【時習26回3-7の会 0239】~「5月18日:時習26回『ミニミニ同窓会』開催報告」「五木寛之『人はみな大河のの一滴』~『見えない風に吹かれて』より・・」
■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0239】号をお送りします。
景気が悪いせいだろうか、最近どうも小生、精神が不安定気味である。 blueな気分である。 まだ軽い躁鬱病にもなっていないとは思うが・・。(笑)(汗)
こういうblueな気分の時こそ、気の置けない同期の仲間達との気楽な語らいは萎えた心を慰めてくれて本当に助かる。ストレスがかなり軽くなった。
小生、掲題・副題にある様に「5月18日:時習26回『ミニミニ同窓会』開催報告」を例のトライアゲインにて18時過ぎから22時半まで行なった。
参加membersは、4月8日に実施した面々に再び嘉森君を加えた5人である。添付写真ご参照下さい。
いつも林K子さんにはご自宅が会場に近いもともあり、会の直前電話して無理にお誘いしても嫌な顔をせず参加して下さる。この場を借りて改めて謝意も申し上げ度。
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私事であるが、小生、昨日23日夕刻17時半~20時半まで、名古屋駅前の食事処で、大学時代の弓道部の5期(5代)合同の同窓会があり、参加した。

ここでも自称宴会部長である小生が総合司会。どうもこういう催事にはあっているのかもしれない。(笑) この合同同窓会も、今年3月に創部五十周年記念式典があった際に、年次の近い先輩から「今泉、お前幹事で、合同同窓会をやれ」という下知があり、開催したもの。準備から開催まで凡そ一月で結構忙しかったが、挙行してみると、やはり同窓会というものはいい。全国に散らばった先輩・同期・後輩が39名一堂に会して、それこそ大学卒業以来の人との再会もあり懐かしく楽しかった。因みに、時習26回の旧【3-2】の飯田H祥君も参加している。ご参考に写真を添付します。
最近、こういう同窓会・同期会・クラス会というものに凄く愛着を持つ様になって来た。歳を取ったということなのか、それとも残された人生が少なくなったという焦燥感からなのか、自分自身でもよく解らない・・。(笑)
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■さて、今日は、最近入手した、五木寛之語りおろし全集『人はみな大河の一滴』から、第9集《見えない風に吹かれて》で、五木氏が述べていることに感銘を受けましたので、その抜粋をお届けします。

