« 【時習26回3-7の会 0261】~「寺島実郎『われら戦後世代の「坂の上の雲」を読んで』」「ほんとうの時代2009年11月号~小川有里『〔ストレスをためずに仲良く暮らすコツ〕夫婦は”ひとり遊び”ときどき”ふたり遊び”』」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0263】~「11月08日:『時習26回ゴルフ・コンペ』開催報告」「秋の夜長に俳句はいかが・・『四T』〔その2〕」 »

2009年11月 1日 (日)

【時習26回3-7の会 0262】~「秋の夜長に俳句はいかが・・」


 今泉悟です。 大分日が短くなり秋も深まって参りましたが、皆さん如何お過ごしですか。
 当地豊橋は、10月08日に東三河地方を襲った台風18号の影響で、街中(なか)のポプラ、銀杏等、いつもは紅葉が美しい街路樹の葉が塩害で茶色に枯れてしまい、改めて台風の凄さを感じています。
 さぁ、今日も【2637の会】会報【0262】号をお送りします。
 今日も【2637の会】関連のニュースはありません。
 ただ【時習26回】関連のニュースを二つお伝えします。

 〔1〕最初の話題は、【時習26回ゴルフコンペ(時習26会)】開催のご案内です。
 関係者には既にご案内済ですが、毎年秋に年1回の定例開催となっていますゴルフ・コンペのご案内です。
 来る11月08日(日)09時03分から、岡崎市額田町にある額田ゴルフ倶楽部西コースにて、現状参加予定者4組15名で開催する運びです。
 あと1名の空き枠がありますので、もしご興味ある方は、小生宛にご連絡下さい。

 〔2〕二つ目の話題は、先週10月28日の新聞各紙朝刊に、日本郵政の新役員人事が発表されましたが、その社外取締役の一人に、我等が同期神野T子さん〔旧【3-9】〕の弟、神野吾郎氏〔中部ガス(株)代表取締役、(株)サーラコーポレーション代表取締役社長〕が就任することが27日ほぼ固まったと報じられました。「人選は郵政事業の公共性に配慮。電力や電話、ガスといった公共性の高い業種の出身者や、中小企業や地域経済の実情に詳しい人材を中心に選んだ。」として、九州電力会長等と共に選ばれた様です。
    ↓ ↓ ↓ 
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920018&sid=ay8ZOwvcGPtY ←ここをクリック願います。

             *   *   *

 さて、話題はかわって、昨年10月31日【時習26会3-7の会 0209】号では、以下の様に紹介させて頂いてました。


 敢えて思ふ 燈火親しむべきの候  久保田万太郎〔添付写真〔01〕ご参照〕

01

【解説】「燈火親しむ」とは、秋の夜、書物に親しむことを言う。中唐の政治家・詩人、韓愈「 符読書城南 」(全唐詩341巻)の「・・ 時、秋にして積雨霽(は)れ、新涼郊墟(こうきょ)に入(い)る。灯火稍(ようや)く親しむ可(べ)く、簡編(かんべん) 卷舒(けんじょ)す可(べ)し ・・」が出典。

 灯(ひ)のともるまでのくらさや秋の暮  久保田万太郎

【意】秋の夕暮れ、灯がともって、その灯の明るさ、眩しさに驚く。それほど、闇の暗さが際立つ。実感できる俳句である。

 これらに触発され、小生も拙句を一つ・・。句またがりの一気呵成の十七句。読書しながら想うは君のこと・・

 燈火したしみながらきみおもひけり  悟空


020001


 流石に現代では燈火ではないが、デスクの蛍光灯の灯りの下で、小生は今、俳人森澄雄著「俳句への旅」〔角川選書〕〔添付写真〔02〕ご参照〕を読んでいる。
 そしてまず、今日ここでご紹介する7名の高名な俳人の生年・没年〔森澄雄氏は今もご壮健である(為念)〕をご覧下さい。
 長命順に並べてみたが、驚く勿れ、7名中5名が卒寿以上。最短命の高野素十〔以下、敬称略〕でも満83歳。
 俳人は現代の画家同様、極めて長命な人が多い。因みに、青邨、風生、誓子、秋櫻子、素十は東大俳句会出身。
 秋櫻子、素十は医者。青邨は大学教授。澄雄は高校教諭。風生は郵政事務次官。
 青畝は幼少時、難聴を煩い進学を断念した銀行員。妻を二度亡くしている。
 誓子は大学卒業後、住友合資に17年勤めるも胸部疾患の病状悪化で退職し、以後文筆活動に専念。
 7人は、7人夫々の一生を送った(送っている)が、花鳥諷詠のごとく、身辺での出来事の機微を逃さず十七文字に纏めうたい上げていく日々が、老いを遠ざけているのであろう。
 小生も、立派な先人達を見習い、俳句を勉強して元気に長生きしたいものである。〔笑〕


