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2010年2月の4件の記事

2010年2月27日 (土)

【時習26回3-7の会 0279】~「金子君からのmail」&阿川弘之著『大人の見識』から〔その2〕『吉田茂』ほか

■今泉悟です。 月日の移ろいは本当に早いものです。明後日はもう「弥生」。
 「弥生」と聞くと、「春」本番が到来した気分になりますね。我が家の梅の樹は、紅・白梅共に満開です。当地豊橋は、先週から気温も急上昇。春らしい陽気になってきました。でも、三寒四温で春はやって来ます。急に薄着になった後、また寒波がやって来ることが少なくありません。努々油断して風邪等召されぬ様に。
 さて皆さん一週間如何お過ごしでしたか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0279】号をお送りします。

 今日は、まず待望の【2637の会】members から mail が届きました。金子君からの mail です。では、ご案内させて頂きます。
 来る04月17日(土)の【時習26回卒業40周年記念旅行へ向けての集い〔第1回〕】には金子君は残念乍ら出席できないとの連絡ですが、今夏08月14日(土)〔開催予定〕の《クラス会》には出席してくれるとのことです。《クラス会》「出席表明」一番乗りですね。金子君、有難う!
 では、早速ご紹介します。

今泉様

 ご無沙汰しています。金子です。
 いつもながらの貴君の精力的な活動には頭が下がります。
 出来る範囲ではお手伝いしたいと思っていながら、なかなか実行に移せないことを申し訳なく思っております。

 さて、4月17日(土)の集いへは残念ながら参加出来そうも有りません。
 毎年この時期に弊社中国工場で部材調達先を集めた、年度方針説明会を開催しており、小生も毎年出席しています。
 今年は16日(金)に開催される予定です。
 小生の出張日程はまだ確定しておりませんが、例年通りであれば17日(土)の夜帰国することになると思います。

 そんなことで、今回は参加不可能と思われますが、恒例の夏のクラス会へは参加できると思いますので宜しくお願いします。

【小生comment】
 金子君、どうもありがとうございました。


 さて続いては、来る04月17日開催予定の【時習26回卒業40周年記念旅行へ向けての集い〔第1回〕】に「出席表明」して下さった方々は全部で09名になりました。
 〔 内訳は、[01組]01名、[02組]01名、[04組]01名、[06組]01名、[07組]02名、[08組]02名、[09組]01名、です(2010年02月27日午前10時現在)〕
 【2637の会】members の皆さんからも、沢山出席されることを期待しています。m(_ _)m

 話題変わって、今日は、前会報にてご案内させて頂きました様に、阿川弘之著『大人の見識』の〔その2〕として、宰相『吉田茂』の episode からお伝えしようと思いす。ではどうぞ・・。

【上手な負けっぷり】
 終戦の大任を果たした鈴木内閣は08月15日総辞職、次の東久邇内閣も二ヶ月で総辞職するのだが、この皇族内閣に二人目の外務大臣として迎えられるのが吉田茂です。就任に際し吉田は、都内の仮寓先へ鈴木貫太郎を訪ねて行きます。
 初めての政界入りなので、何か御助言があれば承りたいというのが訪問目的だった様ですが、ちょっと不思議な気がしますね。鈴木自身、一介の武弁(【小生注】武官)と称していて、政治に関しては全くの素人なんだから。陛下から「ほかに人がいない。頼む」と異例のお言葉があって、総理大臣を引き受けたのが最初にして最後、その首相役もたった四ヶ月半しか務めていません。元駐英大使の吉田茂は、「武弁」の鈴木にどんな政治的 advice を期待したのだろう。おそらくそれは、普通の意味での政治工作や政策の立て方〔中略〕を超えた大きな見識だったのではないかと思います。
 鈴木は、吉田にこう語ったそうです。
「戦争は勝ちっぷりが良くなくてはいけないが、負けっぷりもよくないといけません。鯉は俎(まな)板の上に載せられたら、包丁をあてたってびくともしない。あの調子でどうか吉田さん、負けっぷりよくやって下さい」
 この言葉が総理になってからもずっと吉田の principle だったと聞いています。
「戦争に負けて外交で勝った歴史がある」という有名な吉田発言がありますが、その心構えでGHQとの交渉に臨んだのも、鈴木提督に教えられたところ大きかったのではないでしょうか。ただ、昭和史にその名を特筆すべき二人の宰相、鈴木と吉田を比べてみると、片方が戦争終結の大事を成し遂げた後(吉田来訪の二ヵ月後)、千葉県関宿(現・野田市)の父祖の地へ隠栖(せい)してしまうのに対し、もう一方は敗戦国日本の再建復興という難事業を引き受けなくてはならなかった。折衝相手は実質上ほとんどがアメリカ人です。吉田は彼等と渡り合うのに、屡(しば)ゝ独特の humour を以てしました。「日本人に欠けている心情」(と言われている) humour の sense を十分持っている人でした。
 お濠端(ほりばた)の進駐軍総司令部へ行って、
「GHQとはどういう意味ですか」と聞いた話があります。
「General Headquarters (【小生注】総=司令部)の略で」
 と勿体(もったい)ぶって応えるマッカーサー( Douglas MacArthur )に、 「ああ、そうでしたか、私は Go home quickly!の略かと思っていた」と吉田外相が言い返したそうで、まんまとひっかかった MacArthur は嫌な顔をしたかも知れませんが、こんな遣り取りがあって、天皇の上に立つ権力者と、段々率直な話し合いが出来る間柄になっていくのです。
 終戦の年の冬、国内で相当数の餓死者が出る見込みみたいだというので、吉田は農林省の統計をもとに米軍に食糧支援の陳情をします。ところが翌年春になってみたら、要請の何分の一にしか食糧放出をしなかったのに、ほとんど餓死者は出ていなかった。
MacArthur が吉田を呼びつけ、
「数字がまるきり違うじゃないか」 と糾すのに答えて、
「日本の統計がそれほど正確ならあんな戦争は始めなかったし、始めたとしても負けなかった」
 と言ったという、これも MacArthur の一枚上を行く episode でしょう。〔以下略〕

【小生comment】
 小生、阿川氏の話から、鈴木貫太郎、吉田茂が、戦後日本復興・発展の礎をつくった名宰相であることを再認識させて貰った。

[01]吉田茂著の二冊『日本決定した百年』(左)と『回想十年』[1](右)
01

 そこで好奇心だけは旺盛な小生、鈴木貫太郎自伝、吉田茂著『回想十年』1~4のうちの1~3、同著『日本を決定した百年』を矢継ぎ早に摘み読みしてみた。
 そして、宰相「吉田茂」の全人格的な素晴らしさに惚れ直した。
 日本国の復興のため、日本国民の幸福を願い、GHQと渡り合う。その吉田茂の気概は、一国を代表する政治家として心底尊敬できる。現代の政治家も見習ってほしいものだ。
 皆さんも、終戦直後の日本復興への道筋が固まっていく過程を、吉田茂自身の回想から、感じ取ってみて下さい。感動して胸がジ~ンと来ますネ。

