« 【時習26回3-7の会 0384】~「03月05日:『岡本太郎記念館』を訪ねて」「『高峰秀子』大特集その2」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0386】~「03月18日:ポーラ美術館『印象派の行方展』を見て」「03月18日:『小田原城』を訪ねて」「03月20日:愛知県芸術劇場concert hall『及川浩治Trio"Bee"』演奏会を聴いて」「03月20日:愛知県美術館「所蔵品展『うつし・うつくし』から」「『高峰秀子』大特集その4」 »

2012年3月17日 (土)

【時習26回3-7の会 0385】~「03月12日:松坂屋美術館『メアリー・ブレア原画展』を見て」「『高峰秀子』大特集その3」

■皆さん、今泉悟です。《会報》【0385】号をお届けします。

■さて、時習館高校の話題と言えば、一昨日から昨日(03月15(木)~16(金))の2日間に亘り、平成24年度の入学試験がありました。
 また、愚息の大学入試の方はと言いますと、前期日程は残念乍ら希望は叶いませんでした。そこで後期日程を受験し、22日の結果待ちという状況です。「気分転換してくるヨ」と、親しい時習館の同期の仲間3人と卒業記念旅行と称して15日未明から17日朝にかけて夜行busでDisney Seaへ行って来ました。
 本人は「前期日程の希望校が駄目なら浪人」と覚悟している様子。私大は受けていない。
 愚かな父親として小生は、「失敗や挫折という経験が人間の幅を大きくする」「『禍福は糾える縄の如し』だ」と愚息を諭し、「自らの人生だ、自らの意志と責任で努力を重ね、人生を切り開いて行け」と激励した(つもりでいる)。

■今日最初の話題は、掲題・副題にあります様に、03月12日(月)仕事で名古屋へ行った折り、その帰途松坂屋美術館で開催中の『メアリー・ブレア原画展』を見て来ましたので、そのご報告から‥。
 メアリー・ブレア((Mary Blair)1911-1978)は、1950年代、Disney Studioで、「シンデレラ(Cinderella)」「ふしぎの国のアリス(Alice in Wonderland)」「Peter Pan」のconcept artを手掛けた女性artistである。この展覧会を見た感想を一言でいえば【癒し(healing)】である。
 Maryの作品を紹介する前に、まず彼女の略歴から‥
【略歴】
1911年 10月21日、Oklahoma州マカリスターに双子姉妹の妹としてMary Brown Robinson誕生
1931年 Los Angelesのシュイナ―ド美術学院(Chouinard Art Institute)に入学。同学院にて水彩画とillustrationを学ぶ。夫となるLee Blairと知り合う
1934年 Lee Blairと結婚
1939年 Walt Disney Studio社に入社。
1940年 『わんわん物語』『ダンボ』他のconcept artを描く
1941年 Walt Disney社を退社後2ヵ月後復職、Walt Disney夫妻等と共に南米へ調査旅行する
1950年 Cinderellaでcolor & styling
1950年 Alice in Wonderlandで同上
1952年 Peter Pan他で同上
1978年 07月26日、脳溢血で死去(享年66歳)

 以下に彼女〔[04]は夫Lee Blair, [05]はLeeの兄Preston Blairの作品〕の作品をお示しします。
[01]『メアリー・ブレア原画展』leaflet]
 01leaflet

––––––––––––––––––––––––[02]Mary Blair
 02mary_blair

[03]Mary Blair『自画像(self portrait)』
 03mary_blairself_portrait

––––––––––––––––––––––––[04]Lee Blair『セイルフィッシュポート("Sailfish" boat)』
 04lee_blairsailfish_boat

[05]Preston Blair『夜のケーブルカー(Night street scene with cable car)』
 05preston_blairnight_street_scene_w

––––––––––––––––––––––––[06]Walt Disney等と映画調査の為の南米旅行に参加したMary & Lee Blair夫妻 1941年
 06walt_disneymary_lee_blair_1941

[07]Mary Blair『三人の騎士より「ホセ・キャリオカとブラジルの旅」(The Three Caballeros"Baia" 』concept art)
 07mary_blairthe_three_caballerosbai

