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2009年6月の4件の記事

2009年6月30日 (火)

【時習26回3-7の会 0244】~「【2637の会】《クラス会》出欠状況経過報告《続々報》」「6月13日:『時習26回卒業35周年記念旅行』から『懇親会』の模様」「6月25日:『時習26回《ミニクラス会》開催報告』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 先週は大変失礼しました。 実は小生、最近、仕事だけではないのですけれど、諸事に振り回される程忙しく、【2637の会】《会報》やblogを作成している余裕が全くなくなってしまいました。
 加えて、最近の蒸し暑さに閉口し、体調も万全と言えなくなってしまいました。 でも、弱音を吐いてばかりという訳には参りません。(笑)
 さぁ、今日も疲れた身体に鞭を打ち頑張って(笑)・・、定例より二日遅れの【2637の会】会報【0244】号をお送りします。

■さて今日も最初の話題は、掲題・副題にあります様に、2009年【2637の会】《クラス会》出欠状況報告の《続々報》についてご報告させて頂きます。
 先週以降から今日までに、既に返信mailを頂戴した10名の皆さんのほかは、林K子さんから『出席表明』を頂戴しました。どうもありがとうございます。mailをお送り下さった皆さん、ご協力ありがとうございます。
 お返事の〔出欠〕状況についてご経過報告させて頂きます。(以下五十音順)(敬称略)

1.〔出 席〕 : 【報告頂いている方々】井上、金子、鈴木(淳)、林K子 〔4名〕
2.〔欠 席〕 : 【報告頂いている方々】犬飼(石田)、鈴木(雄)、彦坂、守田、横田 〔5名〕
3.〔考慮中〕 : 【報告頂いている方】伊庭、渡辺 〔2名〕

 そして、恐縮ですが、mailをお送りさせて頂いている皆さんで、お返事を下さっていない皆さんへの《お願い》です。
 伊庭さんや渡部さんの様に、〔考慮中〕で結構ですから、連絡頂けませんでしょうか?
 連絡がご本人に届いているかが分からないので、往復はがきで『ご案内状』を作成しないと・・。
 そこら辺りを見極めてから、mail登録されていない方々とご一緒に、《クラス会》のご案内を作成したいと思います。
 mail配信先の皆さんの場合、「3.〔考慮中〕」にてお返事を頂戴できれば、往復はがきの出状をしなくて済み有難いというのが本音です。
 ご協力頂ければ幸甚です。

■続いては、先週お約束した「6月13日:『時習26回卒業35周年記念旅行』から『懇親会』の模様」をお送りします。
 「懇親会〔一次・二次・三次会〕」の中身の詳細は割愛させて頂き、参加者80名のsnap-shot をご覧下さい。 もう、ご覧頂くだけでご満足頂けるのではないかと思います。
 【2637の会】membersでは、小生のほかは、菰田君、竹内君、山中(高木)さん、渡辺さんの、計5名の参加でしたが、個人的な感想を言えば、「もっと皆さん気軽に参加されたら良かったのではないか」と率直に思いました。 同期会ってホントいいものですヨッ!!〔←◆出過ぎた物言いでゴメンなさい。〕
 まぁ、兎に角、添付写真で、懇親会を疑似体験してみて下さい。 では、ご覧下さい・・。

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■さらに続いて今日の話題は、掲題・副題にあります様に、去る6月25日(木)夜、8月15日の《クラス会》会場にて開催された「時習26回《ミニ同窓会》」の開催報告です。
 この日の参加者は、中嶋君(旧【3-2】)、谷山君(旧【3-3】)、金子T也君(旧【3-4】)、林K子さん(【2637の会】)と小生の5名です。
 そして、この日は、林K子さんのお誕生日でもありました。 会では、林さんへの誕生日祝いの声かけだけでなく、金子T也君からお祝いの花束が贈呈されました。 カッコいいですねぇ。(笑) その記念の5名のsnap shot を添付しました。ご覧下さい。
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 この会の席上で、林さんから8月15日の【2637の会】《クラス会》への「参加表明」を頂戴しました。林さん、どうもありがとう。

■後記
 《会報》前号でお伝えしたDVD制作については、漸く「大学の弓道部時代」の原盤が出来上がりました。現在、参加者への送付用に40枚焼き付けの最中です。そして、いよいよ「時習26回卒業35周年記念旅行」のDVD週の制作に取り掛かる予定です。
 従いまして、【2637の会】《クラス会》のご案内は、その後、今月の12日(日)〔開催予定日の8月15日の一ヵ月前〕迄には完成して出状したいと考えています。
 繰り返しになり、申し訳ございませんが、このmailの《会報》をご覧になられている皆さんで、返信mailをまだ出していない皆さんにお願いです。
 「3.〔考慮中〕」にて pending で結構ですので、7月の11日(土)〔←往復はがき出状予定日の前日〕までに返信頂けると幸甚です。m(_ _)m

 では、また来週・・。(了)

2009年6月21日 (日)

【時習26回3-7の会 0243】~「【2637の会】《クラス会》出欠状況経過報告」「6月13日:『時習26回卒業35周年記念旅行』からoptional course『ザ・ウォーキング:舞阪~新居関所』記」「6月9日:江口克彦氏講演『松下幸之助に学ぶ元気の出る経営』を聴いて」「日野原重明著『いのちと勇気のことば』より」「『斎藤茂太:【心も体も使わないとダメになる。日記でアタマを活性化しよう】』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0243】号をお送りします。

