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2012年7月の4件の記事

2012年7月27日 (金)

【時習26回3-7の会 0404】~「【時習26回3-7の会】《2012年 クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その5〕」「07月21日:トヨタ鞍ヶ池記念館・鞍ヶ池Art salon『シャガールと幻想のRussia』展&メナード美術館『サーカス・サーカス~ようこそ! 夢物語の世界へ』展を見て」「07月26日:『新東名高速道路建設現場視察会』に参加して」

皆さん、今泉悟です。《会報》【0404】号をお届けします。

■さて今日はもまず、前号に引続いて08月11日開催予定の【2637の会】《2012年クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その5〕をお伝えします。

 まずは朗報から‥
 彦坂T孔君から「出席」表明のmailを頂戴しました。

 彦坂君へ
  いつも《クラス会》への参加有難うございます。
 遠く関東から帰省される貴重な時間を割いていつも【2637の会】《クラス会》に参加してくれる貴君の厚意にいつも深く感謝しています。
 時間の都合で中座される由、ホント限られた僅かの時間ですが、精一杯楽しみましょう!
 貴君との再会を心待ちにしています。

 それでは、彦坂君からのmailをご紹介します。

 Sent: Sunday, July 22, 2012
 今泉悟 様
               千葉県 彦 坂 T 孔
  梅雨も明けて暑くなりましたが、お元気ですか。クラス会の準備いつもありがとうございます。
 出席させていただきますが、途中が帰ることになると思いますので、よろしくお願いします。
 それではお元気で。

 続いては、守田T洋君からmailを頂戴しました。
 今回も残念乍ら「欠席」だそうです。

 守田君へ
  【2637の会】《クラス会》は、ご存知の様に原則毎年08月と11月の年2回開催しています。
 都合がつく時があったら是非参加して下さい。
 貴君からの朗報を心よりお待ちしています。

 それでは、守田君からのmailをご紹介します。

 Sent: Monday, July 22, 2012

 ・欠席する
 名: モリタです

 ※ ※ ※

 以上の結果、07月27日(土)21時30分現在、【2637の会】《クラス会》「出欠」表明状況は以下の通りです。
※【出席】横田、渡辺、千賀、伊東、彦坂、今泉〔06名〕
※【欠席】石田(義)、今井、伊庭、山中、菰田、中山、守田〔07名〕〔以上、mail到着順・敬称略〕
 繰り返しになりますが、念の為、開催要領を以下に記します。

【開催要領】
1.日時:2012年08月11日(土) 18:00~
2.場所:トライアゲイン
     豊橋市駅前大通2丁目33-1 開発ビル地下1階
3.会費:一次会・二次会合算で5~6千円程度〔金額はまだ未確定です〕

 本日も、《会報》とは別に出欠確認のmailを本《会報》とは別便のe-mailにて配信しますので、早目に返信を頂戴出来れば幸甚です。
 極力往復葉書での出状を減らしたいと思いますので、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。
 今年も、懐かしく楽しいひとときを故郷豊橋で過ごしましょう! 皆さんからの朗報をお待ちしています。

■続いては、掲題・副題にあります様に、07月21日に私用で名古屋へ出かけた際、豊田市内にある「トヨタ鞍ヶ池記念館・鞍ヶ池Art salon『シャガールと幻想のRussia』展」と小牧市内にある「メナード美術館『サーカス・サーカス~ようこそ! 夢物語の世界へ』展」を見て来ましたので順次その模様をお伝えします。

 最初は、鞍ヶ池Art salonで06月23日~09月02日迄開催中の『シャガール(Chagall)と幻想のRussia』展から‥
 展示作品は、Marc Chagallの作品が21点、20世紀に活躍したRussia人画家の作品10点、計31点が展示されていた。
 鞍ヶ池Art salonは入場無料。図録やpost cardは販売されていない。
 が、備付のenquete用紙に書いて受付の女性に渡すと来館記念にpostcardを2枚程度presentしてくれる。
 そこで小生は、来館の都度enquete用紙にcommentを書いてpostcardを貰うことにしている。
 今回も、今回の展示作品からChagallの作品1枚と、本《会報》【時習26回3-7の会 0364】号にてご紹介させて頂いた『朱(あか)と藍(あお)~四季を綾なす日本~』展(昨年09月17日~12月11日開催)に展示された和田英作の作品(展示№07)1枚を頂戴した。
 ※↓↓【時習26回3-7の会 0364】へは以下のURLをclickして下さい↓↓
  http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/26-03642637-par.html ←ここをclickして下さい。

[01]鞍ヶ池Art salon『シャガールと幻想のRussia』展leaflet:絵は、Chagall展示№05『騎士と音楽家たち』1975年
 01art_salonrussialeafletchagall0519

––––––––––––––––––––––––[02]展示№24「Chagall(1887-1985)『ささげもの』(1941)年
 0224chagall188719851941

[03]和田英作『静物』1936年
 031936

【小生comment】
 上記「和田英作『静物』1936年」は《会報》【0364】号にて、小生、次の様にcommentしている。
 ‥「展示作品の中では、小生[07]和田英作『静物』が最も気に入った。水分と甘味をたっぷり含んだ赤い果肉の西瓜が絶品であった」と。
 Postcardになるとどうしてもmatiere(原画が持つ材質的効果)とcolor(色彩)が正確に伝わらないのが残念ではあるが、原作は、西瓜の果肉が本当に瑞々しく美味しそうに見えた。以上は余談まで‥。

■続いて向かったのは、小牧市内にあるメナード美術館。
 06月29日からこれも09月02日迄開催中の『サーカス・サーカス~ようこそ! 夢物語の世界へ』展をご紹介します。
 本展には当美術館初公開の作品がある。本展leafletのcoverにもなっているKees van Dongen『道化師』である。
 彼は、マティス(Matisse)を中心とするフォーヴィスム(fauvisme(野獣派))の画家として活躍したオランダ生まれの仏人画家。
 この絵はfauvismeの典型だ。「非再現的な色彩と大胆な筆触による形態の単純化〔広辞苑より〕」と定義した通りの極めて印象深い傑作であると思う。
 小生も、本展で一番印象に残った作品である。
 本展『サーカスに魅せられた芸術家たち』cornerでは、Dongenのほか海老原喜之助やMatisse等12名による30点のmasterpiecesが展示されていた。
 本展では更に『ChagallとCircus』cornerで、Chagallが1967年に刊行した『Circus』全38枚(lithograph)のうちの26
枚が展示されていた。
 その26枚のうちの4枚が添付写真の絵[07][08][09][10]である。
 Chagallの絵は、いずれも幻想的な彼らしい絵である。
 原色を主体とした奇抜だが綺麗な色彩感覚が彼の真骨頂である。

[04]キ―ス・ヴァン・ドンゲン(Kees van Dongen(1877-1968))『道化師』1905-06年‥本展覧会leafletの絵‥
 04kees_van_dongen190506

––––––––––––––––––––––––[05]海老原喜之助(1904-1970)『サーカス』1927年
 05190419701927

[06]Henri Matisse(1869-1954)「ジャズ(Jazz)」~『馬、女曲馬師と道化師(The Horse, the Rider and the Clown)』
1947年刊‥(stencil(合羽版))
 06henri_matisse18691954jazzthe_ho_2

––––––––––––––––––––––––[07]Marc Chagall『サーカス(Circus)』1967年刊※
 07marc_chagallcircus11967

