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2009年3月29日 (日)

【時習26回3-7の会 0231】~「行天豊雄『オバマ政権への期待と不安』」「イタリア旅行から『ミラノ→ヴェローナ』」「3月26日:『山口誓子』命日」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も、《会報》【2637の会0231】号をお送りします。
▼時節の移ろいは、本当に早いものですね。今週央には、新年度の4月を迎えます。
 桜花も例年になく早く、豊橋でも春彼岸が終わる頃からそこここで咲き始めました。が、ここ数日間は寒の戻りがあり、豊橋公園の桜もまだ六~七部咲きといったところでしょうか。

■さて、我等が【2637の会】《クラス会》も今年2009年で4回目を迎えます。開催予定の8月まで4ヶ月余りになりましたので、そろそろ準備を始動しようかと思います。
 【2637の会】《クラス会》は、息の長い、気楽で楽しい会として、『細~く、長~く、暖か~く』をモットーにして、『百歳迄現役!』を目標と掲げる自称万年幹事の、この不肖今泉が元気な限り続けて参ります。気軽な気持ちで参加して下さい。
 我々に残された人生は、日本人の平均で男子25年、女子30年あります。しかし、折角生きて行くのであれば、お迎えが来るまでは周りに迷惑をかけず『元気で!』と考えるのは皆さん同じだと思います。そして、例え肉体的に元気でも、男性の場合は、社会的に肩書きが取れたら『ただのオジ(イ)サン』に、女性の場合は、子育てが終わったり、旦那が定年退職したら『自由時間』を持て余し「ヒマダワ!」なんてことにならないためにも(笑)、気の置けない仲間との交流を図り、精神的にも若さを保ち続けて行きたいものです。「【2637の会】がその様な【交流の場】になればいいな」と思っています。
 そこで、今〔 【2637の会】《クラス会》2009 〕で考えていることは、以下の通りです。

1.日時 : 2009年8月15日(土) 18時00分~
2.場所 : トライアゲイン〔豊橋市駅前大通2丁目33-1 開発ビル地下1階〕
  ( ★昨年実施した《クラス会》の《二次会会場》です )
  ( ★トライアゲインでは10名以上集まると「貸切」可。一次会・二次会一緒にして会費を節約 )
3.費用 : 5,000円( ←二次会も引き続きトライアゲインを利用することにより、二次会費用をカット! )
4.参加者全員にもれなく「青春のうたPartⅣ」を贈呈。
  ( ★今回も、曲目リクエストを考えていますのでご協力下さい m(_ _)m )
5.「《クラス会》のご案内」の出状予定次期 : 2009年5月中旬

 昨年、一次会会場から二次会会場への移動に少々手間取りましたので上記の様にしてみました。「一次会と二次会は場所を変えてやりたい」という意見があるかもしれません。いろいろと皆さんから忌憚のないご意見を頂戴したいと思います。お便りをお待ちしています。m(_ _)m

■さて、今回も、小生からの一方的な情報発信で申し訳ありませんが、暫くお付合い下さい。
 昨年秋以降の景気の急速な悪化は、日本経済に深刻な不況を齎し、将来に暗い影を投げかけています。一日も早い景気回復を願うのは、経済活動で生計を立てている皆さん共通の切なる願いであると思います。そのためには、これまで世界経済を、最大消費国として牽引して来た米国経済の回復が急務です。
 そこで最初の話題は、先週3月25日。上京して、(財)国際通貨研究所 理事長 行天豊雄氏の講演会「オバマ政権への期待と不安」を聞いて来ました。そこで、その概略を纏めてみましたのでご案内申し上げます。
 尚、以下の概略は、小生が講演会の内容をtake noteしたものですので、正確に聞き取れていないかもしれないということをお含み置き願います。では、どうぞ・・

