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2013年1月の4件の記事

2013年1月27日 (日)

【時習26回3-7の会 0430】~「01月23日:名古屋ボストン美術館『ドラマチック大陸』展を見て」「01月26日:『第02回豊橋支部幹事会~時習26回生・卒業40周年記念旅行&懇親会に向けて~』開催報告」

■また一週間が経ちました。時節は『大寒』。大変寒いが続いていますが、皆さんお元気ですか、今泉悟です。
 今日も《会報》【0430】号をお送りします。

 「一月」と『大寒』の言葉を聞くと、必ず浮かぶ飯田龍太の俳句が2句あります。
 寒々とした風景が写実的に17文字で表されている。上手い俳句だと思う。

 一月の川一月の谷の中
 大寒の一戸もかくれなき故郷

 2008年01月08日付《会報》【0147】をご参照下さい。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/26_01472637_332f.html ←ここをclickして下さい。

 
■さて、最初の話題に入る前に同じ日(01月23日)に名古屋・金山で開催された、小生が入行した旧銀行時代の同期の仲間達との新年会での全体写真を添付します。
 ご覧下さい。その日は会場に26名の同期が集った。
 この歳になると、旧東海銀行時代の同期生は全員銀行を退職し、第二の人生を歩んでいる。
 そんな中にあって我等が昭和53年の同期生は、総じてみんな仲が良く、年二回の飲み会と、同じく年二回のゴルフコンペを開催している。
 同期会の名称も入行年次その儘に『53(ゴミ)の会』と言う。
 皆「いい笑顔」している。(^^

[01]53の会 at かやかや in 金山 20130123
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■さて今日最初の話題は、01月23日仕事が終わってから名古屋ボストン美術館で開催中の『ドラマチック大陸』展を見て来ましたのでその模様をお送りします。
 本展は、ボストン美術館が誇るアメリカcollectionから米国絵画を代表する画家が描いた風景画作品をmainに開催されているものである。

[02]名古屋ボストン美術館入口『ドラマチック大陸』展案内看板

 02

––––––––––––––––––––––––[03]Frederic Edwin Church(1826-1900) Otter Creek, Mt. Desert,1850

 03frederic_edwin_church18261900_ott

 チャーチは、[05]の作者トマス・コールに師事し、後に米国風景画の代表画家としての地位を引継ぎ不動のものとした。
 本作品は、東海岸で二番目に大きい島「マウント・デザート島」で、北大西洋沿岸で最高峰のキャデラック山遠望とオッター・コーヴの海岸の模様を描いたもの。

[04]Theodore M. Wendel(1859-1932) Bridge at Ipswich, about1905

 04theodore_m_wendel18591932_bridge_

 米国の印象派画家ウェンデルは、1886年以降3回渡仏し、ジヴェルニーで夏を過ごし、クロード・モネに師事。
 1898年以降は、ボストン北部郊外の田舎町マサチューセッツ州イプスウィッチにある妻の実家の農場に移り住み、体を壊し創作活動が出来なくなる迄の15年間この地を描き続けた。

––––––––––––––––––––––––[05]Thomas Cole(1801-1848) River in the Catskills, 1843

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 米国の風景が絵画の主題として本格的に取り上げらる様になったのは1825年以降である。その立役者が本作品の作者トマス・コールで、彼と彼の仲間は《ハドソン・リバー派》と呼ばれた。
 本作品は、ニューヨーク市の北164kmの処のアップステート・ニューヨークのハドソン川の畔のキャッツキルにあった自宅近くの景色を描いたもの。

[06]William James Stillman(1828-1901) Study on Upper Saranac Lake, 1854

 06william_james_stillman18281901_st

 米国にラフェエル前派の緻密な画風を広めた画家スティルマンは、journalistであり、外交官でもあった。画家としての活動期間は1848~60年のみで作品数も少ない。
 ニューヨーク州北東部アディロンダック山地のアッパーサラナック湖畔の様子を描いた本作品は名付けて《アッパーサラナック湖の習作》。

––––––––––––––––––––––––[07]Asher Brown Durand(1796-1886) Lake George, New York, about 1860

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 作者デュレンドはハドソン・リバー派の主要画家の一人。本作品《ジョージ湖、ニューヨーク》は、アディロンダック山地の端に位置するジョージ湖を描いたもの。

[08]George Inness(1825-1894) Blue Niagara, 1884

 08george_inness18251894_blue_niagar

 本作品は、ナイアガラ滝の米国側からの眺めである。

––––––––––––––––––––––––[09]Albert Bierstadt(1830-1902) Valley of the Yosemite, 1864

 09albert_bierstadt18301902_valley_o
 
 アルバート・ビアスタットは1863年に行なった米国西部への2度目の旅で強い感銘を受けたヨセミテ渓谷を描いたもの。ヨセミテは1890年に国立公園に指定されたが、本作品がその指定に拍車をかける役割を果たしたという。

【小生comment】
 以上の様に、米国の美しい自然を描いた名画の数々感動した。
 本展を見終えた後、museum shopに立ち寄って postcardを見ていたら、マチスとデュフィの以下の4枚の絵に眼が奪われた。
 直前迄見ていた「米国の極めて〔被写体を〕『写実的』に描いた名画」に対し、これ等4作品は「Franceの〔被写体を〕『デフォルメ』し色彩を単純化した名画」で、「米国風景画」とはある意味対極に位置する作品群だと感じた。趣はかなり異なるのだが、流石は名画だ。何れの作品も実に素晴らしく魅力的だ。

[10]Henri Matisse(1869-1954) Alelier des Malers, 1911
 10henri_matisse18691954_alelier_des

––––––––––––––––––––––––[11]Henri Matisse(1869-1954) Black Philodendron and Lemons, 1943
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[12]Raoul Dufy(1877-1953) The Red Violin, 1948
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––––––––––––––––––––––––[13]Raoul Dufy(1877-1953) La vie en rose, 1931
 13raoul_dufy18771953_la_vie_en_rose

■続いては、今日のmailのmain themeである。昨日01月26日、【2637の会】《クラス会》会場にもあっているトライアゲインにて、『第02回豊橋支部幹事会~時習26回生・卒業40周年記念旅行&懇親会に向けて~』を開催した。
 全members 21人のうち都合がつかない3人を除く18人が予定通り集合した。
 議題は以下の通りである。

 ※ ※ ※ ※ ※
                           2013/01/26
  第2回=豊橋支部幹事会=
~『 時習26回生卒業40周年記念旅行&懇親会』に向けて~
   〔開催時間18:00~20:00・開催場所トライアゲイン〕

