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2013年5月の5件の記事

2013年5月31日 (金)

【時習26回3-7の会 0448】~「05月24日:『中部電力浜岡原子力発電所』視察会に参加した」「05月25日:『第31回12大学対抗ゴルフ大会』に参加して」「05月30日:名豊gallery『森清治郎』展を見て」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0448】号をお届けします。
 前《会報》でご報告しました『京都下見旅行』について、参加された女性全員をはじめ幾人かの皆さんから貴重なご意見・ご感想を頂戴しました。
 大変嬉しく思います。来年の『卒業40周年記念旅行兼懇親会』を是非共成功に導きたいと思いますので、【2637の会】membersの皆さんも奮ってご意見・ご希望を小生宛に頂戴出来れば幸甚です。
 一緒に下見旅行に行った福井A輔君【3-9】が、「なぁ、今泉‥。我々は今は元気だが、これから05年先、10年先はわからんぞ。我々はもういつ死んでも可笑しくない歳になったんだ。だから『京都での同期会(‥開催の企画‥)』はいいよ! 俺は大賛成だ。精々楽しもうじゃないか! 俺も応援するからいい同期会にしてくれな」‥と大変心強い応援の言葉を頂戴した。

■さて話変わって‥、去る05月24日(金)に、地元調査研究団体主催の「中部電力浜岡原子力発電所」並びに「静岡県浜岡原子力防災センター」への視察に行って来ましたので、今日は先ず前者(‥「浜岡原子力発電所の地震・津波対策」に論点を絞って‥そ)の模様をお伝えしたい。

[01]中部電力浜岡原子力発電所の全景〔中部電力leafletより〕
 01

1.【主要設備概要】
 全5基:竣工年:〔電気出力〕:現況
 1号機:1976年:〔054万KW〕:廃炉
 2号機:1978年:〔084万KW〕:廃炉
 3号機:1987年:〔110万KW〕:休止
 4号機:1993年:〔113.7万KW〕:休止
 5号機:2005年:〔138万KW〕:休止

※ 2011年05月、当時の管直人首相(当時)の強い要請を受け、中部電力は運転中であった4&5号機の停止を決定。又、定期検査で停止中であった3号機についても運転再開の見送りを決定

2.【耐震安全性】
◎原子炉建屋等重要施設は、硬い岩盤に直接設置 ‥ 低重心構造
◎原子炉の自動停止 ‥ 大きな揺れ(120ガル)を感知すると自動停止する

3.【津波への安全対策】
◎砂丘堤防の内側(原発施設側)に、海抜22mの防波壁(‥総延長1.6㎞‥)を設置し、当該防波壁の両端は海抜22~24m迄盛土する

[02]浜岡原子力発電所の津波対策についてURLご参照
http://www.chuden.co.jp/corporate/publicity/pub_release/rer_other/__icsFiles/afieldfile/2012/03/16/0316.pdf

※ 防波壁の構造図‥22mの津波を防ぐ〔‥当初18mの高さから、内閣府の有識者検討会が2012年08月公表の試算で、南海トラフ地震が発生した場合、浜岡原発付近を最大で19mの津波が襲うと示されたことを受け、更に4mかさ上げした‥〕
※ 万が一防波壁を上回る津波が来ても、原子炉建屋内部に水が浸水しないよう防水構造の建屋に外壁開口部の扉を強化

【小生comment】
 実際に、防波壁の傍に立つと巨大な現代版万里の長城の麓に立っている感じであった。
 浜岡原子力発電所は、硬い岩盤の上に建設されており、従前から地震対策は不安感は然程なかったが、実際説明を聴いて安心した。
 津波への安全対策についても、22mの防波壁を建築中で本年2013年12月竣工予定。中電の担当者の説明を聴いて、逆説的であるが、「大津波が来た時は、浜岡原発周辺に居る人達は同原発の敷地内に避難した方が安全である」と感じた。

 日本は、原子力を除いた場合、国内のenergy需要の95%を海外からの輸入に頼らざるを得ない状況にある。
 今休止中の原子力発電を再稼働すれば、一挙に88%迄下げることが出来る。
 原子力は、風力発電等の自然energyと比較しても、発電電力量あたりのCO2排出量が少なく、地球温暖化抑制面でも適している。
 それ故、早急に安全対策を固め、稼働可能な原子力発電所の再稼働が必要であると小生は思う。
 当面、日本にとって「原子力は『必要悪』」なのである。
 もし、日本だけが原子力発電を放棄しても、諸外国が原子力発電を推進していけば、「核保有の潜在能力」という面を含めて世界に於ける日本の立場が非常に不利になることが避けられないことを確りと理解する必要がある。

■続いては、05月25日(土)に参加した東海CC&ホテルアソシア豊橋にて開催された「第31回12大学対抗ゴルフ大会」&「同表彰式&懇親会」についてである。
 小生、つい最近迄、この様な大会が今年で31回も開催されていたことを知らなかった。中嶋君【3-2】と共に「城跡巡りの会」の好で知遇を得た大学の大先輩から「本大会への強いお誘い」を受け、断り切れなく半ば嫌々‥、勿論初めての参加である。
 ゴルフ会への参加者は105名。表彰式&懇親会へはゴルフ参加者数をかなり上回る参加であった様に思われる。
 因みに12大学とは、東京六大学のうち、東京大学を除く、早稲田・慶應義塾・明治・立教・法政の5大学と、中央・日本、関西六大学から、同志社・立命館、そしてご当地大学の愛知、そして、名古屋・一橋である。
 時習26回生で誰か参加者はいるか‥と参加者名簿を見ていたら、山本Y和君【3-6】と福井A輔君【3-9】が居た。
 添付写真は、懇親会閉会の際、小生の大学チーム13名の記念撮影である。
 写真の中の紅一点は、小生の長男と同い年。Scoreもhandicapも小生より上位だ。呵々。
 我がteamの最年少は昭和60年生まれ、最高齢は昭和8年生まれ。
 幅広い世代の人間が、同じ大学というidentityで卓を囲み談笑するのは楽しいものである。
 因みに最高齢の大先輩は、医者でofficial handicapは12である。

[03]第31回12大学対抗ゴルフ大会 表彰式・懇親会にて名大チーム13人
 033112_team13

■今日最後の話題は、今月05月10日から今日31日迄、名豊ビル6Fの名豊galleryにて開催されていた中部ガス主催『森清治郎』展を昨日会社の昼休みに見て来ましたのでその模様をお伝えします。
 先ず、略歴から‥
【略歴】
1921年 01月01日 豊橋市牟呂町神野新田に生まれる

 豊中・東京美校時代を通じて二年先輩である冨安昌也先生が森氏について次の様に振り返っている。

 森清治郎君は、豊橋中学校も東京美術学校も私より2年後輩で、共に絵を画く仲間として昔からよく知っている。〔中略〕
 森君は〔中略〕『神野新田』の開拓農家に生まれた。昔気質の実直そのものの父親と、病弱な母親、それに幼い時から一家を支え、汗まみれになって働く姉達に囲まれ、幼少期を過ごした。何はなくとも溢れる様な人情と、あり余る自然の恩沢の中で、彼の性格が育まれた。〔中略〕
 私は母校(時習館高校)で17年間教師をしていたが、私の手を離れて上京した教え子達は、皆森君を紹介して、今後の指導を託した。面倒見の良いことは、むしろ私より数段勝っているので、彼を慕って訪ねる者も多い。〔中略〕その絆は固い。野田弘志君もそのうちの一人だ。〔中略〕
 彼の絵は、跣(はだし)で土の上を歩く感触を思い出させる様な処がある。その表現方法は、一言でいえば不器用な器用、職人芸の拘り仕事と言え‥〔中略〕‥あの重厚なマチエールは、土から生えて来た様な、土の匂いのする描法だ。〔後略〕『森清治郎画集(平成04年07月)』より‥