【覇権国家アメリカの弱体化】
 米国は建国以来の重大な岐路に今立っている。これは、オバマ氏が大統領就任以前から問題が露呈していた。
 即ち、第二次世界大戦後、米国は覇権国家として、経済・軍事・文化あらゆる分野で世界を牽引、その資格を持ってやって来た。19世紀の英国もそうだった。
 しかし、ここ数年、米国に覇権国家としての資格に綻びが生じて来た。その第一が、これまで米国が世界で誇っていた金融市場、この経済問題だ。かつて、米国は世界の警察国家としての役割を果たして来た。ところが、イラン・イラク、その他のテロ問題等で、世界の警察国家の米国の力が完全ではなくなった。一方、BRICs等の国々が力を蓄えて来て、米国の相対的な力の弱体化が増幅されて来ている。
【アメリカの建国精神の自信喪失】
 もう一つ大事なことは、米国内で、自分達の自信に翳りが出て来たことだ。人種の坩堝(るつぼ)と言われる米国が、何故覇権国家になれたのか。これには2つ理由がある。
〔1〕星条旗に忠誠を誓う
〔2〕英語を話す
 競争は厳しいが、努力し才能さえあればオバマの様な(【筆者注】WASPでない)人でも大統領になれる、自由と公正さが保障されている素晴らしい国アメリカ。黒人移民と白人女性との間に生まれた混血児であるオバマ新大統領。米国民が、そして世界中が、米国という国はこの様な弾力性があり、更には、稀代の名演説で米国民を魅了したオバマ自身の能力に期待している。歴史的に希に見る高い支持率(就任当時83%(現在でも60%))がそれを物語っている。
【就任後これまでの2ヶ月間の評価はまずまず】
 これまでの実績はまだ2ヶ月なので評価は難しい。が、(【同】行天氏は)まあまあ及第点と評価する。医療・環境問題等の国内問題や、イラクからの撤退表明、イランとの関係修復、対日アドバイザーの適材配置等の国際問題、いずれもよくやっていると言っていい。とは言え、最近は経済問題に綻びが出て来ているのも事実。若さゆえ手を広げ過ぎているのが気になる。
【今後の課題】
〔1〕金融の正常化
〔2〕住宅市場の正常化
〔3〕(マクロ)経済の回復
 まず〔1〕金融正常化についてである。古典的だが①十分な流動性資金の供給、②不良債権の削減、③金融機関の健全性維持、の3本柱の施策は十分やっている。①十分な流動性資金の供給については、国債の買入れ等を実施。中央銀行は何処の国でも保守的なのが一般的だが、(【筆者注】米国のオバマ政権は)中央銀行が政府や議会を勇気付けている。 ついで②不良債権の削減についても、本格的にスタートし、今の処、反応は悪くない。ただ今後どうなるかは解らない。と言うのは、こういう施策は、民間(企業)が上手い話と思わないと前進しない。一方、民間が上手いと思う話は、国民には評価されない。この二律背反を如何にバランス取るかだ。③金融機関の健全性維持については、まだ不明。と言うのは、どの位の規模で出るのかが現状解らない。将来、手を引く際の方法も決めて置く必要があるが、決まっていない。まだ道半ばだ。
 次に〔2〕住宅市場の正常化についてである。この問題はまだ手がつけられていない。サブプライム問題に端を発する不良債権問題は未解決。不良債権の更なる拡大を防ぐ手立て、例えば差押さえを防ぐ方策も道半ば。
 〔3〕景気の回復~景気対策については、減税・公共投資だが、これは使った真水が大きければ必ず効果が出て来るので回復は間違いない。株式市場は、この点を先取りして上昇している。問題は、この回復が何処まで行くか。そう言う意味から(【同】景気の先行きを判断する上で)今年後半が大事な時期になる。
 オバマ政権が、予想出来なかった点、それは議会対策。どういうことかというと、上下両院はいずれも民主党が過半数を制している。しかし、(【同】オバマ政権は)目算が外れた。野党の共和党は開き直っている。事毎に政府に盾を突く。今、難問が山積しており、大統領が仕事を抱え込む。こう言う状態がいつまで続けられるか。
【前政権から引き継いだ中長期的課題】
〔1〕これからの米国経済はどの様な成長パターンで動くのか?
 これまでは、金融緩和政策を続け株価が上昇、住宅価格も上昇。そして金融も家計にとっても優し(【同】借り易)かった。米国のGNPの7割は個人消費。耐久消費財を中心に輸入が増え、アジア中心に、中国・インドネシア等が大量生産。(【同】これ等の国々との)持ちつ持たれつの関係が続いた。だがその結果、米国は恒常的に赤字を続け、5兆ドルの対外債務を抱えるに至った。以前からこんなことがいつまでも続く訳がないと見られていたが、基軸通貨ドルへの信頼が厚く、意外と長期間このパターン(成長モデル)が維持出来ていた。
 しかし、このクラッシュでこの成長モデルが維持できないという認識が定着。米国の個人消費は減らさざるを得ず、現実に昨年第4四半期は個人消費が激減した。米国の輸入の力が強制的に修正されるということは、輸出していたアジア各国の成長パターンも強制的に変更を迫られる。
〔2〕世界の金融の大きな変化
 現在は、金融資本主義と言われる。世界のGDP総額50兆ドル。世界の貿易総額10兆ドル。これらに比べ世界の金融資産は150兆ドル。世界のGDPの3倍の規模。世に言われる「レバレッジ(梃子)を利(き)かせた」経済が世界経済の発展の原動力であった。今後は、このレバレッジを使った経済成長パターンはなくなる。即ち、「借金を使って増やすことができなくなる」→「借金を減らす動きに逆転している」。
 経済をもっと真面目にやるべきだった。アングロサクソン型経済の見直し、揺り戻し、この動きが現在の経済を厳しいものにしている。
 今回のクラッシュは、金融規制が甘過ぎたのだという認識が出て来た。これまで米国は、金融資本主義の中心にいた。今後暫くは、金融主導の考えは抑えられる。
 日本のビジネスモデルは、アングロサクソン型よりずっと穏やかで確かなもの。よって、日本はもっと自由に市場からメリットを享受する必要があると思うし、リレーションシップに則りビジネスを行なっていく動きをすべきと考える。しかし一方で、今後、保護主義という規制で締め付けられるという懸念があり、憂慮される。
〔3〕国際的通貨問題~〔 ドルの基軸通貨としての位置付け 〕
 今まで、日本はドル依存が大きかった。今後、どうなるか。(【同】この件については詳細commentはなかった)
〔4〕覇権国家としての米国の地位
 バランス・オブ・パワーの勢力に変化。即ち、中国の位置付けの重要性が増す。今世紀半ばには中国は米国と肩を並べ、更にその後は中国が世界一の国になる。そういう状況下、日本の位置付けと役割は如何に?
 (【同】その時)アジアが世界の成長の中心となり、その中で大国の地位を占める日本の役割は?
 米国がこれまで果たして来た役割は、今後も大きなものであることに変わりはない。とは言うものの、変化(【同】米国のウェイトが相対的に低下)することは避けられない。また、中国の成長により、世界で米国・中国が競い合う。その時日本は、両国とどう関わって行くのか?
 世界№1になることは間違いない中国であるが、現状ではまだ中国に、その責任感等はない。こういう状況下、中国がどの様な信念を形づくって行くのか? また、この指導国家の卵である中国と、日本はどう関わって行くか? №1をどういう立派な国に育て上げて行くか? 日本は米国と共にその役割が大きい。
 今度のG20の会議で、日本はまだ正論を言える立場にある。実体経済が落ち込んでいる今、中近東の要人と話す機会があったが、(【同】その要人は)日本の現在持っている技術力・経済力・文化等を高く評価している。これ等の力が、今後、日本が生き残る鍵になって行く。(了)

