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2009年4月の4件の記事

2009年4月26日 (日)

【時習26回3-7の会 0235】~「『時習26回卒業35周年記念旅行』申込み締切り迫る!」「斉藤茂太『「あなただけは特別な人」と思われる人の共通点』から」「イタリア旅行その5(最終回)『ナポリ・カプリ島』→『オランダ・アムステルダム』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0235】号をお送りします。
 四月も今週で終わり、GWが始まります。【2637の会】membersの皆さんはどの様にGWを過ごされる予定ですか? 小生は、今年はとくに予定は入れていません。東名高速道路は、料金一律千円になって、かなり混雑が予想されそうです。小生、田舎である拙宅の庭の草取りという宿題をやらなければ・・。(汗)(笑)

■さて、掲題・副題にあります様に、【2637の会】mebersの皆さんは、時習26回卒業35周年記念旅行』の申込みは済まされましたでしょうか。
 小生は、先週22日に郵便局で振込手続きをして来ました。「13(土)~14(日)朝まで」のcourseで25千円。そして、13(土)のoptional courseは、「③walking course」参加を申込みました。
 皆さんのお手許にもご案内が届いたと思いますが、一応、締め切りが今週4月30日(木)となっています。ご都合のつく方は是非ご参加下さい。
 さて、【2637の会】からは何名の方が参加されるでしょうか? 楽しみです。

■続いての話題は、最近読んだ「斉藤茂太『「あなただけは特別な人」と思われる人の共通点』」からご紹介致します。
 最近、【2637の会】《会報》を配信させて頂いているなかで、ここ暫く、J司君以外の皆さんからmailを頂戴していませんので、「皆さんにご迷惑なのかなぁ」と、ふと不安が過ります。小生のbiorythmがいま「鬱」局面にあるためそう感じるのかもしれません。それならいいのですが、小生が「KY」なのかもしれないし・・。本当のところよく解りません。ご意見mailを頂戴できれば幸甚です。(汗)
 その様な状況下、最近、斉藤茂太氏のこの本を読んで、少し元気を取り戻せました。そこで、気に入ったところをご紹介させて頂きます。
 文章の中に出て来る『特別な人』を、「【2637の会】membersの皆さん」に置き換えたら、何故か心が救われました。

【33.「相手の顔」を思い描けば、相手にうまく伝わる】
 旅先から葉書を出したり、何か珍しいもの、おいしそうなものを見つけたときに、「あの人へのお土産にしよう」と、ふと心に浮かぶのは、あなたにとっての「特別な人」だ。
 ある人によると、旅に行ったときに、お土産を買って帰る相手がいるかどうかで、日頃の生活の幸福度がわかるのだそうだ。買えば買うほど幸福というわけでもないだろうが、受け取った人には、「特別な思い」が伝わってゆくものだ。
「遠くの地にあって、ありがたいことに、ふと、私の顔を思い出してくれたのだなあ」と感じる。この「うれしい」が、生きていく力となる。旅先で書く一枚の便りが、大きな生きる力を与えるということだ。
 また、知人から貰う葉書や手紙を読みながら、相手のイキイキとした表情が浮かんで来て、まるで会話をしているかの様な思いがするのであれば、その人は、あなたにとっての「特別な人」なのではないか。
 同じ様な内容の文面であっても、なぜか、ある人のものは心のこもった印象が伝わって来て、何故か、ある人のものからはとくに伝わってくるものがない。
 その理由は、その人が、こちらのイキイキとした顔を思い浮かべながら文面を書いているかどうか・・・・ではないだろうか。「心をこめる」とは、そういうことだ。
 手紙を書くにしても、贈り物を贈るにしても、手料理で持て成すにしても、その人の嬉しそうな顔、笑っている顔、イキイキした顔を思い浮かべながら文字を書く、贈り物を選ぶ、料理を拵(こしら)える・・・・これで随分「心のこもり方」が違って来る。その人への「特別な思い」は、そうやって伝わってゆく。「相手の顔」が「見えない」儘では手紙も贈り物も、また電話にしても、相手の都合や人柄や好みを全く考慮しない、不躾なものに成り易い。役所からの通知や企業からのDMに、何とも言えぬ嫌な気持ちになるのは、そういう理由からだ。
 その人の顔がイキイキと頭に浮かんで来る様であれば、あなたの「特別な思い」はきっと伝わって行く。それが、いい手紙であり、いい贈り物であり、相手の心でいつまでも生きているものになる。そういう「思い」が行き来する関係であれば、お互いに「なくてはならない人」だ。

■さて、今日も、ここら辺りで締め括りとさせて頂きます。
 「イタリア旅行〔その5(最終回)〕『ナポリ・カプリ島』→(ローマ経由)→『アムステルダム』」です。
 イタリア旅行も5日目が事実上の最終日。
 この日は、「ローマ市内一日自由観光」と、「ポンペイ遺跡」・「カプリ島」の二つのOptional tourlの選択肢があり、小生は迷わず「カプリ島」を選びました。 
 その理由は、以下の通り・・。
 カプリ島は、ローマ帝国2代皇帝ティベリウスが、死を迎える年までの晩年(西暦27~37年)の10年をこの島で起居し、ここからローマの元老院に指令を出していた島。
 小生、アウグストゥスの後を受け、ローマ帝国を磐石な大帝国として仕上げた、この冷徹でネクラな賢帝ティベリウスが大好きで、彼が愛したこの島を死ぬまでに是非一度訪れてみたかったのである。
 ティベリウス帝が執務をとったカプリの別邸「ヴィラ・ヨヴィス(orジョヴィス)」跡地は今回の観光routeに入っていないため、実際に見ることは出来ず残念であった。
 が、時間こそ二千年近く隔てられてはいるものの、ティベリウス帝が住んで(=存在して)いたこの島を訪れることが出来たという満足感が体中に満ち大変嬉しかった。
【小生がティベリウス帝を好きな理由】
 ティベリウス帝は、ローマ時代の大歴史家タキトゥス以降、悪帝としての評価がなされて来たが、最近、彼は再評価されてきている。
 即ち、カエサルとアウグストゥスで築いたローマ帝国の土台を、ティベリウスが磐石なものとし、「パックス・ロマーナ」を確立した「賢帝」として・・。
 しかし、彼は、生い立ちからして波瀾万丈であった。 故に彼は、精神的にも屈折していたかもしれない。
 即ち彼は、ローマの最高権力者となったアウグストゥスがみそめ、正妻となったリヴィアの連れ子。ティベリウスの父は、アウグストゥスによって(話し合いによる合意によってであるが)離婚させられている。
 さらに、彼は成人したのち、これもアウグストゥスから、アウグストゥスのただ一人の実の娘ユリア(彼女はアウグストゥスの盟友アグリッパの妻)とアグリッパの死後、正妻として再婚させられている。このため、ティベリウスはヴィプサーニアという妻がいたが、彼女とは離婚させられている。ユリアはティベリウスより三歳姉さん女房。ユリアとの間に子は出来ず、前妻との子ドゥルーススが36歳で早世してからは、次代皇帝カリグラが決まるまで、あくまで「繋ぎ役」の皇帝として生きて来(ざるを得なかっ)た。華麗なる一族の中の「偉大な」脇役。肉体だけでなく、余程精神力が強くないと生きて行けなかったであろう。しかし、ティベリウスにはその体力と精神力があった。当時の実年齢で78歳の天寿を全うしたのだから・・。
 彼は、三十代に数年ロードス島での隠遁生活を経験している。最晩年のカプリ島での生活も、ローマ元老院への指令を的確に出していたとは言え、ローマ社交界と無縁な隠遁生活であった。彼の数奇な半生が「人間嫌い」にしてしまったのかもしれない。