■さて今日も最初の話題は、掲題・副題にあります様に、先々週7日に配信させて頂きました、2009年【2637の会】《クラス会》出欠状況報告の《続報》についてご報告させて頂きます。
 先週以降から今日までに、既に返信mailを頂戴した8名の皆さんのほか、犬飼(石田)さん、伊庭さんから返信mailを頂戴しました。どうもありがとうございます。
 mailの到着順に、横田君、金子君、井上君、渡辺さん、J司君、守田君、Y次君、彦坂君、以上8名の皆さんから、返信mailが届きました。mailをお送り下さった皆さん、ご協力ありがとうございます。
 お返事の〔出欠〕状況についてご経過報告させて頂きます。(以下五十音順)(敬称略)

1.〔出 席〕 : 【報告頂いている方々】井上、金子、鈴木(淳) 〔3名〕
2.〔欠 席〕 : 【報告頂いている方々】鈴木(雄)、彦坂、守田、横田 〔4名〕
           欠 席 します。 犬飼R子
3.〔考慮中〕 : 【報告頂いている方】渡辺 〔1名〕
           3.今しばらく、時間を下さい。
8月15日はお盆の送りの日でありますので、時間的にゆとりがあるかどうかはっきりしません。
 毎週、豊富な内容ありがとうございます。私は今年より国際学級担当となり、ブラジル、韓国の子に日本語を指導する立場となりました。何気なく話している日本語を改めて見直し、わかりやすく説明しながら国語の授業をしています。
 仕事に追われている毎日ですので、皆さんといろいろな話題について話ができ、いい刺激となればと思っていますが…。
 たぶん、間際まではっきりしなくて、幹事さんにはご迷惑をおかけいたしますが、よろしいでしょうか。
          伊庭 R○子

 現状、以上の通り10名の方々から返信mailを頂戴しています。
 まだお返事を頂戴していない皆様、是非とも〔出席〕表明をお願いします。期待しています。m(_ _)m

■さて次は、今日は、前【0242】号にてお約束させて頂きました様に、先週13~14日かけて実施された『時習26回卒業35周年記念旅行』から「optional course『ザ・ウォーキング:舞阪~新居関所』記」をご報告させて頂きます。
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 6月13日、天候は薄日が指し、少し蒸し暑い程度で、薄暑に近い陽気と言えようか。
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 事前に名古屋幹事の、酒井君(旧【3-6】)やからマイカー組は10時半にJR舞阪駅に来てくれれば、同窓会幹事が駐車場のある雄踏体育館案内してくれるいうことで時間前に舞阪駅に到着。三々五々参加者が集まると共に、雄踏体育館から再びマイカー組を車で舞阪駅迄送ってくれ、11時頃から、まず腹ごしらえということで、〔ウォーキング組〕と〔バトミントン組〕合同で、ご当地では天丼が美味しいことで有名な「魚あら」まで語らい乍ら早速ウォーキングを開始。10分程経ったであろうか、11時半少し前にその「魚あら」に到着。〔添付写真ご参照〕
 この「魚あら」の天丼は、評判通りの美味しさ。これには、参加者全員ご満悦・・。(笑)
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 一時間ほど昼食休憩ととった後、我等〔ウォーキング組〕はまず、「魚あら」に程近い「舞阪脇本陣」を訪問。資料館の人にいろいろ案内して貰い説明して頂いた。
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 食後、ウォーキング参加者は、各自のpaceで、目的地の「新居関所」を目指した。



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 途中、浜名湖弁天島で、今切の浜名大橋の方を望むと、夏霞に煙る赤い鳥居が見えた。このうっすらと霞んで見えるところが今の時節にあっていい。この時、小生の脳裏に「『舞阪宿』→『新居宿』」と「夏霞」で一句が浮かんだ。
 宿場町を歌った松尾芭蕉の俳句に、「『御油』→『赤坂』」を詠んだ俳句・・

 夏の月 御油より出でて 赤坂や  芭蕉

がある。この俳句について、山本健吉は、その著書「『芭蕉』その鑑賞と批評」の中で、次の様に述べている。

 (前略)(【小生注】この俳句は延宝8年以前の作とされるが、芭蕉の延宝時代の作は)比喩も以て詠ずるのが常であったから、この句も道中の実景を詠んだものと取ることはできない。御油と赤坂との間は十六丁(【小生注】= 1.7km )であって、東海道五十三次のなかで、距離が最も短いのである。そのことを前提として、これは夏の夜が明け易くて、月の出の短いのを、喩えて言っただけの句なのである。自分が御油を立ってその夜赤坂へ着いたというのでも、御油から月が出て赤坂へ入ったというのでもない。眼目は「夏の月」を詠むことであって、北村季吟の『山之井』に「夏月(みじか夜の月、明けやすき月)の項目中、「夕の影の涼しさをめで。いる事のはやきをおしみて。めぐるは扇車哉とも鳴門や落す月の舟などもつらね」云々と言っているのを、そのまま実行したまでのことである。言うまでもなく、季吟は芭蕉の師と言われ、『増山井』(山之井の改訂版)は芭蕉が人にもすすめ、座右にも置いた歳時記であった。
 だが、それだけの理窟ならば、いっこうにつまらない句である。(中略)思い出すのは、芥川(【小生注】龍之介)がこの句のついて書いた次の様な文章である。「これは夏の月を寫(うつ)すために、『御油』『赤坂』等の地名の與(あた)へる色彩の感じを用ひたものである。この手段は少しも珍しいとは云はれぬ。寧ろ多少陳套の譏(そし)りを招きかねぬ技巧であらう。しかし耳に與へる效果は如何にも旅人の心らしい、悠々とした美しさに溢れている」(芭蕉雑記)さらにまた彼は、この句を「リブレットオ(【小生注】リブレット = libretto:歌劇等の台本・歌詞)よりもスコアア((【小生注】score = 楽譜)の優れてゐる句」と言っている。つまり、歌詞台本よりも楽譜の方が優れている歌劇に比しているのである。このことは、この句の意味するものの陳腐さや無内容にもかかわらず、美的効果の素晴らしさを、彼が言っているのである。(以下略)