吉田茂著『回想十年』〔1〕から
《第四章 総司令部の人々》
〔三、占領下の日本人〕
【負けっぷりをよくする】
 この中で吉田は、鈴木貫太郎宅を訪問した時の模様を次の様に回顧している。

 私(【小生注】吉田茂)が終戦後の東久邇内閣の外務大臣に就任したのは09月17日であった。〔中略〕それから間もないある日、鈴木貫太郎海軍大将を大森の仮寓先に訪問した。鈴木大将は人の知る如く、終戦時の内閣総理大臣であるが、長いこと陛下の侍従長をしていたので、義父牧野伯※の関係で、私も懇意の間柄であった。
〔中略〕私は今度外務大臣になりましたが、何か御気附きの点があったらお教え願いたいといったところ、鈴木大将は「(【小生注】前述の俎板の鯉の話を出して)あの(俎板の鯉の)調子で負けっぷりよくやってもらいたい」というのである。西洋にも、"A good winner is a good loser" という諺があり、私も最も千万だと思った。
負けっぷりは立派にしようというのが、私の総司令部に対する一貫した考え方だったのである。
 負けっぷりを立派にするということは、何もかもイエス・マンで通すということではない。また〔中略〕所謂面従腹背などは、私の最も忌むところであった。
要は〔中略〕言うべきことは言うが、あとは潔くこれに従うという態度だったのである。

【小生comment】
 順序は前後するが、同じく第四章・・〔一、マッカーサーという人〕
 ここで、吉田氏が語るMacArthur 像について触れてみたい。

【小生注※】
[02]牧野伯=牧野伸顕伯爵。大久保利通の次男。吉田茂の先妻雪子は牧野伸顕の長女。
02


【日本とは四十年の因縁】
 私が実際に接してみて、先ず第一に判ったことは、元帥がもともと古くから可成りよく日本の事情に通じ、日本人を知ることが深かったということである。元帥がよく人に語ったのは「自分と日本とは四十年来の因縁がある」ということだった。その話によると、元帥の父君 Arthur MacArthur 中将は、Philippines 駐在の米軍司令官であった頃、日露戦争中の旅順、大連を視察したことがあった。その時、少尉か中尉だった元帥も父中将の副官として随行し、その際、わが東郷大将や乃木大将に面接して、日本の将軍達が武勇の点ばかりでなく、人間としても立派だったことに非常な好印象というか、深い感銘を受けたらしい。以来元帥の日本人観は、私をして率直に言わしめるならば、過当評価といってもいいほどである。それで私はある時元帥に向かって話したことがある。『元帥の日本人観は、昔出合った東郷、乃木その他の将軍の印象に基くところ多い様だが、東郷、乃木という如き人物は、日本人の中でも、何千、何万のうちの一人という特殊の例であるから、これを以て現代の日本人を過大評価されてはたまらぬ』と言ったところ、元帥は『貴下は自分が日本人のくせに、日本人の素質を過小評価するのは、おかしい』と私を決め付け乍ら、『爺さん、婆さん、娘に至るまで、毎日早朝から夜遅くまで、田畑に働きに出ている。こんな勤勉な国民が世界の何処にいるだろうか。日本人は種々の発明などから見たって、決して世界のどの民族にも劣ってはいない』などといったものである。

【小生注】東郷元帥を尊敬していた米軍高官は MacArthur だけではなかった。以前、《会報》【時習26回3-7の会 0095】にて、東郷平八郎を尊敬していた米国海軍太平洋艦隊司令長官ニミッツ提督について掲載しましたので興味ある方は以下のURLを click してご覧下さい。
     ↓↓↓↓↓
http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/26_0095mail_3432.html


 今日お届けする「吉田茂」に関する最後の話題は、昭和天皇陛下と MacArthur 元帥についてご紹介してお別れしたいと思います。

吉田茂著『日本を決定した百年』
〔第三章 戦後のニ、三年〕
【あすを信じた日本人】から・・
 天皇陛下は米軍が進駐してから間もない09月27日、占領軍総司令官 MacArthur 将軍を訪ねられた。 MacArthur によれば、天皇は次の様に言われた。
「私は、国民が戦争遂行にあたって政治・軍事両面で行なわれた全ての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身を貴方の代表する諸国の裁決に委ねるためにお訪ねした。」
 この言葉は MacArthur を深く感動させた。MacArthur は次の様に書いている。

  私は大きい感動に揺さぶられた。死を伴うほどの責任、それも私の知り尽くして
 いる諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきでない責任を引受け様とする、
 この勇気に満ちた態度は、私の骨の髄までもゆり動かした。私はその瞬間、私の
 前にいる天皇が個人の資格においても、日本の最上の紳士であることを感じ取っ
 たのである。・・・・占領の成功は天皇の誠実な協力と影響力に負うところが
 極めて大きかった。          〔『マッカーサー回顧録』朝日新聞社〕

吉田茂著『回想十年』〔1〕
〔第四章 総司令部の人々〕
【戦犯裁判とマッカーサー元帥】
 〔前略〕元帥は、天皇陛下との度々の会見で、そのお人柄に敬意を払うに至り、私に対しても、『日本は戦争に敗れたとは言え、皇室の存在は依然磐石の重きをなしている。この皇室を中心に団結せざれば、日本の再建は図り難い』と語っているくらいである。元帥のこういう気持ちが、『天皇陛下の証人喚問』を容認しなかったのだと、私は考える。〔中略〕
 要するに、元帥がわが皇室に対して相当の理解と敬意を示し、日本の天皇を戦犯問題には無関係としたという事実は、大多数の日本国民をして如何に安堵せしめたか、また占領軍に対する日本人の恐怖、反感を如何に緩和したか、計り知れないものがあったと確信する。換言すれば、わが皇室に対して、元帥の執った態度と方針こそ、占領政策が全体として歴史的成功を収めた最大の原因だったとさえ思うのである。〔了〕

[03]MacArthur を自宅に訪れた吉田茂 1954年11月05日
03mcarthur_19541105


【小生comment】
 宰相吉田茂の後ろ姿が大変大きく見える様な気がします。一方、現代の日本の政治家たちの何と貧弱・貧相に見えることか・・。(笑)
 吉田茂について、もっと知りたい方は、You Tube のこちらのURLもご覧下さい。
   ↓↓↓
 【伝記】 吉田茂 ~ 「日本独立」 その光と影 Part.1
 http://www.youtube.com/watch?v=aPAd5Ez87bU&feature=PlayList&p=54221E4289859EF2&index=0
 
 【伝記】 吉田茂 ~ 「日本独立」 その光と影 Part.2
 http://www.youtube.com/watch?v=BI5z9ou8qM8&NR=1

 【伝記】 吉田茂 ~ 「日本独立」 その光と影 Part3
 http://www.youtube.com/watch?v=G7LNC0dm_5A&NR=1

 【伝記】 吉田茂 ~ 「日本独立」 その光と影 Part4
 http://www.youtube.com/watch?v=VxypD3BlfL8&NR=1 

 【伝記】 吉田茂 ~ 「日本独立」 その光と影 Part5
 http://www.youtube.com/watch?v=oL2AOtXMbPM&NR=1

 【伝記】 吉田茂 ~ 「日本独立」 その光と影 Part6
 http://www.youtube.com/watch?v=019WWpeIwzE&NR=1


 では、また・・。(了)

