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2011年2月の4件の記事

2011年2月27日 (日)

【時習26回3-7の会 0330】~「水野和夫・萱野稔人『超マクロ展望 ~ 世界経済の真実』を読んで」「02月17日:松坂屋美術館『堂本印象』展を見て」

■今泉悟です。2011年02月ももう残す処明日一日になりました。三寒四温で春の到来を実感出来る今日この頃ですが皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0330】号をお送りします。
 今、世界中が何かと騒がしいですね。New Zealand の Christchurch では大地震という自然災害で邦人の学生達28名程の安否が気遣われていますし、眼を中東・北 Africa に向ければ、Egypt・Tunisia に続いて Libya の政情不安が騒がれています。
 Libya は世界的な石油産油国。同国の政情不安は、原油価格の大幅高騰に繋がり足許では100米ドル/Barrel を突破。景気が若干持ち直しつつあった我国をはじめとする世界経済の先行きに再び暗い影を投げかけている。
「権力は腐敗する」とはジョン・アクトン(John Emerich Edward Dalberg-Acton,1834.01.10-1902.06.19)の言葉だが、Libya の Qaddafi[41年05ヶ月(2011年02月27日現在)] をはじめ、Egypt の Mubarak[29年04ヶ月(同)]、Tunisia のジン・アビディン・ベンアリ(Zine El Abidine Ben Ali)前大統領[23年間]といずれも20年を超える長期政権であり、的を得た格言である。
 これ等の国々に一日も早い、平和と政治の安定が齎されることを願って已まない。

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■さて、最初の話題は、掲題・副題にあります様に、小生最近、先頃まで三菱UFJモルガン・スタンレー証券 chief economistであった水野和夫(1953年生れ)氏と津田塾大学国際関係学科准教授で哲学博士である萱野稔人(1970年生れ)氏の対談『超マクロ展望 ~ 世界経済の真実』を読みました。そして、その内容が「目から鱗が落ちる」程感服するものでしたので、その内容につきご紹介させて頂きたいと思います。
 水野氏が【「歴史の峠」に立っているという認識を】と題した〔あとがき〕で次の様に言っています。

「500年に及ぶ近代資本主義を駆動させて来た諸条件は、現在、急速に失効しつつある。交易条件然り、海外市場の開拓然り、人口増加然り。そしてこれ等のことは、決して一過性の問題ではなく、中世封建社会の崩壊に匹敵する様な局面に我々は立たされている、というのが萱野氏との共通した認識」だといい、「この様な時代の転換点においては、近代資本主義の枠内だけの道具では、問題を解決することは不可能だろう。デフレという問題一つをとっても、お金を刷れば一挙に解決するといった〔【小生注】リフレ(reflation)派=日銀が inflation 政策を採って量的緩和することで、デフレの脱却や経済成長が可能になる、という立場の※〕処方箋は、global 化した経済を見誤っている典型の様に思われる。
 本書は、近代の勃興期まで遡って資本主義の正体を明らかにすると同時に、その臨界点を見定め、我々が「歴史の峠」に今、立たされていることを強く認識し乍ら、今後の世界経済の行方について展望したものだ」。
※ リフレ派が主張するのは「ある一定期間 base money を増やせば money supply が増える。すると実物経済はそれ以上に経済成長が高まらない「潜在成長率」という中長期的な上限があるから、それを超えて money supply を増やせば必ず inflation になる」。
 水野氏は、これに次の様に反論する。
「この主張が当て嵌まるのは1990年代前半まで。95年以降、即ち globalization によって国際資本が自由化し、金融経済が全面化してしまうと、base money を増やしても国内の物価には繋がらなくなってしまう。現在、金融経済の規模100兆ドル、実物経済は名目GDPで60兆ドル。この様な状態で money supply を増やせば株式・土地等の資産価格の babble を招くだけ。リフレ派の主張が通るのは新興国の様に耐久消費財が増えて行く process でのみ機能するのであり、日本の様に買い替え需要しか見込めない成熟社会では効果がない」と切って捨てる。小生はまさに水野氏のいう通りだと思う。

 本書は以下の五章で構成されているが、その中で印象的な処を抜粋して紹介したい。
【第一章 先進国の超えられない壁】
◆1 資源価格の高騰という問題
 新興国の勃興によりそれまで先進国が持っていた圧倒的な〔軍事・経済〕力が衰えた20世紀末から始まった資源価格の高騰は、それまでの「先進国が自分達の利益を最大化する為に石油をはじめとする資源を安く買い叩くという構造」の終焉を意味する。

◆2 それまで先進国が保有していた『交易条件』の優位性の消滅
 新興国や途上国〔以下「周辺国」という〕では、歴史的に言えば、蘭・英の東印会社の時代から1960年代までの長期に亘り交易条件は「先進国が安く原材料を仕入れて高く完成品を売る一方で、周辺国は高い工業製品を買って安い原油等資源を売る」状態が続いていたのである。
 これが第一次石油危機[1974年]を契機として、新興国・資源国の交易条件は急速に改善して行き、反対に先進国の交易条件が悪化していった。そして先進国の企業が儲からなくなったということである。

◆3 景気がよくなっても所得が増えない理由
 だから2002年02月以降始まった日本経済がいざなぎ景気(1965年11月-70年07月)を超える長期間の経済成長を遂げ乍ら、日本国民の多くの所得は増えなかったのである。
 即ち、2000年以降の資源価格高騰下で外需主体の我国企業は企業業績を伸ばすことを実現したが、global 化の進展による競争激化により売価は抑えられる一方、売上原価の構成要素である労務費・原材料費・経費のうちの原材料費と経費が上がった分※、労務費を抑えないと利益が確保できない。労務費は工場労働者の賃金=個人所得である。即ち、日本国内で働く個人所得が減少するので、景気がよくなっても所得が増えないのが最近10年間の日本の現実であったのである。
※ 鉱物燃料の輸入代金は、1994年の4.7兆円から2008年27.7兆円に跳ね上がっている。

【第ニ章 資本主義の歴史と Hegemonie(=主導権)】
 水野氏は「〔軍事力を背景とした覇権国による周辺国からの富の奪取と繁栄〕→〔覇権国への投資資金流入増加〕→〔時間の経過と共に覇権国が産み出す利潤率の低下〕→〔新たな覇権国への Hegemonie の移転〕へという歴史的な流れが、【ジェノヴァ】→【スペイン】→【オランダ】→【英国】→【米国】へという覇権国の交替により現出されたと述べている。経済制度の仕組みの大きな変革と共に。
 一見大仰な様にもみえるが、的を得ている歴史考証であると思う。
 即ち、まだ欧州がオスマントルコ(Osman Turk)が強大でインド(India)との交易がままならなかった15~16世紀、伊のジェノヴァはその地中海におけるオスマントルコとの交易権を保持し栄えた。しかし時代の変遷と共に投資は増大しジェノヴァが得る交易からの return は徐々に減少。利潤率は下がり続けた。ジェノヴァはその後、今度は軍事的に強大化し新大陸へと富の獲得を目指すに至ったスペインに巨額な融資〔という実物経済から金融経済への移行〕をしてその金融により富の蓄積を図った。が、そのスペインも度重なる戦争で財政破綻し、その結果ジェノヴァも没落。その後、覇権国は、西・葡に続いて海洋に出て行った蘭、英へと移って行った。そのオランダも17世紀のチューリップ(tulip)投機〔という金融経済のbabble の破綻〕や英蘭戦争の敗北により国力が衰退。次に英国が海賊をいう新しい武器で世界〔とくに海洋〕を制覇。India本国の東印会社を母体に西・蘭に代って覇権国の地位を得て、更には産業革命という技術革新を経て繁栄を謳歌するが、20世紀に入り、これも二度の世界大戦を経て、〔本書では英国までの二次元世界から〕航空・宇宙という〔三次元世界を制覇した〕強大な軍事力を保持した米国に代わられていく。
 そしてその米国も、Nixon Shock 以降は、日・独等の新興先進国に追い上げられ、実物経済から金融経済へと覇権国としての経済発展形態が移行し babble 化、そしてついには Lehman Shock = babbleの崩壊という、かつての覇権国と同様な歴史的な流れの中を歩んでいったのである。
 因みに、Hegemonie が変わる時は、「新しい覇権国が自国の活躍する stage を変える」というのである。即ち、ジェノヴァ=地中海、スペイン=新大陸、オランダ=東印会社(蘭印)、英国=東印会社(India)と英連邦地域、米国=航空・宇宙と行った具合に。

◆1 定員15%の近代資本主義
 産業革命後の1870年~2001年まで、世界の高所得国の人口 share を調べてみると地球の全人口の15%だけが豊かな生活を営むことが出来たことがわかる。つまり先進国の15%の人々が、残りの85%から資源を安く輸入して、その利益を享受して来たということである。
◆2 新興国の台頭が齎す本当の impact
 ところが歴史的転換点となる第1次石油危機〔1974年〕で、当時の先進国7~8億人に対して、周辺国19~20億人〔除く共産圏〕であった状況が、世界中の国々が資本主義の恩恵を受けようとすると、資本主義の前提である「安く仕入れて高く売る」の「安く仕入れる」ことが出来なくなることになり、これは即ち、zero-sum game になって行くことを意味する。
 もはや先進国の10億人は、成長、成長と言っている場合ではない。先進国が更に成長を目指し、後ろから40億の人も成長を目指すとなると、資源価格は天井知らずに跳ね上がる。2008年に世界は1barrel=147ドルを経験したが、これでは世界経済が耐えられないことが解った筈だ。
 世界 system は今後大きく変わる。その中で50億人が「成長、成長」と言っていたら、全員が沈んでしまう処に直面しているだろう。

