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2011年7月の5件の記事

2011年7月29日 (金)

【時習26回3-7の会 0352】~「《クラス会》出欠表明状況(07月29日現在)」「07月18日:京都、洛北・洛西の5つの寺院を巡って」

■皆さん、「大暑」の中、如何お過ごしですか。
 今泉悟です。今日も【2637の会】《会報》【0352】号をお送りします。
 さて今日も先週に引き続き、「2011年【2637の会】《クラス会》出欠表明状況(07月29日現在)」をお伝えします。
 前《会報》を23日に配信しましたら、翌日24日に3名の【2637の会】classmatesから mail が届きました。
 それから、これは幹事としての失態ですが、伊東M弘君から07月01日の日に「参加」表明を頂戴していたのにも拘らず、気付かなかった為、彼が27日に再送信してくれました。

伊東君へ
 大変ご免なさい。そして「参加」表明有難うございます。
 08月13日は楽しいひとときを過ごしましょう。
 因みに、07月27日は、昨年04月21日〔《会報》【0287】参照〕に引き続き「新東名高速道路・現地視察会」でご一緒しましたね。
 この「視察会」の模様は、次号《会報》にてご紹介させて頂こうと思います。

 早速ご紹介させて頂きます。順番は mail の着信順です。

 まず最初は伊東君から‥。
【伊東M弘君】Sent: Friday, July 01, 2011
Subject: クラス会の件

8月13日のクラス会の件
出席させて頂く予定です。

毎日忙しくしていますが、特に身体に異常はなく元気にしています。
皆様とお会いできるのを楽しみにしております。
今泉君には頻繁に豊富な内容の案内を頂戴し、感謝申し上げます。
                          伊東 M弘

  *  *  *

 続いて配信日の翌日07月24日、横田君から mail を頂戴しました。有難う!
 以下に彼からの返信 mail をご紹介させて頂きます。

【横田Y成君】Sent: Sunday, July 24, 2011
Subject: クラス会の出欠の件
拝啓
いつもメールをありがとうございます。
今年も、大変申し訳ありませんが欠席とさせて下さい。
以上 皆様によろしくお伝えくださいませ。

横田君へ
 Mailを有難う! 【2637の会】《クラス会》は不肖今泉が元気な限り毎年原則2回開催していく所存です。
 貴君が「出席しようかな!」と思った時、気軽に参加して下さい。

 続いて、井上規生君から mail と「出席表明」を頂戴しました。井上君、有難う!
 以下に井上君からの mail をご紹介させて頂きます。

【井上N生君】
Sent: Sunday, July 24, 2011
井上です。
昨年は参加できませんでしたが、今年は参加する予定です。
場所と時間はどうでしたでしょうか。
お知らせください。

井上君へ
 Mail 有難う。「出席」表明、ホント有難う!
 2年ぶりの再会を楽しみにしています。
 楽しいひとときを過ごしましょう。
【今泉注】※ 井上君から《クラス会》の会場と開始時間の確認がありましたのでお伝えします。
〔日時〕2011年08月13日(土)18時00分~
〔場所〕「トライアゲイン」
 豊橋市駅前大通2-33-1 開発ビル地下1階
 ℡0532-55-0255

 そして、もう一人、鈴木Y次君から「出席」表明の mail を頂戴しました。Y次君、有難う!
 以下に彼からの mail をご紹介します。

【鈴木Y次君】Sent: Sunday, July 24, 2011
To: 今泉悟
Subject: クラス会出席します。

今泉様

今晩は、鈴木Y次です。
8/13のクラス会、出席します。
連絡大変遅くなり申し訳ありませんでした。
友人との旅行の計画があったのですが、
会社の長期連休(盆休み)を利用した、設備メンテ立会いの為の出勤が決まり、
旅行は中止になりました。
おかげで13日の夜は皆様のお顔を拝見できることになりました。
昨秋デビューして以来2回目のステージよろしくお願いします。

Y次君へ
 Mail 連絡有難う! そして「出席」表明、重ねてお礼申し上げます。
 旅行中止は残念でしたが、【2637の会】で、行けなくなった旅行以上に楽しみましょう!
 昨秋以来の再会ですね。楽しみにしています。

 現状、これで累計12名の皆さんから mail を頂戴し、6名の方々から「出席(確定前を含む)」表明を頂戴しています。
 ※ mail で出欠を連絡下さった方々は次の方々です。(07月29日現在)
 【出席】千賀、菰田、井上、鈴木(Y)、伊東、今泉
 【欠席】白井、守田、二橋、山中、渡辺、下浦、横田
 〔以上、mail 到着順、敬称略〕
 ご協力下さった皆さん、有難う!
 Mail address をお持ちでない classmates の皆さん宛の往復葉書(13名分)は、遅くなりましたが、今(29)日に出状させて頂きました。
 ご案内を mail 配信させて頂いた【2637の会】members の皆さんへの重ねてのお願いです。
 出欠のお返事を mail にて返信頂き度お願い申し上げます。
 お返事を頂戴していない皆さん宛にまた個別に確認 mail を差し上げたいと思います。

■さて、続いての話題です。今日は、先週に引き続き中嶋Y行君との京都旅行の二日目〔18日〕の模様をお伝えしたいと思います。
 まず二日目の行程から‥。

【18(月祝)】
06:00 起床
06:30 朝食〔06:30~10:00:37階 restaurant New York "Viking(和・洋選択)"〕
08:00 大津ブリンス発
09:05 大徳寺駐車場〔車25台@100円/30分〕
09:15 大徳寺高桐院〔拝観@400円〕
09:50 高桐院発
10:20 龍安寺着〔拝観@500円/駐車100台@1時間無料〕
10:55 龍安寺発
11:07 仁和寺前〔駐車500円(時間無制限)〕
11:10~11:50 仁和寺〔境内を散策:仁王門、国宝・金堂、五重塔〕
11:40 仁和寺発
   ※ 南東へ約700m徒歩にて妙心寺北総門へ向かう。
11:50 妙心寺北総門から更に徒歩で南へ400~500m歩く
11:57 妙心寺退蔵院着〔拝観:@500円/駐車料金無料〕~元信の庭園、瓢鮎図~
12:20 妙心寺発
   ※ 再び徒歩で仁和寺の駐車場迄歩く
12:40 仁和寺駐車場発
13:05 広隆寺着〔拝観@700円/駐車料金無料〕~国宝・弥勒菩薩~
13:30 広隆寺発〔→帰途へ、刈谷SAにて小休止、夕食をして〕
17:30 中嶋宅着
18:00 拙宅着

【小生comment】
 二日目は大津プリンスホテルを出発した頃から雲行きが怪しくなり、大徳寺に着いた頃には雨となった。
 前日の天候と違い雨天なのだが、湿気が多くとにかく暑かった。
 車の中はエアコンが効いて涼しいのだが、車から出て歩くと直ぐに汗が噴き出て来るのには閉口した。
 右京区にある龍安寺・仁和寺・妙心寺周辺は、37年前、中嶋君が大学教養部時代に下宿していた場所である。
 龍安寺の鏡容池の周りを散策している辺りから中嶋君が俄然雄弁になった。
 昔日の青春時代、勉学に勤しんだ頃の懐かしい思い出が、彼の脳裏を走馬灯の様に駆け巡っているのを感じ取ることが出来た。
 彼曰く、「昔、よくここを散歩したよ。石庭は数回しか見ていないが、寺の境内は週に何回も散歩したんだ」。
 仁和寺から妙心寺へ向かう道すがらでは、狭い路地を横切った際、また曰く、「確かここを曲がるとクリーニング屋があったんだが‥。あーっ、まだあるよー!」。
 妙心寺は46もの塔頭がある大寺院だが、北総門から南総門に程近い退蔵院迄の境内数百米を歩き乍ら曰く、「バイトで家庭教師していた時、いつもここを歩いたんだ。でも退蔵院に入ったことはなかったなぁ」。
 37年前、小生も彼の下宿に一週間以上泊めて貰った時の懐かしい想い出の断片が頭の中を去来した。
 小生にとっても、龍安寺・仁和寺・妙心寺いずれも37年ぶりの再訪である。実に懐しかった。