2010年2月20日 (土)

【時習26回3-7の会 0278】~稲盛和夫著『生き方』を読んで

■今泉悟です。 時節は、昨日19日が先週もお伝えした様に「雨水」。ここまで来ると本格的な「春」が待ち遠しいですね。
 皆さん一週間如何お過ごしでしたか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0278】号をお送りします。

 今回は、まず先日豊橋地区の時習26回生の皆さん宛中心に配信させて頂いた【時習26回卒業40周年記念旅行へ向けての集い〔第1回〕】のご案内の件からご報告致します。今日20日午後07時現在、出席表明して下さった方々は全部で07名。
〔内訳は、[01組]01名、[02組]01名、[04組]01名、[07組]02名、[08組]01名、[09組]01名、です〕配信後、一週間足らずで07名の皆さんが参加表明下さいました。 幹事として大変嬉しく、そして心強く思います。【2637の会】members の皆さんからの一人でも多くの出席表明をお待ちしています。m(_ _)m

 さて、今日も先週に引続き、阿川弘之著『大人の見識』から、今日は〔その2〕~『吉田茂』の episode をお伝えしようと思いましたが、もう一つご紹介するとお約束した稲盛和夫著『生き方』が予想以上に volume が嵩んだ為、今回は取止めました。
次号に carry します。悪しからずご了承下さい。

Photo

 それでは、稲盛和夫著『生き方』をご紹介します。この本は、2004年08月初版ですから、もう5年半前のものですが、最近、新聞の広告欄で「最近再び人気上昇中」とあったことと、同氏が日本航空再建の旗頭として世間の注目の人となったことに興味を惹かれ読んで見ました。なかなかいい本でした。
 前々号でご紹介した「五木寛之『人間の運命』」との違いや共通点を意識し乍ら読み進めているうちに、稲盛氏の話の中にどっぷりと惹き込まれてしまいました。
本書は、彼の長年に亘る豊富な経験、即ち、

 ①中小企業のサラリーマン時代にセラミックの「研究者」として
 ②京セラ創立後間もない頃の「起業家」として
 ③大企業に成長した京セラやKDDIのトップ時代の「企業経営者」として
 ④65歳に仏門入った頃の「修行者」として

様々な経験を重ねた、苦労人&成功者の実体験を礎にした、人間が人間として「生き抜く方法」を熱く語ってくれています。
 所謂、俗物的な出世や物質的な成功者になる為の処世術を身に付けるのではないところがこの本の魅力です。
 いろいろ興味深いことが書かれていますので、どれをどの位ご紹介したらいいか大変迷いましたが、思い付く儘、その essence をご覧に入れたいと思います。
それでは、早速ご覧下さい。

〔 prologue 〕
【混迷の時代だからこそ「生き方」を問い直す】
 私達は今、混迷を極め、先行きの見えない「不安の時代」を生きています。豊かな筈なのに心は満たされず、衣食足りている筈なのに礼節に乏しく、自由な筈なのに何処か閉塞感がある。やる気さえあれば、どんなものでも手に入り何でもできるのに、無気力で悲観的になり、中には犯罪や不祥事に手を染めてしまう人もいます。
 その様な閉塞的な状況が社会を覆いつくしている・・そう言う時代に最も必要なのは、「人間は何の為に生きるのか」という根本的な問いではないかと思います。
〔中略〕生きる指針としての「哲学(≒理念・理想)」を確立することが必要なのです。〔中略〕
 世間には高い能力を持ち乍ら、心が伴わない為に道を誤る人が少なくありません。〔中略〕
 (しかし、)才覚が人並み外れたものであればあるほど、それを正しい方向に導く羅針盤が必要となり、その指針が哲学なのです。
 【人格=性格+哲学】で表わせると、私は考えています。人間が生まれ乍らに持っている「性格」と、その後の人生を歩む過程で学び身につけて行く「哲学」の両方から、「人格」というものは成り立っている。つまり、「性格」という先天性のものに「哲学」という後天性のものを付け加えて行くことにより、私達の人格 ― 心魂の品格 ― は陶冶されて行く訳です。〔中略〕

 《 人生の方程式 》 : 〔人生・仕事の結果〕=〔考え方〕×〔熱意〕×〔能力〕

 つまり、人生や仕事の結果は、これ等三つの要素の「掛け算」によって得られるものであり、決して「足し算」ではないのです。

〔第一章 思いを実現させる〕

【隅々まで image できれば実現できる】
 〔前略〕「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」ことが物事を成就させ、思いを現実に変えるのに必要なのです。

【運命は自分の心次第という心理に気付く】
 〔前略〕「運命」というものは、私達の生のうちに厳然として存在します。しかしそれは〔中略〕心の有り様によって如何様にも変えていけるものです。〔中略〕人生は自分でつくるもの・・〔中略〕これを「立命」と表現しています。〔中略〕諦めずにやり通せば成功しか有り得ないのです。

【努力を積み重ねれば平凡は非凡に変わる】
 〔中略〕千里の道を一歩からで、どんな大きな夢も一歩一歩、一日一日の積み重ねの果てに、やっと成就するものです。〔中略〕今という瞬間瞬間に全力を傾注して生きることによって、その時見えなかった未来や姿がやがて自然に見える様になってくるものです。〔中略〕
 但し、継続は「同じことを繰り返す」ことではなく〔中略〕、必ず改良や改善という「創意工夫する心」が成功へ近づく speed を加速させるのです。

【溢れるほどの夢を描け、人生は大飛躍する】
 私達はいくつになっても夢を語り、明るい未来を描ける人間でありたいものです。夢を抱けない人には創造や成功が齎されることはありませんし、人間的な成長もありません。何故なら、夢を描き、工夫を重ね、直向(ひたむき)に努力を重ねて行くことを通じて、人格は磨かれて行くからです。そういう意味で、夢や思いというのは人生の jump 台である ― そのことを強調しておきたいと思います。

〔第二章 原理原則から考える〕

【「好き」であればこそ「燃える」人間になれる】
 〔中略〕「好き」こそが最大の motivation であり、意欲も努力も、延いては成功への道筋も、みんな「好き」であることがその母体になるということです。

〔第三章 心を磨き、高める〕

【日本人は何故その「美しい心」を失ってしまったか】
 〔中略〕大手企業の top、幹部、官僚、みんな人並み優れた能力に恵まれた人達ばかり・・なのに、何故不祥事や汚職が後を絶たないのか。それは、才を私物化してしまったからにほかなりません。自分に備わる能力を天からの借り物でなく私有物と考えて、公の利でなく、私利私欲のために発揮したからなのです。