 小生、この芭蕉の句に触発されて、このwalking course 『自舞阪至新居関所記』〔・・とでも命名しようか・・(笑)〕に参加して、その感動を拙句に表してみました。

〔詞書〕ときは六月、薄暑の正午前。新居の関所を目指して舞阪宿を発った我等時習26回の同期十数名は、語らい合い乍ら歩みを進め、ふと浜名湖を今切の方に目をやる。すると、遠州灘が白々と薄っすら霞んで見えた。 「これが『夏霞』というものか・・」と感動して詠める。

 夏霞 舞阪を発ち 荒井関  悟空

お粗末様です。(笑)
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【新居(荒井)宿の歴史】~「新居関所・新居宿の変遷Ⅰ(平成19年10月刊)」から抜粋
 〔添付写真ご参照〕
 (前略)元和5(1619)年頃には将軍上洛のための施設である新居御殿が設置され、元禄9(1699)年には、関所奉行の役屋敷が中町に、元禄12(1699)年までは遠江代官の出張陣屋がありました。
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 今切関所は慶長5(1600)年に設置されてからは幕府が直轄していましたが、元禄15(1702)年閏8月から三河国吉田藩の管理となりました。(中略)同年12月吉田藩領になりました。(以下略)
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◆最後に訪れた新居宿旅籠紀伊国屋の中庭に咲いていた『萩』の花・・可憐であった・・
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【小生comment】
▼新居関所の案内の人の話によると、関所では有名な「入り鉄砲と出女」が厳しく詮議されたとのことで、新居関所から西の女性は関所より東へはほとんど嫁がなかったという。現在の新居町と湖西市は、江戸時代の元禄15年以降、吉田藩領であったため、豊橋との関係は、婚姻をはじめ浅からぬものであったそうだ。
 浜松市が平成の大合併を実現した時も、湖西市と新居町は合併を拒否している。
 豊橋が東三河市として政令指定都市を目指す過程で、県境を越えた、東三河市が実現する可能性もなしとしない、と誰かが言っていた。ホントかなぁ・・。
【こぼれ話】
 小生、ウォーキング の途中、一緒に参加した杉浦君(旧【3-8】)から「なぁ今泉、お前ゴルフ〔~ゴルフ(組)に参加する~〕行くんじゃぁなかったのかぁ?」と聞かれた。 小生、即座に応えて曰く、「野郎ばっかりの、ゴルフは僕はつまらないよ。この様に綺麗な淑女((笑)←失礼)の皆さんが沢山いる方がずっといいよ、ハハハ」と。 つい、本音が出てしまった。(笑)
 僅か数時間の「旅」であったが、ご当地の名物料理「魚あら」の天丼を堪能して、「舞阪宿」→「舞阪脇本陣」→「舞阪港」→「新居関所」→「旅籠紀伊国屋」と歩いたが、この地区の事情に詳しい斉藤K○子さんの解説に加え、「舞阪脇本陣」や「新居関所」では地元の方による解説を聞くことが出来、とても勉強になった。
 同窓会記念旅行のこの〔ウォーキングcourse〕に参加したことで、「城址・旧跡巡り」が出来てとても良かった。賢人会membersの「中嶋君や谷山君も参加すれば良かったのになぁ・・」と思った。添付写真をご覧になって、皆さんも「『舞阪』→『新居関所』」までの〔ウォーキング〕を疑似体験してみて下さい。良かったですよ~。それから、竹内君へ、この snap shot には沢山写っていますのでジックリご覧下さい。〔バトミントン組〕の菰田君も1枚写っていますヨ。

 これも余談ですが、新居の関所というと、次の様な思い出があります。
 小生は、生まれたのは豊橋の病院ですが、その時分は、親父が新居高校に勤めていた関係で、生まれてから小学校二年(昭和39年3月)まで、新居町新弁天に住んでいました。
 昭和34年9月26日のことです。名古屋で甚大な被害を出した『伊勢湾台風』がこの浜名湖を襲いました。高波と潮の関係から、新弁天が海面下に沈んでしまう危険性が大きくなったということで、その夜、豊川陸上自衛隊が住民の救助活動にやって来たのです。
 まだ小さかった小生は、若い自衛隊員のお兄さんの背中におんぶして貰い、この「新居関所」までジープかトラックで避難したことを、物心ついた最初の事象として今も鮮烈に覚えています。小生の誕生日が9月24日なので、満4歳と2日の出来事でした。

