【時習26回3-7の会 0380】~「[01]朝日新聞2012年02月12日朝刊から「橋下大阪市長へのinterview」記事・橋下徹&堺屋太一『体制維新―大阪都』・文藝春秋2012年03月号から「予言の書『日本の自殺』再考」・曽野綾子「私の実感的教育論『絶望からの出発』を読んで」「02月10日:『泉岳寺』を訪れて」「02月10日:『相田みつを美術館』を訪れて」
■皆さん、今泉悟です。《会報》【0380】号をお届けします。
暦の「二十四節気」を更に「初候・次候・末候」の3つに分けた「七十二候」では、02月09~13日を「立春・次候」‥中国で『蟄中始振(ちつちゅうはじめてふるう)』」、日本の貞享暦で『梅花乃芳(ばいいかすなわちかんばし)』という。「寒気」の中にも陽光は春の到来を感じる程に明るさを増し、この寒さももう少しの辛抱である。
昨日02月11日、恒例の「鬼祭り」が執り行われた。この祭りが済むと漸くこの地にも「春」がやって来ると言われている。
日本経済にも「春」が早くやって来て欲しいものだ。
さて、先週の《会報》では、「日本は政治・経済共にお寒いNewsが続いている」。そして『ローマ人の物語』を読了した感想として「紀元前1世紀にCaesarという不世出の国家のleaderが出て、Romaという国を、領土拡大により「行き詰まった都市国家の『共和制』」から「優れた為政者の独裁による、所謂『帝政』」への移行によりを見事にPax Romanaの実現を果たした」と申し上げた。
翻って、現代日本も何とか今のうちにchangeしないと本当に手遅れになる。それ程深刻な事態が迫りつつある。
日本を真艫な方向に導くには、「古代Roma帝国のCaesarの様な秀でた為政者による迅速かつ的確な政策の断行」が不可欠で、今、それを行える数少ない為政者として注目を浴びているのが「大阪市長・橋下徹氏」である。
添付写真[01]をご覧下さい。
[01]朝日新聞2012年02月12日朝刊から「橋下大阪市長へのinterview」記事
・橋下徹&堺屋太一『体制維新―大阪都』
・文藝春秋2012年03月号から「予言の書『日本の自殺』再考」
・曽野綾子「私の実感的教育論『絶望からの出発』

いみじくも今朝2012年02月12日の朝日新聞朝刊に「橋下大阪市長へのinterview」記事が載っていた。そして、小生、先週末「橋下徹&堺屋太一『体制維新―大阪都』(文春新書)」と「文藝春秋2012年03月号「予言の書『日本の自殺』再考」」を読み、橋下氏の様な為政者が我国に必要だと感じたのである。尚、この記事と本を読むその少し前に「曽野綾子著「私の実感的教育論『絶望からの出発』(講談社文庫1975年04月刊)」も読み、共感したことがあるので併せて少しご紹介したい。
まずは、今朝の朝日新聞の橋下氏へのinterview記事と「橋下徹&堺屋太一『体制維新―大阪都』(文春新書)」をご紹介する。ご覧下さい。
【質問】― 政治家として実現したい「日本社会」の姿を聞きたい。経済成長を追いかけるのか、身の丈に合った暮らしがいいのか?
《橋下》― 今の日本人の生活levelは世界でみたら、五つ星Hotel級の贅沢なものです。蛇口を捻れば綺麗な水が出る。教育も医療もlevelは高い。失業保険、年金もあり、最後は生活保護がある。これを享受するには、凄くcostがかかる。維持するかどうか最初に決めないといけない。〔中略〕僕は少なくとも今のlevelを維持したいんです。
【質問】― どうやって?
《橋下》― 東(南)Asiaの若者は日本の若者と同じ様な教育level、労働力になって来ました。その様な状況で、日本人が贅沢な生活を享受しようとするなら『国民総努力』が必要です。競争で勝たないと無理です。
【質問】― 競争、ですか?
