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2012年10月27日 (土)

【時習26回3-7の会 0417】~「【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報(10月27日現在)」「10月25日:豊橋市美術博物館『近代日本画の名作』展を見て」「榊原英資著『日本経済「円」の真実』&『円はなぜ強いのか』を読んで」「薄田泣菫『ああ大和にしあらましかば』を詠んで〔その1〕」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0417】号をお送りします。
 さて今日も最初の話題は、いよいよ一週間後に迫った11月03日開催予定の【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報をお伝えします。
 先週10月22日、鈴木雄次君からmailを頂戴しました。
 Y次君は、残念乍ら今回も欠席です。
 以下に彼からのmailをご紹介します。

Sent: Monday, October 22, 2012
今泉様

いつもお誘い有難う御座います。
返信遅くなりなり申し訳ありませんが、都合により今回も欠席とさせていただきます。
     鈴木Y次

Y次君へ
 返信mail有難う。
 11月03日の《クラス会 Part2》「欠席」の件了解です。
 また来夏《クラス会2013 Part1》で是非再会しましょう!

 それから10月23日の夜、時習26回の同期で「時習26会ゴルフ会」で懇意にしている野末T君【3-8】のお父上の通夜式があり参列した。
 そこで何人かの同期に会った。
 井垣君【3-3】、鈴木(金澤)君・山本(R)君【3-6】、安井君【3-8】、福井君【3-9】等の他、【2637の会】membersの竹内T也君と平井K生君と会った。
 竹内君は「11月03日は悪いけど、別口の会が先約で入っていて出られない。連絡しなくてゴメン」との由。
 小生応えて曰く、「勿論了解、次回都合がついたらまた出てヨ」。
 竹内君から「今泉、知っている? 今日、平井が来ているヨ」と平井君を紹介してくれた。
 平井君とは、小生、高校卒業以来会っていなかったので、実に33年半ぶりの再会であった。元気そうで何よりでした。
 竹内君に教えて貰った小生、三十年以上会っていなかったが直ぐ平井君であると解った。学生時代の昔と余り変わっていないの昔の面影が確り残っていたのだ。
 そして彼に「【3-7】で同級だった今泉だけど、覚えている?」と声をかけた。
 小生を見据えた平井君も、「今泉?‥‥、あぁ‥、そう言えば面影があるなぁ‥」と。

 ※ ※ ※

 今日(10月27日20時00分)現在での《クラス会 Part2》「出欠状況」は以下の通りです。

 【出席(‥ほぼ出席出来る方を含む‥)】:林(恭)、牧野、山中、(助っ人)中嶋【3-2】、今泉、5名
 【欠席】:千賀、渡辺、伊庭、石田(Y)、彦坂、鈴木(Y)、竹内、7名〔以上、到着順、敬称略〕
 まだお返事を頂戴していない【2637の会】membersの皆さん、11月01日迄には「出欠」のお返事を下さい。
 お願いします。m(_ _)m

■続いての話題です。小生、一昨日10月25日の昼休み、豊橋公園内にある豊橋市美術博物館で現在開催中の『近代日本画の名作―描かれた日本の美―』展を見て来ましたのでご報告致します。
 小生、今月は、10日「名都美術館」・20日「古川美術館」・25日「豊橋市美術博物館」と立て続けに日本画の展覧会を見たことになる。
 本展は、竹内栖鳳・横山大観という明治以降の日本画の巨匠51人による68点に及ぶ日本画の名画の数々であった。
 美人画も、上村松園・鏑木清方・伊東深水の他、伊藤小坡はなかったが、竹久夢二『室之津懐古』『舞妓』の2点、北野恒富『鷺娘』、池田蕉園『秋苑』、石本正『舞妓立像』、森田えり子『島の女』等の佳作が展示されていた。
 今回、同美術館が「粋な計らい」をしてくれた。「来場者の方にパンフレット(オールカラー32頁)を1人1冊プレゼント中)」‥即ち、出展作品68点を収めた図録(←美術館はpamphletと言っている)を無料でpresentしてくれたのである。有難いことである。
 ご覧に入れる絵は、そのpamphletから撮ったものである。
 豊橋市内およびお近くにお住まいの皆さん、絵画fanなら必見の展覧会です。
 きっと満足されます。!(^-')b