1.決定事項
[01]開催日時
・全日程:2014年06月07日(土)~06月08日(日)
  ・懇親会:2014年06月07日(土)夜〔‥但し、詳細時間は未定‥〕
[02]開催地
  ・京都市
[03]同懇親会開催&宿泊場所
  ・宿泊旅館『鶴清』 ・ビジネスホテル『京都リッチホテル五条河原町』
   ←『鶴清』より西へ徒歩5分
[04]懇親会会場に現地集合&現地解散を原則とする

2.確認事項
[01]京都事前旅行の告知
  ・実施日:2013年05月18日(土)~19(日) ・宿泊場所:料理旅館『鶴清』
[02]会費概算〔‥懇親会会場迄の《旅費・二日間の昼食代・史跡等拝観料等》を除く‥〕
  ・【懇親会+一泊二食付宿泊料】
   14,000円~19,000円①  ‥→・懇親会費用7,500円+宿泊費8,500円
   (但し3人部屋‥cf.2人部屋11,500円、京都リッチホテル6,300円)
   ・《追加費用》12,000円~13,000円〔②+③〕
    ‥→・二日分の昼食代7,000円~8,000円②
    +〔史跡等拝観料金+交通費概算〕5,000円③〔@1,000円×5か所〕
   ・【懇親会・宿泊・二日間の昼食・史跡等拝観料】
   26,000円~32,000円〔①+②+③〕
  ※ 以上に懇親会会場への往復交通費が必要
[03]次回「豊橋支部幹事会」の開催日
  ・2013年04月上旬

3.検討事項
[01]参加者への連絡方法
  ・e-mailの積極活用図るべく、早い時期に確認用葉書を出状

 ※ ※ ※ ※ ※

[14]時習26回生・第2回豊橋支部幹事会 20130126
 1426_20130126_a_2

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【後記】豊橋支部幹事会は、とてもいい雰囲気で予定時間の2時間が直ぐ経って仕舞った。この調子なら、来る05月の京都事前旅行へは多くの参加者が期待出来る。
 その前に04月に一度幹事会を開いて事前旅行の訪問地等を決定していくつもりである。
 この旅行には、関西在住の26回生にも積極的に声をかけ多く参加者が集ってくれたら有難いと思っている。
 関西方面にお住まいの【2637の会】membersの皆さん、是非05月は京都でお会いしましょう!
 後日改めてご案内mailを差し上げるつもりです。

 では、また‥。(了)

2013年1月20日 (日)

【時習26回3-7の会 0429】~「01月18日:山種美術館『生誕100年/高山辰雄・奥田元宋―文展から日展へ―』展を見て」「01月19日:田原市博物館『杉浦明平の眼』展を見て」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0429】号をお送りします。
 一週間が経つのが本当に早い。歳月は淡々と不可逆的に過ぎ去っていく‥。
 この一週間だけでも01月15日に大島渚監督(80)、01月19日に元横綱大鵬幸喜(72)が亡くなった。
 ‥( )内の数字は享年〔敬称略〕‥
 昨年秋10月からだけでみても次の様な具合である。
 10月02日 俳優・大滝秀治(85)
 10月03日 俳優・馬渕晴子(75)
 10月18日 (仏映画エマヌエル夫人主演)女優・シルビア・クリステル(60)
 10月26日 歌手・桑名正博(59)
 10月30日 作家・藤本義一(79)
 11月10日 俳優・森光子(92)、comedian俳優・桜井センリ(86)
 12月05日 歌舞伎俳優・中村勘三郎(57)
 12月10日 俳優・小沢昭一(83)
 12月18日 日本将棋連盟会長、永世棋聖・米長邦雄(69)
 この人が居るだけで映画・dramaがピシッと引き締まった名脇役の大滝秀治氏、将棋をやったことがある人なら知らない人はいない米長邦雄氏は特に印象に残っている。
 が、何と言っても、我々が小学生だった1960年代「巨人・大鵬・卵焼き」と愛され、親しまれた大横綱『大鵬』関が亡くなったことは今は良き「昭和時代」の終焉を実感させる。
 又、我々と同い年の、中村勘九郎(5代)として親しまれて来た中村勘三郎氏の若すぎる死はshockingだった。我々も五十路の後半。若くはない。健康には十分留意したいものである。
 改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りする。(合掌)

■さて今日は難しい話はやめて、絵画と文学の話をお伝えします。先ず最初の話題は、掲題・副題にある様に、一昨日01月18日、仕事で上京した帰りに立ち寄った山種美術館で開催中の『生誕100年/高山辰雄・奥田元宋―文展から日展へ―』展を見て来ましたのでその模様をお伝えします。
 小生、昔から絵画と言えば西洋画、なかでも油彩画が大好きであった。一方、日本画は何となく辛気臭く感じられて一歩引けていたというのが正直な気持であった。
 ところが、ここ数年、上京する都度異なる企画展を見られる山種美術館での素晴らしい日本画に巡り会って、日本画に対するimageが良い方に一変したのである。
 それからというものは、名古屋で日本画の名画が多い名都美術館と古川美術館、小牧のメナード美術館に足繁く通う昨今である。その模様については、毎週お届けする【2637の回】《会報》でのご報告をご覧頂いている皆さんもご承知のことと思います。

 高山辰雄と奥田元宋について、本店のleafletで次の様に紹介されている。
 「命あるものの、何をしたいのかを、絵の上に探している」と語り、人間の内面的実像を追い、深い画境を切り開いた高山辰雄(1912-2007)。一方、「半心半眼」で「対象をありのまま描写するのではなく、心で捉えた姿を描く」ことに一生を捧げ、鮮やかな色彩による静謐な風景を数多く描いた奥田元宋(1912-2003)。山種美術館ではこの度、この二人の巨匠が共に生誕100年を迎えることを記念して展覧会を開催します。〔後略〕

