« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月の4件の記事

2012年10月27日 (土)

【時習26回3-7の会 0417】~「【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報(10月27日現在)」「10月25日:豊橋市美術博物館『近代日本画の名作』展を見て」「榊原英資著『日本経済「円」の真実』&『円はなぜ強いのか』を読んで」「薄田泣菫『ああ大和にしあらましかば』を詠んで〔その1〕」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0417】号をお送りします。
 さて今日も最初の話題は、いよいよ一週間後に迫った11月03日開催予定の【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報をお伝えします。
 先週10月22日、鈴木雄次君からmailを頂戴しました。
 Y次君は、残念乍ら今回も欠席です。
 以下に彼からのmailをご紹介します。

Sent: Monday, October 22, 2012
今泉様

いつもお誘い有難う御座います。
返信遅くなりなり申し訳ありませんが、都合により今回も欠席とさせていただきます。
     鈴木Y次

Y次君へ
 返信mail有難う。
 11月03日の《クラス会 Part2》「欠席」の件了解です。
 また来夏《クラス会2013 Part1》で是非再会しましょう!

 それから10月23日の夜、時習26回の同期で「時習26会ゴルフ会」で懇意にしている野末T君【3-8】のお父上の通夜式があり参列した。
 そこで何人かの同期に会った。
 井垣君【3-3】、鈴木(金澤)君・山本(R)君【3-6】、安井君【3-8】、福井君【3-9】等の他、【2637の会】membersの竹内T也君と平井K生君と会った。
 竹内君は「11月03日は悪いけど、別口の会が先約で入っていて出られない。連絡しなくてゴメン」との由。
 小生応えて曰く、「勿論了解、次回都合がついたらまた出てヨ」。
 竹内君から「今泉、知っている? 今日、平井が来ているヨ」と平井君を紹介してくれた。
 平井君とは、小生、高校卒業以来会っていなかったので、実に33年半ぶりの再会であった。元気そうで何よりでした。
 竹内君に教えて貰った小生、三十年以上会っていなかったが直ぐ平井君であると解った。学生時代の昔と余り変わっていないの昔の面影が確り残っていたのだ。
 そして彼に「【3-7】で同級だった今泉だけど、覚えている?」と声をかけた。
 小生を見据えた平井君も、「今泉?‥‥、あぁ‥、そう言えば面影があるなぁ‥」と。

 ※ ※ ※

 今日(10月27日20時00分)現在での《クラス会 Part2》「出欠状況」は以下の通りです。

 【出席(‥ほぼ出席出来る方を含む‥)】:林(恭)、牧野、山中、(助っ人)中嶋【3-2】、今泉、5名
 【欠席】:千賀、渡辺、伊庭、石田(Y)、彦坂、鈴木(Y)、竹内、7名〔以上、到着順、敬称略〕
 まだお返事を頂戴していない【2637の会】membersの皆さん、11月01日迄には「出欠」のお返事を下さい。
 お願いします。m(_ _)m

■続いての話題です。小生、一昨日10月25日の昼休み、豊橋公園内にある豊橋市美術博物館で現在開催中の『近代日本画の名作―描かれた日本の美―』展を見て来ましたのでご報告致します。
 小生、今月は、10日「名都美術館」・20日「古川美術館」・25日「豊橋市美術博物館」と立て続けに日本画の展覧会を見たことになる。
 本展は、竹内栖鳳・横山大観という明治以降の日本画の巨匠51人による68点に及ぶ日本画の名画の数々であった。
 美人画も、上村松園・鏑木清方・伊東深水の他、伊藤小坡はなかったが、竹久夢二『室之津懐古』『舞妓』の2点、北野恒富『鷺娘』、池田蕉園『秋苑』、石本正『舞妓立像』、森田えり子『島の女』等の佳作が展示されていた。
 今回、同美術館が「粋な計らい」をしてくれた。「来場者の方にパンフレット(オールカラー32頁)を1人1冊プレゼント中)」‥即ち、出展作品68点を収めた図録(←美術館はpamphletと言っている)を無料でpresentしてくれたのである。有難いことである。
 ご覧に入れる絵は、そのpamphletから撮ったものである。
 豊橋市内およびお近くにお住まいの皆さん、絵画fanなら必見の展覧会です。
 きっと満足されます。!(^-')b

[01]豊橋市美術博物館『近代日本画の名作』展leaflet 絵は上村松園(1875-1949)『紅葉可里』1940年頃
 01leaflet187519491940

–––––––––––––––––––––––[02]横山大観(1868-1958)『神国日本』1942-43年
 0218681958194243

[03]鏑義清方『肌寒』1949年(1878-1972)
 03194918781972

–––––––––––––––––––––––[04]榊原紫峰(1887-1971)『紅梅小禽』
 0418871971

[05]福田平八郎(1892-1974)『りんご』1955~64年頃
 0518921974195564

–––––––––––––––––––––––[06]中村岳陵(1890-1969)『流紋』1939年
 06189019691939

[07]小倉遊亀(1895-2000)『洋壺』1958年
 07189520001958

–––––––––––––––––––––––[08]徳岡神泉(1896-1972)『紅椿』
 0818961972

[09]伊東深水(1898-1972)『長夜』1947年
 09189819721947

–––––––––––––––––––––––[10]伊東深水(1898-1972)『三千歳』1950-51年
 1018981972195051

[11]片岡球子(1905-2008)『めでたき富士』1991年
 11190520081991

–––––––––––––––––––––––[12]山本丘人(1900-1986)『満月夜』1963年
 12190019861963

[13]杉山寧(1909-1993)『曄』1972年
 13190919931972

–––––––––––––––––––––––[14]東山魁夷(1908-1999)『萌春』1955-64年
 1419081999195564

[15]横山操(1920-1973)『暁富士』
 1519201973

–––––––––––––––––––––––[16]堀文子(1918-)『椿之図』1982年
 1619181982

[17]加山又造(1927-2004)『猫』1966年
 17192720041966

–––––––––––––––––––––––[18]平山郁夫(1930-2009)『遊牧の民』1972年
 18193020091972

[19]平山郁夫(1930-2009)『当麻寺の朝』1987年
 19193020091987

–––––––––––––––––––––––[20]後藤純男(1930-)『神護寺の秋』1991年
 2019301991

■次の話題は、今秋読んだ2冊の本、榊原英資著『日本経済「円」の真実』&『円はなぜ強いのか』についてである。
 《会報》前々回、柴山啓太著「静かなる大恐慌」、前回James Rickards著『通貨戦争(Currency Wars)』に続いて、日本「円」と日本&世界経済の先行きについて論じた本をご紹介する。

[21]榊原英資[左]『日本経済「円」の真実』&[右]同『円はなぜ強いのか』
 21

 榊原英資氏の略歴は以下の通り。
 1941年生れ。東京大学経済学部卒業。大蔵省入省後、Michigan大学で経済学博士号取得。IMF economist、Harvard大学客員准教授を経て大蔵省国際金融局長、財務官を歴任。2010年より青山学院大学教授。氏は東海財務局長も経験者である為、小生、旧銀行時代の秘書室時代ある会合でお見受けしたことがある。

 『日本経済「円」の真実』‥ 1995年05月、1ドル80円を割り込んだ急激な円高を、僅か4~5ヵ月で100円台に戻し「Mr.円」と呼ばれた榊原氏が、現在の「円高」にまつわる誤解と、その背後に迫る「世界同時不況」について説明する。
 『円はなぜ強いのか』‥ Euro危機後も、次第にEuroは減価していく。欧米と新興国を含めた世界経済はいま減速局面にある。一方、日本は相対的に順調であり、当面、消去法的に「円が買われる」流れが続く。そして、結論から先に言えば、「日本は『成熟先進国』として【環境】【安全】【健康】で世界をlead。「昔は中国から」「明治以降は欧米から」先進的文明を移入し、次第に「日本化」してきた日本。今必要なことは「『成長』→『成熟』へのparadigm shift」。そして、世界が『成熟国家』日本を高く評価する様になる‥。
 [1] 19~20世紀:世界の中心だった「欧州」が戦争に次ぐ戦争で没落して行く中で、「辺境」国、「米国」が世界経済の中心へ
 [2] 20世紀半ばから21世紀前半:覇権国、「米国」もいま「終焉の始まり」を迎えた
 [3] 21世紀(半ば~):世界の「辺境」の「日本」が「成熟社会のmodel」として先進国の先頭に立つ‥世界の「日本化」が進展していく‥

