« 【時習26回3-7の会 0235】~「『時習26回卒業35周年記念旅行』申込み締切り迫る!」「斉藤茂太『「あなただけは特別な人」と思われる人の共通点』から」「イタリア旅行その5(最終回)『ナポリ・カプリ島』→『オランダ・アムステルダム』」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0237】~「【2637の会】《クラス会》いよいよ始動!・・『青春のうたPart4』アンケートにご協力を!」「『時習26回卒業35周年記念旅行』の募集状況」「白州正子『花にもの思う春』から『俊成』→「平家物語」→『千載和歌集』→【能】『忠度』&【狂言】『薩摩守』」 »

2009年5月 3日 (日)

【時習26回3-7の会 0236】~「映画『ローマの休日』こぼれ話」「『ゴーギャン展』を観て」「高樹のぶ子~ときめき脳でいきいき暮らす『いくつになっても男と女でいることが大切です』から」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0236】号をお送りします。
 GW真っ只中ですが、皆さん如何お過ごしですか。 時習26回卒業35周年記念旅行の申込は済まされたでしょうか。沢山の皆さんが参加されるといいですね。
 時節は・・、いつもこの切り出しばかりで済みません。(笑) 昨日5月2日が「立春」から数えて88日目の「八十八夜」。 そして、明後日5月5日が『立夏』。 暦の上では、もう夏なのですね。

 さて、『立夏』と言えば、「卯の花のにほふ垣根に・・夏はきぬ」という佐佐木信綱の歌が思い出される。
 また、こんな句もある。

 プラタナス 夜もみどりなる 夏は来ぬ  石田波郷

 さてまた、5月5日は端午の節句。 この節句に「鯉幟」を立てる様になったのは江戸時代中期頃からという。 「鯉幟」は、中国黄河上流、龍門の滝を鯉が登ると龍になるという「登竜門」の伝説に因んだ慣わしである。

 鯉幟 牡丹ばたけに とほきかな  久保田万太郎

 俳句の天才(と小生は確信する)万太郎の作品を眺めていたら、『立夏』から『初夏』の時期の、こんな秀作に出会った。

 薄暮、微雨、而して薔薇しろきかな  久保田万太郎

【解説】「薄暮(はくぼ)」、「微雨(びう)」とnuanceの異なった薄物がかけられたgradationの様な形容。その上で(=而して)「薔薇白き」と続く。 写真で撮った一枚の白い薔薇花の傑作が眼前にある様だ。 「春燈」所収(昭和34年7月)

■さて、今日は、ある人から「ローマの休日」のスペイン広場でのこぼれ話を聞き、果たしてその通りでしたので、一つの薀蓄として(笑)そのことについてご報告致します。
 その人曰く、TVの「トレビアの泉」で放映されたから、「知っている人は結構いるよ!」とのこと。
 【2637の会】membersの皆さんの中でも、かなりの人が知っているお話かも・・。 小生は知らなかった・・。(^ ^;)
 そこで、好奇心だけは人一倍ある小生、「よし、調べよう!」ということになった次第。 添付写真を順にご覧下さい。 モノクロの写真は映画からのカット。 カラー写真の方は、先月イタリア旅行で撮影した際のものである(ご参考までに)。
 ここの場面のstoryは、以下の通り。

〔1〕アン王女が理容店で髪をカットして貰い(添付写真〔01〕)、コンドッティ通りをスペイン広場の階段の処へと進んで行く(同〔04〕〔05〕〔06〕)。
〔01〕
01

〔04〕
04








〔05〕〔06〕
05
0605318

〔2〕アン王女が広場前の売店でアイスクリームを買い(同〔07〕)、アイスクリームを食べている(同〔09〕)と、新聞記者ジョーが偶然出合ったふりをしてアン王女に近づき話しかける(同〔11〕)。
〔07〕
07

〔09〕
09a09





〔11〕
11a11

〔3〕アン王女は「白状することがある」とジョーに嘘の告白をする(同〔12〕)。


〔12〕
12a12

〔4〕その後、二人は一日ローマ市内を遊んで回ることで意見が一致し(同〔13〕〔14〕〔15〕)、ジョーの誘われる儘、カフェ・テラスへと・・。

〔13〕〔14〕
13
14a14

〔15〕
15





 さて皆さん、この映画のsceneを眺めていて「何か変だなぁ・・」と感じた方は流石に「鋭い!」。
 そうです。この映画のロケの時間帯が4つに別れ、トリ二タ・ディ・モンティ教会の時計の時間が、「12時35分頃(写真〔05〕)」「08時10分頃(同〔09〕〔11〕)」「10時25分頃(同〔12〕〔13〕)」「15時50分頃(同〔14〕〔15〕)」と、明らかに前後している(尚、長針と短針が不明確で、例えば最後の「15時50分頃」が実際は「09時20分頃」かもしれませんが・・)。 いずれにしても、映画のstoryの時間の流れの通りに時計の針は進行せず、時間が前後している。 添付写真の時計をご覧頂くと、ロケの時間が4回にコマ切れになっていることにお気づき頂けたと思います。
 勿論、これはtrivialな、枝葉末節な話であり、小生、畏れ多くも、この「不朽の名作」『ローマの休日』にケチをつけるつもりは毛頭ありませんので、念の為。
 それにしても、往年のオードリー・ヘップバーンは美しい・・。(嘆息)(笑)