[00]高山辰雄
 00

––––––––––––––––––––––––[01]山種美術館『高山辰雄&奥田元宋生誕100年記念展』leaflet
 01100leaflet

[02]高山辰雄『緑の影』1976年
 021976

––––––––––––––––––––––––[03]高山辰雄『春を聴く』1979年
 031979

[04]高山辰雄『中秋』1986年
 041986

––––––––––––––––––––––––[05]高山辰雄『聖家族Ⅲ』1993年
 051993

[06]高山辰雄『裸婦』1948年〔個人蔵〕
 061948

––––––––––––––––––––––––[06a]中村正義『谿泉』1950年
 06a1950_

[07]高山辰雄『室内』1952年〔世田谷美術館〕
 071952

––––––––––––––––––––––––[08]高山辰雄『朝』1954年〔大分県立芸術会館〕
 081954

[09]高山辰雄『胡錦鳥のいる静物』1963年〔個人蔵〕
 091963

––––––––––––––––––––––––[10]高山辰雄『穹(きゅう)』1964年〔東京国立近代美術館〕
 101964

[11]高山辰雄『あけぼの』1974年〔個人蔵〕
 111974

––––––––––––––––––––––––[12]高山辰雄『少女』1993年〔個人蔵〕
 121993

[13]奥田元宋『山潤雨趣』1975年
 131975

––––––––––––––––––––––––[14]奥田元宋『松島暮色』1976年
 141976

[15]奥田元宋『奥入瀬(秋)』1983年
 151983

––––––––––––––––––––––––[16]奥田元宋『湖畔春耀』1986年
 161986

[17]小林古径『闘草』1907年
 171907

––––––––––––––––––––––––[18]上村松園『蛍』1913年
 181913

[19]荒木十畝『四季花鳥のうち/冬(山澗雪霽)』
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––––––––––––––––––––––––[20]川合玉堂『山雨一過』1943年
 201943

[21]橋本明治『月庭』1959年
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––––––––––––––––––––––––[22]加藤栄三『流離の灯』1971年
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[23]東山魁夷『春静』1968年
 231968

––––––––––––––––––––––––[24]東山魁夷『緑潤う』1976年
 241976

 今回は、高山辰雄氏にspotを当てご紹介したい。略歴を記すと以下の通りである。

【略歴】
1912(明治45)年 06月26日、大分市生まれ
1930(昭和05)年 02月上京。東京美術学校受験するが失敗。03月大分県立大分中学校卒業
1931(昭和06)年 東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科入学
1933(昭和08)年 03月日本画会展覧会に『冬の庭』入選。松岡映丘主宰の画塾・木之華社に入門、師事
1934(昭和09)年 10月第15回帝展にて『湯泉』初入選
1936(昭和11)年 03月東京美術学校日本画科を首席卒業
1946(昭和21)年 10月第02回日展に裸婦2人を描いた『浴室』を出品、特選
 この頃、山本丘人の薦めでゴーギャンの伝記を読み感銘を受け、その後の作風にはゴーギャンの影響が見られる様になる
1949(昭和24)年 10月第05回日展にて『少女』特選。この頃から独自の幻想的な画風が定着する。
 本《会報》【0426】号にてご紹介した豊橋が生んだ日本画家中村正義が高山辰雄を知る
 この頃の中村の作風は高山辰雄の影響を強く受けている。このことについて名古屋市美術館学芸員山田諭氏は「限りなく変貌を続ける絵画‥中村正義の芸術について‥2.高山辰雄への憧憬」にて次の様に述べている。

※ この(1949年の第05回日展の特選候補になった風景画の大作『夕陽』が制作された)年の春、我妻碧宇の紹介で、(中村)正義は若い画家達の研究group一采社の同人となり、一回り上の子年の先輩になる日本画家・高山辰雄と出会った。戦時下の1940年に結成された一采社は、日本画の〔‥比較的穏健で良識的な‥〕革新を目指した。〔中略〕その中心的な存在であった高山の影響で、新しい主題や技法の探求を進めて、次第に鮮やかな色彩と厚塗りの画肌による傾向を見せ始めていた。(中村)岳陵の画風からの脱皮しようとしていた正義にとって、高山の影響は圧倒的で、これ以降、急速に、しかも濃厚に現れて来る。
 1950年の第06回日展で特選となった作品『谿泉(けいせん(添付写真[06a]))』は、谿川に湧く泉の辺に休む三人の裸婦を落ち着いた色調で描いている。背景の重量感のある巌の描写にはpalette-knifeが使用され、一人の若い女性をmodelとして描き分けた肉感的な姿態の三人の裸婦は、簡略化されてはいるが写実的に描かれていて、画面の全体として、「洋画調」と呼ばれた新しい日本画の典型的な作品であった。〔中略〕(『谿泉』は、)直背的には、高山の先行する作品『裸婦(添付写真[06])1948年』が意識されていた。高山の場合には、二人の裸婦が無地の背景に寝そべっている構図によって、画面全体の色面構成と裸婦の形態の組合せに制作意図が絞られていたのに対して、正義は現実的な背景に写実的な裸婦を配置している。〔後略〕

1972(昭和47)年 日本芸術院会員に任命される
1975(昭和50)年 03月日展理事長(~1977年)就任
1979(昭和54)年 11月文化功労者顕彰
1982(昭和57)年 11月文化勲章受章
2007(平成19)年 9月14日、肺炎のため東京都世田谷区の自宅で死去。享年95歳

【小生comment】
 ご覧の様に、終戦後間もなくの頃、高山辰雄氏と中村正義氏の作風は大変よく似ていた。
 その後、特異な道を邁進した中村正義氏と、点描画により神秘的な独自の日本画の世界を創作した高山辰雄氏。二人とも素晴らしい画家であると思う。

■続いては、昨日01月19日、今、田原市博物館にて開催中の『杉浦明平の眼』展を見て来ましたので簡単にご報告致します。
 実は、昨日・今日と拙宅の次男が豊橋技術科学大学を会場として、大学入試センター試験だったのである。そして愚息の送迎をした訳である。
 試験初日、愚息を技科大へ送ったついでに、そこから15km南方にある田原市博物館を訪れた。
 杉浦明平は、旧渥美町が生んだ文豪。高山辰雄・奥田元宋と同い年の1913年生まれ。今年生誕100年である。
 詩人立原道造とは、東京大学時代文芸部で杉浦が一年先輩で親交を重ねた。
 文芸部時代の記念写真と二人の葉書での遣り取りを添付します。ご覧下さい。