 以下、2冊のessenceをご紹介してみたい。

《日本経済「円」の真実》
【世界同時恐慌の足音に日本は気づいていない】‥ いま日本は「復興特需」に沸いている為、Lehman Shock以降の欧米・新興国が「世界同時不況」にあることを認識出来ていない。中国経済がかつての米国の様におかしくなって来ると、世界恐慌の懸念が顕在化する
【通貨は無局化するが、30~40年は米ドル基軸】‥ 米ドルは長期低落(=ドル安)傾向にあるが、米ドルに代わる基軸通貨は現れない
【中国は(日本にとって)最大のpartner‥共に危機を回避すべし】‥中国のbubbleが崩壊した時Asiaの中で最も影響を受けるのが日本。日本は中国のbubble崩壊回避に協力すべきであり、少なくとも協力する姿勢は示すべき。日本にとって最大の貿易相手国である中国は、最大の経済partnerだからだ
【円高のせいで輸出企業の不振が続く‥これは日本企業の言い訳、不振の原因は別にある】‥PanasonicやSONYにしても、韓国や中国の企業に追い上げられ、競争力が相対的に低下している。円高の影響はゼロではないが、実際の影響以上に誇張されている
【現在の日本経済はデフレではない‥円高が物価を安定させている】‥もはや、一国の金融政策だけでは、経済をcontrol出来ない
【「成長戦略」はもう要らない】‥日本企業の多くは、海外へ出て行かなければ成長を維持出来ない。かつての様な全面的な正規採用・終身雇用制の維持は不可能 ‥非正規労働者への「社会保障」が課題となって来る

《円はなぜ強いのか》
【第一章/Euro危機で西洋の没落が始まった】‥ [1] Euro危機は収まらず、1Euro=60~70円台も十分あり得る/[2] 米国ではクリントン政権下のルービン財務長官&サマーズ副長官のコンビは「強いドル」政策で「ドル高」を推進。FRBのグリーンスパンも低金利・金融緩和でルービンの政策を支援。その結果、米国は従来の「貿易重視」から「金融重視」に政策転換。1995~2004年の10年間、米国は個人消費を中心に順調な経済成長を実現。しかし、その結果、「強いドル」で世界中から資金は米国に集まったが、経常収支と財政の赤字(所謂『双子の赤字』)は大幅に拡大し、ドルの長期低落(=ドル安)傾向が顕在化
【第二章/リ・オリエント】‥ 2050年にはAsiaとBRICsがGDPで世界上位を占める‥ GDPは世界1位:中国、2位:米国、3位:インド、4位:ブラジル、5位:日本 ‥
【第三章/為替rateから読むglobal経済】‥ Euro安・ドル安/円高・元高は必至 ‥
【第四章/日本経済に起きている構造変化】‥ 日本の政治・行政の形が、政治と官僚機構の融和から分化へと1993年以降変貌
【第五章/自虐的日本悲観論】‥ 1990年代以降の日本経済の低成長〔≒経済の低迷〕を西洋先進国が日本の努力不足と非難、日本もそれを甘受してきた〔‥しかし、これは日本経済が「成長から成熟」に以降した過程であったことが再評価されつつある/即ち、1990年代の日本の低迷は、現時点の欧米の経済低迷の先駆けでもあったと言える〕
【第六章/paradigm shift】‥ 昔の中国や、戦後の米国を追いかけた日本は終焉/「成長経済から成熟社会へ」‥「1人当たり名目GDP」rankingでは、人口5千万人以上の国に絞れば日本は米国(48,387ドル)に次ぐ世界第2位(45,920ドル)。しかも米国は貧富の差が日本より大きい為、平均的な国民1人当たりでみると、日本国民が世界1豊かであると言える。
 【環境】【安全】【健康】を見ると‥
 【環境】で言えば、国土の65%は森林で覆われ、水も豊富で環境汚染もない。
 【安全】で言えば、世界の極東という辺境の地にあった為、日本は外国からの侵略を受けたことが「元寇」以外にない。平安時代と江戸時代を見れば解る様に平和な時代が200年続いた世界史的にみても稀有な平和な国。現在の日本の治安の良さは世界最高水準。
 【健康】面でも、先進国における肥満率は、世界的に最も低く、そして世界一の長寿国である。日本食の美味しさとhealthyさは世界で評価されている。現在世界中で日本食boomを起こしているのはその証左の一つ。

【小生comment】
 事程左様に、日本はこれまでの「成長戦略」から「成熟社会で世界をlead」する世界一の国として世界に飛躍していくべきということか。
 物質的豊かさは、既に最高水準にある日本。これからは精神的な豊かさを求めて生きていく時代なのかもしれない。
 となると、【2637の会】membersの皆さんとの交友を一つの核として、心の豊かさを醸成して行くことは大変大切なことだと再確認した。

■さて、今日のお別れは、前《会報》にてお約束した薄田泣菫の詩「ああ、大和にしあらましかば」〔その1〕である。
 この詩は大変いい格調高い傑作ではあるが、一読してもなかなかよく解らない難しい詩でもある。

[22]三好達治『詩を読む人のために』
 22

 そこで、詩人三好達治氏の著『詩を読む人のために』で本詩を解説してくれているのでご紹介したいと思う。
 本詩は、全部で「斑鳩の寺院と周辺の朝の風景」「同じく夕暮れ近くの情景」「「夢殿」を含む法隆寺境内の夕暮れ」の三節に分かれている。
 一度に全部ご紹介すると相当なvolumeになるので、今日は〔その1〕として第1節をご紹介する。

【ああ大和にしあらましかば】 ‥ 薄田泣菫(1877-1945)
              (詩集『白羊宮』より(明治39年刊))

ああ、大和(やまと)にしあらましかば、
いま神無月(かみなづき)、
うは葉(うわば)散り透く神無備(かみなび)の森の小路(こみち)を、
あかつき露(づゆ)に髪ぬれて往(ゆ)きこそかよへ、
斑鳩(いかるが)へ。平群(へぐり)のおほ野、高草の
黄金(こがね)の海とゆらゆる日、
塵居(ちりい)の窓のうは白(うわじら)み、日ざしの淡(あわ)に、
いにし代(よ)の珍(うづ)の御経(みきょう)の黄金文字(こがねもじ)、
百済緒琴(くだらおごと)に、斎(いわ)ひ瓮(べ)に、彩画(だみえ)の壁に
見ぞ恍(ほ)くる柱がくれのたたずまひ、
常花(とこばな)かざす藝の宮、斎殿深(いみどのふか)に、
焚(た)きくゆる香(か)ぞ、さながらの八塩折(やしほをり)
美酒(うまき)の甕(みか)のまよはしに、
さこそは酔(え)はめ。

 http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%A9%A9%E6%AD%8C-12-~%E5%90%8D%E4%BD%9C%E9%81%B81-%E6%97%A5%E4%B8%8B%E6%AD%A6%E5%8F%B2/dp/B000A1EDLQ/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1351326366&sr=8-1 ← CD「日本の詩歌 名作選Ⅰ」sample‥03.ああ、大和にしあらましかば‥日下武史氏の名調子を(途中迄ですが)試聴出来ます‥

〔前略〕その瑰麗(かいれい)な美しさは、字面づらからでも直ちに一応は眼に訴えるでしょうが、細部のかかり結びの微妙な点では、なかなか手軽に読みこなせないものがあろうかと思われます。〔中略〕私(=三好達治)自身にした処で、その点では少なからず頭を悩まし乍ら、尚いくらか疑問を残している様な始末であります。〔中略〕

