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2012年9月の4件の記事

2012年9月29日 (土)

【時習26回3-7の会 0413】~「【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報」「09月22日:トヨタ鞍ヶ池記念館~鞍ヶ池art salon『眼と技と―日本画の匠』展 & 岡崎市美術博物館『水野美術館collection名品展―近代日本画を築いた巨匠たち』展を見て」「中島恵著『中国人エリートは日本人をこう見る』を読んで」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0413】号をお送りします。
 今日はまず、来る11月03日開催予定の【2637の会】《クラス会2012 Part2》》出欠経過速報からお伝えします。
 09月26日に渡辺S○子さんから返信mailが届きました。
 渡辺さんは今回は都合がつかず「欠席」されるとのことです。

 渡辺さんへ
 今夏の《クラス会2012 Part1》に出席してくれてホント有難うございます。
 11月03日の《クラス会2012 Part2》欠席は大変残念ですが仕方ありません。また来夏の《クラス会2013 Part1》で再会出来ることを楽しみにしています。

 【出席】:―
 【欠席】:千賀、渡辺〔以上、到着順、敬称略〕
 【2637の会】membersの皆さん、《クラス会2012 Part2》へ参加の程、宜しくお願いします。
 とくに今夏《クラス会 Part1》に参加出来なかった皆さん、朗報をお待ちしています。
 m(_ _)m

■続いての話題です。小生、09月22日(土)の午前中から昼過ぎにかけて、車で豊田市内の鞍ヶ池畔にあるトヨタ鞍ヶ池記念館~鞍ヶ池art salonにて12月16日迄開催中の『眼と技と―日本画の匠』展と、岡崎市美術博物館にて10月21日迄開催中の『水野美術館collection名品展―近代日本画を築いた巨匠たち』展を続けて見て来ましたので、その模様についてご報告させて頂きます。

[01] 鞍ヶ池art salon『眼と技と―日本画の匠』展leaflet:絵は川合玉堂『深山抄秋』(部分)
 01art_saron

 まず最初は鞍ヶ池art salon『眼と技と―日本画の匠』展である。Leafletに「トヨタ自動車創立75周年記念企画」と銘打っているだけあって、展示作品数総数は僅か22点であるが、作品が『超』がつく日本画の泰斗の作品ばかりで、展示室内に入った瞬間、脳天にガ―ンと一発喰らった様な感動的なshockを受けた。
 以下に展示作品22点を記す。ご高覧下さい。

【01】前田青邨(1885-1977)『鵜飼』1933年
【02】横山大観(1868-1958)『不二霊峰』1940年頃
【03】上村松園(1875-1949)『つれづれ』1940年頃
【04】川合玉堂(1873-1957)『深山抄秋』1930年頃
 021930

【05】奥村土牛(1889-1990)『栗』1950年
【06】小林古径(1883-1957)『菖蒲』1948年
 031948

【07】徳岡神泉(1896-1972)『畠』1952年
【08】福田平八郎(1892-1974)『鮎』1969年
【09】片岡球子(1905-2008)『めでたき富士』1997年
【10】小倉遊亀(1895-2000)『雨に咲く』1969年
【11】東山魁夷(1909-1999)『清晨』1970年
【12】高山辰雄(1912-2007)『朝』1996年
【13】奥田元宋(1912-2003)『遠山早雪』1994年
【14】加藤栄三(1906-1972)『千鳥』1956年
【15】吉岡堅二(1906-1990)『頸飾のロバ』1970年
【16】山本丘人(1900-1986)『或る港』1960年
【17】秋野不矩(ふく)(1908-2001)『渡河』2001年
【18】吉田善彦(1912-2001)『鵤(いかるが)立夏』1969年
【19】同上(同上)『新雪東大寺』1969年
【20】岩橋英遠(1903-1999)『夕雲』1990年
【21】麻田鷹司(たかし)(1928-1987)『満開御車返』1981年
【22】上村松篁(1902-2001)『双鳩』1985年

【小生comment】
 上記展示作品一覧をご覧の通り【01】前田青孫から【22】上村松篁迄、はいずれも日本画が好きな者なら垂涎の的の傑作ばかり‥。
 愛知県内にお住まいの皆さんで絵画に少しでも関心ある方なら必見の展覧会です。
 入場料は無料。観覧後にenqueteの応えると、主に展示作品のpostcardを2枚presentしてくれる。
 小生は、この《会報》にupするpostcardを確保する為にいつもenqueteを書く。
 そしてその時いつも迷う質問に出会う。
 それは「一番気に入った絵は何でしたか?」という質問である。
 Masterpiecesばかりなので一つだけ選ぶのは大変難しい。
 今回は特にそうだった。
 そして選んだ作品は‥、【10】小倉遊亀『雨に咲く』である。ただ、この作品はpostcardもなく、皆さんにお示し出来ないのが大変残念である。
 それにつけても、絵画fanにとっては堪えられない魅力ある「鞍ヶ池art salon」である。
 「『トヨタ自動車』って凄い会社だ」と技術面以外の処でも変に感心してしまった。
 皆さんも、騙されたと思って是非一度尋ねてみて下さい。決して後悔しませんから‥。!(^-')b

 続いて訪れたのが岡崎市美術博物館である。『水野美術館collection名品展―近代日本画を築いた巨匠たち』を見る為である。
 浅学な小生、水野美術館については今回初めて知った。
 同美術館は、長野市に本社を置くホクト株式会社創業者水野正幸氏が蒐集した日本画をもとに平成14年に長野市に開館した。地元飯田市出身の日本画家菱田春草と彼の盟友横山大観の絵を中心に所蔵作品総数は約400点を誇る。
 本展覧会も素晴らしかった。水野美術館はいつの日にか長野市を訪れたら是非訪ねてみたい美術館になった。
 それでは展示作品を中心に同美術館が所蔵する名品の数々をご覧下さい。

[04]岡崎市美術博物館『近代日本画を築いた巨匠たち~横山大観から平山郁夫まで~』展leaflet:絵は横山大観『無我』1897年
 04leaflet189

––––––––––––––––––––––––[05]横山大観『讃春』1953年頃
 051953

[06]横山大観『霊峰富士』1955年頃
 061955

––––––––––––––––––––––––[07]上村松園『かんざし』1938年
 071938

[08]伊東深水『銀屏風』1953年
 081953

––––––––––––––––––––––––[09]加山又造『猫と牡丹』1990年
 091990

[10]横山操『赤富士』制作年不詳
 10

––––––––––––––––––––––––[11]平山郁夫『静夜鹿苑寺金閣』2004年
 112004

[12]山口蓬春『静物』1969年
 121969

【小生comment】
 いずれも素晴らしい日本画の名品ばかりである。これ等の中でとくに小生気に入ったのが最後の横山操と平山郁夫、山口蓬春の作品3点。
 いずれも日本画とか西洋画という枠を超越した傑作だと小生は思うが、皆さんはどう感じられましたか?