[25]田原市博物館『生誕百年/杉浦明平(1913-2001)の眼』leaflet
 2519132001leaflet

––––––––––––––––––––––––[26]1933年第一高等学校文芸部委員(前列右から立原道造・杉浦明平)
 261933

[27]立原道造から杉浦明平宛葉書1938年03月30日付
 2719380330

 今日は、高等学校現代国語三に掲載された杉浦明平氏の随筆『伊良湖岬(いらござき)』の中程の一部と最後の処をご紹介する。ご覧下さい。

※ 〔前略〕

 元禄の昔芭蕉が、罪を得て名古屋から伊良湖岬の近く保美の里に流された門人の杜国を訪れ、共に伊良湖岬に遊んで、

 鷹一つ見付けてうれしいやらご崎

 と詠んだのは、こういう風の凪いだ日だったにちがいない。

 〔中略〕

 伊良湖岬は最近台風銀座と言われるほど台風の通り道になったが、九月に入れば、菊の苗を植えた数千棟の温室とフレームとに電燈がともり、半島の夜空は大都会の空よりも明るく映える。山の中腹まで折り重なるように建て並ぶ温室には人っ子一人いないのに、電燈だけが晃々とついているのは、おとぎ話の眠りの城に入って来たようにかえって薄気味悪く感じられる。
 この温室の明かりは十月から次々に消されていって十二月末にはもとの暗い夜空となるが、その頃にはまた寒い伊吹おろしが伊勢湾をまっしぐらに突っ走って、厳しい冬が訪れるのだ。
 いくつかの台風が通過し、やがて伊吹おろしの吹き荒れるまで、しばしのどかな秋日和が続くのを見計らって、ある早朝、伊良湖の山々から数千羽の鷹がいっせいに飛び立つ。鷹の渡りだが、観光客の少ない季節の頃だし、一日か二日の間に渡り終わるので、この壮観を見た人は少ない。が、伊良湖岬は今もこの鷹の通り路なのである。

【小生comment】
 毎年09~10月にかけて、伊良湖岬と伊勢・鳥羽の渡りをする鷹は、サシバやハチクマである(添付写真[28][29]参照)。

[28]サシバ
 28

––––––––––––––––––––––––[29]ハチクマ
 29

【後記】01月18日上京した際に立ち寄った大手町にある銀行の34階から西方、富士山遠望です。銀行の人も「こんなに綺麗に見える富士は久し振りです」と言っていました。

[30]東京大手町にある銀行34階から富士山遠望
 3034

 では、また‥。(了)

2013年1月13日 (日)

【時習26回3-7の会 0428】~「水野和夫著『世界経済の大潮流』を読んで〔その2〕(完)」「01月08日:愛知県美術館『クリムト生誕150周年記念/黄金の騎士をめぐる物語』展を見て」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。今日も【時習26回3-7の会】《会報》【0428】号をお送りします。
 2013年が明けて既に半月が経とうとしています。

■さて2013年最初の話題は、前《会報》に引き続き、水野和夫著『世界経済の大潮流』を読んでの2回目、完結編である。
 水野氏は、世界経済の潮流をどう結論付けているのであろうか?

 今日は、本書の最終章である「第Ⅲ章/歴史の大転換にどう立ち向かうか」をご紹介して結びとしたい。
 水野氏はこれ迄に、第Ⅰ章と第Ⅱ章で次の様に述べていた。

第Ⅰ章/資本主義の大転換
[01] ケインズ(Keynes)の予言と利子率革命
【21世紀の「利子率革命」】
 「利子率革命」とは、2%以下の超低金利が長期間続くこと。人類史で見ると、以下の3例しか事例がない。
 ①Augustus帝政時代の古代Rome帝国
 ②16世紀初頭の伊・ジェノヴァの金利
 →・「長い16世紀(1450~1650年)」を通じて「中世荘園制・封建社会」から「近代資本主義・主権国家」へとsystemが一変した
 ③1997年以降の日本〔‥有史以来の最低記録を更新‥〕
 →・17世紀の【利子率革命】が齎した「国家」「国民」「資本」の三者の利害の一致を前提とした『資本主義』に危機に直面
【「利子率革命」と資本家の終焉】
 →・投資家が満足する様なreturnを得られる〔実物経済〕に於ける投資機会がもはや存在しなくなった
【新「自由主義」の「bubbleの物語」へ】
 →・「資本」はcapital gain〔=株式・土地等の価格変動による利益のこと〕を求めて「金融資本」に向かい、「電子・金融空間」が実体経済を振り回す程に膨張
【「資本家」の使用人に成り下がって仕舞った「国家」】
 →・金融bubbleで、金融資産規模が実体経済の2倍以上に膨張したことによりbubble崩壊を防ぐ為、「国家」は「金融資本」を救済せざるを得なくなった
【暴走するglobal経済】
 →・困難になった「『国民・国家』levelで国境を越えて自由に往来する余剰money」の制御

※ 次からが水野氏が本書で述べる核心の一つ

【富の集中と社会の二極化】
 →・これ迄のglobal化が曲りなりにも成立して来たのは、2割の先進諸国の人達が、8割の貧しい人達からモノを安く買って高く売って来たから。〔p.49〕
   換言すると、貧しい8割の人達が居てこその、2割の人達の「資本主義」だったということ。
   しかし、現在進展しているglobal化は、それ〔=2対8〕を10対0にするもの。
   今回のglobal化は、〔我々人類(主に先進諸国の人達)が〕「地球が有限である」ことを初めて認識することになる。
〔【小生補足】「2割の先進国の人達が8割の貧しい人達からモノ(=主に、資源とenergy)を安く買って高く売って来た」という仕組み〔‥=business modelと言ってもいい‥〕〕が、早晩成り立たなくなるということである。当該8割の貧しい人達が当然の権利として、先進諸国の人達と同様な生活水準を希求したらどうなるか? 「貧しい人達」という言い方は語弊があるので「新興国」と言い直す。隣国中国を見れば良く解る。13億人の国民が生活水準が向上して、肉食〔‥豚・牛が成長するに必要な穀物の需要増加(=家畜飼料としての穀物価格上昇)も不可避となる‥〕や自動車保有の欲求が常態化すれば、需要増加による食糧価格・energy価格の上昇は必然となる。
 現在の原油価格が1973年の第一次石油危機以前の2ドル/barrelから110ドル/barrelへ上昇したことはdemand pull inflation(=「需要増加」が原因の価格上昇)がbaseにあることを見落としてはならない。