 「ああ大和ににしあらましかば」――即ち奈良朝廷の文化燦然(さんぜん)たる御代にもしもこの身を置いたならば、ということがこの詩の標題でもあり、またその一貫した主題でもあります。〔中略〕作者が当代を空想し乍ら、絢爛たる夢の世界を詩中に築き挙げようとするのであります。「いま神無月」――即ちその空想の時節を初秋十月頃のこととします。季節は「神無備の森」の木立の「うは葉」が、漸く散りそめて、「散り透」いて梢の枝組等が少し見透かされる、そういう日に朝、その「森の小路を」と続きます。「うは葉」は樹木の梢の方の葉とばかりは限りますまい、うわ側の方の葉という位の気持でしょう。〔中略〕朝はまだ早い時刻で、木の間を行くと、どうかすると朝露がしたたり落ちる、即ち「あかつき露に髪ぬれて」であります。
 次に「往きこそかよへ」と、ご覧なさい、ここで断定的に言ったのは、第一行の仮定に対して、やや不釣合の如くでありますが、それを逆に言うと、それだからこそ作者の主観がものうこの辺りから、強く打ち出されているのが、はっきり読者に迫るというべきでありましょう。
 「斑鳩」は地名、〔中略〕「平群」は斑鳩をを含めた一層広い範囲の地名でしょう。その「平群のおほ野」には、十月のことだから、草は丈高く伸びて、それがはや黄色く末(うら)枯れて、「黄金の海と」ゆれ動く、その上に朝日は輝いています。太陽はまだ高く昇っていないのであります。
 「塵居」は塵〔中略〕のつもった、という程の意味〔中略〕。塵の積もってその宇和川、表面が白く見える窓に、日射しが淡く射している、というのが次の一行です。それはまだ朝早い頃だからか、或いは十月の秋陽だからか、〔中略〕。詩はそこから、〔中略〕突然、室内らしい場所に移っています。この辺りの自由な変転等が、所謂象徴的手法というものでしょうか。そ〔中略(こ)〕には、紺紙金泥の「写経」〔中略〕や〔中略〕百済渡来の小さな楽器「緒琴」〔中略〕、祭祀に用いる「甕」があります。そして壁の上には、見事に彩色が施された「壁画」が見えます。以上が
   いにし代の珍の御経の黄金文字、
   百済緒琴に、斎(いわ)ひ瓮(べ)に、彩画の壁に
 と歌われるくだりであります。それらのものを、詩中の主人公が「見ぞ恍(ほ)くる」即ちうっとりと見とれるのでありますが、そこにはまた立派な柱が立ち並んでいて、先に言った色んな品物(や壁画)が〔中略〕柱がくれに見える、〔中略〕それがこの場合の、「柱がくれのたたずまひ」でありましょう。
 次の一行は甚だ難解ですが、私の考えで言いますと、ここで前三行をひっくるめて、それを再び「常花(とこばな)かざす芸の宮」と収束したのだろうと思われます。即ち、「常花」というのは常時不断に咲き馨って、衰えず砕けず散り失せない処の花、即ち芸術巧芸、即ち先程の品々を暗に背後に置いて抽象的に言うのでしょう。「常花」という具体的な花がそこにあるのではありません。〔中略〕「芸の宮」も〔中略〕これは造語だと思われますが、要するに、詩人がいま柱がくれに佇んでいる場所〔中略〕を指してそう言ったのだろうと思われます。〔中略〕
 斎殿は、神明に禱(いの)りを捧げる人々が参籠(さんろう)し宿泊する付属の住居であります。〔中略〕これは一つの空想〔中略〕一つのimageであろうと思われます。
 その斎殿の奧深い辺りに、「焚きくゆる香」は、香木か薫香でなければなりません。無論これも〔中略〕仮想〔(の世界)中略〕。そのゆかしい香りは〔中略〕「八塩折(=八回も醸した醇良な)」の美酒〔中略〕の様だ〔中略〕。〔中略〕美酒の誘惑に身を任せて、存分に酔いたいものだ、―ああ大和にしあらましかば、いにしえの大和の御代にこの身がいるのならば‥‥。とこの一段は結ばれます。〔後略〕

【小生comment】
 僅か14行の詩にこれだけの解説がないとこの詩の心髄は解らないと思う。でも、それが解ると逆に、この詩の素晴らしい真価が納得出来るというものである。
 小生、この詩を何回か吟唱するうちにどうしても名朗読者によるCDが欲しくなり、日下武史氏が朗読する上記のCD「日本の詩歌 名作選Ⅰ」を買った。
 そして何回か聴いているが、日本の詩歌は実に素晴らしい、と満足している。

(以下、次号‥)

 【2637の会】membersの皆さん、あと一週間です。 11月03日の《クラス会2012 Part2》で元気な姿を見せて下さい!(^-')b

 ではまた‥。(了)

2012年10月21日 (日)

時習26回3-7の会 0416】~「【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報(10月21日現在)」「10月20日:名古屋画廊『川口正治―路地裏に美を見つけて―』展&古川美術館『伊藤小坡の世界』展を見て」「ジェームズ・リカーズ著『通貨戦争』を読んで」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0416】号をお送りします。
 さて今日も最初の話題は、来る11月03日開催予定の【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報をお伝えします。
 先週10月17日、彦坂孝孔君からmailを頂戴しました。
 彦坂君は、今回は残念乍ら欠席です。
 以下に彼からのmailをご紹介します。

Sent: Wednesday, October 17, 2012

今泉 悟様
                  彦坂T孔
 いつもセッティングご苦労様です。
 11月3日のクラス会は欠席します。
 ずいぶん秋らしくなってきましたが、元気でがんばってください。

 ※ ※ ※

彦坂君へ
 返信mail有難う。
 11月03日の《クラス会 Part2》「欠席」の件了解しました。
 貴君には08月の《クラス会 Part1》に「出席」して協力戴いていること、いつも深謝致しております。
 また来夏《クラス会2013 Part1》で再会しましょう!
 高裁判事という重職はstressもきっと大きいことでしょう。
 ご自愛下さい。
 そして、来夏08月《クラス会2013 Part1》で元気な姿で再会しましょう!

 ※ ※ ※

 今日(10月21日18時00分)現在での《クラス会 Part2》「出欠状況」は以下の通りです。

 【出席(‥ほぼ出席出来る方を含む‥)】:林(K)、牧野、山中、(助っ人)中嶋【3-2】、今泉、5名
 【欠席】:千賀、渡辺、伊庭、石田(Y)、彦坂、5名〔以上、到着順、敬称略〕
 【2637の会】membersの皆さん、奮って《クラス会2012 Part2》への参加を宜しくお願いします。
 m(_ _)m

■続いての話題です。小生、昨日10月20日(土)の昼すぎ、銀行時代の同期から、名古屋市伏見にある名古屋画廊にて彼の父上である『川口正治(1925-2000)』回顧展に招待されたので見て来ました。
 川口正治氏は、1925年名古屋市生れ。1947年京都絵画専門学校(現・京都市芸術大学)卒。1977年二紀会会員。2000年逝去。
 小生、川口氏の作品展は初めて見た。
 添付写真の絵をご覧下さい。『青い街』は構図・色彩・dessinの三拍子整った傑作だと思う。
 Deformerされた構図と色彩が、何処か、三岸節子の画風に似ている。
 帰宅後、頂戴した図録を親父に見せたら、「[01]『青い街』もいいが、オレは[02]『白い街』がいい」「[03]『堀川端の家』の絵は、中央やや右にある白い洗濯物がpointとなっているのがいい」と感心していた。
 本展の副題―路地裏に美を見つけて―にある様に[05]『NYの街角』を見ると、「Parisの路地裏を描いた荻須高徳」に対して、「New Yorkの路地裏を描いた川口正治」version‥といった感じである。これ等路地裏の絵を凝視していたら、いつの間にか自分が現地に佇んでいる様な‥一瞬そんな気持になった。

[01]川口正治展leaflet:絵は『青い街』1968年
 01leaflet1968_3

––––––––––––––––––––––––[02]川口正治『白い街』1969年
 021969_3

[03]同『堀川端の家』1978年
 031978_4

––––––––––––––––––––––––[04]同『ハーレムの少年』1980年
 041980_2

[05]同『NYの街角』1985年
 05ny1985_2

 名古屋画廊を後にした小生、次に向かったのは名古屋市池下にある古川美術館である。
 本美術館は、日本を代表する映画配給会社日本ヘラルド映画(現・角川ヘラルド・ピクチャーズ)を創業した古川爲三郎(1890-1993)氏が平成3年11月に開館した美術館。
 10月13日~12月16日迄、女流日本画家『伊藤小坡の世界』展【前期】が開催中。

[06]古川美術館『伊藤小坡の世界』&分館 爲三郎記念館『高北幸矢 installation「落花の夢」』展leaflet
 06_installationleaflet_2

––––––––––––––––––––––––[07]伊藤小坡1922年
 071922_2

 彼女は、先週ご紹介した「上村松園・鏑義清方・伊東深水」に匹敵する美人画の泰斗である。「人気の日本画の美人画家を4人挙げよ」と言ったら、この「上村松園・鏑木清方・伊東深水・伊藤小坡」と答えれば間違いないだろう。
 作品をご覧になれば、一口に美人画と言っても、松園・清方・深水とはまた違った、小坡のoriginalityがあることをお解り頂けると思う。
 では早速、美しい彼女の作品をご覧下さい。

[08]伊藤小坡『浴後美人』
 08_2

––––––––––––––––––––––––[09]同『夏之朝』
 09_2

[10]同『春寒』
 10_2

––––––––––––––––––––––––[11]同 [左]『御室の桜』1956年&[右]『紅葉の頃』1957年頃
 1119561957_2

[12]同『鶴ケ岡の舞』1956年
 121956_2

––––––––––––––––––––––––[13]同『秋好中宮図』1929年
 131929_2

[14]同『伊賀のつぼね』1930年
 141930_2

 小生、このあと、古川美術館直ぐ傍にある爲三郎記念館で開催中の「高北幸矢『installation「落花の夢」』展」と、名古屋市金山にある名古屋ボストン美術館で開催中の「ボストン美術館『日本美術の至宝【後期】』展」を見てきました。
 この模様は、次号会報にてご紹介させて戴きます。

■そして今日最後の話題は、「James Rickard『通貨戦争(Currency Wars)』を読んでである。

[15]James Rickards『通貨戦争(Currency Wars)』
 15james_rickardscurrency_wars_2

 小生、前《会報》にてご紹介させて頂いた「静かなる大恐慌」に続いて面白い本を見つけた。
 今回も、「静かなる大恐慌」をご紹介した手法で本書をご紹介していこうと思ったが、本文327頁と結構volumeもあるので「概要」を掻い摘んでご紹介することとする。内容が一部専門的な処もあり、本書を簡単に説明するのはちょっと難しい‥。
 とは言え、以下に示した章題と【項目】をご覧になると若干理解し易いと思うので列挙する。