 そのことは、将来何を齎すであろうか。

◆3 資本蓄積地域の消失
 長期的にみて、中国・India が成長してしまうと、もう世界に経済成長を牽引できる様な地域がなくなってしまうかもしれない。そうなると、世界中の生産力を吸収し、高い利潤率の下で return を齎してくれる場所が世界から消失することになる。それこそ資本主義の根源的危機が訪れる。
 恐らくそれはそんなに先のことではなく、精々30~40年後位だと思う。
 例えば自動車の販売台数でみると、中国市場もあと10年もしないうちに先進国並みに飽和化してしまうと言われている。そうなると新規需要の拡大は止まり、後は買い替え需要しかなくなるので、中国の成長が世界経済を牽引することもなくなるだろう。世界の殆どの地域に耐久消費財が行き渡り、資本主義が何処に行っても高い利潤率を生み出せなくなれば、何に投資しても十分な return を得られなくなり、そこでお金の動きも止まってしまうだろう。〔後略〕

【第三章 資本主義の根源へ】
 〔略〕
【第四章 babble の仕組みと日本の先行性~日米関係の政治経済学~】
 〔略〕
【第五章 日本は如何に生き抜くべきか~極限時代の処方箋~】
◆1 「先進国総デフレ時代」の到来
【萱野】 現在のデフレは一時的な不況のせいで起こっているものではないということですね。それは構造的な問題である以上、金融政策でデフレを克服すれば不況も克服できるといった様なものではない。
 また、新興国の台頭は不可避的に先進国の労働市場を global 化する。先進国から新興国へと生産拠点がどんどん移転されて行き、例えば日本の労働者はそれによって新興国の労働者と競争しなくてはならなくなるから、先進国と新興国の間で賃金 level は平準化する。つまり日本国内の賃金水準は下がって行かざるを得ない。また同時に新興国から安い商品もどんどん入って来る様になるから、この点でもデフレは先進国の置かれた構造的な問題だということになる。〔中略〕
◆2 日本の銀行が国債を買えなくなる日
 財政赤字をこの儘放って置くと、毎年1兆2千億円程度、社会保障費が増えて行く。それから国債の利払い負担も大きく、2010年度予算の利払い費は前年度に比べて2.1兆円も増えている。社会保障費と利払い費だけで毎年2~3兆円増えることになり、これは消費税1%に相当する。〔中略〕
 経済・社会 system が大きく変わる時、過去の清算をしないと、次の system に移行できない。中世キリスト教社会・荘園社会で最も繁栄していたスペイン世界帝国が近代主権国家・資本主義経済への移行に失敗したのも、絶頂期に積み上がった巨額の借金に押し潰されたからである。そうした過去の清算がなければ日本経済の復活なんてあり得ない。

◆3 低成長時代における国家の役割
 飽和化してしまった市場で新しい付加価値をどうつくり出していくのかは、日本経済の国際競争力という点から言っても非常に重要な課題になっていくと思う。今は新興国による技術の catch up がもの凄く激しいから、技術の改善以上の付加価値の部分で新しいものをつくっていくことが必要である。ただその時は市場の原理だけでは限界がある。

◆4 規制による豊かさの実現
 近代社会というのは膨張の時代だということを考えるなら、低成長時代では如何に膨張しないで豊かでいられるかを考えるしかない。その為には自由主義ではなく規制によって市場を豊かにしていくという方向になるだろう。〔了〕

【小生comment】
 簡単に纏めようと思ったのであるが、あれもこれも紹介したいことばかりで大変な長文になっていまいました。ご容赦下さい。
 でも、この本で水野氏と萱野氏が言っていることって説得力ありますね。

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■続いての話題は、02月17日に所用で名古屋へ行った帰り、松坂屋美術館で今日(02月27日)まで開催中であった『堂本印象』展を見て来ましたので早速ご紹介します。
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 本展は、堂本印象生誕120周年を記念して挙行されたものである。小生、堂本印象作品の幾つかは以前から知ってはいたが、今回の様に彼の一生を通じての展覧会は初めての観覧である。
 そして、添付写真の絵にある様に、彼の作風が戦前と戦後間もない昭和22年迄の純日本画としての作品群と、翌23年《婦人》以降の作品群には大きな変化が窺われる。小生、その gap の大きさに驚嘆したというのが正直な感想である。
 彼の作風を年代順に見て行くと、Henri Matisse(①869-1954)や Pablo Picasso(1881-1973)の様に一生の間に数回の大きな変化が見られる。
 まずは、その前に彼の一生の略歴を記す。
〔略歴〕
1891(明治24)年 12月25日、酒造業堂本伍兵衛、芳子の三男として京都市上京区に生まれる
1906(明治39)年 15歳 04月、京都市立美術工芸学校図案科入学
1910(明治43)年 19歳 03月、同校卒業
1919(大正08)年 28歳 10月、第1回帝展初作品の《深草》初入選
1924(大正13)年 33歳 03月、京都市立絵画専門学校研究科修了
1925(大正14)年 34歳 05月、第6回帝展出品の《華厳》、帝国美術院賞受賞
1934(昭和09)年 43歳 画塾東丘社を創立、主宰する
1935(昭和10)年 44歳 05月、帝展、参与就任
1936(昭和11)年 45歳 01月、京都市立絵画専門学校教授就任
1948(昭和23)年 57歳 10月、第4回日展に《婦女》を出品。以後、作風が大幅に変わる
1954(昭和29)年 63歳 05月、日展運営会常任理事就任
1961(昭和36)年 70歳 11月、文化勲章受章
1963(昭和38)年 72歳 02月、大阪・聖マリア大聖堂壁画を描く。この功績によりローマ法王ヨハネス23世より聖シルベストロ第一勲章受章
1973(昭和48)年 ローマ法王パウロ6世の委嘱により、バチカン近代美術館に飾る《母と子》を制作(翌49年完成)、聖大十字シルベストロ大騎士勲章受章
1975(昭和50)年 09月05日、心不全で京都市内にて死去。享年83歳。

 彼の作品をほぼ年代順に添付しますが、本《会報》は容量の関係から僅かした添付できません。詳細は blog をご高覧頂ければ幸甚です。
 晩年の彼の作風は、完全に抽象画に至り、前《会報》でご紹介した Kandinsky の成熟期の作品に大変よく似ていると思います。

[01]堂本印象『維摩』1923年
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––––––––––––––––––––––––[02]堂本印象『索心画冊』1925年
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[03]堂本印象『雪』1930年
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––––––––––––––––––––––––[04]堂本印象『観世音(六観音)』1937年
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[05]堂本印象『兎春野に遊ぶ』1938年
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––––––––––––––––––––––––[06]堂本印象『爽籟高清』1940年
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[07]堂本印象『中山七里』1945年
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––––––––––––––––––––––––[08]堂本印象『或る家族』1949年
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[09]堂本印象『八時間』1951年
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––––––––––––––––––––––––[10]堂本印象『白浜桟橋』1949年
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[11]堂本印象『ぶどうとレモン』1953年
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––––––––––––––––––––––––[12]堂本印象『窓』1953年
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[13]堂本印象『メトロ』1953年
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––––––––––––––––––––––––[14]堂印象『カナル サンマルタン』1954年
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[15]堂本印象『ベニス の ゴンドラ』1956年
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––––––––––––––––––––––––[16]堂本印象『パリ近郊』1957年
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[17]堂本印象『浄穢』1957年
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––––––––––––––––––––––––[18]堂本印象『断定』1959年
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[19]堂本印象『交響』1961年
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––––––––––––––––––––––––[20]堂本印象『風神』1961年
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[21]堂本印象『如實』1966年
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––––––––––––––––––––––––[22]堂本印象『解脱垠』1967年
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[23]堂本印象『窓の華』1968年
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––––––––––––––––––––––––[24]堂本印象『聖家族』1968年
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[25]堂本印象『法然上人一枚起請文』1970年
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【小生comment】
 皆さん、如何でしたか。同じ画家と思えない程の作風の変遷ぶりですね。皆さんから一度ご感想を頂戴できたら嬉しいです。mail をお待ちしています。

【後記】
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 今日のお別れは、拙宅に咲いた白梅と紅梅の写真〔昨日02月26日撮影〕です。
 以前の会報でも一度ご紹介させて頂いた高羽狩行の紅梅を詠んだ名句を今日もご紹介させて頂きお別れしたいと思います。

 紅梅や 枝々は空 奪ひあひ  高羽狩行

【解説】「梅二月」でいう梅は白梅のほう。白梅よりやや遅れて咲く紅梅は艶やかで春風駘蕩、まさに長閑に吹く風が心地良い。添付写真の様に、紅梅の花が画面いっぱいに真っ青な空を覆い隠さんとばかりに競争している、と作者は詠んだのであろう。〔昭和51年作/『月歩抄』所収〕