 山口青邨 〔 1892.05.10.- 1988.12.15.〕(96歳07月)〔添付写真〔03〕〕
 03

 阿波野青畝〔 1899.02.10.- 1992.12.22.〕(93歳10月12日)〔同〔04〕〕
04

 冨安風生〔 1885.04.16.- 1979.02.22.〕(93歳10月06日)〔同〔05〕〕
05_

 山口誓子〔 1901.11.03.- 1994.03.16.〕(92歳04月)〔同〔06〕〕
06









 森澄雄〔 1919.02.28.- 〕(90歳08月)〔2009.11.01.現在〕〔同〔07〕〕
07

 水原秋櫻子〔 1892.10.09.- 1981.07.17.〕(88歳09月)〔同〔08〕〕
08

 高野素十〔 1893.03.13.- 1976.10.04.〕(83歳06月)〔同〔09〕〕
09


 それでは、「俳句への旅」の中から一つ「七 四Sの台頭――抒情の回復と近代的素材」をご紹介します。では、どうぞ・・

 〔七〕 四Sの台頭――抒情の回復と近代的素材

 「客観写生」の主張の下に、暫く沈滞していた『ホトトギス』は四Sの台頭によって、昭和初期再び黄金期を迎える。四Sとは、東の水原秋櫻子、高野素十、西の山口誓子、阿波野青畝の四作家の俳号の発音から、山口青邨がつけた呼称である。大正初めの飯田蛇笏、前田普羅たちによる第一期の興隆期が、聳え立つ山脈の時代とすれば、この四Sの時代は、平原の時代と言えよう。そこに咲くとりどりの草花、またそこに立った都市の近代的風物に新しい光を当てた時代である。
 水原秋櫻子は初め窪田空穂に短歌を学び、万葉風の言葉や調べを取り入れて、今迄の「わび」「さび」といった、やや暗い室内的芸術から俳句を明るい外光の中に引き出し、絵画で言えば印象派風の明るい叙情句を、そして山口誓子は、今迄俳句に詠まれることのなかったスポーツや都市の風物に素材を広げ、虚子より「辺境に鉾を進める征夷大将軍」と呼ばれた。
 高野素十は虚子の「客観写生」「花鳥諷詠」の使徒としてそれを守りつつも、自然の機微に触れる的確な作風を形成し、阿波野青畝は庶民的で温かく、品位のある自在な詠風を開いた。このふたりも共に調べを大切にしたことは言うまでもない。『ホトトギス』の客観写生の歴史の中で、四Sの時代もまたある意味で主観の高揚期であったと言えよう。
 【小生注】以下四Sの代表作を5句ずつ森澄雄は紹介しているが、ここでは夫々1句ずつ、代表作とされる以下の4句をご紹介する。
 そして、全作品とも、自選自解の解説、或いは山本健吉の「定本/現代俳句」での解説をご紹介する。森澄雄の四Sの評価は蓋し的確で、彼の述べた特長がその代表作によく表れている。その妙を堪能して見て下さい。

 啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子

【解説】〔「水原秋櫻子自選自解句集」より〕
 翌日の正午近く、大洞を出発して、敷島口から下りることにした。上越線の敷島駅に達する道で、六里ほどある。
 昨日と同じく麗しい日和であった。前橋口との別れ路に近く、大きな水楢(みずなら)が立っていたので、その樹蔭に休憩した。附近の木に啄木鳥(きつつき)が来ていて、幹を叩く音が静かな山気の中でよくきこえた。
 その時は、詠んでみる気もなくて捨てておいたのだが、翌年の夏のことと思う。ふと、それを詠みたくなって、なんの苦もなく詠みあげた。苦労がなかったので、自分でも特に気にとめていなかったが、後にいろいろ褒めてくれる人があったので、次第に愛着を覚える様になった。明治時代の俳句と違って、明るい外光を採り入れたのがよかったのであろう。印象派風の油彩画が好きで、展覧会を見ては勉強していた効果が、「桑の葉の」の句や、この句に至って現れた訳である。どこも推敲していないから、すらすら読むことの出来るのも気持がよい。〔昭和二年作『葛飾』所収〕
【小生comment】
 「印象画風の油彩画」とはよくこの作品の妙を言い当てていると思う。ピサロやシスレー、ゴッホの風景画を思い浮かべこの句を詠むと、場所は晩秋の上州の落葉樹林。風が吹くたびに紅葉した樹々の葉がはらはらと落ちていく。そのとき啄木鳥のコンコンコンと樹を叩く音が聞こえて来る。これ等の情景が、まるで額縁の中で動く印象派油彩画の様に輝いて見える。極めて明るい絵画的な秀句である、と思う。