[01]豊橋市美術博物館『近代日本画の名作』展leaflet 絵は上村松園(1875-1949)『紅葉可里』1940年頃
 01leaflet187519491940

–––––––––––––––––––––––[02]横山大観(1868-1958)『神国日本』1942-43年
 0218681958194243

[03]鏑義清方『肌寒』1949年(1878-1972)
 03194918781972

–––––––––––––––––––––––[04]榊原紫峰(1887-1971)『紅梅小禽』
 0418871971

[05]福田平八郎(1892-1974)『りんご』1955~64年頃
 0518921974195564

–––––––––––––––––––––––[06]中村岳陵(1890-1969)『流紋』1939年
 06189019691939

[07]小倉遊亀(1895-2000)『洋壺』1958年
 07189520001958

–––––––––––––––––––––––[08]徳岡神泉(1896-1972)『紅椿』
 0818961972

[09]伊東深水(1898-1972)『長夜』1947年
 09189819721947

–––––––––––––––––––––––[10]伊東深水(1898-1972)『三千歳』1950-51年
 1018981972195051

[11]片岡球子(1905-2008)『めでたき富士』1991年
 11190520081991

–––––––––––––––––––––––[12]山本丘人(1900-1986)『満月夜』1963年
 12190019861963

[13]杉山寧(1909-1993)『曄』1972年
 13190919931972

–––––––––––––––––––––––[14]東山魁夷(1908-1999)『萌春』1955-64年
 1419081999195564

[15]横山操(1920-1973)『暁富士』
 1519201973

–––––––––––––––––––––––[16]堀文子(1918-)『椿之図』1982年
 1619181982

[17]加山又造(1927-2004)『猫』1966年
 17192720041966

–––––––––––––––––––––––[18]平山郁夫(1930-2009)『遊牧の民』1972年
 18193020091972

[19]平山郁夫(1930-2009)『当麻寺の朝』1987年
 19193020091987

–––––––––––––––––––––––[20]後藤純男(1930-)『神護寺の秋』1991年
 2019301991

■次の話題は、今秋読んだ2冊の本、榊原英資著『日本経済「円」の真実』&『円はなぜ強いのか』についてである。
 《会報》前々回、柴山啓太著「静かなる大恐慌」、前回James Rickards著『通貨戦争(Currency Wars)』に続いて、日本「円」と日本&世界経済の先行きについて論じた本をご紹介する。

[21]榊原英資[左]『日本経済「円」の真実』&[右]同『円はなぜ強いのか』
 21

 榊原英資氏の略歴は以下の通り。
 1941年生れ。東京大学経済学部卒業。大蔵省入省後、Michigan大学で経済学博士号取得。IMF economist、Harvard大学客員准教授を経て大蔵省国際金融局長、財務官を歴任。2010年より青山学院大学教授。氏は東海財務局長も経験者である為、小生、旧銀行時代の秘書室時代ある会合でお見受けしたことがある。

 『日本経済「円」の真実』‥ 1995年05月、1ドル80円を割り込んだ急激な円高を、僅か4~5ヵ月で100円台に戻し「Mr.円」と呼ばれた榊原氏が、現在の「円高」にまつわる誤解と、その背後に迫る「世界同時不況」について説明する。
 『円はなぜ強いのか』‥ Euro危機後も、次第にEuroは減価していく。欧米と新興国を含めた世界経済はいま減速局面にある。一方、日本は相対的に順調であり、当面、消去法的に「円が買われる」流れが続く。そして、結論から先に言えば、「日本は『成熟先進国』として【環境】【安全】【健康】で世界をlead。「昔は中国から」「明治以降は欧米から」先進的文明を移入し、次第に「日本化」してきた日本。今必要なことは「『成長』→『成熟』へのparadigm shift」。そして、世界が『成熟国家』日本を高く評価する様になる‥。
 [1] 19~20世紀:世界の中心だった「欧州」が戦争に次ぐ戦争で没落して行く中で、「辺境」国、「米国」が世界経済の中心へ
 [2] 20世紀半ばから21世紀前半:覇権国、「米国」もいま「終焉の始まり」を迎えた
 [3] 21世紀(半ば~):世界の「辺境」の「日本」が「成熟社会のmodel」として先進国の先頭に立つ‥世界の「日本化」が進展していく‥