[08]同上『同上』※
 082

––––––––––––––––––––––––[09]同上『同上』※
 093

[10]同上『同上』※
 104

 ※ Marc Chagall『Circus』は全38枚あるが、個々にtitleやcaptionはついていない

■今日最後の話題は07月26日に実施された『新東名高速道路建設現場視察会』(主催:東三河懇話会(会長:神野信郎氏))についてである。
 この模様は、翌(07月27)日の地元二紙で報道されていた。小生も仕事の一環として本視察会に参加した。
 平成26年度開通を目指し、現在新城市内で工事が行われている新東名高速道路の建設現場を見て回った。
 愛知県内は引佐junctionの直ぐ西側に位置する「新戸川橋~豊田東junction」迄の全55kmが工区。
 因みに、当該工区を中日本高速道路名古屋支社の「豊田工事事務所が西側25km」「豊川工事事務所が東側30km」を担当。
 豊川工事事務所が担当する「静岡県境~豊川・岡崎市境」29.7kmには、11のtunnelと26の橋梁を敷設する。
 その中から今回は、東から西へ「黄柳川橋(つげがわばし)」→「鳳来トンネル」→「設楽原PA(しだらがはらparking area)」の順に3箇所を見た。
 [1]「黄柳川橋」
 長さ:上り311.5m・下り359.5m。橋脚の高さ40m。
 昨年見た「佐奈川橋」の橋脚の高さ89m(全国4位)には及ばないものの、なかなか壮観な眺めであった。
 〔2011年08月04日付【時習26回3-7の会 0353】「佐奈川橋建設現場」ご参照↓↓〕
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/26-035308040731.html ←ここをclickして下さい。
 [2] 「鳳来トンネル」
 長さ:上り2,513m、下り2,464m。愛知県下新東名高速道路中最長。
 鳳来tunnelは、岩質が黒色片岩と結構脆く軟弱な為、結構な難工事とのこと。上り線は既に開通。
 [3]「設楽原PA]は、上り線高速道路の北側は急峻な山肌続く為、『上り線用』PAも、『下り線用』PAと同じく下り線高速道路の南側に、小さい山を隔てた西側に設置された。
 NEXCO中日本では、「設楽原PA」が長篠・設楽原合戦場の織田信長本陣の直ぐ傍に立地する為、これを「観光」に活用したいと目論んでいる。
 NEXCO中日本の課長さんから「織田信長本陣跡(添付写真[15]参照)のこの小山も合戦当時はこんなに樹木がなく見晴らしは良かった様です‥」という説明を聞き、「そうだろうなぁ‥」「此処が徳川家康本陣跡、羽柴秀吉本陣跡、そして此処が武田勝頼本陣跡かぁ‥」
 天正03年05月21日〔1575年06月29日(当時のユリウス暦に拠る)〕織田徳川連合軍38千人と武田勝頼軍15千人が、設楽原で激突。
 ‥歴史好きな小生、暫しの間、天下に轟いた戦国時代の「長篠・設楽原の合戦」という歴史絵巻に想いを馳せていた‥。

[11]「黄柳川橋」:左側が上り線・右側が下り線
 11

––––––––––––––––––––––––[12]「鳳来tunnel」:左側が下り線・右側が貫通した上り線
 12tunnel

[13]「鳳来tunnel」:貫通した上り線を東側入口から100m程入った坑内の模様
 13tunnel100m

––––––––––––––––––––––––[14]「設楽原PA」:『下り線用』予定地全景
 14pa

[15]「設楽原PA」:『下り線用』東側脇に屹立する「設楽原合戦時の織田信長本陣
跡」
 15pa

––––––––––––––––––––––––[16]「設楽原PA」:『上り線用・下り線用』PAと長篠・設楽原合戦「武田勝頼軍v.s.織田・徳川連合軍」諸将のlocationがplotされた写真panel
 16papavslocationplotpanel

[17]「設楽原PA]:『下り線用』から東を望む‥写真ほぼ中央に小さく見える城址の様に見えるのが「長篠城址」の史跡保存館の様だ‥
 17pa

【後記】新東名高速道路の工事現場は、いずれも茹だる様な暑さだった。スマホで新城の午後2~3時現在の最高気温を調べたら35.9度C。暑い訳だ。
 因みにその時、名古屋は36.1度C、岡崎36.6度C、多治見37.8度C‥と軒並み35度Cを超える猛暑日。でも豊橋は32.7度C‥。愛知県下の主要都市では豊橋が一番涼しかったのが唯一の救いか‥。(笑)
 お別れに今日も拙歌を一首‥
 ’
 往(い)にし方(へ)の 設楽原(しだらがはら)が 夢跡(ゆめあと)に
  新東名が 開け往く未来
                  悟空

 08月11日の【2637の会】《クラス会》への参加という朗報を心よりお待ちしています‥!(^-')b
 ではまた‥。(了)

2012年7月21日 (土)

【時習26回3-7の会 0403】~「【時習26回3-7の会】《2012年 クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その4〕」「07月15日:名都美術館『名都美術館collection〔青楓の頃〕』展&愛知県美術館『マックス・エルンスト~フィギュア×スケープ』展を見て」「07月15日:愛知県芸術劇場 大hall~感動!名古屋Mahler音楽祭~Mahler『交響曲第8番〔一千人の交響曲〕』を聞いて」

皆さん、今泉悟です。《会報》【0403】号をお届けします。

 当地区の子供達は今日(21日)から夏休み‥。
 豊橋祇園祭は昨日~明日迄行われ、今日は拙宅迄打上花火の音が聞こえて来ました。

 まず、我等が母校時習館高校の話題を一つ。既にご存知の方も多いと思いますが‥
 また、第94回夏の全国高等学校野球選手権愛知大会は、07月14日豊田市民球場で我等が母校時習館高校 対 安城南高校戦が行われ、6-5で惜敗した。一回戦での敗退は残念であるが、八回に1点差迄追い上げた後輩達の健闘を称えたい。そして、来年の一層の飛躍を期待したい。

■さて今日はもまず、前号に引き続いて08月11日開催予定の【2637の会】《2012年 クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その4〕をお伝えします。

 中山Y敬君からmailを頂戴しました。
 残念乍ら今夏08月の《クラス会》は都合がつかず「欠席」されるそうです。

 それでは、中山君からのmailをご紹介します。

 Sent: Monday, July 16, 2012
 中山です。
 8/11は都合が悪く、欠席とさせてください。
     以上

 中山君へ
 《クラス会》「欠席」は大変残念ですが、今秋11月も《Part2》があります。都合がついたら是非11月に会いましょう!

 ※ ※ ※

 以上の結果、07月21日(土)17時30分現在、【2637の会】《クラス会》「出欠」表明状況は以下の通りです。
※【出席】横田、渡辺、千賀、伊東、今泉〔05名〕
※【欠席】石田(義)、今井、伊庭、山中、菰田、中山〔06名〕〔以上、mail到着順・敬称略〕
 繰り返しになりますが、念の為、開催要領を以下に記します。

【開催要領】
1.日時:2012年08月11日(土) 18:00~
2.場所:トライアゲイン
  ‥皆さんからのご希望等がありませんので今回も会場は、従来通り一次会兼二次会で「トライアゲイン」に決定させて頂きます
3.会費:一次会・二次会合算で5~6千円程度〔金額はまだ未確定です〕

 本日も、《会報》とは別に出欠確認のmailを本《会報》とは別便のe-mailにて配信しますので、早目に返信を頂戴出来れば幸甚です。
 極力往復葉書での出状を減らしたいと思いますので、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。
 とは言え、mail addressを把握出来ていない方々宛には、上記要領にて一両日中に別途往復葉書を出状させて頂く予定です。
 今年も、懐かしく楽しいひとときを故郷豊橋で過ごしましょう! 皆さんからの朗報をお待ちしています。

■続いては、掲題・副題にあります様に、三連休の中日07月15日に名古屋へ出かけ、2つの美術展覧会と1つのconcertを聴いて来ましたので順次その模様をお伝えします。
 最初は、名都美術館で07月22日迄開催中の『名都美術館collection〔青楓の頃〕』展&併設企画〔愛知県立芸術大学日本画研究室 教員・院生・学生作品〕『はやぶさの会』から‥
 展示作品は、前者が31点、後者が17点。
 前者の出品内容で「主な物」と言って記すとあっと言う間に以下の通り19人26点珠玉の傑作が並ぶ‥

 伊藤小坡(1877-1968)「夏の夕」「青楓」「涼宵」
 伊東深水(1898-1972)「緑蔭」「七夕」
 奥田元宋(1912-2003)「月山の湖」
 奥村土牛(1889-1990)「牡丹」「グラジオラス」
 小倉遊亀(1895-2000)「好在」、
 小野竹喬(1889-1979)「早春」
 小山硬(おやまかたし) (1934-)「蔵」「富士山」「想」
 片岡球子(1905-2008)「富士」
 川合玉堂(1873-1957)「鵜飼」「鮎釣」
 菊池契月(1879-1955)「薫風」
 杉山寧(1909-1993)「睡蓮」
 高木義夫(1923-)「川風」
 田渕俊夫(1941-)「すぐろ野」
 徳岡神泉(1896-1972)「芙蓉」
 速水御舟(1894-1935)「コモ湖暮色」
 平山郁夫(1930-2009)「長谷寺の森」
 福田平八郎(1892-1974)「矢車草」
 前田青邨(1885-1977)「富士」
 横山大観(1868-1958)「海暾(かいとん)」