《通貨戦争》
第三章/黄金時代について
【古典的金本位制‥‥1870年~1914年】
【連邦準備制度(=FRB)の創設‥‥1907年~1913年】
【第一次世界大戦とベルサイユ条約‥‥1914年~1919年】

 この世界貿易における黄金時代は、世界貿易の決済通貨は基本的に「金」であった
 主要各国の通貨と「金」の交換価値を決めた「兌換紙幣」で貿易の決済が行われた
 第一次世界大戦勃発迄は、新興国の米国とドイツが大幅ば貿易収支黒字、黄昏の覇権国英国が赤字という形であった
 第一次世界大戦に於けるドイツの敗戦により、欧米の富は米国に集中。その結果、金も米国に流れて行った。

第四章/第一次通貨戦争(1921年~1936年)
【Weimar(ワイマール)期ドイツのhyper inflation】
【FRBと金為替本位制度】
【大恐慌と金本位制からの離脱】
【金の接収とドル価値の引き下げ】
【三国通貨協定】

 1920年代の欧州主要国は、独仏共に堅調であったが、英国は20年代初頭からデフレの儘であった
 一方、米国は同じ時期好景気で推移した
 ところが1929年、資産bubbleが弾けて大恐慌へ。
 米国が不況から完全に脱却するのは、第二次世界大戦を経由してからである

第五章/第二次通貨戦争(1967年~1987年)
【安定の時代から米英のinflationへ】
 1944年【ブレトンウッズ体制の終焉】=覇権国米国による「金1オンス(ounce)=35米ドル」を中心とした固定相場性の確立。これがNixon Shockまで続く。
 米国は、Vietnam戦争敗北により覇権国の威信に大きな陰りが生じた
 →【Nixon・shock】=米国通貨の大幅引き下げ〔=ドル(dollar)安〕‥その結果、→J.E.Carter政権時代の米国hyper inflationへ
 →【王者dollarの復活‥‥ルーブル合意(Louvre Accord)】‥→1980年代前半、Ronard W. Reagan政権下、ボルカー(Paul Adolph Volcker, Jr., 1927.09.05-)FRB議長が「強いドル=高金利政策」と「所得減税」により内需回復
 →ドル高の結果、個人消費が旺盛な米国の貿易赤字が拡大し、1985年の「プラザ合意(Plaza Accord)」による大幅ドル安に繋がったのである

第六章/第三次通貨戦争(2010年~)
【三つのsuper通貨】
 リーマンショック後、米国はドルの大増刷による大幅金融緩和を実施。一層のドル安に拍車をかけた
 「通貨引下げ」は、その国の政権担当者にとっては、短期的には「輸出競争力」を向上させ、貿易黒字を得易くする
 しかし、輸入価格の高騰を齎し、国民にとって、結果的に不幸な結果に終わることは、過去2回の「通貨戦争」の結果から明白である

第七章/G20による解決への動き
【「結集力」という手法】
【ガバナンスの欠如】

第十一章/終局――紙券か金か、それとも混沌か
【複数の準備通貨】
【SDR】
【金本位制への復帰】
【混沌】

【小生comment】
 筆者が述べているのは、20世紀初頭に世界の覇権国の地位を英国から奪ってからというもの‥、米国が、約100年近く(‥保有する大量の金(という莫大な富)と強大な軍事力を背景に‥)世界経済の中心として君臨して来た。
 ところが、米国はVietnam戦争に敗れた頃から経常的な赤字国に転落し、赤字の累計額は増加し続け、今もその状態が続いている。
 即ち米国は、1971年のNixon Shock、及び1985年のプラザ合意(Plaza Accord)の大幅なドル安というepoch makingを含め、ドルの価値は長期に減価し続けている。
 更に、そのドル安傾向は Lehman Shock後の大幅金融緩和で一層顕著になった。
 このドル安基調は、今も変わっていない。
 バーナンキ(Bernanke)FRB議長は、一層のドル安を推進しようとしている。
 しかし、Rickardsは言う、「この儘放置しておくと、ドルの崩壊が避けられなくなる」と。
 彼の言を信じるならば、ドル資産保有者は、可及的速やかに資源国等の他国通貨や金等のcommodityに替えておくことが賢明ということである。
 この話は、今日・明日という短時日の問題ではないが、1年、2年という年単位というtime spanで考えると真実味が出て来る。
 円もドルもユーロも駄目ということなのだろうか。信頼出来るmajorな通貨がない処が恐ろしい‥。(了)

■今日のお別れは、前《会報》にてお約束した薄田泣菫の詩「ああ、大和にしあらましかば」である。
 ‥とご紹介するつもりでしたが、説明に結構なvolumeが必要なことが解りましたので今回は取り止めます。
 次号をお楽しみに‥。!(^-')b
 でも、折角ですから最初のphraseだけお示しします‥。

【ああ大和にしあらましかば】

ああ、大和(やまと)にしあらましかば、
いま神無月(かみなづき)、
うは葉(うわば)散り透く神無備(かみなび)の森の小路を、
あかつき露(づゆ)に髪ぬれて往(ゆ)きこそかよへ、
斑鳩(いかるが)へ。平群(へぐり)のおほ野、高草の
黄金(こがね)の海とゆらゆる日、
塵居(ちりい)の窓のうは白(うわじら)み、日ざしの淡(あわ)に、
いにし代(よ)の珍(うづ)の御経(みきょう)の黄金文字(こがねもじ)、
百済緒琴(くだらおごと)に、斎(いわ)ひ瓮(べ)に、彩画(だみえ)の壁に
見ぞ恍(ほ)くる柱がくれのたたずまひ、
常花(とこばな)かざす藝の宮、斎殿深(いみどのふか)に、
焚(た)きくゆる香(か)ぞ、さながらの八塩折(やしほをり)
美酒(うまき)の甕(みか)のまよはしに、
さこそは酔(え)はめ。

(以下、次号《会報》を乞うご期待!)

 【2637の会】membersの皆さん! 11月03日の《クラス会2012 Part2》で元気な姿を見せて下さい!(^-')b

 ではまた‥。(了)

2012年10月14日 (日)

【時習26回3-7の会 0415】~「【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報(10月14日現在)」「10月10日:名都美術館『麗しき女性の美』~上村松園・鏑木清方・伊東深水~展《前期》を見て」「柴山桂太著『静かなる大恐慌』を読んで」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0415】号をお送りします。

[00]Nobel生理学医学賞を受賞した山中伸弥京大教授
 00

 既に皆さんもご存知の様に、10月08日、京大の山中伸也教授(50歳(1962.09.04-))がノーベル生理学医学賞(Nobel Prize in Physiology or Medicine)を受賞しました。山中氏の受賞で日本のNobel賞受賞者は、米国に帰化した南部陽一郎氏を含め19名になりました。
 最近、技術面で日本への追い上げが急の中国・韓国も、【物理】【化学】【医学・生理学】での受賞者はゼロ。
 因みに、韓国では2000年に金大中氏が【平和賞】を、中国では、2010年に反体制派の劉暁波氏が【平和賞】、今(2012)年、莫言氏が【文学賞】を受賞している。
 まだまだ日本は科学技術の分野では大変強い国であることを実感し、大変心強く感じた。
 本《会報》でも2011年01月16日付にて山中伸也教授と畑中正一の対談『ひろがる人類の夢 iPS 細胞ができた! 夢の万能細胞を語る!』をご紹介している。
 ご興味ある方は、以下のURLをclickしてご覧下さい。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/26-0325-ips-010.html

《日本のNobel賞受賞者一覧》
【物理学賞】
◎受賞年  受賞者名   受賞理由
①1949年 湯川秀樹  中間子の存在の予想
②1965年 朝永振一郎 量子電気力学分野での基礎的研究
③1973年 江崎玲於奈 半導体におけるトンネル効果の実験的発見
④2002年 小柴昌俊  天体物理学、特に宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献
⑤2008年 小林誠   小林・益川理論とCP対称性の破れの起源の発見による素粒子物理学への貢献
⑥2008年 益川敏英   小林・益川理論とCP対称性の破れの起源の発見による素粒子物理学への貢献
【化学賞】
①1981年 福井謙一  化学反応過程の理論的研究
②2000年 白川英樹  導電性高分子の発見と発展
③2001年 野依良治  キラル触媒による不斉反応の研究
④2002年 田中耕一  生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発
⑤2008年 下村脩   緑色蛍光タンパク質 (GFP) の発見と生命科学への貢献
⑥2010年 鈴木章   クロスカップリングの開発
⑦2010年 根岸英一  クロスカップリングの開発

【生理学医学賞】
①1987年 利根川進  多様な抗体を生成する遺伝的原理の解明
②2012年 山中伸弥  様々な細胞に成長できる能力を持つiPS細胞の作製

【文学賞】
①1968年 川端康成  『伊豆の踊子』『雪国』など、日本人の心情の本質を描いた、非常に繊細な表現による叙述の卓越さに対して
②1994年 大江健三郎 『万延元年のフットボール』など、詩的な言語を用いて現実と神話の混交する世界を創造し、窮地にある現代人の姿を、見る者を当惑させるような絵図に描いた功績に対して