【Leader には「才」より「徳」が求められる】
 〔前略〕不祥事を起こした elite 達は皆、〔能力〕、〔熱意・使命感〕は人並み以上であったのですが、〔考え方〕に問題があったのです。〔中略〕〔考え方〕とは、生きる姿勢、つまり哲学や思想、倫理観等のことであり、それ等を全て内包した「人格」のことでもあります。〔中略〕その「人格」が歪み、邪(よこしま)なものなれば、いくら〔能力〕や〔熱意〕に恵まれてようが〔中略〕齎される結果の「負」の値は大きくなってしまうのです。〔中略〕
 かつての日本人は、もう少し、〔中略〕「大きなものの考え方」をしていたものです。〔中略〕西郷隆盛も、「徳高き者には高き位を、功績多き者には報奨を」と述べています。つまり功績にはお金で報いればいい、人格の高潔な者こそ高い地位に据えよといっているのです。〔中略〕今日にも十分通用する普遍的な考え方と言えます。
〔中略〕
 道徳の崩壊、moral 喪失が言われる昨今こそ、こうした言葉の意味を肝に銘じるべきでしょう。人の上に立つ者には才覚よりも人格が問われるのです。〔中略〕
【常に内省せよ、人格を磨くことを忘れるな】
【心を磨く為に必要な「六つの精進」】
 様々な苦を味わい、〔中略〕一度きりしかない現世の生を懸命に生きていく。〔中略〕その体験・過程を磨き砂として己の心を磨き上げ、人生を生きはじめた頃の魂よりも、その幕を閉じようとする時の魂の有り様を僅かなりとも高める ― それが出来れば、それだけで我々の人生は十分に生きた価値があるというものです。〔中略〕
 心を磨く指針として、私は自らの経験から次の様な「六つの精進」〔中略〕(を)説いて来ました。

 ①誰にも負けない努力をする
 ②謙虚にして驕らず
 ③反省ある日々を送る
 ④生きていることに感謝する
 ⑤善行、利他行を積む
 ⑥感性的な悩みをしない

【労働の意義、勤勉の誇りを取り戻そう】
 〔中略〕人は仕事を通じて成長していくものです。自らの心を高め、心を豊かにする為に、精一杯仕事に打ち込む。それによって、より一層自分の人生を素晴らしいものにしていくことが出来るのです。

【小生comment】
 「仕事」とは、「世の中、社会の為に『役立つ』行い」のことと言える。「役に立つ」ことにより、自分の心を高めることが出来、成就した時の達成感が心を豊かにするのである。有償の「役立つ」行いが「仕事」であり、無償のそれをvolunteer という、と小生は思う。
 稲盛氏は、「人間は、自分の持っている魂を、生れて来た時も死ぬ時は少しでもgrade up することが大切であり、その為に『仕事を通じて、地道に「心を磨く」努力を積み重ねよ、さすれば必ず魂の grade up は達成出来る』と述べ、話題は、仏教、そして宇宙の普遍的真理へと発展・昇華していく・・。

〔第四章 利他の心で生きる〕
〔略〕

〔第五章 宇宙の流れと調和する〕

【人生を司る見えざる大きな二つの力】
 人生には、それを大本で統御している「見えざる手」がある。しかもそれは二つあると私は考えています。
 一つは、「運命」です。人は夫々固有の運命をもってこの世に生まれ、それがどの様なものであるかを知ることができない儘、運命に導かれ、或いは促されて人生を生きて行く。〔中略〕私はこの運命の存在は厳然たる事実であると考えています。〔中略〕
 もう一つ、見えない大きな手がある・・〔中略〕それが「因果応報の法則」です。
 つまり、よいことをすればよい結果が生じ、悪いことをすれば悪い結果が生れる。〔中略〕
 第一章で「心が呼ばないものは近づいて来ない」、即ち人生は心が思い描いた通りのものであるということを述べましたが、それもこの「因果応報の法則」によるものです。
 また第三章で、心を磨き、高めることの大切さを強調したのも、この因果律に従えば、高められた善き心というものが、善き人生を齎す要因となるからに他なりません。
 運命と因果律。その二つの大きな原理が誰の人生をも支配している。〔中略〕
 ここで大事なのは、「因果応報の法則」の方が「運命」より若干強いということです。人生を律するこれ等二つの力の間にも力学があって、因果律の持つ力の方が運命の持つ力を僅かに上回っている。そのため、私達は、持って生れた運命でさえも ― 「因果応報の法則」を使うことで ― 変えて行くことが出来るのです。
 従って、善きことを思い、善きことを行なうことによって、運命の流れを善き方向に変えることが出来る。人間は運命に支配される一方で、自らの善思善行によって、運命を変えて行ける存在でもあるのです。

【「因果応報の法則」を知れば運命も変えられる】
 運命と因果律は相互に干渉し合う。従って、運命的に大変悪い時期に少し位良いことをしても、運命の強さに僅かばかりの善行が打ち消されて、良い結果には結びつかない。同様に、運命的に非常に良い時期に少々悪いことをしても、なかなか悪因悪果とはならない〔中略〕

【結果は焦るな、因果の帳尻はきちんと合う】
 「因果応報の法則」というものが見づらく、それ故に容易に信じることが出来ないのは、物事を短い span でしか捉えていないからです。ある思いや行いが結果として表れて来るには、やはりそれ相応の時間がかかり、二年や三年といった短い単位では結果は出にくいものなのです。
 しかし、それも二十年、三十年といった長い単位で考えれば、きちんと因果の帳尻は合っているものです。〔中略〕ほとんどの人が日頃の行いや生き方に相応しい報果を、夫々の人生から得ているのです。
 長い目で見れば、誠実で善行を惜しまない人物がいつまでも不遇に留まることはないし、怠け者でいい加減な生き方をしている人がずっと栄えていることもありません。〔中略〕

【偉大な力が全てに生命を吹き込んでいる】
 生命は、偶然の重なりではなく、宇宙の意志による必然の所産である。こういう考え方は格別珍しいものではありません。〔中略〕(世界的な遺伝子研究の権威である)筑波大学名誉教授の村上和雄先生は「something great 」という言葉で、大いなる創造主の存在を明言されています。〔中略〕
 「something great」、それは何ものであるかは判らないが、宇宙や生命をつくり出した偉大な存在のことです。〔中略〕
 私達人間は、その様な偉大な存在から生命を拝借し、使用しているに過ぎないということになります。〔中略〕そうした科学の物差しでは計れない不可知な力と知の存在を信じ、日々を生きて行った方がいいと私は考えています。それが人生の成否を決するばかりでなく、人間から傲慢の悪を消し、謙虚という徳と善を齎すからです。
〔※ 【小生注】something great については、《会報》【0276】号「三浦朱門&曽野綾子著『夫婦口論』」にて三浦氏が述べていた・・〕

【人のあるべき「行き方」を目指せ、明るい未来はそこにある】
 まず、自分自身が、またその様にして一人でも多くの人々が、夫々与えられた崇高な使命を理解し、人間として正しいことを正しい儘に貫き続ける。その様な「生き方」の向こうには、必ず光り輝く黎明の時を迎えることが出来る、私はそう信じています。(了)

【小生comment】
 稲盛氏の以上のお話は如何でしたか。読み方次第では、説教臭くもなりますが、小生には、非常に分り易い哲学書である、と感じました。
 彼の様な「生き方」をすれば、我々に残された人生も、「まだまだ未来が明るく輝いて見えて来る」。
 元気に毎日を過ごして参りましょう。では、また・・。(笑)