■そして今日最後の話題は、「中嶋惠著『中国エリートは日本人をこう見る』を読んで」である。

[13]中島恵『中国人エリートは日本人をこう見る』
 13

 今、尖閣列島問題が日中両国の関係に大変暗い影を落としている。
 そんな中、小生、中島恵氏の著作『中国人eliteは日本人をこう見る』という本を手に入れ早速読んでみた。
 中島氏が「あとがき」で次の様に纏めているのでご紹介したいと思う。
 そして掲載順序は前後するが、氏が中国人eliteの中でもTop eliteと思われる若い中国人男性の王氏に尋ねた【中国の民主化の時期はいつ来るか】についてを続けてご紹介する。

〔前略〕本書のThemeである「中国人eliteの日本観、日本人観」を書くきっかけとなったのは2009年にあるnewsを目にしたことだった。在日中国人の数が在日韓国・朝鮮人を上回って日本最大の在日外国人になったというのだ。〔中略〕
 若い中国人eliteにinterviewしてみると、みな驚く程優秀で、GDPでの「日中逆転」現象を喜ぶどころか、冷静な目で自国の発展を見ていることに驚かされた。そして、日本について、日本人について、自分なりの意見を確り持っていた。〔中略〕
 彼等に共通しているのは、既存の中国mediaが作り上げた「日本のimage」を信じることなく、自らの目で見たものを判断したいという真摯な態度であり、何事にもpositiveに取り組むenergyだった。
 彼等の多くは20代で、〔中略〕彼等の個人史を聞いているうちに、〔中略〕中国の多様さ、奧深さ、そして日中関係の結びつきの深さについて考えさせられる様になった。〔中略〕
 反日世代で我儘、自己主張が強いと思われているいる中国の若者達。彼等の親達は、文革期に子供時代を送り、日本の高倉健や山口百恵に憧れ、日本のhit曲『北国の春』を聞いたという世代であり、彼等は日本を嫌うどころか、知らず知らずのうちに両親の影響を受け、潜在的に日本に対する関心を抱いて育って来た。〔中略〕
 彼等が幼少期に見ていたア二メは、やはり私(中島)が幼少期に見ていた『ドラえもん』や『一休さん』であったし、彼等が熱狂したdrama『東京ラブストーリー』は私が20代前半に夢中になったdramaでもあり、共通する話題も多く、あたかも友人同士の様な関係で本音を語ってくれた。〔後略〕

【中国の民主化の時期はいつ来るか】
〔前略〕王は民衆が立ち上がって革命を起こすことには疑問を呈す。中国の歴史を振り返ると、暴政で過重な徴税があった時に暴動が起きたことがあったが、満足にご飯が食べられていれば暴動による変革は起こりにくいという考え方だ。
 だが、中国には天安門事件という暗い過去があり、当時デモに参加したelite達には一生消えない「政治的汚点」が残されたと彼は言う。〔中略〕現在でも中国にとって天安門事件は最大の政治的タブー(taboo)だ。だから王は「今後、同じ様な政治運動は起こらないでしょう」と予測する。
 そして、その民主化の時期がいつ来るかは彼自身にも分からない。ただ、よく言われている様な一党か多党かということはあまり問題でなく、それよりきちんと機能する市民社会を作ったり、地方自治を充実させたりするといった地道な努力をしていくべきではないかと考えている。〔中略〕
「一党独裁である以上、民主化は安易に実現しないと海外の人からは思われていますが、民主化にも様々なpatternがあるのです。私は今の中国は米国的民主化どころか中国的民主化の道すら分かっていない状況だと思う。例えば、町の住民委員会の改選でマンションの壁に候補者のビラが貼ってあるのですが、一般の人々はそのビラに見向きもしません。誰に投票していいのか自分の意思どころが関心すらもないのです。そうした姿を見ていると、いくらネット上で民主化を訴えていたとしても、これが中国の実情だと思わざるを得ません」
「今の中国は日本の70年代、米国の60年代だという意見を述べる人がいますが、私はそんなに単純に歴史を辿ることはないと思います。中国には中国なりの政治の伝統、思考の回路、複雑な人間関係があり、中国共産党が中国なりの民主化を模索していくと思います。でも、具体的に中国の民主化がこれからどうなっていくのか。それは中国の力だけでは出来ません。海外の様々な意見を聞いて、中国自身が考えていくべき問題だと思います。だからどうか、色々な意見を僕達に聞かせて下さい」。

【小生comment】
 我が国日本と中国は、隣国という関係で永遠に関わっていく関係にある。
 このことも中国人eliteの若人の一人が次の様に述べていた。
「日本も中国も世界地図からは絶対に消えない国。今後、日中関係にどんなことがあっても、どちらも引越しは出来ず、隣国として共存していかなくてはなりません。そのことをよく理解した上で、お互いに尊重してつき合っていけたらいい。勿論、つき合っていくのは国家だけでなく、私達、一人ひとりの人間です」。
 そうなのである。日本は魏志倭人伝、遣隋使、遣唐使の時代から中国と深い関係を築いて来た。
 Mass mediaの報道をよると、領土問題はどうしても「愛国主義(nationalism)」が前面に出て感情的になり易い。
 だからこういう時こそ、俯瞰して客観的に物事を捉え考察すべきなのである。
 正に『善隣友好』こそ両国にとって最重要課題と認識し、良案を考え出す為に必要な時間軸をもっと長くして、冷静な行動をとって行くべきものと思料する。

 ではまた‥。(了)

2012年9月21日 (金)