 
[01]名都美術館collection~〔青楓の頃〕leaflet~絵は伊東小坡『青楓』
 01collectionleaflet

––––––––––––––––––––––––[02]高木義夫『川風』
 02

[03]杉山寧『睡蓮』
 03

––––––––––––––––––––––––[04]速水御舟『コモ湖暮色』
 04

【小生comment】
 ご覧の様に名都美術館のcollectionは、内容の質がとても高い。日本画の泰斗による傑作選がズラリと並ぶ。だから規模こそ山種美術館に敵わないが質の高さでは遜色ない。
 本美術館には、伊藤小坡の美人画が沢山収蔵されている。美人画というと、「西の上村(松園)(1875-1949)」「東の鏑木(清方)(1878-1972)」と称される二人が双璧。それに鏑木清方の弟子で女優朝丘雪路の父「伊東深水」の3人が小生が上げる近・現代日本画の美人画家top3。
 小生、最近これ等3人に引けを取らないと思う様になったのが伊藤小坡である。
 美人画は俗っぽいけれども、「美しい」ものが好きな小生、「好きなものは好き!」っていう感覚で、理屈抜きに大好きなgenreである。(笑)
 名都美術館へは、初めて公共交通機関を利用した。名古屋市営地下鉄藤が丘からリニモに乗って二つ目の駅「杁ヶ池公園」で下車し東南へ徒歩03分。思ったより交通accessが良いと感じた。

■続いて向かったのは、栄にある愛知県芸術文化center。同centerにその日は目的地が2箇所あり、最初に向かったのが10階にある「愛知県美術館」。
 07月13日から09月09日迄開催中の『マックス・エルンスト(Max Ernst(1891.04.02-1976.04.01)) フィギュア×スケープ(Figure×Scape)』展を見る為である。

 シュールレアリスム(Surrealism)を代表する画家Max Ernstの本展覧会について、主催者が「ごあいさつ」の処で次の様に紹介している。

 本展は、Surrealismという枠を一旦外し、Ernstの作品を「figure(=画面に登場する天使・動植物・怪物等の存在物)」と「Scape(風景≒像景)」というmotifから顕彰することで、Ernst独自の関心の有様(ありよう)を探り、現代の日本人にとってErnstの芸術は如何なる意義を持つのかを明らかにしようとするもの。

 小生は、美術界に於けるSurrealismが何たるかをはじめ専門的な美術史・技法等を論ずる知識を持っていないので、Ernstが斯芸術界で果たした役割の多寡を評価することは出来ない。
 が、「感性」なら小生独自の世界である。展示作品の中から気に入った幾つかを制作年順にご覧に入れます。
 皆さんはどう感じられますか?
 因みに、彼の代表作の一つに[12]『美しき女庭師の帰還』がある。が、これは、当時台頭して来たNazisに接収され、「退廃芸術展」に出品された後消息を失った『美しき女庭師』(1924作)のremake版だという。

[05]Max Ernst 1935年
 05max_ernst_1935

––––––––––––––––––––––––[06]本展覧会leaflet・絵は『ユークリッド(Euclid)』1945年
 06leaflet

[07]Max Ernst『偶像(L'idole)』
 07max_ernstlidole

––––––––––––––––––––––––[08]同『ニンフ・エコー(La nymphe Echo)』1936年
 08la_nymphe_echo1936

[09]同『三本の糸杉(Les trios cypres)』1951年
 09les_trios_cypres1951

––––––––––––––––––––––––[10]同『ポーランドの旗手(Le cavalier polonais)』1954年
 10le_cavalier_polonais1954

[11]同『子供のミネルヴァ(Enfant Minerve)』1956年
 11enfant_minerve1956

––––––––––––––––––––––––[12]同『美しき女庭師の帰還』1967年
 121967

[13]同『最後の森(La derniere foret)』1960-70年
 13la_derniere_foret196070

■芸文centerの目的地の2つ目は、2階にある大hall。其処でその日最後で最大の催物! 掲題・副題の最後に記した~感動!名古屋Mahler音楽祭~Mahler『交響曲第8番〔一千人の交響曲〕』を聞いてである。

 本concertは、中嶋Y行君【3-2】からのお誘いで、Mahler作曲交響曲第8番変ホ長調〔一千人の交響曲〕の『生演奏』を初めて聴いた。中嶋君も同曲を演奏会で聴くのは今回が初めてという。
 Orchestra団員150名、合唱延べ800人、の合計約950人の名実共に『一千人の演奏者による交響曲』である。
 即ち、volumeが半端でない!
 だから、通常の芸文center4階にある愛知県芸術劇場concert hallではなく、operaを開催する同center2階にある大hallが会場となった。
 Operaやballetを演技する広い舞台も800人の合唱団が階段状に並ぶと満杯で思ったより小さく見える。(添付写真[18][19]参照)
 また、Orchestraの配置は、観客席より低いoperaのorchestra pitの中に並ぶのではなく、場所こそorchestra pitの中で同じだが、高さは舞台と同じにしてあった。
 独唱者は女性5人と男性3人の計8人。内訳は、第1&2soprano+階上観客席側にsoprano1人、第1&2alto、tenor、baritone、bass各1人。
 今回の指揮者は井上道義氏。Orchestraは名古屋Mahler音楽祭記念orchestra。

 『名古屋Mahler音楽祭』は、Mahler(1860-1911)の没後100周年を記念して、【第Ⅰ部】が昨(2011)年01月16日に、Mahlerの兄貴分(‥実際に2歳年長‥)に当たるハンス・ロット(※添付写真[21])作曲交響曲第1番〔‥世間ではMahlerの『交響曲第0番』と呼ばれている‥〕で始まり、→第1「巨人」→第2「復活」→第3→第4「大いなる喜びへの賛歌」→第5→第6「悲劇的」→第7「夜の歌」→「大地の歌」→第9→第10〔輔筆完成版〕の12月24日で終わった。
 因みに、小生は中嶋君と「第3」を、中嶋君が都合がつかず彼の代わりに小生一人で「第9」を聴いた。その「第9」については【2637の会 370】〔 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/26-0370120126h1.html 〕号にてご紹介させて頂いている。

 ※ 以下は余談である。
 ブルックナー(J. Anton Bruckner)~マーラー(Mahler)への架け橋とか missing linkと言われるHans Rott(1858-1884)。
 1874年より、彼はウィーン音楽院でBrucknerからorganを学んだ。
 MahlerがRottのことを「彼と僕とは同じ土壌に生え、同じ空気を吸って育った樹の果実みたいなものだ」と賞賛している。
 確かに、Rottの交響曲第1番を聴くと、第1楽章のendingは明らかにBrucknerの交響曲の重層的な響きを想起させるし、第3楽章は同入部がMahlerの交響曲第1番「巨人」の第2楽章と酷似している。
 もし、まだこのRottの交響曲第1番を聴いたことがなかったら是非一度聴いてみて下さい。名曲ですよ。
 1880年Rottが22歳の時に作曲したこの曲は、Brucknerの好敵手Brahmsから扱き下ろされた。精神的に線の細い彼は、これを苦にし続け、ついに精神を病み1884年精神病院で25歳という短い生涯を終えた。

 さて、話題は『名古屋Mahler音楽祭』に戻る。
 昨年1年間毎月あった音楽祭【第Ⅰ部】に引き続き、同音楽祭【第Ⅱ部】が半年ぶりに今(2012)年07月15日&16日の両日、第8「一千人の交響曲」を二回演奏して、1年半の長きに及ぶを最後を見事に締め括った。