 以下、2冊のessenceをご紹介してみたい。

《日本経済「円」の真実》
【世界同時恐慌の足音に日本は気づいていない】‥ いま日本は「復興特需」に沸いている為、Lehman Shock以降の欧米・新興国が「世界同時不況」にあることを認識出来ていない。中国経済がかつての米国の様におかしくなって来ると、世界恐慌の懸念が顕在化する
【通貨は無局化するが、30~40年は米ドル基軸】‥ 米ドルは長期低落(=ドル安)傾向にあるが、米ドルに代わる基軸通貨は現れない
【中国は(日本にとって)最大のpartner‥共に危機を回避すべし】‥中国のbubbleが崩壊した時Asiaの中で最も影響を受けるのが日本。日本は中国のbubble崩壊回避に協力すべきであり、少なくとも協力する姿勢は示すべき。日本にとって最大の貿易相手国である中国は、最大の経済partnerだからだ
【円高のせいで輸出企業の不振が続く‥これは日本企業の言い訳、不振の原因は別にある】‥PanasonicやSONYにしても、韓国や中国の企業に追い上げられ、競争力が相対的に低下している。円高の影響はゼロではないが、実際の影響以上に誇張されている
【現在の日本経済はデフレではない‥円高が物価を安定させている】‥もはや、一国の金融政策だけでは、経済をcontrol出来ない
【「成長戦略」はもう要らない】‥日本企業の多くは、海外へ出て行かなければ成長を維持出来ない。かつての様な全面的な正規採用・終身雇用制の維持は不可能 ‥非正規労働者への「社会保障」が課題となって来る

《円はなぜ強いのか》
【第一章/Euro危機で西洋の没落が始まった】‥ [1] Euro危機は収まらず、1Euro=60~70円台も十分あり得る/[2] 米国ではクリントン政権下のルービン財務長官&サマーズ副長官のコンビは「強いドル」政策で「ドル高」を推進。FRBのグリーンスパンも低金利・金融緩和でルービンの政策を支援。その結果、米国は従来の「貿易重視」から「金融重視」に政策転換。1995~2004年の10年間、米国は個人消費を中心に順調な経済成長を実現。しかし、その結果、「強いドル」で世界中から資金は米国に集まったが、経常収支と財政の赤字(所謂『双子の赤字』)は大幅に拡大し、ドルの長期低落(=ドル安)傾向が顕在化
【第二章/リ・オリエント】‥ 2050年にはAsiaとBRICsがGDPで世界上位を占める‥ GDPは世界1位:中国、2位:米国、3位:インド、4位:ブラジル、5位:日本 ‥
【第三章/為替rateから読むglobal経済】‥ Euro安・ドル安/円高・元高は必至 ‥
【第四章/日本経済に起きている構造変化】‥ 日本の政治・行政の形が、政治と官僚機構の融和から分化へと1993年以降変貌
【第五章/自虐的日本悲観論】‥ 1990年代以降の日本経済の低成長〔≒経済の低迷〕を西洋先進国が日本の努力不足と非難、日本もそれを甘受してきた〔‥しかし、これは日本経済が「成長から成熟」に以降した過程であったことが再評価されつつある/即ち、1990年代の日本の低迷は、現時点の欧米の経済低迷の先駆けでもあったと言える〕
【第六章/paradigm shift】‥ 昔の中国や、戦後の米国を追いかけた日本は終焉/「成長経済から成熟社会へ」‥「1人当たり名目GDP」rankingでは、人口5千万人以上の国に絞れば日本は米国(48,387ドル)に次ぐ世界第2位(45,920ドル)。しかも米国は貧富の差が日本より大きい為、平均的な国民1人当たりでみると、日本国民が世界1豊かであると言える。
 【環境】【安全】【健康】を見ると‥
 【環境】で言えば、国土の65%は森林で覆われ、水も豊富で環境汚染もない。
 【安全】で言えば、世界の極東という辺境の地にあった為、日本は外国からの侵略を受けたことが「元寇」以外にない。平安時代と江戸時代を見れば解る様に平和な時代が200年続いた世界史的にみても稀有な平和な国。現在の日本の治安の良さは世界最高水準。
 【健康】面でも、先進国における肥満率は、世界的に最も低く、そして世界一の長寿国である。日本食の美味しさとhealthyさは世界で評価されている。現在世界中で日本食boomを起こしているのはその証左の一つ。