〔01ティベリウス帝〕
01
〔02カプリ島とナポリ湾〕
02

 塩野七生「ローマ人の物語『悪名高き皇帝たち[一]』(第17巻)〔皇帝ティベリウス(〔01〕添付写真ご参照)(在位、紀元14年9月17日~37年3月16日)〕」の冒頭のところで、〔カプリ島(〔02〕添付写真ご参照)〕と題して、次の様に始まっている。

 ナポリの南三十キロの会場に浮かぶ小さなカプリには、現代ならば水中翼船で三十分もあれば着いてしまう。(中略)ナポリ湾はボートやカヌーの練習も可能なくらいに波静かで、気候もローマと並んでイタリア半島最高の穏和さで有名だ。(中略)ティベリウスが必要としていたのは(中略)政務のための船だった。(中略)ナポリからも商港ポッツォーリからも軍港ミセーノからも、三時間もあればカプリに渡れたのではないかと思う。
 現代でも地中海屈指の保養地ゆえ誰でも行けるカプリ島だが、二千年昔は島全体が皇帝の私有地だった。所有者だったナポリとの間にイスキア島と交換することを条件に、アウグストゥスが取得に成功したからである。ローマ世界の最高権力者をして、四倍の広さを持ち温泉もわくイスキアを手離してまで欲しいと思わせたカプリは、温泉の利点も忘れさせてくれるほどに美しい。「ナポリ湾の真珠」とは、ローマ時代からの呼称である。だが、これほども惚れこんだカプリなのに、アウグストゥスはこのカプリを満喫することもなく死んだ。(中略)
 切り立った断崖絶壁に囲まれた砂浜も皆無のカプリ島では、船を着けられそうな場所は島の北辺部の一ヵ所(=(注)マリーナ・グランデ)しかない。アウグストゥスが建てさせたという別邸は、そこからほんの少し登った高台にあったといわれている。(中略)
 ヨーロッパ中の高級店が軒を連ねるスノッブ(=snob(紳士きどり))な保養地に変った現代のカプリでは、船着場からはケーブルカーで、たちまち海抜百四十六メートルにある島の中央広場に連れて行かれる((注)小生たちは小型バスで港から10分そこそこで中央広場に着いた)。
 (中略)ティベリウス帝の別邸の遺跡を訪れるには、(中略)海抜百四十六メートルから海抜三百三十六メートルに向かって登るのだが、道は険しくはない。(中略)ティベリウスの望みどおりに島の最東端の断崖の上に建てられた別邸までは、(中略)道は、ローマ人のことだから直ちに舗装されたに違いない(中略)。老いてもなお鉄の健康を誇っていたティベリウスだ。(中略)自らの足で登ったのかもしれない。(以下略)

イタリア旅行の最後の行程は以下の通り。
〔行程〕
06:30 モンディアル・ホテル発。
06:45 optional tour集合場所であるホテル・レックスに集合。
    ◆集合場所のホテルは、宿泊ホテルの隣りのblockにあり迷わす助かった。
06:55 ローマ発。観光バスでナポリへ向かう。
08:30頃 アッピア街道を観光バスで横切る。
〔03~05アッピア街道〕
03
04
05

    ◆レスピーギの交響詩「ローマの松」の第4曲「アッピア街道の松」のmelodyが頭に浮かんだ。横切った時間は1秒ほどのほんの僅かな時間であったが、ちょっと感動した一瞬。(〔03〕〔04〕〔05〕添付写真ご参照)
10:00 ナポリ着。程なくナポリ港へ。港の向こうにベスビオ火山が見える。
10:39 ナポリ港発。200人乗りの高速船でカプリ島へ。
    ◆(〔06a〕添付写真ご参照)(〔06〕高速船乗船券)
06a
06

    ◆ナポリ湾から(〔07〕ナポリ市内を望む)
07

    ◆(〔08ナポリ湾からベスビオ火山を望む〕)
08
    ◆目的地「青の洞窟」に行けるかどうかは、カプリ島へ行って初めて分る。
    ◆青の洞窟が綺麗に見えるのは、採光の関係から午前中に限られる。
11:30 カプリ島着。直ぐ「青の洞窟」行きの船に乗り換える。
    ◆今日は大丈夫ということでtour membersから歓声が沸く。
11:45 「青の洞窟」に入る。綺麗なcobalt blueの海面をどうぞ。
    ◆青の洞窟の入口はご覧の通り、本当に狭い。
    ◆観光客は仰向けに、船頭はうつ伏せになって入口に入る。
    ◆〔09〕〔10〕〔11〕〔12〕〔13〕〔14〕添付写真ご参照)
09
10
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12
13
14