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【青春・朱夏・白秋・玄冬】
まず生きているということを尊敬し大事にしようじゃないかと、そして、私たちが生きているということが、心と体の危ういバランスの上に立って、そして私たちの将来待ち構えている死という大きなものをちゃんと意識しつつ青春、朱夏、白秋、玄冬を生き続けているのだと、こういうふうに考えたいと思います。
人の一生というものを、(中略)中国では四神(ししん)思想という影響の中で、人生をやはり(【小生注】インドと同様に)4つに分けているところが大変面白いと思います。青春という言葉だけを独立させて使うと、何か薄っぺらで甘ったるい感じがするのですが、本来の言葉としてはそうではありません。その次に朱夏というコントラストがあります。それに続く白秋、そして最後に玄冬という言葉が来ます。玄は玄米の玄で黒いという意味です。青春という言葉は一つだけ独立して使われるのではなく、この四つがセットになっていると考えたほうがよいと思います。
青春・朱夏・白秋・玄冬。これが人間の一生と重なりあうところがあるので、いつの間にか人間の十代から二十代にかけての華やかな時期を青春などと言う様になりました。社会に出て世の中のために頑張ると、この時期が朱夏。人生の後半に差し掛かって、白秋期に入る。なんとなく澄み切った秋空の下で、風が吹くススキの道でも歩いている様な、透明な感じもして、なかなか悪いものではありません。
そして最後が玄冬。玄とは黒い、暗いという意味ですが、それだけではないんですね。老子の言葉の中に「玄の玄」という言葉が出て参ります。玄牝(げんびん)というのは生命の源というふうに解釈されておりますけれども、玄というのは、背後に一抹の赤みを帯びた黒だというふうに道教の権威者である福永光司先生はおっしゃっていました。玄冬とはただ暗い冬というのではなくて、若い時には見えなかった様な、微かな明日への光が見えて来る時期であると、こんなふうに私は、勝手に善意に解釈して、やがて玄冬を迎えようとする時期に差し掛かっています。
人生をこの様に分けて考えるところでは何処でもそうなのですが、興味深いことには、以前は社会からリタイアする時期が非常に早く考えられていました。今は長寿社会ですから七十歳まで働こう、という感じなんですけれども、鴨長明は山に引っ込んで『方丈記』などを随分歳を取って書いた様な気がするんですが、彼は五十歳位で山に入った筈です。(中略)
働くということを生き甲斐と感じるというのは、やっぱりある意味で独特の考え方の様な気がするんですね。(中略)ルターの思想といいますか、大きな宗教改革を経て、プロテスタンティズムというものが確立されてきますと、その中で勤労の倫理というものが生まれて来ます。
【人事を尽くすとはどういうことか】
勤労の中に喜びを見出すことに尊い倫理を探すという考え方も、プロテスタンティズムの中に生まれて参ります。(中略)恐らく、勤めた先に応じてその仕事に生き甲斐を見出そうと努力することによって、その仕事に興味が湧いてくるというのが実際の状況じゃないかと思います。
しかし、その中で私たち人間は永遠に生きて行くことが出来ない(中略)。今自分が続けている仕事は、生涯自分がこのために命を賭けてもいいと思っている仕事でないという実感があった(中略)場合、悩み続けるのが人間(中略)で、迷ったらやってみるのも一つの選択かもしれないと思います。それは、自分の思う様には世の中は進まない、という考えを私はもっているからです。(中略)
【他力という不思議な力】
(中略)他力というのは、目に見えない自分以外の大きな力が、自分の生き方を支えていてくれているんだなあという感覚なんですね。自分以外の他の者が、自分という存在を支えている。謙虚に受け取るということが、他力の一番根のところにある言葉だろうと思います。
他力という言葉が生まれて来る前の段階にあるものは、諦めるという感覚ですね。これは(中略)「明らかに究(きわ)める」、ぎりぎりの最後の真実まで眼をそらさず確りと確かめる。親鸞は最終的に一つの諦めの境地に到達するんですね。自力では諦めきれぬと諦めた、他力に縋(すが)る他に術なしと。(中略)
【見えない風に吹かれて】
(中略)他力の考え方のいいことは、他力を意識している人間は、有り難いとかお蔭様でとか、いやあ自分の力でやったことじゃありませんとかいう感覚が自ずと心の中に生じて来ることなんですね。親鸞の有名な「わがはからいにはあらず」という感覚を、暮らしの中でちゃんと大事にしているかしていないかということで、相当違う感じがするんですね。
他力を一つの信仰の大きな力と考える様になったのは、やはり私たち二十世紀の人間は傲慢過ぎたのではなかろうか、ということがあります。人間は何でも出来るんだ、あらゆることが可能である、という傲慢さの故に私たちは人間が寄生虫の様に暮らしている地球というものを随分無茶苦茶にしたな、と考える様になって来た訳ですね。(中略)
人間の生きる日々というものを考える時に、人の世にはどうしようもないことが沢山ある。そして、どんなに努力しても、それを避けることが出来ないこともある。そういうものを諦める、つまり明らかに認めて、それを受け容れるということが、私たちの人生にとっては非常に大事なことだと思います。私たちは本当は聞こえない声に囁かれてそれを選んでいるだけかもしれない。他力の光を浴び乍ら生きていることが人間らしい生き方であるという考え方もできるんですね。(以下略)
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【小生comment】
五木寛之氏のこのCDessay集は、小生、最近毎朝腹筋をし乍ら聞いているのですが、BGMが無伴奏チェロの演奏で、カタロニア民謡の『鳥の歌』(~この作品はチェロのmaestroパブロ・カザルスが世界に紹介した名曲~)で始まり、そして終わる。 雰囲気がちょっと暗くなりそうなのですが、よく聴くと心にじ~んと来る素晴らしいessay集です。
「我々は生かされている」「私たちは本当は聞こえない声に囁かれてそれを選んでいるだけかもしれない」本当に小生も最近そう思う様になって来ました。『他力』という言葉を、これまで小生〔 『他力本願』=『阿弥陀様に助けて貰う』 〕と、短絡的に理解していましたが、決してそれだけではない。
「一生懸命努めても、『自力』では決して叶えることができないことが存在するのだ」ということを素直に受け入れ、努力した後は、自分の力ではどうしようも出来ない『他力』によって「『あるが儘』に任せる」、そういう心境になって来ました。
今日ご紹介させて頂いた作品も、なかなか含蓄あるお話だと思います。
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【後記】■今週は、上記の合同同窓会の準備に奔走したため、【2637の会】の準備が御座なりになってしまいました。お詫び申し上げます。
今日の締め括りは、最近購入した「校注『良寛全歌集』」(春秋社)から一首お届けします。

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白浪の よする渚さを 見渡せば 末は雲井に 続く海原 良寛
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【意】白い波が寄せる波打ち際から沖を見渡すと、その果ては、雲にまで続いていることよ
【小生comment】
極めて写実的な歌である。砂浜に寄せては返す白波の音が耳元にまで聞こえて来る様だ。その海原を見渡すと、その果ては白雲迄届いている。爽やかな情感も醸し出している秀歌である、と思う。
「末は雲井に 続く海原」というところは、李白の「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」の「孤帆の遠影 碧空に尽き/惟(た)だ見る長江の天際に流るるを」を想起する。(了)
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