では、また・・。(了)

2011年2月20日 (日)

【時習26回3-7の会 0329】~「藻谷浩介『デフレの正体 ~経済は人口の波で動く』を読んで」「02月15日:愛知県美術館『カンディンスキーと青騎士展』展を見て&『ランラン・Piano Recital』を聴いて」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0329】号をお送りします。
昨日02月19日は二十四節気でいう「雨水」。
 日照時間も、昨年12月22日「冬至」と比べてみますと、2ヶ月足らずで01時間16~17分程長くなっています。
〔参考〕
【2011年02月19日】「雨水」
 東京:[日出] 06時24分 [日没] 17時26分、[日照時間] 11時間02分
 名古屋:[日出] 06時35分 [日没] 17時38分、[日照時間] 11時間03分
【2010年12月22日】「冬至」
 東京:[日出] 06時46分 [日没] 16時31分、[日照時間] 09時間45分
 名古屋:[日出] 06時57分、[日没] 16時44分、[日照時間] 09時間47分
 陽光も、はっきりと春の到来を感じさせる明るさがありますネ。

■さて、最初の話題は、今日も生憎【2637の会】の話題はありません。ただ【時習26回】では、先週末18日「第25回時習26会ゴルフコンペ」の開催案内が関係者宛に配信されました。今回は、04月03日、08時10分 IN startでキャッスル・ヒルCC にて開催されます。
 健康増進の為、また同窓同期の仲間達との楽しいひとときを golf play とその後の表彰式&懇親会を通して過ごしましょう。
 ただ最近、【2637の会】members からは小生しか参加していないのが実態でちょっと寂しいと感じている処です。
 【2637の会】members の皆さんが一人でも多く参加してくれることを期待しています。
 尚、「第25回時習26会ゴルフコンペ開催のご案内」の詳細は、一昨日02月18日不老荘掲示板〔 http://325.teacup.com/hiroyuki/bbs 〕に掲載されましたのでご高覧下さい。

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■次に、小生最近、日本の将来が大変不安で、「どうしたら日本の財政破綻を回避できるのだろう?」という問題意識を持ち続けています。〔と言って、自分が政治の社会に打って出るという様な勇気もありませんが‥(笑)〕
 管内閣は、もう崩壊間近でしょうか。小沢一郎氏支持派の衆議院議員の離脱で来年度予算案可決の目途が立たない感じですね。
 中東アラブ諸国の政情不安、新興諸国の伸張による食糧・energy 等の資源価格の高騰、そんな中でのTPP(環太平洋経済連携協定)・FTA(自由貿易協定)問題、中国との尖閣列島、Russia との北方四島の帰属・返還問題、沖縄の米軍・普天間基地代替施設移設問題、等々重要な問題が山積する中で、現内閣は何も決められない。大変心許なく感じるのは小生だけではないと思います。
 今日はそんな中、掲題・副題にあります様に、最近の話題作、藻谷浩介『デフレの正体』を読んでみましたのでその概要につきご報告させて頂きます。新書版で大変解り易い説明でしたが、沢山の Data に基づく、帰納法的・且つ精緻な解説でしたので、読了するのに結構時間を要しました。
 Compactに且つメリハリをつけて纏めてみました。ではどうぞ‥

【第01講 思い込みの殻にヒビを入れよう】
 〔 略 〕

【第02講 国際経済競争の勝者・日本】
◆世界同時不況下でも続く貿易黒字
〔日本人の多くは今儲かっているという実感がないのに、Lehman Shock後の〕2008年11月~2009年01月3ヶ月連続して貿易赤字が発生しました。でも09年02月からはもう黒字に戻っています。09年合計では08年と同じ4兆円の黒字。〔中略〕2010年にはもっと大きな黒字が見込めます。〔後略〕
◆世界中から莫大な金利配当を稼ぐ日本
 それにしても、そんなに稼いでいるという黒字は何処に行っているのでしょうか。実感がないのも当然、多くは輸出企業と、そういう企業の株主になっている様な高齢富裕層の財布に集中しておりまして、庶民の懐には無関係の儘海外に再投資されています。ところがそれがまた外国から金利配当を呼んで来ます。
 外国から稼ぐ金利配当が、外国に支払う金利配当を超えた分を「所得黒字」といいます。この「所得黒字」は babble の頃は3兆円程度でした。それが2007年には16.3兆円と、5倍以上に増えたのです。世界不況が始まった08年の確定値も15.8兆円と、3%の微減に留まりました。〔中略〕我々庶民には解り難いのですが、世界から見れば日本は、モノを売り付けるだけでなく、金利配当も大量にむしり取って行く、商売上手の金貸しなのです。〔中略〕確かに日本政府は単体としては世界最大の借金王。〔中略〕ですが日本政府の国債を買っているのは殆どが、1,400兆円の金融資産を持っているという日本人個人と日本企業なのです。利率が低すぎて、外国からの投資は低調です。ということで日本政府が払っている年間5兆円の金利の受取人も日本人と日本企業ですから、国全体の対外収支には影響しません。そうして日本人と日本企業はそれでも残った貯金を外国に貸したり出資したりして、前述の様に最近は毎年10兆円を超える金利配当収入を得ている訳です。
 この「所得黒字〔【小生注】所得収支〕」に「貿易黒字〔【同注】貿易収支〕」を合わせて、日本人の海外旅行等から発生する「service赤字〔〔【同注】〕service収支〕や海外援助金等を引いたもの〔即ち〔【同注】「経済移転収支〕が、最終的に手元に残る「『経常収支』黒字」ですが、これも07年には25兆円で史上最高でした。Babble 期の1990(平成02)年には6兆円でしたから4倍増です。08年になると世界不況の影響で16兆円少々まで落ち込みましたが、それでも2003年以前のどの年よりも大きい数字でした。09年も90年の2倍以上の13兆円を記録しています。今後も世界景気が回復すれば増えることは間違いないでしょう。
 2001年~08年の8年間だけで、累計138兆円の経常収支黒字が日本に流れ込みました。国内の1年間の小売販売額(モノの売上高の合計)に匹敵する数字です。実際にそれだけの額を貢いだ外国にしてみれば、「俺達からそれだけ儲けて、不況だなんてよく言うよ」という思いかもしれません。〔中略〕【小生注】藻谷氏はこの章で、日本がこれ程儲けている〔=巨額な貿易黒字を計上している〕のは、国別にみて〔2008年実績(+は黒字)〕も米国(+11.1兆円)・EU(8.6兆円)は言うに及ばず、当然貿易赤字だろうと思われている中国も〔香港経由での中国輸出を考え「中国+香港」でみると〕(+2.3兆円)、韓国(+3.0兆円)、台湾(+3.0兆円)、Singapore(+2.1兆円)、全て日本が経常黒字を計上している。これ等の国々に日本はいったい何を売って経常黒字を計上しているか種明かしをしてくれています。以下、藻谷氏の言葉です。
 今世紀になってから日本の対中・韓・台の黒字が2倍以上に増えているのは何故なのか。対韓国だけなら3倍です。
 韓国、台湾は、日本からモノづくりの為の high-tech 部材や機材だけを買っている訳ではありません。豊かになった向こうの国民が、日本製品の中でも brand 価値の高いものを買い始めているのです。車や電気製品は勿論ですが、安心安全が売りの食材や、お菓子等も人気です。日本人の一部が高級キムチや陶磁器を買う様に、韓国人の一部が消費する日本直輸入の高級品も年々増えているのです。だからこそ、先方の技術力がいくら高くなろうとも、いやそのお蔭で国民が豊かになって行けば行く程、日本の貿易黒字は増えて行く。技術ではなく「 brand 」が日本の商品に備わっている限り。
 【小生注】藻谷氏は、逆に日本はその「 brand づくり」がまだ全く下手だという。EUの中でも仏・伊の両国と、EUではないスイスの3国は、日本が国別で経常赤字にあり、これは「 brand 力」の差であるという。端的に言えば、数段高い技術力を持っている日本の工業製品群も、イタリアの衣料雑貨の brand 商品群の総額には敵わないという訳である。日本が今後、世界で生き残って行くには、この「 brand 力」の育成こそ急務であると指摘している。現時点での好事例を上げると、中国人にとっての化粧品 brand で「資生堂」は憧れの的だという。こう言う「 brand づくり」が大切だということである。