 さぁ、さて次号では、いよいよ、同窓会・懇親会&二次会・三次会の模様を、snap-shot の写真を沢山交えてご紹介したいと思います。
 因みに、小生が参加した optional course の walking courseを含め、今回撮影した写真枚数は小生分だけで800枚強になります。(笑)(汗) 小生、これ等の写真をDVDに編集して、まず、幹事の皆さんに見て貰い、「そのDVDでよし」とするか、他に撮影した写真も加えて、再編集するか、検討して貰う予定です。 これ等の制作・編集作業にかなりの時間を要する予定です。従いまして、参加された菰田君、竹内君、山中(高木)さん、渡辺さん、お手許に届くまで、暫くの猶予を下さい。(汗)(笑)
 実は、5月に開催した、小生の大学の弓道部時代の合同同窓会の記念DVDを現在制作中で、結構凝ったproduceを考えていますので時間が掛ってしまっています。しかも、作成枚数が40枚程を予定。その後、学年同窓会の分が80名分。それに、【2637の会】《クラス会》のご案内も、PC配信していない方々に向けて郵送の準備に入らないと・・、「 時間がな~~い!」と焦っています。(笑)
 従いまして、【2637の会】membersの皆さんで、PCのご案内を差し上げている方々で、まだ出欠のお返事を出していない皆さんへのお願いです。
 是非、PCの返信mailで回答をお送り下さい。ご協力の程、宜しくお願い申し上げます。m(_ _)m

■続いては、ちょっと前の話題です。去る6月9日、豊橋市内のホテルにて開催された東三河懇話会総会における記念講演で、PHP総合研究所、代表取締役社長の江口克彦氏による『松下幸之助翁に学ぶ元気の出る経営』を聴きました。 この不況下、大変参考になるお話でしたので、その要約をお示しします。 ただ小生が講演会の模様を筆記したものですので、若干ニュアンスが違っていることがあるかもしれないということをお含み置き願います。では、どうぞ・・

〔松下幸之助翁に学ぶ元気の出る経営~10箇条~〕
 江口克彦氏講演
【01 好況よし、不況もまたよし】
 不況になっても落胆する必要はない。経営者にとって、頭が真っ白になりオロオロすることが一番いけない。
 不況の時には、不況の時で、やるべきことがある。
 不況により、経営の「節」が出来る。不況は企業活動に「節」をつくり、「節」が出来れば強くなれる。
 不況は成功のチャンスでもある。
 不況の時でも、気持ちは前向きでおれ。~◆松下翁は、如何なる時も後ろ向きに考えることはなかった。明日の話、前向きの話に終始した。私(江口)は、23年間松下幸之助と一緒に仕事をした。特に真ん中の15年間は休みがなかった。大晦日の日、翁から「明日(正月元旦)は、うち(=翁の自宅)に来んでいい」と、一年で一日だけ休みを貰った。(笑) 毎年、正月3日の日は、松下翁と今年一年何をやるかを話した。例えば、翁が90歳の時、翁は「今年は大学をつくろう。自分が一番最初の学生になる。理事長、学長にはならない。カネは出すけどな。どうしたら大学ができるか調べよ」と言った具合・・。
 ナントカできると思えば、ナントカなる。~松下翁はこう言った。「『何とかできるんや』と思い、失敗しても繰り返すと、必ずできるんや・・」と。
 道は必ず開けて来る。
【02 不況のときこそ、経営の原点に帰れ】
 経営理念を思い起こし、考えを練り直せ。
 他諸事に目を向けず、本業を守り抜け。~◆ただ、これは「今やっていることを漫然とやる」というのではない。
 多角経営〔ex.自動車産業や銀行業に進出〕でなく、「多柱経営〔ex.電機(器)を中心に事業展開を図る〕」に徹せよ。
【03 執念をもって不退転の覚悟で取り組め】
 新しいことをやるには、それなりの執念を持たなければ駄目。
 成功しないのは、成功する前に止めてしまうからだ。~◆「成功するまでやり続ければ必ず成功する」と松下翁は言った。(笑)
【04 旧来の常識〔慣習・慣行・仕組等〕を打ち破れ】
 企業〔組織〕は永く続けていると「制度疲労」を起こすものだ。
 今日のベストは、明日のベストではない。
 【組織】が崩壊するには、次の4つの理由がある。
〔1〕成功体験に味をしめると腐り始める。
  →◆ex.松下翁は、三年前の製品を三年間、当時その儘に作り続けていた部下に激怒した。翁は「三年間お前は何をやっていたのだ! どういう改善努力をしていたんだ!」と。
〔2〕現状に甘んじていると腐り始める。
  →◆現状がいいに決まっている。楽な毎日を繰り返す。改革・向上心の欠如。これ等が悪因。
〔3〕「人」「物」「カネ」等と馴れ合いになると腐り始める。
  →◆企業にとって好ましくない部下に対して「彼は30年間会社に貢献してくれていたし・・」と見逃すことが悪因。 諸葛亮(孔明)が「泣いて馬謖を斬った」様に、冷徹な判断が経営に求められる。
〔4〕虚栄に走ると腐り始める。
  →◆ダイエーやJALの様に業績が苦しい時に冠スポーツ大会スポンサーになる様なことは、止めて行かないと組織は崩壊する。
【05 常に自分〔会社・組織〕の能力を再点検せよ】
 再点検して、自らの力を把握する。
 (【小生注】排水口が開いた水の入った風呂桶は)目減りした分の水は絶えず補給しないといけない、ということ。
 「経営者としての実力をつけよ」とは、「経営者として、今、何をしなければいけないのか? 自分が経営者としての実力があるか点検することが大切だ」ということ。
 思い切ったリストラを断行し日産自動車を再建したとされるゴーン社長も、彼が日産に乗り込んで成功したのは、cost cut が奏功したからだ。 これだけでは力不足だった。だからトヨ
タ・ホンダの後塵を拝す様になってしまった。
 松下翁は、次の二つのことを同時にやっていた。
〔1〕経費削減
〔2〕新規事業を作り出していった。
【06 苦しい時には、時として『一服して待つ心』も必要だ】
 心を許して遊ぶ。心の余裕も必要。
 ジタバタせずに、十分な対応をした上で、静かに考える時間を持て。
 但し、何もしなくて一服して待つのではなく、「不況の風に対処しつつ・・」。
【07 人材を育てよ】
 苦しい時期の苦労が骨身に沁みて社員は育つ。
 社員教育、研修、自己啓発に時間とおカネを掛けよ。
 「松下は人をつくっています」→◆創業から70年で7兆円の会社をつくって来たが、人を育てることに全力を傾注して来た。
【08 「責任は我に有り」を思い知れ】
 そもそも不況を読めなかった自分に、社員を良き方向に導いてやれなかった自分に、責任があるのだ、と思い知れ。
 逆に、業績が上手く行くのは、「部下のお蔭」と思え。
【09 打てば響く組織をつくれ】
 スピード経営に徹せよ。
 迅速な意思決定と確実な実施。 浮いた時間は教育に回せ。→◆スピード経営により、時間的余裕が出て、良い策が打てる様になる。
 経費の節減は経営の問題ではなく、倫理、道徳の問題だ。
【10 治に居て乱を忘れるな】
 →◆「『易経』繋辞(けいじ)下/治而不忘乱」から・・。 「太平の世にも戦乱の時を忘れず準備を怠らない」という格言。
 日頃から、為すべきことを為しておけ。
 「朝の来ない夜はない」。好況の後に不況、不況の後に好況がきっと来る。
 好況の時は、不況に備え、不況の時は力を養え。