2010年2月13日 (土)

【時習26回3-7の会 0277】~「阿川弘之『大人の見識』を読んで」から「『鈴木貫太郎』と『吉田茂』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。
 今日02月13日午前11時から、 Canada で vancouver五輪が開幕しました。Figure skater の三人、豊橋出身の鈴木 明子(すずき あきこ、1985.03.28 - )選手や名古屋出身の浅田真央(あさだ まお、1990.09.25 - )選手、同じく名古屋出身の安藤 美姫(あんどう みき、1987.12.18 - )選手をはじめ日本人選手の活躍を期待したいところですネ。

[01]鈴木明子
01

[02]浅田真央
02_4

[03]安藤美姫 
03_2

 さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0277】号をお送りします。
 今日最初にお伝えすることは【時習26回】関連でのお願いです。実は、来る04月17日(土)に、【2637の会】《クラス会》会場となっている豊橋駅前大通2丁目開発ビル地階にある「トライ・アゲイン」にて「『時習26回卒業40周年記念旅行』に向けて」の集いを計画しています。
 【2637の会】membersで、豊橋市及び同市近郊にお住まいの皆さん宛に、一両日中に参加依頼の mail を配信する予定です。
 奮ってご参加下さい。五年に一度の event です。楽しいひとときを過ごすべく、楽しい「卒業記念旅行」を皆さんと一緒に企画・立案しましょう。
 今回は、その第一弾! 「みんなで楽しく集う会」ただそれだけの会にするつもりです。宜しく!

 さて今日も、【2637の会】関連のニュースはございません。
 という訳で、今回の《会報》【0277】号では、前号に引続き、最近小生が読んだ本の中からご紹介させて頂きます。

[04]鈴木貫太郎
04

[05]内閣総理大臣鈴木貫太郎
05

[06]吉田茂
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 具体的には、掲題・副題にあります様に、「阿川弘之著『大人の見識』〔新潮新書〕」の中からとても興味深い「『鈴木貫太郎』と『吉田茂』」の episode をご紹介させて頂きます。余談ですが、先程「来る04月17日」と申し上げましたが、『鈴木貫太郎』氏の命日が04月17日なのです。
[07]阿川弘之氏
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[08]阿川弘之著『大人の見識』
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[09]阿川佐和子氏
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 「本土決戦」回避を実現させた、負けっぷりのいい負け方を実践して、平和を導いてくれた宰相『鈴木貫太郎(1868.01.18 - 1948.04.17)』。彼の命日が、4年半後の「卒業記念旅行」向けての立ち上げになるのも、何かの縁と思い、気が引き締まる思いがします。
 それでは、早速、阿川弘之氏の『大人の見識』の一部をご紹介させて頂きます。阿川氏は1999年の文化勲章受章者で、女優, essayist 阿川佐和子氏の父君であることは有名ですね。では、どうぞ・・

【老人の不見識 ~ 序に代えて】
 〔前略〕まず、テレビを取り上げたいんだけど、かつて大宅壮一さんが、テレビによって日本人は、「一億総白痴化」すると警告した。その通りの状態になりかけてやしませんか。静かに何かを語りかける様な質実な番組、本当に少ない。NHKを含めてどのチャンネルに切り替えてみても、ワァワァ、ゲラゲラ、人気タレントの馬鹿笑いばかり聞こえて来る。自分達だけで面白がって大声あげて騒いでいる様に思えるんだが、何ですかね、あの下品さは。
 テレビの持つ影響力は大きいのです。あんな調子でタレント達が乱れた言葉を喋るのを聞き続けていると、何百万何千万もの人が知らず知らず感化されて、日本語の美しさは失われ、我国伝統文化の根幹が壊されてしまうと思う。視聴率を稼ぐ為に、producer やテレビ局の役員達は、国民の最も level の低い層へ焦点を合わせているつもりかもしれませんが、本来日本人の民度はそこまで低くないと私は思うのです。〔中略〕

〔第一章 日本人の見識〕
【国家の品位】
 第二次世界大戦中の英国のしぶとさを考えて、誰しも思い浮かべるのは、国王ジョージ六世(George VI, Albert Frederick Arthur George Windsor, 1895.12.14 - 1952.02.06)の顔ではなく、チャーチル(Sir Winston Leonard Spencer-Churchill, 1874.11.30 - 1965.01.24)首相のあの不敵な面魂(つらだましい)ではないでしょうか。同じ様に、戦う大日本帝国の image として世界中の人が頭に浮かべたのは、天皇ヒロヒトの顔より、醜く deformer されたトージョー(東條英機)の容貌だったと思います。
 九年前二・二六事件で瀕死の重傷を負うた七十七歳の鈴木老首相の顔写真や似顔絵が、海外の新聞雑誌に載ることはあまりなかっただろうから、今度の場合、その人柄が示したのは顔貌ではなく、ちょっとした儀礼的 message ですが、驚くべきことにそれが、世界の人の日本に対する印象を一変させるのです。その経緯は小堀桂一郎氏の名著『宰相 鈴木貫太郎』(昭和57年、文藝春秋)に詳しく書かれています。小堀さんは、「首相の持つ品位が、海外では屡ゝ(しばしば)国家そのものの品位として受け取られる」という言い方をしてますがね ―。
 鈴木内閣成立後の五日後、アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882.01.30 - 1945.04.12)が急逝しました。その時鈴木首相が同盟通信を通じて出した statement は、Roosevelt の政治的功績を認め、「深い哀悼の意をアメリカ国民に送る」というだけの簡単なものでしたが、それが、世界各国で意外に大きな反響を呼んだ。
 まず、スイスの新聞『バーゼル(Basel)報知』の主筆が、
「敵国の元首の死に哀悼の意を捧げた、日本の首相のこの心栄えは眞に立派である。これこそ日本武士道精神の発露であろう。ヒトラー(Adolf Hitler, 1889.04.20 - 1945.04.30)が、この偉大な指導者の死に際してすら誹謗の言葉を浴びせて恥じなかったのとは、何と言う大きな相違であろうか。日本の首相の礼儀正しさに深い敬意を表したい」
 と、社説で賛辞を発表したのに続いて、アメリカ亡命中のトーマス・マン(Paul Thomas Mann、1875.06.06 - 1955.08.12)が、ドイツ国民に語りかける。
「これは呆れるばかりのことではありませんか。日本はアメリカと生死をかけた戦争をしているのです。あの東方の国には、騎士道精神と人間の品位に対する感覚が、死と偉大性に対する畏敬が、まだ存在するのです。これが(ドイツと)違う点です。ドイツでは十二年前(【小生注】1933年のHitler内閣成立)に一番下の者、人間的に一番劣った、最低の者が上部にやって来て、国の面相を決定したのです」
 マンは、〔中略〕BBCを通して毎週定期的にドイツ国民向けに放送をしていたのです。
『Basel 報知』の主筆に感銘を与え、Thomas Mann に驚きを与えた鈴木 message が、和平探求の密かな signal であったかどうかは、今以て不明の様ですが、その人に備わる人間としての品位が Hitler やトージョーと違うということは、他国の人にも直ぐ分った。そうして、小堀さんが言う様に、それがその儘国家の品位と受け取られ、あの東方の国にはまだ騎士道精神が存在するという解釈になりました。〔中略〕
 この(鈴木)総理大臣には、特定の人以外皆騙された。東條や平沼騏一郎や、右よりの重臣達を始め、外務省の和平派も、言わば身内に当る海軍の良識派士官達も全部ギリギリまで騙されていた。〔中略〕
 御本人の戦後の述懐を令息の鈴木一氏が纏めた『鈴木貫太郎自伝』(でこう述べている)。
「国家そのものが滅亡して果たして日本人の義は残るであろうか。ローマ(Roma)は滅びた。カルタゴ(Carthago)も滅びた。カルタゴなどは〔中略〕一塊の土と化しているに過ぎないではないか。余はこの儘戦争を継続して行けば、日本の滅亡は誠に明らかなことであると常々考えていた。今日の戦局の惨憺たる有様は、余には理の当然で、むしろ着々として戦略の正しい推移を物語っているに過ぎないと考えられるのであった」
「いやしくも名将は特攻隊の力は借りないであろう。特攻隊は全く生還を期さない一種の自殺戦術である。こうした戦術でなければ、戦勢が挽回出来なくなったということは明らかに敗けである。だが敗けるということは滅亡するということとは違うのであって、その民族が活動力さえあれば、立派な独立国として世界に貢献することも出来るのであるが、玉砕してはもう国家そのものがなくなり、再分割されてしまうのだから、実も蓋もない」
「戦争というものはあくまで一時期の現象であって、長期の現象ではないということを知らねばならない。この点に関して日本の戦争指導者は、初期においては電撃戦を唱え、三ヶ月で大東亜全域を席捲してみせると称し乍ら、太平洋の広さを忘れ、長期化し、ついには本土決戦を怒号し、一億玉砕にまで引き摺って行こうとしたのである。これは、もはや戦争とは言えない。原始人の闘争にしか過ぎない」
 卓を叩いて「あくまで戦う」と叫んだりしたのは、やはり鈴木さんの、一世一代の大芝居だったんだと、読者の納得が得られたかどうか。何しろ軍の強硬派は、広島長崎への爆弾投下、ソ連の参戦という非常事態に直面して尚、本土決戦一億玉砕の主張を翻さなかったのです。鈴木さんは逆に、この悲惨事を好機として一挙終戦に持ち込むんですが、もしそれも失敗に終わったら、日本はどうなっていたと思いますか? 団塊の世代なんてものは、今日存在しないんですよ。全国各地で沖縄戦と同じ状況が繰り広げられて、陸海軍の将兵はもとより、女子挺身隊の若い娘達も次から次へ斃れて行く。天皇御一家は松代(まつしろ)大本営の地下壕へ無理矢理移されて、最後は両陛下も皇子皇女も、刺し違えたり毒を仰いだりしてお亡くなりになる。二千年の歴史を持つ東洋の君主国は、文字通り滅び去ったでしょうね。