「一千人の交響曲」は1907年に作曲が完成。Mahlerの死の前年1910年09月12日ミュンヘン(Munich)にてMahler自身の指揮により初演された。
 曲は以下のⅠ部とⅡ部からなっている。
 Ⅰ部:賛歌「来たれ! 創造主、精霊よ」(Latin語)
 Ⅱ部:Goethe『ファウスト(Faust)』~「山峡」から終幕の場(独語)
 合唱団は流石に800人もいると、最も奥の合唱団の声が大きく聞こえて来なかったのが少しだけ残念であった。
 が、それを除くとamateur主体のorchestraと合唱団が大変よく頑張り、なかなか聴きごたえのある名演奏であった。
 8人の独唱者は、何れも聴衆を納得させるだけの技量を実力通り発揮しくれて、大変満足出来た。

 第1soprano:菅 英三子(Emiko Suga)‥罪深き女
 第2soprano:小川 里美(Satomi Ogawa)‥贖罪の女
 第3soprano:小林 沙羅(Sara Kobayashi)‥栄光の聖母
 第1alto:三輪 陽子(Yoko Miwa)‥Samariaの女
 第2alto:ニン・リャン(Ning Liang)国籍:中国‥Egyptの女
 Tenor:永田 峰雄(Mineo Nagata)‥Mariaを讃える博士
 Baritone:三原 剛(Tsuyoshi Mihara)‥法悦の神父
 Bass:オットー・カッツァマイアー(Otto Katzameier)‥瞑想の神父
 ※ 声楽soloistの「‥罪深き女」以下は、第Ⅱ部Goetheの戯曲『Faust』の役柄

 この演奏会は、演奏後、指揮者の井上道義氏が我々聴衆に大serviceを施してくれた。
 それは、井上道義氏が、演奏終了後、聴衆に向かって以下の様に述べた‥

「今日はencoreもありません。今日は皆さんと一緒に全員で記念撮影をします!
 Orchestra・合唱団・soloist全員の記念写真です。
 皆さんも起立して後ろを向いて下さい!
 それから、ここからは特別大serviceです! 皆さんもCamera撮影OKですヨッ!」。

 正に「え~~っ!??? Concert hallで撮影がOKだなんて生まれて初めてだ! 正に晴天の霹靂!」である。
 そして撮影した写真が以下の写真である。

 Soloistの一人第2sopranoを歌った小川里美さんの公式ブログを見ると、その時全員で撮影した全体写真とsoloist8人の記念写真が掲載されていたので、皆さんにもご紹介します。以下のURLをclickしてご覧下さい。
 http://ameblo.jp/ogawasatomi/image-11306354870-12087156348.html

 添付写真[18]をよく見ると、小川里美さん(‥緑色のdress姿の女性‥)の右手前の二人が中嶋君と小生です。
 〔‥我々は、中嶋君の上手な手配でluckyなことに本演奏会を最前列で聴くことが出来たのである(感謝!)‥〕
 臍曲がりの小生、全体写真撮影の時も横を向いて携帯cameraを向けて撮影している‥。(笑)
 その小生の撮影結果の数々を以下に添付します。ご高覧下さい。

[14]本concertのprogram
 14concertprogram

––––––––––––––––––––––––[15]指揮者井上道義氏(右端)
 15

[16]5人の女性のsoloistたち
 165soloist

––––––––––––––––––––––––[17]男性(baritone(左)& bass(右))のsoloistたち
 17baritone_basssoloist

[18]舞台の演奏者の全体写真〔その1〕
 18

––––––––––––––––––––––––[19]同上〔その2〕
 19

[20]観覧席最前列から振り向いて撮影した大hall
 20hall

––––––––––––––––––––––––[21]Hans Rott 1883年撮影とされる‥
 21hans_rott_1883_24

【後記】お別れに今日も拙句を一つ‥
 名画や名曲を見聞きすれば鬱陶しい酷暑も暫し忘れることが出来る。
 07月15日は、正にそういう一日であった‥

 酷暑下(か)に 名画名曲 あな楽し  悟空

 08月11日の【2637の会】《クラス会》への参加を心よりお待ちしています‥!(^-')b
 ではまた‥。(了)

2012年7月14日 (土)

【時習26回3-7の会 0402】~「【時習26回3-7の会】《2012年 クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その3〕」「07月05日:山種美術館『福田平八郎と日本画モダン』展&東京都美術館『マウリッツハイス美術館 オランダ・フランドル絵画の至宝』展&国立西洋美術館『ベルリン国立美術館 学べるヨーロッパ美術の400年』展を見て」「07月07日:『時習26回【1-4】ミニミニクラス会‥故・山田H則君を偲んで‥』開催報告」

皆さん、今泉悟です。《会報》【0402】号をお届けします。

■さて今日は、まず前号に引き続いて08月11日開催予定の【2637の会】《2012年 クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その3〕をお伝えします。
 今日も「吉報」があります。
 伊東M弘君から「出席」表明を頂戴しました。

 それでは早速、伊東君からの「出席」表明mailをご紹介します。

 Sent: Sunday, July 08, 2012
 今泉様
 日頃はお世話になります。
 また、会報を有り難うございます。
 8月11日のクラス会 今のところ 出席出来る予定です。
       伊東M弘

 伊東君へ
 お仕事で忙しい中、殆ど毎回《クラス会》へ参加して下さって本当に有難う!
 今年も再会を楽しみにしています!

 ※ ※ ※

 そして、伊庭R○恵子さんと山中K子さん、そして菰田K己君からmailを頂戴しましたが、お三方とも残念乍ら今回は「欠席」されるそうです。
 mail到着順にお三方のmail文をご紹介させて頂きます。
 まず伊庭さんからです‥

 Sent: Monday, July 09, 2012
 今泉 悟様
 毎週メールをありがとうございます。
 ■ 2012年08月11日(土)《クラス会》に
 ・毎年準備してくださり、ありがとうございます。
 大変申し訳ありませんが、今年も欠席させて頂きます。
 ここ3年ほど海外旅行にはまっており、今年も、主人と次男の3人でオランダ・ベルギー旅行を計画中です。
 11日が帰国の予定となりますので、時間的に参加できる余裕がありません。
 また、会報でクラス会の様子をお知らせください。
 楽しみにしています。
 次の機会には、参加できるように都合をつけたいと思っています。
 参加される皆さんによろしくお伝えください。
            伊庭R○子

 伊庭さんへ
 8月は家族水入らずの蘭・白耳義旅行いいですね。
 旅行の模様をmailで教えて下さい。
 【2637の会】《会報》にてclassmatesの皆さんにご紹介させて頂けたらと思います。
 次回=今秋11月の《クラス会 Part2》=での再会を楽しみにしています。
 お待ちしています。m(_ _)m

 ※ ※ ※

 続いて山中さんのmailです‥

 Sent: Monday, July 09, 2012
 来月のクラス会、子供の都合次第でまだわからないのですが、帰省する余裕はなさそうなので欠席ということでお願いします。
 賑やかなクラス会になるといいですね。
       山中K子

 山中さんへ
 昨年同様、今秋11月にも《クラス会》Part2でお会いしましょう!

 ※ ※ ※

 そして、菰田君からのmailです‥

 Sent: Tuesday, July 10, 2012
 菰田です。
 返事遅くなり申し訳ありません。
 今回は欠席になりそうです。
 12 日まで中国に出張の仕事が入ってしまいました。
 まだ変更の可能性がありますので出席できる見通しが立ったら連絡します。
 皆勤だったのに残念です。

 菰田君へ
 お盆の時まで海外出張とは大変ですね。
 今秋11月の《クラス会 Part2》で再会しましょう。
 それから、もし中国出張がなくなる様なことになったら08月11日の《Part1》にも是非参加して下さい。

 ※ ※ ※

 以上の結果、07月14日(土)01時30分現在、【2637の会】《クラス会》「出欠」表明状況は以下の通りです。
※【出席】横田、渡辺、千賀、伊東、今泉〔05名〕
※【欠席】石田(義)、今井、伊庭、山中、菰田〔05名〕〔以上、mail到着順・敬称略〕
 繰り返しになりますが、念の為、開催要領を以下に記します。

【開催要領】
1.日時:2012年08月11日(土) 18:00~
2.場所:トライアゲイン〔予定〕‥今回は皆さんのご希望があれば一次会を別の場所でも考えます
3.会費:一次会・二次会合算で5~6千円程度〔金額はまだ未確定です〕