 以下に、訪れた5つの寺院・塔頭についてご紹介したい。

【大徳寺・高桐院】
 大徳寺の塔頭の一つである「高桐院」は、小生これで4回目の訪問となる。最初がやはり37年前の昭和49年06月。
 大徳寺の塔頭の中でも『大仙院』が、高校の日本史でも必ず出て来る代表的な枯山水庭園の名所である。
 が、小生個人的には高桐院の方が好きである。玄関への長い石畳の参道や客殿(本堂)から望む庭園が、初夏には新緑の、晩秋には真っ赤に紅葉した楓に彩られて本当に美しい。
 当院は、細川藤孝(幽斎)の長男忠興(三斎)により1601(慶長06)年に建立。庭の一角には三斎とガラシャ夫人の墓所〔石灯籠〕がある。
 ガラシャ夫人と言えば、細川護煕氏が首相辞任の際、引用したことでも有名な辞世の歌がある。

 散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ
          細川ガラシャ〔享年38歳〕

[01]高桐院参道にて中嶋君
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––––––––––––––––––––––02]本堂から庭園を望む
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[03]細川忠興(三斎)&ガラシャ夫人の墓〔石灯籠〕
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【龍安寺】〔臨済宗・妙心寺派〕

[04]龍安寺の石庭
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––––––––––––––––––––––––[05]龍安寺の石庭を back に
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 次に向かったのは龍安寺。ここは、史跡・特別名勝「方丈庭園、所謂『龍安寺の石庭』」が著名。幅22m、奥行10mの敷地に帚(ほうき)目を付けた白砂に15個の石を5箇所に配置した simple な庭園。作庭年代、表現意図共に定かでないが、室町時代末期に優れた禅僧の作庭と伝えられる。
 ここで「龍安寺」という前書のある名句を一句ご紹介する。
 寺院の大庇(おおひさし)と蝶の「大・小」、大庇の高みから庭へ舞い降りて来る蝶の「上(→)下」移動、方丈の大庇と舞う蝶の「静・動」。これ等の contrast が秀逸である。
 実に絵画的な作品である。添付した「龍安寺の石庭」を見乍ら、大庇から石庭へ舞い降りて来る蝶を想像してみて下さい‥「ほらっ、そこに蝶々が‥」。

 方丈の大庇より春の蝶  高野素十

【仁和寺】〔真言宗・御室(おむろ)派総本山〕
 『仁和寺』と言えば、まず思い出すのが高校時代の古文の時間。吉田兼好の徒然草第52段「仁和寺にある法師」である〔勿論、仁和寺に居た僧侶が出かけた先は『石清水八幡宮』であるが‥(笑)〕。

 そして次に思い浮かべるのは、『宇多天皇(867-931(在位:886-897)年)』。
 仁和寺の創建は888年で、開基が宇多天皇。宇多天皇は、一度臣籍降下したが藤原基経の計らいで天皇となった。『阿衡(あこう)事件※』で勅書を改作させられた関白藤原基経が死去した891年以降、宇多天皇が親政した寛平年間(889-898年)の政治を理想化し『寛平(かんぴょう)の治』と呼ぶ。基経の死後、宇多天皇は菅原道真を重用。894年道真が遣唐使廃止したことは有名。
 ※『阿衡事件』とは、宇多天皇即位後、藤原基経を関白とした時の勅書に「宜以阿衡之任為卿之任」とあったので、基経は、「阿衡は地位だけで職務がない」と言いがかりをつけ、天皇が勅書を改作させられた事件。
 「金堂」は、1613(慶長18)年建立された旧皇居の正殿・紫宸殿を寛永年間(1624-44年)に移築・改造したもので、近世の寝殿造遺構として重要。

[06]国宝・金堂
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––––––––––––––––––––––––[07]中門にて仁王門を back に
07_back

【妙心寺・退蔵院】
 この塔頭は、応永11(1404)年創建。足利4代将軍義持の命で如拙(じょせつ)が描いた水墨画、国宝『瓢鮎(ひょうねん)図』(1415年以前の作)が著名。
「瓢箪で鮎(なまず)」を押さえるという禅の「公案」を描く。因みに、ナマズは、今は「鯰」と書くがこれは国字。中国由来は「鮎」を使う。
 退蔵院には、画聖「狩野元信」作庭の方丈庭園(枯山水庭園)と、昭和40年に中野金作作庭の池泉式庭園「余香苑」があるが、いずれも典雅で見る者を魅了する。

[08]国宝『瓢鮎(ひょうねん)図』
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–––––––––––––––––––––––[09]妙心寺・退蔵院の前にて
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【広隆寺】
 小生、前々から日本の国宝第1号の廣隆寺の弥勒菩薩を見てみたかったのである。制作時期は7世紀とされるが、制作地は日本、朝鮮渡来等、定まっていない。
 念願叶って初めて拝顔したが、実に美しい半跏思惟像〔=左脚を垂れ、右脚を屈げ左の膝頭に乗せて腰をかけ、右手を頬の辺りに挙げて思考に耽る姿〕である。
 以前、法隆寺の中宮寺・弥勒菩薩は見たことがある。さて、皆さんはどちらの弥勒菩薩の fan ですか? 小生は『‥ヒ・ミ・ツ‥』です。(笑)
 車で行って初めて判ったことだが、広隆寺は、正に太秦の映画村の隣りに立地する。

[10]広隆寺・弥勒菩薩
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–––––––––––––––––––––––[11]広隆寺と中宮寺の弥勒菩薩
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【後記】
 お別れに、07月25日、夏の高校野球選手権愛知県大会4回戦で、2年連続優勝校中京大中京に3-2で逆転勝ちした時習館高校野球部9の勝利の瞬間の写真をお届けしたいと思います。

[12]中京大中京に3-2で逆転勝ちした時習館高校野球部9
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 痛快ですね!
 ところが二日後の27日、5回戦が行われ、残念乍ら時習館高校は吉良高校に 2-9 で敗れてしまいました。
 では、また‥。(了)

2011年7月23日 (土)

【時習26回3-7の会 0351】~「《クラス会》出欠表明状況(07月23日現在)」「07月17日:[01]京都市美術館『フェルメールからの love letter 展』を見て [02]『南禅寺』の方丈・三門と二つの塔頭を巡って [03]『鈴木章 Nobel 化学賞受賞記念講演』を聴いて」

■皆さん、台風06号の影響はありましたか。
 今泉悟です。今日も【2637の会】《会報》【0351】号をお送りします。
 さて今日も先週に引き続き、「2011年【2637の会】《クラス会》出欠表明状況(07月23日現在)」をお伝えします。
 前回の《会報》配信後の07月21日、菰田君から mail を頂戴しました。菰田君有難う!