1938年 03月 豊橋中学校(現・時習館高校)卒業/09月 上京し川端画学校洋画科入学
1939年 04月 東京美術学校図画師範科入学〔入学者15名/修業年限03年/学費免除〕/左足関節炎の為休学(‥休学は06年に及ぶ‥)
1945年 03月 上京し復学
1947年 03月 東京美術学校師範科で寺内萬次郎の教えを受けた門下生の会である『紅士会』に入会
1949年 03月 東京美術学校卒業/10月 中野区にアトリエを建築
1954年 03月 第40回光風会展にて光風特賞受賞、会員に推挙さる
1955年 05月 大蔵省絵画部講師となる
1957年 01月 豊橋市広小路1丁目マルヨ洋装店階上にて「森清治郎渡欧後援会」と「豊橋文化協会(会長=神野太郎)」主催の個展開催/12月31日 神戸港より海路、France Marseilles(1958年01月27日着)へ

 『森清治郎画伯渡欧講演会油絵頒布会』leafletから‥
【寺内萬治郎】〔東京美術学校での師、日展参事・審査員・光風会会員〕
 森清治郎君は東京美術学校卒業後、画友達と紅士会を組織して真摯な研究に精進し、光風会では最高賞光風賞特賞を受けて会員に推挙され、又日展には毎年優秀な作品を発表して新進洋画家中、錚々たる存在となりました。
 君の芸術は誠実な人格がその儘に反映し、全力的な努力を以って自然を追求する写実精神の所産であります。〔後略〕
【桑原幹根】
 〔前略〕従来、豊橋に開かれた「美術展」を度々拝見したが、地方都市として、芸術を中心とした文化運動が行われていることは、真に頼もしい。
 森画伯が、その豊橋市の出身者であって、信ずる道に精進し、貢献することは衷心慶びに耐えない。
【神野太郎】
 森君は本年三十余才、漸く油の乗って来た年頃です。憧れのFranceで勉強し、帰国後の活躍は、必ず大いなるものがあると信じてやみません。〔後略〕
【冨安昌也】
 〔前略〕森君は建物を画くのが好きです。森君のアトリエ(atelier)には家の絵ばかりです。〔中略〕今度はいよいよParisに出かけます。〔中略〕犬の小便の臭いのする様なモンマルトの壁や、シャンソンが聞こえて来そうな窓のある家等ふんだんに画いて来るでしょう。〔中略〕建物を画いた有名な画家にユトリロや佐伯祐三、それからこの頃では荻須高徳があります。森君は何だかこの一連の作家に繋がる様な気がします。

1957(昭和32)年初春
【発起人】(順不同)
 三木武夫〔衆議院議員・元運輸大臣‥【小生注】元総理大臣〕
 平田敬一郎〔大蔵省次官〕
 桑原幹根〔愛知県知事〕
 神野金之助〔名古屋商工会議所会頭〕
 渡瀬完三〔光興業(株)社長〕
 神野太郎〔豊橋商工会議所会頭・豊橋文化協会会長〕

 神野信郎(現・中部ガス相談役)氏も『森清治郎画集(平成04年07月)』に寄稿した最後の一節にこう記されている。

 森(清治郎)さんとは、祖父三郎、父太郎と三代のお付き合いを頂いております。森さんと同じく、神野新田に育った私は、森さんの描く風景や花や野仏に、生いたちの日々や、祖父や祖母や父や母や兄弟、友人らが、抒情の点景の様にとけ込み、不思議な人縁、地縁、そして天の縁を感じるのです。

【小生comment】
 森清治郎氏の一生を見て、『人の一生=人生』というものは、本人の『宿縁』と『才能=努力=精進』に加えて、人との『縁』が大きく関わっていると痛感した。
 だからこそ、「自らの『才能』」を信じて、「弛まぬ『努力』」を重ね、「『人』と『人』の『縁』」を大切することを、小生も肝に銘じたい。

1959年 08月 13日帰国
2004年 82歳で逝去

[04]名豊gallery『森清治郎』展leaflet 絵は『尾道十四日街』1954年
 04galleryleaflet_1954

------------------------[05]東京都中野区のアトリエの森清治郎
 05

[06]森清治郎『南仏の村』1967年
 061967

------------------------[07]同『那須茶臼岳』1968年
 071968

[08]同『信州真田の家』1969年
 081969

【後記】時間は前後するが、05月26日(日)は、小生の勤務先の関係から会員になっている社会貢献団体が参加している『のんほいパーク=善意フェスティバル2013』〔豊橋善意銀行主催〕に参加して来た。因みに、『のんほいパーク』とは、豊橋総合動植物公園の通称である。
 《人と人とのふれあい》を通じて友愛と理解の心を参加者等に感じて貰おうという趣旨で毎年行われている。
 この日は、初夏の好天にも恵まれ、企業、福祉施設、学校等から約2,700人が参加したという。
 小生は、実は2005年に31年ぶりに故郷・豊橋へ戻って8年経つが初めての参加である。
 これ迄は、中嶋君【3-2】・谷山君【3-3】等との春の「城跡・史跡巡り旅行」の日程と重なり参加していなかったのである。
 小生が所属している団体は、毎年「餅つき大会」を主催している。皆でついた餅は、同じく慈善奉仕の婦人会の女性達が、磯辺焼き・安倍川餅・小豆餡(あん)入り草餅をつくり、来園者達に無償で配布した。当団体が用意した餅〔2升×20枚〕は、09時過ぎから配り始め約2時間半で全部配布し終わった。
 「こういう《人と人とのふれあい》のeventに参加することは、一般社会人として大切なことである」と、当該慈善事業に参加する度に実感する。
 添付写真は、女学生達に拠る持ちつきの模様である。彼女達も楽しそうに餅をついていた‥。

[09]『のんほいパーク/善意festival 2013』で、お餅をつく女学生達
 09festival_2013_at_02

 ではまた‥(了)

2013年5月26日 (日)

【時習26回3-7の会 0447】~「《時習26回生卒業40周年記念旅行兼懇親会》に向けての『京都下見旅行』実施報告」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0447】号をお届けします。
 前《会報》で予告しました、来年06月07日(土)~08日(日)に本番を迎える「時習26回生卒業40周年記念旅行兼懇親会」に向けての現地踏査検証の為の『京都下見旅行』を、先週05月18(土)~19(日)の両日、予定通り挙行しましたので、その模様をお伝えします。

■先ずは、「下見旅行」実施後、豊橋支部幹事宛に配信した『実施報告』を【2637の会】membersの皆さんにもご覧に入れたいと思います。
 ご高覧下さい。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

豊橋支部幹事各位

前略 05月18(土)~19(日)の『京都下見旅行』の実施報告です。ご高覧下さい。
 そして、ご意見等がありましたらご気軽にmail頂ければ幸甚です。

           草々
           今泉悟拝

 ※ ※ ※

 今泉悟【7】です
 05月18(土)~19(日)の『京都事前旅行』大変お疲れ様でした
 天候も当初は「両日ともに雨」と予想されていましたが、二日目午前中の「京都御所ほぼ一周するコース」を完了する迄、雨も降るのを待ってくれました
 自称「晴れ男」の小生も一応面目を施すことが出来、安堵しています (^^
 参加者数(全14人)と催事は、全て当初予定通り挙行出来ました