––––––––––––––––––––––––[08]同『ふしぎの国のアリス(Alice in Wonderland)』concept art
 08alice_in_wonderlandconcept_art

[09]同『ギターと恋人たち(Romantic couple sitting on grass)』
 09romantic_couple_sitting_on_grass

––––––––––––––––––––––––[10]同『紫の聖母(Purple Madonna)』
 10purple_madonna

[11]同『雑誌イラスト(Illustration for magazine)』
 11illustration_for_magazine

––––––––––––––––––––––––[12]同『三頭の象(Triple Elephants)』
 12triple_elephants

【小生comment】
 「Cinderella」「ふしぎの国のアリス」「Peter Pan」等、Disney映画全盛の頃の絵の多くはMary BlairがConcept artを描いていたのですね。
 MaryはWalt Disney社を離れてからも、彼女のoriginalのIllustrationを数多く残しているが、その多くの作品が仄々とした温かな印象で見る者を魅了する。
 小生、本展は仕事の合間に見たのだが、暫し仕事のことを忘れお伽の世界に迷い込んだ様な気がした。まるでふしぎの国のアリスの様に‥。
 毎日の厳しい現実社会にいるとついstressが溜まって仕舞うが、Mary Blairの御伽の世界に一歩足を踏み込むとホッと心が救われた。こういう安らぎの場所って現代社会に生きる人々にとって大切だと思われる。

■さて続いては、今日最後の話題。今週も『高峰秀子』大特集をお届けする。三回目の今日は、上述のDisney映画「ふしぎの国のアリス」ならぬ「ふしぎの国のオギス」を‥。〔【おいしい人間 ふしぎの国のオギス】から〕

 私が初めて荻須さんに会ったのは昭和25年だったから、昭和15年にParisから一旦帰国した荻須さんが再渡仏をして間もなくの頃である。
 敗戦後、初めて東洋人の女優として「Venice映画祭」に招待されたものの、派手なお祭り騒ぎやPartyの苦手な私は、映画祭には出席せずに、7ヵ月程Parisの学生街に下宿をして気ままな毎日を送っていた。
 あるお天気の良い日、太陽の光に誘われて外に出た私が、ルクサンブ―ル公園(Le jardin du Luxembourg)の辺りをブラついていると、向こうから、小さな女の子の手を引いた背の高い男性と小柄な日本女性が歩いて来た。当時のParisには、まだ日本人観光客の入国は許されていなかったから、街で日本人を見かける、ということは殆どなかった。
「もしかしたら、荻須高徳さんでは‥‥」と、私が足をとめると同時に、彼等の顔にパッと笑みが浮かんで、真っ直ぐに私に向かって近づいて来た。やはり、荻須さんだった。
 初対面ではあったが、お互いに自己紹介だけではなんとなく別れにくく、私たちは道の真ん中でとりとめのない立ち話を続けた。〔中略〕
 荻須さんと奥さんも明るい笑顔で声を弾ませた。〔中略〕
「あ、今晩スキヤキでもしましょうよ、うちで〔中略〕ねえ、高峰さんいらして!」
 天井の高い、ガランとしたatelierの真ん中のtableを囲んで、スキヤキの夕食が始まった。他人の家にノコノコと入り込んで、しかも初対面の人にスキヤキを御馳走になるなどということは、人見知りをする私には絶対になかったことなのに、その夜ばかりは荻須家の一員の様な顔をしてrelaxしている自分が不思議だった。日本人恋しさ、というばかりではなく、荻須さんの、それこそ古武士の様に毅然とした風格と、明るく優しい美代子夫人の人柄のお陰だったのだろう。
〔中略〕
 荻須画伯は通産60年もの間、Parisに腰を据えて、只管Parisを描き続けたことになる。
 一口に60年と言うが、芸術の修羅場と言われるParisで、画業一筋に徹し切った毎日の積み重ねの60年である。「オギスは人の五倍は働く」と言われたことでも分かる様に、並大抵の努力ではなかったであろう。その間に〔中略〕仏政府からは「レジオン・ドヌ―ル勲章」を、Paris市から「メダイユ・ド・ベルメイユ勲章」を受け、(昭和)53年にはParis市の主催で滞仏50年展も開催されて、Parisや欧州での「オギス」の名声はすっかり定着した。けれど、荻須画伯が心の底から望んでいたものは、異国から与えられる勲章や名声ではなく、生まれた国、日本国からの評価だったのではないかしら?と、私は思う。
 荻須画伯は、昭和61年10月、84歳で亡くなった。亡くなって仕舞った後で、日本からどんなに立派な勲章を頂いてみたところで、それがいったい何になるというのだろう。文化勲章の受章の知らせを、「モンマルトルの墓地へ行って荻須に報告しました。当人が生きていた時だったら、どんなに喜んだことでしょう」という美代子夫人の談話を、他人の私でさえ、地団太を踏みたい程腹立たしく思った。日本という国は、ふしぎな国なのだ。ケチで、間抜けで、とんちんかんで、何ともふしぎな国なのだ。
「ふしぎな国のオギスですか?」と、細い目を和ませて苦笑いをしている荻須画伯の表情が彷彿とする様である。(了)