[02] Post近代の『リヴァイアサン(leviathan)※』のために

※『リヴァイアサン』は、英国の哲学者・政治思想家トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes(1588-1679))(英)の著書。本書が刊行された1651年は、Westphalia条約(1648年‥ProtestantがCatholicに勝利‥)の3年後である。本書刊行後は無神論者として異端視された。政治哲学的には自然法から出発して国家契約説、倫理学的には、功利主義の立場を取った。
 少し横道に逸れるが、Leviathanについて説明する。Leviathanとは旧約聖書『ヨブ記』に出て来る巨大な永生動物の名のことで、本書では教会権力から解放された国家を指し、国家の成立を論じる。「教会及び市民のコモンウェルス((commonwealth)=共同体)の内容・形態・権力」という副題を持つ。
 「人間は生まれつき平等ではあるが、自然状態に於いては『万人は万人に対して戦い』の状態にある。当該自然権を制限し、更に絶対主権設立の社会契約に因って国家の成立へと導く。
 彼は専制君主制を理想と考えていたが、その主権の基礎を人民の自己保存権に置き、其処に彼の自然主義の立場を見て取れる。
 キリスト教中心の中世封建制を脱して近代国家の成立に理論的根拠を与えたという意味から、本書が法・政治思想史上に果たした役割は大きい。

【インフレ社会からデフレ社会へ】
 →・今後、原油価格はもっと上昇するだろう。
   これ迄先進国10億人が石油を使っていたが、今後は新たに50億人が使い出す。
   これは先進国にとって、資源・energy価格上昇という交易条件が悪化する一方で〔‥【小生補足】先進国の労働者の所得減少が購買力減少〔=需要減少〕を齎し‥〕デフレが不可避となる。
   つまり先進国は「インフレ社会」から「デフレ社会」への移行が起きている。
   換言すれば、資源インフレの裏側で工業先進国のデフレが起きているのであって、「先進国だけが豊かになることが出来る近代は終焉」したということである。
   であるから、政府が本気でデフレ脱却を目指すなら、長期的には「脱・化石燃料社会を構築するしかない。
   【小生補足】水野氏が「長期的には‥」と言っている様に短期的には抜本的解決は困難〔←・公共投資等、財政出動による短期的に需要創出は可能だが財政の更なる悪化を招く〕
【Post近代と定住社会】
 →・Post近代のKey wordは「energy革命」。
   Post近代に最も近いpositionにいるのが日本。「(経済)成長」で何とかなると考えている様では、(我国日本は)みすみす(人類史上数千年に一度しかない)そのchanceを自ら逃して仕舞う様なものである。

第Ⅱ章/解体する中産階級とglobalization
[01] Global imbalanceとドル(dollar)
[02] 不可逆的なglobal化と二極化構造
[03]「Bubble崩壊の物語」の25年間
〔→・本章は前《会報》にて詳述したので割愛する〕

第Ⅲ章/歴史の大転換点にどう立ち向かうか
[01]「歴史における危機」とは何か‥「9.11」「9.15」「3.11」を貫くもの
【近代の再延長とその矛盾】p.186
【『技術の時代』の帰結】p.192
【『未来』の収奪としての「9.15」と「3.11」】p.196
【帝国systemとcollectionの歴史】p.201
【「東Asia共同体」とTPP】p.206
【ギリシャ危機とEU=「陸」の帝国】p.209
【国債と財政赤字】p.217

 水野氏は以上の様な項目で論じて来て、以下の処で纏めているのでその儘引用してご紹介したい。

【成長の限界と二極化する社会】p.219
 1517年にルター(Martin Luther(1483-1546))の宗教改革が起こり、Rome CatholicとProtestantの苛烈な争いが起き、1588年にアルマダ(Armada)の海戦で英国がSpainの無敵艦隊を打ち破ることで「海の時代」が開かれます。とは言え、SpainもItalyも宗教改革が始まって直ぐに没落した訳ではありません。Rome Catholicは最終的には1648年のWestphalia条約で完全に敗北しますが、それ迄に130年の時間がかかっています。中世から近代への転換はやはりゆっくりとしか進みません。それは現在の「歴史に於ける危機」でも同じことでしょう。1970年代から起こった「海と空の時代」の終焉は漸く前半戦を折り返した位に考えるべきで、「海の時代」が終わったからといってすんなりと「陸の時代」に移行する訳ではありません。それは今回の欧州ソブリン危機(sovereign risk)でも明らかです。〔中略〕これから長い混迷の時代が続くでしょう。
 その時の問題は、〔【小生補足】中世はずっと定常社会であったが‥〕私達が近代(以降)の〔【同】400年間続いている‥〕膨張主義に慣れ切っていて上手く価値観を転換出来ないことにあります。〔中略〕しかし、もはや成長を前提とした経済社会を考えることは難しくなりつつあります。「9.11〔【同】金融工学を駆使した結果Lehman Shockを招いたこと〕」や「3.11〔【同】原子力工学を過信して廉価なenergyを創造したと錯覚して放射能漏れという甚大な被害を齎して仕舞ったこと〕」に象徴される様に、膨張しようとする願望が、大幅な後退〔=縮小〕を齎すという事実を認識する必要があります。〔中略〕
 今の原油高は新興国が豊かになっていく過程で起きています。もはやかつての様に先進国はenergyを只同然で入手することは出来なくなったのです。成熟化した先進国は、無理に成長を目指してLehman Shockの様な事態を招いて仕舞いました。〔中略〕仮に中国が日本並みに自動車保有率を求めたら、8億台弱のstockになります。中国をはじめとする新興国が近代化modelを一斉に追いかける訳ですから、energy資源の高騰は避けられないでしょうし、市場が飽和して仕舞うのも予想以上に早いと思います。〔後略〕

 水野氏の「結論」は以下の通りである。

【新しい社会modelへ】p.226
 出生率が2.1を割った1970年代は近代systemはpeakに達していました。それをpeakにさせない様に先進国は「電子・金融空間」を作り出し、原子力発電所で無限のenergyを作ろうとしました。頭打ちとなった成長を強引に持続させる為に相当の無理をしたのです。それはやはりもの凄くstressの強い社会ではないでしょうか。私(水野)は人口減は近代のpeakを再延長しようとして、労働時間を延ばし、家事労働を全て女性に任せるという様なことをしてきたツケではないかと思っています。〔中略〕
 人口減には移民受け入れという対処療法がありますが、これは「蒐集」の発想に他なりません。実際、ドイツでのトルコ人移民問題に象徴される様に、好況の際に大量に受け入れた移民が、不況になると一転して排外主義の差別の対象になって仕舞います。〔中略〕
 今の「若い人達が」1.3人ではなくて「2人産んでもいい」と思える様な社会環境を整備することが先決です。人口減は「日本株式会社」の通信簿だと考えてみるといいでしょう。それは今の仕組みは落第点だというサインだと思います。〔中略〕
 今後もglobalizationで規制緩和して、国際市場で頑張ることを目指す人もいるでしょう。しかし、それだけではいけません。〔中略〕「中央/地方」という枠組みを見直して、地域を拠点にして、出来るだけ自己完結型で「定常社会」を前提とするという生き方もあると思います。〔中略〕
 新興国の成長がまだ続いている間にこそ、日本はそれとは異なる新たな社会modelを模索しなければならないのです。〔完〕