【時習26回3-7の会 0412】~「『時習館高校:創立120周年記念版名簿発行お知らせ』について」「09月15日:『Duo Grace (高橋多佳子&宮谷理香 Piano) Recital』を聴いて」「09月16日:ドニゼッティ作曲/歌劇『ランメルモールのルチア』を鑑賞して」「日下公人著『思考力の磨き方』を読んで」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0412】号をお送りします。
 今日はまず、来る11月03日開催予定の【2637の会】《クラス会2012 Part2》関連から一つお伝えします。
 09月19日に千賀S始君から返信mailが届きました
 今回は都合があって「欠席」でそうです。大変残念ですが仕方ありません。
 千賀君からのmailをご紹介させて頂きます。

 From: senga
 Sent: Wednesday, September 19, 2012
 Subject: Re: 11月03日:【時習26回3-7の会】《クラス会 Part2》のご案内

 千賀です
 ここ最近、時習館の同窓会名簿作成の郵便がきております 本当に大丈夫でしょうか?
 11月の同窓会は都合により出席できません
 残念です

 千賀君へ
 来夏の《クラス会2013 Part1》にはまた是非参加して下さい。

 【2637の会】membersの皆さん、《クラス会 Part2》へ参加の程、宜しくお願いします。
 とくに今夏《クラス会 Part1》に参加出来なかった皆さん、朗報をお待ちしています。
 そして、勿論今夏08月‥「盂蘭盆に口角沫を飛ばし合っ」た皆さんも是非ご参加下さい。
 m(_ _)m

 ※ ※ ※

[00a]時習館高校創立120周年記念版名簿発行のお知らせ〔表〕
 00a120_

––––––––––––––––––––––––[00a]時習館高校創立120周年記念版名簿発行のお知らせ〔裏〕
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 ところで、先週末拙宅にも時習館高校OBである小生と次男宛に、時習館同窓会から「創立120周年記念版・名簿発行のお知らせ」が届きました。
 千賀君が懸念される通り、本物の同窓会名簿なのか疑問視する意見が、09月15日付「不老荘掲示板」にもupされていました。
 そこで小生、15日に現在時習館高校教諭である我等が同期、飯田H祥君【3-2】に電話して『本物』であることを確認しました。
 飯田君曰く、「大丈夫だよ。予算の関係から、今回より同窓会編集を、業者に委託することにしたけれど、間違いなく『時習館高等学校同窓会』主催の名簿づくりだから、安心して協力して下さい!」とのことでした。
 という訳ですから、皆さん名簿作成にご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

■続いての話題である。小生、09月16日(日)16時00分から豊川市小坂井文化会館(フロイデンホール)にて、Duo Grace 高橋多佳子&宮谷理香 Piano Recitalを中嶋Y行君【3-2】と一緒に聴いて来ました。

[01]「 Duo Grace 高橋多佳子&宮谷理香 Piano Recital 」leaflet
 01duo_grace_piano_recital_20120915_

 高橋多佳子氏は、桐朋学園大学卒業後、Warsaw Chopin音楽院研究科卒。1990年第12回Chopin国際コンクールconcours第5位入賞。
 宮谷理香氏は、桐朋学園大学卒業後、同研究科卒業。1995年第13回Chopin国際concours第5位入賞。

【演奏曲目】
 [1]Khachaturian:仮面舞踏会〔連弾〕
 [2]Mozart:二台Pianoの為のSonata in D Major K.448~第1楽章〔piano 2台〕
 [3]Saint-Saens:組曲「動物の謝肉祭(全14曲)」〔piano 2台〕
 [4]Chopin:Waltz No.7 in c sharp minor Op.64-2〔宮谷〕
 [5]同:同 No.6 in D flat Major Op.64-1〔同〕
 [6]同:Etude(練習曲) Op.25-1「エオリアン・ハープ(Aeolian Harp)」〔高橋〕
 [7]同:同 Op.10-11「Revolution」〔同〕
 [8]Debussy:小組曲(1.小舟にて 2.行列 3.Menuett 4.Ballet)〔連弾〕
 [9]Rakhmaninow:組曲第2番 Op.17~「waltz」「tarantella」〔piano 2台〕

[encore]
 [1]Brahms:Hungarian dance No.5〔piano 2台〕
 [2]Tchaikovsky:Ballet「くるみ割り人形」から「花のワルツ」

【小生comment】
 曲目は、encoreの2曲を含め、上記の通りpopularな名曲ばかり。
 そして二人共見事な技量で聴衆を魅了した。
 Encoreを含め(休憩時間を除き)2時間。volumeも程良く、楽しい演奏会であった。
 Classic の名曲はやはり生演奏が一番ですね。勿論、名演で!

■次の話題である。この09月の三連休最後の17日は、中嶋君が一人で鑑賞する予定であったドニゼッティ(G. Donizetti(1797-1848))作曲/歌劇『ランメルモールのルチア(Lucia di Lammermoor)』を、彼が仕事で急に行けなくなった為、「代わりに見て・聴いて来てくれ」ということで名古屋の愛知県芸術劇場大hall迄行って来た。

[02]ガエターノ・ドニゼッティ作曲/歌劇『ランメルモールのルチア』program
 02program

––––––––––––––––––––––––[02a]Lucia=佐藤美枝子
 02alucia

[02b]Edgardo=村上敏明
 02bedgardo

––––––––––––––––––––––––[02c]Enrico=堀内康雄
 02cenrico

 本operaは、愛知県芸術文化center開館20周年記念、愛知県文化振興事業団創立20周年記念の行事として、同事業団主催で開催されたものである。
 Gaetano Donizettiは、ジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ(Gioachino Antonio Rossini(1792-1868))、ヴィンチェンツォ・ベッリーニ(Vincenzo Bellini 1801-1835)と共に19世紀前半のItalyを代表するopera三大作曲家の一人である。
 Donizettiはopera作曲家の中でも多作家として有名で、全部で70作品程ある。ただ現在上演される作品は然程多くない。Opera Seria(セリア)(=正歌劇:正統派歌劇)では「ランメルモールのルチア」がその筆頭格。他に、「アンナ・ボレーナ」等がある。Opera Buffa(ブッファ((=喜歌劇の一種)では「愛の妙薬」、「連隊の娘」、「ドン・パスクヮーレ」等が有名。