《橋下》― 今の日本のlevelを維持したいなら競争です。僕は次世代の子供達に少なくとも今のlevelの日本を引き継ぎたい。今のlevelに不満のある人は多いでしょうが、世界から見るともの凄く贅沢な国です。労働集約型の製造業が海外に出ていくのは止められない。海外で稼いだお金を日本に戻す仕組みを考え、国内ではservice業等の付加価値を高める環境をつくり、民間でお金が回る税制にする。円高で生まれた輸入業の儲けを、輸出企業に回す『derivative』の様な仕組みを考えるのも国の知恵だと思う。僕が一番重視しているのは、行政serviceをuserの選択に晒すことです。医療も教育も介護もneedsに合っているものは付加価値が高い。行政が一方的に供給するものはあまり価値がない。
【質問】― そのneedsを判断するのは誰ですか?
《橋下》― Userです。僕は「選択」を凄く重視しています。Userが選択しないものは〔行政が〕基本的にやっちゃいけないんです。今の行政はuserの選択に関係なく、とにかくお金を突っ込んで供給する。
【質問】― 国民皆が有りと有らることで「選択」や「競争」を迫られるのは、結構大変ですね。
《橋下》― 国民の覚悟が必要です。その号令をかけるのが「政治」だと思います。付加価値の創出は、努力が全てだと僕は思っています。とことん能力を発揮して貰う。そこには規制は被せない。一旦は格差が生じるかもしれません。でも、所得の再配分も確りやります。また、格差を世代間で固定させない為、最高の教育を只で子供達に受けさせる。最低限の保証をすることは国の役目です。僕のやり方は事後調整型の格差是正です。社会保障では『人生一生使い切りmodel』を考えています。ある程度資産が出来た人は、老後の生活をまずそれでやって貰う。資産のある人には掛け捨て型の年金もありかなと。究極の所得の再配分です。〔中略〕
【質問】― 橋下さんは「決定出来る政治」を唱えているが、「leaderの独善」にならないか?
《橋下》― 議論はし尽くすけれども、最後は決定しなければならない。多様な価値観を認めれば認める程決定する仕組みが必要。それが『決定出来る民主主義』です。有権者が選んだ人間に決定権を与える。それが「選挙」だと思います。〔中略〕全てをmanifestoに掲げて有権者に提起するのは無理です。あんなに政策を具体的に並べて政治家の「裁量」の範囲を狭くしたら政治なんて出来ない。「選挙」では国民に大きな方向性を示して訴える。ある種の白紙委任なんですよ。
【質問】― 国政について‥
《橋下》― わかって欲しいのは、永田町や霞ヶ関だけで複雑多様化した日本全体を動かすなんて無理だということです。〔中略〕明治以来続けて来た社会systemや統治機構、即ち体制を変えない限り、政策は絶対実現出来ません。〔中略〕道州制も大阪都構想も、僕が主張しているのは、日本の統治機構、政治や行政のsystem全体を変えようという話です。これ迄出来なかった既存政党の人達、既得権益の代表者達に出来ますかね? 本当にやろうとしたら、今の体制で良い人達と大battleになりますよ。大阪市長の任期は4年。それで賞味期限切れです。自分の賞味期限すら分からない人間は、政治家をやっては駄目ですよ。
【小生comment】「自分の賞味期限すら分からない人間は政治家をやっては駄目」‥正にその通り。今の議員達は「政治家」でなく「政治屋」である。議員をやって生計を立てている。だからpopulismに陥り易い。ところが橋下氏は弁護士である。故に大阪市長を退いても生活には困らない。更に、氏は決して裕福でない家庭に育ち、苦学して早稲田大学政治経済学部を卒業して3年後に司法試験に合格という、人並み以上に苦労も経験しいる。「下々の‥」と失言した麻生元首相や、お母様から「毎月15百万円を小遣い銭」として頂いていた鳩山元首相とは、豊富な社会経験に基づく視野の広さが格段に違う。ビスマルクの名言「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」の「経験の差」がお二人とは大きく違うのである。
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「橋下徹&堺屋太一『体制維新―大阪都』(文春新書)」より