 菰田君からは《クラス会》「出席できる見通しがついた」旨の mail を頂戴しました。

 菰田君へ‥。
 Mailを有難う! 「出席できる見通しがついた」とのこと。是非日程調整して参加して下さい。
 そして、楽しいひとときを過ごしましょう!
 以下に菰田君からの mail をご紹介します。

【菰田K己君】
 Sent: Thursday, July 21, 2011
 菰田です。
 なかなか連絡できず申し訳けありません。
 クラス会についてなんとか参加できる見通しがつきました。
 ただまだ確定ではないので再度はっきりしたら連絡します。
 ブラジルに出張の可能性が残っています。よろしくです。

 現状、これで累計8名の皆さんから mail を頂戴しています。ご協力下さった皆さん、有難う!
 Mail address をお持ちでない classmates の皆さん宛の往復葉書は明日24日に出状の予定です。
 《会報》mail を配信している皆さんからは「mail での返信」をお願いします。
 まだ mail を頂戴していない皆さんに暫くしたらまた個別に mail を差し上げたいと思います。
 皆さん、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。

■さて、今日最初の話題です。実は、小生一週間前の07月17日(日)~18(祝月)の二日間、中嶋良行君(旧【3-2】)と京都に行って来ました。
 今日は、そのうち初日17日の模様をお伝えしたいと思います。

 実は小生、縁あって『鈴木章先生ノーベル化学賞受賞記念講演会』の ticket を2枚入手しました。
 そこで当初は家人を誘い日帰りするつもりでした。
 ところが同日に、時習館高校soccer部3年生部員&家族のbarbecue party 開催が決まった途端、「息子と barbecue の方に出るワ! 京都だったら、(京都に詳しい)中嶋さんを誘ってみたらどう?」と言う返事‥。
 で、その旨を中嶋君に相談した処、「両日は空いているからいいよ」と了解を頂き決行となったのでした。
 その時中嶋君から「丁度いい。京都方面なら、次回の『時習26回卒業40周年記念旅行』の route & 宿泊候補探しとしよう!」と逆提言を受け一泊二日の旅行になったという次第。

 今日は、旅行初日の模様を行程と共に以下に記します。ご高覧下さい。

【旅行第一日目17(日)】
05:00 拙宅発
05:25 中嶋宅着
05:30 中嶋宅発
 〔東名高速・音羽蒲郡IC→伊勢湾岸・第二名神〔土山SA:小休止20分〕・名神・京都東IC〕
08:35 京都・岡崎公園地下駐車場着
08:40 京都市美術館着〔フェルメールからの love letter 展、拝観@1,500円〕
09:35 京都美術館発〔徒歩800mにて東山南禅寺へ〕
   【南禅寺と同寺塔頭】
09:50 金地院着〔拝観:@400円、方丈(本堂)・庭園(特別名勝「鶴亀の庭」)・東照宮拝観〕
10:40 南禅院着〔拝観:@300円、庭園〕& 琵琶湖疎水『水路閣』を観る
10:58 南禅寺・方丈着〔拝観:@500円、方丈・法堂・方丈庭園〕
11:25 南禅寺・三門着〔拝観:@500円、楼閣に登り京都市内遠望〕
  ※ 南禅寺だけで、拝観料は4件@1,700円となる‥「ウ~ム、高い!」(笑)
11:35 南禅寺発 徒歩で岡崎公園近くにある「グルメ・ナビで調べたラーメン店『一番星』」へ
11:55 昼食〔チャーシューメン大盛 @750円〕
  ※ soup が美味だった
12:45 昼食後、車で講演会会場の京都大学百周年時計台記念館近くにある京大病院の喫茶cornerにて時間調整
14:10 京都大学百周年時計台記念館着
14:30~16:30 鈴木章北大名誉教授記念講演「ノーベル化学賞を受賞して」を受講
16:45 講演終了後、駐車場の京大病院へ、そして宿泊場所の大津プリンスホテルへ
17:53 大津ブリンスホテル着、そして check in
  ※ 夕食をとった和食 restaurant「清水(36階)」や、spirits を嗜んだ「sky lounge "The top of Otsu"(38階)」は眺望も絶景で良かった。
00:30 就寝
【小生comment】
 とにかく暑かった。17日京都の最高気温は35.7度Cを記録。
 京都市美術館や京大病院、京大講堂(記念館)の中は冷房が効き涼しかったが、美術館→南禅寺→岡崎公園地下駐車場、京大病院と京大講堂の往復の「徒歩」は無茶苦茶暑くて堪らなかった。(笑)
 大津プリンスホテルは、琵琶湖の眺望も素晴らしく食事も良かった。
 しかし、この hotel には大浴場がない。
 卒業記念旅行参加者は、相部屋で宿泊するので、各個室の風呂を順番に使用することとなり不便である。
 同窓会用の宿泊場所としては不適格であるとの結論に達した。

■[1]【京都市美術館『フェルメールからの love letter展』を見て】
 まず最初に我々が向かったのが、京都市美術館にて06月25日~10月16日迄開催中の『フェルメールからの love letter展』。

[00]京都市美術館前にて
00_vermmer_love_letter_poster

 今回は、フェルメール(Johannes Vermeer,1632-1675年)の作品3点が珠玉である。
〔以下添付写真[01][02][03]参照〕
 中でも[01]『手紙を読む青衣の女』は2010-11年に修復後初めて公開されたものである。

[01]Vermeer『手紙を読む青衣の女』1663-64年
01vermeer

––––––––––––––––––––––––[02]Vermeer『手紙を書く女』1665年頃
02vermeer

[03]Vermeer『手紙を書く女と召使い1670年頃
03vermeer

 小生、これ迄に4回に亘り11(延べ12)点の Vermeer の作品を見ている。〔以下[04]~[12]参照〕
 尚、今回展示作品[03]『手紙を書く女と召使』は、[10]と同じ。2年半で再び日本で見られたことは幸いである。
 全世界に現存する作品が三十数点しかないと言われる Vermeer 作品の三分の一近くを、遡ること僅か4年間に国内に居乍らにして見られる幸せを実感し、そういう力ある国である祖国日本に感謝する。

[04]Vermeer『ミルクを注ぐ女』1658-60年‥2007.09.26-12.17.国立新美術館《会報》【0139(3-3)】
04vermeer165860

––––––––––––––––[05]Vermeer『マルタとマリアの家のキリスト』1655年頃‥2008年08.02-12.14.東京都美術館《会報》【0210】に掲載
05vermeer1655

[06]Vermeer『ディアナとニンフ達』1655-56年頃
06vermeer165556

––––––––––––––––––––––––[07]Vermeer『小路』1658-60年頃
07vermeer165860

[08]Vermeer『ワイングラスを持つ娘』1659-60年頃
08vermeer165960

––––––––––––––––––––––––[09]Vermeer『リュートを調弦する女』1663-65年頃
09vermeer166365

[10]Vermeer『手紙を書く婦人と召使い』1670年頃
10vermeer1670

––––––––––––––––––––––––[11]Vermeer『ヴァージナルの前に座る若い女』1670年頃
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[12]Vermeer『地理学者』1669年‥2011年06.11-08.28《会報》【0347】に掲載
12vermeer1669