    ◆ちょっと海が荒れれば見られなくなるのも頷ける。
    ◆青の洞窟内でのsnap shotです。(〔15〕〔16〕添付写真ご参照)
15
16090319_1147

    ◆この洞窟はローマ帝国二代皇帝ティベリウスも遊んだという。
    ◆神秘的で本当に美しかった・・。
14:30 カプリ島発
15:30 ナポリ発
20:30 ローマ着(〔17〕添付写真は「ローマ歌劇場」)
17

    ◆「このローマ歌劇場で、カラスやテバルディ、デル・モナコやディ・ステファノの歌唱や、トゥリオ・セラフィンの名演奏が毎夜奏でられていたのだなぁ・・」と一人感動・・。その旨説明をしても家族は何の興味も示さず「ふ~ん・・っ」(笑)
20:40 モンディアル・ホテル着、(4時間余り)仮眠
01:00 起床
01:55 観光バスが迎車
02:30 tourが宿泊しているホテル着
03:10 ローマ空港着
06:10 ローマ発(KLM)
08:50 アムステルダム、スキポール空港着(〔18〕添付写真ご参照)
18

10:50 スキポール空港発、国鉄でアムステルダム中央駅へ
11:20 アムステルダム中央駅着
11:30 同駅発、「Van Baerlestraat」までトラム(路面電車)に乗る
    ◆ファン・ゴッホ美術館に入館しようとしたが、ご覧の通り入場券を求める人の長蛇の列に、入館を諦める。
(〔19〕添付写真ご参照)
19

    ◆トラムの車窓から見たアムステルダム市街と運河の様子、及びファン・ゴッホ美術館・国立美術館周辺の街の様子
    (〔20〕〔21〕〔22〕〔23〕添付写真ご参照)
20
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22
23

12:50 スキポール空港着(上記と同じ経路を逆戻りする)
15:20 スキポール空港発
08:30 3月21日(土)成田空港着

【小生comment】
 慌しい旅行だったが、充実した8日間でもあった。因みに、撮影した写真は約三千枚に及んだ。(笑)

では、また・・・。(了)

2009年4月19日 (日)

【時習26回3-7の会 0234】~「最新の母校『時習館高校・新校舎』事情」「須賀敦子『シエナの坂道』から」「イタリア旅行その4『シエナ』→『ローマ&バチカン市国』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0234】号をお送りします。
 本当に「時の移ろい」は速いものですね。最近、この《会報》は毎週1回のpaceで配信させて頂いていますので、当然と言えば当然なことですが《会報》2回に1回は、二十四節気でいう「時節」が変わります。 明日4月20日は、もう『穀雨』。
 この時節、柿木の新緑は淡い黄緑色で、まるで花が咲いているようにきれいです。またご当地豊橋では、新緑の木の葉の間から、可愛いらしい姿のメジロが見え、また鶯のとても美しい囀りが聞こえてきます。 この時節の美しい囀りは、鶯だけでなく、オオルリ(添付写真〔01〕)なんかもとってもいい。
〔01〕オオルリ
01

 ↓↓↓こちらのURLをclickして、一度聞いてみて下さい。なかなかいいでしょう?
 http://www.asahi-net.or.jp/~yi2y-wd/a-uta/uta-oruri.html

 そして、『囀り』というと、この二句が浮かびます。前者は昨年この《会報》でご紹介済ですが、いい句なのでもう一回ご紹介します。

 囀りをこぼさじと抱く大樹かな  星野立子
     〔昭和22年3月 『続立子句集 第一』〕

 空深き囀りは人忘(ぼう)じをり  飯田龍太
     〔昭和40年4月 『麓の人』所収〕

【意】春、新緑の季節は、小鳥たちにとって大切な恋の季節。いまはその恋の語らいに夢中・・。

 それにしても、本当に時間の経過が速い、速すぎる・・。 「こんな調子で一生があっと言う間に過ぎ去って行ってしまうのか」と、ふと思う。まさにこの世は『無常』。「えいっ、ままよ!」って心境になる今日この頃です。(笑)
 「一日一日を大切にして生きてゆきたい」と最近よく思うようになりました。
 そこで・・、という訳ではありませんが、最初の話題は、前号に引続き、6月13(土)~14(日)の『時習26回卒業35周年記念旅行』のご案内の件です。
 【2637の会】membersの皆さん!都合のつく方々は、是非参加しましょう! 小生は、日曜日に所用がありますので、〔参加pattern〕は〔 ②13日~14日朝まで参加 〕にするつもりです。 13日の4つある〔 optional course 〕を何にしようかと、現在思案中です。 ご存知と思いますが・・、因みにその4つとは、①ゴルフコース、②バトミントンコース、③ウォーキングコース、④遊覧船コース、です。
 幹事の皆さんの「工夫と努力と気遣い」を感じます。ご苦労様です。
 尚、参加費の振込期限が4月30日となっていますのでお忘れなく・・。 

■さて、続いての話題。これは、掲題の副題にある様に、「最新の母校『時習館高校・新校舎』事情」についてです。《会報》【0232】号にて、飯田H祥君(旧【3-2】)が、最近の時習館高校の事情を教えてくれましたが、その彼に「最近竣工なった高3の新校舎の写真を送って欲しい」とお願いしたところ、快く送ってくれました。 そこで今日は、【2637の会】membersの皆さんにそのsnap-shotsを4枚ご披露させて頂きます。飯田君、ありがとう! その4枚は・・、彼の案内には次の様に記されていました。
〔02〕昔のまま残っている下駄箱(←今はサッカー部が使用)
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〔03〕生徒昇降口
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〔04〕新校舎の西側壁面(緑化用)
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〔05〕新校舎の全面
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【小生comment】
〔02〕「下駄箱」は確かに、昔のままですね。懐かしい。 
〔03〕「生徒昇降口」というところが、例の屋根つき渡り廊下が壊された後なのでしょうか? 確かに屋根はない。(笑) 
〔04〕「新校舎の西側壁面」に「(緑化用)」とあるのは、その壁面に最近注目の「西洋朝顔」や「蔦」等の蔓(つる)系植物を這わせて西日の暑さを防ぐためのもの様です。 
〔05〕「新校舎の全面」・・この写真にある様に、まさに『耐震対策』と人目でわかる建て方ですね。安全面から行けばこうなるのでしょうが、景観はいいとは言えませんネ。