【演奏・主な配役】
 指揮:マッシモ・ザネッティ
 楽団:名古屋フィルハーモニー交響楽団
 演出:岩田達宗
 ルチア(Lucia):佐藤三枝子(soprano)
 エドガルド(Edgardo):村上敏明(tenor)
 エンリーコ(Enrico):堀内康雄(baritone)

《あらすじ》
 17世紀の英国Scotland。Lammermoorの領主エンリーコ・アスシュトン卿は、妹Luciaをアルトゥーロ(Arturo)・バックロー卿と政略結婚させようと企てる。
 しかし、Luciaが一族の政敵レ―ヴェンスウッド家の当主Edgardoと恋仲であると知ったEnricoは、偽の手紙を使ってLuciaにEdgardoの不実を信じさせ、Arturoとの結婚契約書にsignさせて仕舞う。
 Edgardoに裏切りを責められたLuciaは正気を失い、新婚の床で夫Arturoを刺殺し、狂乱して息絶える。
 Luciaの死を知ったEdgardoも前途を絶望し、自ら命を絶つ。

【小生comment】
 典型的なOpera Seria。Luciaが夫を刺殺し正気を失い息絶える、20分にも及ぶ『狂乱の場』が本operaの白眉である。
 Lucia役の佐藤三枝子の熱演と絶唱は感動的であった。
 Edgardo役の村上敏明、Enrico役の堀内康雄の歌唱力も秀逸であった。
 因みに、堀内康雄は、《会報》2012.04.13付【0389】にて、ロッシーニ作曲:歌劇『セビリアの理髪師』でフィガロ役を好演したことは既にご紹介した。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/26-038904060407.html ←ここをclickして下さい

 日本人の歌手によるoperaも昔と比べると格段に上手くなっている。
 演奏後、観客席から多くのbravoの歓呼が湧き上がった。
 小生も、本operaを鑑賞出来たことを、ticketを譲ってくれた中嶋君に感謝申し上げたい。
 名曲はやはりいいものである。!(^-')b

 ただ一つだけ独善的な感想を言わせて貰うと‥‥小生本音の処は、やはりイタリア人の作品はイタリア人の言葉と歌手でやって欲しいと思う。
 勿論、演出に不満がある訳ではない。正直に言って、なかなか立派な演出だったとも思う。
 本歌劇は日本人のopera歌手が演じている。
 日本人がイタリア人の恰好をしてイタリア語で歌った歌劇というものに、小生、style・服装から始まって全ての点に於いて何となく違和感を感じるのだ。
 もっと厳密に言えば、同じEuropeの作品と言えども、本作品の原作は英国だから、本来は英国人による英語によって演技するのが筋なんだろうけれども‥。
 午後02時丁度の開演、20分の2回の休憩を挟んで、終幕は午後05時10分であった。
 イタリア歌劇を日本人歌手がイタリア語で歌う。それを日本語の字幕(superimpose)を見乍ら名曲を聴く。
 何かちょっと複雑な気持ちを、名曲を聴けた満足感というオブラート(Oblate)で包み乍ら、野分の豪雨の名古屋を後に帰途に就いた。

■そして今日最後の話題は、「日下公人著『思考力の磨き方』を読んで」である。

[03]日下公人『思考力の磨き方』
 03

 比較的最近、本屋で日下氏のこの本を見つけた時、「学者やマスコミが絶対教えない『未来の読み方』教えます!」や「analysis(分析)よりanalogy(類推)の力を磨こう」と本の帯に書かれたcaptionに思わず惹かれ衝動的に買って仕舞った。
 一読したが、なかなか面白い。
 そこで今日は、この本の「第四章 『中流』を見れば世界が分かる」から少しご紹介したいと思います。

【世界最高の『中流』の精神】
 日本は西欧先進国の助けも借りず独自の文明をつくって来た稀有の国。その柱となったのが「世界最高の『中流』の精神」に他ならない。そしてその『中流』の精神を徳目として書き出せは「教育勅語」となると紹介している。その徳目とは具体的に以下の通り‥

「子は親に孝養を尽くし、兄弟姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、更に進んで、社会公共の為に貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません」(国民道徳協会による口語訳より)

【『中流』のsymbolとは何か】
 米国には、貴族という名の「上流」はなかった。儲けた人は大金持ちになって「上流」になり、その下が「中流」になる。〔中略〕
 この時の「中流」の考え方は、「chanceさえあれば上へ行けるぞ」というもので、「上流」と「中流」の差は、身分の違いでも先祖の違いでもなく、単なる経済的な差に過ぎない。「米国では誰でも大統領になれる。Rockefellerになれる」と思うのが「中流」の精神である。
 その後、米国には「中流」のsymbolとされるものが色々出来た。例えば、「学歴がある」「財産が真ん中辺り」「議論が大好き」「新聞を読む」「hat(帽子)を冠(かむ)る」「日曜日に教会へ行く」「子供を高校へやる」「マイカー、マイホームを持つ」〔中略〕等。米国は第二次世界大戦後、大学を大幅に増やしたので、「中流」のsymbolを持つ人が急増した。そこで、「中流」の精神がない人でも、「中流」のふりをする様になった。
 日本では、(大正時代に入り)〔中略〕第一次世界大戦に伴う好景気もあって大都市が出現し、salaried manの給料も上昇〔中略〕「中流」のsymbolを手に入れようとする人が増えて来る。
 その第一は、日本でも「学歴」だった。
 明治時代には、国家ぐるみで「高等教育を受けて、上へ行こう」と努力し、選ばれた一部の男達がその道を進んだ。〔中略〕
 大正時代には、女子教育にお金を使うことが「中流」のsymbolとなった。その他には、玄関に入って直ぐの所に洋風の書斎を設(しつら)えることも「中流」のsymbolとなった。書斎には本棚があって、それを家中が尊敬する――そういう生活が大正時代に生まれ、昭和の空襲で殆どが焼失した。
「中流」のsymbolは普及したが、では精神はどうだったかというと、「中流のsymbolを持ったから俺も中流だ」と当人は思っただろうが、中身は「中流」とは限らない。下から上がって来たが、精神はその儘という人が多かった。
「中流」の精神の根本は「自ら事に当たり、周りのせいにしないこと」ではないか、と思っている。〔中略〕
「中流」のsymbolを持っている者が「中産階級」であったのは確かだが、「中流の精神」を持っていたかどうかは、別の問題である。