 そして、以下の諸点について、参加者全員から賛同を得ましたので確認の為記します
 又、今後詰めるべき諸点を続けて列挙します

【承認事項】
1.来年06月07日(土)~08日(日)の時習26回生卒業40周年記念懇親会場を「料理旅館『鶴清』」とする
2.懇親会場へ「舞妓さん」を招聘する
  ‥但し、同窓会懇親会参加人数の多寡により「舞妓」「地方(じがた=三味線)」「芸妓」招聘数を増減
  《参考》費用:舞妓=地方=芸妓=@(‥詳細は小生か豊橋支部幹事にお尋ね下さい‥)千円/大凡90分〔踊りは10~15分〕
  ※ 懇親会開催日一年前応答日となる本年06月07日に、懇親会会場となる、料理旅館『鶴清』に、懇親会参加予約人数70人、宿泊人数40人程度の予約を入れる
  ※ 因みに、分宿用のビジネスホテルとして(‥『鶴清』から西へ徒歩5分に位置する‥)「京都リッチホテル」に現在40人分予約済
3.二日目(06月08日(日))の行程・行事に於いて、遅め〔13時頃〕の昼食会を、『鶴清』~『京都駅』周辺の何処かで40~50人が一堂に会して執り行い、解散
  ※ 『鶴清』は、京都駅から北北東2.2kmに位置し、京都駅から然程遠くない

  ※ 今回の京都・料理旅館『鶴清』で執り行う「卒業記念旅行&懇親会」は、『現地集合・現地解散を原則』とするが、参加者の極大化も図りたい‥
    その為には、「『旅行と懇親会』の中身が魅力的、且つお値打ち」であることが必要となる
【今後詰めるべき事項】
 ・「いくつかのコースから選べる魅力的なオプショナル・ツアーがあったら、同期の仲間達と一緒に京都の街を旅してみたい」という人の参加が期待出来る
 [1]【初日のオプショナル・ツアー】‥豊橋支部幹事が、各コース案内係を担当‥推奨コースの選定と各コース案内係選任
 〔『京都事前旅行』実施を踏まえての例示5コース〕
  ①京都伏見コース~酒蔵と幕末史跡巡り【1】〔寺田屋・鳥羽伏見の戦〕
  ②新島襄&八重と幕末維新史跡巡り〔新島襄&八重の墓、金戒光明寺(京都守護職・会津藩本陣)、哲学の道、時間あれば南禅寺も〕
  ③詩仙堂と曼殊院コース〔詩仙堂、曼殊院、時間があれば貴船神社も〕
  ④庭園堪能コース〔大徳寺〔高桐院&大仙院〕、金閣寺、竜安寺、更に時間が許せば、仁和寺、妙心寺も〕
  ⑤嵐山コース〔天龍寺・常寂光寺・二尊院・大覚寺〕

 ・「交通費を安く抑えたい」のなら‥やっぱり「貸切バス」が一番お得!‥
 [2] 豊橋・名古屋組を中心に、貸切バス利用コースを設けるかどうか?‥希望者が一定数を上回った段階でバス会社に申し込む‥

 [3]【二日目の午前中の京都市内観光】‥昼食会場までは、宿泊者は同一行動で‥当該コース選定‥何処がいいか?
 〔『京都事前旅行』実施を踏まえての例示2コース〕
  ①京都御所一周コース〔新島襄・八重と幕末維新史跡巡り〔同志社栄光館・蛤御門・新島襄旧邸〕〕
  ②東福寺方丈と通天橋、塔頭「光明寺‥虹の苔寺‥」庭園コース‥東福寺の新緑の通天橋、重森三玲作庭の庭園が美しい

 [4] 昼食会場〔バーベキュー希望も‥〕の選定

 [5] 中嶋君からの提案‥
   「今後の豊橋支部幹事会の開催は、e-mailの遣り取りでどうか?」と提案がありました
   今泉としては、反対する理由は特にありません
   皆さんは、如何思われますか?
  たた、e-mail配信での欠点は、携帯mailの人の為に、文章を短文化するのに骨が折れることです(^^;
  関係各位の忌憚ないご意見を頂戴致したく思います

                                   以上

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

【小生comment】
 【2637の会】membersの皆さんも、ご意見・ご希望等があったらご気軽にmail下さい。

■さて続いては、『京都下見旅行』の模様を時系列的にご報告致します。

『京都下見旅行』【行程表】
【旅行1日目】05月18日(土)

・07:30集合 豊橋駅東口「駅前交番前」
 07:45発 東名・音羽IC→新名神→京都南IC
・10:45着 京都伏見・お食事処【神聖酒蔵/鳥せい 本店】駐車場
《京都伏見の酒蔵&史跡「寺田屋と鳥羽伏見の戦」巡り》
 10:50発 会津藩・駐屯地→黄桜カッパカントリー→寺田屋→宇治川派流沿いの散策→十石船乗場→月桂冠・大蔵記念館→鳥せい本店

 幕末の慶應4(1868)年=戊辰01月03日‥戊辰戦争の緒戦
 新政府軍〔薩摩・長州・土佐〕5,000v.s.幕府陸軍・会津・桑名・京都見廻組・新撰組15,000が衝突→幕府軍の敗北
 新政府軍の火力の優位性の勝利

[00]京都伏見・神聖酒蔵 鳥せい本店を起点に伏見酒蔵と幕末史跡巡りのroute
 00_route_

------------------------[01]会津藩駐屯地跡
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[02]鳥せい本店を背に伏見酒蔵と幕末史跡巡りに出発
 02

------------------------[03]寺田屋の前にて
 03

 「寺田屋事件」というと、幕末に実は有名な事件が文久02年04月23日(1862年05月21日)と、慶應02年01月23日(1866年03月09日)と二つある
 前者が「寺田屋騒動」とも言われる、有馬新七ら薩摩藩尊王派が薩摩藩主の父で事実上の為政者トップ島津久光に拠って鎮撫された事件
 後者が「寺田屋遭難」という名で知られるもので、京での薩長同盟の会談を斡旋後、寺田屋に宿泊していた坂本龍馬を伏見奉行の林肥後守忠交配下が捕縛・暗殺しようとした事件
 深夜、入浴中のお龍が異変に気づき、裸の儘裏階段を二階へ駆け上がり、投宿していた龍馬らに危機を知らせた為、龍馬らは九死に一生を得た

[04]宇治川派流から対岸の月桂冠大倉記念館のある酒蔵群を望む
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------------------------[05]十石船乗場至近より宇治川派流を航行する十石船
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・11:40着 お食事処【神聖酒蔵/鳥せい 本店】にて昼食
・昼食後、料理旅館【鶴清】に移動し車を預ける

 午後から本番の下見である。
 以下は立ち寄り候補地。是非というところがあれば申し出て下さい

 【1班】は、【新島八重と幕末維新の京都散策】をthemeにしました
★【1班〔洛東・東山方面〕】水藤:今泉
…行程約12km、所要時間約03時間30分、【費用】3千円強(永観堂拝観料@600円+TAXI「鶴清→永観堂1,580円」+「金戒光明寺→鶴清980円)‥