■最近、小生いろいろと忙しく、沢山《会報》に掲載できなくなりました。 今日は、もうこれで締め括りとさせて頂きます。
 「イタリア旅行〔その4〕『シエナ』→『ローマ&バチカン市国』」です。イタリア旅行も4日目に入り佳境。街全体が世界遺産である『シエナ』・・。
〔06〕須賀敦子「シエナの坂道」が収録されている「須賀敦子全集 第4巻」
06

 シエナの街は、ヴェローナとはまた違った箱庭の様に美しい街であった。良かったですよ。この旅の模様をお伝えする前に、最近読んだ、須賀敦子の短編essay「シエナの坂道」(添付写真〔06〕)から抜粋をお贈りします。この町が好きという、彼女のこのessayを読んで街を歩いたので、本物の「シエナの坂道」を歩いた時、何とも言えない感動を覚えました。
 では、どうぞ・・。

 (前略)そのつぎ私がシエナに行くまでに、十五年近い月日がすぎた。あのときは考えもしなかったのに私はイタリアで長年暮らすことになり、また思いがけない悲しい出来事をさかいに日本に帰ったのだった。 でも、すこしずつ生活に余裕ができると私のなかには、もういちど、あたらしい目でイタリアの町々を訪れたい気持ちが湧いた。 なかでも、かつて暮らしていたミラノでは、手のとどかない遠さにみえたトスカーナをもっと知りたくて、仕事のあいまを縫っては、フィレンツェをはじめ、奇妙なあかるさのあるこの地方の町をつぎつぎに訪れた。 なかでもシエナは好きな町で、機会あるごとに、私はこの丘の町に帰っていった。 なかには、白と黒の大理石をはでな横縞に使った、北方のゴシック様式とは似ても似つかない大聖堂が、深い霧につつまれていて、坂道をのぼるあいだも、視界から見え隠れした冬の日もあった。
〔06abc〕シエナのドゥオモ(大聖堂):
〔左〕ドゥオモのファサード(正面) 〔中〕同左 〔右〕ドゥオモ脇の鐘楼
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06b02090318
06c090318

 せっかくここまで来たのに、と私を案内してくれた女ともだちは、くやしがった。
 夏、フィレンツェ生まれの友人といっしょに、アメリカから来た友人夫妻を、こちらが案内役にまわってシエナをおとずれたこともあった。
 城壁の下で車をとめる。 そこからカタツムリのかたちに丘をとりまく上り坂を、すこし息をはずませて、城門まで登る。 そこからはもう、道をたずねるまでもなく、まっすぐにシエナの人たちがカンポと呼ぶ、あの美しいパリオ(注1)の広場まで一気にかけ降りる。 それほど、私はこの町に馴れ親しむようになった。 そのまま、ゆるやかなホタテ貝のかたちのカンポ広場に出て、これをよこぎると、まっすぐに、シエナ派の巨匠、シモーネ・マルティーニのフレスコ画見にパラッツォ・プッブリコ(注2)に行く。 それも聖人たちにかこまれた聖母マリアとおさな子イエスを描いた絢爛豪華な「マエスタ(注3)」を求めてではなくて、あの底びかりのする青一色の空を背景に、ひとり戦場におもむくフォリアーノのグイドリッチョ(注4)のさびしくてかがやかしい乗馬姿に会いたいからだ。 空の青の大きさと、描かれたグイドの孤独が、私をつきうごかす。(以下略)

(注)1.パリオ : 「パリオ」について、須賀敦子はこのessayの中で次の様に説明している。・・八月の十六日がの日で(中略)・・というのは、イタリア各地に古くから伝わる、競馬に似た競技に町中がうつつをぬかす祭りで、という言葉そのものは、競技の勝者に授けられる大きな旗をさす。 なかでもシエナの祭は有名で、市の十七の区域が一年かかって準備し、どの区域にかかやかしい勝利の旗が渡されたかは、イタリア全国の日刊紙上で報道されるほどの行事だ。 競馬そのものは、カンポと呼ばれる町の中心の広場で十七頭の馬がきそって、あっという間に済んでしまうのだが、そのまえに、中世以来の派手な衣装をまとった若者たちが、これも色とりどりの、両手で支えるのがやっとぐらいの大きな旗を、ドラムのリズムにあわせて、頭上にたかく、投げあげてはうけとめ、また風になびかせて、朝から街を練り歩く。 ふだんはしずかなシエナ市民が、この日だけは、今年こそは勝利をわが町にと沸きに沸くし、休暇の季節であるから、ヨーロッパ中からあつまった観光客が、町をうずめる。(以下略)
2.パラッツォ・プッブリコ : シエナの市庁舎(プブリコ宮殿(Palazzo Pubblico))のこと。この宮殿(=Palazzo)は1297年~1342年にかけ建設されたト
スカーナの市庁舎の中で最も優美な建築。カンポ広場に面し、一階は現在も市庁舎として使用されている。建物の上に102メートルのマンジャの塔(Torre del Mangia(1338~1348))が勇壮に聳える。
〔13a〕マンジャの塔とプッブリコ宮殿
13a090318

3.マエスタ : シモーネ・マルティーニ(1283-1344)作のフレスコ画『マエスタ(=「荘厳の聖母」)』のこと。(添付写真〔07〕)
〔07〕シモーネ・マルティーニ『マエスタ(=「荘厳の聖母」)』
07simone_martini


4.フォリアーノのグイドリッチョ : シモーネ・マルティーニ作のフレスコ画「モンテマッシの攻略に向かうグイドリッチョ・ダ・フォリアーノ」(添付写真〔08〕)
〔08〕マルティーニ「グイドリッチョ・ダ・フォリアーノ」
08