【第03講 国際競争とは無関係に進む内需の不振「地域間格差」論の無意味】
【第04講 首都圏のジリ貧に気づかない】
【第05講 地方も大都市も等しく襲う「現役世代の減少」と「高齢者の激増」】
【第06講 「人口の波」が語る日本の過去半世紀、今後半世紀】
【第07講 「人口減少は生産性向上で補える」という思い込みが対処を遅らせる】
【第08講 声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち】
 【小生注】第03講~08講で、藻谷氏が主張しているのは、「大都市と地方の『地域間格差』」も関係なく、団塊世代という人口の波の移動により、日本経済が変わって行かざるを得ない。1990年前後の babble は、人口の塊である団塊世代が、子供の進学や自身の自宅取得等の為に最もお金を必要としていたことに起因する需要の増大であったし、1990年~1996年の babble 崩壊後と言われる時代も、団塊ジュニアが社会人になった時代でGDPは伸びていた。団塊世代が創出した需要は、定常的に考えていた以上の生産を現出したが故に、彼等が生産年齢人口から外れる今後の日本は予想以上の需要の減退を覚悟しなくてはならない。「人口減少を生産性向上で補う」という考え方が結果的に、付加価値総額を減少させ、更なる需要減少を惹起させている、ということに我々は気づかなければならない。
◆高齢者から高齢者への相続で死滅され続ける貯蓄
 そして、増加する高齢者はモノに対する欲が少ない。高齢者にとっての最高の「欲」は医療なのだが、これに係る「医療費」というのは自分の万が一の為の保険であり、これを行使するのは所謂 call option〔=「買う権利」〕と同じである為、「行使するまでは使わない」という甚だやっかいな代物なのである。このやっかいな代物を団塊世代が call option として購入すると、当該資金は寝て〔=氷漬けになって〕しまうのである。
 【小生注】そう言えば、小生も銀行員生活の最後の数年は、銀行員であり乍ら、顧客に積極的に販売していたのは、借りてくれなくなった企業に対する貸出金増強ではなく、また昔の様な預金でもなく、投資信託と年金保険であった。これ等の sales talk の main は、「長生きの risk に対する自らの防衛策」である。「貯蓄から投資へ」と言って high return が見込まれる投資信託を売り、自身の「老後の安心」を確保すべく個人年金保険を売ったのである。特に後者の個人年金は、よく売れたが、その結果10百万円~ 1億円の lot で資金が預金から保険会社へ移り、当該資金が Wall Street の fund managers の手元資金となり、homeless money となって世界市場を駆け巡っていることは前号の《会報》で既に述べたところである。

【第09講 ではどうすればいいのか①高齢富裕層から若年層への所得移転を】
【第10講 ではどうすればいいのか②女性の就労と経営参加を当たり前に】
【第11講 ではどうすればいいのか③労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受入を】
 日本経済を蝕む、生産年齢人口減少に伴う内需の縮小。処方箋として挙げられがちな、生産性向上、経済成長率向上、公共工事の景気対策としての増加、inflation 誘導、eco 対応の技術開発でモノづくりの top runner といしての立場を守れとか言った話には実効性が欠けることをお示しして来ました。
 代わりに①生産年齢人口が減る pace を少しでも弱める、②生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やす、③個人消費の総額を維持し増やす、の三つの目標を挙げましたが、具体的には‥
 第一は高齢富裕層から若い世代への所得移転の促進、
 第ニが女性就労の促進と女性経営者の増加、
 第三に訪日外国人観光客・短期定住客の増加、です。いずれも経済問題の genre では話題になることが少ない、たまに言及されても「経済成長率」等に比べればほんの脇役扱いの事柄ばかりですが、しかし実際には、これ等三つには日本経済再生に向け真っ先に取り組むべき意義があります。
 【小生注】藻谷氏はこの様に述べ、高齢富裕層が大手を振って消費に向かう「言い訳」「自分のご褒美」を見つけること、具体的処方箋としては、①高齢者の個別の好みを先入観を排して発見すること、②高齢者が手を出す際に使える「言い訳」を明確に用意することに加え、③多 lot 少量生産に伴う cost 増加を消費者に転嫁可能な水準に抑えること、私〔藻谷〕は③を「値上げの為の cost down 」と呼んでいます。〔中略〕
◆生前贈与促進で高齢富裕層から若い世代への所得移転を実現〔詳細略〕
◆女性就労について‥高齢男性の再雇用では老後の為の貯蓄とかで内需拡大は限定されてしまう。一方、女性であれば、何歳になっても収入さえあればお洒落な服や高い化粧品を買ってくれるのです。高くて量が少なくて美味しいものも買ってくれる。一度退職した高齢男性を再雇用するよりも、現役世代の女性を雇う方が売上も上がるのです。〔中略〕若い女性の就労率が高い県ほど出生率も高いことも忘れてはならない。これは推測ではありますが、理由の第一は今時 double income でないと、子供を三人持つということはなかなか難しいからということが挙げられます。

【補講 高齢者の激増に対処する為の「船中八策」】
 〔 略 〕
【あとがき】
〔前略〕現実の経済は悪循環の方向に向かっています。即ち、「団塊世代の一次退職 → 彼等の年収減少 → 彼等の消費減退 → 内需対応産業の一層の供給過剰感 → 内需対応産業の商品・service の値崩れ → 内需対応産業の採算悪化 → 内需対応産業の採用抑制 → 内需の一層の減退」という国内経済縮小の流れが、渦を巻いているのです。〔中略〕
 ですが本当は、生産年齢人口減少は、(若者の所得をそれに応じて増やして行けばですが)「日本の雇用や内需を維持しつつ同時に生産性も高めて行ける」という、日本の歴史が始まって以来の大きな chance なのです。企業は「景気対策」を政府に任せるのを止め、自らが若者を雇用することで内需を拡大させる。他方で政府は(金持ちも生活困窮者も一律に支援する今の様な年金への財政投入を止め)困窮した高齢者への safety net を万全にすることで、高齢者の退職を促進する。その様な新たな分担が出来れば、数十年後の日本は、現在の経済規模を維持した儘、数割は高い生産性を達成していることでしょう。若い世代の所得上昇や女性就労の促進に伴って、それから団塊世代の死去に伴う社会福祉負担の絶対額の減少もあって、出生率も大きく上昇し、毎年の出生数は現在よりも少ない level 乍ら安定してくるものと思われます。〔後略〕

【小生comment】
 小生が銀行員の一時期である「事業調査室(東京)〔昭和61年~平成03年〕時代」に、産業界の調査分析や個別企業の財務分析を担当した調査 man であったこともあり、藻谷氏の data に基づいた帰納法的な解析方法は、大変親近感があり納得出来ることばかりであった。
 氏が【あとがき】で述べている明るい日本の将来になる様、小生願って已まない。

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■続いては、去る02月15日名古屋に行く機会があり、その日から愛知県美術館にて始まった「カンディンスキーと青騎士展」の模様をお伝えします。
 この展覧会は、昨年の11月23日~今月の06日まで東京・三菱一号館美術館にて開催されていたものです。同展覧会の leaflet には次の様に書かれています。
「抽象絵画の先駆者であるヴァシリ―・カンディンスキー( Wassily Kandinsky : 1866-1944)と、その彼を leader に、第一次世界大戦前の Munchen で活躍したドイツ表現主義の芸術家 group「青騎士」の展覧会です。Kandinsky の初期から成熟期までの展開を辿りつつ、青騎士とその周辺の画家達の仕事をご紹介していく」。
 ではご覧下さい。
[Kandinsky と Munter]
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[01]Kandinsky『Munchen The Isar[イザール川]』1901年
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––––––––––––––––––––––––[04]Kandinsky『コッヘル-シュレードルフ』1902年
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[08]Kandinsky『Santa Margherita』1905年
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––––––––––––––––––––––––[09]Kandinsky『ガブリエーレ・ミュンターの肖像』1905年
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[13]Kandinsky『Munchen-郊外』1908年
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––––––––––––––––––––––––[16]Kandinsky『コッヘル-墓地と牧師館』1909年
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[17]Kandinsky『室内《私の食道》』1909年
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––––––––––––––––––––––––[20]Kandinsky『ムルナウ近郊の鉄道』1909年
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[21]Kandinsky『コッヘル-真っ直ぐな道』1909年
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––––––––––––––––––––––––[26]Kandinsky『《印象Ⅲ(Concert)》』1911年
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[29]Kandinsky『《Composition VII》VIIの為の習作2』1911年
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【小生comment】
 Kandinsky の作風は、対象物を極限の近くまでに deformer し、それを天才的な色彩感覚で balance 良く配置しているところに彼の真骨頂がある。ご覧の通り、原色に近い色が多用されているが、とてもいい感じで見る者を魅了する。この感覚は、印象派に近い感じを与える比較的初期の作品から成熟期の抽象画に至るまで一貫していると言ってよい。
「[29]Kandinsky『《Composition VII》VIIの為の習作2』1911年」の解説のところで、Kandinsky が自らの作品について次の様に述べている。
「前作の Composition VI以後に描かれた数々の絵は、出発点の為の主題も持たず、具象的な起源となる形態もない。それは、如何なる強制力もなく、ごく自然と自ずから生じたのだ。初めに自ずと生まれて来る様な形態が、この数年間、段々と確固たる地歩を占めるに至り、私は、次第に諸々の抽象的要素の多種多様な価値へと没頭して行った。このことによって、抽象的な形態が優勢を獲得、そっと、だが確実に、対象に起源を持つ形態を追い出すに至ったのである」。
 さらに解説では、抽象画に至った彼の足跡を次の様に述べている。
「物体としての起源から切り離された「形象」が画家の内面の必然性に従ってそれ自体が生命を持ちつつ、「絵画という世界の創造」が大画面の構成(Composition)となって成立したことに、Kandinsky が成し遂げた偉業を見るべきであろう」。
 実に巧い表現であると思う。
【小生注】Composition = 構成・構造