■[2]【『南禅寺』の塔頭『金地院&南禅院』、南禅寺『方丈&三門』を巡って】
 09時半過ぎに京都市美術館を後にした我等が次に向かったのが、美術館の東方約800mの所にある『南禅寺』である。
 小生にとっては、昭和49年以来37年ぶりの再訪であった。当時は、夕暮れ近くでおカネもなかったので境内の中を歩いただけだった。
 『南禅寺』は、臨済宗南禅寺派大本山の寺院で、寺格は京都五山(1.天龍寺2.相国寺3.建仁寺4.東福寺5.萬壽寺)及び鎌倉五山(1.建長寺2.圓覚寺3.壽福寺4.浄智寺5.浄妙寺)の別格上位とされる。
 開基:亀山法皇。開山:大明国師。1291年創建。
【小生comment】
 美術館から南禅寺迄徒歩にしたのは、駐車場に駐車出来るか不安だったがらであるがこの日に限っては杞憂だった。
 駐車場がガラ空きなのである。南禅院の受付で訊いて見て合点が行った。実は、この(17)日は「祇園祭の山鉾巡行」だったのである。

【金地院】
 南禅寺関連で最初に訪ねたのは『金地院』。
 応永年間(1394-1428年)に室町幕府4代将軍足利義持が開基、大業徳基を開山として洛北・鷹ヶ峯に創建。1611(慶長16)年、「黒衣の宰相」と言われた、徳川家康の brain 以心(金地院)崇伝(1559-1633.02.28)によって現在地に移転され、今日に至る。
 ここの「鶴亀の庭」は、崇伝が徳川家光の為に作らせた。小堀遠州が作庭(遠州作の確証資料がある唯一の庭園として有名)。
 桃山時代の風格を備えた江戸初期の代表的枯山水庭園。この庭園は、現在日本で36箇所指定されている「特別名勝」の一つに数えられている。
[13]『金地院』の入口前にて
1320110717

––––––––––––––––––––––––[14]金地院『鶴亀の庭』
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【南禅院】
 次に向かったのが『南禅院』。ここが「南禅寺」の発祥の地。「南禅院庭園」は、夢窓国師の作庭と伝えられる。
[15]南禅院庭園
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【琵琶湖疏水『水路閣』】
 赤煉瓦の arch を思わせる疏水の道。明治初年、逢坂山と東山に穴を開け琵琶湖の水を京都に引き入れた水の道である。
 歴史を感じさせ、趣があっていい。
[16]琵琶湖疏水『水路閣』
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【南禅寺『方丈庭園』】
 禅院式枯山水庭園で、小堀遠州作庭と言われ、巨石の姿から「虎の児渡し」と呼ばれる。借景の山並みとよく調和して品格もある。
[17]南禅寺『方丈庭園』
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【南禅寺『三門』】
 この三門は、1628(寛永05)年、藤堂高虎が大坂夏の陣の戦没者慰霊の為寄進建立したもの。
 歌舞伎『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』で、石川五右衛門が楼上から「絶景かな、絶景かな、春の詠(なが)めは価(あたい)千金とは小さな例え、この五右衛門の目からは万両‥」と口上を述べる舞台として著名な楼門である。
 急な階段を登るとそこが楼上、京都市街を遠望出来る。
 青い目の若い外人青年が流暢な日本語で「お二人の写真撮りましょうか?」と言ってくれて撮って貰ったのが以下の two shot。
[18]三門より京都市内遠望を back に‥
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 続いて‥、Internet で調べたラーメン屋で昼食をとった後、岡崎公園地下駐車場に戻り、車に乗り京大病院へ。
 ここの喫茶 corner で coffee break した後、会場である京都大学百周年時計台記念館まで炎暑の中を徒歩で向かった。実に暑かった。(笑)

■[3]【『鈴木章 Nobel 化学賞受賞記念講演』を聴いて】
[19]鈴木章Nobel化学賞受賞記念講演会 poster
19nobel_poster

––––––––––––––––––––––––[20]百周年時計台記念館前にて〔blog参照〕
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 鈴木先生の講演内容の概略を記すと大凡以下の通り。

〔1〕最初は、鈴木先生が Nobel 賞を受賞する迄の経緯と、Stockholm での受賞式典の模様等を説明された。
〔2〕講演の main は、鈴木先生が受賞された「Suzuki coupling」の中身について、ご本人は「ごく簡単に説明する」と仰っていたのだが、門外漢の小生にはチンプンカンプンであったが‥。
 素人の浅薄な理解でごく簡単に『鈴木coupling』について言うと‥、
 それまで反応が遅く生成率も低かった有機ホウ素化合物を「鈴木coupling」反応によって、大幅に反応速度の迅速化と生成率向上が実現した。これにより多くの天然物合成に応用され、血液降下薬や農薬の製造に採用されているという。
 因みに、鈴木先生の「鈴木反応」は特許を取っていないという。‥であるから、先生の研究成果が、世界中で研究・実用化され高い評価を得られたとも言える。
〔3〕最後の30分の質疑応答の時間で、先生はとくに聴講に来た若人へ向けてこう述べられた。

 日本の歴史は2000年を超えている。
 私は80歳だけれど、君らとの50歳の違いは日本の歴史から見ればほんの僅かな時間でしかない。
 私が大学生の頃は戦後間もなくの時代。生きていくことが大変きつい時代だった。
 あの時代に比べれば、今の日本は大変だと言われるが、まだまだ大丈夫だよ。
 私が研究者として advice すると「独創的な研究をやれ! 重箱の隅をつつく様な研究ではダメだ。教科書に載る様な仕事をやれ」。
 確かに大変だが、独創的な仕事をして立派な業績を挙げて欲しい。
 そして、「自分が何をやるかは、自分で決める」だ。
 資源のない我国日本は、科学技術とか高付加価値を創造することが重要だ。

【小生comment】
 最後の先生の comment は大変よく解った。
「日本が生き残って行くためには、我々が頭を使って高い技術力を創造(create)する」。
 これしかない!

【後記】
 お別れに、我々二人が泊った大津プリンスホテルでの模様をお届けします。

[21]大津プリンスホテル36階 restaurant「清水」での中嶋君
2136_restaurant

––––––––––––––––––––––––[22]大津プリンスホテル36階から琵琶湖・湖北遠望
2236

 琵琶湖の夜景は本当に綺麗でした。
 琵琶湖の鳥と言えば「カイツブリ」「鳰(にお)」。 そこで琵琶湖は昔から「鳰の海」とも呼ばれている。
 そこで拙句を一句‥

 鳰(にほ)の海 君と語らふ 大暑の夜(よ)
 

 お粗末様です。(笑)
 では、また‥。(了)

2011年7月16日 (土)

【時習26回3-7の会 0350】~「《クラス会》出欠表明状況(07月16日現在)」「07月15日:国立新美術館『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・Post印象派 奇跡のCollection』を見て」「三木建『日本の輪郭』~社会の質とIdentity~を読んで」

■皆さん、猛暑が続きますが、お元気ですか。今泉悟です。今日も【2637の会】《会報》【0350】号をお送りします。

 気象庁は、先週07月08日、四国と中国、近畿、東海が梅雨明けしたとみられると発表。平年より四国は10日、中国と近畿、東海は13日早く、いずれの地域も昨年より9日早い。また翌日の07月09日午前、九州北部、関東甲信、北陸各地方で梅雨明けしたとみられると発表。平年比、九州北部は10日、関東甲信は12日、北陸は15日早い。いずれの地域も昨年より08日早い。
 こんなに早く梅雨が明けたら猛暑・酷暑到来がそれだけ早まったことになる訳で、秋もその分到来が早まればいいのですが‥。
 皆さん、健康管理は怠りなき様に‥。

■さて今日も先週に引き続き、「2011年【2637の会】《クラス会》出欠表明状況(07月16日現在)」をお伝えします。
 前回の《会報》配信後の07月08日、渡辺S○子さんと千賀S始君のお二人から mail を頂戴しました。渡辺さん、千賀君、mail を有難う!