【小生comment】
 事程左様に、日本はこれまでの「成長戦略」から「成熟社会で世界をlead」する世界一の国として世界に飛躍していくべきということか。
 物質的豊かさは、既に最高水準にある日本。これからは精神的な豊かさを求めて生きていく時代なのかもしれない。
 となると、【2637の会】membersの皆さんとの交友を一つの核として、心の豊かさを醸成して行くことは大変大切なことだと再確認した。

■さて、今日のお別れは、前《会報》にてお約束した薄田泣菫の詩「ああ、大和にしあらましかば」〔その1〕である。
 この詩は大変いい格調高い傑作ではあるが、一読してもなかなかよく解らない難しい詩でもある。

[22]三好達治『詩を読む人のために』
 22

 そこで、詩人三好達治氏の著『詩を読む人のために』で本詩を解説してくれているのでご紹介したいと思う。
 本詩は、全部で「斑鳩の寺院と周辺の朝の風景」「同じく夕暮れ近くの情景」「「夢殿」を含む法隆寺境内の夕暮れ」の三節に分かれている。
 一度に全部ご紹介すると相当なvolumeになるので、今日は〔その1〕として第1節をご紹介する。

【ああ大和にしあらましかば】 ‥ 薄田泣菫(1877-1945)
              (詩集『白羊宮』より(明治39年刊))

ああ、大和(やまと)にしあらましかば、
いま神無月(かみなづき)、
うは葉(うわば)散り透く神無備(かみなび)の森の小路(こみち)を、
あかつき露(づゆ)に髪ぬれて往(ゆ)きこそかよへ、
斑鳩(いかるが)へ。平群(へぐり)のおほ野、高草の
黄金(こがね)の海とゆらゆる日、
塵居(ちりい)の窓のうは白(うわじら)み、日ざしの淡(あわ)に、
いにし代(よ)の珍(うづ)の御経(みきょう)の黄金文字(こがねもじ)、
百済緒琴(くだらおごと)に、斎(いわ)ひ瓮(べ)に、彩画(だみえ)の壁に
見ぞ恍(ほ)くる柱がくれのたたずまひ、
常花(とこばな)かざす藝の宮、斎殿深(いみどのふか)に、
焚(た)きくゆる香(か)ぞ、さながらの八塩折(やしほをり)
美酒(うまき)の甕(みか)のまよはしに、
さこそは酔(え)はめ。

 http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%A9%A9%E6%AD%8C-12-~%E5%90%8D%E4%BD%9C%E9%81%B81-%E6%97%A5%E4%B8%8B%E6%AD%A6%E5%8F%B2/dp/B000A1EDLQ/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1351326366&sr=8-1 ← CD「日本の詩歌 名作選Ⅰ」sample‥03.ああ、大和にしあらましかば‥日下武史氏の名調子を(途中迄ですが)試聴出来ます‥

〔前略〕その瑰麗(かいれい)な美しさは、字面づらからでも直ちに一応は眼に訴えるでしょうが、細部のかかり結びの微妙な点では、なかなか手軽に読みこなせないものがあろうかと思われます。〔中略〕私(=三好達治)自身にした処で、その点では少なからず頭を悩まし乍ら、尚いくらか疑問を残している様な始末であります。〔中略〕