【筆者comment】
▼今世紀半ばには、中国が米国と肩を並べ、同後半には中国が世界一の国となる、と行天氏は言う。きっと、そうだろう。まず、あと十年で日本のGDPは中国に抜かれるだろう。
 中国の人口13億人。言い方は乱暴だが、中国総人口から優秀な人材を上澄み1割掬うと1億3千万人。日本の全人口(1億27百万人)を上回ってしまう、というとてつもない国だ。
 中国と日本との関係を歴史的に俯瞰すると次の様に言える。
 近現代の日本は、明治維新以後、たまたま中国の王朝・体制の衰退期(清朝→中華民国→中華人民共和国へ移行)の遭遇。そして、それに乗じてアジア市場を席巻出来たと考えるほうがむしろ自然である。中国が体制を整えたら圧倒的に強かったことは歴史が証明してくれている。往時の『漢(武帝)・唐(太宗:李世民)・明(世祖:永楽帝)・清(康熙・雍正・乾隆帝)』王朝時代の中国には、日本など足元にも及ばなかった。
 尚、時間の都合で、行天氏は詳細を述べなかったが、世界一と言っても、これはまだ経済力(GDP)についてのことで、軍事力までは言及されていない(と思う)。1機330億円もする最新鋭のジェット戦闘機F22をつくる技術水準まで、中国が米国に追いつき追い越すのは、容易いことではない。
 ところで、小生、最近の《会報》で、少しずつ雑感を述べてはいるが、現在世界第二位のGNPを誇る我国日本の将来について考えを述べてみたい。
 今後百年のビジョン(=『日本の国家百年の計』=)を、為政者達は真剣に考えて欲しいものである。
〔1〕少子化を是認、単一民族、人口数千万人規模、一人当たりGNP世界トップクラスを目指す。北欧3国・ベネルクス3国を手本とする。
〔2〕積極的に海外から労働人口を受け入れ現状の1億2千万人規模を維持、多民族国家容認、現在のGDP500兆円規模を維持。仏・独・英国を手本とする。
 皆さんは、〔1〕〔2〕どちらが将来の日本のあるべき姿だと思われますか? 
〔1〕〔2〕についてもう少し説明すると・・
〔1〕は、現在の出生率に大幅な修正を加えない比較的自然体の姿。この場合、今世紀半ばには日本人口は9千百万人を割り込み、今世紀末には5~6千万人規模になる。
【長所】過去の個人資産のストックが相応にあり、中産階級以上の家庭は当該資産を食い潰すまで比較的楽に生活出来る。例えば、一人っ子同士が結婚すると、一方の親の家に住み、一方の親が残してくれた資産は処分・換金できる。食糧自給率は〔現在〕39%→56%→85から100%に改善。
【短所】日本市場は、人口減少に連動してGNPも減少。国内市場だけで営む産業は(椅子取りゲームの様に)必然的に淘汰されて行く。営業は、海外に需要を求める企業を除き、売上が恒常的に減少。リストラ〔合併・人員削減・事業規模縮小etc.〕施策が不可避。賃金カット常態化。その結果、就業者は経営者・従業員いずれもモラル低下に陥りやすい。家庭でも、親からの相続財産費消後は、生活水準低下という高度成長期と逆の苦痛を甘受。沈滞した社会。
〔2〕は、今後も経済成長を続けて(GNP500兆円規模を維持して)いくために、海外から就労者を、従来の高度技術労働者だけでなく、単純労働者を積極的に受け入れる。ドイツがトルコから、フランスが旧植民地アルジェリアから、移民を受け入れた様に。
【長所】国内市場の規模が現状水準を維持出来る。低賃金労働者確保により企業経営が安定。経済活動が安定し、国民の生活水準も比較的安定推移。
【短所】海外からの移民者の大量受入れは、言語・教育・社会保障等の体制整備がなされないと、治安の悪化等の社会不安を拡大させる。他民族の受入れ進展により、社会階層が拡大。貧富の差が一層拡大し、これも社会不安を助長。食糧自給率は現状の40%弱から改善が見込まれず、世界的な人口増加による資源・食糧不足問題深刻化により、「資源価格・食糧価格の高騰→物価上昇→実質所得の減少」という悪循環に陥る懸念が大きい。
 【2637の会】membersの皆さんは、〔1〕〔2〕のどちらが日本の将来にとって好ましいとお考えですか? ご意見を頂戴出来れば幸甚です。