■続いては、小生、先週4月25日(土)に、親父を連れて、名古屋・金山にある名古屋ボストン美術館開館10周年記念企画展「ゴーギャン」展を観てきましたので、その模様について簡単にご紹介します。まずは、彼の略歴から・・
〔16〕名古屋ボストン美術館『ゴーギャン』展
16090425


ポール・ゴーギャン(Eugene Henri Paul Gauguin, 1848.06.07-1903.05.08)は、フランスの後期印象派画家。
【略歴】
1848年(00歳) 6月7日、パリに生まれた。彼の父クロヴィスは共和派ジャーナリスト。母アリーヌは、女性解放運動家フローラ・トリスタンの娘。
1849年(01歳) ナポレオン3世の弾圧を危惧し、一家で親戚のいるペルーへ。船中で父が病死。母、姉と共にリマにある母方の大叔父ドン・ピオ家で暮らす。
1855年(07歳) フランスに帰国。
          その後、一時期、オルレアンの神学学校に通う。
1865年(17歳) 中学校を卒業。見習い海員として商船に乗り込む。南米やインドを訪問。
1867年(19歳) 7月、航海中に母死去。
1871年(23歳) この年まで海軍に在籍。普仏戦争にも参加。
1872年(24歳) パリのベルタン商会で株式仲買人となる。
1873年(25歳) デンマーク女性メット・ソフィー・ガットと結婚。後年5人の子の父となる。
1876年(28歳) サロンに風景画が初入選。
1879年(31歳) 第4回印象派展に出品。所有するピサロの作品も展示。以後1886年最後の印象派展まで出品。マネ・ドガ・ルノアール・ピサロ等と交流開始。
〔17〕「オスニー村の入口」(1882-83) 〔18〕「森の中」(1884) 
              〔19〕「白いテーブルクロス(グロアネクの下宿)」(1886)
17gauguin188283
18gauguin1884
19gauguin1886

1883年(35歳) (前年、フランス経済恐慌)株式仲買人の職を辞し、画家を志す。
1886年(38歳) 7月ブルターニュ地方のポン=タヴェンへ。 8月ベルナールと、11月ゴッホと知り合う。


〔20〕「ブルターニュの少年の水浴」(1886) 〔21〕「ボン・タヴェンの木陰の母と子」(1886)
20gauguin1886
21gauguin1886

1888年(40歳) 10月ゴッホとの共同生活開始。12月ゴッホの耳切り事件後破綻、パリに帰る。







〔22〕「アリスカンの並木路、アルル」(1888) 〔23〕「ブルターニュの子供」(1889)
22gauguin1888
23gauguin1889



〔24〕「家畜番の少女」(1889) 〔25〕「二人のブルターニュ女のいる風景」(1889)
24gauguin1889
25gauguin1889

1891年(43歳) 6月タヒチへ。



〔26〕「かぐわしき大地」(1892) 〔27〕「小屋の前の犬、タヒチ」(1892)
26gauguin1892
27gauguin1892

1893年(45歳) 8月フランスへ帰国。
1895年(47歳) 7月マルセイユを発ち再びタヒチへ。
1896年(48歳) 1月タヒチの14歳の女性パフラと同棲。4月貧困、精神的落込み、脚の激痛からモルヒネを注射。
1897年(49歳) 4月妻メットからの手紙で愛娘の死(1月)を知り衝撃を受ける。12月大作『我々はどこから来たのか、『我々は何者か、我々はどこへ行くのか』を書き始める。
〔28〕『我々はどこから来たのか、『我々は何者か、我々はどこへ行くのか』
28gauguin8189798

1898年(50歳) 11月『我々はどこから・・』がパリに到着。
1899年(51歳) パフラが男子出産。
1901年(53歳) 2‐3月入退院を繰り返す。9月マルキーズ島のラ・ドミニック(現ヒヴァ・オア)島へ。11月14歳の少女ヴァエオホを迎える。
1902年(54歳) 8月ヴァエオホ妊娠、実家へ帰る。9月女児出産。
1903年(54歳) 5月8日心臓発作により死去。