 「ああ大和ににしあらましかば」――即ち奈良朝廷の文化燦然(さんぜん)たる御代にもしもこの身を置いたならば、ということがこの詩の標題でもあり、またその一貫した主題でもあります。〔中略〕作者が当代を空想し乍ら、絢爛たる夢の世界を詩中に築き挙げようとするのであります。「いま神無月」――即ちその空想の時節を初秋十月頃のこととします。季節は「神無備の森」の木立の「うは葉」が、漸く散りそめて、「散り透」いて梢の枝組等が少し見透かされる、そういう日に朝、その「森の小路を」と続きます。「うは葉」は樹木の梢の方の葉とばかりは限りますまい、うわ側の方の葉という位の気持でしょう。〔中略〕朝はまだ早い時刻で、木の間を行くと、どうかすると朝露がしたたり落ちる、即ち「あかつき露に髪ぬれて」であります。
 次に「往きこそかよへ」と、ご覧なさい、ここで断定的に言ったのは、第一行の仮定に対して、やや不釣合の如くでありますが、それを逆に言うと、それだからこそ作者の主観がものうこの辺りから、強く打ち出されているのが、はっきり読者に迫るというべきでありましょう。
 「斑鳩」は地名、〔中略〕「平群」は斑鳩をを含めた一層広い範囲の地名でしょう。その「平群のおほ野」には、十月のことだから、草は丈高く伸びて、それがはや黄色く末(うら)枯れて、「黄金の海と」ゆれ動く、その上に朝日は輝いています。太陽はまだ高く昇っていないのであります。
 「塵居」は塵〔中略〕のつもった、という程の意味〔中略〕。塵の積もってその宇和川、表面が白く見える窓に、日射しが淡く射している、というのが次の一行です。それはまだ朝早い頃だからか、或いは十月の秋陽だからか、〔中略〕。詩はそこから、〔中略〕突然、室内らしい場所に移っています。この辺りの自由な変転等が、所謂象徴的手法というものでしょうか。そ〔中略(こ)〕には、紺紙金泥の「写経」〔中略〕や〔中略〕百済渡来の小さな楽器「緒琴」〔中略〕、祭祀に用いる「甕」があります。そして壁の上には、見事に彩色が施された「壁画」が見えます。以上が
   いにし代の珍の御経の黄金文字、
   百済緒琴に、斎(いわ)ひ瓮(べ)に、彩画の壁に
 と歌われるくだりであります。それらのものを、詩中の主人公が「見ぞ恍(ほ)くる」即ちうっとりと見とれるのでありますが、そこにはまた立派な柱が立ち並んでいて、先に言った色んな品物(や壁画)が〔中略〕柱がくれに見える、〔中略〕それがこの場合の、「柱がくれのたたずまひ」でありましょう。
 次の一行は甚だ難解ですが、私の考えで言いますと、ここで前三行をひっくるめて、それを再び「常花(とこばな)かざす芸の宮」と収束したのだろうと思われます。即ち、「常花」というのは常時不断に咲き馨って、衰えず砕けず散り失せない処の花、即ち芸術巧芸、即ち先程の品々を暗に背後に置いて抽象的に言うのでしょう。「常花」という具体的な花がそこにあるのではありません。〔中略〕「芸の宮」も〔中略〕これは造語だと思われますが、要するに、詩人がいま柱がくれに佇んでいる場所〔中略〕を指してそう言ったのだろうと思われます。〔中略〕
 斎殿は、神明に禱(いの)りを捧げる人々が参籠(さんろう)し宿泊する付属の住居であります。〔中略〕これは一つの空想〔中略〕一つのimageであろうと思われます。
 その斎殿の奧深い辺りに、「焚きくゆる香」は、香木か薫香でなければなりません。無論これも〔中略〕仮想〔(の世界)中略〕。そのゆかしい香りは〔中略〕「八塩折(=八回も醸した醇良な)」の美酒〔中略〕の様だ〔中略〕。〔中略〕美酒の誘惑に身を任せて、存分に酔いたいものだ、―ああ大和にしあらましかば、いにしえの大和の御代にこの身がいるのならば‥‥。とこの一段は結ばれます。〔後略〕

【小生comment】
 僅か14行の詩にこれだけの解説がないとこの詩の心髄は解らないと思う。でも、それが解ると逆に、この詩の素晴らしい真価が納得出来るというものである。
 小生、この詩を何回か吟唱するうちにどうしても名朗読者によるCDが欲しくなり、日下武史氏が朗読する上記のCD「日本の詩歌 名作選Ⅰ」を買った。
 そして何回か聴いているが、日本の詩歌は実に素晴らしい、と満足している。

(以下、次号‥)

 【2637の会】membersの皆さん、あと一週間です。 11月03日の《クラス会2012 Part2》で元気な姿を見せて下さい!(^-')b

 ではまた‥。(了)

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