■イタリア旅行〔その4〕の行程は・・、イタリアでの3回目の朝を6時のmorning callでスタート。
07:30 ホテル発。観光バスでシエナに向かう。
08:50 シエナ着。そしてまず駐車場に程近い「サン・ドメニコ教会」前へ。ここで1時間強の自由時間を与えられる。
    ◆サン・ドメニコ教会からカンポ広場に至る道が、まさに『シエナの坂道』(添付写真〔09・10・11〕)であった。
〔09〕・〔10〕・〔11〕
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102090318
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09:25 カンポ広場(添付写真〔12〕)(プッブリコ宮殿&マンジャの塔(添付写真〔13・14〕))→ドゥオモ→サン・ドメニコ教会






〔12〕カンポ広場 〔13〕マンジャの塔の前で 〔14〕プッブリコ宮殿
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14090318_2

10:35 シエナ発



13:40 ローマ着(~市内随所で見られるローマ帝国衰亡の象徴「アウレリアヌス城壁」添付写真〔15〕)
    ◆ローマ市内随処で見られる(紀元271着工~77年竣工)
〔15〕アウレリアヌス城壁
15090318

14:00 昼食
15:20 スペイン広場(添付写真〔16〕)
    ◆映画『ローマの休日』で有名なところ、アン王女がアイスクリームを食べていた・・
15:45 トレヴィの泉(添付写真〔17〕)
〔16〕スペイン広場  〔17〕トレヴィの泉
16090318
17090318



16:45 バチカン市国、サン・ピエトロ寺院((添付写真〔18〕))
〔18〕サン・ピエトロ寺院
〔左〕寺院正面 〔中〕寺院内部 〔右〕寺院を守るスイスの衛兵
18090318
18a
18

    ◆絵画・彫刻の傑作群が山とあるなかでも、ミケランジェロ作『ピエタ』は素晴らしかった!(添付写真〔19〕ご参照))←この作品は、ミケランジェロ23歳の時の作品という。聖母マリアがイエスのお姉さんの様に美しい。大傑作だ! 因みに、「ピエタ」とは、敬虔の心の意。キリストの遺体を膝に抱き悲しむ聖母マリアを表す絵画・彫刻のこと。
〔19〕ミケランジェロ「ピエタ」
19090318

18:15頃 フォロ・ロマーノ、コロッセオ、観光バスから車窓観光(添付写真〔20〕)
〔20〕コロッセオ
20090318

    ◆ここは当初から時間がなく観光ルートに入っていなかったが、添乗員さんとバスの運転手さんの粋な計らいで車窓からではあるが、コロッセオやコンスタンティヌスの凱旋門等を見ることが出来てよかった。 
18:30 ~19:00 三越百貨店・ローマ店でのshopping
    ◆ここに、映画『ローマの休日』で有名になった「真実の口」のimitationがあった。因みに、本物は、サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の入口回廊にあるが、今回は観光バスで前を通ったが、休館で覘けなかった。
〔21〕三越・ローマ店にある「真実の口」
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19:20 ローマ市内・モンディアルホテルcheck in
    ◆因みに、このホテルの小生が泊った部屋と道幅で数メートルの道路を隔てた真正面が、ローマ歌劇場である。ミラノの『スカラ座』といい、
ローマの『オペラ座(ローマ歌劇場)』といい、イタリアの三大歌劇場のうち二つを、外側からとは言え、今回の旅行で実際に間近に見ることが出来たことはオペラファンの小生にはとても嬉しかった。(添付写真〔22〕))
〔22〕ローマ歌劇場の正面入口
22090318

19:30 ホテル近くのMcDonaldにて夕食・・。(以下次号) 

では、また・・・。(了)

2009年4月12日 (日)

【時習26回3-7の会 0233】~「『時習26回卒業35周年記念旅行』のご案内」「『高遠城址のコヒガンザクラ』と『岩村城址の山桜』を見て」「時習26回・旧【3-9】福井A輔君、豊橋商工会議所《会報》にて紹介記事掲載される」「イタリア旅行その3『フィレンツェ』→『ピサ』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0233】号をお送りします。

■今日、最初の話題は、「『時習26回卒業35周年記念旅行』のご案内」についてです。
 学年幹事の旧【3-6】黒柳M利君から、今月初旬、案内状が郵送されて来たと思いますが、皆さんのお手許にも届きましたでしょうか。
 実は、小生は登録住所が旧住所の儘になっていたらしく、4月9日に送られて来ました。卒業記念旅行への参加方法は3パターンあり、選択に迷いますね。5年に一度の卒業記念旅行です。世の中、不景気で気分的に暗くなりがちな今だからこそ、一時(いっとき)昔の学生時代の気分に戻ってrefreshしませんか。旧【2637の会】members皆さんの多数参加を期待しています。回答期限は今月末です。お忘れなく!

■さて続いての話題・・。小生、先週8日、例の旧【3-2】中嶋Y行君と旧【3-3】谷山K君との城址巡りの会「賢人会」の打合せを持ちました。
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 4月11日(土)谷山君と「高遠城址のコヒガンザクラと岩村城址の山桜」を見に行って来たのですが、その打合せを例のトライ・アゲインで6時過ぎから10時過ぎまで飲み会を兼ね開催しました。この席には、またご無理を言って、林K子さんをお招きして、4人で楽しいひとときを過ごしました。(添付写真01ご参照)

■4月11日(土)は、小生宅を午前3時に出発。3時半、小坂井町にある谷山君宅で彼をpick-upし、東名高速・音羽蒲郡IC→東海環状→中央自動車道・伊奈ICと経由し、一路、長野県伊那市高遠町にある「高遠城址公園」へ。(添付写真02~05ご参照)
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 土日の大渋滞に備え11日未明の出発が奏功し午前6時55分城址公園至近の駐車場に到着。城址公園のコヒガンザクラはまさに今が満開。絶景でした。因みに中日新聞の昨日4月12日の朝刊第一面に高遠城址公園のコヒガンザクラ満開の模様が掲載されていましたね。谷山君は高遠城址の桜は今回が初めてだそうです。
 8時半高遠城址公園を後にした我々二人は、徒歩で10分程西にある「建福寺」を訪れた。ここは保科家の菩提寺。保科正之の養祖父正直・養父正光の墓と共に、武田勝頼の生母、諏訪御寮人の墓が並んで建っている。
 11時過ぎ、高遠城址公園を後にし、一路、岐阜県恵那市岩村町にある「岩村城址」に向かった。本丸近くの駐車場に14時過ぎ到着。この城址は、大和の高取城(奈良県)、備中の松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城の一つに数えられる名城である。標高721mと江戸諸藩の府城の中で最も高い。今回の訪問目的である「山桜」は本丸ではまだ蕾が芽吹いた程度。一方、城址の麓の歴史資料館付近ではソメイヨシノや枝垂桜が。絶景で見事であった。
 岩村城址資料館入口には、ここ出身の幕末の儒学者佐藤一斎の銅像があった。佐藤一斎は、幕末昌平坂学問所の儒官を務めた著名人。「言志四録」なかでも「三学の戒」(言志晩録60)は有名。(添付写真06・07ご参照)
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 小生、この「三学の戒」は好きな言葉である。死ぬまで勉強・・。人間かくあるべし、・・か。