【後記】
[Lang Lang Piano Recital program]
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 Kandinsky の絵を見た日は、その後の夕方から愛知県芸術劇場 concert hall にて、郎朗(ランラン)の Piano Recital があったのでそれも聴いて来た。
 曲目は、Beethoven Piano Sonata №3 in C、同 Piano Sonata №23 in F「熱情」、Albeniz Iberia Book 1 ~ Evocation・港・セビーリャの聖体祭、Prokofiev Piano Sonata №7 in B-flat「戦争ソナタ」の4曲。
 なかでも圧巻は、最後のプロコフィエフの「戦争ソナタ」。ランランの演奏は、圧倒的名演として今後長い間小生の記憶に確りと刻み込まれ続けると確信した次第である。
 ではまた‥。(了)

2011年2月12日 (土)

【時習26回3-7の会 0328】~「大前研一『お金の流れが変わった! ~ 新興国が動かす世界経済のルール』を読んで」「01月28日:Bunkamura ザ・ミュージアム『モネとジヴェル二―の画家たち』を見て」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0328】号をお送りします。
 昨日02月11日は、ご当地豊橋では、愛知県の無形文化財「鬼祭り」が八町三丁目にある安久美神戸新明社にて執り行われた。昔から豊橋では「鬼祭り」の時が一番寒く、「鬼祭りが終わらないと春が来ない」と言われて来ましたが、ご多分に漏れず、昨日は豊橋は降雪。拙宅の周りも一面の銀世界となりました。〔添付写真ご参照〕
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 本当に不思議ですが、先人の言葉は重いですね。(笑)
 一日経って今日02月12日は、天気は晴れ。気温もぐっと上がり、陽光は明るく春の到来を感じさせます。来週19日が二十四節気でいう「雨水」。
 この齢になると、若さを symbolize する「春」への憧憬を強く想います。

■さて、残念乍ら今日も【2637の会】関連の記事はありません。そこで最初の話題は、小生が最近読んだ本からまた一つご紹介させて頂きます。
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 それは、大前研一著『お金の流れが変わった! ~ 新興国が動かす世界経済のルール』です。この本を書店で手にとってみて「内容紹介」の言葉に引き寄せらる様に買ってしまった。そこにはこう書いてあった‥
「アメリカだ、中国だと右往左往している間に、世界経済の rule は一変していた。世界を彷徨う四千兆円の " homeless money " が今、大挙して新興国へと向かい繁栄の種子を蒔いている。ところが相も変わらずバラマキや借金を続ける無策な政府に、大人しく従う日本人‥‥。何故金融緩和も財政出動も効果が出ないのか? 一発で国が吹っ飛ぶ今日的 babble の正体とは? 企業も個人も、日本人が " change " すべきはその世界観。お金の動きをいち早く読み、日本が再び大発展する為の戦略を語ろう」。

 ということで、それでは早速、その概略をお示しします。

【 超大国「G2」の黄昏 】
[1] 米国 ―「唯一の大国」は如何にして崩壊したのか 】
 〔略〕
[2] 中国 ― babble 崩壊はいつやって来るか 】
 所謂「保八」、つまり毎年8%の経済成長を続けないと、大量の失業者が出て暴動が起こるという強迫観念が中国政府にはある。
 現在の中国の人件費は Vietnam の3倍、Myanmarの10倍位に跳ね上がっている。
 中国政府は、農地を直ぐに商業地に転用出来る。また値上がりした当該土地を民間企業に貸し出し infra 整備の費用を捻出するという「打ち出の小槌」を持っている。
 とは言え中国は、GDP成長率が6%に落ち込めば、「繁栄から取り残された国民の怒りが爆発」、「babble 崩壊」という二つの懸念を抱える。
 今、世界経済は中国の旺盛な需要で潤っている。〔中略〕がこの先、中国の不動産 babble が弾ければ世界経済は奈落の底に沈むのだ。

【 お金の流れが変わった! 】
[1]" homeless money " に翻弄される世界
 これからの世界経済を考える上で、絶対に無視できない存在‥それが" homeless money "。
 " homeless money "とは、投資先を探して世界を彷徨う不要不急で無責任極まりないお金のこと。その額は、最盛期に約6,000兆円。Lehman Shock 直後の各国株式市場暴落で一時は半減したが、現在約4,000兆円にまで回復。
 この" homeless money "が初めて姿を現したのは今世紀に入ってから。この巨額な過剰流動性は、世界的な高齢化とモノ余りにより、需要が低迷しお金がモノに転換されなくなったのが主な要因だと見られる。
 " homeless money "の出所は大別して三つ‥。
【1つ】= OECD(経済協力開発機構)に加盟している国々の余剰資金[Norway、Sweden、加、豪、米、独、英 等 ]。これ等の国々は、高齢化が進み、年金・貯金・保険等の分野に余剰資金として滞留するが、金融緩和の結果、国内には満足いく return を期待出来る運用先がなくなった結果、当該資金が投資機会を求めて国外へ流出し" homeless money "に。
【2つ】= oil money。原油価格の高騰で中東産油国に積み上げられた多額資金。高利を求め海外の金融市場を跋扈。Russia money も同類。
【3つ】= 中国 money。中国の外貨準備高は今2兆7千億ドル〔≒220~230兆円〕に迫る。中国政府は、政府系 fund、中国投資有限公司を立ち上げ(2007年9月)海外での運用を開始。
 これ等" homeless money "は Wall Street の僅か600人程の fund manager が組織的に運用。言わば巨額な money game だ。彼等はお金が集まりそうな兆しを逸早く嗅取り誰よりも先に、即ち市場が過熱する前に資金を入れる。それで沢山鞘が抜ける。彼等はそれしか考えない。
[2]EU ― 帝国拡大から防衛への scenario
 高金利で" homeless money "を集め、一人当たりGDPが世界第4位になった Iceland は、Lehman Shock を境に一斉にそのお金を引き揚げられ、一晩で国家が事実上破綻。〔中略〕今も倍率をかけて来る hedge fund との戦いは容易でないことに変わりはない。〔中略〕
 Euro の健全性は、それを担保する仕組みをつくり本来の厳格な財政規律に立ち戻れば実現できる。そしてその時こそ EU は真の意味で信頼性の高い「国家」に昇格するだろう。〔後略〕
[3]新興国 ― 21世紀の世界経済の寵児
 今、〔中略〕世界の投資 money を集めているのが所謂新興諸国だ。〔中略〕
 21世紀に入ってから、世界のお金の流れがガラリと変わった。先進国の民間資金が直接、新興国の株式市場等に、即ち民から民に資金が流れる様になったのだ。
※※《 global 経済の irony ‥ 先進諸国経済低迷の本当の理由 ‥ 》※※ 成熟経済では金利を下げても資金供給しても、経済自体が資金を必要としていないから、それを吸収しない。〔中略〕大きな政府にして〔【小生注】例えば、子供手当の支給等により景気浮揚を試みて〕も、少子化する中で将来世代へのツケ送り借金を増やすだけだ。少子高齢化した先進国で、活性化した経済が持続することはない。〔中略〕
 勿論、Singaporeや豪州、米国の様に移民を梃子にする方法もあるが、長期的な社会構造への impact を考えると、それを唯一の解とするのは難しい。
 こうした状況を考えると、「日本の失われた20年を避ける」と意気込んでいる欧米各国の為政者達も、数年以内に現在進行中の「巨大政府+経済刺激策」が徒労に終わること、日本の二の舞に陥ること、を悟るだろう。
 失われた20年の間に、日本の金融資産が約700兆円から1,400兆円に迄膨らんだこと、しかも金利ゼロでも貯蓄、或いはそれと同等の金融資産を蓄積していたことを見逃してはならない。しかし、自国に留まっていては個人金融資産の増殖は難しく、個々人で見れば長い退職後の生活への準備が出来ていないことになる。特に日本型の年金は現役勤労世代が退職・高齢者を扶養するので、この model が崩壊することは間違いない。〔中略〕