【平和賞】
①1974年 佐藤栄作  非核三原則の提唱

■続いて、来る11月03日開催予定の【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報をお伝えします。
 先週一週間は【2637の会】membersの皆さんからのresponseはありませんでした。
 今日、本《会報》配信後に、まだ出欠を頂いていない【2637の会】membersの皆さん宛に【《クラス会2012 Part2》開催のご案内=「出欠確認」mail】を再度お送りします。是非ご参加下さい。
 今日(10月14日正午)現在での《クラス会 Part2》「出欠状況」は以下の通りです。

 【出席(‥ほぼ出席出来る方を含む‥)】:林(恭)、牧野、山中、(助っ人)中嶋【3-2】、今泉、5名
 【欠席】:千賀、渡辺、伊庭、石田(義)、4名〔以上、到着順、敬称略〕
 【2637の会】membersの皆さん、奮って《クラス会2012 Part2》への参加を宜しくお願いします。
 m(_ _)m

■続いての話題です。小生、10月10日(水)、仕事で名古屋へ出張した帰りに長久手市にある名都美術館で現在開催中の〈特別展〉「名都美術館開館25周年記念」『麗しき女性の美』~上村松園・鏑木清方・伊東深水~展《前期》を見て来ましたのでその模様をお伝えします。

[00a]上村松園
 00a

––––––––––––––––––––––––[00b]鏑義清方
 00b

[00c]伊東深水
 00c

 「西の松園・東の清方」と言われた、上村松園(1875-1949)と鏑木清方(17878-1972)の美人画の二大巨頭に、師匠・鏑木清方をして「芸者を描かせたら自分は深水には及ばない」と言わしめた伊東深水(1898-1972)。
 彼等3人による正にうっとりする様な大変綺麗で贅沢な日本画の「美人画展」である。
 以下に展示作品のいくつかをご紹介する。いずれの作品も女性らしい美しさに気品が漂う、実に素晴らしい傑作ばかりである。
 尚、本展覧会は、前・後期で殆ど作品が入れ替わるという。後期は11月13日(火)~12月16日(日)である。
 小生、後期も是非見てみたいと思っている。

[01]「名都美術館開館25周年記念」『麗しき女性の美』leaflet~絵は、上村松園『春秋』1930年
 0125leaflet1930

––––––––––––––––––––––––[02] 上村松園『舞仕度』1914年
 02_1914

[03] 同『娘深雪』1914年‥本展非展示作品‥
 03_1914

––––––––––––––––––––––––[04] 同『男舞之図』1938年頃
 04_1938

[05] 同『鼓の音』1940年
 05_1940

––––––––––––––––––––––––[06] 鏑木清方『秋宵』1903年
 06_1903

[07] 同『初夏の化粧』1916年頃
 07_1916

––––––––––––––––––––––––[08] 同『雪見舟』1950年
 08_1950

[09] 伊東深水『春宵』1931年
 09_1931

––––––––––––––––––––––––[10] 同『麗日』1934年
 10_1934

[11] 同『舞』1956年頃
 11_1956

––––––––––––––––––––––––[12] 同『銀扇』1960年頃
 12_1960

[13] 同『七夕』制作年不詳
 13

■そして今日最後の話題は、「柴山桂太著『静かなる大恐慌』を読んでである。

[14]柴山桂太著『静かなる大恐慌』
 14

 著者柴山桂太氏は1974年生れ。京都大学経済学部・大学院博士課程を経て、現・滋賀大学経済学部准教授。我等が高校を卒業した年の生れだからまだ38歳の若さだが、本書はなかなか示唆に富む面白い本であった。
 以下、本書の【 】で示した「小項目」と『文章』を引用し乍ら概略をご紹介したいと思う。

第一章/「静かなる大恐慌」に突入した
【危機の本質の掴みにくさ】
〔前略〕今の世界経済危機は〔中略〕各国のなりふり構わない財政出動や金融緩和によって、80年前の世界恐慌の再来は回避されている。しかし、これは「静かなる大恐慌」なのである。〔中略〕先進諸国では、この20年間のglobal化・自由化で国内社会が大きく混乱。所得格差の拡大や、大都市への人口集中による地方経済の疲弊が問題視されているが、これは日本だけの問題ではなく、global化した世界では殆ど必然的に起きている。
【国境を越えて連鎖するshock】
 最近の十年間、日本や韓国が高級部品を供給し、中国で組み立てられた製品が、欧米の巨大市場に向かう「三角貿易」とも呼ばれる構図が成立していた。
 ところが、Lehman Shock以後、中国の最大の輸出先は米国からEUに変わった。そのEUがギリシア危機により大幅な需要減退。
 米国とEUという、世界全体のGDPの半分を占める巨大な経済圏で起きたbubble崩壊は、それ以外の地域にも様々な形で影響を与えている。

第二章/global化は平和と反映を齎すのか?
【global化の帰結としての(第一次)世界大戦】
 →【(‥その近因として‥) global化で不安定になった20世紀初頭の欧州】
 20世紀初頭のドイツのGDP成長率の高さは目を見張るものがある。英国の優位性は失われ、ドイツの工業は輸出を中心に急激に盛んになった。
 経済力の変化は、軍事力の変化に直結。この急激なpower balanceの変化が、植民地獲得を巡る争いを激化させたのは間違いない。英国の経済的・軍事的優位性が失われたことが、潜在的に欧州情勢を不安定化させ、第一次大戦へと繋がっていったという説(=ポール・ケネディ『大国の興亡―1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争』)は説得力がある。
【「第二次global化」のゆくえは?】
 →【金融緩和と通貨切下げ】
 金融緩和は、自国通貨安に繋がる為、輸出の拡大や輸入の制限を齎す。世界全体が不況下にある時、各国が金融緩和を通じて、通貨切り下げを行うと、通貨戦争ともいうべき競争状態に入り込む。
 事実、1930年代に金本位制を離脱した各国が突入したのはそうした「経済戦争」だった。
 二度のglobal化に共通しているのは、輸出を中心に成長する新興国が急激に台頭してくること、そしてひと度shockが起きた時に大きな打撃を受けるのも新興国であるということ。
 米国で始まった現在の危機は、欧州に飛び火。それも経済力の弱いギリシャに火がついた。これが別の地域、とくに輸出を伸ばして急成長して来たBRICs等の新興国へ波及した時、危機の複雑さは一挙に深まる。

第三章/経済戦争の果てに
【第二次世界大戦の序曲となった通貨戦争(=各国による通貨切り下げ)】
 →【深まる先進国と新興国の対立】
 →【問題の根源はglobal imbalance=1990年代後半から急激に進んだ、世界的な経常収支不均衡】
 これは、世界の工場となり貯蓄過剰となった(中国に代表される)Asiaと米国の大幅な経常収支赤字の常態化であり、製造業が衰退した米国は‥
 →【ドル安で貿易不均衡は是正出来ない】=【通貨切下げで、産業の空洞化は止められない】
 製造業の部品供給や組立の生産拠点をAsia等の海外に依存している為、一度、海外に出ていくと産業の空洞化は止められないのである。
 世界経済危機によって生じた「通貨戦争」は、不況が長期化する限り、なかなか出口が見えない。これは‥
 →【覇権国不在という不幸】が齎した結果である。
 第二次世界大戦後間もなく構築されたブレトンウッズ(Bretton Woods)体制※は、戦前の通貨切り下げ競争やそれに続くブロック(bloc)化という第一global化の反省の基につくられた。
 ※ Bretton Woods system:1944年07月、米国New Hampshire州Bretton Woodsに於いて44箇国が参加して開催されたBretton Woods会議で成立した「金ドル本位制と固定相場制を柱とする第二次世界大戦後の国際通貨制度」。1971年の金ドル交換停止(Nixon Shock)と1973年の変動相場制移行により崩壊した。

 「資本主義の黄金時代」と呼ばれた1970年代迄の30年間は、覇権国米国の強大な経済力を背景に固定相場制を維持し、欧米日等の主要国で内需拡大が進み、社会制度の充実が見られた。これが今では世界経済が‥
 →【パクス・アメリカーナ(Pax Americana)の終焉?】と揶揄される程に混迷した状態に陥っている。

第四章/行き過ぎたglobal化が連れてくる保護主義:〔略〕
第五章/国家と資本主義、その不可分の関係:〔略〕

第六章/日本経済の病理を診断する
【高まる海外依存】
 日本企業の海外進出は1990年代から本格化し、生産拠点や販売拠点の海外shiftが進んだ。GDPに占める製造業の割合は最盛期だった1970年代の35%から、今や20%を割る迄に低下。
 雇用が海外に流出した結果、日本人の平均所得は、この20年は横這いの儘。
【企業の国民経済の利益の不一致】
 企業の積極的な海外進出が、日本経済に新たな2つの問題をつくり出している。
 →[その1]【「脆弱化」した日本経済】‥行き場を喪った投機moneyが、原油や食糧等に向かい、資源価格の乱高下という形で現れて来るのは当然予想される。Global経済の浮沈が不確実性を高め、日本の実体経済を翻弄していく。
 →[その2]【国内対立の激化】‥「大都市と地方の対立」「正規労働者と非正規労働者の所得格差拡大」「世代間格差の深刻化」「産業間の対立の顕在化」
【global化は政府(規模)を大きくする】
 Global化の進展で、経済が国際競争の圧力に晒される程、人々は safety netの充実を政府に求める様になる。失業の危険や労働環境の悪化に対応する為に、生活の保護を要求する様になるのである。政府が積極的に国民の生活を支える福祉国家は、政府がglobal化していくことと表裏一体なのである。