・【永観堂】①拝観料:600円 ②お薦めpoint:秋の紅葉程ではないが新緑の紅葉が美しい、阿弥陀堂の「みかえり阿弥陀」は必見〔「みかえり阿弥陀」像は、2年前に改修を終え、金箔を施し金ピカの姿に変貌〕

[06]永観堂・多宝塔をbackに‥小生‥
 06back

------------------------[07]永観堂(禅林寺)・「みかえり阿弥陀」立像(‥改修前のもの‥)
 07

・【熊野若王子神社】①無料 ②1160年 後白河上皇が紀州熊野権現を勧請して創祀した永観堂の守護神‥此処で同窓会懇親会の成功を祈願‥

[08]熊野若王子神社入口にて‥水藤君‥
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・【同志社共同墓地】①無料 ②此処には、新島襄・八重夫妻と八重の実兄、山本覚馬、そして徳富蘇峰の墓がある

[09]新島八重の墓
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・【哲学の道】①無料 ②西田幾多郎の短歌「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」が有名

[10]「哲学の道」の琵琶湖疏水の畔にて‥水藤君‥
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・【金戒光明寺】①無料(一部有料も) ②1175年 源空(法然上人)が庵を結んだのが起(おこり)
 1862年幕命により会津藩主・松平容保が京都守護職に任命され当地に本陣を置いた

[11]金戒光明寺境内にある極楽橋から三重塔を望む‥会津藩士墓地参道碑の傍らの水藤君‥
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 〔‥2班&3班も各々担当方面の「観光course」を検討‥〕

★【2班〔洛西・高尾方面〕】井垣:杉原・山田
★【3班〔洛北・貴船鞍馬・大原方面〕】中嶋:市原・谷山

・16:30 料理旅館『鶴清』着
・18:00 今回下見旅行のmain 会場『鶴清』で宴会開始〔舞妓さんを招聘(「18:15~19:45」の90分)〕

[12]舞妓さんと談笑する時習26回生男性陣
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------------------------[13]京都清水五条・料理旅館『鶴清』川床にて舞妓さんと
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 舞妓さんにお歳を尋ねたら「17どす‥」とのこと、舞妓さんだから未成年であることは知っていたが、やはり若い!

 参加者は次の14名‥〔class順・五十音順・敬称略〕
【01】山田(高澤)/【02】中嶋/【03】井垣・市原・谷山/【05】山本/【06】大谷・水藤
【07】今泉/【08】矢野/【09】酒井・杉原(小林)・福井/【10】高山

[14]『鶴清』2階宴会場
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------------------------[15]『鶴清』3階「大宴会場」
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・20:00頃 宴会お開き
・二次会は、男性陣主体の①「祇園・スナック『寿満子』」他(予約済10人~)
 ①スナック『寿満子』不参加者は、別途「二次会会場」を探索
・22:00頃 お開き

【旅行2日目】05月19日(日)

・08:30 朝食〔‥朝食は07:00/07:30/08:00の3courseから選択‥08:30は遅すぎるとの意見が出た‥
・09:45発 check out〔‥check outは10:00迄‥〕
 ‥→・運転者は、車を清水五条駅から南東へ50mの所にある【タイムズ清水五条駅前】に移動(‥料金:200円/30分‥)して、京阪鴨東線「清水五条駅」入口に集合
・10:06発 「清水五条」駅から「出町柳」へ移動
・【同志社女子大学/今出川キャンパス】①無料 ②栄光館他を見学〔滞在時間:10:45~50〕

[16]同志社女子大学今出川キャンパス・栄光館前にて
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・【蛤御門】①無料 ②幕末、1864年08月20日(元治元年07月19日) 長州藩が会津・薩摩・大垣・桑名藩と新撰組等と対戦し敗戦、久坂玄瑞他が自害した事件〔【禁門の変=蛤御門の変=元治甲子の変】〕が勃発した場所〔滞在時間:11:05~11:15〕

[17]蛤御門前にて
 17_2

・【新島襄・八重旧邸】①@300円‥訪問には予約が必要〔滞在時間:11:35~12:15〕 ②八重が新島襄と結婚した1876年01月から、新島が亡くなる1890年迄、二人は14年間の結婚生活であった ③拝観料の代わりに東日本大震災支援募金@300円を帰りに収める

[18]新島襄・八重の旧邸外観
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【タイムズ清水五条駅前】で車に乗り換え、昼食処『十二季家「歓」京都店』(京都市南区東九条西山王町31/京都アバンティB1)へ
【十二季家「歓」京都店】予算@780~1,000円〔滞在時間:13:10~14:00〕
【東福寺・光明院】①@300円 ②『虹の苔寺』と呼ばれる、昭和の名人庭師「重森三玲」作庭に拠る枯山水が必見!〔滞在時間:14:45~15:05〕

[19]東福寺・光明院庭園
 19

【東福寺・方丈庭園】①@400円 ②これも「重森三玲」作「方丈庭園」が必見! そして『臥雲橋』から見る新緑の『通天橋』が絶景!〔滞在時間:15:10~15:30〕

[20]東福寺・国宝「三門」前にて
 20

------------------------[21]東福寺「通天橋」をbackに臥雲橋にて
 21back

・15:35 東福寺北駐車場を出発
・19:05~30 豊橋着 解散

●費用について
 ・京都伏見・神聖酒蔵「鳥せい」本店@1,500円‥①
 ・宴会:8千円+飲物代(お酒+soft drink)@2千500円~3千円‥②
 〔料金は本番に同じ。今回は『川床料理』を堪能して頂く〕
 ・「舞妓さん」1人招聘‥円〔一人@3千円にて試算〕‥③
 ・祇園のスナックお茶屋「寿満子」予算@5千円‥④
 ・宿泊費は、翌朝の朝食付で今回は男女共に@8,500円‥⑤〔①+②+③+④+⑤=30,500~31,000円〕【A】
 ・二日目の「清水五条」駅→「出町柳」運賃@260円‥⑥
 ・同「新島襄・八重旧邸」拝観料(=東日本大震災寄附金)@300円‥⑦
 ・「神宮丸太町」→「清水五条」運賃@210円‥⑧
 ・昼食代目安@1,000円‥⑨
 ・東福寺・光明院、拝観料@300円‥⑩
 ・東福寺・方丈庭園 拝観料@400円‥⑪
 ・夕食代(SAにて)@1,000円‥⑫〔⑥+⑦+⑧+⑨+⑩+⑪+⑫=3,470円〕【B】
‥【A】+【B】=33,970~34,470円【C】‥→・【C】にガソリン代、高速代などは折半で‥

●車の手配と分乗について(敬称略)
 中嶋号:市原・谷山
 井垣号:杉原・山田・(復路の大谷)
 水藤号:今泉・(復路の福井・山本)
 尚、福井・山本の両氏は、行きは矢野・酒井の両氏とゴルフ後、夜『鶴清』へ直行

【小生comment】心配された雨も、二日目の京都御所をほぼ一周し終えてから降り出してくれた
 特に19日の10時半頃から、京阪鴨東線「出町柳」駅から西進して、京都御所の外周を反時計回りに、北にある「同志社女子大学」→西門に当たる「蛤御門」→南東の「新島襄・八重旧邸」→京阪鴨東線「神宮丸太町」迄の計4.3㎞を歩き終わるまで雨は降らなかったのは非常に有難かった