【小生comment】
 これに続いて阿川氏は、吉田茂の episode を述べているのですが、長文になってしまいますので、この続きは次号のお楽しみと致しましょう。 
 それにつけても、為政者、政治的指導者とは、「鈴木貫太郎」氏や「吉田茂」氏の様に、身命を賭して国家・国民の幸福の為に尽くす人でなければならない。最近小生、西郷隆盛の生き方が素晴らしく思えるのであるが、彼が素晴らしいのは、全く「利己」がなく「利他」に徹しているからである。「徳」を備えているからである。現世の政治家の不祥事は、その「徳」がない、「徳」らしいものさえもないお粗末さが齎した結果なのであろう。
 次号《会報》では、以上の点につき、稲盛和夫著『生き方』を一緒にご紹介して見たい。

[10]我が家の庭に咲いた白梅 2010.02.13
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[11]我が家の庭に咲いた紅梅 2010.02.03
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 添付写真は、今日、拙宅の庭に咲いた白梅(添付写真[10])と紅梅(同[11])である。当地豊橋も、『鬼祭り』が終わり、いよいよ「春」が到来した様だ。
 では、また・・。(了)

2010年2月 7日 (日)

【時習26回3-7の会 0276】~「坂東眞理子『幸せの作法』、三浦朱門&曽野綾子『夫婦口論』、「五木寛之『人間の運命』から・・『幸福』とは・・??」

■今泉悟です。 時節は、「立春」を迎え、これから春が到来します。とは言うものの、まだとても寒いですね。(笑)
 今日も、新城CCでは、雪のため closed でした。暖かな春になるには、まだ暫く辛抱が必要な様です。
 さて、皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0276】号をお送りします。
 今回も、残念乍ら【2637の会】や【時習26回】関連の記事はございません。【2637の会】members の皆さんからのお便りをお待ちしています。
 《会報》は、皆さんの交流の場として提供しているつもりです。このところ、題材探しに正直腐心しています・・。(涙)(汗)

 グチはこれくらいにして、今日は先週、頑張って3冊の本を読みました。掲題・副題にある様に、「坂東眞理子『幸せの作法』、三浦朱門&曽野綾子『夫婦口論』、「五木寛之『人間の運命』」です。そうしたら、偶然ですが、『幸福』について、三氏の意見を見つけましたので、今日はそこのところをご紹介してみたいと思います。やゝ、こじつけの嫌(きらい)がありますが、三氏ともなかなかいいことを述べていますので、若干長文となりますが、お読み下さい。まずは、坂東眞理子氏の『幸せの作法』からです。

【坂東眞理子『幸せの作法』】
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「はじめに ~ 「幸福」になりたいなら「幸運」を望んではいけない」

 あなたにとって、「幸福」とはどんなものでしょうか。

 幸せで豊かな家庭を築くこと。
 好きなことを仕事にして生活の糧にすること。
 子供の頃からの夢だった職業に就き成功すること。
 有名になって大きな富を得ること。
 力の限り努力して会社で高い地位につくこと。
 貧しくとも愛する男性と生涯を共にすること。
 子供たちの健やかな成長を見守ること。
 愛する家族に囲まれて笑って最期のときを迎えること。

 ・・どれも素晴らしいことです。
 しかし「幸福」を考えるときに、まず忘れてはならないのは「幸福とは非常に主観的なものだ」ということ。そしてもうひとつ、「幸運」を「幸福」と勘違いしてはいけないということです。
 例えば、「大した努力もせず、忙しい思いもせず、素敵な人と出合って愛され、子供に恵まれる」という「幸運」を「幸福」と勘違いしてはいないでしょうか。中には、そういう女性もいるかもしれません。しかし、これはただの「偶然」というものです。その女性の話をよく聞いてみたら、「幸運」でさえないかもしれません。
 どうも女性は、「幸福」よりも「幸運」を羨ましがる様です。「幸福」がとても主観的なものだと何となく解ってはいても、「ラッキー」に見える人を、「あの人は幸せよねえ」と羨んでしまうのです。
 この気持ちは捨てたほうがいいでしょう。
 自分の持っているものを喜ばず、持っていないものを欲しがっていては、決して幸せにはなれません。
「幸せ」とは、自分で少しずつつくり上げていくものです。そうすることでしか手に入らないものなのです。「幸運」が落ちていないかと周囲を見回し、落ちていない不運を嘆き、「私は不幸せだ」とうつむくほど、不幸なことはありません。〔中略〕
 人生の考え方が日々の行動に、日々の行動がその人の品格に反映するものです。パートナー、仕事、家庭、そして充実した毎日。そうした「幸福」を手にしたいと思うならば、「幸運」を願わず、まず小さな「幸福」を見つけ大事にし、自分で自分の「幸せ」をつくり上げていってください。