第七章/恐慌以降の世界を生き抜く
【二度目の「脱global化」がやって来る】
 不安定化した経済とせり出して来る国家の動きが、国際政治の大きな緊張と結びついた時、global化は直ちに、「脱global化」へと転換する。
 歴史の潮目は、明らかに変わりつつある。日本はglobal経済についての根拠のない楽観から抜け出し、今後の世界が進むかもしれない、「脱global化」のscenarioをもっと想定する必要がある。
【hard landingを避ける為に】
 戦前の場合、それは保護主義とbloc化の果てに戦争へと向かった。それと同じ過ちを繰り返すべきでないことは言うまでもない。
 今後、世界が保護主義へと緩やかに舵を切る中で、国家間の対立を出来るだけ緩和させていく、その様な働きかけを行う余地は、いくらでも残されている。
【これから必要になるのは『公正』と『安定』】
 これまでの「南北問題」に表象される国家間の所得格差の問題に加え、global化する現在は、国内での所得間格差の拡大が問題になっている。
 こうした不公正の拡大や、それによる政治的不安定こそ、これから各国が克服しなければならない、資本主義の最も大きな課題である。
 「市場経済」を重視するglobal化推進派は、市場の効率性を優先するあまり、「公正」や「安定」といった、社会の別の価値を切り捨てて仕舞う傾向にある。
 しかし、これから国内の政治的対立や、国家間の対立が激しくなる中で、それ等を切り捨てることはもはや不可能だろう。国内levelでも国家間levelでも、経済の効率性だけでなく、社会的公正や政治的安定を如何に実現するかが、これから問われて来るのである。(了)

【小生comment】
 現在我々が、日常生活で感じる、そして日本中に漂う閉塞感は何処から来るのだろうと思っていたが、「いま正に『静かなる大恐慌』の真っ只中にいるからなのだ」ということを改めて確認出来た。
 小生、「衰退に向かいつつあるであろういまの日本がどうしたら復活出来るか?」を、この本を読んで考えてみたかったのであるが、やはり思いつかなかった。大変難しい問題だ。
 ただ、最近の領土問題に於ける中国・韓国の反日姿勢を見ると、ある程度は「脱global化」しても成り立つ日本経済の仕組構築は必要と考える。
 楽観的な「globalization」は、国家間の対立により一瞬にして瓦解する懸念が大きいということを教訓にして‥。(了)

■今日のお別れは、先週に引き続き、「酒」と「別れ」を歌った唐詩を2題ご紹介したいと思います。
 2題とも《会報》で以前にご紹介済の作品ですが、いい作品なので改めてご紹介します。
 まず最初は、盛唐の王維の作品から‥

 送元ニ使安西 / 王維

渭城朝雨浥輕塵
客舍靑靑柳色新
勸君更盡一杯酒
西出陽關無故人

 元ニの安西に使するを送る

渭城の朝雨 軽塵を浥(うるお)し
客舎(かくしゃ)青々 柳色(りゅうしょく)新たなり
君に勧む更に尽せ一杯の酒
西のかた陽関を出ずれば故人無からん

【意】渭城の街に降る朝の雨は、軽やかな黄土の塵をしっとりと濡らす
 旅館の傍らにある青々と茂る柳の木々は、雨に洗われて目に沁みる様に新鮮に見える
 君に勧めよう、もう一杯、この酒を飲み干してくれたまえ
 西のかた遠く陽関(ようかん)を越えたら、一緒に酒を酌む親しい友もいないだろうから

 それでは、同じく盛唐の詩人李白の作品をもう一題‥

黄鶴樓送孟浩然之廣陵 / 李白

故人西辭黄鶴樓
煙火三月下揚州
孤帆遠影碧空盡
惟見長江天際流

 黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る

故人 西のかた黄鶴楼を辞し
煙火三月 揚州に下る
孤帆の遠影 碧空に尽き
惟だ見る長江の天際に流るるを

【意】我が(=李白の)親しき友、孟浩然は、ここ西のかた黄鶴楼に別れを告げ
 花さえ霞む麗らかな三月、遠く揚州へ下ってゆく
 ぽつんと、惟一つ遠ざかる帆影は、やがて紺碧の空の彼方へ消えて行った
 茫然と広がる視界のうちを、今はただ長江の水だけが、遠く天空の果てへと流れ続けている

【小生comment】この李白の詩は極めてscaleの大きい絵画的な詩である。永遠に流れ続ける長江の水と、そこに浮んで遠ざかる孤帆の影とが、別れの心情をsymbolizeして効果をあげている。
 蓋し「漢詩」とは不思議な詩である。上記の王維の詩にしてもこの李白の詩にしても、中国の詩であるのに、訓読して朗誦すると全く違和感を感じない。と言うか、逆にちょっと硬い感じはするものの、まるで日本固有の詩歌であるかの様な心地良い響きがする。
 薄田泣菫の有名な詩『ああ大和(やまと)にしあらましかば』を朗誦するのと全くかわらない。
 この詩については、次号《会報》にてご紹介したいと思います。お楽しみに‥

 【2637の会】membersの皆さん! 11月03日の《クラス会2012 Part2》で元気な姿を見せて下さい!(^-')b

 ではまた‥。(了)

2012年10月 7日 (日)

【時習26回3-7の会 0414】~「【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報(10月07日現在)」「09月23日:愛知県芸術劇場concert hall『アンドリュー・フォン・オ―エン(Andrew von Oeyen)Piano Recital』を聴いて」「日下公人&増田悦佐著『それでも、日本が一人勝ち!』を読んで」

■今泉悟です。皆さん如何お過ごしですか。さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0414】号をお送りします。
 09月30日夕方05時過ぎ、台風17号が豊橋辺りに上陸した。
 幸い、三河港を始め、心配された被害も思ったより少なく胸を撫で下ろした。
 皆さんの所は大丈夫でしたでしょうか。

 今日はまず、来る11月03日開催予定の【2637の会】《クラス会2012 Part2》出欠経過速報からお伝えします。
 今日は待望の朗報が3件あります。
 まず、10月02日に林K子さんから「出席」表明の返信mailが届きました。

 今泉悟様
 こんにちは。いつもお世話になりありがとうございます。
 クラス会2012Part2に出席させていただきます。
 いつも自宅に引きこもって仕事しているので、クラス会で皆様のお話しを伺うのが楽しみです。
 よろしくお願いいたします。
       林K子

 林K子さんへ
 今夏の《クラス会2012 Part1》に引き続き「出席」表明してくれて有難うございます。
 楽しい秋の夜、美味しい食事とwineを戴き乍ら、豊橋駅前の16階から見る豊橋の美しい夜景を堪能しましょう!

 牧野君からも「11月03日の《クラス会》、8割方「出席」出来ると思う。宜しく」と電話で確認がとれました。

 牧野君へ
 今夏の《クラス会》に引き続いて「出席(の見通し)」有難うございます。
 再会を楽しみにしています。

 続いては、山中K子さんからです。
 
 「100%じゃないけど、たぶん大丈夫、参加したいと思います! でももしダメになった時はゴメンなさい」
        山中

 山中K子さんへ
 現状、「出席」戴けると理解しておきます。一年ぶりの再会を楽しみにしています。
 そして、「たぶん大丈夫」の「たぶん」がとれることを祈っています。

 続いては、伊庭R○子さんからもmailを頂戴しました。
 伊庭さんは、今回も都合がつかず「欠席」です。
 大変残念ですが、来夏《クラス会2013 Part1》で再会出来ることを楽しみにしています。
 伊庭さんからのmailをご紹介します。

 今泉 悟様
 いつも会報を送信して頂きありがとうございます。
 誠に残念ですが、11月03日のクラス会は都合がつかず欠席させて頂きます。
 参加される皆様によろしくお伝えください。
                  伊庭 R○子

 伊庭R○子さんへ
 来夏の《クラス会2013 Part1》には是非参加して下さい。朗報をお待ちしています。

 そして、石田Y博君からもmailを頂戴しました。

 Thursday, October 04, 2012
 今泉 悟 様
 いつもご素晴らしい内容のメールとクラス会のお誘いを有難うございます。
 残念ですが11/3は用事あり、欠席とさせていただきたいと思います。
 折角お誘いいただいたのに申し訳ありません。
 次回出席できることを楽しみにしております。
 石田 Y博