 出欠確認のmailを本《会報》とは別便のe-mailにて配信しますので、早目に返信を頂戴出来れば幸甚です。
 極力往復葉書での出状を減らしたいと思いますので、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。
 今年も、懐かしく楽しいひとときを豊橋駅前で過ごしましょう! 皆さんからの朗報をお待ちしています。

■続いては、掲題・副題にあります様に07月05日に仕事で上京した帰途、山種美術館『福田平八郎と日本画モダン』展&東京都美術館『マウリッツハイス美術館 オランダ・フランドル絵画の至宝』展&国立西洋美術館『ベルリン国立美術館 学べるヨーロッパ美術の400年』展と、3つの絵画展覧会を移動時間を入れて3時間程、矢継早に見て来ましたので夫々簡単にご紹介させて頂きます。

 まず最初に訪れたのが広尾にある山種美術館『福田平八郎と日本画modern展』である。
 福田平八郎(1892-1974)は大分県大分市出身の日本画家。

《略歴》
 1918年 京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)卒業
 1919年 第01回帝展に『雪』初入選
 1921年 第03回帝展にて『鯉』が特選となり宮内省買上げとなる
 1932年 10月 第13回帝展に『漣』出品

[01]福田平八郎『漣』1932年
 011932__

 福田氏は、この『漣』により従来の京都画壇の伝統である「写実」から「より単純化された色彩と形態、斬新なangleによる彼独自の世界」へと作風が変化した。

 1930年 山口蓬春等日本画家と洋画家、批評家を交えた六潮会を結成
 1947年 帝国芸術院会員となる

[02]山種美術館『福田平八郎と日本画モダン(modern)展』leaflet:絵は『雨』1953年
 02modernleaflet1953

 『雨』は、既に確立されていた福田氏の名声をより高いものとした傑作。作者本人が本作品を描く経緯を次の様に記している。

 ある日、夕立が来るなと窓をあけて見ると、もう大きな雨粒がぽつぽつと落ち始めました。
 そして、大きな雨脚を残しては消え、残しては消えてゆきます。
 それが生きものの様にも思われて心を打たれました。
 それがこの作品を成す由因とはなりましたが、しかし私は最後は瓦の構成を主とし、雨を副としてこの作品を描き上げました。

 1953年 10月第09回日展に『雨』出品
 1961年 文化勲章受章
 1974年 03月22日没(享年82歳)
 
[03]福田平八郎『彩秋』1943年
 031943

––––––––––––––––––––––––[04]同『筍』1947年
 041947

[05]同『花菖蒲』1957年
 051957

––––––––––––––––––––––––[06]山口蓬春(1893-1971)『搨(とう)上の花』1949年
 06189319711949

[07] 小野竹喬『晨朝(じんじょう)※』1969年 ※午前06時(卯ノ刻)の別称
 07_1969_06

【小生comment】
 福田平八郎の代表作2作『漣(さざなみ)』と『雨』が前期と後期出品に分かれ『雨』しか見ることが出来なかったのがちょっと残念であった。
 本展では、「日本画modern」という副題の下に他の日本画家の秀品も数多く展示されていた。

 次に訪れたのが、上野にある改装なった東京都美術館。
 06月30日から09月17日迄開催中のマウリッツハイス美術館 オランダ・フランドル絵画の至宝』展。
 本展覧会の超目玉は、Vermeer『真珠の耳飾りの少女(別称:青いturbanの少女)』
である。
 本展では、Rembrandtの『自画像』もあった。この作品も結構有名である。

[08]Vermeer『真珠の耳飾りの少女』1665年
 08vermeer1665

––––––––––––––––––––––––[09]Rembrandtの『自画像』1669年
 09rembrandt1669

 その日最後の訪問先は、東京都美術館と同じ上野にある国立西洋美術館『ベルリン国立美術館 学べるヨーロッパ美術の400年』展である。
 閉館が17時半(入館締切17時00分)ということで、ギリギリに入館出来た。
 本展の目玉も、やはりVermeerの、こちらは『真珠の首飾りの少女』である。

[10]国立西洋美術館『ベルリン国立美術館 学べるヨーロッパ美術の400年』展の案内看板
 10_400

––––––––––––––––––––––––[11]ベラスケス『三人の音楽家』1616-20年
 11161620

[12]Vermeer『真珠の首飾りの少女』1662-65年
 12vermeer166265

【小生comment】
 3つの美術館を立て続けに梯子したのは、やはり東京は遠く、頻繁に訪れることが出来ないことから欲張った為である。
 だからと言っては何だが、上野の二つの美術館は、主にVermeerの2作品を見る為に訪問したと言っても過言でない。
 それにしても、小生は幸せ者である。
 丁度一年前の2011年07月17日、時習26回【3-2】の中嶋君と、京都市美術館へ『フェルメールからの love letter 展』を見に行った。そしてその時 Vermeer作品を3点を見た。
 その時の模様を、《会報》【時習26回3-7の会 0351】に次の様に記している。

 ※ ※ ※ ※ ※

 小生、(‥2007年12月05日に国立新美術館で『ミルクを注ぐ女』を見たのを最初に‥)これ迄に4回に亘り11(延べ12)点の Vermeer の作品を見ている。
 〔注〕延べで1点多いのは、『手紙を書く女と召使』が2年半で二度来日している為

 全世界に現存する作品が三十数点しかないと言われる Vermeer 作品の三分の一近くを、遡ること僅か4年間に国内に居乍らにして見られる幸せを実感し、そういう力ある国である祖国日本に感謝する。
 〔注〕以下に【時習26回3-7の 0351】のURLを記しておきます。ご参照下さい。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/26-035107230717.html

 ※ ※ ※ ※ ※

 小生、日本に居乍らにして、これ迄に見ることが出来たVermeer作品は、今回の2点を加え、通算04年07箇月の間に13(延べ14)点見たことになる。
 そして、「13作品のうちどれが一番好き?」と尋ねられたら、迷わず、「今回の『真珠の耳飾りの少女』!」と答える。
 小生の絵を見る審美眼は月並みかなぁ‥。(笑)

■続いては、掲題・副題の最後に記した『時習26回【1-4】ミニミニクラス会‥故・山田H則君を偲んで‥』についてである。
 本《クラス会》は、掲題・副題にある様に『‥故・山田H則君を偲んで‥』開催したものである。
 本会に至る経緯(いきさつ)を述べると以下の通りである。

 実は小生、06月初旬夜09時過ぎだったと思う。
 私用で名古屋へ行った帰途上、JR東海・名古屋駅改札口で「おいっ、悟君!」とfirst nameで小生の名前を呼ぶ、何処かで聞き覚えのある声が聞こえて来た。
 (誰だろう?)と思い、声がした方を振り向くと、実に懐かしいではないか! 宮田T康君(時習26回【3-2】)が立っていたのだ。
 再会した時間から言って‥、勿論、彼は仕事の帰りだという。
 彼とは時習26回の同期で、旧【1-4】と【2-8】でclassmate。
 更に、大学法学部まで同窓同期の間柄にある。
 彼とは、毎年年賀状の遣り取りをしているので音信はあるのだが、もう十何年会っていない。
 実を言うと、この宮田T康【3-2】君に、安形S二君&故山田H則君【3-1】、飯田H祥君【3-2】、水藤T詳君【3-6】、そして小生を合わせた6人組が、全員、時習26回【1-4】のclassmates。
 ついでに言うと、飯田・水藤・宮田・山田・小生の5人は【2-8】でもclassmates。
 この六人組は、不思議と馬が合った仲間であった。
 そこで僅かな時間の立ち話乍ら、久し振りに『全員集合』することで意見が一致。
 5人全員の日程調整をして07月07日の《ミニミニクラス会》となった訳である。
 こうなると、ここでも幹事役を引き受けた小生、「折角だから女性陣がいた方が《クラス会》が華やいでいいよな」という思いに至った。
 そこで、同じ【1-4】のclassmateの林恭子さんにお願いして都合をつけて頂き、計06人の集いとなったという次第である。