【小生comment】
 日下氏は言う。
「日本は世界最高水準にある『中流の精神』にもっと矜持を持つべきだ」
「『中流』が持つ『独立自尊』の精神がその国の成長の核となる、日本には高い『日本の文化』と共に、その『中流』の根本が江戸時代の昔から存在していた」
「その礎があったからこそ、明治以降の驚異的な近代化、そして、第二次世界大戦後の奇跡的な産業復興と高度成長が可能となった」
「日本人は今こそ『中流の精神』を呼び起こし、世界を牽引していくべきで、日本の復活は十分可能である!」
「ただその為には、思考力の磨き方を工夫して行かなければならない‥『観念連合』によりアイディア(idea)を生んだり、ideaは「湧く」のでなく「湧かせる」とか‥」
 
【後記】今日は、日下氏が言った「では、ideaはどうやって湧かせるか」についてご紹介してお別れします。
 氏は言う。「ideaを湧かせる「努力」と日頃の「蓄積」が必要である」。
「ideaを「湧かせる」には、dataも情報も経験も必要である。そこにはsense(感性)とintelligence(知性)が加わって初めて、良いideaが生まれる。
 それを磨くには、皆が読みそうにない本を買い集めるとか、友人を広げるとか、時には麻雀荘に通って社会勉強するとか、色々な努力をしなければならない。

【小生comment】
 ま、何でも強い好奇心を持って、貪欲に知識や経験を蓄積していく。こうすることによって一つひとつは関係性がない事柄も、『観念連合』によって有機的に結び付き、通常の論理思考では考え付かない様な斬新的なideaや物を創り出すことが出来る可能性が高い。これがセレンディピティー(serendipity)にも繋がる‥。

 ではまた‥。(了)

2012年9月14日 (金)

【時習26回3-7の会 0411】~「来たる11月03日:【時習26回3-7の会】《クラス会2012 Part2》のご案内」「09月09日:いよいよ【時習26回生/卒業40周年記念旅行兼懇親会】に向けて始動!『豊橋支部幹事会』開催報告」「09月13日:松坂屋美術館『マルク・シャガール』展を見て」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0411】号をお送りします。
 今日はまず、掲題・副題にある様に【2637の会】《クラス会2012 Part2》を来たる11月03日(土)、ホテル・アークリッシュ豊橋16階にある、Restaurant "Kei(景)"にて開催致し度、ご案内申し上げます。
 今回は、「‥豊橋の夜景をbackに秋の夜をgorgeousな雰囲気で‥」といつもと若干趣向を変えて催したいと思います。
 会費は一次会だけで1万円(税・サ込)と若干高めですが‥。(^^;)
 まだRestaurant "Kei"をご利用なっていない方は、是非一度、豊橋駅前のHotelの16階から絶景の夜景を見乍ら、仏蘭西料理に紅白Wineで舌鼓を打ちましょう!
 皆さんからの朗報をお待ちしています。!(^-')b
 以下に、《クラス会 Part2》の開催要領、並びに「Restaurant "Kei(景)"」のURLを記します。一度ご高覧下さい。
 
 ※ ※ ※
 
 【時習26回3-7の会】《クラス会 Part2》のご案内
 1.日時:11月03日(祝土)18:00~
 2.場所:restaurant "Kei(景)"
     フランス料理
     ホテルアークリッシュ豊橋16F
  http://www.arcriche.jp/kei.html 
 3.会費:10,000円(税・サ込み)
 ・料理:7,000円(hors-d'oeuvre、soup、魚、肉、dessert、coffee等)
 ・飲物:sparkling wine、(紅白)wine、beer、soft drink(烏龍茶、orange juice、grapefruit juice、cola、ginger ale)

 尚、二次会につきましては、出席予定者が大凡固まった段階で、その皆さんにご意向を伺って挙行するか否かを決定したいと思います。
 秋の夜、絶景の豊橋の夜景を見乍らたまにはgorgeousな《クラス会》を共に如何ですか?
 朗報をお待ちしています!(^-')b

 ※ ※ ※

■続いての話題です。先週末の09月09日、【時習26回生/卒業40周年記念旅行兼懇親会】に向けて『豊橋支部幹事会』が開催されました。

[00]豊橋支部幹事会20120909
03a

 その日は、急用等で結局04人欠席になりましたが、残り15人は予定通り集合。
 今夏08月の【2637の会】《クラス会》会場と同じくトライアゲインにて開催されました。
 そして、我等【時習26回生/卒業40周年記念旅行兼懇親会】の[1]開催日は2012年06月07日(土)~08日(日)、[2]行き先は『京都』に決定!
 以上を含め、「豊橋支部幹事」全員宛に配信した〔幹事会で話し合われ決定した事項等の〕mail文を以下にpasteします。ご高覧下さい。
 因みに、添付写真[00]がその時撮影した出席者15人全員での記念写真である。

 ※ ※ ※ ※ ※

豊橋支部幹事各位

前略 今泉悟です。
 昨日(2012年09月09日)は、ご多用中にも拘らず「豊橋支部幹事会」にご参集賜り有難うございました。
 当該幹事会で決定した事項等について整理方々ご報告致します。


 【時習26回卒業40周年記念旅行兼懇親会】開催について

 1.開催日:2014年06月07日(土)~08日(日)の「一泊二日」を決定
  ・但し、予備日として、2014年06月14日(土)~15日(日)
 
 2.行き先:『京都』に決定
  ・行き先を『京都』としたので、同地区での運営に関しては、関西支部の有志の方々に協力を仰ぐ
   → 宿泊所・二次会会場・観光・attraction、等での情報提供etc.
  ・交通access:『現地集合・現地解散』を原則とする
  ・懇親会場:料理旅館「鶴清(つるせ)」← 一次会
   住所:京都市下京区木屋町五条上ル〔℡ 075-351-8518〕
   URL:http://www.tsuruse.co.jp
  ・宴会場は300人迄OK
  ・舞妓の踊りも堪能出来る
  ・二次会は自由とする〔①料理旅館内で寛ぐ ②外出〔鴨川散策/祇園/先斗町他〕〕
  ・宿泊所:料理旅館「鶴清」は、個室では合計45人程度が限界の為、宿泊希望者は、近隣ホテル旅館の利用するか、宴会場を寝所とする
  ・宿泊組で且つ団体行動希望者について:二日目は、京都市内の観光名所を1~2箇所見て、当該地周辺の食事処にて昼食を摂る