■さて話変わって、続いては、「『イタリア旅行の想い出』その1」ということで、観光初日に訪れた『ミラノ』と『ヴェローナ』についてご報告させて頂きます。
 今回の旅行は、出発当日14日の朝は雨と強風のため、予約してあった8時30分東京駅発の成田エクスプレス特急が突然運休。日暮里からの京成特急に振替え乗車。集合時間ギリギリに成田空港第一ターミナルに到着。というハプニングがありましたが、イタリアの6日間、最終日経由地アムステルダム、全て天気は良好。「晴れ男」を自称する小生、家族に面目躍如でした。(笑)
 14日は、12時05分KLMオランダ航空ボーイング747でアムステルダムを経由してイタリア・ミラノへ。宿泊地は宿賃の安価なコモ。ホテルはコモ湖近くのアルバヴィラ。ミラノ北方60km強。スイス国境至近、まさにイタリア北の外れ。
 翌15日は、朝7時半にホテルを出て、ミラノ市内へ。ミラノ市内に入ると、現地観光ガイド(・・と言っても日本人女性でしたが。イタリアという国は観光立国であり、添乗員は観光地に於いて一切観光ガイドが禁じられ、現地ガイドを観光地毎頼まなければならない決まりになっている由)が合流。
〔スフォルツェスコ城〕
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〔ミラノ・スカラ座〕
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 古城「スフォルツェスコ城」(時間に余裕あり場内も見学できた)から徒歩で→オペラ座「スカラ座」(建物の周囲を見学)
〔ヴィットリオ・エマヌエレⅡ世ガッレリア〕&〔同ガッレリア内にあるシックなマクドナルド店〕
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→ヴィットリオ・エマヌエレⅡ世のガッレリア(=英語でギャラリー、アーケードのこと:ここではマクドナルドもご覧の写真のとおり、シックな装い(笑))