【解説】〔山本健吉「定本 現代俳句」より〕
 秋櫻子の代表句の一つとして知られている。赤城山での五句連句の一。「コスモスを離れし蝶に峪(たに)落し」「白樺に月照りつゝも馬柵(ませ)の霧」「月明や山彦湖をかえし来る」「二の湖に鷹まい澄める紅葉(もみぢ)かな」が同時の作である。
 これ等の句を見ても感じられるのは、彼の作品が在来の俳句的情緒から抜け出て如何に斬新な明るい西洋絵画風な境地を開いているかと言うことだ。これ等の新鮮な感触に満ちた風景画が、それ以後の俳句の近代化に一つの方向を齎したことは、特筆しておかなければならない。在来の寂び・しほり〔(しおり)【小生注】蕉風俳諧の根本理念の一。人間や自然を哀憐を以って眺める心から流露したものが自ずから句の姿に現れたもの〕では捉えられない高原地帯の風光を印象画風に描き出したのは彼であった。これは一つの変革であって、影響するところは単なる風景俳句の問題ではなかったのである。
 この句の感触には、いつまでも色褪(あ)せない瑞々しさがある。このような句で「牧」と言うと、日本流の牧場よりも西洋流の meadow といった印象を受けるから不思議である。高爽な清澄な晩秋の空気さながらに美しい風景句として現出する。「落葉をいそぐ」というのも美しい言葉だ。葉を落とした樹肌(きはだ)に、啄木鳥が叩いている姿が露(あらわ)なのである。

 スケートの紐(ひも)むすぶ間も逸(はや)りつつ  山口誓子

【解説】〔「山口誓子自選自解句集」より〕
 天然のスケート場ではない。大阪のアサヒビルの屋上にあったスケートリンクである。小学生の私は樺太の豊原で下駄スケートを得意としていたから、靴スケートはすぐうまくなった。
 私の勤めている住友ビルからアサヒビルはすぐ近くだった。勤めが終ると、その足でよくスケートに行った。
 ロッカーに預けてあるスケート靴を取り出し、長椅子に腰を卸して靴を穿(は)くのである。足にぴったり合っているその靴を穿いて、きっちり紐を結ぶ。そのときすでに、こころは氷上にあって、はずんでいる。まるで少年のようだ。私は昔の少年に帰ったようだ。〔昭和七年作『凍港』所収〕
【小生comment】
 詠み手の心情を素直に表現した現代俳句と言えば山口誓子の真骨頂である。十七文字の中からはち切れんばかりに逸る気持ちが読み手に伝わって来る。極めて口語的だが、俳句としての品格を備えているから素晴らしい。

 方丈の大庇(おおひさし)より春の蝶  高野素十

【解説】〔山本健吉「定本 現代俳句」より〕
 彼の代表作として喧伝(けんでん)されるものであり、4Sの一人として彼の地位を確実にした作品。石庭で名高い龍安寺での作と言う。
 恐らく作者は方丈の前の廊下にあって庭を眺める位置にあったのだろう。庭に突き出た深い庇の上から、ひらひらと小さな蝶が下りて来た。蝶は春の季物である。この場合何故作者はわざわざ「春の蝶」と言わねばならなかったか。春先の小形の蝶だろうなぞと言ってみても始まらぬ。だがこの「春の蝶」の語は不思議によく利いているのである。言ってみようなら、それは大庇の上に麗(うら)らかな春の空を想い浮かばせる。蝶の来(こ)し方であり、蝶が今そこから庇へ下りて来たところの春の空である。ひっそりと静まった冷たい庭に、それは一点麗かな大空の気を運んで来る。
「より」と言い「春の」と言った曲節に伸びやかな調べがある。春でなければならない調べである。
 以上は「春の蝶」の不思議な効果をちょっと敷衍(ふえん【小生注】押し広げること)してみたまでだ。「大庇より春の蝶」――読者は夫々この美しい措辞(そじ【同注】ことばの使い方)を百誦して、独自の感動を受け取ったらよかろう。
【小生comment】
 この句を読むと、版画で描かれた、「龍安寺の石庭と大庇、そこから舞い出る蝶」をふっと思い浮かべる。極めて絵画風な詩である。しかも前述した秋櫻子の作品が印象派油彩画風に対して、素十のほうは純和風で対照的である。花鳥諷詠を標榜した虚子が「一番!」と褒め称える気持ちがよく解る。蛇足だが、素十の句には蝶だとか、虫や蛙、草花が具体的によく詠まれている。