 添付写真[13]がその【1-4】の全体写真である。
 ‥→安形・飯田・石川・市川・今泉(悟)・(今泉)T明・(今泉)F雄 // 岩瀬・岩田・梅田・太田・大矢・越智・河崎 // 相楽・白井・杉浦・水藤・(鈴木)K二・(鈴木)T彦・(鈴木)H男 // (鈴木)祥夫・中嶋・花井・波田野・藤川・星野 // 前田・南谷・宮田・村田・森・山田 // 山本・渡辺・伊藤(Ky子)・(伊藤)K子・小笠原・河合(S○子) //(河合)M美・内藤・林・細沢・本田・渡辺←‥
 小生、入学当時の【1-4】の模様を今でも鮮明に覚えているから不思議だ。以上45人のclassmatesの名前は今でも諳んじることが出来る。
 因みに、入学直後の席順は上記名簿順だった。具体的には、南(職員室)側から北(校庭)側へ、西(教壇)に向かって縦07人×03列、次いで縦06人×04列の計07列が並んだ。上記名簿の[ // ]が縦01列の句切れである。
 でも【1-4】のclassmatesは、この45人のうち、河崎・(鈴木)T彦・村田・山田の4人が、全体写真に写っている副担任・内藤KM子(愛称:ポケット)先生と共にもう彼岸に行って仕舞っている。41年の歳月はやはり隔世の感がある。

 更に余談である。
 故・山H裕則君を含めたこの我等06人の仲間は、主に高校卒業後も数年間の付き合いがあった。中でも高校卒業後3年連続で一緒に国内旅行をしたことが、今ではとても楽しく懐かしい貴重な思い出になっている。3つの旅行とは以下の通りである。
 ①昭和49年08月11~14日:【萩・津和野旅行】(参加者:安形・飯田・水藤・山田・小生)
 ②昭和50年08月?~?日:【四国旅行(松山道後温泉・足摺岬他)】(同上:安形・水藤・宮田・山田・小生)
 ③昭和52年03月14~22日:【九州旅行(長崎市街・平戸・島原・熊本城・阿蘇山・大分市・小倉・鹿児島市(鶴丸城・桜島))・宮崎(青島)】(同上:安形・飯田・水藤・宮田・小生)

 最初の2つの旅行について、小生は記念写真を貼ったalbumをかなり以前から見失っている。思うに、銀行員時代、十数回転勤・転居を繰り返しているうちに紛失して仕舞った様だ。そこで本稿では、飯田・水藤両氏に確認出来たことを加えて記している。以上も余談。
 ①②③三回の旅行は、いずれも誰か一人欠席していた。

 三回の旅行の中でも、最後の8泊9日の【九州旅行】は半分が車中泊の強行軍で、内容も極めてmaniacで豊富であった。
 それは、故・山田&水藤両君がかなりの鉄道maniaであった為、彼等のcollaborationに拠る綿密な(?笑?)計画により、【九州旅行】の移動手段である汽車・列車や路線の随所に「こだわり」が施してあったのである。
 例えば、「阿蘇から大分を経由して日豊本線で鹿児島」へ行く処、大分からわざわざ日豊本線を北上して「小倉」まで戻って「小倉からまた大分を通って鹿児島」へ行った具合に‥。まぁ、鉄道に関心の薄いあとの4人にとっては極めて不可解な旅でもあった訳だが‥。(笑)
 今だから改めて思うことなのだが、故・山田&水藤両君に心から感謝している。
 それは、もう一生で二度とない様な貴重な経験をさせて頂いたからだ。
 具体的には、「肥薩線の大畑(おこば)の『ループ線&スイッチバック式』」と「豊肥本線の立野の『スイッチバック式』」を経験出来たこと等である。
 勿論、乗っていた時は、「『ループ線』はただトンネルの中を通っているだけ」であったし、「『スイッチバック式』では「ちょっと前進しては今度はちょっとbackする」‥この繰り返し」で、「だからどうしたっていうの?」って感じではあったが‥。(笑)

 ただ、この楽しかった【九州旅行】で一つ大変残念だったことがある。
 それは、この旅行を計画を立案して一番楽しみにしていた故・山田君当人が(その理由は忘れたが)、参加していないということだ。
 天国でもきっと「あの時無理してもみんなと行っときゃ良かった」とボヤいているかも‥。(笑)

 添付写真の《ミニミニクラス会》会場で再会した6人は添付写真[20][21]をご覧の様に大変若々しく至って元気! 無茶苦茶楽しい4時間(18:00-22:05)を過ごすことが出来た。

 これが《ミニミニクラス会》最後の余談‥。
 週明けに宮田君から《クラス会》幹事の小生宛にお礼のmailが届いた。
 宮田君に了解を頂戴していないが、とてもいい文章なので、文脈がズレない程度に一部省略修正してご紹介します。

 どうもご苦労様でした。
 相変わらず、我々の毒舌にもよく耐えて頂いて感謝、感謝です。
 恐らく、天国では、山田君が若干の怒りを吐きながらも、聞いていたのではないでしょうか。
 〔‥中略‥〕土曜日(=【1-4】ミニミニクラス会)の様に、屈託なく笑い合えるという〔‥中略‥〕、大変楽しいというか、違った世界で飲むことができて、悟君に感謝してます。
 どうも、ありがとうございました。

【小生comment】
 こういう慰労の言葉を頂戴すると、万年幹事をやっている甲斐があります!(^-')b
 前《会報》で、姜尚中氏が「第八章 なぜ死んではいけないか‥何が生きる力になるのか」の中で言っていた以下の言葉と通じる処があります。

 『「人は一人では生きられない」とよく言います。
 〔中略〕自我を保持していく為には、やはり他者との繋がりが必要なのです。
 相互承認の中でしか、人は生きられません。
 相互承認に拠ってしか、自我は有り得ないのです。』
 
 小生にとって、【2637の会】membersの皆さんをはじめとする時習26回の同期の仲間達が頼りです。今後とも宜しく!(^-')b

[13]時習26回【1-4】全体写真〔1971年04月撮影〕
 1326197104

––––––––––––––––––––––––[14]同【2-8】同〔1972年04月撮影〕
 14197204

[15]【1-4】お別れ会での故・山田H則君〔於:豊橋動植物公園(1972年03月)〕
 15197203

––––––––––––––––––––––––[16]【九州旅行~『島原外港⇒三角へのフェリー甲板にて安形君(右)と小生』】1977年03月
 16_197703

[17]【九州旅行~『阿蘇山河口付近での4人(宮田・飯田・水藤・安形)】同上
 17197703

––––––––––––––––––––––––[18]【九州旅行~『鹿児島城山公園の西郷高盛像の前にて(飯田・小生・水藤・安形)』】同上
 18197703

[19]【九州旅行~『同上(飯田・水藤・安形・宮田)』】同上
 19197703

––––––––––––––––––––––––[20]時習26回【1-4】ミニミニクラス会での全体写真〔その1〕2012年07月07日
 2026_20120707_at_try_again

[21]同上〔その2〕同上
 2126_20120707_at_try_again_2

【後記】今日のお別れは《クラス会》をimageしてつくった拙歌を二首お届けします。

 内容が稚拙で単純なので解説は要りませんよね‥。(笑)

 憧れのひとのその後を聞きしかば 心ときめく我が幼さよ  悟空
 盂蘭盆に口角沫を飛ばし合ふ 友と場のある幸(さち)を噛み締む  悟空

 ではまた‥。(了)

2012年7月 8日 (日)

【時習26回3-7の会 0401】~「【時習26回3-7の会】《2012年 クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その2〕」「姜尚中著『続・悩む力』を読んで」「06月30日:名古屋ボストン美術館『ボストン美術館 日本美術の至宝(前期)』展を見て」「06月30日:『大学弓道部ミニ同窓会』に参加して」

皆さん、今泉悟です。《会報》【0401】号をお届けします。

■さて今日は、まず前号に引き続いて08月11日開催予定の【2637の会】《2012年 クラス会 Part1》「出欠」表明状況〔その2〕をお伝えします。
 今日も「吉報」があります。
 千賀S始君から「出席」表明を頂戴しました。
 千賀君、いつも《クラス会》への参加協力、本当に有難う! 今年も再会を楽しみにしています!
 それでは早速、千賀君からの「出席」表明mailをご紹介します。

 Sent: Tuesday, July 03, 2012
 2012年08月11日(土)《クラス会》に
 ・出席する
  氏名:千賀 S始
     よろしくお願いします