【 21世紀の新 paradigm と日本 】
[1]macro 経済政策はもう効かない
 Lehman Shock 以降〔今や〕財政出動によって実体経済に影響を与えようとした Keynes 政策や、預金準備率の変更や公開市場操作で金利や money supply〔通貨供給量〕を control する金融政策の様な、前世紀につくられた macro 政策で経済を何とかしようとしても、もはや無理なのだ。
※※ macro 経済政策が効かなくなった3つの理由 ※※
【理由1】経済に国境がなくなった。世界の「 borderless 化」が原因だ。〔中略〕日銀が貸出金利を限りなくゼロに近づけても、企業はお金を借りない。そこで銀行は企業にお金を貸し出す代わりに国債を買って利鞘を稼ぐ。〔現在の〕米国も、まるで同じ様な状況だ。
【理由2】経済の cyber 化〔= computer やinternet の〕即ち、just in time の衝撃である。「cyber 経済」の発達により、産業界では just in time が当たり前になった。〔中略〕具体的には、通信がITに繋がり宅配便という system が一般化。これを使えば、最速24時間以内に、先進国のほぼ何処にでも荷物を届けることが出来る様になったのだ。
【理由3】経済の multiple〔倍数〕化だ。金融工学が発達したお蔭で手持ち資金に何倍も leverage〔梃子〕をかけた売買が可能になり、個人でも大きな相手と勝負が出来る様になった。〔中略〕1992年、George Soros(1930.08.12 -)は何10倍もの leverage をかけて pound を空売りし、一人で Bank of England を倒して大英帝国の威信を失墜させた。1997年には Julian Robertson が タイバーツを大量に売り浴びせてタイの中央銀行の金庫を空にし、それがきっかけで Asia 通貨危機が起こったのは記憶に新しい。Lehman Shock 後に起こった Euro の暴落も、鞘取り業者が大量の売り浴びせを行ったのが原因だった。〔後略〕
[2]市場が日本を見限る日
 日本はいつ現在の不況から脱却することが出来るのか。〔中略〕今の日本は bottom 水準にありこれ以上落ち込み様がないところに来ている。
 そして何より、日本には1,400兆円を超える個人金融資産がある。確かに国は900兆円もの国債を発行しているが、それを買っているのは、殆どが日本人だ。
 一方、米国は世界中に米国債を売り付けている。もし借金は返せませんなどと居直れば世界経済が大混乱に陥るから、そんな暴挙にはまず出られない。
 日本の場合は〔中略〕いざとなったら「徳政令」を出して借金を踏み倒しても日本人だけしか被害を受けないので、政府がその気になればいつでも出来る。そういう奥の手が残されていると、market は "少なくともこれまでは" 見ているのだ。そう考えると日本経済には、幸か不幸か、ある種の安定性があり、今後も「そこそこ」の状態が続いていくものと思われる。円が今の処強いのもその為だ。〔中略〕食料品にしても衣料にしても、安くていいものが簡単に手に入る。そういうものを提供する McDonald's、UNIQLO、二トリ、しまむらといった企業はみな好調だ。〔中略〕
 日本というのは、例え内向きであっても、ある程度は business が成り立つ巨大で安定した経済圏を持っている国なのだ。そしてそれは、deflation が20年続き、金融危機で収入が減っても暴動も起きず、いつかは良くなると黙って耐える国民によって支えられているのだ。
 この儘際限なく赤字国債の発行を続けると、格付け会社が日本国債の格付けを大きく引き下げる。〔中略〕
 そして格付けがもし double B以下になれば、それはもうjunk bond〔=屑の債権〕だから、海外の投資家が一斉に売り浴びせに走る。彼等の〔日本国債〕保有比率は6%と低いものの、決して無視出来る金額ではない。直ぐに日本国債は紙屑になるだろう。〔中略〕

 日本の政治を司る政権に〔民主党という〕大変なものを抱え込んでしまった。最優秀な政府をもってしても困難な状況にある日本が、想像を超える無能で幼稚な政府に hijack されている ― この様な認識を私達は持つ必要がある。

【 新興国市場と homeless money 活用戦略 】
[1]新興国で成功する為の発想
 新興国で成功を収めたいのなら、大きく分けて5つの攻略 point があることを、日本企業は理解しておいた方がいいだろう。
【第1】は官公需。つまり公共事業。道路・空港・港湾・dam等の infrastructure 整備に関しては〔中略〕〔日本が国内での実績もあり〕最も力を発揮し易い分野だと言える。中でも格別強いのが鉄道。〔中略〕例えばJR東日本の business model、これは間違いなく世界で売り物になる。〔中略〕電子 money → e commerce〔=電子商取引〕時代の技術を活用した日本独自の business model は「鉄道は儲からない」という世界の常識を覆した。私鉄も然り。私鉄は developer であると同時に、都会に slum をつくらない、という優れた役割を果たしている。〔中略〕日本では、郊外から都心に乗り入れる私鉄が、半径50kmの範囲に人々を分散させ〔都会の slum 化を防いだのである〕。
 次に原子力発電。〔中略〕現在、原子炉建設の技術を持っている会社は、米国のGEとWestinghouse Electric [WEC]、仏のアレヴァ(AREVA SA、Euronext: CEI )、そして日本の東芝・三菱重工・日立製作所だけ。しかもWEC は東芝の傘下。三菱重工は AREVA、日立はGE と組んでいる。〔後略〕
【第2】は法人需要。Service や maintenanceに難があった新興国対応も、最近は internet や GPS [= Global Positioning System] の活用で予防保全が格段に楽になった。例えば、コマツの bulldozer などは GPS で場所を把握しているから、盗難にあっても直ぐに位置を突き止め、遠隔操作で engine がかからない様に出来る。〔こうした system が〕新興国に人気が出ない筈がないのである。
【第3】は中間所得層向けconsumer〔消費者〕需要。〔中略〕UNIQLO や二トリの様に、冗長な business system を cut すれば、新興国でも十分価格競争力のある「安くて良いもの」を日本企業も提供出来ると私〔大前〕は思う。
【第4】と【第5】の低所得層向けconsumer 需要〔はvolumeの都合で省略〕。
[2]日本経済再成長の処方箋
【小生注】ここで大前氏は、「日本が「閉鎖国家」を抜け出して奇跡の反転を起こし、世界に冠たる global 国家へと向かう具体的な秘策を考えてみよう」と提案。そして次の様に主張する‥
「まず財政再建問題で避けて通れないのは税制。私〔大前〕に言わせれば、所得税率は上げるのではなく、むしろ下げるべき。〔中略〕理由は簡単で、正直に申告しようとする者が増えるから。〔中略〕
 そして金持ちからより多くの税金を採りたいなら、所得よりは資産にかけた方が良い。日本の本当の金持ちは給与所得者ではなく資産家だからである。
 個人の固定資産の総計は3,500兆円程度であるから、ここに毎年1%程度の税金をかければ35兆円の税収となる。〔中略〕これなら、持たざる者は税金を払わなくて済むし、余分な資産を持っている人はそれを売却するという選択をすれば良いだけだ。
 相続税の期限を区切って撤廃しても良い。米国は2001年から段階的に相続税率を下げ、2010年はゼロにした。2011年から再び35%に戻すという決まりである。Bush 大統領から Obama政権に対する、数少ない貴重な置き土産だ。若い世代に移った膨大な資産は景気刺激の貴重な要因になる」と。
 そして、氏はこう述べて本書を締め括っている。
「日本には1,400兆円もの個人金融資産が手つかずで眠っているのだ。こんな国は世界の何処にもない。国民の消費 mind が高まってこれが市場に出てくれば、景気は一気に回復する。
 また、強い円を使えば energy、食糧、鉱物、木材といった資源が bargain sale 状態で買えるし、世界最大の〔Russia の〕天然 gas 企業である Gazprom〔ガスプロム〕や、同じく世界最大の鉱山会社の BHP Billiton〔豪BHPと英Billiton[操業場所=南ア]が2001年ニ元上場会社[= dual-listed company, DLC]として事実上統合〕、穀物 major 大手の ConAgra Foods 等も今なら簡単に買収、または資本参加出来る。
 つまり、日本に関して言うなら、Lehman Shock 後の不況は決して pinch ではなく、むしろ chance としなければならないのである。〔中略〕
 日本人の特徴である「内向き、下向き、後ろ向き」の三拍子をかなぐり捨てて、「外向き、上向き、前向き」に私達は進んで行かなければならない。(了)
【小生comment】
 最近の政治は、残念乍らだらしないと言わざるを得ない。今の日本には本当の意味での「政治家」がいない。「衆愚政治」になってしまっている。
 この様にしてしまったのは、日本の選挙制度に問題があるのだが、だらしない政治家を選んだ国民に責任があると我々も反省しなければならない。
 この様な「衆愚政治」が行われても、何故 Egypt や Tunisia の様に国内が騒乱状態にならないかというと、国民が総じて物質的に豊かであるに他ならない。国が900兆円の借金を抱えても、個人金融資産は1,400兆円もある。だから我国でもかつての米騒動で時の寺内内閣が総辞職した時の様に切羽詰まっていないのである。
 この日本の財政と経済再生の問題については、次回の《会報》でもう少し考えてみたい。

■さて続いての話題は、去る01月28日上京した折りに渋谷東急百貨店に隣接した Bunkamura ザ・ミュージアムにて02月17日まで開催中である『モネとジヴェル二―の画家たち』を見て来ましたのでご報告致します。
 同展覧会の leaflet には次の様に説明されています。

 印象派の Claude Monet[1840-1926] は、1883年、42歳の頃より、Paris から約80km程北西に位置するセーヌ河沿いの小村ジヴェル二― [ Giverny ] に住み、近隣の風景を描いて名声を得てゆきました。当時の Giverny は、300人程が暮らす典型的な France の農村でしたが、セーヌ河とその流れが生み出した丘陵とが四季夫々に穏やかな光景を展開させていました。この村は勿論 Monet が描いた睡蓮、積み藁、ポプラ[ poplar ]並木等の作品によって世界に広く知られることとなったのですが、Monet の友人である Cezanne や Bonnard 達のみならず、1915年頃までには、日本の児島虎次郎を始め、19カ国を超す、300人以上もの芸術家がここを訪れています。
 格別、印象派の作品を早くから受け入れていた米国の画家達は訪問者の70%を占めていたばかりか、ここに住んで制作した画家の数も多いときには50人を超す程で、ここは宛ら artist の colony の観を呈していたのです。〔後略〕