【後記】「虹の苔寺」とも呼ばれる東福寺の塔頭「光明院」の石庭は何度訪れてもいいものだ
 雨も丁度「そぼ降る」程度で、新緑の緑にしっとりした潤いを与えてくれる
 この石庭を眺めていたら、拙い一句が浮かんだ

【詞書】新緑が目に沁みる雨がそぼ降る光明寺の苔庭‥そこに愛しいひとが石庭を閑かに眺めている‥「苔庭」‥「そぼ降る雨」‥「麗しき女性」‥「どっしりした質感のある方丈」‥という構成要素が織り成す絶妙な美しさに感動して詠める

 苔庭やそぼ降る雨に映ゆる君

 更に、上記俳句を発句に見立て、連歌風に挙句をつくってみた

 想ひ起こさば 恋しかるらむ  悟空

 お粗末様でした (^^;
 
 ではまた‥(了)

2013年5月17日 (金)

【時習26回3-7の会 0446】~「《時習26回生卒業40周年記念旅行兼懇親会》に向けての『京都事前旅行』行程表について」「後藤眞『老化は治せる』を読んで」「第36回名古屋国際音楽祭『大野和士指揮/ウィーン交響楽団(Vn.)庄司紗矢香』演奏会を聴いて」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0446】号をお届けします。
 来年06月07日(土)~08日(日)に本番を迎える「時習26回生卒業40周年記念旅行兼懇親会」に向けての現地踏査検証の為の『京都事前旅行』が明日に迫って来ました。
 そこで、【2637の会】membersの皆さんにもご参考に、『京都事前旅行』の行程表をご覧頂きたいと思います。
 車部隊は、明朝3台8人で出発し、同日夕刻、「懇親会予定会場」の料理旅館『鶴清』で現地直行組の6人と合流し、夜宴を開催する予定です。
 来年用に今回は『舞妓さん』も一人呼んで雰囲気がどんな感じか確認する予定です。
 それでは、早速【行程表】を御高覧下さい。

 ※ ※ ※ ※ ※

 『京都事前旅行』【行程表】‥〔最終案〕‥

【旅行1日目】05月18日(土)

・07:30集合 豊橋駅。車で京都へ
・11:30頃 お食事処【神聖酒蔵/鳥せい 本店】で昼食〔予約済〕
・昼食後、料理旅館【鶴清】に移動し車を預ける

 午後から、本番の下見です。散策距離や立寄り場所数、所要時間に無理が無いか等を検証しながら散策
 以下は立ち寄り候補地。是非というところがあれば申し出て下さい

 【1班】は、【新島八重と幕末維新の京都散策】をthemeにしました
★【1班〔洛東・東山方面〕】水藤:今泉
…行程約12km、所要時間約03時間30分、【費用】2,100円(永観堂拝観料@600円+TAXI「鶴清→永観堂@1,430円」+「金戒光明寺→鶴清@1,430円」/2(人=2,030円)‥

・【永観堂】①拝観料:600円 ②お薦めpoint:秋の紅葉程ではないが新緑の紅葉が美しい、阿弥陀堂の「みかえり阿弥陀」は必見
・【熊野若王子神社】①無料 ②1160年 後白河上皇が紀州熊野権現を勧請して創祀した永観堂の諸護身‥此処で同窓会懇親会の成功を祈願‥
・【同志社共同墓地】①無料 ②新島襄・八重夫妻と八重の実兄、山本覚馬の墓がある
・【哲学の道】①無料 ②西田幾多郎の短歌「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」が有名
・【金戒光明寺】①無料(一部有料も) ②1175年 源空(法然上人)が庵を結んだのが起こり 1862年幕命により会津藩主・松平容保が京都守護職に任命され当地に本陣を置いた

 〔‥恐れ入りますが、2班&3班の皆さんは班内3人で相談して来年本番用に担当方面の「観光course」を考えてみて下さい‥〕
 〔‥更に恐縮ですが、上記1班の様に記載して戴くべく情報を蒐集願います‥〕
★【2班〔洛西・高尾方面〕】井垣:杉原・山田
…行程約□□km、所要時間約□□時間□□分‥

・【□□寺】①拝観:□□円 ②お薦めpoint:〔短めに〕 以下同様に
・【□□院】①    ②    
・【□神社】①    ②    
・【□□苑】①    ②    
‥〔洛西方面担当の皆さんへ大谷さんからの提案→・本番は保津峡下りなんかもいいかも‥〕

★【3班〔洛北・貴船鞍馬・大原方面〕】中嶋:市原・谷山
…行程約□□km、所要時間約□□時間□□分

・【□□寺】①拝観:□□円 ②お薦めpoint:〔短めに〕 以下同様に
・【□□院】①    ②    
・【□神社】①    ②    
・【□□苑】①    ②    

・16時半頃 料理旅館『鶴清』着
・分祝予定先の「京都リッチホテル」を踏査検証する
・メインの下見『鶴清』で宴会開始〔舞妓さんを招聘(「18:15~19:45」の予定)〕
・20:30~21:00頃 宴会お開き
・二次会は、男性陣主体の①「祇園・スナック『寿満子』」(予約済10人~)
      ①スナック『寿満子』不参加の方は、別途「二次会会場」を探索願います…
・23:00頃 お開き〔‥翌日もあるので時間厳守に願います‥23:30には就寝出来る様に協力願います‥〕

【旅行2日目】05月19日(日)

・08:30 朝食〔‥朝食は07:00/07:30/08:00の3courseから選択‥前日が深夜に及んだので朝はゆっくりと‥〕
・09:45発 check out〔‥check outは10:00迄‥〕
 ‥→・運転者は、車を清水五条駅から南東へ50mの所にある【タイムズ清水五条駅前】に移動して、京阪鴨東線「清水五条駅」入口に集合
・10:06発 「清水五条」駅から「出町柳」へ移動
・【同志社女子大学/今出川キャンパス】①無料 ②栄光館他を見学〔滞在時間(目安):10:40~11:10〕
・【蛤御門】①無料 ②幕末、1864年08月20日(元治元年07月19日) 長州藩が会津・薩摩・大垣・桑名藩と新撰組等と対戦し敗戦、久坂玄瑞他が自害した事件〔【禁門の変=蛤御門の変=元治甲子の変】〕が勃発した場所〔題材時間:11:30~11:50〕
・【新島襄・八重旧邸】①@300円‥予約が取れました〔滞在時間:12:10~12:40〕②八重が新島襄と結婚した1876年01月から、新島が亡くなる1890年迄、二人は14年間の結婚生活であった。

【 このメールを印刷して必ず見学当日にお持ち下さい。‥以下の見学予約を受け付けました。
◆受付番号: 20130519K038 ※見学日: 2013年05月19日 午前10:00~13:00 ※申込者: 今泉悟/申込人数: 13人/申込者区分: 一般
 https://kyutei.doshisha.ac.jp/reserve/search.php
・見学対象は母屋1階と附属家のみです。 ※2階は文化財保護のため、また危険につき、立ち入りを禁止します。
・同時間帯に見学者が集中する場合は、隣接している新島会館の展示見学、休憩などをお願いする場合があります。
・新島旧邸は京都市指定有形文化財です。敷地内は禁煙です。飲酒の方は入館をお断りする場合があります。
・駐車場、駐輪場はありません。
・同志社東日本大震災復興協力金に協力をお願いいたします。(1人1【300円】)
 問い合わせ先 同志社大学 同志社社史資料センター/Tel:075-251-3042(平日9:00~17:00) 】