 渡辺さんへ‥。
 昨年に引き続いて08月の《クラス会》に「出席」をと期待していたのですが、今回は残念乍ら「欠席」。体調が今一つ‥とのことですから致し方ないですね。
 一日も早く体調を万全にして次回《クラス会》には元気な姿を見せて下さい。
 以下に渡辺さんからの mail をご紹介します。

【渡辺S○子さん】Friday, July 08, 2011
 欠席の返事が続く中、大変申し訳ないのですが今年はお盆の時期に帰省しません。
 残念ながら欠席とさせていただきます。
 もうすぐ56歳。身体のあちこちにガタが来ました。
 いつまでも健康でいたいものです。
 皆さまによろしく。

 そして、千賀君から待望の《クラス会》「出席」表明の mail を頂戴しました。

 千賀君へ‥。
 Mailを有難う! 貴君が「出席」表明者第一号です。昨年の《クラス会》同様、楽しいひとときを過ごしましょう!
 以下に千賀君からの mail をご紹介します。

【千賀S始君】Friday, July 08, 2011
 08月13日(土)《クラス会》に「参加」します。
 元気です。楽しみにしています。

   千賀 S始

 現状、これで累計7名の皆さんから mail を頂戴しています。ご協力下さった皆さん、有難う!
 Mail address をお持ちでない classmates の皆さん宛の往復はがきの出状がまだです。最近、仕事と private がとても忙しくなかなか案内状を書けません。
 反省します。昨日は東京出張。今日は名古屋、明日と明後日は京都へ等々が予定に入っておりほか、仕事の routine に加え、【2637の会】《会報》の材料仕入れと編集作業に忙殺(笑)されています。

■さて、今日最初の話題は、昨日07月15日(金)、仕事で上京する機会があり、それが終わってから、国立新美術館にて09月05日迄開催中の『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展~印象派・Post印象派~奇跡のCollection』を見て来ましたのでご報告致します。
 National Gallery of Art, Washington は、米国Washington D.C.にある美術館。19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した米国屈指の銀行家&実業家で、財務長官・駐英特命全権大使を歴任したアンドリュー・メロン(Andrew William Mellon(1855.03.24-1937.08.27))が1937年に創設。
 本展覧会は、同美術館所蔵の12万点の作品の中から特に質が高いことで知られる印象派・the post印象派の作品83点を展示。うち50点は日本初公開という。
 実際に絵を見て「オッ?‥ウーッ!‥ワーッ!」と感嘆の連続だった。こんなに多くの masterpieces を一挙に日本に居乍ら見られるのは素晴らしいことだ。
 今日は、展示作品の中から9点〔blogでは更に17点を追加〕ご紹介させて頂きます。確かに米国が誇る珠玉のcollection 展です。

[01]ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 leaflet
01_leaflet

––––––––––––––––––––––––[02]Renoir『ポン・ヌフ、パリ』1872年
02renoir1872

[03]Renoir『踊り子』1874年
03renoir1874

––––––––––––––––––––––––[04]Monet『アルジャントゥイユ(Argenteuil)』1872年頃〔blog参照〕
04monetargenteuil1872

[05]Manet『鉄道』1873年〔blog参照〕
05manet1873

––––––––––––––––––––––––[06]Pissaro『ルーヴシェンヌの花咲く果樹園』1872年
06pissaro1872

[07]Monet『日傘の女性、モネ夫人と息子』1875年〔blog参照〕
07monet1875

––––––––––––––––––––––––[08]Degas『舞台裏の踊り子』1876年〔blog参照〕
08degas1876

[09]Cassatt『青い肘掛椅子の少女』1878年〔blog参照〕
09cassatt1878

––––––––––––––––––––––––[10]Monet『ヴぇトゥイユの画家の庭』1880年
10monet1880

[11]Morisot『麦藁帽子をかぶる女性』1884年
11morisot1884

––––––––––––––––––––––––[12]Seurat『オンフルールの灯台』1886年
12seurat1886

[13]Cezanne『赤いチョッキの少年』1888-90年〔blog参照〕
13cezanne188890

––––––––––––––––––––––––[14]Cezanne『川辺』1895年頃〔blog参照〕
14cezanne1895

[15]Cezanne『りんごと桃のある生物』1905年頃
15cezanne1905

––––––––––––––––––––––––[16]Gogh『プロヴァンスの農園』1888年〔blog参照〕
16gogh1888

[17]Gogh『自画像』1889年〔blog参照〕
17gogh1889

––––––––––––––––––––––––[18]Gogh『薔薇』1890年
18gogh1890

■今日最後にお届けするのは、「三木建『日本の輪郭』~社会の質とIdentity~」です。
 三木氏の書いている言葉は平易であり乍ら、一つひとつが頷ける重みと深みを持っている。
 以下、本書の中から印象的な処を例示してみる。

 政治に leadership がないと簡単に言い切る私たちも、日常生活の中で政治に関与しようとはしない。colosseum の観客である。政治を面白くしなくてはならない。面白くとは、関心を抱ける様にすること。政治家を選ぶ判断材料を示すこと等によって、人々が「無責任に観る政治から、責任を持って参加する政治」を可能にする参政 scheme をつくることである。例えば、教育であり、選挙前後の判断や監視、評価を容易にする制度的充実であろう。それでも、はっきりしていることは、私たちが政治家を選んでいることである。
 日本文化の要素の一つは「人と人との長い関係」。だから信用を大切にし、お互い様という気持ちを交換する。それが社会の安定や安全、安心を支えてきた。そんな素晴らしい文化が崩れかけ様としている。無意識下で享受出来るのが文化であるが、この辺で意識しておかないと日本が日本でなくなってしまうだろう。今なら、それを再生して、成熟社会の基盤にすることが可能である。単にある文化ではなく次代に必要な資源として認識すべき時である。

 日本が目指すべき処は魅力ある成熟国家である。

 平凡だが当たり前のことを日本の identity の核に据えたい。

 私たちが希求するもの、それは「安心」「安全」「平穏」である。
 私たちの意思の基底は、「自立」「中庸」「未来」である。
 私たちの育成の柱は、「文化」「技術」「教育」である。
 私たちの国民の力は、「創造性」「多様性」「個性」である。

 何処に向かうか選択出来るのが、front runner の面白さである。
 日本は「ある意味」世界の最先端を行く。年金問題、低食料自給率、高額医療、経済の低成長、高齢化社会、少子化社会、雇用市場の減少等。これ等は、日本が「ある意味」世界でいち早く成熟社会に入ったことの証明であり、「ある意味」最も早く望むものを手に入れた結果なのである。何かを望んで得たものの代わりに現出した結果なのである。

 失ったものは何か。
 或いは本来手に入れるべきものは何であったのか。
 何が最も大切なのか。
 何が最も基本なのか。
 次代の為に reset をしなくてはならない。

 タマゴを抱く日本にしよう。
 世界中の新進の画家、彫刻家、音楽家、作家、或いは科学者、化学者、識者を日本に招聘する。家、アトリエ(atelier)、研究施設、更には生活費等を用意して。
 10年後には世界に発信する日本が誕生する。

 日本は世界で最も嫌われていない国。
 次は最も敬愛される国になろう。
 100年もかからない。20年くらいでそうなれる。
 これからは敬愛されることが最強の power となる。
 Hard power でないことは勿論、soft power の真髄である、respected power の日本を創れ。

