュール(案)の説明がありました。それによりますと以下の以下の予定の通りです。
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 6月13日(土)は、①ゴルフ組、②テニス組、③観光組、④夜宴への直行組に別れ、夕方6時45分から宿泊場所の「山水館欣龍」にて宴会。
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 6月14日(日)は、10時~奥山半僧房、竜ヶ岩洞観光、12時~奥山山の家(ジンギスカン料理)



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 【2637の会】の皆さんには、パワー・ポイントで映し出されたところの主だったところと、「新年会」出席者全員の記念写真、そして旧【3-7】からの出席者5名(+菰田(中澤)さん(旧【3-1】))のsnap shotを添付しましたのでご覧下さい。皆さん、お元気なご様子でした。
 6月13(土)~14(日)は、極力予定を入れずに、参加しましょう。また、募集の頃になりましたら、詳細をご案内させて頂きます。

【後記】■今日の締め括りは、初春に因んだ歌を二首ご紹介してお別れしたいと思います。

 新(あらた)しき 年の始めの初春の
    けふ降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)
       大伴家持(718~785年)
【意】新春の雪が降っている。純白の雪が新しい年の門出を祝っている。この降りしきる雪の様に吉事が重なってくれることを祈る。

 春ここに生るる朝の日をうけて
    山河草木(さんかそうもく)みな光あり
       佐々木信綱 『山と水と』(1951年刊)所収
【意】新しい年を迎え、明るい朝日が降り注ぎ、山川草木皆輝いて見える。まるで自然全体が春の到来を喜び合っている様だ。

【筆者comment】▼年頭に当たり、気分一新できる短歌を探してみました。今年2009年は不景気な一年が予想されるなか、せめて気持ちだけでも清々しくスタートして行きたいですものね。
では、また・・。

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