 石田君へ
 今回も大変残念ですが、来夏のクラス会での再会を楽しみにしています。

 今回の《クラス会2012 Part2》会場のrestaurant "Kei"は「半個室(定員8名)」をreserveしてあります。
 9名以上になった場合は、「半個室」ではなく、一般席での窓際席になります。
 今回「出席」のお返事を頂戴するpaceが遅く、催行出来るが不安に思った小生、また勝手乍ら中嶋Y行君【3-2】に助っ人参加をお願いしました。
 中嶋君は「classmateじゃないけどいいの?」といつも心配し乍らも引き受けてくれます。
 万年幹事として大変嬉しく思っています。
 これで一応、ほぼ出席出来るというお二人を含め5人になり、恰好がつきました。
 今日(10月07日16時00分)現在での《クラス会 Part2》「出欠状況」は以下の通りです。

 【出席(‥ほぼ出席出来る方を含む‥)】:林(K)、牧野、山中、(助っ人)中嶋【3-2】、今泉、5名
 【欠席】:千賀、渡辺、伊庭、石田(Y)、4名〔以上、到着順、敬称略〕
 【2637の会】membersの皆さん、奮って《クラス会2012 Part2》への参加を宜しくお願いします。
 m(_ _)m

■続いての話題です。小生、09月23日(日)、名古屋にある愛知県芸術劇場concert hallにて開催されたアンドリュー・フォン・オ―エン(Andrew von Oeyen) Piano Recitalに行って来ましたのでその模様をお伝えします。
 まずは、Oeyenの Recital leafletと彼のsnap shotの写真をご覧下さい。
 映画俳優のブラッド・ピット(Brad Pitt, 1963.12.18- )と、pro-soccer playerのベッカム(David Robert Joseph Beckham, 1975.05.02- )とを足して2で割った様なイケメンである。

[01]Andrew von Oeyen Piano Recital leaflet
 01andrew_von_oeyen_piano_recital__3

[02]Andrew von Oeyen snap shot1
 02andrew_von_oeyen_snap_shot1_2

[03]同 snap shot2
 03andrew_von_oeyen_snap_shot2_2

[04]同 snap shot3
 04andrew_von_oeyen_snap_shot3_2

[05]ブラッド・ピット(Brad Pitt)
 05brad_pitt

[06]ベッカム(David Robert Joseph Beckham)
 06david_r_j_beckham

 演奏の中身のほうはというと、本Recitalは著名なそして聴き易い曲ばかり8曲。Encore曲3曲もまた然り。
 彼の演奏ぶりも想像していた以上に手堅く上手であった。

《曲目》
[01]Beethoven Piano Sonata No.8 in c minor, op.13 "Pathetique(悲愴)"
[02]同 同 No.21 in C major, op.53 "Waldstein(ワルトシュタイン)"
[03]Chopin Barcarolle(舟歌) in F-sharp major, op.60
[04]同 Waltz No.10 in b minor, op.69-2
[05]同 Etude(練習曲) in e minor, op.25-5
[06]同 Fantaisie-Impromptu(幻想即興曲) in c-sharp minor, op.66
[07]Ravel Pavane pour une infante defunte(亡き王女の為のパヴァ―ヌ)
[08]同 La Valse(ラ・ヴァルス)
‥encore曲[01]‥Chopin Nocturne No.20 in c-sharp minor (遺作)※
 ※ 映画「戦場のpianist」の主人公ユダヤ系Poland人pianistシュピルマンが、ドイツ軍将校ホーゼンフェルト大尉の前で弾いた哀愁を帯びた名曲がこの曲である
 ウワディスワフ・シュピルマン(Władysław Szpilman(1911.12.05-2000.07.06)は、ユダヤ系Poland人のpianist、作曲家。
 WarsawのChopin音楽院でpianoを学び、20歳からBerlin音楽大学でレオニード・クロイツァーとアルトゥール・シュナーベルに師事。
 1933年、Hitlerが政権を掌握したことにより2年でPolandへ帰国。WarsawでPoland放送のpianistとして音楽家活動を始める。
 1939年、HitlerのPoland侵攻により第二次世界大戦が勃発。
 ドイツ占領下のポーランドでNazisドイツによるユダヤ人への大量虐殺(holocaust)を目の当たりにする。
 家族全員が強制収容所送りとなり、Warsaw蜂起後の廃墟を逃亡する中、ドイツ軍の将校ヴィルム・ホーゼンフェルト大尉(Wilm Hosenfeld(1895.05.02-1952.08.13)によって命を救われた。
 戦後はポーランド放送へ復職。1946年に戦時中の体験をまとめた「ある都市の死」を出版し、2002年にはこれを原作とした映画『戦場のピアニスト』が公開された。
 2000年に脳溢血で入院中に死去。

 ‥このnocturne No.20「遺作」というChopinの名曲を、是非一度、以下のURLのYou Tubeで聞いてみて下さい。
 [1]:ドイツ軍将校の前で主人公の戦場のpianistシュピルマンがショパンのノクターン第20番を全曲(4分19秒間)演奏します‥4分23秒のところから8分42秒にかけてを是非ご覧下さい
 [1] http://www.youtube.com/watch?v=g3p0AaNBHXc&feature=related

 [2]:「映画『戦場のピアニスト』日本版劇場予告」(2分19秒)
   ショパンのノクターン第20番がここでBGMとして演奏されている
 [2] http://www.youtube.com/watch?v=Cxcn4IvEZ-g

‥encore曲[02]‥同 Waltz No.6 in D-flat major, op.64-1
‥同[03]‥Debussy Suite Bergamasque "03 Clair de Lune"「ベルガマスク組曲」から第3曲「月の光」

【小生comment】
 Oeyenの略歴を簡単に紹介すると、1979年米国生まれだから今年で満33歳。5歳よりpianoを始め、10歳でorchestraと競演。Columbia大学を卒業後、Juilliard音楽院に進んでいる。
 本演奏会の曲目は、いずれもとてもmellowで聴き易い名曲で大半を占められていて、Oeyenの様に行かした男性に演奏して貰えば、殆どの女性は参って仕舞いそう‥。(笑)
 Mainの8曲を演奏し終えた後、通訳の女性が出て来て、talk showまであったのにはちょっと吃驚!
 でも美しい名曲に、dandyでelegantな雰囲気いっぱいのAndrew von Oeyenのsmartな演奏会‥。
 日曜日の昼下がり、ちょっと洒落たひとときを過ごすことが出来、日常生活で疲れた心が癒されたことを確かに実感出来た。
 余談であるが、「戦場のピアニスト」も感動的な素晴らしい映画でしたね。Chopinの名曲が随所に散りばめられ、Nocturne No.20「遺作」を始め、climaxではバラード(ballade) No.1 in g minor op.23、そしてendingはアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調作品22の一部分をorchestra伴奏で演奏している。これ等も素晴らしい名曲である‥。
 更に余談である。
 2007年10月、Poland政府はシュピルマン等を救った功績を顕彰して、1952年にスターリングラード(=現ヴォルゴグラード)の戦犯捕虜収容所で亡くなったドイツ軍大尉ホーゼンフェルトにPoland再生勲章を授与した。
 2009年2月、イスラエル政府も「諸国民の中の正義の人」の称号をホーゼンフェルトに追贈した。

■そして今日最後の話題は、「日下公人(くらかきみんど)&増田悦佐(えつすけ)著『それでも、日本が一人勝ち!』を読んで」である。
 この本は二人の対談の書である。結構大胆なことが書いてあるが、眼から鱗(ウロコ)が落ちるcommentも多かったので幾つかご紹介したいと思います。
 御高覧下さい。

【まえがき】
〔前略〕‥で、結局何が言いたい本であるかという話‥
「日本経済の強さは、過去数千年に亘って継承されて来た日本文明の独自性に根ざしたものであって、日本はこの儘普段通りのことをやって行けばいい。でも、日本以外の国はそろそろ日本化しないと生き残れない」というmessageなのです。
〔【小生注】そしてその「日本化」というkey wordは簡単に言えば、『勤勉で賢明な【中流】が人口の太宗を占める社会(=国)が、世界を良い方向へ導く』というもの〕

第一章/世界一愚かな政府と世界一賢明な国民
【日本が誇る中流の力】〔日下〕
〔前略〕米国は日本以上に学歴社会です。〔中略〕高等教育を投資だと〔中略〕信じている。
 下層階級になればなる程、何とかして現在のpositionから抜け出したいから、異常な程学歴信仰があります。
 文化創造は昔のEuropaなら王侯貴族がする。米国では成金、日本では中流。中流は王侯貴族より知性が高く、賢くて、そして品格もあります。日本の中流は倫理と道徳も心得ています。欧米は元々階級社会で、てっぺんにはエホバの神様がいるし、下には奴隷がいます。神様も奴隷も見える社会ですね。日本人は中流精神の塊(かたまり)ですから、日本の方が特殊だと考えなければいけない。
 日本が世界に誇るのは古来よりこの中流=大衆の持つ常識力です。各国の知識人は日本のインテリ層を馬鹿にしていますが、日本の中流には歯が立たない、とだんだん気がつくでしょう。〔中略〕
 尖閣列島の漁船問題・東日本大震災・福島原発処理で分かる様に、民主党政権がこんな愚策を展開してくれたおかげで、この儘ではいけない、我々が確りしなければ、と日本の中流が目覚めた。