 人でも、モノでも、思想でも、made in Japan は super brand でなくてはならない。

 明日に繋がる日本の identity を、日本人としての誇りを描き出す。それが blueprint(青焼き)の下絵となる。

 確かに問題は多いし大きい。しかし、日本人や日本がダメになってしまった訳ではない。必要なのは進路、やり方の軌道修正、そして迅速な意思決定と漸進的進歩。力になってくれる歴史や文化もあるし、体力だって十分に残っている。素晴らしい人たちも沢山いる。国のあるべき姿と vision を定め、実現の為の blueprint をつくる。明日は自由に描けるのだから。(了)

【小生comment】
 元気を失いがちな現代の日本人に勇気を与えてくれる本であると思いました。ご興味ある方は是非ご一読をお薦めします。
 では、また‥。(了)

2011年7月 8日 (金)

【時習26回3-7の会 0349】~「《クラス会》出欠表明状況(07月08日現在)」「06月28日:ナカジマアート・水彩画『王軍』展&山種美術館・日本画『美しき日本の原風景―川合玉堂・奥田元宋・東山魁夷―』展を見て」「06月29日:寺島実郎講演会『世界の構造転換と日本の進路』を聴いて」

■時節は、昨日07月07日が『小暑』。最近の猛暑で梅雨が明けたかと思いきや昨日は一転一日中鬱陶しい「梅雨」に逆戻り‥。皆さん、お元気でお過ごしですか。今泉悟です。【時習26回3-7の会 0349】号をお届けします。巷では一部胃腸風邪が流行っているという噂を聞きます。ご自愛下さい。
 今日も先週に引き続き、「2011年【2637の会】《クラス会》出欠表明状況(07月08日現在)」をお伝えします。
 今週初の07月04日、山中K子さんから mail を頂戴しました。山中さん、mail を有難う!

 山中さんへ‥。
 08月の《クラス会》は残念乍ら「欠席」ですが、今秋11月に開催予定のPart2に参加頂ける様で大変喜ばしいです。Part2の日程が決まりましたら可及的速やかにご案内を出状する予定ですのでその時は「出席」の確報をお待ちしています。
 以下に山中さんからの mail をご紹介します。

Sent: Monday, July 04, 2011

 いつも会報をありがとうございます。
 クラス会ですが、08月はやっぱりムリみたい。
 11月はできれば出たいと思っています。

 皆さんに宜しくお伝え下さい。

   山中

 現状、累計5名の皆さんから mail を頂戴しています。ご協力下さった皆さん、有難う!
 一方、現状「参加者ゼロ」というのは大変キツい。(汗)(涙)

■さて、今日最初の話題は、去る06月28日(火)仕事で上京する機会があり、その仕事が終わってから、銀座・ナカジマアートの水彩画『王軍』展と、広尾・山種美術館の日本画『美しき日本の原風景―川合玉堂・奥田元宋・東山魁夷―』展を続けて見て来ましたのでご報告致します。
 まず最初は、月刊誌「一枚の絵」の《王軍の水彩画教室》で画法を手解きしてくれている王軍氏の展示即売会が銀座五丁目・ナカジマアートであった。
 今回は33点が展示されていた。王軍氏の作品は風景画と静物画に大別される。そして、いずれの作品とも静謐と気品があり、見る者に安心感と relaxation を与えてくれる。今日は展示作品を掲載した作品集の中から7点ご紹介させて頂きます。

[01]遠い風(ヴェトウイユ)
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––––––––––––––––––––––––[02]春(モレ―・シュル・ロワン)
02

[03]向日葵
03

––––––––––––––––––––––––[04]旅の思い出(アンデ)
04

[05]街角(コルチラ島)
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––––––––––––––––––––––––[06]水郷(周庄)
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[07]水車のある風景(アンデ)
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 銀座を後にして向かったのは、広尾にある山種美術館。07月24日まで『美しき日本の原風景―川合玉堂・奥田元宋・東山魁夷―』展が開催されている。
 川合玉堂(1873.11.24-1957.06.30 1940年 文化勲章受章)
 奥田元宋(1912.06.07-2003.02.15 1984年 同上)
 東山魁夷(1908.07.08-1999.05.06 1969年 同上)

[08] 『美しき日本の原風景』leaflet
08

 本展覧会は、川合・奥田・東山の作品を中心に、横山操(1920.01.25-1973.04.01)『越路十景』や、富士山を theme にした横山大観や伊東深水の作品を展示。
 日本画に興味ある方には必見の展覧会です。

[09]寺島実郎氏
09

「terashima_20110629.docx」をダウンロード

■続いては、翌06月29日今度は、名古屋で開催された寺島実郎講演会『世界の構造転換と日本の進路』を聴いて来ました。内容については添付資料をご覧下さい。
 ここでは、その概略をご紹介します。

 今回の大震災が日本経済に与える影響であるが、復興特需もあり短期的見通しは悲観的見方は不要と言っていい。
 しかし、中期的に見ると、日本の産業の空洞化が一層深刻化する。
 ①円高の環境
 ②東北の就労人口の減少
 ③電力費の高騰
 ④増税問題
 ⑤風評被害
 ⑥中・台・韓の企業が当該日本企業に対し自国への誘致活動を活発化
 現に、親日で安価な人件費が魅力とされるインドネシアでは、日本企業進出の企業化調査が目白押し。
 日本企業の外進出=「産業の空洞化」→「雇用機会の減少」という潮流を理解し、この流れが日本にplusになる仕組みを創造する。
 『Asia の Dynamism(活力)』を日本に如何にしてplusに作用させ得るか?←これが key point!
 「日本の貿易相手国のshareの推移(貿易総額)」は‥、
 「1990年、日本の対外貿易に占める対米国shareは27.4% 対中国3.5% 対Asia30.0%」から「2011年05月、同じく対米国shareは11.4% 対中国20.2% 対Asia50.2%」へと日本の生業(なりわい)が変貌。対米国中心から対中国&対Asia中心へと。

 日本の物流も然り。
2009年の世界港湾ranking(=container取扱量)は「1位Singapore、2位上海、3位香港、4位深セン、5位釜山、6位広州、7位ドバイ、8位寧波(ニンポウ)、9位青島(チンタオ)、10位Rotterdam(蘭)」。〔因みに、東京26位、横浜36位、名古屋39位、神戸44位※2、大阪50位〕。
 注目すべきは釜山のハブ(hub)化。即ち釜山のtransship(貨物積替え)増大。
 米container船が日本の公海津軽海峡を通り釜山へ。
 そして貨物は「釜山→日本海側港湾→〔関越自動車道経由〕→首都圏」へ。
 この物流の方が東京港・横浜港を使うより安価かつ迅速。
 今後は、日本海貿易の一層活発化が予想される。

「東日本大震災」対応戦略私案 ― 日本創生の起点として ―

 今回の東日本大震災復興策を処していく上で、この儘では深刻化する日本の産業空洞化対策として、『Asia の Dynamism』を有機的に活用することが肝要。
 東北地方の復興策も、日本海側港湾への物流 shift を見据えて東北地方全体の相関を考え、整備し機能させるべき。

【 energy 分散と首都機能分散 】
 首都機能の戦略的分散の推進〔副首都機能の「那須地域」への配置〕は不可欠と考える。
 復興財源確保の為の復興 project への国民「参画」型構想が必要。
 復興財源問題も、「今後20年間『無利息の国債』を発行」し、「相続税免除」する。
 これにより相続税対策に頭を悩ませている高齢富裕者層が保有する資金を引き出させ、それを活用出来る。