 ※ ※ ※ ※ ※

【小生comment】
 日本を含め先進諸国は押並べて「成長」→「成熟社会」へ移行した。人口が横這いから減少すれは国内需要が減少するのは必然である。
 そうした「定常社会」になった現在を有意義に生き抜くには、其処で生きていく我々の意識自体を「『量』から『質』」へと方向転換すべきなのかもしれない。

■次の話題は、01月08日に仕事で名古屋へ出張した帰りに、いま愛知県美術館で開催中の『クリムト生誕150周年記念/黄金の騎士をめぐる物語』展を見て来ましたのでその模様をお伝えします。

 本展は、愛知県芸術文化center開場20周年と19世紀後半から20世紀初めにかけてAustriaで活躍したGustav Klimtの生誕150周年の記念企画である。
 愛知県美術館には、Klimtの代表作の一つである『人生は戦いなり(黄金の騎士)』(1903)がある。
 当該作品が愛知県美術館所蔵品の最重要作品として位置付けられている経緯について、図録『黄金の騎士をめぐる物語』の中で次の様に紹介されている。

 本作品の購入が記者発表されると新聞各紙が記事に取り上げた。1902年創刊の米国の美術雑誌『アート・ニューズ誌(ART News, vol.89, no.8, October 1990, p49.)』は次の様に伝えている。
「日本の愛知県は、Austriaの画家Gustav Klimtの大作を[中略]購入した。新しい美術館に展示されることになるこの作品は、1903年作の《人生は戦いなり(黄金の騎士)》で、愛知県はこれに1,140万ドル[=17億7千万円]支払った。この購入にはトヨタ自動車株式会社から愛知県への1,300万ドル[=20億円(‥1989年当時1米ドル=155円‥)]の寄附金が当てられた。これは日本の地方自治体が購入した最初のKlimtである。日本で第3の都市名古屋に現在建築中の美術館は、1992年秋に開館を予定している。そのcollectionは20世紀美術に焦点を当て、現在収蔵庫で保管されているKlimtは注目の的になるであろう」。

 それにしても、日本のbubbleの頂点の時代だったとは言え、本作品が17億7千万円もしたとは‥。
 今日は、Klimtの作品を時系列に幾つかご紹介する。
 尚、作品の中の[06]だけは、Klimtではなく、彼と同じ「分離派」マクシミリアン・レンツ(Maximilian Lenz)の作品である。
 また、本展では、ウィーン大学大講堂の天井画に纏わる3連作『哲学』『医学』『法学』([08][09][10])の白黒写真図も併せご紹介する。
 本作品3点は1945年当時のナチス(Nazis)ドイツが退却する時保管してあったインメンドルフ城と共に消失。写真だけ残されていたものの復刻である。
 それから、[13][14][15]の3点は本展とは無関係だが、Klimtの代表作であり、今回ご紹介させて頂いた。ご高覧下さい。

[01]愛知県美術館『クリムト(Klimt)‥生誕150周年記念‥黄金の騎士をめぐる物語』展leaflet
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––––––––––––––––––––––––[02]グスタフ・クリムト((Gustav Klimt)1862.07.14-1918.02.06)1912年
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[03]Klimt『頭部習作』1878年
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––––––––––––––––––––––––[04]Klimt『横顔をみせる少女』1880年頃
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[05]Klimt『ふたりの少女と西洋夾竹桃』1890-92年
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––––––––––––––––––––––––[06]Maximilian Lenz『ひとつの世界(ひとつの世界)A World(A Life)』1899年
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[07]Klimt『アッター湖畔(On Lake Attersee)』1900年
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––––––––––––––––––––––––[08]Klimt『哲学(Philosophy)』1899-1907年
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[09]Klimt『医学(Medicine)』1900-1907年
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––––––––––––––––––––––––[10]Klimt『法学(Jurisprudence)』1903-07年
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[11]Klimt『人生は戦いなり(黄金の騎士)Life is a Struggle(Golden Rider)』1903年
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––––––––––––––––––––––––[12]Klimt『赤子(揺籠)』1917-18年
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[13]Klimt『ユディットⅠ(Judith I)』1901年
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––––––––––––––––––––––––[14]Klimt『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ(Portrait of Adele Bloch-Bauer Ι)』1907年
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[15]Klimt『接吻(Der Kuss)』1907-08年
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【後記】今日は01月11日(金)の日本経済新聞・夕刊に載っていた記事「米国オバマ大統領、ル―財務長官/指名」から‥。
 「落書きのようだ」と話題になっているジャック・ル―(J. Lew)大統領首席補佐官のサイン。
 冗談みたいな本当のサインです。(^^

[16]オバマ大統領から財務長官に指名されたジャック・ルー大統領首席補佐官(57歳)
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––––––––––––––––––––––––[17]ルー米国新財務長官のuniqueなサイン
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 では、また‥。(了)

2013年1月 5日 (土)

【時習26回3-7の会 0427】~「01月02日:快挙!! 『第89回東京箱根間往復大学駅伝競争』往路で時習館高校後輩の早大・山本修平君、2年連続往路2位でgoal!」「水野和夫著『世界経済の大潮流』を読んで〔その1〕」

■今泉悟です。皆さん明けましておめでとうございます。
 年が明けて2013年が始まりました。【2637の会】も皆さんにお声をかけさせて頂いたのが2006年の01月19日ですから丸07年が経つことになります。
 正に「光陰矢の如し」です。
 【2637の会】membersの皆さん、今年も倍旧のご支援ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

■さて2013年最初の話題は、正月02日開催された『第89回東京箱根間往復大学駅伝競争』です。
 この「箱根駅伝」往路で、我等が時習館高校の後輩で早稲田大学2年生の山本修平君が今年もまた頑張ってくれました。
 二年連続「往路」を堂々の2位でgoalしてくれたのです。時習館高校の同窓として、実に晴がましく嬉しく思います。
 概要は次の様な展開でした。
 往路最後の第5区(23.4km)は、山本君と日体大・服部君(3年)が1位東洋大・定方君(3年)を、14.4kmの小涌園前のcurve辺りで共に捉え一気に抜き去った。
 しかし、16.8kmでそれ迄dead heatを繰り広げていた山本君が脚に痙攣を発症した様で、最後は日体大・服部くんに2分35秒の差を付けられて仕舞った。
 以下にTVの中継を撮影した写真をご覧に入れる。