 続いては、三浦朱門・曽野綾子ご夫妻の『夫婦口論』からです。

【三浦朱門&曽野綾子『夫婦口論』】
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「この偉大なる矛盾」

【曽野】 私たち日本人は、実にいろんなものを与えられて生きている。でも、豊かさに慣れてくると、人間というのは手にしたものの有り難味を感じられなくなるんですね。日本の不幸は、まさにそこにあるみたいです。
 水というものは水道の蛇口を捻れば出るものだ、と思っている。しかも、その水は安心して飲める。飲める水で、お風呂に入って、トイレまで流している、という偉大な矛盾に全く気付かない。日本人に才能がないんじゃなくて、教育が悪いんですね。そういうことをきちっと教えませんから。生と死についてもちゃんと教えないから、もの凄くいい加減になっている。
 人殺しは絶対に許せないと言う一方で、中絶することについては何も言わないでしょう。〔中略〕戦後、人工的な手段で中絶された胎児の数は一億を遥かに越しています。〔中略〕考えようによれば、胎児というのは、一番抵抗できない弱者な訳ですよ。〔中略〕一番弱い者をいじめて殺して来たんです。
【三浦】 そのくせ、「一人の人間の命は地球より重い」と言うんですね。もしそうなら、死刑制度も有り得ない。交通事故死のことを思えば、車は禁止。〔中略〕
【曽野】 人間はちっとも公平でないし、平等でない。そんな当然のことすら認めない日本人が多くなって来た。
 いつか書いたことがありますが、石川遼というプロゴルファーがいるでしょう。世間は、彼のことを素晴らしいと褒めそやすけれど、彼の背後にはどれだけ悲しんでいる同年代がいるかわからない。自分は彼の様になれなかった。どうして、あの人だけが年に一億円も儲けるんだ、と思っている人もいる。ほとんどの人は彼の様になれないのだから、運命の不幸を感じる人の方がずっと多い筈ですよ。だから、あの人は希望も与えているかもしれないけれど、大きな不幸も与えている訳です。日本人は本当は賢いのに、そういう現実を直視しようとしないんですね。

「『幸福』は自分で発明する」

【曽野】 やっぱり自分で教養をつけなくてはいけない。親が悪いとか社会が悪いとか人のせいにしないで、自ら自分を育てることですね。何よりもまず自分が責任を負う。そう言うと、残酷だって非難されるけれど、自己責任を取れと言っても脱落する人は沢山いて、日本にはそれを十分に救えるだけの safety net があるんですね。日本は弱者を見捨てるとか言うけれど、世界の何処へ行っても、日本ほど脱落者に対しても勉強できる環境を整えている国はありません。だから、一人ひとりが勉強して教養を身につけ、闘って生きていくことが大切だと思いますね。
【三浦】 つまり、個々人が問題意識を持たなきゃいけないんですね。なぜ、格差が出来たのか。〔中略〕100%の safety net なんて有り得ないし、もし、完備してしまったら、問題意識も感じられなくなるってことなんですよ。
【曽野】 safety net をつくりつつも、尚も問題意識を持てということですね。日本人が一番いけないのは、全くの他力本願になったことかもしれません。食べられない人がいたら、政府が全部面倒を見ればいい、と。海外の多くの国では、個人が助けています。親戚とか友達とかが。嫌々な人もいるでしょうけど。
 皮肉なことに、社会保障が充実すればするほど、慈悲の心がなくなってしまんです。〔中略〕
【三浦】 幸福は、他人が与えてくれるものではない。国が与えてくれものでもない。自分で発明しなきゃいけないんです。
【曽野】 そう。幸福の意味は、自分で見つけるしかないんですね。〔中略〕
【三浦】 僕の八十四年近い生涯は、誰の人生とも同じ様に、波風に揉まれたものでした。ただ、その中で輝く星、この本でふれたことで言えば、「 something great 」を見つけたことで、自分の位置がわかった。それが僕の幸福の根源です。

【小生注】 三浦氏は、本文中で「 something great 」のことを次の様に解説している。
 僕風に言えば、something great と言うのは、「自分が全然わかっていないものがこの世の中にはある」という感覚だと思う。


 最後、3つ目は、五木寛之『人間の運命』からです。

【五木寛之『人間の運命』】
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「運命の人」

〔前略〕 人間の愛の形というのも様々だ。〔中略〕
「運命の人」という言葉は大袈裟だろうが、やはり自分の努力や、意志を超えた力が二人を結び付ける時があるのではないか。
 努力しても叶わないことは多い。努力や意志という、人間の営みは本当に小さいものだ。
 だから、私はやはり人生をそういうものとして受け入れ、受け止められる様に生きていきたいとふと思う。
 人は自分の人生を選んで生きている様で、何か見えない風に吹かれて生きているのではないか。
 十五世紀ルネッサンス時代のフィレンツェの大実業家、ロレンツォ・デ・メディチという人物は、こう歌ったという。
 
 春は疾(と)く過ぎ行く、楽しめ、今このひとときを
 
 〔中略〕別名「豪華王」と呼ばれたロレンツォも、〔中略〕四十三歳の若さでこの世を去った。〔中略〕
 人間の命というものは、儚く短い。
 だからこそ、その間に精一杯、人に恋し、人を愛して生きるのだろう。
「人はなぜ失われるものしか愛せないのだろう」
 という言葉を聞いたことがある。〔中略〕
 人を愛しいと思う背後には、必ず過ぎ去っていくもの、失われていくものに対する哀感があるのだと、否応なしに思うのだ。

「幸福の格差」

 私は改めて、人間の運命というものを考える。
 私達は運を求め、宝くじを買う。しかし、宝くじに当たる人がいるというのは、その他の大多数の人々が損をするからである。
 均一な幸福の中では、幸福という言葉自体が存在し得ない。不幸の存在があって幸福がある。必ずその反対にあるものと一対になって、物事は存在するからだ。〔中略〕
 成功、幸福という言葉は、最初から全員が幸福になることを前提としている言葉ではない。〔中略〕
 世に抜きん出るということは、敗者を踏み台にして自分が勝者になることを意味する。
 そんな時、私は再び親鸞の「心の善きにあらず」という言葉を思い出すのである。〔中略〕
 人生とは不条理で理不尽なものだ。
 humanism の発生以来、人間の明るい未来や、希望という言葉で、人々は人生に意味を求めてきた。
 しかし、生物が生きているということ自体が、ある意味で命をかけた競争の結果なのだ。〔中略〕
 人類の歴史は弱肉強食の物語に溢れている。〔中略〕 
 最近は、若い女性の間で戦国武将が boom だという。〔中略〕
 しかし、考えてみるまでもなく、戦国時代の武将の物語というのは、天下統一、武士道という Oblate に包まれてはいるものの、要するに強奪と殺戮の歴史であるといってもいいだろう。
 領土を広げる、と言えば聞こえはいいが、結局は侵略の物語だ。
 しかし、何故人々はそれを爽快と感じ、戦いの物語を愛読するのか。
 それは自分の心の中にある意欲、本能として背負っている闘争心などを、物語という形式で昇華しているのではないだろうか。 
 実際に行わずに、夢を託しているのだ。Shooting game や、Survival game 等にも、同じことが言える。男の子達が一番好きなのは、今も昔も戦争ごっこなのだから。
 そう考えると、人間の存在とはそもそも残酷で無残なものだと思わない訳にはいかない。