▼総理大臣はもっと海外に行け
【橋下】僕はいま永田町を見ていて、とても不安に思っていることがあります。それは内閣総理大臣が内政の有りと有らゆることを一手に引き受けることから、日本の国際的なpresenceが驚く程低下していることです。
日本は弱小な島国です。内閣総理大臣たるもの、、一年365日のうちせめて半分位は海外にいて、国際的なpresenceを高めていく必要があると思うんです。ですから、総理は180日しか日本にいませんよという前提で、色んなsystemを考えていくべきではないでしょうか。〔中略〕内政の細かいことは、それこそ地方の政治家や、自治体の首長に任せていく仕組みをつくらねばなりません。そうしないと、総理大臣は一年中国会や官邸に磔刑になって、全く海外に出られない。これでは日本は本当に駄目になる。お隣の中国では、胡錦涛国家主席と温家宝首相で役割分担をして、主席自らAfricaや中近東、India、Russia、東南Asia等に外交攻勢をかけています。〔中略〕
一方、基礎自治体として見ると、住民service、住民とのface to faceの仕事には、大阪市は大き過ぎる。日本全国に約1,700ある基礎自治体たる市町村の、約85%が10万人未満の市町村です。260万人の人口を擁する大阪市が、住民の顔を見乍らの仕事が出来るかと言ったら、これは絶対無理です。
僕がやろうとしている大阪都構想とは、大阪市役所の権限のうち、都市間競争に関わるものは大阪都へ、住民serviceに関することは、大阪市24区を8つに再編した特別自治区へ渡す。同じ様に大阪府庁の権限も、大阪都に任せるものと特別自治区に委ねるものとに分ける。大阪府と大阪市が今持っている権限と財源を再配置することが、大阪都構想なんです。
【堺屋】橋下さんは今、二つ重要なことを言われた。一つは国は国の仕事をするということ。国の仕事と言えば、外交、防衛、通貨発行、macro経済、高級司法等です。実際、日本の国は国の仕事が手薄です。〔中略〕
【橋下】所謂「大阪問題」というのをご存知でしょうか。残念乍ら大阪は犯罪発生率・失業率・生活保護率・離婚率等、あらゆる指標で全国worstかそれに近い状況です。
僕は、この大阪の低迷、「大阪問題」の根本は、「教育」にあると考えて来ました。英国のAnthony Blair(前)首相も、英国再建は「教育」にあると考え、、「一に教育、二に教育、三に教育」と国民に訴えましたが、正にその通り。自分自身、親が充分な教育を施してくれたことに感謝しています。大阪に個別の政策も重要ですが、やはり「教育」に力を入れるしかないと決意したのです。
まずは「私立高校」の授業料の無償化に取り組みました。〔中略〕年収610万円未満の世帯迄は無償、800万円未満迄は年10万円の負担で私立高校にも通うことが出来る制度を作りました。〔中略〕
▼『体制の変更は政治家の使命』
多くの予算を削ることで財政の健全化を図り、それで作ったお金を本当に必要な施策に投入する。言ってみれば、「政治とはお金をつくり配分する」ことが仕事です。〔中略〕僕は大阪知事になった時、現行の体制を変えることが使命だと考えました。それが政治家にとって、一番大事な役割だと考えたのです。政策は専門家でもつくれる。〔中略〕行政を進めるのは役人。しかし、国・地方共に、政治行政の仕組み即ち体制、systemを変えるのは政治家にしか出来ません。
「体制の変更」とは、既得権益を剥がしていくことです。今の権力構造を考えて、権力の再配置をする。これはもう戦争です。〔中略〕権力の再配置に関しては、話し合いでは絶対に決着がつきません。〔中略〕
民主主義の政治にとって、話し合い、議論は大切ですが、最後は選挙によって決着をつけなければニッチをサッチもいかない、そういう局面がやってきます。〔後略〕
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「文藝春秋2012年03月号「予言の書『日本の自殺』再考」」より
※ 「本稿は「文藝春秋1975年02月号に掲載された『日本の自殺』を抄録したもの」だが、全然古さを感じさせない。
▼日本没落の予感~Roma帝国滅亡との類似
如何にしてRomaは滅亡したか?