【タイムズ清水五条駅前】で車に乗り換え、昼食処『十二季家「歓」京都店』(京都市南区東九条西山王町31/京都アバンティB1)へ
【十二季家「歓」京都店】予算@780~1,200円〔滞在時間:13:30~14:30〕
【東福寺・光明院】①@300円 ②『虹の苔寺』と呼ばれる、昭和の名人庭師「重森三玲」作庭に拠る枯山水が必見!〔滞在時間:15:00~15:30〕
【東福寺・方丈庭園】①@400円 ②これも「重森三玲」作「方丈庭園」が必見! そして『臥雲橋』から見る新緑の『通天橋』が絶景!〔滞在時間:15:40~16:20〕

・16時半頃、東福寺を出発 途中SAにて夕食
・20時半ごろ 豊橋着 解散

●費用について
 ・京都伏見・神聖酒蔵「鳥せい」本店@1,500円‥①
 ・宴会:8千円+飲物代(お酒+soft drink)@2千500円~3千円‥②
 〔料金は本番に同じ。今回は『川床料理』を堪能して頂きます〕
 ・「舞妓さん」1人招聘44,000円〔14(名)≒一人@3千円〕‥③
 ・祇園のスナックお茶屋「寿満子」予算@5千円‥④
 ・宿泊費は、翌朝の朝食付で今回は男女共に@8,500円‥⑤〔①+②+③+④+⑤=30,500~31,000円〕【A】
 ・二日目の「清水五条」駅→「出町柳」運賃@260円‥⑥
 ・同「新島襄・八重旧邸」拝観料(=東日本大震災寄附金)@300円‥⑦
 ・「神宮丸太町」→「清水五条」運賃@210円‥⑧
 ・昼食代目安@1,000円‥⑨
 ・東福寺・光明院、拝観料@300円‥⑩
 ・東福寺・方丈庭園 拝観料@400円‥⑪
 ・夕食代(SAにて)@1,000円‥⑫〔⑥+⑦+⑧+⑨+⑩+⑪+⑫=3,470円〕【B】
‥【A】+【B】=33,970~34,470円【C】‥→・【C】にガソリン代、高速代などは折半でお願いします

●車の手配と分乗について(敬称略)
 中嶋号:市原・谷山
 井垣号:杉原・山田・(復路の大谷)
 水藤号:今泉・(復路の福井・山本)
 尚、福井・山本の両氏は、行きは矢野・酒井の両氏とゴルフ後、夜『鶴清』へ直行

【小生comment】心配なのは天候である。明日は何とか雨にはならなくなった様だが、日曜日が心配である。
 特に午前中は、京阪鴨東線「出町柳」駅から西進して、京都御所の外周を反時計回りに、北にある「同志社女子大学」→西門に当たる「蛤御門」→南東の「新島襄・八重旧邸」→京阪鴨東線「神宮丸太町」迄の計4.3㎞を歩く予定である。丁度、御所を1周強の距離を歩き、実際に新島旧邸迄の0.8周することになる。雨で身体がびしょ濡れだけは避けたい処である。

■続いての話題は、最近読んだ「後藤眞著『老化は治せる』を読んで」である。

[01]後藤眞『老化は治せる』
 01

 先ず、後藤眞氏のprofileから‥。
 氏は1947年名古屋市生まれ。東京大学医学部卒。専門は老化学・内科学。現・桐蔭横浜大学医用工学部特任教授他。医学博士。
 本著で勉強になった処を幾つかあげてみたい。

第一章/「老化」=「炎症」という「新・方程式」
 『老化』を説明する全く新しい考え方は、こうなります。―「生まれた時から次の世代へのbaton touchをする迄は、キッチリと遺伝子に拠ってprogramされている。つまり、種の存続や繁栄に必須な性成熟迄は、遺伝子情報に従って順々に進む。そして、時間経過と共に確実に起きている自然「炎症」に加え、性成熟以降、偶発的に起きる急性、慢性の「炎症」に拠って身体が障害を受ける。更に、生涯を修復する機能自体が時間経過と共に次第に衰えていくので、「炎症」が起き、『老化』が促進される。その結果、生活習慣病や老人病になって、一層『老化』が促進され、やがて生命を終えることになる」。P.45
【子供時代の「炎症」が寿命を決める】
 免疫systemが未熟な子供時代には、親が気付かない様な軽い感染症や怪我に拠る「炎症」は日常茶飯事と言っていい。こうした外敵からのささやかな攻撃に対抗する度に、免疫systemは鍛えられ、大人になる迄に立派な免疫systemをつくり上げて、人生に立ち向かえる様になる。このことは、程良いstressの効能と言っていい。
 しかし、子供時代に於いて、外敵からの攻撃を受け過ぎると、免疫systemは程なくdamageを受けて弱って仕舞う。

第四章/『老化』は予防できる
【動脈硬化にならない人々】
 動脈硬化が見られない人々は、stressから逃れた辺境の森林地帯で、脂肪分の少ないイモやバナナを主食とし、塩分を殆ど摂らない生活を続けている。P.117
【『老化』を防止する亜鉛】
 亜鉛は、免疫機能・骨代謝調節作用・抗酸化作用・創傷治癒促進作用・神経機能保持作用・遺伝情報伝達機能等、私達が活動する上で大変重要な役割をしている元素でもある。正に亜鉛は、私達の若さを保つ様々な機能を担っていると言える。P.119
【小食実験と長寿】
 1935年に米国の栄養学者であるクライド・マッケイが発表した研究成果に遡る。
 マッケイは、ratを通常の食餌のgroupとcalorieを抑えた食餌を与えるgroupに分け、二つのgroupの寿命を調べた。すると、calorie制限をしたgroupの方が、しなかったgroupより25%(‥日数にすると約300日‥)程長生きしたと発表したのである。
 その後、〔中略〕夥しい数の実験用動物やゾウリムシ、ハエ、赤虫が動員され、押し並べて通常の食餌と比べてcalorieを30~40%制限した方が、病気の発症を抑えられると共に、寿命が延長することが確認されている。P.124

【小生comment】
 後藤氏は、以上の他、【体温若干低めが長寿への道】P.129、【咀嚼能力を高める努力】P.134、【便秘は長寿の敵】P.140、【人生は惜しみなく歩くこと】P.143、【筋トレを習慣化する】P.145、【短い睡眠時間では危ない】P.146、【軟骨を擦り減らすと命取り】P.156、等々、大変有意義な話をしてくれている。
 もし、ご興味を持たれた方はご一読を薦めます。

■さて今日最後の話題は、一旦時計の針を一週間程戻して05月11日(土)の話題である。本演奏会は、時習26回生同期の中嶋Y行君【3-2】と一緒に聴いた。

[02]大野和士指揮/ウィーン交響楽団&Vn.庄司紗矢香20130511
 02vn20130511

 第36回名古屋国際音楽祭が愛知県芸術劇場concert hallにて開催された。大野和士指揮/ウィーン交響楽団』演奏会についてである。
 演奏曲目は以下の3曲であった。

1.W.A.Mozart:歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
2.J.Brahms:Violin Concerto in D-Major Op.77
(Vn.)庄司紗矢香
 encore曲:J.S.Bach:無伴奏Violinパルティ―タ第2番からサラバンド
3.J.Brahms:Symphony No.4 in E-Major Op.98
 Encore曲:[1]J.StraussⅡ/ワルツ「春の声」 [2]同/「トリッチトラッチ」ポルカ [3]同/ポルカ「雷鳴と稲妻(=雷鳴と電光)」