 講演の最後に、江口氏は、次の様に言った。
〔1〕リストラはするな。
〔2〕赤字を出すな。
〔3〕借金はするな。
 景気回復に要する時間は、諸説あるが、完全回復には後5年は掛ると思う。
 この間、「どれだけ我慢が出来るか」が繁栄と没落の分水嶺になる。(了)

【小生comment】
 江口氏の講演は、時としてジョークを交え、大変楽しく勉強になった。 一日も早い「景気回復」が待ち望まれるところである。

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■ここで、これも最近購読した「日野原重明著『いのちと勇気のことば』より」なかなか良かったところをご紹介します。

老化によるからだの衰えや、
不幸にして治る見込みのない病いに見舞われても、私たちは、
「欠陥があるにもかかわらず健やかである」
という生き方を求めていくべきだと思います。


老化は避けられなくとも、
自分をだめにしないことはできます。
頭でもからだでも、毎日、
休みなく、
切れ目なく、
使い続ければよいのです。
使わないまま錆びてしまう状態を
医学では
廃用症候群(disuse syndrome)といいます。


心健やかに人生を楽しむためには、「憎む」という気持ちを持たないことです。
もちろん、私の周囲にも、いやなことを言ったり、失礼な行動をとったりする
人がいないわけではありません。
でも、私の場合、そういう人に対しても憎しみを抱くということはありません。
いつかはわかってくれるだろうと、気長に待つことにしています。

【小生comment】
 日野原重明氏は、1911(明治44)年10月04日生まれなので、現在満98歳。2005年文化勲章受章。 氏は、現代の長寿社会を「立派な人間として生き抜くための心構えと長寿の秘訣」を身を以って実践して教えて下さっている老年医療の泰斗。
 小生は、日野原先生の行き方を、立派に高齢化社会を生きて行く際の手本として、氏の著書を参考にさせて頂いて日々試し実践している。
 今日ご紹介させて頂いた氏の『いのちと勇気のことば』の phrase は、それなりに説得力を持った心に残る名句である、と思う。
 元気な長寿を目指す者たちの手本として、氏にはいつまでも元気に長生きして頂きたいと願っている。
 尚、日野原重明氏が『廃用症候群(disuse syndrome)』と言っていたところのことなのですが、前号にてご紹介させて頂いた斎藤茂太氏も、「モタさんの楽ラク人生術」の中で、同じ様なことを次の様に仰っています。
 *
斎藤茂太:【心も体も使わないとダメになる。日記でアタマを活性化しよう】
 〔【小生注】茂太氏は、『苦しいときにこそジョークを。自分も周りも愉快になる』ことが大事なことだと述べた後に次の様に話されている・・〕
 人生でもう一つ大切なことは、「廃棄用性萎縮にならないこと」と言えるかもしれません。廃用性萎縮とは、要するに使わないとだめになるということです。例えば、車ばかり乗っていて足を使わないと、足は弱ります。同じ様に、ぼんやりして頭をちっとも使わなければ、頭はだめになる。老人性の痴呆やアルツハイマーも起こり易くなります。人生を全うするためには、廃用性萎縮にならないことが大切ですね。頭は使えば使うほど長持ちします。勿論肉体も、ほどほどに使わなくてはいけませんね。
 私はメモ魔であるという評価が立っておりまして、実際に、何でもメモします。これは、指の運動や頭を使うことになります。
 しかし、人様に「あなたは日記をつけていますか?」と聞くと、ほとんどの方は「つけていない」と仰いますね。私は「せめて日記くらいはお書きなさい」とお薦めしたいと思います。それも、晴れとか雨とかいうだけではなく、世界情勢や、家庭内のいいこと、悪いことを日記につけておく。兎に角書くことで、廃用性萎縮を妨げると思います。