[1] 巨大な富を集中し繁栄を謳歌したRoma市民は、次第にその欲望を肥大化させ、労働を忘れて消費と娯楽leisureに明け暮れる様になり、節度を失って放縦と堕落への衰弱の道を歩み始めた。それは正に繁栄の代償、豊かさの代償とでも呼ぶべきものであった。
[2] Roma帝国各地から繁栄を求めて流入する人口によってRoma市民の人口は適正規模を越えて膨張に膨張を続け、遂にあの強固な結束を持つ小さく纏まった市民団のcommunityを崩壊させてしまったのである。〔中略〕
[3] これらRoma市民の一部は一世紀に亘るPoeni戦争その他の理由で土地を失い経済的に没落し、事実上無産者と化して、市民権の名に於いて救済と保障を、つまりは「Civil Minimum」を要求する様になった。良く知られる「パンとサーカス(panem et circenses)」である。
[4] 市民大衆が「パンとサーカス」を要求し続ける時、経済はinflationからstagflationへと進んで行く他はない。〔中略〕
[5] 文明の没落過程では必ずと言って良い程にegoの氾濫と悪平等主義の流行が起こる。こうして民主主義はその活力を失って、一方で放縦に走り、無秩序と解体を齎し、他方で悪平等主義に走って画一化と全体主義の泥沼の中に腐敗していく。こうして擬似民主主義は没落のideologieとなり、指導者と大衆を衆愚政治(mobocracy)の腐敗の中に引き摺り込んで行く。
▼豊かさ「3つ」の代償‥日本を第二のRoma帝国として仕舞いかねない日本社会内部の自壊作用のmechanism
[1] 資源の枯渇と環境破壊の代償
[2] 大量生産・大量消費という使い捨て的な生活様式の代償
[3] 便利さの代償
▼まとめ‥『没落を阻止する為に』‥『諸文明の没落の歴史から学ぶ5つの教訓』
[1] 国民が狭い利己的な欲求の追求に没頭して、自らのegoを自制することを忘れる時、経済社会は自壊していく他ない
[2] 国際的にせよ、国内的にせよ、国民が自らのことは自らの力で解決するという自立の精神と気概を失う時、その国家社会は滅亡する他ない
[3] Eliteが精神の貴族主義を失って大衆迎合主義に走る時、その国は滅ぶ
[4] 年上の世代は、徒に年下の世代に媚び諂ってはならない‥古い世代がやたらと物わかりが良く成り過ぎると若者は精神的に「ひ弱」になる
[5] 人間の幸福や不幸というものが、決して賃金の額や、年金の多寡、物量の豊富さ等によって計れるものでない
歴史的事実に照らして見る時、確かに第二次大戦後の日本は物質的には目覚しい発展を為し遂げたが、精神的には未だに殆ど再建されていない。道徳は荒廃し、人心は荒み切って、日本人の魂は病んでいる。日本はその個性を見失ってただ呆然と立ち尽くした儘である。〔後略〕
※ ※ ※ ※ ※
「曽野綾子著「私の実感的教育論『絶望からの出発』(講談社文庫1975年04月刊)」より
▼人間の予測をいつも超えてしまう教育の成果
自分を取り巻く周囲の状況が、悪かったからこそこれ迄になったのだ、という人は世間にかなり多い。これは嫌味ではない。実感である。
多くの人は自分に与えられた幸福にも感謝するが、同時に不幸にも感謝できるのである。教育は治療に似ている。医者は薬を与え、手術をして、患者を「癒す」という。しかし、医者の中でも謙虚な人々は「病人が自ら癒す力に、手を貸しただけだ」という。〔中略〕