 少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り、
 壮にして学べば、則ち老いて衰えず、
 老いて学べば、則ち死して朽ちず(言志晩録六十)

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 そして、歴史資料館脇にあった枝垂桜です。満開で綺麗でした。富安風生のあの有名な句が浮かぶ。(添付写真08・09語参照)

 まさをなる空よりしだれざくらかな  風生

■続いては、時習26回の同期、旧【3-9】の福井A輔君関連の記事についてです。
 実は、地元豊橋商工会議所が毎月発行している《会報》誌に「New Voice(ニュー・ボイス)」というものがあり、今月2009年4月号に、福井君が社長を務める会社が紹介されていましたので、【2637の会】membersの皆さんにもご紹介させて頂きます。
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 添付写真10・11の記事をご覧下さい。記事題目にある様に、彼の会社が、次世代複合繊維メーカーとして紹介されています。これは、同社が開発した「カー・フロアマット裏材」が、従来製品より軽量化・CO2削減が図られたことを評価され、2008年2月、経済産業省の「地域産業資源活用事業」に認定されたことを紹介しているものです。
 福井君、頑張っていますね。詳細は、「New Voice 2009/04」号をご覧下さい。

■さて、今日の締め括りも「イタリア旅行その3『フィレンツェ→ピサ』」です。
 イタリア3日目の朝となる17日(火)は、8時丁度にホテルを観光バスで出発。 9時過ぎにフィレンツェの南郊外にある「ミケランジェロ広場」へ。
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ここには「ミケランジェロの『ダヴィデ像』のレプリカ」が立っている。ここからフィレンツェの街が一望できた。(添付写真12ご参照)。
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 10時にフィレンツェの中心部へ。サンタ・クローチェ聖堂(添付写真13ご参照)の広場。 その次に向かったのが、石積みでは世界最大のドゥオモである、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。(添付写真14ご参照)
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 八角形の洗礼堂がドゥオモの西側に、ドゥオモの脇にはジョットの鐘楼(添付写真15ご参照)が建っている。
[16]ヴェッキオ宮殿〔左〕  [17]ウフィツィ美術館〔中〕  [18]シニョーリア広場〔右〕
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 その次に向かったのが、ドゥオモから徒歩で数分の所にあるシニョーリア広場。ここには今も一部がフィレンツェ市庁舎に使われているヴェッキオ宮殿(添付写真16ご参照)と、今回の旅で小生が最も訪れたかった『ウフィツィ美術館』(添付写真17ご参照)がある。シニョーリア広場は、昔サヴァナローラが処刑された場所。また、ミケランジェロの「ダヴィデ像」が立っていた場所でもある。(添付写真18ご参照)。

[19]ボッティチェリ『ヴィーナス誕生』 [20]同左『春』 [21]リッポ『聖母子と二天使』
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 ウフィツィ美術館のウフィツィ(Ufficio)は 英語の officeの語源となった語という。この美術館には、ルネッサンス時代の傑作が多数展示されている。なかでも圧巻は、「ボッティチェリ『ヴィーナス誕生』(1485年頃)(添付写真19)と『春(プリマヴィーラ)』(1477-78頃)(添付写真20)」。それに「フィリッポ=リッピ『聖母子と二天使』(添付写真21)」、

[22]「ウルビーノ『ヴィーナス』
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「ウルビーノ『ヴィーナス』(1538年)(添付写真22)」。小生、これ等の絵を見ることが出来ただけで今回のイタリア旅行に来た甲斐があった。
 尚、もう一つの傑作「ラファエロ『ヒワの聖母』(1505-06年)」は、10年に及ぶ大修復が完了し、現在、イタリア国内を巡回中で見られなかった。
 午後は、観光バスでピサの斜塔へのoptional tourに参加。15時30分、現地到着。ピサは今回のイタリア旅行で、最も治安が悪い所。再三添乗員から注意されたが、その日も我々が訪れた15分程前、大阪からやって来た日本人観光客の新婚coupleが二人組に襲われた。警察も現行犯でないと逮捕出来ず苦慮しているという。斜塔とドゥオモをご覧下さい。(添付写真23・24・25ご参照)
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 ピサは、地盤が砂地で弱く、この斜塔は、建築当初(1171~73年)から傾き始め、これまで何度も改修され、直近では1990年~2001年6月に公開が再会されるまで大改修された。その結果、あと300年は倒れる心配はないそうだ。(以下次号)

では、また・・・。(了)

2009年4月 5日 (日)

【時習26回3-7の会 0232】~「川北義則「年金世代のお金心得『ムダも楽しんで緩急をつける器量を持とう』」『2009年9月、時習館高校、第1回全国数学選手権大会〈団体戦〉優勝!』「時習26回・旧【1-4】ミニクラス会開催」「イタリア旅行からその2『ヴェネチア』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0232】号をお送りします。
 さて、今日4月5日は、二十四節気でいう「清明」。「清明の時節雨紛紛・・」でお馴染みの、以前にもご紹介した、晩唐の風流詩人、杜牧の著名な詩『清明』が思い浮かびます。
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 添付写真をご覧下さい。我が家の庭に咲いた「海棠」の花です。桜の花も綺麗ですが、この花は如何ですか?