[01]第5区(21.4km地点)を2位で力走する山本修平君01
 015214km201

––––––––––––––––––––––––[02]第5区(22.9km地点)を2位で力走する山本修平君02
 025229km202

[03]第5区Goal前を2位で力走する山本修平君01
 035goal201

––––––––––––––––––––––––[04]第5区Goal前を2位で力走する山本修平君02
 045goal202

[05]第5区を2位でGoalする瞬間の山本修平君
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■続いては、この年末から正月休みにかけて、水野和夫氏の『世界経済の大潮流』を読みましたので、ご紹介したいと思います。
 安倍新政権になって漸く日本の株式市場も上昇機運となり、円の為替相場も極端な円高が是正され円安傾向を示している。
 では、今年日本経済は本当に立ち直ることが出来るのであろうか?
 そこら辺りに論点を絞って、今回と次回の2回に分け私見を述べたいと思います。
 暫くお付き合い下さい。

[06]水野和夫『世界経済の大潮流』
 06

 その前に、年末12月29日の日本経済新聞朝刊に「日銀総裁interview記事『物価目標/政府と連携‥2%議論へ「緩和・成長策で」』」が掲載されていた。
 日銀も安倍政権と連携して、「成長力強化を支援」する旨表明した。
 白川日銀総裁への一問一答の中で次の様に語っている。

 「物価は(国民)生活や経済に大きな影響を与える為、幅広く議論が深まることを期待している。(中略)(政府と日銀が)『物価安定』や『デフレ脱却』の意味を正確に(理解して)共有する必要がある」
 「日銀の生活者調査では国民の8割以上が物価の上昇をどちらかというと望ましくないと回答している。一方で同じ国民がデフレからの脱却を望んでいる。国民が求めるデフレ脱却とは景気を良くして欲しいということと同義で、雇用が確保されて賃金も上昇し、企業収益も増えてその結果として物価も上がっていくという経済成長を実現することだ」
 「次に物価上昇を達成する方法の議論を深めたい。『魔法の杖』はない。日銀は強力な金融緩和を薦め、資産買い入れ基金を使って国債やrisk資産を今後1年余りで36兆円購入し、新設した貸出支援基金でも15兆円超、合計で50兆円超の資金供給が見込まれる。ただ魅力的な投資機会がなければ、緩和で供給した資金は金融機関に留まって有効に使われない」
 「【金融緩和と共に政府に拠る成長力の強化】が欠かせない。潜在成長率は就業者数と生産性の伸び率で決まってくる。高齢者や女性の労働参加率を高め、思い切った規制緩和で国内投資の魅力を高めて企業が挑戦し易い環境をつくる。(以下略)」

 白川日銀総裁の言っていることはまさに正論である。しかし、「景気がこうなるだろう」ということは明言していない。流石は慎重な白川総裁である。

 では、大規模な【金融緩和と政府に拠る成長力の強化】策で、国民が求める「国民が求めるデフレ脱却とは景気を良くして欲しいということと同義で、雇用が確保されて賃金も上昇し、企業収益も増えてその結果として物価も上がっていくという経済成長を実現すること」が果たして実現可能なのであろうか?

 この質問に対して、水野和夫氏が著書『世界経済の大潮流』で述べていることを、小生の所見と合わせお話してみたい。
 但し、原文を引用して説明すると長くなって仕舞うので、引用は極力少なくし、小生が要約して説明する。

 水野氏の説明では〔‥以下【第Ⅱ章/解体する中産階級とglobalization~「不可逆的なglobal化と二極化構造」(以下『水野・二極化構造』という」)p.129-140を小生が要約】‥〕、「雇用が確保されて賃金が上昇し、企業収益も増えてその結果として物価も上がる経済成長」は、globalizationが進んだ現在、そのglobal市場に販路を求めることが出来る企業と其処に働く雇用者(=労働者)のみがその恩恵に浴することが出来る。即ち、当該企業の収益増加と当該企業に努める労働者の賃金上昇は可能であるが〔【小生補足】端的な例が海外進出に成功した自動車産業と地デジの更新需要が完了する迄の液晶テレビ産業である〕、成熟化し縮小しつつある日本の国内市場にのみ販路を求める多くの(主に中小)企業の利益と其処に働く雇用者(=労働者)の賃金は上がらないのである。
 即ち、海外に販路を持たない主に中小企業や非製造業は〔【小生補足】市場(=販路)が拡大せず縮小する為〕売上が伸びず減少する為利益も当然増えず減少する。
〔以下【小生補足】‥更に、現代社会がやっかいなのは、最近のソニー・パナソニック・シャープの液晶テレビ3社の様に、大企業と言えども海外に販路を求めてもglobal化の進展により、かつての日本の花形企業と言われた大企業も、収益を産むとして投資した製品(=商品)選択を誤ると、サムスンやLG等、海外の大手の競合他社との過当競争に巻き込まれ、収益を上げるどころか大幅な赤字計上を余儀なくされる事態が生じたのである。即ち‥、
 ①海外に販路を持つ大企業と其処に働く労働者と、海外に販路を持たない中小企業・製造業と其処に働く労働者の所得格差の拡大‥「二極化」、
 ②海外に販路を持つ大企業でも、Globalizationの進展により引き続き新規需要(=販路)拡大が見込め、収益拡大が見込める自動車産業と、成熟化して(=新規需要が見込めず)更新需要しかない市場を販路とする液晶テレビ産業等、に分類される‥〕。
〔以下『水野・二極化構造』p.133から引用‥〕
 「(国民の所得層の)二極化現象」は日本の固有現象ではなく、先進国共通の問題です。Global化は、国内に限定されていた労働市場を世界市場に拡げ、国境を超えた企業間競争を激化させるからです。ですから、大企業・製造業の【生産性(=一人当たり実質GDP成長率)が】二桁に近い伸び率で【上昇しても】、実質【賃金上昇率は僅か】1%しか上昇せず、生産性上昇分が雇用者(=労働者)に還元されないことになります。