 そして、あとお二人、石田Y博君と今井S○子さんからmailを頂戴しましたが、お二人とも今回は「欠席」されるそうです。
 石田君は、今回は息子さんの結婚式と重なって仕舞い「欠席」されるそうです。
 《クラス会》にいつも参加してくれる石田君の「欠席」は大変残念ですが、大変お目出度いことですから‥。
 そして今井さんは、《クラス会》当日は私用と重なり「欠席」されるそうです。
 が、次回《クラス会》にはお会い出来れることを祈念しています。

 石田君と今井さんへ
 今秋11月にも《クラス会》Part2を予定していますので、その時には是非再会しましょう!
 以下にお二人からのmailをご紹介します。

 mail当着順にまず石田君から‥

 Sent: Sunday, July 01, 2012
 今泉 悟 様
 いつも力作メール有難うございます。
 さて、8/11のクラス会ですが、実はこの日に二男の結婚式があり、残念ながら参加できません。
 次回を楽しみにしています。
 石田 Y博

 続いて、今井さんから‥

 Sent: Saturday, July 07, 2012
 今泉様 
  クラス会幹事大変ご苦労様です。毎週のメール配信頭が下がります。
  渡辺さんからもお誘い頂いたのですが、、私用があり欠席させていただきます。
  御無沙汰して大変申し訳なく思っています。皆様によろしくお伝えくださいませ。
■ 2012年08月11日(土)《クラス会》に
  ・欠席する
  今井 S○子

【小生comment】
 渡辺さん(‥今回出席表明して頂いている‥)が今井さんにお声をかけて下さったのですね。
 幹事としてこれ以上嬉しく頼もしい援護射撃はありません!
 渡辺さん、《クラス会》盛会へのご尽力、本当に有難うございます。
 一人でも多くの女性陣が参加して頂けると《クラス会》が一層華やかになり嬉しいのですが!(^-')b

※※※

 以上の結果、07月08日(日)11時00分現在、【2637の会】《クラス会》「出欠」表明状況は以下の通りです。
※【出席】横田、渡辺、千賀、今泉〔04名〕
※【欠席】石田(義)、今井〔02名〕〔以上、mail到着順・敬称略〕
 繰り返しになりますが、念の為、開催要領を以下に記します。

【開催要領】
1.日時:2012年08月11日(土) 18:00~
2.場所:トライアゲイン〔予定〕‥今回は皆さんのご希望があれば一次会を別の場所でも考えます
3.会費:一次会・二次会合算で5~6千円程度〔金額はまだ未確定です〕

 出欠確認のmailを本《会報》とは別便のe-mailにて配信しますので、早目に返信を頂戴出来れば幸甚です。
 極力往復葉書での出状を減らしたいと思いますので、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。
 今年も、懐かしく楽しいひとときを豊橋駅前で過ごしましょう! 皆さんからの朗報をお待ちしています。

■さて、続いての話題である。今日は、《会報》前号の姜尚中(カン サンジュン)1950.08.12-)氏の著書『悩む力』の続編、『続・悩む力』」をご紹介します。
 これ等二冊の本はvolumeは新書版なので然程多くない。しかし、氏の明晰な頭脳と碩学に裏打ちされた論理展開は、強い説得力を持ち、読者に新しい気づきを与えてくれる名著である、と思う。
 「『人は一人では生きられない』‥自我を保持していくには他者との繋がりが必要‥『相互承認の中でしか、人は生きられない』‥相互承認に拠ってしか自我は有り得ない」。
 「『幸福』は求めて得られるものではない‥心が命じることを淡々と積み重ねてやっていれば、後で振り返った時に、自ずと十分に幸福な人生が達成されている筈だということ‥」。
 以上の言葉は、この後詳述するが、大変深みと含蓄がある。本書二冊は換言すれば、「本来あるべき人間の生き方」を探求した本である。氏が本書のあとがきの最後にこう述べている。

 私(姜)が本書で言いたかったこと、それはその様な楽観的人生論や幸福論を篩(ふるい)にかけ、悲観論を受け入れ、死や不幸、悲しみや苦痛、悲惨な出来事から目をそらさず、しかしだからこそ、人生を存分に生きる道筋を示すことだった。それは、「人間が、はかなく死ぬ運命にあるということを念頭に置いて、あくまでも謙虚に人間的なるものを肯定する」(テリー・イーグルトン(Terry Eagleton, 1943.02.22-)『宗教とは何か』)ということにほかならない。(【小生注】これは何となれば‥)
 原子力の様な先端的な科学・技術の「安全神話」にどっぷり浸かっていた精神構造と「楽観論は力に通じる」というmottoとは明らかに通底し合っている。そこには、悲観論が入り込む余地は何処にもなかったのである。それは、科学・技術だけの問題ではない。大きく言えば、この社会に生きる私達の人生の価値や意味を縛っていたものでもあるのだ。
 今や、その様な楽観論や幸福論の限界がハッキリとしたのではないか。勿論、それでも懲りずに新手の楽観論を振り撒く人々が後を絶たず、また何事もなかった様に手垢に塗(まみ)れた幸福論の回復を望む人々がいる。

【小生comment】
 姜氏は、前著『悩む力』の「第八章 なぜ死んではいけないか‥何が生きる力になるのか」の中でこう述べています。

 〔前略〕今の社会では、否応なく世の中から見捨てられた気分で孤立している人も少なくないと思います。そうした人達だけではありません。恐らく、活動的に仕事をし、懸命に自己実現を果たそうとしている人の中にも、空虚なものが広がっているのではないでしょうか。私自身、自分の生き甲斐というものを考えてみて、いったい何があるのだろうと、答えが出ないことがありました。多分、お金や学歴、地位や仕事上の成功といったものは、最終的には人が生きる力には成り切れないのでしょう。
 では、力になるものとは何なのかと問うていくと、それは、究極的には個人の内面の充足、即ち自我、心の問題に帰結すると思うのです。
 此処で私は再び、(【小生注】夏目漱石著)『心』の先生のことを思い出します。
「自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、其犠牲としてみんな此淋しみを味わわなくてはならないでしょう」と先生は言いました。
 先生はお金に困っている訳でもなく、厭世的ではあるけれども、引き籠っている訳でもありません。その点では、何不自由なく生きています。その先生に死を考えさせて仕舞うのは、やはり自我の孤独なのです。
「人は一人では生きられない」とよく言います。それは経済的、物理的に支え合わねばならないという意味だけでなく、哲学的な意味でも、やはりそうなのです。自我を保持していく為には、やはり他者との繋がりが必要なのです。相互承認の中でしか、人は生きられません。相互承認に拠ってしか、自我は有り得ないのです。

【小生comment】
 そして姜氏は、本著『続・悩む力』の「終章 それが最後の一日でも、幸せは必ず掴み取れる‥巨人たちの背中を見よ」の中でこう纏めています。
 章題にもなった「それが最後の一日でも幸せは必ず掴み取れる」を、V.E.フランクル(Frankl,1905-1997)が示した「人間の真価」とトルストイ(Tolstoy,1828-1910)の著書『イワン・イリッチ(or イリイチ)の死』を用いて論証している。
 V.E.Franklは、第二次世界大戦中、ユダヤ(Judea)人であるが故にNazisにより強制収容所に送られた体験を『夜と霧』に著した精神科医。彼は「人間の価値のありか」を3つの「人間の真価」=『創造』『経験』『態度』に分類し、『態度』が最も尊いと言う。
 『イワン・イリイチ』は45歳の帝政Russiaの俗物的裁判官。その彼が不治の病に罹り、肉体の苦痛と死への精神的恐怖で二重に苦しむ。拠(よりどころ)となる家族に辛く当たる様になり妻や娘達からも嫌われ、彼の心はどんどんと荒んでいく。
 以下、『続・悩む力』から引用する。

 ところが、いよいよ病気が悪化して死の一時間程前になった時、イリイチはbedの傍らで父(=自分)のことを思って泣く中学生の息子の姿を見て、突然、自分の態度が家族を苦しめていることに気がつくのです。そして、彼等を苦しみから解放してやらなければ可哀相であり、自分もまた救われないと思い至ります。
 その気持ちは突然、前触れなく訪れました。その途端、彼は痛みと恐怖から解放されたのです。〔中略〕
 主人公の人生を素晴らしく良いものに変えたのは、裁判官としての業績や地位の財を築き上げた何十年間の社会的『創造』ではなく、家族に思い遣りの気持ちを示した、たった一時間足らずの『態度』だったということです。〔後略〕