[00z]Monet と Giverny の画家たち leaflet
00zmonet_giverny_leaflet

–––––––––––––––––––––––[01]Monet『Givernyの冬』1885年〔blogご参照〕
01monetgiverny1885

[04]Monet『Givernyの草原』1890年
04monetgiverny1890

–––––––––––––––––––––––[05]Monet『積み藁(日没)』1891年〔blogご参照〕
05monet1891

[10]Monet『睡蓮』1897-8年〔blogご参照〕
10monet18978

–––––––––––––––––––––––[11]Monet『睡蓮、水の光景』1907年〔blogご参照〕
11monet1907

[15]Monet『睡蓮の池』1900年〔blogご参照〕
15monet1900

–––––––––––––––––––––––[16]Bruce『Givernyの川』1888年〔blogご参照〕
16brucegiverny1888

[17]Bruce『水流、Giverny』1887年頃〔blogご参照〕
17brucegiverny1887

–––––––––––––––––––––––[21]Ritter[リッター]『柳と水流、Giverny』1887年〔blogご参照〕
21rittergiverny1887

[26]Robinson『Giverny』1888年頃〔blogご参照〕
26robinsongiverny1888

–––––––––––––––––––––––[36]Frieseke[フリージキー]『庭での朝食』1911年頃〔blogご参照〕
36frieseke1911

[37]Miller『水のある庭』1910年頃
37miller1910

–––––––––––––––––––––––[38]Ritman『早朝』1912-15年〔blogご参照〕
38ritman191215

[42]Mone『Givernyのt庭、バラの小道』1926年以降
42monegivernyt1926


【小生comment】
 皆さんに沢山の絵を見て頂きたいのですが、容量の関係から《会報》にはほんの僅かしか up 出来ません。悪しからずご了承ください。
 そして、ご興味ある方は、末尾添付の URLにて blog をご高覧頂けたら幸甚です。

【後記】
 今日も、萬葉集からニ首ご紹介してお別れしたいと思います。
 前《会報》で「梅の花」に関連した歌をご紹介しましたが、今回も前回同様で参ります。

 萬葉集 第五巻 822
 わが園(その)に梅の花散るひさかたの 天(あめ)より雪の流れ来るかも  大伴旅人
【原文】和何則能尓 宇米能波奈知流 比佐可多能 阿米欲里由吉能 那何列久流加母
【意】わが園に梅の花が散る 〔ひさかたの〕天から雪が流れて来たかの様に。
【解説】この歌は、天平02〔西暦730〕年正月13日〔新暦02月08日〕、太宰帥(そち)大伴旅人卿の邸宅に集まって宴会が開かれた。その宴で詠まれた歌32首が萬葉集に収められている。この旅人の歌に優るとも劣らぬ歌を山上憶良〔筑前守山上太夫〕が詠っている。
 萬葉集 第五巻 818
 春さればまづ咲く宿の梅の花 独り見つつや春日(はるひ)暮さむ  筑前守山上太夫(だいふ)
【原文】波流佐礼婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都都夜 波流比久良佐武
【意】春になると まず咲く家の 梅の花を 一人見乍ら春の日を暮らすことか
【解説】ひとり見つつ【や】春日暮さ【む】の解釈は二つに分かれる。
 「春の日を独りで見て過ごすなんてできようか!」
 「独りで眺めて春の日を過ごすことにしよう!」
 山上憶良がどの様な気持ちで読んだのかこの歌だけからでは分かり様がないが、小生は物事を肯定的に捉え「‥過ごすことにしよう!」を採りたい。

 では、また・・。(了)

2011年2月 6日 (日)

【時習26回3-7の会 0327】~「01月28日:深尾光洋講演会『日本経済の展望~財政再建は景気回復と両立できるか~』を聴いて」「01月14日:山種美術館『歴史を描く― 松園・靫彦・古径・青邨 ―』展を見て」

■今泉悟です。【2637の会】membersの皆さん、こんにちは。さぁ、今日も【時習26回3-7の会 0327】をお送りします。
 一昨日は、「立春」でした。拙宅にある紅白梅のうち、白梅のほうが開花が早く、もう三分咲きくらいになりました。〔添付写真ご参照〕
20110206

 思えば、先週まで寒さが大変厳しかったのですが、この処、陽光は春の到来を告げるが如く明るさを増して来ています。
 そこで今日も、引き続き萬葉集の傑作選から一首ご紹介します。

 萬葉集巻第三巻 328

   太宰少弐小野老(をののおゆ)朝臣の歌一首

 あをによし 奈良の都は咲く花の 薫(にほ)ふがごとく今盛りなり

【原文】青丹吉 寧楽乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有

【意】青丹(あおに=青い屋根と赤い柱で‥)も美しい奈良の都は、咲きかかる花の輝く様に、今、真っ盛りである。

【解説】薫ふが如く=ニホフは本来赤い色が外に発散する様をいう。「薫」の字を用いたのもその気持ちの表れであろう。「花」と言えば、奈良時代は白梅を言った。萬葉集には、本当にいい歌が沢山ある。日本人に生まれて良かったと実感。

■さぁ【2637の会】関連最初の話題は‥ と参りたい処ですが、生憎ありません。
 そこで今日は、先月下旬の01月28日、小生仕事で上京する機会があり、掲題・副題にある様に、深尾光洋氏の講演会『日本経済の展望~財政再建は景気回復と両立できるか~』を聴いて来ましたのでご紹介させて頂きます。氏は、慶應義塾大学商学部教授で公益社団法人日本経済研究センターの理事・研究顧問も務められている。

[深尾光洋教授]
Photo

 略歴を以下に記します。
【略歴】
1951年07月 岐阜市生まれ
1974年03月 京都大学工学部卒業 04月日本銀行入行
1978年09月 Michigan 大学経済学部博士課程入学
1981年05月 同大学PH.D取得
1983年08月 経済企画庁調査局
1996年05月 日本銀行調査統計局参事
1997年04月 慶應義塾大学商学部教授
1999年04月 日本経済センター主任研究員〔兼任〕
2005年06月 同 理事長〔兼任〕
2010年06月 同 理事・研究顧問〔兼任・現任〕

【Summary】
 日本経済は今、世界金融危機の深い落ち込みからは回復したが尚道半ばにある。
 また、1994年の超円高以降、日本経済はデフレが依然続いている。
 2001年以降は、政府の為替介入による円安誘導、米国の inflation の進展、中国の順調な経済成長、等により円安が定着し、Lehman Shock に至るまで輸出=外需依存の経済成長が続いた。
 日本の名目GDPは、今も1992年の水準〔 480兆円〕の儘にあるが、こうした日本経済が足踏み状態に陥った理由は何故かと言えば、以下5つ。

〔1〕足許での消費刺激策の打ち切り
〔2〕欧米経済の停滞
〔3〕為替円高の進展
〔4〕緊急金融経済対策も追加効果は期待薄
〔5〕デフレに伴う高めの実質金利

 以上の現状分析を踏まえ、今後の経済の見通しについて考えてみると ‥

 2011年の世界経済は、中・印は依然好調続くが若干減速する見通し。
 欧州経済の回復力は弱い。それは Euro圏の混乱が大きな懸念材料となっている。
その混乱の要因は、Euro圏周辺国の Euro導入後の景気過熱と物価上昇による Euro圏周辺国の競争力低下である。とくに Lehman Shock後の世界金融危機が重なりPIIGS諸国では賃金 cost 上昇により競争力低下と財政危機、延いては 銀行危機が発生。Euro圏諸国間で、国債金利に大きな Gap が発生。
 米国経済は、不動産価格の低下は止まったが回復力はまだ弱い。
 日本経済は、成長率は減速。 デフレも続く見通し。日本経済研究センターの(2010/12/13時点での)見通しでは、実質国内総支出は 2010年度 3.3%。2011年度1.3% 2012年度 2.0%といずれも低い成長率を予想している。「デフレが継続する」可能性も高いとみられる。
 労働力人口の減少や設備投資の低迷で、潜在成長率も大幅に低下するものとみられる一方、財政政策の risk は上昇しつつある。日本の一般政府債務の対GDP比率は2009年に 200%を超え、既に特出した世界で最悪の水準にある。
 そこで、「日本の財政危機」の可能性についてだが、日本は、純対外資産がGDP比 60%、うち外貨準備も同 20%ある債権国であり、日本の長期金利も1.2%前後で比較的安定している。
 しかし財政は大幅赤字で、将来、長期金利が上昇し始める懸念はある。
 すると、国債価格の下落から政府の金利負担が増大し、「日本の財政破綻への悪循環が繰り返される」という【 最悪の scenario 】が想定される。

【日本経済の悪化を食い止める為の政策手段】
 そこで、以下にその政策手段の幾つか述べてみたい。

【 金融政策 】
 ◆日銀による量的緩和を一層推進め、ゼロ金利を復活させるべき。但し、効果は限定的だろう。
 ※ 円安誘導は難しい〔 米欧の景気が良くないので、円押し下げは強い非難を浴びる 〕