【後記】■今日の締め括りは、6月18日の中日新聞朝刊第一面に掲載された、辻井伸行氏の piano concert の模様です。
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2009winners

 以下の記事をご参照下さい。 久しぶりに感動したニュースです。 リストの超絶技巧のピアノ曲である「ラ・カンパネラ」を感動的に聴かせる素晴らしい技巧! この難曲を、全盲の青年が弾けること自体、奇跡としか言えません。 ただただ感激(!)です。 最近、不景気で暗い話ばかり聞いてblueな気分が続いていましたが、この明るく、感動的なニュースを聞き、心が洗われました。彼の努力に比べれば、小生なんか、足許にも及ばない。

〔ご参考〕 ~ MSN・産経ニュース ~ 
「バン・クライバーン国際ピアノコンクールで盲目の辻井伸行さんが優勝〔2009.6.8 09:37 〕」
              ↓↓↓↓↓
 sankei.jp.msn.com/entertainments/music/090608/msc0906080937000-n1.htm  

 最後の写真は、今、我が家で満開の紫陽花の花をお示ししてお別れします。
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 では、また来週・・。(了)

2009年6月15日 (月)

【時習26回3-7の会 0242】~「【2637の会】《クラス会》出欠状況経過報告」「『時習26回卒業35周年記念旅行』開催報告」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 日付は変わって6月15日。さぁ、今日も【2637の会】会報【0242】号をお送りします。

■さて、今日は、掲題・副題にあります様に、先週7日に配信させて頂きました、2009年【2637の会】《クラス会》出欠状況報告についてご報告させて頂きます。
 今日までに、返信mailの到着順に、横田君、金子君、井上君、渡辺さん、J司君、守田君、Y次君、彦坂君、以上8名の皆さんから、返信mailが届きました。mailをお送り下さった皆さん、ご協力ありがとうございます。
 お返事の〔出欠〕状況についてご経過報告させて頂きます。(以下五十音順)

1.〔出 席〕 : 井上〔 出 席 〕します。 ・今しばらく、時間を下さい。〕
          金子〔 金子です。毎度の幹事ご苦労様です。既に以前のメールで「参加意思表明済み」と理解されているようですが、念のためメールします。今週末の35周年記念旅行、楽しんできてください〕
          鈴木(J)〔 出 席 〕します。
2.〔欠 席〕 : 鈴木(Y)〔 欠 席 〕します。
          彦坂〔 いつも元気の出る回覧板メールどうもありがとう。今年も夏のクラス会の時期が近づいてきましたが,今年の夏は,仕事の都合で,その頃帰省するのは難しいので,今回は残念ながら欠席することにします。みなさんによろしくお伝え下さい。お元気で。〕
          守田〔 欠 席 〕します。
          横田〔 欠 席 〕します。
3.〔考慮中〕 : 渡辺〔 いつも豊富な話題、感心して読ませていただいてます。皆から返事が届くといいですね。〕

 現状、以上の通りです。この【2637の会】は、「細~く、長~く、温か~く」をモットーにやって行きたいと思いますので、気楽に参加して下さい。
 それから、まだお返事を頂戴していない皆様、是非とも〔出席〕表明をお願いします。期待しています。m(_ _)m