 世の中に目を転ずると、世界同時不況は日々深刻さを増し、blueな気分になってしまいます。一日も早い景気回復が望まれるところですが、暫くは辛抱が必要なようですネ。(嘆息)
 そこで今日は、ほんとうの時代2009年4月号(PHP刊)で、「『超』生活防衛術」特集が組まれていましたので、そこから一つ、その抜粋をお贈りします。著者川北義則氏は、『男の品格』『一流の男、二流の男』『40歳から伸びる人、40歳で止まる人』(以上、PHP)『男の器量』(大和書房)『一人で生きる人生の愉しみ方』(ダイヤモンド社)等多数出している。
 尚、「ほんとうの時代」の対象読者は、定年前後の世代であり、「我々には時期的に少々早いかな」という処もありますが、小生の様に第二の人生に突入した者や、お孫さんのいらっしゃる方、など参考になるのではないかと思い、ご紹介させて頂くことにしました。
 それでは、ご高覧下さい。

◆川北義則「防衛術⑥年金世代のお金心得『ムダも楽しんで緩急をつける器量を持とう』」◆
【ムダなお金を使ってこそ人間的魅力が増す】
 定年で退職しても、仕事があれば男は一生働くべきだ――というのが私の持論である。その理由の第一は、収入が得られるからだ。例え月に十万円でも収入があれば、二十万円位の年金と合わせて、三十万円以上になるだろう。年金だけでは生活費でいっぱい。ゆとりがなくて、使いたくてもお金が使えないのだ。
 退職後の仕事は、できれば現役で働いていた時と関連するものであれば理想的だ。なぜなら、その仕事は自分の手の内に入っているからである。(中略)
 六十歳を過ぎてから、また一からやり直すといった仕事はなかなか上手くいかない。(中略) 仕事がなくなると収入が減るばかりでなく、人間いっぺんに老け込んでしまう。
 年金以外に収入がなくなった時、初めてそこで定年になったと私は思っている。
 年金と預貯金、或いは退職金――それが定年になった時のお金の全てであるから、(中略)ムダなお金は使えなくなるのである。しかし、私はムダなお金と時間を使ってこそ、人間としての魅力が増すと信じている。(中略) 時間はたっぷりあるが、ムダなお金が使えなくなると、人間としての面白味がなくなってしまう。
 評論家の竹村健一氏は、「いまの高齢者は平均して35百万円位残して死んでいく。高齢者がもっとお金を使えば、世の中の景気は良くなるのに・・・」と言っている。
 この数字の根拠は定かでないが、いま国民総資産は1千5百兆円もあるのだから、その半分以上が預貯金で眠っていることになる。確かに、もっとお金を使いなさいというのも無理からぬ論だと思う。
【お金の使い方に緩急をつけ趣味も愉しむ】
 いま、高齢者で二千万円以上の預貯金を持っている人達は全体の半数位いる。しかも(中略)自分達で使い果したいと思っている人も全体の半数いる。(中略)問題は自分の寿命である。(中略)手持ちのお金と年金で予算を立てるのはなかなか難しい。
 しかし、(中略)自分の趣味に徹してお金を使って、余生をenjoyする方法はいくらでもある。(中略)とにかく(家の)外に出ることだ。その方が奥方にも喜ばれる。
 映画ならシニア料金で千円。ゴルフだって平日(中略)一万円以下でplay出来る。家にいる時は読書。それも文庫本なら安い。とにかく一人で行動するクセをつけておくことだ。
 ただ、自分がどうしても見たい演劇やconcert等があったら、そんな時は思い切り贅沢をして、一万円以上でもS席をとる。そして、たまには夫婦でgorgeousなフランス料理を食べに行ったり、老舗の温泉旅館に一泊旅行に出かけたりする。これが上手なお金の使い方である。お金の使い方に緩急をつけるのがコツだ。
 更に定年前後になっても、仕事もなく、年金と預貯金だけの生活が待っているのなら、お金を殖やすことも考える。(中略)今は株価も日経平均7~8千円台と値下がりしている。株価の下落が話題になっているこの時期こそ、本当は絶好の買い時なのだ。日本を代表する企業の株をいま買っておけば、三年から五年後位には、二、三倍になっているだろう。
 また、株主優待狙いで、よく商品を買う会社や旅行等で使う会社の株なら、今の株価がチャンスでもある。
 とにかく何事も、「人の行く裏に道あり花の山」(←【筆者注】株式投資の格言)なのである。
【筆者comment】
▼作者は、「定年退職しても、働けるうちは『無理しない程度に』に働いて、そこで得られた余禄(お金)を、自分の趣味等やりたいことに『メリハリつけて』使い、残された人生を大いにenjoyしよう!」と提言している。その通りだと思う。

■さて続いての話題、今日、最初の話題は、我等が母校時習館の自慢話を一つ。
 と言っても、実際にあったのは、昨年9月のことであり、気の抜けたビールの様なタイミングでのご報告になってしまい恐縮ですが、既にご存知の方が少なくない一方で、小生の様に全然知らなかった人もいらっしゃるのではないかと思い、この《会報》【2637の会】でご紹介させて頂きます。
 次に挙げる URLをご覧下さい。 ↓↓↓ ここをclickして下さい。
* ↓↓↓「第1回全国数学選手権大会」の進め方の詳細がご覧頂けます↓↓↓
http://www.kyoiku-press.com/modules/smartsection/item.php?itemid=6610

http://www.kyodoshi.com/news/794/   
  ↑↑↑優勝members4名の記念写真と優勝旗がご覧頂けます↑↑↑

 昨年9月14~15日に、パナソニックセンターで開催された、中・高校生達により日本一の数学力を競う『第1回全国数学選手権大会〈団体戦〉』で、栄冠を勝ち取った愛知県立時習館高等学校チームの4人・・」と、紹介されていました。凄いですね~っ。SSHに指定された時習館高校の面目躍如です!! 