【小生comment】
▼後期印象派の中でも、特異な存在の巨星Gauguin。彼の画家としての人生は、二十代後半以降、アンリ・ルソーの様に日曜画家からstartした。初期の作品は添付写真〔17〕〔18〕〔19〕〔20〕をご覧の様に、彼が一時期傾倒したピサロの作風の影響を受け、大変受け容れ易い作品を幾つも創作した。
 彼の中期以降の作品は、段々と絵がデフォルメされて、一見稚拙の様に見えるが、絵の対象物の構図と色彩のバランスが微妙に合っていて見る者を魅了する。不思議な画家である。添付写真〔22〕アリスカンの並木路や、〔25〕二人のブルターニュ女のいる風景、〔27〕小屋の前の犬、タヒチ、のいずれも、「構図のバランスと色彩の微妙な調和の妙」をご覧下さい。
 それから、彼の大作『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』についてであるが、大変有名な絵であるので、細かな評価は他者に譲りたい。
 ただ、この作品のモチーフの殆どは、Gauguinが持っていたローマにある「トラヤヌス記念柱」の写真から取られている。
 この記念柱は、ローマ皇帝トラヤヌスが、ダキア(現ルーマニアの辺り)征服の戦勝記念としてレリーフを施したものである。
 この《会報》ではご紹介していないが、Gauguinの木彫レリーフの作品「戦争と平和:戦争」「戦争と平和:平和」等も、この記念柱からinspirationを得て創作されたものと思われる。
 いずれにしても、ゴーギャンは存在感の大きな印象派の画家であることは間違いない。いろんな意味から「感動」した展覧会であった。

【後記】■今日の締め括りは、「高樹のぶ子~ときめき脳でいきいき暮らす『いくつになっても男と女でいることが大切です』から」をお届けしてお別れしたいと思います。 御年63歳とは思えない艶っぽい高樹のぶ子氏のessayのessenceをどうぞ・・

 最近は日本でも漸く、手を繋いで歩く中年のカップルを見かけるようになりました。(中略)今では高ぶる様な恋愛感情はなくても、若い頃の燃える様な恋心を互いに思い出したりしている。そこには(中略)男と女としての関係がある。折角男と女がカップルとしているのですから、常にそれを感じることです。(中略)
 また結婚していても、互いに別の異性と交流を持てばいい。男友達とお酒を飲みに行ったり、お茶を楽しんだりすればいい。そしてそれをご主人に話せばいいんです。夫も若い女性と食事に行けばいい。「今日は、○○ちゃんと食事に行ったんだよ」と奥さんに言えばいい。そこでは俺も男として見られているんだとアピールすればいいんです。浮気をするとかそういうことではなく、互いに男と女でいる場所を持つことも大事なのです。
 ヨーロッパに行くと、レストランの照明はあえて暗くしてあります。それは、大人のカップルが食事をする場所だからです。薄暗い照明は、互いの白髪や皺を隠してくれる。男と女であること、そして恋愛の幻想をキープできるように演出されている。これは素晴らしい文化の成熟だと思います。(中略)
 男や女を捨てることは、ある意味では楽なことです。でもそれは寂しいこと。人生のジグソーパズルがいつまで経っても完成しない様なもの。男の部分や女の部分が枯れてしまったら、きっと脳も枯れてしまう。そうならないために、夫婦で手を繋いで、互いに名前で呼び合って、パズルのかけらを探しに行って下さい。(以下略)
【小生comment】
▼高樹氏のcommentは尤もだと思う。だが、straightに受容できないのは、小生の頭が旧いからだろうか。(笑) でも、彼女の言う通りに行動してみたいという願望は正直ある。(笑)(汗)

では、また・・。(了)

« 【時習26回3-7の会 0235】~「『時習26回卒業35周年記念旅行』申込み締切り迫る!」「斉藤茂太『「あなただけは特別な人」と思われる人の共通点』から」「イタリア旅行その5(最終回)『ナポリ・カプリ島』→『オランダ・アムステルダム』」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0237】~「【2637の会】《クラス会》いよいよ始動!・・『青春のうたPart4』アンケートにご協力を!」「『時習26回卒業35周年記念旅行』の募集状況」「白州正子『花にもの思う春』から『俊成』→「平家物語」→『千載和歌集』→【能】『忠度』&【狂言】『薩摩守』」 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【時習26回3-7の会 0235】~「『時習26回卒業35周年記念旅行』申込み締切り迫る!」「斉藤茂太『「あなただけは特別な人」と思われる人の共通点』から」「イタリア旅行その5(最終回)『ナポリ・カプリ島』→『オランダ・アムステルダム』」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0237】~「【2637の会】《クラス会》いよいよ始動!・・『青春のうたPart4』アンケートにご協力を!」「『時習26回卒業35周年記念旅行』の募集状況」「白州正子『花にもの思う春』から『俊成』→「平家物語」→『千載和歌集』→【能】『忠度』&【狂言】『薩摩守』」 »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト

最近の記事

05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

  • Dsc_0217
    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

  • Cimg1428
    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

最近のコメント

無料ブログはココログ