教育もそうである。教育とは、或る人間が(多くの場合、年齢の上の者が)他の人に(年若い者に)与えるものの様に考えられている。これは一面その通りなのだが、半面、そうでもない。人間は自らを教育するだけである。他人は(親・教師と言えども)それに少し力を貸すだけという言い方も出来る。〔後略〕
【小生comment】
そうなのである。「『教育』とは自らを教育するだけ」なのである。自らを「(他人の力を借りても最終的には全て)自らの力で」今迄の自分より「多方面に亘り少しでもlevel upさせる」ことである。だから当然乍ら『教育』とは、単なる「知識の詰込み」に留まらない。全人格的に成長する為に必要な様々なものを得ることである。即ち、今日最後にご紹介する相田みつをの言葉「一生勉強 一生青春」なのである。
■さて次の話題は、赤穂浪士のお墓がある「泉岳寺」についてである。
[02]泉岳寺「中門」

-----------------------[03]泉岳寺「山門」

[04]左上:赤穂浪士47士墓所 右:同配置図 左下:泉岳寺全景〔以上泉岳寺の絵葉書より〕

小生、02月10日、仕事で上京した折、降りた「品川駅」で1時間程の余裕が出来たので、「そうだ品川と言えばそれ程遠くない高輪に『泉岳寺』がある」と頭に浮かんだ。まだ一度も同寺は訪れたことがない。品川駅から北へ徒歩900m程の所にあった。
『萬松山 泉岳寺』は曹洞宗の寺院。徳川家康が少年期に凭(よ)った今川義元の菩提を弔う為、慶長17(1612)年外桜田の地に建立。
寛永18(1641)年焼失したが、将軍家光の命により、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の5大名が、現在の高輪の地に再建。
元禄14(1701)年03月14日、江戸城にて「松の廊下事件」を起こした浅野内匠頭は即日切腹〔しかも大名乍ら庭先で〕。一方、吉良上野介は「咎めなし」。
処罰撤回と赤穂藩再興がならなかった赤穂藩浪士等は大石内蔵助を頭に47士が、2年近く後の元禄15(1702)年12月14日に吉良邸に討ち入り、本懐成就。浪士等は、吉良上野介の首級を掲げ乍ら亡き主君浅野内匠頭の眠る泉岳寺へ約10kmを歩いて報告。
浪士達は、翌元禄16(1703)年02月04日に4大名家〔細川・松平・毛利・水野〕にて切腹。浪士等の「義」「忠」は今も日本人の心を強く打つ。
ここで、浅野内匠頭長矩と大石内蔵助の辞世の歌をご紹介する。
風さそふ花よりもなほ我はまた 春の名残を如何にとやせん 浅野内匠頭長矩
あら楽し思ひははるゝ身はすつる 浮世の月にかゝる雲なし 大石内蔵助
【後記】お別れは、02月10日、上京した帰り、30分程時間があったので、早足で東京駅南口から徒歩5分程の東京フォーラムにある「相田みつを美術館」に立ち寄って来た。丁度、『金子みすゞと相田みとをの世界』をやっていた。
[05]東京フォーラム

-----------------------[06] 相田みつを美術館『金子みすゞと相田みつをの世界』展

今日は、その時入手した「相田みつを」の名言集から4つご紹介してお別れします。
[07]

【小生comment】
相田みつをの言葉は、いつ読んでも心が温かくなる。[08]「一生勉強 一生青春」は小生の今後の生き方に正にピッタリである。
ではまた‥。(了)
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