 3.豊橋・名古屋組を中心にbus tour希望者は、「貸切bus」での往復を交通手段とする
  ・東京組・関西組で、豊橋・名古屋組のbus tourに合流を希望する者は合流出来る様段取る
   →案1 豊橋07:00発→名古屋〔名古屋組合流〕→大津駅or京都駅で関西・東京組のbus tour希望者合流→大津~京都市内を周遊→夕方、京都・懇親会場へ
   →案2 豊橋10:30〔東京組のbus tour希望者は 東京08:33発ひかり→豊橋09:58着 で合流〕→名古屋〔名古屋組合流〕→京都・懇親会場へ

 4.予算概算
  ・豊橋組が観光busを(ex.30名)利用した場合
   → 交通費往復 10,000円①+懇親会費用7,500円②
     +舞妓・地方費用2,500円③+宿泊費8,500円④
     +初日&二日の昼食代計6,000~8,000円⑤+社寺仏閣拝観料1,500円⑥
     =36,000~38,000円(①+②+③+④+⑤+⑥)

 5.諸幹事の選任
  ・PC管理担当者 兼 会計:水藤T詳君【3-6】(名古屋支部の前担当者・黒柳M利君【3-6】から後日個別に引継をすることで両者合意)

 6.次回「豊橋支部幹事会」開催予定日
  ・2013年01月の正月明け以降、月内の土日で、豊橋支部幹事のが最も都合の良い日を期近に選定し決定する
  ・懇親会会場『鶴清』への試宿日程を決める
  ・当該記念旅行参加者人数把握に向け、同期生全員へのapproach方法等の詰め、他

 以上、過不足等あったら教えて下さい。
 また、ご意見・ご質問をお待ちしています。ご気軽にmail・℡等戴ければ幸甚です。

     草々

【小生comment】
 我等が【時習26回生/卒業40周年記念旅行兼懇親会】に向けて、当番幹事支部である「豊橋支部幹事会」がついに始動した。
 11月03日の【2637の会】《クラス会2012 Part2》でも、参加者の皆さんに直接意見を聞いてみたいと思います。
 現在でも疑問や希望をお持ちであれば、ドンドンお尋ね下さい。皆さんからのmailをお待ちしています。m(_ _)m

■今日最後の話題は、昨日09月13日、仕事で名古屋へ出かけた折、松坂屋美術館にて09月08日から開催中の『マルク・シャガール(Marc Chagall)(1887-1985)』展を見て来ましたのでその模様をお伝えします。
 Chagallは、1887年白ロシア(現・ベラルーシ(Belarus))にユダヤ(Judea)系Russia人として生を受け、第二次世界大戦中の1941年Nazisのユダヤ人迫害の難を逃れ米国へ亡命。戦後1947年FranceのParis戻り、1950年以降は南仏へ移住、同国に帰化する。
 彼の絵は、最近は今夏07月21日、トヨタ鞍ヶ池記念館・鞍ヶ池art salon『シャガールと幻想のRussia』展と、同じく同日にメナード美術館『サーカス・サーカス~ようこそ! 夢物語の世界へ』展で見て来ているので、「ちょっと食傷気味だな‥」と一瞬思ったが、実際に実物を見るとその懸念は吹き飛んだ。

 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/26-0404262012-p.html ←2012.07.27付【2637の会 0404】ご参照

 Chagallの絵は、幻想的で、極彩色であり乍ら不思議とけばけばしい感じがしない。不思議な絵である。
 これ等を眼前に暫く佇んでいると、日常生活の喧騒から暫し解放され、得も言われぬ心地良い気分になった。
 今日は、本展覧会の中からいくつかご紹介します。ご高覧下さい。

[01]松坂屋美術館『マルク・シャガール』展~油彩・版画・タピスリー(tapisserie)~のleaflet:絵は〔油彩〕『アトリエ(atelier)の窓』1976年
 01tapisserieleaflet

––––––––––––––––––––––––[02]Chagall&イヴェット・コキ―ル=プランス(Yvette Cauquil-Prince)〔tapisserie=tapestry〕『アルルカンの家族(La famille d'Arlequin)』1966年
 02chagallyvette_cauquilprincetapiss

[03]同&同〔同〕『サーカス(CirqueⅠ)』1970年
 03cirque1970

––––––––––––––––––––––––[04]同&同〔同〕『ダンス(La danse)』1997年
 04la_danse1997

[05]同&同〔同〕『平和(Paix)』1993年
 05paix1993

––––––––––––––––––––––––[06]同&同〔同〕『赤い雄鶏(Le coq rouge)』1991年
 06le_coq_rouge1991

[07]Chagall〔油彩〕『《雄鶏と恋人達》のためのエスキース(=下絵・画稿)(Esquisse pour le tableau「Coq aux amoureux」)』1950年
 07chagallesquisse_pour_le_tableauco

––––––––––––––––––––––––[08]同〔同〕『赤い背景の花(Fleurs sur fond rouge)』1970年
 08fleurs_sur_fond_rouge1970

【後記】今日は、盛唐玄宗皇帝に宰相として仕えた張九齢の五言絶句をご紹介してお別れします。

 照鏡見白髪  鏡に照らして白髪を見る

 宿昔青雲志  宿昔 青雲の志
 蹉跎白髪年  蹉跎(さた)たり 白髪の年
 誰知明鏡裏  誰か知らん 明鏡の裏(うち)
 形影自相憐  形影 自ら相憐れまんとは

【訳】
 遠く過ぎ去った若かりし頃の私は、青雲の志を抱き未来に胸を膨らませていた
 それが挫折を繰り返すうち、いつの間にか白髪の老年を迎えて仕舞った
 誰が知るものか(→思いもよらないことである)、明るく澄んだこの鏡の中に
 我が姿を見ていると自然に憐れみの情が湧いて来る、こんな境地になろうとは‥