〔ミラノ大聖堂〕&〔ミラノ大聖堂からミラノ市街遠望〕
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→ドゥオモ(13世紀から建設が始められ、完成が19世紀のナポレオン時代:現在、世界遺産申請に向けて、建物の清掃を完了、大変綺麗な装いに)

〔ヴェローナ・ランベルディの塔〕&〔ランベルディの塔からヴェローナ市街遠望〕&〔アレーナ〕
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 正午過ぎ、ミラノのレストランでミラノカツレツを食べた後、ヴェローナへ。ここは、シェークスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台となった街。街全体が箱庭の様に美しい古都。鐘楼「ランベルディの塔」からの街並み眺望は曇天の下でややくすんで見えたが、赤レンガ屋根がとても綺麗であった。ヴェローナでは、他に「ジュリエットの家」と「アレーナ(円形競技場:この建物は今から二千年以上昔のローマ時代の施設)」を見た。
 イタリアという国は、ローマ時代の建造物がそこ此処にあり、歴史の厚みを痛感。このヴェローナの現地ガイドだけ、イタリア人女性で、会話が英語。この時だけ、添乗員が通訳と言う形で、ガイドしてくれた。このイタリア人女性は、昨年まで中学校で英語を教えていたという初老の上品な女性。ラテン系というよりも、トリエステからオーストリア系の顔立ちをした典型的なイタリア北部の人であった。
 ヴェローナを後にした我々は、翌日の訪問地ヴェネツィア(島)に程近いヴェネツィア・メストレ地区へ。( 以下、次号・・ )

【後記】■今日の締め括りは、一昨日3月26日が命日の山口誓子(本名:山口新比古(ちかひこ)1901.11.03-1994.03.26)についてである。水原秋桜子や高野素十、阿波野青畝とともに『四S』の1人として昭和初期の俳壇を賑わせた。
 まずは、同氏の略歴からご紹介します。
【略歴】
1901(明治34)年 京都市上京区岡崎町生れ。
1917(大正06)年 京都第一中学校へ転入学。
1919(大正08)年 第三高等学校文化乙類入学。”京大三高俳句会”入会。学友日野草城の誘いにより「ホトトギス」へ投句開始。
1922(大正11)年 3月、高浜虚子と初めて出会い師事。4月、東京帝國大学法学部に入学。”東大俳句会”に参加。水原秋桜子にも出会う。
1926(大正15)年 東大卒業。大阪住友合資会社本社入社
1928(昭和03)年 10月浅井啼魚の長女波津女と結婚。
1929(昭和04)年 12月、「ホトトギス」同人に推される。
1935(昭和10)年 2月、「黄旗」出版、肋膜炎を罹患。4月、急性肺炎肺炎併発。病中「ホトトギス」を辞し、秋櫻子の「馬酔木」に加盟。
1938(昭和13)年 夏頃より病状悪化、会社欠勤数ヶ月。
1942(昭和17)年 大阪住友合資会社退社。
1948(昭和23)年 西東三鬼、橋本多佳子らの薦めに従「天狼」を創刊。10月、鈴鹿市白子町鼓ヶ浦に転居。
1953(昭和28)年 西宮市苦楽園へ転居。
1970(昭和45)年 紫綬褒章受章。
1976(昭和51)年 勲三等瑞宝章受章。
1987(昭和62)年 日本芸術院賞受賞。
1988(昭和63)年 神戸大学より名誉博士号を授与。
1992(平成04)年 文化功労者として顕彰さる。
1994(平成06)年 3月26日、死去。享年92歳。