「善悪を超えて生きる」

 親鸞は最終的に、善悪を超越して人間は全て悪人である、と私達に語りかけた。
 生存そのものが罪を背負っている存在である。私達はそれを考えるとき、実に不思議な感情が湧いてくるのを抑えることができない。
 艱難辛苦に耐えて成功した人の話を、私達は美談として聞く。
 しかし、成功者というのは本質的に、不成功者、非成功者の犠牲の存在を不可欠として存在しているものなのである。
 同じ様に、どんなに貧しく、成功を求めず生きた人間とて、他の生き物の生命を奪うことなく生きてはいけない。人間全体の罪というものを否定し、他の生き物の生命を奪うことなく生きてはいけない。〔中略〕
 人間は根源的に悪を抱えた存在であり、この地球上の生物、この宇宙の全ての生物に対して人間は重いものを背負っている。人間の背負っている根源的な悪。
 その考え方が、何故今大切なのか。
 Renaissance 以来、我々は光の中で近代をつくり上げて来た。Renaissance (仏語で「再生」の意)というのは、「人間は教会と神の権威の下に、雑草や虫けらの様に扱われていたが、そうではない。人間は偉大なものなのだ」という、人間解放の意識改革から始まった。
 それは当時、闇に輝く光の様な新しい思想だったことだろう。
 しかし、19世紀、20世紀と進むにつれて、非常に傲慢な「人間中心主義」という様なものに変わっていく。地球の資源採掘や開発など、ありとあらゆることを乱暴に行う様になり、人は地上の王者の様に振舞い始めたのだ。
 現在、一転して eco. という言葉が叫ばれているが、これも悪を覆い乍ら近代を生きて来たという反省から来る現象だろう。
 Renaissance 以来数百年続いて来た humanism に対する大きな疑問と、そして人が本来抱えている「悪」というものに、今熱い視線が注がれているのだ。〔中略〕
 悪とは状況的な存在であって、普遍のものではない。それが人間が背負った、言わば本当の運命なのだ。

「最後の問い」

 親鸞の言葉は、ここで我々に最後の問いを投げかけて来る。
 他の生命や人間を犠牲にしてまで、人は生きていることに価値があるのだろうか、と。
 私は、口ごもり乍らも、やはり価値があると思いたい。〔中略〕
 人は、自分の意志とは無関係にこの世に押し出され、自分の与(あずか)り知らぬところで家族、肌の色、才能、容姿を押し付けられて生きていかなければならない。〔中略〕
 人間は、運命に流されて生きていく。
 それを認めたうえで、私は敢えてこう言いたいと思う。
 今の自分の生き方は、自分で決めている様で、実は一つの大きな手の中で導かれているのだ、と。
 そして、その私達の今日の運命に対する受け入れ方が、明日の未来の運命を左右するのではないか、と。
 過去から背負わされた運命から逃れることは出来ない。しかし、明日の運命は、今この自分にかかっている。私はそう思う。

【小生comment】
 先週、坂東眞理子氏、三浦朱門&曽野綾子ご夫妻、五木寛之氏の著作を読み重なる機会を持った。そうしたら、偶然、夫々の本文中に『幸福』について語られていることを見つけた。その『幸福』について拾ってみると以下の様になる。

 坂東眞理子氏 : 「幸福とは非常に主観的なものだ」ということ。「幸福」を手にしたいと思うならば、「幸運」を願わず、まず小さな「幸福」を見つけ大事にし、自分で自分の「幸せ」をつくり上げていってください。
 三浦朱門氏 : 「幸福は、他人が与えてくれるものではない。国が与えてくれものでもない。自分で発明しなきゃいけないんです」。
 曽野綾子氏 : 「幸福の意味は、自分で見つけるしかないんですね」。
 五木寛之氏 : 「均一な幸福の中では、幸福という言葉自体が存在し得ない。不幸の存在があって幸福がある」「成功、幸福という言葉は、最初から全員が幸福になることを前提としている言葉ではない」。

 曽野綾子氏は、「日本人に一番欠けているのは生き延びる力」でこうも言っている。

 世界のほとんどの国では、安易に、少しでも弱みを見せれば敵が入って来るというのが常態です。ヨーロッパの町は、全部丘の上ですからね。そして城壁の中で暮らしている。〔中略〕城壁に囲まれていなかったら、殺されてしまう。そういうものなんですね。私は、日本人に一番欠けているのは、そういう生き延びることに対する基本的観念、生き延びる力だと思うんです。〔中略〕
 日本というのは、奇跡の国なんですよ。ルールを守るという意味では、とってもいいんですけど、悪に対する体験がないんですね。
 日本人はまさに平和ボケだと思うけれども、「みんなが平和を望めば平和になる」などと大人でさえ信じています。〔中略〕
 今、わざと破ったジーパンを穿くのが流行っているでしょう。穴の開いた服しか着られない人達への嫌味以外の何ものでもない。大変な侮辱ですね。それ一つ見ても、貧困というものがまるで解っていない。これは、想像力の貧困ですね。満ち足りた生活の中でも架空の恐怖や不幸を想像する力こそが知性でしょう。ほんの数十年前、日本人も食べ物がなく、身体中に虱がたかる様な生活をしていた筈なのに、現代人はそういう本当の貧困を想像することもできない。

 話題は、どんどん発展して行き、五木寛之氏の「Renaissance 以来、我々は光の中で近代をつくり上げて来た。Rnaissance というのは、〔中略〕人間は偉大なものなのだ」という、人間解放の意識改革から始まった」という言葉に触発され、小生、今、塩野七生氏の『ルネサンスとは何であったのか』を読み出した。
 この世の中は、知れば知るほど、解らないことばかり出て来る。収拾がつかなくなる恐れ大であるが、これがまた好奇心を誘い、ワクワク気分を惹起させる。
 今日は、徒然なる儘に『幸福』について綴ってしまい、「それで、何をいいたいのか?!」を明確にお示しできなかったですね。(笑)(汗)
 小生なりに強いて言えば、「『幸福』とは、主観的なものであり、相対的なものでもある。そして、自分で積み重ねて創造していくものである。その結果、得られる『満足感』をいう」のではないかと思います。
 では、また・・。(了)

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    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

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