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■続いては、一昨日13日(土)から昨日14日(日)にかけて実施されました『時習26回卒業35周年記念旅行』につきましてご報告させて頂きます。
 初日の6月13日(土)の天候はうす曇りで、強い陽射しもなくまずまずの旅行日和。
 卒業記念旅行初日は、〔ゴルフ〕〔バトミントン〕〔ウォーキング〕〔浜名湖遊覧船〕の4つのoptional courseが設けられ、小生は、〔ウォーキング〕courseを選択。集合時間の10時半、JR舞阪駅にマイカーで出かけました。車は雄踏体育館に置き、11時過ぎに、〔バトミントン〕〔ウォーキング〕courseのみんなと一緒にまずは腹ごしらえのため、舞阪港至近にある、天丼の美味しい食事処「魚あら」へ。←ホント、美味しかったですよ。
 食後、〔バトミントン〕courseの皆さんと別れた我々〔ウォーキング〕courseの面々は、リーダーの斉藤K○子さんの先導により、新居の関所までの凡そ6キロの道程を、語らいながら歩きました。この模様は、来週詳しくご報告させて頂きます。
 新居関所と旅籠「紀伊国屋」等を拝観した我々は、新居町駅に戻り、朝と同様、〔バトミントン〕courseの幹事の皆さんの車に便乗して、マイカーの面々は雄踏体育館駐車場を経由して、公共交通機関利用者は直接、宿泊場所の館山寺温泉「山水館欣龍」へ向かいました。
 温泉に浸かったあと、18時45分から、いよいよ宴会場にて同窓会・懇親会が開かれました。
 添付写真は、その懇親会のはじめに撮影した参加者総勢80名の全体写真と、宴会途中に撮影したsnap-shotの【2637の会】参加者5名中4名の写真の2枚です。写真撮影のタイミングがあわず、ここに竹内君が入っていません。竹内君、ごめんなさい。m(_ _)m(汗)(笑)
 今回も勝手カメラマンの小生、全体写真も小生のカメラで撮影したものですので、【2637の会】の皆さんへのお披露目が一番最初です。(笑)
 懇親会は、一次会が9時半頃まであり、その後は場所をスナックに変え、二次会を11時頃まで行い、更に三次会を小生は深夜の2時過ぎまで参加しました。その後、何時頃まで開催されていたのか小生は解りません。でもとっても楽しかったですよ。(笑)
 小生は、日曜の午前中所用があったので、7時に皆さんと別れを告げ、一足先に帰宅しました。
 参加者の多くは、二日目はお昼に奥山山の家でジンギスカン&とろろ汁を・・という予定だったと思います。
 同窓会は「歳を取る毎に、会を重ねる度に楽しくなる」と小生は思います。

【後記】■今日の締め括りは、館山寺でつくった小生の拙句を一句お贈りしてお別れしたいと思います。

 短夜や 想い出深き 館山寺  悟空

 では、また・・。(了)

2009年6月 7日 (日)

【時習26回3-7の会 0241】~「2009年【時習26回3-7の会】《クラス会》出欠確認のご案内」「斎藤茂太『モタさんの楽ラク人生術』から」「白州信哉『白州家の流儀』より」「山本健吉『芭蕉~その鑑賞と批評~』から」


■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】会報【0241】号をお送りします。

 今日は、早速ですが、今年の【2637の会】《クラス会》を、まずmailの返信にて「出欠確認」致したく、お願いするものです。
 お蔭様で、この《会報》mailは、三十人を超える【2637の会】membersの皆様にお送りさせて頂いています。
 ただ、万年幹事としましては、「mailは届いているが、果たして、どれ位の皆さんに読んで頂いているか?」・・。この辺りが全く把握できていません。
 なかには、毎週お送りしていますので、一読もされずにspam-mailとなってその儘ゴミ箱に入ってしまっているのも少なくないかもしれません。
 そこで今回は、小生、初めての試みで、mailをお送りしている【2637の会】membersの皆さんには「2009年【2637の会】《クラス会》出欠確認のご案内」を、mailにて確認してみようと思い立ちました。
 勿論、mailを未だにお送り出来ていない方々には、後日、往復はがきのご案内を出状する予定ですが・・。
 従いまして、今回、この《会報》【0241】号のmailの後に、「2009年【2637の会】《クラス会》出欠確認のご案内」を送信させて頂きます。
 そして、「出欠の意思表示」をmailにて返信願います。m(_ _)m


■さて、今日お届けする話題は、まず「斎藤茂太『モタさんの楽ラク人生術』(添付写真ご参照)」から『しあわせ友好術~信頼関係の中で生きる~』の冒頭のところをご紹介します。

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【友人は人生の宝。昔の友も大切にしよう】
 まず、「心豊かな人生を送りたければ、いい友達をつくろう」ということについてお話しましょう。
 サラリーマンには定年退職があります。私も学校の先生をしていたことがあり、定年退職を経験しました。定年退職を間近に控えている方には「今までの友人関係を維持しなさい」と申し上げたいですね。定年になると急にお友達がいなくなって孤独になる人が多いものですが、人間は一人では生きていけません。いいお友達がいて、励まされたりして生きていくんです。ですから、できるだけ対人関係を維持しましょう。
 また、学生時代のお友達というのは良しにつけ悪しきにつけ大事な存在ですから、できるだけ同窓会などにも出席するといいですね。そして、いいところを吸収しながら、昔話に花を咲かせるのもいいかもしれません。(以下略)

【小生comment】
 斎藤茂太氏(1916.03.21 - 2006.11.20)は、小生、従前より度々ご紹介させて頂いていますが、あの著名な歌人で精神科医である斎藤茂吉のご長男で、北杜夫の実兄。氏の話は、流石に精神科医らしく、非常に解り易い言葉で我々に人生を生き抜くための処方箋(=心の持ち方)を教えてくれます。「なるほど」と納得させられる、大変いい助言を与えてくれます。
 今回の【友人は人生の宝。・・】も、まさに、小生が日頃から思っていることそのものです。この【2637の会】の立ち上げも、まさにこの【友人は人生の宝。・・】と思い続けて来たものです。ホント、大切にして行きたいと思いますので、これからも皆さん宜しくお願いします。m(_ _)m