 山口誓子の作品は、これまで「つきぬけて/天上の紺/曼珠沙華」「ピストルが/プールの硬き/面(も)にひびき」等の有名作品をご紹介して来たが、今日は、次の一句をご紹介します。

 流氷や 宗谷の門波(となみ) 荒れやまず  誓子
             大正15年作/『凍港』所収

 山本健吉は、「定本 現代俳句」の山口誓子の項の最初の句として次の様に紹介・評している。

 (前略)年譜によれば誓子は14歳にして句を作り始めているが、本格的に精進し出したのは三高に入って鈴鹿野風呂、日野草城の指導を受けてからであり、ことに大正11年東大に入って、水原秋櫻子・冨安風生・中田みづほ・山口青邨らと東大俳句会を結成してから頭角を現してきた。この会では(中略)客観写生の手法を練磨したが、そのうち秋櫻子と誓子とによって、短歌の調べや用語を取り入れ、失われていた抒情性を回復する試みがなされた。それが劃期的な四S時代を現出せしめた原動力であり、後に高野素十もこの会に加わったから、四Sのうち三人まではこの会の出身なのである。
 かくして生まれた秋櫻子の『葛飾』時代の句(と)、誓子の『凍港』前半(昭和三年頃まで)の句は、近代俳句の黎明となった。比較すれば、秋櫻子のほうがより短歌的・叙情的・詠嘆的であり、誓子のほうがより構成的・知的・即物的であるが、その調べや叙法には様々な共通点があり、ともに在来の「さび」とか「しおり(注)」といかいった古い俳句臭と訣別して、大胆に新しい近代的スタイルを樹立したものである。(中略)
 革新的意気が、四Sの中でも二人の存在を華やかなものに印象づけた。そして誓子は秋櫻子以上に大胆に特異な題材を手がけ、虚子をして「辺塞(へんさい)に武を行(や)る征夷大将軍」と言わしめたのである。(以下略)
(注)しおり:俳諧で蕉風の完成期に芭蕉が説いた美的様相の一つ。句の趣向、用語、素材があわれなものをいうのではなく、しみじみとした哀愁が句の姿に余情として表われているのをいう。(「日本国語大辞典」より)

 そして、誓子自身は、この句について、「山口誓子自選自解句集」で次の様に解説している。

 「流氷」は、春になって、海流に流される氷である。群をなしている。
 「宗谷」は、固有名詞、宗谷海峡のことだ。樺太と北海道との間の海峡である。
 「門波(となみ)」という言葉を私は『万葉集』で覚えた。海の門(と)の波だが、私はそれで海峡の波を現わそうとした。「宗谷の門波」といえば、宗谷海峡の波だ。
 私は、樺太の大泊(おおどまり)中学に入学して、四年のときに京都の一中へ転校した。
 流氷の季節に宗谷海峡を渡ったのだ。船窓から見ると海峡は白々としていた。流氷群が海峡を東から西へと移動していたのだ。船は流氷群を通り抜けようとするから、流氷は船腹にぶつかって、ガリガリ音を立てた。波はかなり高かった。
 過去のことを回想してこの句を作ったが、出来上がった句は、海峡の波の荒れていることを詠っていて、船の姿はない。空から俯瞰した大景になっている。

【筆者comment】
▼山本健吉氏の評する通り、確かに誓子氏の作風は「構成的・知的・即物的」である。一つひとつの語句は、「門波」を除けば何の変哲もないが、この句を何度も朗誦すると、「流氷群が冷たい風の吹き荒れた宗谷海峡を漂い流れて行く」、その様子が、強い構成力をもって、即物的に眼前に迫って来る。皆さんは、どう感じられましたか?

 では、また・・。(了)

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