【小生comment】
 ここの場面を、最近復刊した高峰氏が27歳の独身時代に書いた『巴里ひとりある記』〔蚤と裸と名画〕では次の様に書いている。

[13]復刻版 高峰秀子『巴里ひとりある記』のcover
 13_cover

––––––––––––––––––––––––[13a]Paris Montparnasseの高峰秀子
 13aparis_montparnasse

[14]Louvre美術館・モナリザの前での高峰秀子
 14louvre

––––––––––––––––––––––––[15]Parisの下宿のterraceでの高峰秀子
 15paristerrace

[16]シャンゼリゼ・ボアでの高峰秀子
 16

 Parisに来て、初めてLouvreへ行きました。
 余りに大きくて、絵のところだけみたら、クタクタに疲れて仕舞いました。あの有名なモナ・リザは、大きな壁を占領していて、真ン中に収まっていました。
 全てが打ち込まれている一枚一枚の絵。
 ここも矢張り作った人たちの力みたいなものが、この大きなLouvre中に押し合いへし合い競い合っている様な、何にか圧迫を感じます。

 先頃、荻須高徳さんのatelierで、スキヤキを御馳走になりました。日本食は久し振り。Parisに来てアキラメていたせいか、別に食べたいとも思わないけれど、いざ食べてみると、美味しくって美味しくって吃驚(びっく)り。塗りのお箸や、チーンと美しい音を立てる茶碗なども懐かしくって嬉しい。(了)

【小生comment】
 余談ですが、以前にもお話した様に、荻須氏の享年は84歳、藤田嗣治82歳、梅原龍三郎97歳‥、画家は総じて長命ですね。小生も見習わなくっちゃ!(笑)
 高峰秀子氏は、著名画家との交友関係も大変広い。次回は、藤田嗣治氏についてご紹介してみようか、それとも‥?
 次回以降も、この高峰秀子seriesは〔その4〕以降もまだまだご紹介していく予定です。お楽しみに‥(笑)
 ではまた‥。(了)

« 【時習26回3-7の会 0384】~「03月05日:『岡本太郎記念館』を訪ねて」「『高峰秀子』大特集その2」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0386】~「03月18日:ポーラ美術館『印象派の行方展』を見て」「03月18日:『小田原城』を訪ねて」「03月20日:愛知県芸術劇場concert hall『及川浩治Trio"Bee"』演奏会を聴いて」「03月20日:愛知県美術館「所蔵品展『うつし・うつくし』から」「『高峰秀子』大特集その4」 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【時習26回3-7の会 0384】~「03月05日:『岡本太郎記念館』を訪ねて」「『高峰秀子』大特集その2」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0386】~「03月18日:ポーラ美術館『印象派の行方展』を見て」「03月18日:『小田原城』を訪ねて」「03月20日:愛知県芸術劇場concert hall『及川浩治Trio"Bee"』演奏会を聴いて」「03月20日:愛知県美術館「所蔵品展『うつし・うつくし』から」「『高峰秀子』大特集その4」 »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト

最近の記事

05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

  • Dsc_0217
    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

  • Cimg1428
    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

最近のコメント

無料ブログはココログ