【『原子力発電』について 】
 現在、我国には54基(統計上出力4,885万kw)の原発があるが、13ヶ月毎の定期検査がある為、現在稼働中は17基(出力1,590万kw)。
 日本の原子力発電量は3,000万kw必要。
 管首相が、小泉政権時代の郵政民営化で使った single issue (衆議院)解散の手法を「『反原発』の管」として使うとの噂がある。
 現に福島原発事故の後、世界の流れは7対3で脱原発が優勢である。
 世界は、日本 factor で化石燃料の原料価格上昇を睨んでいる。
 私(寺島)自身は、電力は best mix※ 論者である。
 ※ 水・火・原子力他各種発電の長所・短所を踏まえそれ等を総合的に活用して発電するという考え方。

 核兵器を持たず原子力を平和利用に徹している日本への世界の注目度は大変大きい。
 世界は日本が核武装をしないか監視し続けている。
 私の主張は「原発の技術基盤を日本が支えるという stance を世界に示すべき。でなければ世界における日本の presence を示せない」。
 国家としての権威失墜を防ぐ為にも、『原子力の平和利用』を、国が責任を持って推進していくべきものと思料。
 今、「安全」→「原子力の廃絶」と逃げるのは容易い。
【小生comment】
 我国では、毎年700名が原子力工学に進んでいるという。
「原子力の平和利用と安全性の確立」を世界に向け情報発信すべきだと言うことだ。
「原子力平和利用の優等生国、日本」を世界に向けて力強く appeal して、世界を lead していくべきである。
「反原発」ということは実に容易い。しかし、原発に代わる電力確保なくばenergy cost が大幅に上昇し国民生活が今以上に苦しくなることは異論を待たない。石油・石炭・天然ガス等の石化燃料価格の高騰と当該資源の争奪戦が一層熾烈になることも不可避である。
「原発」を、世界の国々が「脱・石化燃料の安定確保が出来るまでは『必要悪』として認め位置づけ」、人類の日常生活の安定を経済面から支える電力源と位置づけることが肝要である。
 自分の地位延命だけの為としか思えない様に「反原発」を slogan に掲げる我国首相の次元の低さにホトホト呆れてしまう。
 一国の為政者には、世界平和と国民生活の安定を中長期的視野に立って、叡智を絞って施策の策定と当該施策を推進する責務がある。
 「『反原発』か『原発推進』か」という single issue で(衆議院)解散など決してあってはならない。
 誰かが言っていた‥。「Hは『最低の首相』だったが、Kは『最悪の首相』だ」と。
 こういう首相を国政の Top に頂く国民こそ哀れである。

【後記】お別れに、小生が勤務している会社があるビルの軒下で巣立ち間近まで大きく成長した4羽の燕の写真をご覧に入れます。

[10]開発ビル1階軒下の巣のツバメの子供たち 2011年07月05日撮影
10120110705

 実に可愛いですね。

【追記】
 07月08日の朝、会社に着いたらもう巣は空だった。4羽の燕の子供たちよ、来年も戻っておいで!
 ここで小生の拙句を一つ‥

 軒先の 燕子(えんし)巣立ちぬ 小暑かな  悟空

 では、また‥。(了)

2011年7月 1日 (金)

【時習26回3-7の会 0348】~「06月25日:『時習26会ミニ同期会』開催報告」「06月25日:「第34回名古屋国際音楽祭~『ラ・プティット・バンド~バッハ・コレクション』を聴いて」「06月25日:松坂屋美術館「『生誕110周年記念~荻須高徳展~憧れのパリ、煌めきのベネチア』を見て」「S.スマイルズ著 竹内均訳『自助論』から」

■『夏至』が過ぎたら急に猛暑が到来しました。もう暑くて堪りませんね。しかも蒸し暑い‥。皆さん、お元気でお過ごしですか。今泉悟です。【時習26回3-7の会 0348】号をお届けします。
 今日も先週に引き続き、「2011年【2637の会】《クラス会》出欠表明状況(07月01日現在)」をお伝えします。
 一昨々日の06月28日、下浦Y子さんから mail を頂戴しました。下浦さん、mail 有難う!

 下浦さんへ‥。
 《クラス会》は残念乍ら「欠席」ですが、小生、これからも元気な限り毎年2回開催しますので「出席」出来る様になったら是非その時は参加して下さいネッ。
 以下に下浦さんからの mail を掲載します。ご高覧下さい。

Sent: Tuesday, June 28, 2011
Subject: 連絡が遅くなって申し訳ありません

今泉様

近年の異常気象に年々からだが堪えられなくなっているというのに、
今年のこの蒸し暑さには、これから本格的に訪れる夏を前に空恐ろしさを覚えます。
そんなことをものともしない今泉君の会報メールに、毎回脱帽!です。
さて、クラス会の件、『欠席』です。恐縮です。
連絡が遅くなって申し訳ありません。

下浦

 mail address のない皆さんと、mail address をお持ちでも【2637の会】《会報》をご覧になっていない方向けにいつもの通り往復葉書を出す準備をそろそろ始めないと‥。Mail address お持ちの皆さんからは、mail での回答を是非頂戴したいと思いますので、《会報》をご覧になられている皆さんで「出欠」をまだ決めかねていらっしゃる方にお願いです。大変恐縮ですが、「pending = 考慮中」の mail を頂戴出来ませんでしょうか。ご協力をお願いします。m(_ _)m
 何卒、往復葉書出状省略にご協力頂います様お願い申し上げます。現状、累計4名の皆さんから mail を頂戴しています。ご協力下さった皆さん、有難う!

■さて、今日最初の話題は、去る06月25日(土)、08月の《クラス会》定例開催場所にさせて頂いている「トライアゲイン」にて『時習26会ミニ同期会』を開催しましたのでご報告させて頂きます。

[01]時習26回ミニ同期会20110625 at Try Again
012620110625_1

 ま、早い話が、【2637の会】classmate の林恭子さんと、中嶋良行君【3-2】に声をかけて開催したものです。
 丁度この日は、林恭子さんの誕生日と、会場「トライアゲイン」の開店三周年記念日でもあったのです。
 林さんからは従前から、「『誕生祝い』という気遣いはやめて」と言われていたので、「『トライアゲイン』の開店三周年記念を一緒に祝って」とお願いし参加して下さったものです。「林さん、有難う!」。
 気の置けない同期の仲間との語らいは、ホント楽しいものです。開始時間は午後06時過ぎ。「そろそろ終わろうか」と言った時間が09時20分。あっと言う間に3時間が過ぎました。
 小生から林さんに、08月13日(土)の「出席」を強くお願いし、近々「返信 mail」でお返事を頂ける約束を頂戴しました。間違いなく「出席」であることを期待しています。

■一方中嶋君とは、25日昼過ぎから名古屋の愛知県芸術劇場 concert hall にて開催された「クイケンとラ・プティット・バンド~バッハ・コレクション(Sigiswald Kuijken & La Petite Bande ~ Bach Collection)」を一緒に聴く機会に恵まれ、名古屋からの帰りに「トライアゲイン」に立ち寄ったという次第です。
 因みに、演奏曲目は、All J.S.Bach で、ブランデンブルク協奏曲第2番・3版・5番・6番 & 管弦楽組曲第2番という masterpieces ばかりで至福の2時間を過ごすことが出来ました。この concert で、小生、「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(=肩掛け小型チェロ:別名 viola pomposaとも )という18世紀後半には使われなくなった楽器演奏を初めて聞くことが出来ました。これも古楽アンサンブル(ensemble)を聴く楽しみの一つですネ。

[02]スパッラを弾くシギスヴァルト・クイケン〔添付写真ご参照:超特大の viola っていう感じです(笑)〕
02_1

 前にもお話したと思いますが、林さんと中嶋君、小生の3人は旧【1-4】のclassmates です。因みに【2637の会】members で旧【1-4】members は、林さんのほかは、市川君と渡辺さんのお二人がいます。市川君、渡辺さん、今年も《クラス会》を宜しく!