第三章/ギリシア財政再建の特効薬は、米国に戦争を仕掛けること!?
【欧米型M&Aは不幸を撒き散らしている】〔増田〕
〔前略〕M&Aというのはとんでもない仕組みで、だいたい大手金融機関を使って仕掛ける訳ですが、買収側は買収される側の企業から少なくとも2~3割高く買わされるんです。〔中略〕
 M&Aを展開して、どんどん基幹産業を統合して、業界で一社だけが巨大企業として生き残る。〔中略〕
「この方が利益率は高くなるし、効率的な経営が進められる。だから、日本企業は駄目なんだ。欧米の企業の様に利益率の高い経営を目指さなければいけない」とmass mediaは盛んに主張します。〔中略〕
 高収益企業がいつまでも在るということは、その分、国民は損をしているんです。〔中略〕国民にお金が回って来る経済だったら、そもそもぼろ儲けする企業などある訳がない。
〔【小生注】‥そして増田氏は、日本に於ける宅配便業界の市場原理に則った競争の結果得られている低廉なserviceを例示している‥〕
 消費者にとって有難い。反面、企業にとっては薄利多売を余儀なくされるから労働生産性は低くならざるを得ない。
〔【小生注】‥増田氏は更に、韓国に於ける電機産業界のLGを子会社化したサムソンと、自動車業界の起亜自動車を傘下に治めた現代自動車が独占利益を上げていることを例示し、これが本当に韓国国民(=消費者)にとって幸せなのか疑問を投げかけている‥〕
 Adam Smith(1723-90)は『国富論(1776年刊)』の中で、「きちんと機能する市場経済は必ず会社の利益率が下がっていく。逆に、企業利益が下がらない市場経済は、何処かで特定の企業が独占的な価格支配力を握っている非効率な社会である」とはっきり述べています。昔から当り前のことなのに、いまだに企業利益の高い社会は低い社会より経済効率がいい社会だと思い込んでいる訳です。
 日本企業は高度成長期から企業利益率は低かったです。ただでさえ低かったのに、更に努力して低くした。だから、日本は今の様に素晴らしい効率のいい社会になっているのです。

【今なお階級社会の欧米、階級のない日本】〔増田〕
〔【小生注】‥増田氏は先ず、現存する欧州の貴族制度と「奴隷解放」を高らかに謳う欧州人の偽善を揶揄している‥〕
 日本は世界でも珍しい程階級社会ではありません。かつては国民の八割が「中流」と自覚していたし、今でも少なくとも半数以上の日本人は中流だと思っているでしょう。〔中略〕

【中流の研究をもっとしなければいけない】〔日下〕
〔前略〕中流がいなくなった国で、ケインズ経済学などを教えている教授がまだ沢山いるんですから呆れてものが言えません。〔中略〕
 限界消費性向、所得弾力性、乗数効果、媒介変数、あれは中流がいる社会のことです。もっと儲けたい、その為には働いてもいいというのが中流精神の表れで、他人を働かせないで自分でやるのが中流精神の基本です。
 それがどんどん消えて、やらせる人が賢い人。偉い人。それが上流社会となった。その結果、米国経済には今やそういう弾性値がありません。いくらお金を投入しても反応がありません。そういう社会では経済学のmodelは使えません。〔中略〕
 米国がドル安でいくら輸出を伸ばした処で、恩恵を享受できるのは株主とCEO、それに一部の高学歴者しかいない。不況で失業率がただでさえ上昇しているのに、国民全体の八割以上を占める一般大衆と貧困層は益々生活が困難になるばかりです。

【三人に一人が貧困層に陥落している米国の現実】〔増田〕
〔前略〕企業が大儲けする中、中流は消えつつある。それが米国の現状です。
 どれだけ沢山の勤労者が失業したり家を失ったりしようと、「企業収益が史上最高levelなら株価は最高値圏、銀行や証券会社のbonusも最高額。何か文句あるか?」という態度です。〔中略〕
 大企業のCEOは、給与所得だけでも一般勤労者の三百倍、bonusやstock optionを含めれば五百倍です。〔中略〕
 2011年09月に発表された2010年度の公式貧困率は15.1%。連邦政府が定める貧困line(四人家族で所得22,314ドル)以下は4,620万人で1959年の統計調査以来で最多となりましたが、これを新基準で計算し直すと、全米市民の三人に一人が貧困か貧困に近い、という結果になって仕舞うのです。〔了〕

[07]日下公人&増田悦佐著『それでも、日本が一人勝ち!』
 07vs

【小生comment】
 増田氏が言う「新基準で計算し直すと、全米市民の三人に一人が貧困か貧困に近い」という処は、その新基準と計算根拠が示されていないので小生俄には信じ難い。ちょっと大袈裟な言い方だと思う。
 先進諸国の中でも、国民の所得間格差が今以て最も少ないのはやはり日本かもしれない。
 日本の場合、相対的貧困率(注)でみると、2000年代半ばの統計によれば14.9%。メキシコの18.4%、トルコの17.5%、米国の17.1%に次いで4番目に貧困率が高かった(OECD加盟国の平均は10.6%)。日本の貧困率は2009年の時点で16.0%。
 ただこれも、為替によって大きくぶれるし、物価水準や生活水準が国々によって異なることから単純な比較は出来ない。
 とは言え、日本は、第二次世界大戦後、華族制度が廃止され、貴族階級がなくなった。世界でも、機会均等が保たれ公平性が最も徹底されている国である。
 公衆衛生や犯罪発生率・凶悪犯罪が極めて少ない、世界でも最も、社会の隅々まで「安心」「安全」「清潔」な‥、そして国民一人ひとりの「教育水準が高い」素晴らしい国であると確信する。
 そんな中、賢明な中流が国民の太宗を占める日本は将来的にも決して暗くないとみて良いであろう。
 賢明な中流の国民が、より良い日本社会実現の為、仕組み・あり方等の抜本的な変更を選択し、政治・経済を必ずやいい方向に持っていくものと確信する。

(注)相対的貧困率: OECDによる定義は等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)が、全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合のこと。

■最近夕方06時を過ぎると、外はもう真っ暗になるくらい日が短くなって来ました。
 こうなるとお酒が大変美味しい季節になりますね‥。!(^-')b

 今日のお別れは、「酒」を歌った名歌と名詩をご紹介したいと思います。
 まず最初は、以前にもご紹介した、若山牧水の秋の夜長とお酒を歌った次の名歌です。

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒はしづかに飲むべかりけり 若山牧水

 この歌は、酒飲みの方でなくても、非常に詠み易く、覚え易い名歌だと思います。
 浅学な小生、この歌の真に意味する処‥『失恋』の歌であることを最近まで知らなかった。
 それから「白玉の」の『白玉』は、牧水がこよなく愛した『酒』を深化したものとみるのだということも‥。
 逆にこう思った「『白玉の』は挙句の頭にある『酒』にかかる枕詞と考えてもいいかもしれない」と。
 また、「し」らたまの/歯に「し」みとほる/秋の夜の/酒は「し」づかに‥と、「し」を3回用いて「韻」を踏んでいる。
 この「韻」を踏むことによって、この歌を詠み手に強く印象付け、覚え易く詠唱し易い歌にしている。

 ※ ※ ※ ※ ※

 二つ目は、晩唐の詩人于武陵(うぶりょう(810-?))の『勸酒(酒を勧む)』である。

  勸酒 / 于武陵

 勸君金屈巵
 滿酌不須辭
 花發多風雨
 人生足別離

 酒を勧む

 君に勧む 金屈巵(きんくつし)
 満酌 辞するを須(もち)いらざれ
 花発(ひら)いて 風雨多し
 人生 別離足る

【意】君に勧めよう、この美しく輝く杯を
 なみなみと酌(つ)がれた別れの酒だ、辞退しないでくれよ
 花が咲くこの時期こそ風雨は多い
 人生には、別れがつきものでその回数も少なくないものだ

【注】金屈巵:金属製の曲がった柄がついた巵(さかずき)
 足る:ここでは「多い」という意味

 小生がまだ20代半ばの若かりし銀行員時代お世話になった二年年長の先輩が今年亡くなられていたことを最近後輩から聞いた。
 人生は、正に「生者必滅/会者定離」そして「人生 別離足る」である。
 皆さんとも元気なうちに《クラス会》を利用してドンドン会って旧交を温めておきたい。
 【2637の会】membersの皆さん! 11月03日の《クラス会2012 Part2》で元気な姿を見せて下さい!(^-')b

 ではまた‥。(了)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト

最近の記事

05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

  • Dsc_0217
    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

  • Cimg1428
    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

最近のコメント

無料ブログはココログ