【小生comment】
 encore最後の「雷鳴と稲妻」は、J.StraussⅡの代表的operetta『こうもり』のballet音楽に差し替えて『こうもり』の中で演奏・舞踊されることがよくある。
 中嶋君が「この曲は『こうもり』だね!?」と言っていたのは頷ける。が、正確に言うと、元来はoperetta『こうもり』の中の曲として作曲されていた訳ではない。
 それにしても、庄司紗矢香のviolinの演奏は上手だった。先日聴いた五島龍も演奏も巧かったが、最近の若手の日本人soloistは本当に技量的には世界の一流levelに達していると言って良い。実に素晴らしいことである。
 彼女は、1999年、Paganini国際violin concours(コンクール)で、史上最年少、及び日本人として初の優勝を果たして以来、世界を代表する指揮者達と競演を重ねている(programより一部引用)。
 指揮者の大野和士の力量も確りしていると感じた。
 1987年にItalyの「Toscanini国際指揮者concours」で優勝。
 1992~99年 東京フィル常任指揮者〔現・同楽団桂冠指揮者〕
 2002~08年 Belgium王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督
 将来が大変楽しみな指揮者である。

 ではまた‥(了)

2013年5月12日 (日)

【時習26回3-7の回 0445】~「05月03日:岡崎市美術博物館『ポール・デルヴォー展~夢をめぐる旅~』を見て」「05月03日:;メナード美術館『コレクション名作展Ⅲ~近代日本画と工芸~』を見て」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0445】号をお届けします。
 今日は、今週末に挙行予定の「時習26回生卒業40周年記念旅行兼懇親会」に向けての『京都事前旅行』の案内策定の為にほぼ一日を費やして仕舞いました。
 そこで今日は、GW後半の初日である05月03日(土)に訪れた、岡崎市美術博物館『ポール・デルヴォー』展と、小牧市にある、メナード美術館:開館25周年記念『collection展Ⅲ~近代日本画と工芸』展をお届けします。

■先ずは、岡崎市美術博物館『ポール・デルヴォー』展である。
 本展について、ポール・デルヴォー美術館の同財団理事長、ジュリー・ヴァン・ディーン氏が述べている「序文」から一部ご紹介する。

 「ポール・デルヴォー展~夢を巡る旅~」は、ポール・デルヴォー(1897.09.23-1994.07.20)の最初期から最晩年に亘る全時代の作品を網羅した回顧展としては(【小生補足】彼の母国である)ベルギー国外で初めての開催となる。本展は、時間毎の作風や影響の変遷を辿る旅((Odyssey)=『知的彷徨』)であり、技法や画家としての成長過程のみならず、その独特の世界観を形づくる幾多の要素の起源や意味にも光を当てるものとなっている。〔中略〕
 展覧会の副題「―夢を巡る旅―(原語:Odyssee d'un reve)」は、デルヴォーの芸術的探求に於ける二つの重要な要素に言及している。一つは、少年時代のデルヴォーの想像力をかきたてたホメーロスの『オデュッセイア』と『イーリアス』である。ギリシア人の詩人ホメーロスはデルヴォーの作品世界の形成に強い影響を与えていて、多くの作品に描かれるギリシア風の建物、作品のtitle、そして主題は古代文明に対するデルヴォーの憧れを反映している。又、デルヴォーが辿った画家としての道程は、試練を克服し乍ら進むオデュッセウスの旅に準(なぞら)えることが出来る。芸術的探求の二つ目の要素として、デルヴォーが語る次の言葉を以って本「序文」を結びたい。
「私は現実をある種の『夢』として描き表そうとして来ました。事物が本物らしい様相を保ち乍らも詩的な意味を帯びている、そんな夢として。作品は、登場する事物の全てが必然性を持った虚構の世界となるのです」。
 そこでは日々の現実から逃れ、静けさと憧れの世界にゆったりと心を泳がせることが出来るのであろう。〔了〕

【小生comment】
 以下に、ポール・デルヴォーの作品を12点ご紹介します。
 [02]『グラン・マラドの水門』~[05]『サント=クロワ広場』迄の4枚をご覧下さい。
 モネやピサロ、シスレーの絵を彷彿とさせる印象派・後期印象派風の風景画である。
 小生は、[04]『森の小径』が好きである。4点はいずれも上品ないい作品に仕上がっている。
 [06]『バラ色のブラウスの若い女性』は、「表現主義」時代の作品。この時期の彼の作品は、フランドル(Flandre)地方の表現主義者の影響が作品に見られる。デルヴォー自身が次の様に述べている。
「1029年から1934年始めにかけて、ペルメーク、ギュスターヴ・ド・スメット、フリッツ・ヴァン・デン・ベルグ、そして後にアンソール等、Flandreの画家の影響を大きく受けました」。
 デルヴォーの作品は、所謂シュルレアリスム(surrealisme)に分類されることが多い。Surrealismeの影響は1930年代半ばから表れ始め、彼の後半生の作品にも受け継がれている。
 ただ、デルヴォーの創作に対する考え方が、surrealistの革命的な目的とは無関係であることを理解する必要がある。
 彼のsurrealisme風の作品群は、乾燥した、ピーンと張り詰めた空間の中に固い表情をした美しい女性が存在している、独特な雰囲気が魅力的である。
 彼のsurrealismeの影響を受けている時代の作品群は、日本の版画家棟方志功とは又違った美女の健康的なエロティシズムを見る者に感じさせる。
 
[01]岡崎市美術博物館『ポール・デルヴォー』展leaflet
 01leaflet

------------------------[02]P.デルヴォー『グラン・マラドの水門(南側の眺望)』1921年
 02p1921

[03]同『アンジのムーズ川』1923年
 03p1923

------------------------[04]同『森の小径』1921年
 04p1921

[05]同『サント=クロワ広場』1923年
 05p1923

------------------------[06]同『バラ色のブラウスの若い女性』1932年
 06p1932

[07]同『夜明け』1944年
 07p1944

------------------------[08]同『伝説の旅(1974年)の為の習作』1974年
 08p19741974

[09]同『トンネル(Le tunnel)』1978年
 09ple_tunnel1978

------------------------[10]同『エペソスの集いⅡ』1973年
 10p1973

[11]同『夜の使者』1980年
 11p1980

------------------------[12]同『ローの婦人』1969年
 12p1969

[13]同『森』1948年
 13p1948

■05月03日は、続けて、小牧市内にあるメナード美術館へ『コレクション名作展Ⅲ~近代日本画と工芸~』を見に行った。同美術館の所蔵作品は、日本画・日本人画家による洋画・西洋画がbalance良くあり、見る者を楽しませてくれる。
 本展は、副題にある様に、近代の日本画を中心に名作が展示されていた。
 その幾つかをご紹介する。勿論、日本人画家による西洋画・西洋画も名作が多く展示されていた。

[14]メナード美術館『collection展Ⅲ』leaflet
 14collectionleaflet

------------------------[15]横山大観『霊峰十趣・夜』
 15

[16]小倉遊亀『白椿』1977年
 161977

------------------------[17]福田平八郎『鮎』1950年
 171950

[18]福田平八郎『竹に雀』1966年頃
 181966

------------------------[19]Pierre-Auguste Renoir『横顔の少女』1897年
 19pierreauguste_renoir1897