 宿昔:むかし / 青雲志:青空に浮かぶ雲の高みに迄登ろうとする意気、立身出世の志 / 蹉跎:挫折 / 形影:「肉体とその影像」=「姿」

 張九齢(ちょうきゅうれい)(673?-740)
 韶(しょう)州曲江(広東省)出身。702年に進士に及第。玄宗時代の733年以降は尚書右丞相。のち、李林甫や楊国忠らと衝突し、荊州(湖北省)に左遷。
 官を辞した後は故郷で文学史書に親しむ。儒教的倫理観に立った名宰相として、盛唐・第06代皇帝玄宗李隆基(685-762(在位:712-756))の治世前半に当たる「開元(713-741年)の治」の立役者の一人として、張説等と共に高く評価されている。
 (因みに、「安史(=安禄山父子・史思明父子)の乱」は755-763年である)
 この詩を基に、会津弥一(1881-1956)が「『印象』大正12年09月」で次の様に短歌にしている‥

 あまがけるこころはいづくしらかみの みだるるすがたわれとあひみる
 天翔ける心は何処(いづく)白髪の 乱るる姿われとあひ見る

【小生comment】
 「青雲の志」という言葉は、華麗な詩風で詩壇名高く、初唐の四傑の第一と言われた詩人王勃(おうぼつ)(649?-676?)が「滕王閣/序文」で使ったことから始まるという。
 上記の詩と短歌は素晴らしいと思うが、人生も終末に近い老境を嘆いて(或いは、懐かしんで)いる詩である。
 小生は今月24日で57歳になる。が、気持ちはまだまだ壮年である。人生の黄昏はず~っと先のつもりである。
 P.P.K.で前向きに若々しく生きて行きたい、肉体・精神両面で。(^^ )
 そう思って、毎朝、腹筋・木刀の素振り・dumbbellを持ったsquatを続けている‥。

 ではまた‥。(了)

2012年9月 8日 (土)

【時習26回3-7の会 0410】~「「『山本夏彦『死ぬの大好き』からコラムを一つ‥」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0410】号をお送りします。

 明日(09月09日)はいよいよ『時習26回生 卒業40周年記念旅行兼懇親会』に向けて「豊橋支部幹事会」の第一回目が開催される。
 ところで小生、偶然だが、明日の「幹事会」memberで都合がつかず欠席となる福井A輔君【3-10】と一杯やる機会が一昨日(09月06日)豊橋市内であった。
 06日の夕方、本当に奇遇であるが、小生の携帯電話に銀行時代の仲間から一本の電話が入った。
 その仲間(以下M君という)とは、小生浅からぬ縁があって、銀行時代の昭和61年04月以来四半世紀以上の付き合いが続いている。
 年次は一年後輩だが、東京の融資部事業調査室勤務時代の同僚である。小生が、石油・石油化学・医薬品・鉄・非鉄金属・ノンバンク業界担当であった時、彼は、電子・電機・機械maker業界担当であった。彼は04年前迄、当地豊橋で支社長を務めてた後、東京へ戻り、現在は某上場企業の社長に就いている。
 小生は、4年前、M君が東京へ戻る時にお別れの挨拶をして以来一度も会っていない。
 その彼から電話があり「ちょっと一杯」のお誘いである。小生、その日の夜は空いていたので、二つ返事で応諾し、酒の席へ駆けつけた。
 その席に、福井君も同席していたのである。
 M君と福井君と小生の三人が一緒に酒を酌み交わすのは、M君が豊橋勤務時代であった時の最中、今から04年半位前になるだろうか‥、爾来二度目である。
 小生、福井君とは小・中・高等学校と同窓。一度もクラスは一緒になったことはないが、勿論旧知の仲である。
 縁とは本当に奇なるものである。
 この日は本当に楽しいひとときを過ごすことが出来た。
 旧友とはホントいいものである。
 福井君に09日の「豊橋支部幹事会」欠席の理由を訊いた。彼は、この土日は仕事で北海道へ出張だそうだ。「悪いが皆さんに宜しく!」のことであった。
 添付写真がその時撮影したsnap shotである。

[01]小生(左)・銀行時代の旧友M君(中)・福井A輔君(右)
 01m

■次の話題は、掲題・副題にある様に山本夏彦著『死ぬの大好き』をご紹介したい。
 小生、この本をひょんなことから手に入れた。そして読んでみたら、山本夏彦(1915.06.15-2002.10.23)氏らしい辛口の舌鋒が不思議と心に残る。実に小気味良い。

[02]山本夏彦『死ぬの大好き』平成10年06月刊
 021006

 氏が、週刊新潮「夏彦の写真column」(平成08年02月15日号~平成10年04月02号迄の99回分)と文藝春秋のopinion月刊誌「諸君!」平成10年06月号から1点の計100点のessaysである)
 今日はこの中から一つ、平成10年01月15日号「心に残る井深大(まさる)(1908.04.11-1997.12.19)のことば」をお贈りする。

 旧冬21日朝日新聞の「天声人語」はその二日前に亡くなったソニーの創業者井深大(89)を偲んで、8年前81歳の時母校で小学生相手に試みた一場の口演に触れた。NHK教育テレビで見たのだという。
 科学に興味を覚えた少年の頃の回顧から、長じて世界初の小型transistor radio、tape recorderの開発に至る迄説き進んで最後に「新しいものが色々出来て人間は本当に幸福になったのでしょうか。(私は)いつもそのことを考えます」と結んだのが記憶に残ったと天声人語は書いていた。
 Transistorの開発は真空管を無用にした。Radioを手のひらに入る程小さくした。電卓も同じく超小型にした。この世を半導体の世界にした。世間の男はtransistor美人などとふざけていたが冗談ではない。Transistorの発明は革命なのである。
 科学者は自分の専門をア・プリオリ(=a priori【小生注】先験(先天)的/経験に基づかない、それに論理的に先立つ認識や概念=)に「善」だと信じて疑ってもみない。井深は疑い出した様な口ぶりで、読んで私はEinstein(1879.03.14-1955.04.18)の故事を思い出した。
 Einsteinはその晩年、もし生まれ変われるならブリキ(blik)屋か行商人になりたいと言った。米国が原爆投下を急いだのは、ドイツに先を越されや仕舞いかと恐れたからである。Einsteinは急げと時の大統領に進言していれられた。大急ぎで原爆が完成したのは昭和20年07月16日、それを広島に投下したのが08月06日。
 これより先05月07日ドイツは降伏してHitlerは自殺している。日本が頻(しき)りに降伏の打診をしていることは米国は早く承知している。原爆を投下する理由は既に全くなくなっている。仕舞ったとEinsteinは髪掻き毟(むし)ったが及ばなかった。続いて米国は長崎に投下した。
「頻りに無辜(むこ【小生注】罪のないこと、またその人)を殺傷し」と私は再三書いた。米国は戦争裁判で日本を平和の敵、人類に対する罪人の様に断じたが、広島長崎で死んだのは全く無辜(罪なき人)である。非戦闘員と女子供である。あれはいまだかつてなかった人類の大殺戮だった。もし米国人が神を信じるなら永遠に許されない罪業(ざいごう)である。
 だから「仕舞った」と臍(ほぞ)を噛んだのである。原爆機の当乗員の一人は自殺したと伝えられるが、他は平然とその生を終えた。もし原爆を投下しなければ、日本は尚抵抗しただろう、本土決戦になれば何百万以上の日本人が死んだだろう、投下のおかげ助かったと米国人の多くは思って、その心は痛まない。彼等の(また我等の)想像力はこの程度である。
 井深は老年に達して漸く自分達はいいことをしているつもりで悪いことをしているのではないかという疑いに達した様である。