■続いての話題です。名古屋での concert が終了したのが15時半過ぎ。6時のミニ同期会まで十分に時間があったので、06月11日~07月03日迄松坂屋美術館にて開催中の『生誕110周年記念~荻須高徳(1901.11.30-1986.10.14)展~憧れのパリ、煌めきのベネチア』を中嶋君と二人で見て来ましたのでご報告します。本展覧会は、今秋09~10月「京都:美術館「えき」KYOTO」、10~12月「稲沢市荻須記念美術館」、12~2012年01月「東京:日本橋三越本店」でも開催される予定です。

 洋画家の文化勲章受賞者、荻須高徳の生誕110周年を記念し、彼の生涯の theme とも言える二つの古都、Paris と Venezia(Venice)を描いた代表作を集めた回顧展である。
 荻須は、1927年、東京美術学校(現 東京藝術大学)を卒業した年の秋に25歳で憧れの地、仏に渡る。そして第二次世界大戦の一時期(1940-48年)を除き、84歳で亡くなる迄 Paris に住み、歴史が染み込んだ裏町を描き続けた。
 彼が惚れ込んだ Paris と Venezia という2つの街を theme にした展示作品だけあって、いずれの街の作品も煌びやかな輝きを放って見る者に強く訴えかけて来た。
 彼の絵は、素人の我々にも描けそうでかけない独特の『品格』を有している。
 同行した中嶋君がいみじくも呟いた言葉が印象的であった。「佐伯祐三とソックリじゃぁないか!」と。
 確かにその通りである。中でも1930年代半ば頃迄の作品は酷似している。
 展示作品総数は90点。そのいずれもが masterpieces なのでどれをご紹介しようかとホント悩みましたが、以下の7点をご紹介したいと思います。

[03]荻須高徳展 leaflet

03_leaflet_2
––––––––––––––––––––––––[04]荻須高徳『果物屋』1930年
041930

[05]同『サン・マルタンの裏町』1949年
051949blog

––––––––––––––––––––––––[06]同『リオ・デ・レ・ベカリエ[Venice]』1935年
06venice1935

[07]同『赤い家の魚市場[Venice]』1972年
07venice1972

––––––––––––––––––––––––[08]同『大運河の眺望』1972年
081972

[09]同『モーリス・ベナ―ル(Maurice Benard)』1933年
09maurice_benard1933

––––––––––––––––––––––––[10]同『黄色い壺のリラ(Lilas)』1976年
10lilas1976

【小生comment】
 荻須の風景画は当然素晴らしいが、肖像画や静物画もご覧の様に大変素晴らしい。
 油彩に嗜みがある中嶋君が展示作品を見乍ら、「(本展覧会に)もぅ一度見に来てもいいな‥」とも呟いていた。
 それほど内容の充実した展覧会であった。

■さて今日最後の話題です。最近読んだ本から、「S.スマイルズ著 竹内均訳『自助論』から」をお伝えします。

[11]S.Smiles
11samuel_smiles

 【天は自ら助くる者を助く("HEAVEN helps those who help themselves, "is a well-tired maxim, embodying in a small compass the results of vast human experience.)】‥この金言こそ、英国のS.スマイルズ(Samuel Smiles; 1812.12.23-1904.04.16)が1858年07月に著した『自助論(原題:Self-Help: With Illustrations of Character, Conduct, and Perseverance, London, 1859)』の【第一章】の冒頭に書かれている言葉である。
 この本は、福沢諭吉、森有礼、西周等と共に『明六社』を設立した中村正直(1832.06.24-1891.06.07)が、明治04年『西国立志編』と題して出版され、当時、福沢諭吉の『学問のすヽめ』と並び広く読まれた。
 訳者の竹内均氏が「自己鍛錬の為の不朽の『人生論』」と紹介している様に、【章】別に題目を列挙するだけでも勉強になる。(笑)

【第一章】《自助の精神》人生は自分の手でしか開けない!〔①成長への意欲と自助の精神 ②「努力は途切れることなく引き継がれる」③人間の優劣を決める精一杯の努力 ④人生に暇な時間はない〕
【第二章】《忍耐》雨霜に打たれてこそ若芽は強く伸びる!〔①常識に明るく、辛抱強い人間になること ②人生の奥義の九割は快活な精神と勤勉にある ③逆境の中でこそ若芽は強く伸びる ④勝負の鍵となる「持続力」〕
【第三章】《好機、再び来たらず》人生の転機を見抜く才覚、生かす才覚〔①勤勉の中に「ひらめき」あり ②「賢者の目は頭の中にあり」 ③独歩の人間に与えられる勝機 ④幸運は手の届く処で待っている ⑤信念は力なり〕
【第四章】《仕事》向上意欲の前に壁はない!〔①無心の自己修養 ②克己心(=自制心)を植えつける〕
【第五章】《意志と活力》自分の使命に燃えて生きる!〔①道なくば道を造る ②自らを方向づける「意志の力」③心に沁みる真実の言葉 ④誠実に生きる ⑤旺盛な活力と不屈の意志に満ちて〕
【第六章】《時間の知恵》「実務能力」のない者に成功者なし!〔①ビジネス手腕にも秀でた天才たち ②「無為の生活」が齎す脅威 ③ビジネスを成功させる六つの原則[注意力・勤勉・正確さ・手際良さ・時間厳守・迅速] ④ウェリントンを大将軍たらしめた「実務能力」⑤正直は最良の策〕
【第七章】《金の知恵》楽をするには汗をかけ!〔①金は人格なり ②節約こそ自助の精神の最高表現 ③人生の転機に身を誤るな ④知恵はルビーに勝る〕
【第八章】《自己修養》最高の知的素養は一日の仕事から生まれる〔①自らの汗と涙で勝ち取った知恵ほど強いものはない ②鉄は熱くなる迄打て ③「真の知識」と「偽の知識」④才能を最大限に生かすヒント ⑤大器晩成の先人に学ぶ〕
【第九章】《素晴らしい出会い》人生の師・人生の友・人生の書〔①人生の指標となる「物言わぬ無数のの手本」②良き師、良き友は人生最大の宝 ③後世への「松明(たいまつ)」となる勇気ある人生〕
【第十章】《人間の器量》『人格』は一生通用する唯一の宝だ!〔①『人格』こそ一生通用する唯一の宝だ ②理想に現実を重ね合わせる努力 ③「礼儀作法には金がかからない、しかも礼を尽くすだけで何でも手に入る」④真の『人格者』を計る物差し〕


【後記】スマイルズが本書で述べている『人生論』簡単に纏めるとこういうことである。
「人生の勝利者となるには、①常に向上心と克己(こっき)心を持ち、それを実現する為に不断の努力をコツコツと積み上げる。②不断の努力を継続せしむる為には自ら[の『肉体と精神』〕を鍛錬する。③自己を成長させる為、模範となる人生上の良き師、良き友との関わりを大切にする。③弱者の気持ちを理解してやさしい気持ちで接する。そして、①②③④を併せ持つ『人格者』を目指す」。
 言ってみれば、至極当り前のことであるが、これを自己実現することは簡単ではない。
 「小生もかくありたい!」と思った次第である。 では、また‥。(了)

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