 ここからは、水野氏の本著の要約をして説明する。
 「人類の歴史」は、「覇権者による征服した世界(=市場)からの「財・富」の【蒐集〔収奪と言ってもいい〕】の歴史」であると言える。
 例えば、古代ローマ帝国による地中海世界からの【蒐集】。
 近代世界は、これを‥
 ①15世紀の地中海世界のイタリア〔ジェノヴァやヴェネツィア〕を地中海【制覇(=覇権)】を出発点とする。
 そして水野氏は、1450年~1650年を【長期の16世紀】と定義付け、1968年〔≒【小生補足】1971年のNixon shockからと言ってもいい〕~現在の【Globalizationの21世紀】と比較して、その『類似性』を強調する。それを一表にすると以下の通り。

★『長期の16世紀とglobalizationの21世紀の類似性』★
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
       ・【長期の16世紀】 - - - - - ・【globalizationの21世紀】
【危機の予兆】・東ローマ帝国滅亡1453年 ・世界革命     1968年
       ・伊ルネサンス  1450年~・Nixon shock   1971年
       ・ - - - - - - - - - - - - ・石油危機     1973年
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
【 反転攻勢 】・アメリカ大陸発見1492年 ・Berlin壁崩壊‥‥1989年
〔新時代幕開〕・ルターの宗教改革1517年~・Internet革命‥‥1995年
       ・ポトシ銀山の発見1545年 - ・
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
【旧体制危機】・KarlⅤローマ劫掠1527年 ・世界同時多発テロ2001年
       ・〔盛期ルネサンス終焉〕 - ・sub-prime問題‥ 2008年
     アウグスブルク宗教和議1555年 ・
       ドイツ国内の新旧基督教和議・
 Spain・フェリペⅡ財政破綻宣言1557年 ・
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

※ 歴史は【派遣者〔=覇権国〕】による【蒐集(≒収奪)】を繰り返すが、【蒐集】は、経年と共に「【覇権国(=投資家)】による投資returnの利子率が低下」が(歴史の)必然」となり、その利子率がゼロに近づくと此れ迄の【覇権国(=派遣者)】は存在価値を喪失し、新しい【覇権国】と交替する。
 そして、その新しい【覇権国(=派遣者)】の活躍の舞台〔【蒐集〔=収奪〕】の舞台(=市場)〕は革命的に拡大して行った。
 拡大した当初は、当該「市場」が無限にあるかの如く「拡大再生産」が可能となる。
 因みに、第二次世界大戦後の日本経済の高度成長時代が正にその「市場」が無限であると錯覚した時代であった。
 即ち‥
1【覇権国】
2→覇権国が活躍する【舞台(=市場)】
3→覇権国が活躍する【時代】

①1【伊〔ジェノバ・ヴェネツィア〕】
2→【地中海世界】
3→【15~16世紀初頭】

②1【スペイン】
2→【新大陸〔ポトシ銀山発見=貨幣革命〕】
3→【16世紀初~1588年〔無敵艦隊がArmada海戦で英国に敗北〕】

③1【英国】
2→【世界〔英連邦‥二次元:海としての全世界〕】
3→【1600年東インド会社設立~1918年第一次世界大戦終結】

④1【米国】
2→【世界〔三次元:航空宇宙を含む全世界〕】
3→【1918年~1944年ブレトンウッズ体制以降現在まで】

 これ等【覇権国】による市場支配の仕組みは、支配地域の資源を極めて安価に【蒐集】し、付加価値をつけて当該支配地等に売りつけ、更に利益を獲得する。
 それが「投資とreturn」の仕組みであり、これを繰り返すことにより「安全性が増し為return(=投資利回り)が減る」。
 支配する「市場」も当初は無限にあると錯覚出来る程豊富にあったが、次第に開拓し尽くされ、終に「市場」は限界を迎え、「拡大再生産=return(=利益)の拡大」は不可能となる。
 そこで破綻した旧【覇権国(=派遣者)】は役割を終え、新【覇権国】にその地位を譲ったのである。
 現在の【覇権国】は勿論米国である。
 が、米国のその地位も揺らぎ始めている。
 米国は、第二次世界大戦後の1950年代迄が繁栄のpeakで、資源nationalismが台頭した第一次石油危機以降衰退へと向かう。
 そのturning pointが水野氏がいう1968年「世界革命」であり、小生は解り易く1971年「Nixon shock」と1973年「第一次石油危機」とする。
 第一次石油危機以降は、資源国が当該資源・energyから生まれる「得べかりし利益」を当然自国のものだとして主張。
 これが新興国の成長と共に2000年以降、需要増加と連動して急速に資源・energy価格の上昇となって現在に至っている。
 このことは、かつては極めて低廉な資源・energy価格を獲得した先進国が独占していた「利益」を、資源国が当然自国の「利益」だとして「富の移転」が「先進国→資源国」に為されたことを意味する。
 また、「市場」のglobal化と成熟化は、労働者の賃金の減少を招く。即ち‥
 販売価格は、globalizationの進展により世界標準となり競争激化により値上げしにくくなる一方、売上原価を構成する「原材料費〔資源〕・労務費・経費〔energy〕」のうち、資源と経費が前述の様に上昇するが、売上原価は上げられない。‥そうなると、利益を確保する為には売上原価は上げられない。‥となれば、原材料費と経費以外の費用、労務費〔=人件費〕の削減しかない。従って、人件費〔=労働者の賃金〕は削減が不可避となる。
 これが、現在の日米欧の先進諸国共通に抱える社会問題のなのである。
 現状の世界経済動きを「労働者の賃金〔=国民の富〕」の目線で見ると、以下の3点に収斂される。

 [1]国民(=労働者)が得べかりし「富」が「先進国」から「資源国」へ移転
  〔‥極端な円高で、国内makerが海外へ工場を移転すると、国内で働く行動者の雇用を奪うことになり、更に日本の消費購買力を損なう‥〕
 [2]「市場」が、かつての「〔‥頑張れば頑張った者全員がその恩恵に預かれる‥〕『拡大期』」から「‥麻雀の様に勝利者だけが利益の恩恵に預かり、敗者は現状より貧しくなる「優勝劣敗」の世界となる‥『成熟・衰退期』に」現在が変貌
 [3]上記[2]の競争の結果、一部の「富者」と大多数の「貧者」という所得の「二極化」が明確化‥健全な民主主義国家を醸成するには、健全な中堅層の拡大が不可欠だが、この儘では健全な中堅の多くの没落が不可避な状況になっていく

 ※ ※ ※ ※ ※

 それでは、今後、我々はどの様にしていけばいいのであろうか?
 次号で詳しく論じてみたい。
 では、また‥。(了)

■【2637の会】ブログへは、 URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog ←ここをclickして下さい。

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05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

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    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

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    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

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