【小生comment】
 人類は、科学進歩のおかげで物質的に豊かで快適な生活を手に入れることが出来た。しかし、快適な生活もなれて仕舞えばそれが当り前となり幸福感が喪失して仕舞う。実に贅沢な生き物である。これが鹿島茂氏がいう「面倒くさいことを回避してくれる資本主義社会」である。
 これについては2011年04月03日付【2637の会】《会報》【0335】にてご紹介させて頂いている。鹿島茂(1949年11月30日生まれ。フランス文学者・評論家・明治大学国際日本学部教授。東大文学部仏文科、同大学院博士課程修了)氏は著書『セックスレス亡国論』〔朝日新書〕で次の様に述べている。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/26-033504032620.html ←ここをclickすると【2637の会 0335】の画面へ

【資本主義の弊害】
〔質問〕面倒くさいことを回避してくれる資本主義社会に慣れてしまった私たちは、今後どうしていったらよいのでしょう?
〔鹿島〕私は、テレビのリモコンが登場した時の衝撃をいまだに覚えています。〔中略〕ほんの0.01秒の手間でも、その面倒くささを回避出来ると、人間はそちらの方に行ってしまうんです。それが人間の性(さが)です。〔中略〕
 「面倒くさいことは嫌いだ―、をやった挙句、利益よりも遥かに弊害が出て来ています。〔中略〕
 面倒くさいことは嫌いだということは、要するに、禁欲は嫌いだということに通じる。〔中略〕(人間は)ある程度禁欲を自分に強いることがないと、間違いなく堕落するんです。克己(こっき)心をなくしてしまうのです。〔中略〕しかし、資本主義の側から見ると、克己心を持たれてしまうのは最悪です。「面倒くさいものが嫌い」な人間をどんどん増やしていかない限り、自分たちの未来はない。
 そこで〔中略〕「面倒くさいことは嫌いだ」を国是にし、ついには Global standard にしたのです。ところが、その一番面倒くさい恋愛とsexと子育てを回避する様になり、自己保存本能さえ失ってしまった。
〔質問〕ということは、人間は進化すればするほど、ある意味では種族絶滅の方向へ向かう‥。
〔鹿島〕その通り。〔中略〕面倒回避の vector に進み始めたが為に、進歩が退歩になって仕舞った。sexlessになり、出生率が落ちる。しかし、誰もそれを止められない。〔中略〕社会の全員が面倒回避 goods の買い手であると同時につくり手でもあるからです。一家の妻と娘と息子が面倒回避 goods をせっせと買っている一方で、お父さんがその goods をつくる会社に勤めている。グルグル回っているから、この装置を止めることができないのです。〔中略〕
 色々なものが変化して、最終的にはパソコンになりました。検索をかければ、何でも直ぐに調べられるけれど、それによって人類の頭が良くなったかというと、決してそういうことはない。昔の様に、関連文献を隅から隅まで読まなくては見つからなかったという時代の方が、人間は遥かに頭を使った。〔中略〕

【小生comment】
 それにしても科学技術の進歩は目覚しい。ここ四半世紀の電話の変遷を見ても、pocket bell→自動車電話→携帯電話→smart phoneへと変遷が著しい。
 中でもスマホ(smart phone)の現出は、携帯電話を駆逐しているだけでなく、固定電話の存在も終焉があと10年と、間近いことを窺わせる。
 そう言えば、私事ではあるが、社会人として独立した拙宅の上の二人の子供の家には固定電話がない。今後も設置する予定もないという。
 聞く処に拠ると、スマホのrouter(=【小生注】複数のLAN(‥local area network:主として同一組織内で用いられる情報通信network‥)の間でdataを伝送する際、最短経路を決定する装置=)機能を使って無線accessする「テザリング(tethering)」が急激に普及しているという。
 スマホの様にmobile(移動出来る)端末を使ってinternetにaccessするのが当然となった現在では、固定の光回線も不要となりつつあると言える。このことはNTTが3兆円を超える巨額な設備投資で構築した光回線(=総延長26万km←地球6周半する距離)が不良資産化することを意味する。
 東京電力は原発事故で、NTTはスマホの現出で、‥と、つい1~2年前迄、経済大国日本を代表する2つの巨大企業も今では盤石と言えない時代‥それが現代の我国日本の現状である。悩ましいことである。

【後記】スマホ(smart phone)は本当に便利である。電話とmailだけなら携帯電話と同じだが、比較的安価な定額料金でinternet検索が簡単に出来る様になったのは有難い。本当に便利な時代になったものである。小生、これにごく小型の電子辞書〔シャープのPW-AM700〕を一緒に携帯している。これ等を駆使することにより、最近加齢により低下が否めない記憶力を確り補ってくれ重宝している。
 ただこうした即物的な便利な社会というのは、「ゆったりと落ち着いた」気分から少し乖離している、と小生少なからず違和感を感じるのである。

 「人生に終止符を打たんとする正にその時、自分の人生の幸福の度合いが漸く解るのではないか」と‥最近、小生そう思う様になった‥

 人生を振り返り知る己(おの)が幸  悟空

 ではまた‥。(了)

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