 緋連雀(ひれんじゃく)一斉に立ってもれもなし  阿波野青畝

【解説】〔「阿波野青畝自選自解句集」より〕
 悪性感冒が全国に大流行した。医者は手を下す術もなかった。死んだ医者もあるほどの悪い年であった。京都にいた私は忽ち兄二人を喪(うしな)ったので、郷里高取に呼び戻された。
 京を離れるとなれば名残がある。落柿舎辺りを歩いてみたく、ただぶらぶらと細い藪のみちを拾う。そして誰にもあわぬ孤独をしみじみ味わった。つめたく熟れた烏瓜を引きちぎった。そのとき小鳥が忙しく渡っていった。目の前に一群の緋連雀が来た。敏捷な挙動をとりながら統率がとれている。赤い冠毛がとても可憐だ。しかし、次の一瞬には一羽もいなくなった。掃き捨てたように本当に見えない。この句がいいのかどうか、自身がわからない初心者である。ただ勢いの感じられるところが他の句よりも良いかなと思う程度だった。〔(1918年作)『万両』所載〕

【解説】〔山本健吉「定本 現代俳句」より〕

 しかし、虚子が客観写生を遵守する高野素十を称揚したため、予てから「客観写生」「花鳥諷詠」に飽き足らなさを感じていた秋櫻子は、素十の「甘草(かんぞう)の芽のとびとびのひとならび」等の俳句を瑣末〔さまつ【小生注】取るに足らないこと〕主義的な「草の芽俳句」と称し、昭和六年、主宰誌『馬酔木(あしび)』に「自然の真」はそのままではまだ掘り出された儘の鉱(あらがね)で、その鉱を頭の中で鍛錬し、加工して、個性の表現としての「文芸上の真」に到達しなければならない、と説き、客観写生の『ホトトギス』に反旗を翻して独立、やがて山口誓子も『馬酔木』に加盟するに至った。ここに大きく俳壇は分裂し、以後俳壇は秋櫻子、誓子らを中心として動き、彼等の新しい俳句の革新によって、現代俳句はここから出発することになった。
 一方、虚子の『ホトトギス』も依然として強い勢力を保ち乍ら、次の様な作家が以後の『ホトトギス』を支えることになった。松本たかし、川端茅舎、冨安風生、山口青邨といった作家達である。〔以下略〕

【後記】
 何か、高校現代国語の俳句の授業の様になってしまいましたネ。〔笑〕
 でも、『ホトトギス』から『馬酔木』が分離独立した辺りの俳壇の歴史的流れが森澄雄の解説でよくお解りになったと思います。
 因みに、今日、最初のほうでご案内した久保田万太郎〔1889.11.07.- 1963.05.06.〕の寿命は(73歳06月)です。
 尚、先ほどご紹介した山口青邨はじめ7人は確かに長命ですが、俳人には、正岡子規〔1867.10.14.-1902.09.19.〕(34歳11月)、川端茅舎〔1897.08.17.-1941.7.17.〕(43歳11月)、石田波郷〔1913.03.18.-1969.11.21.〕(56歳08月)等の様に結核で(比較的)短い生涯を終えた人達も勿論いますので、必ずしも、俳人が全て長命でないことは言うまでもないことです。
 が、いずれの俳人も人生の幕を下ろす直前まで、俳句をつくっており、所謂老人性痴呆症とは無縁の方々であったと思います。
 いずれにせよ、健康は自分自身の毎日の管理の積み重ねです。
 その健康維持・増進のため、俳句も一つの有力な tool となるものと確信しました。
 ところで、最近のニュースでは、新型インフルエンザの患者総数が百万人を超えたとか・・。
 皆さんも、外出や人ごみの中でのマスク着用、外出から帰った際の、うがい、手のアルコール消毒の励行等に心掛け注意して参りましょう。
 では、また・・。(了)

« 【時習26回3-7の会 0261】~「寺島実郎『われら戦後世代の「坂の上の雲」を読んで』」「ほんとうの時代2009年11月号~小川有里『〔ストレスをためずに仲良く暮らすコツ〕夫婦は”ひとり遊び”ときどき”ふたり遊び”』」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0263】~「11月08日:『時習26回ゴルフ・コンペ』開催報告」「秋の夜長に俳句はいかが・・『四T』〔その2〕」 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【時習26回3-7の会 0262】~「秋の夜長に俳句はいかが・・」:

« 【時習26回3-7の会 0261】~「寺島実郎『われら戦後世代の「坂の上の雲」を読んで』」「ほんとうの時代2009年11月号~小川有里『〔ストレスをためずに仲良く暮らすコツ〕夫婦は”ひとり遊び”ときどき”ふたり遊び”』」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0263】~「11月08日:『時習26回ゴルフ・コンペ』開催報告」「秋の夜長に俳句はいかが・・『四T』〔その2〕」 »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト

最近の記事

05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

  • Dsc_0217
    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

  • Cimg1428
    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

最近のコメント

無料ブログはココログ