■続いては、最近、「白州信哉『白州家の流儀』(添付写真ご参照)より」という本を読み出しましたので、早速ご紹介してみたいと思います。
Photo_2

 白州信哉氏は、父方の祖父母が、白州次郎・正子夫妻、母方の祖父が、評論家の小林秀雄。身内でないと、わからない著名人、白州次郎、正子、小林秀雄のこぼれ話を知ることが出来、興味深く読ませて頂きました。
 そこで今日は、その中から、その本の一部をご紹介したいと思います。ご興味のある方は、小学館101新書〔030〕(2009年4月6日初版)ですので、書店でお求め下さい。(^^;)

【二人の祖父の出会い】
 僕(=信哉氏)の二人の祖父である白州次郎と小林秀雄が初めて出合ったのも鶴川の「武相荘」だった。前述した様に、互いに名前は知っていたが会ったことはなかった。終戦後の1946(昭和21)年、当時吉田茂のもとで働いていた次郎のところに、文芸評論家の河上徹太郎さんの紹介で、小林が訪れたのが最初だったという。河上さんは二人の祖父をよく知る共通の友人だった。
 次郎と河上さんは同い年で、神戸一中の同級生だった。また、河上夫人と祖母の正子は古くからの友人で、軽井沢の河上さんの別荘と、祖父母の別荘が近かったこともあって、家族ぐるみの付き合いをしていたそうだ。(中略)
 小林が訪れた用件とは、吉田満氏の著書『戦艦大和の最期』の出版許可が下りないので、GHQに頼んで欲しい、というものだった。小林は鶴川の家に上がると、暖炉の前に座っていた次郎に向かって挨拶もそこそこに、早口で事の次第を話し始めたという。
 吉田氏は東大在学中に学徒動員され、海軍少尉として片道分の燃料しか積んでいない戦艦大和に乗り組み、沖縄に出撃した。このとき「大和」は撃沈されたが、吉田氏は奇跡的に生還することが出来た。彼はその体験を父親と面識のあった作家・吉川英治氏に話し、薦められる儘に書き上げた。それが『戦艦大和ノ最期』だった。小林は一読してこの本は日本のために出版すべきだと思った。それは、この本にはありの儘の戦争体験が書かれていて、本当の意味での”反省”になっていると考えたからだ。しかし、GHQが出版を許しそうにないので、次郎の力を貸して欲しいということだった。
 その時の様子を正子は『白州正子自伝』(新潮社刊)にこう書いている。
「今、どうしても出版しなければならない本なのだ。よろしく頼む。――会談はそれだけで終わった。小林さんと単刀直入の話しぶりは気持ちよく、初対面の人間を全面的に信用している風に見えた。白州はそういう人間が好きだったから、話は一発できまり、必ず通してみせると胸を叩いた。あとは酒宴となり、世間話に打ち興じたが、著者の吉田満のことを小林さんが、『そりゃもうダイヤモンドみたいな眼をした男だ』と、一言で評したのを覚えている」
 その後ほどなくして『戦艦大和ノ最期』は出版されたが、男の出会いとはそうしたものだろう。

【後記】
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■今日の締め括りは、「山本健吉『芭蕉~その鑑賞と批評~』(添付写真ご参照)」から、今の時節にあった季語『五月雨』を扱った句を三句お送りしてお別れしたいと思います。
 山本健吉氏のこの『芭蕉~その鑑賞と批評~』は、芭蕉俳句の優れた芸術性を解り易く解説してくれている。久々にいい本に出会うことが出来た。これからの短夜にじっくり読み込んでいきたいと思う。

  五月雨に かくれぬものや 瀨田の橋  (曠野)

 元禄元(1688)年大津に滞在中の作。大づかみに掴んだ、瀬田の唐橋の大景である。其角が『雑談集』に、「八景を忘ぜし折から、此一橋を見付たる、時と云所といひ、一句に得たる景物のうごかさざる場を、いかで及ぬべきや」と言っているのに尽きる。五月雨が湖辺の風景全ても濛々と降りかくしているなかに、ただ一つの長蛇の如く、瀬田の橋が横たわっているのである。「隠れぬものや」とは、一見概念的な表現であるが、それがかえって、具象的な描写よりも利いている。大景を描くには、余計なニュアンスの伴わない裸形の言葉の方が、効果を発揮することが多い。琵琶湖それ自身が大景であるが、その中にこまごましたものは、一面の煙雨に消されて、橋だけが墨一色の景に浮かび上がっているのだ。
 似た様な例に、

  五月雨の 降りのこしてや 光堂

 があり、さらに渾然とした表現に達したものに

  五月雨を 集めて早し 最上川

 がある。この三句は、中七がやや概念的な表現で大景の中核を掴み、座五に固有名詞を据えている点で、似ている。だがこれらの土地の名は、みな和歌的な情趣を引きずった歌枕ではない。中では「瀨田の橋」が一番印象に詠まれてはいるが、ここでは土地の名の持つ歴史的連想よりも、風景的・形態的連想の方が重視される。その点から言って、この句は写生的発想の句であって、芭蕉特有の歴史的意識に伴うイメージの重層化はない。あるいは、芭蕉の意識にあったとしても、この句にその表現の所を得ていない。この句の平面描写を救っているものは、結局「隠れぬものや」という、概念的であるが故に、直接的・断定的でもある、力強い把握である。この七字に、芭蕉のウィットさえ、見る人は見るであろう。(以下略)

(了)

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