 このお話の情報源は、旧【3-2】飯田H祥君です。飯田君、ありがとう。
 実は、一週間前の3月28日夜、昨年の《クラス会》二次会会場トライ・アゲインにて、時習26回の旧【1-4】のclassmatesである飯田H祥君、水藤T詳君、林K子さんの4人でミニ《クラス会》を催しました。
 水藤君からは、彼の仕事の関係で海外出張したことのある、今成長著しいインドのお話等を・・、林さんからは、お仕事のピアノのお話や趣味の読書のお話を・・、興味深く聞かせて頂きました。夕方6時頃から始め、9時半過ぎまで、楽しいひとときを過ごすことが出来ました。お三方ありがとう!♪
 その席上、上記の、時習館高校の後輩達の快挙の話を、同校の数学科教諭である飯田君から教えて貰いました。
 因みに、彼と小生は大学も弓道部で同じでしたが、飯田君は、今も時習館高校弓道部で部長に就任されていて生徒達を指導してくれています。
 いま時習館の時間割は昔と違っていて、1時限=65分。午前中3時限+午後2時限=計5時限。 この時間割は県立高校毎決めることが出来るそうで、因みに豊丘高校は1時限=47分。(豊丘の47分はunique。この時間が生徒にとって最も集中できるんだそうです) 午前中4時限+午後3時限=7時限。
 飯田君からは、以前、【2637の会】《会報》でお伝えしたことのある時習館高校の《3年校舎改築》の件につき、ズッコケた『後日談』も聞きました。彼の話によると、景気の大幅悪化により、県の予算が大幅削減されたため、校舎改築も高3の校舎竣工を以って中止が決定。当初建直し予定であった高2校舎、及び高2と高3校舎を繋いでいた屋根付きの渡り廊下(←再築を前提に取壊した儘・・)が、再建築の予定が当面立っていないのだそうです。その結果、飯田先生は、雨降りの日には、「本館・高三校舎」から「高2・高1」の校舎へは、傘が必要になったそうです。(涙)(笑)

■今日の締め括りは、「イタリア旅行からその2『ヴェネツィア』」です。
 ヴェローナを後にした後、イタリア二泊目は、宿泊地であるヴェネツィアのメストレ地区へ。ヴェネツィアは、ラグーナ(LAGUNA:潟)に浮かんだ魚の形をした島が本島。メストレ地区は陸地側にある。割安(=安価な)旅行だったため、宿泊費を削減するとホテルはこういう所になる。(笑) 添乗員の説明によると、ヴェネツィア本島は全ての物価が高いのだそうだ。例えば他地域ではミネラル・ウォーター500ml=1ユーロが、2~3ユーロという具合に。
 翌朝16日(月)、8時半にホテルを出発し港へ。天気は快晴。添付写真をご覧の通り明るく澄んだ青空、コバルト・ブルー(cobalt blue【筆者注】鮮やかな濃い空色)の海。絶好の観光日和。気温は14~15度C。空気が乾燥しているので清々しい。
 港を9時10分、水上タクシー(=陸地と本島を結ぶ連絡船)に乗り25分かけてヴェネツィア本島へ。
 ここで現地の観光ガイドを紹介されたが、そのイタリア人の男性だったがこれがまた早口で流暢な日本語を操った。 彼の説明によると、雨が降ったりすると、ヴェネツィア本島は海面下30cm位になる。先日の日本ツァーの人達は、雨の中、長靴を買って履いて観光したのだそうだ。我々はluckyであった。(笑)
 本島に到着した我々がまず最初に向かったのが、ゴンドラ(gondola)乗り場。船体は外側が黒色に皆統一されていた。これは昔、派手な色であったゴンドラを、ヴェネツィア政府(当時)が「華美はいけない」と、黒色に統一したという。ゴンドラの船頭さんは、黒色のサングラスをつけたイケメン。これも解説によると、ゴンドラの船頭は、定員がありなかなかなれないのだそうだ。イタリアでは人気の職業で、国家資格試験をパスし資格を持った人達が先輩の引退を待ち続けているという。どの世界も競争は厳しい。 30分程、ゴンドラ遊覧を愉しんだ。
 その後、サン・マルコ寺院、続いてヴェネツィアン・グラス工房の実演を見た。更にその後、1時間の自由時間あったのでこの時間を利用して、急いでサン・マルコ寺院至近にある大鐘楼に登った。頂上までelevator1往復=8ユーロ。 旅行の前、ある人から「イタリアへ行ったら、高い所に登る機会があれば極力登るといい。イタリアの高所からの眺望は素晴らしい」と教えてくれていたので、前日の「ミラノ大聖堂の屋上」「ヴェローナのランベルディの塔」に続き、三度目の鐘楼への登頂となった。
 確かに大鐘楼からの眺めは、期待に違わず素晴らしかった。天気も昨日より更に良かったので、真っ青な空と海、そしてレンガ色の街並み。そして、間近から聞こえる鐘楼の鐘の音。「ヨーロッパにいる! ヴェネツィアにいる!」と、感動もののひとときであった。
 添付写真は、ヴェネツィアの「サン・マルコ寺院」「大鐘楼」「大鐘楼から見たヴェネツィア本島眺望・サンジョルジュ・マッジョーレ島と同教会」「ゴンドラとゴンドラからみた家並み」「ヴェネツィアの堀と家並み」です。

「サン・マルコ寺院」(左) と 「大鐘楼」(右)
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「大鐘楼から見たヴェネツィア本島眺望・サンジョルジュ・マッジョーレ島と同教会(右から2番目)」
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「岸に繋がれたゴンドラ」(左端) と 「ゴンドラからみた家並み」
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「ヴェネツィアの路地風景」(左)(中)と「仮面」(右)
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 「ヴェネツィアの堀と家並み」を見たら、以前見た「荻須高徳」の油彩とスケッチ(sketch)を思い出した。
 13時00分にレストランでイカ墨パスタを昼食に食した後、14時00分本島を後にした。
 14時30分、ヴェネツィアを後にした我々は、バスに4時間半揺られ、フィレンツェの北方10kmのどにある小都市カレンツァーノに到着。現地3日目の宿泊地である。

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 小生が写っている添付写真は、前【0231】号にてご紹介させて頂いたミラノでの、ヴィットリオ・エマヌエレⅡ世ガレリア・凱旋門前(左)と、大聖堂(「ドゥオモ」)をバック(右)にしたsnap-shotです。

 では、また・・。(了)

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