【 財政政策 】
 ◆失業者に対して将来有望な部門に就職できる様な職業訓練を提供すべき
 →※ 人的資本形成する政策へ
  ※ 財政赤字による国債残高の急増が懸念材料だが、巨額な対外資産保有と経常黒字から直ぐに長期金利が上昇することはないだろう。
 ◆消費税の増税と社会保険料の削減は、ある程度の景気刺激効果を持つ
 →※ 消費税を段階的に引き上げ、その増収で年金保険料を引き下げる。
〔例〕2012年01月から消費税を7%、その後毎年2%ずつ引き上げ、2016年01月で15%にする。
 →※ 消費税増税による支出の前倒し効果、社会保険料 cut による雇用拡大効果が期待できる。
 ◆炭素税の段階的な導入と、その歳入を使った省エネ投資補助も有効な対策になる。

【その他の政策として〔1〕《ゲゼル税によるマイナス金利 》 】
 ◆デフレが悪化した時の最後の手段
  →※ 政府は「デフレが継続する限り〔デフレ率+α〕の税率で、政府が保証する金融資産全部に課税する」と宣言。「安全資産」での運用を不利にして、株式・不動産・外貨での運用を有利に → 株高・円安へ
 ◆政府が元本の価値を直接・間接に保証する金融資産残高に対して薄く課税する。
  →※ 国債・地方債・預金等が課税対象。政府保証のある金融資産から株式・社債・不動産・耐久消費財に資金をshiftさせ、銀行貸出や企業間信用を拡大させる
 ◆副作用対策も必要 : 低所得者に対する課税や国債を保有する金融機関での損失発生への対処。
  〔例〕一人当たり10万円の定額給付金〔費用13兆円〕‥ 銀行・生保に対する預金保険料、保険契約者保護機構拠出金を長期間免除する。

【その他の政策として〔2〕《 長期的な対応策 》】
 ◆High level の知的移民の受入れ。
 ◆5年程度仕事を持って平穏に居住すれば永住許可、帰化の道を与える。
 〔現在でも、10年程度就労していれば帰化は可能〕
  →※ Asia 諸国の言語と日本語に優れた人材の蓄積は日本を Asiaの Business Center にする為に最適。

                           以上

〔 上記講演詳細は添付資料『深尾光洋/日本経済の展望 20110128』を参照下さい 〕
     ↓↓↓↓↓
 「kouyou_fukao_nippon_keizai_no_tenbou_110128.docx」をダウンロード

【小生comment】
 深尾教授は、日本経済の現状を歴史的検証から入り、財政再建と景気回復策の両立について講演してくれた。氏曰く‥
「今後3~5年位は、日本の財政破綻はないだろう。したがって、その時間的余裕を活用して、金融政策ではゼロ金利の復活を、財政政策では失業者の就労支援策と消費税を5年間で2%ずつ10%の段階的引上げと社会保険料の削減を実施。これにより景気刺激は可能。炭素税の段階的導入と、その歳入を活用した省エネ投資も有効。
 更に、デフレが深刻化した場合は〔デフレ率を上回る税金を国債・預金等の安全金融資産に課税し、株式・不動産への投資を促進させる〕という『ゲゼル税』導入を提案」。
 消費税の段階的引上げと社会保険料の削減で如何程の景気刺激効果があるか小生には分からない。が、「無策でいるよりはずっとまし」である。
 氏をはじめ日本の政治経済の識者等が一日でも早くより「まし」な政策を打ち出し、可及的速やかに実行に移して貰いたい。日本に残された時間ももう余りないのだ。

■続いては、掲題・副題の二つ目「01月14日:山種美術館『歴史を描く― 松園・靫彦・古径・青邨 ―』展を見て」である。
 小生、先月は01月14日にも仕事で上京する機会があり、その仕事終了後、広尾にある山種美術館を訪れた。02月17日まで開催中の同美術館所蔵品展〔一部を除く〕である。出店総数は50品近くあった。
 今日は、その展示作品と同美術館所蔵品の中から、傑作の幾つかをご紹介させて頂きます。
 上村松園の作品は8点展示されていた。11月に京都国立近代美術館で彼女の作品展を見たばかりであるが、名作はいつ何回見てもいいものだ。
 添付した伊東深水、片岡球子の作品も素晴らしい。

[01]上村松園『蛍』1913年
011913

––––––––––––––––––––––––[02]岸田劉生『道路と土手と塀』〔重文〕1915年〔blog参照〕
021915

[03]竹内西鳳『斑猫』〔重文〕1924年〔blog参照〕
031924

––––––––––––––––––––––––[04]速水御舟『炎舞』〔重文〕1925年〔blog参照〕
041925

[05]和田英作『黄衣の少女』1931年〔blog参照〕
051931

––––––––––––––––––––––––[06]速水御舟『春池温』1933年〔blog参照〕
061933

[07]速水御舟『牡丹花(黒牡丹)』1934年〔blog参照〕
071934

––––––––––––––––––––––––[08]上村松園『春芳』1940年〔blog参照〕
081940

[09]上村松園『庭の雪』1948年
091948

––––––––––––––––––––––––[10]野島青茲『麗衣』1962年〔blog参照〕
101962

[11]伊東深水『吉野太夫』1966年
111966

––––––––––––––––––––––––[12]奥村土牛『醍醐』1972年〔blog参照〕
121972

[13]小倉遊亀『咲き定まる』1974年〔blog参照〕
131974

––––––––––––––––––––––––[14]片岡球子『鳥文斎栄之』1976年
141976


【後記】今日のお別れは、小生の好きな俳人、富安風生(1885(明治18).04.16-1979(昭和54).02.22)が『春』を詠んだ俳句を幾つかお届けします。
 富安風生は、《会報》で何度もご紹介していますが、我が母校時習館高校の美術科教師であった冨安昌也先生の大叔父〔=お祖父さんの末弟〕。
 余談ですが、名字の「トミヤス」は戸籍上は「ワ冠の冨」で「冨安」と書く。〔冨安昌也先生に近しい人が同先生から伺ったところ〕「大叔父の風生はその辺は鷹揚 ‥ 」とのことで「ウ冠の富」の「富安」が一般には通っている。
 更に余談ですが、小生の名字「今泉」の「今」は、先月初めまで戸籍上「人〔ひとやね〕」にカタカナの「テ」であった。この字は市役所の市民課に尋ねたら「『俗字』なので「テ」から「ラ」の本来の「今」に直ぐ変更できる」と回答を貰ったので、即日変更手続きをとり本来の「今」に変更しました。
 細かい話ですが、小生、以前から姓名判断で「画数が一つ」違って来るので気にしていたのです。(笑)
 20年余り前の埼玉県狭山市に在住の時、従来の「ラ」から「テ」の「今」に職権で変えられてからずっと気にしていたのですが、思いのほか簡単に変更出来たのは嬉しかったです。職権で変えられた時、当時の狭山市役所に尋ねたら「人〔ひとやね〕の下にある「テ」を「ラ」に変更出は来ない」と断られた。それから20年余りが経ち役所の考え方も変わった様だ。隔世の感を禁じ得ない。(笑)
 さて、前置きが長くなりました。
 富安風生の俳句をどうぞ‥

  菜の花といふ平凡を愛しけり
  みちのくの伊達の郡(こおり)の春田かな
  まさをなる空よりしだれざくらかな〔昭和12年作〕

 「みちのくの‥」の句について、作者の富安風生自身は「自選自解 富安風生句集〔昭和44年11月版〕」の中で次の様に述べている。

 自選自解二百余句の選択は随意であるが、名の通った句には触れてほしいという白凰社主の注文である。となると、この句などあげない訳にはゆかなくなるが、この句解には少々悩まされる。
『草の花』には昭和7年で出ているが、この句の懐胎は前年北海道出張の帰途、裏磐梯遊前後の車中の筈である。車中のどこで? とよく訊かれるが、その点全く覚えがない。俳句手帖全部を調べればわかることだろうが――
”みちのく””伊達の郡”は美しい語感だけでなく、長い間、詩歌文学殊に戯曲等で広く一般に愛され親しまれ、ひろく大きい連想の世界を背負っている。その連想を出来るだけひろくあらせる為に、この句のゴタつかない棒の様な句法は適当していた。春田は現前の事実であると同時に作者の主観で潤わされておる。一句の調べが流暢で耳に快感を与える。切字の定石もこの場合賢明だった‥‥それ等の事情が多くの人を喜ばせるのでもあろうか――〔昭和06年作『草の花』所載〕

 以上の三句は、いずれの句も「春の情景」と作者の「春を思う抒情」が綯い交ぜになって心地良い風情を我々に与えてくれる。
 更に、次の句は「詠んだ通り」の感覚 ‥ 『想い出』が春の夕焼より美しい ‥ 何故か口遊(ずさ)むだけで気分が和む、傑作だと思う。

  想ふこと春夕焼より美しく

 小生も「想ふこと‥」の句に触発されて一句‥

  君を想ひ春光を背に温もりぬ  悟空

 毎度のことですが、お粗末様 ‥。〔笑〕

 では、また‥。(了)

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