 私たちの「『人生』は、ほかならぬその人生から発せられる問いに一つひとつ応答していくこと」であり、「『幸福』というのは、それに答え終わった時の結果に過ぎない」のです。ですから、「『幸福』は人生の目的ではないし、目的として求めることも出来ない」のです。つまり、「『幸せ』を掴む為に何かをやる、という考え自体が本来的に成り立たない」のです。
〔中略〕
 しかし、「『幸福』は求めて得られるものではないというのは、努力しても無駄なのだ」というnihilismでは、勿論ありません。
 良い未来を求めて行くというよりも、良い過去を積み重ねて行く気持ちで生きて行くこと。恐れる必要も無く怯(ひる)む必要も無く、ありのままの身の丈で良いということ。今が苦しくてたまらなくて、つまらない人生だと思えても、いよいよ人生が終焉する一秒前迄、良い人生に転じる可能性があること。何もactiveなことが出来なくても、何も創造出来なくても、今其処にいるだけで、あなたは十分あなたらしいということ。だからくたくたになる迄自分を探す必要などないということ。そして、心が命じることを淡々と積み重ねてやっていれば、後で振り返った時には、自ずと十分に幸福な人生が達成されている筈だということ‥‥。〔中略〕
 以上が、私達が個人として生きていく社会的存在としてのあるべき『態度』です。そして、「『尊厳』というものが意識される社会」、「人の『唯一性』や『一回性』が意識される社会」が望まれる社会です。これ等のことが、社会を問い直して行く時の基本にならなければなりません。〔後略〕

[01] 姜尚中著『続・悩む力』
 011

【小生comment】
 姜尚中氏の『悩む力』『続・悩む力』の二冊を読んで、小生は「人間の生き方」についての価値観が少なからず変わった。平手打ちで頭に二三発喰らった様な衝撃を受けた。これからも迷いが生じたらこれ等二冊の本を是非読み返してみたいと思う。

■続いては、「名古屋ボストン美術館『ボストン美術館 日本美術の至宝(前期)』展を見て」です。
 小生、06月30日(土)、大学弓道部時代のミニ同窓会に出席する前、06月23日から開催中のこの展覧会を見て来ましたのでその中から傑作選を幾つかご紹介します。

[02]名古屋ボストン美術館『日本美術の至宝展』図録
 021

––––––––––––––––––––––––[03]長谷川等伯(1539-1610)筆『龍虎図屏風』(部分)
 03153916101

[04]尾形光琳(1658-1716)筆『松島図屏風』
 04165817161

––––––––––––––––––––––––[05]伊藤若冲(1716-1800)筆『十六羅漢図』
 05171618001_2

■続いては、上述した様に06月30日の18時から名古屋駅前の居酒屋で『大学弓道部時代の同期生10名と前後1代4名の計14名が集った『ミニ同窓会』の模様です。これは前《会報》で予告した同窓会です。
 因みに【時習26回】からは小生のほか、【3-2】の飯田H祥君が参加しました。気の置けない仲間等との同窓会・同期会というものはホントいいものですね。

[06]大学弓道部第18第±1代ミニ同窓会201206301 in Nagoya
 0618120120630in_nagoya1

【後記】今日のお別れは、姜尚中著『悩む力』から「第七章「変わらぬ愛」はあるか‥〔相互のperformanceの所産〕&〔灰の中の残り火、それも愛〕」をご紹介してお別れしたいと思います。

【相互のperformanceの所産】
〔前略〕結局「愛には形がない」ということです。形がないだけでなく、「愛のあり方は刻々と変わる」のです。
「私にとってこの人は何なのか?」と問うことは、問いかけ自体が間違っているのではないでしょうか。即ち、相手と向かい合う時は、相手にとって自分が何なのかを考える。相手が自分に何を問いかけているのかを考える。そして、それに自分が応え様とする。相手の問いかけに応える、或いは応えようとする意欲がある、その限りに於いて、愛は成立しているのではないでしょうか。
 よく、長く付き合っている恋人同士や夫婦がこう言うのを聞きます。「彼への愛が冷めちゃったの」「彼女が心変わりした」「昔の様に愛せない」。しかし、それは正しいのでしょうか。
 誰もが「これこそ愛だ」というものを取り出したがりますが、愛というものには形がないから、取り出せません。ただ、「愛」という漠然としたものの中で唯一取り出し可能なのが「性」だと言うことは出来るかもしれません。だから、愛を掴みかねている時に、性に頼るということもあるでしょう。
 かと言って、今の人々が所謂普通のsexに信を置いているかというと、それ程でもないと思います。〔中略〕
 結局、愛というのは、ある個人とある個人の間に展開される「絶えざるperformanceの所産」の謂(いい)なのであって、どちらかが何かの働きかけをし、相手がそれに応えようとする限り、その時その時で愛は成立しているのだし、その意欲がある限り、愛は続いているのです。〔中略〕愛は、どんどん有様(ありよう)が変わって行く。しかし、その時々に、互いの間に何かの問いかけがあり、互いの間にそれに応える意欲があるということが、多分一番重要なのです。
 人の愛し方などという法則はなく、chessの勝負と同じ様な、予めこれと決まった手順もありません。その時その時の配置を見乍ら、最良と思える手を打っていく。それと同じ様に、相手から一つひとつ投げかけられる問いに一つひとつ応えていく。そして、最終的に相手に対して遂行的になる意欲が全くなくなった時に、愛は終わるのではないでしょうか。
 相手に対して熱烈な愛情を持ち続けることは不可能に近いことで、その温度が下がった時、多くの人が寂しさを感じるのでしょう。しかし、それは愛の有様が変わっただけであり、愛がなくなった訳ではないのです。
 それは結婚しようが仕舞いが恐らく同じことで〔中略〕す。

【灰の中の残り火、それも愛】
〔前略〕漱石は大半の男女の関係を夫婦という形で描きました。そして〔中略〕一見、どの夫婦もあまり幸せそうには見えません。多くの夫婦が自我と自我とをぶつけ合って、或いは、幻想と現実の違いに疲れて、どうにもならない処に嵌り込んでいる様に見えます。しかし、実はそうとばかりも言えないのではないかと思います。何故なら、不毛に見える関係の処々に、光が見えるからです。
 例えば、私は『門』の宗助とお米(よね)という夫婦が好きです。かつて友人を裏切って迄熱愛に走った彼等は、今は慙愧(ざんき)の念から抜け殻の様な隠遁生活を送っていますが、彼等の暮らしの中には灰の中の残り火の様な温(ぬくもり)があります。
〔中略〕
 考えてみれば、夫婦には親子の様な血縁関係はありません。もともとは赤の他人です。にも拘らず、どちらかが亡くなると、悲嘆に暮れ、相手に対する愛惜の念が出ます。それは、愛というものが有様を変え乍らお互いの中に存在し、その集積が自分の人生にもなっているからではないでしょうか。ですから最終的に愛が成就出来たかどうかは、人生が終わってみないと分からないのです。
〔中略〕
 更にもう一つ、漱石の登場人物について言えることがあります。それは、愛というものが男女の相互のperformanceの所産であるという意味では、彼等は決して愛に対して怠け者ではなかったということです。つまり、お手軽ではなかったということです。
 繰り返しますが、愛とは、その時々の相互の問いかけに応えていこうとする意欲のことです。愛の有様は変わります。幸せになることが愛の目的ではありません。愛が冷めた時のことを最初から恐れる必要はないのです。(了)

【小生comment】
 姜氏の「愛」についての言葉は含蓄があり考えさせられる。
 「愛」について歌った名句というと、小生、次の句を直ぐ思い出す。
 前《会報》でご紹介した俳句にもあった(春の)季語「鞦韆」を使った三橋鷹女(1899-1972)の作品である。
 因みに、2008年03月02日付【時習26回3-7の会 0159】にてご紹介済の作品でもある。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/26_015933190319_35cc.html ←ご参照下さい。

 鞦韆(しうせん)は漕ぐべし愛は奪ふべし 鷹女

 こういう俳句を女性が詠む処が斬新で面白い。

 ではまた‥。(了)

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