 今回の《会報》【0445】号は、文章としての中身が殆どないものになって仕舞いました。悪しからずご了承下さい。
 又、本《会報》に添付した写真の絵は容量の関係でかなり小さくなっています。以下のURLをclickしてblogを御高覧頂ければ幸いです。
 ではまた‥(了)

■【2637の会】ブログへは、 URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog ←ここをclickして下さい。

2013年5月 4日 (土)

【時習26回3-7の会 0444】~「04月27日:〔名古屋市美術館『上村松園』展〕&〔愛知県美術館『プーシキン美術館~France絵画300年~』展〕&〔トヨタ記念館・鞍ヶ池アートサロン『フォーヴィズムと日本近代洋画』展〕を見て」「04月28日:ライフポートとよはしconcert hall『第112回 豊橋交響楽団定期演奏会~アメリカ音楽特集~』を聴いて」「04月30日:穂の国とよはし芸術劇場PLAT『開館式典』に参加して」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0444】号をお届けします。
 昨日05月03日から始まったGolden Week後半も、明後日06日(祝月)迄のあと2日となった。
 拙宅では、中庭の雑草一掃の為の「除草剤」散布とこれから庭木の若葉を食べ尽くす害虫駆除の為の「殺虫剤」散布を28(日)と29(祝月)の二日間に亘り行った。
 薬剤の銘柄は、除草剤は「葉を枯らす『バスタ(‥バイエル社‥)』」と、「根っこから枯らす『ランドアップ(‥モンサント社‥)』」、殺虫剤は「どんな害虫にも効く『スミチオン(‥住友化学‥)』」を使用している。
 皆さんのお宅では、除草剤と庭木用殺虫剤の銘柄はどれをお使いですか? いい薬剤があったら教えて下さい。

■さて今日最初の話題は、掲題・副題にあります様に、先週04月27日(土)に私用で名古屋へ行く用があったので、ついでに名古屋・伏見にある名古屋市美術館、栄・愛知県芸術文化センター10階にある愛知県美術館、そして豊田市内鞍ヶ池公園の畔近くにあるトヨタ記念館の中にある鞍ヶ池art salonに立ち寄り、現在開催中の3つの美術展覧会を見て来ました。一通りご紹介したいと思います。

【1】名古屋市美術館『上村松園』展
 女性画家として最初の文化勲章受章者である上村松園(1875-1949)。日本画、中でも美人画の巨匠として、昔から「西の(上村)松園、東の(鏑木)清方」と並び称された。彼女の作品は、小生の本【2637の会】《会報》で何度となくご紹介させて戴いている。因みに前回『上村松園』展としてご紹介させて戴いたのは、《会報》【0319】号でご紹介させて戴いた、2010年11月21日に京都国立近代美術館でみた同名の展覧会以来である。以下のURLをclickしてご覧下さい。

 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/26-031911272637.html

 今回の展覧会は、色々な美術館で見た各美術館所蔵品となっている名画が、東京国立近代美術館所蔵で国の重要文化財でもある『母子』(1934年)をはじめ、山種美術館の『砧』(1938年)や『庭の雪』(1948年)等々、素晴らしいmasterpieces93点が会場の名古屋市美術館に集められ一挙展示されていた。加えて、常設展示室3では「下絵・sketch・模写」41点と筆・絵具皿等の遺品12点も展示されていた。
 本展の面白さの一つは、展示されていた美人画の幾つかの作品が、構図は同じでも、色違いや顔の表情やposeが異なり、別の作品として並べられ比べ乍ら鑑賞出来たことである。
 それにしても上村松園は素晴らしい。何故かと言えば、いつも同じ感想を申し上げているのであるが、彼女が描く美人画は、いずれも「気品」があって素晴らしい。
 そこで、今回の添付写真の絵は、原画の縮小版だけでなく、美人画の美人たる処を実感して頂くべく、女性の顔をclose-upした部分図を並べて掲載した。絵の処にcursorを当てclickし、拡大してご覧頂くことをお薦めします。
 ごく簡単に彼女の略歴を記すと以下の通り。
 彼女は1875年04月23日、現・京都市四条通御幸街西入に葉茶屋を営む上村家の次女として生まれる
 本名:津禰(つね)/彼女の画才は卓越したものがあった
 1887年(12歳)の時、小学校を05年で退学、京都府画学校に入学、鈴木松年〔‥「松園」の名付け親‥〕の指導を受ける
 1890年(15歳) 04月、第三回内国勧業博覧会(東京・上野)に『四季美人図』を出品、一等賞受賞/当該作品は来日中の英国王子が買い上げる
 1948年(73歳) 11月、女性で初めて文化勲章受章
 1949年(74歳) 08月27日、肺癌に拠り逝去

[01]名古屋市美術館『上村松園』展看板前にて
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------------------------[02]上村松園『花』1910年〔姫路市美術館蔵〕 &同〔部分図〕
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[03]同『朝』1914年頃〔個人像〕 &同〔部分図〕
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------------------------[04]同『深雪の図』制作年不詳〔吉野石膏(株)蔵/天童市美術館寄託〕 &同〔部分図〕
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[05]同『春』1938年〔個人像〕 &同〔部分図〕
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------------------------[06]同『晩秋』1943年〔大阪市立美術館蔵〕 &同〔部分図〕
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[07]同『庭の雪』1948年〔山種美術館蔵〕 &同〔部分図〕
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 今春の名古屋の美術館は素晴らしい。『上村松園』が、日本画・美人画の代表とすれば、これからご紹介する、Russiaの『プーシキン美術館(The State Pushkin Museum of Fine Arts, Moscow)』は、洋画の傑作選集の代表である。こちらも、まるで「西洋絵画史」の講義を受け乍ら拝観している感じでとても素晴らしい展覧会であった。正に感動もの(!)である。

【2】愛知県美術館『プーシキン美術館~France絵画300年~』展
 本展については、日本側主催者が「挨拶」で巧く説明しているのでそれを引用してご紹介する。どうぞ‥

 本展は、Pushkin美術館のcollectionを通して、France美術300年の歴史を辿るものです。
 先ずは17世紀に古典主義を確立したプッサン(Poussin;1594-1665)からstartし、18世紀のRococo美術(=France王ルイ15世時代の装飾様式)を体現するブーシェ(Boucher;1703-1770)、France革命後に活躍した、アングル(Ingres;1780-1867(【小生注】=新古典主義))、ドラクロア(Delacroix;1798-1863(【同】=ロマン主義(romanticism)))へと続きます。更に19世紀後半に近代絵画の礎を築いた印象派・ポスト印象派のモネ(Monet;1840-1926)、ルノワール(Renoir;1841-1919)、セザンヌ(Cezanne;1839-1906)、ファン・ゴッホ(van Gogh;1853-1890)、ゴーギャン(Gauguin;1848-1903)を経て、20世紀美術最大の巨匠に数えられるマティス(Henri Matisse;1869-1954)、ピカソ(1881-1973)迄、総点数66点で構成されます。〔後略〕

【小生comment】
 添付写真の絵以外にも、有名な画家の作品が沢山ある。例えば、新古典派のダヴィッド、バルビゾン派のコロ―、ミレー、そして、マネ、ロートレック、ヴュイヤ―ル、アンリ・ルソー、マリー・ローランサン、ドンゲン、キスリング、シャガール、レジェ等々、珠玉の作品が目白押である。。
 本展のleafletに記載されているルノワールの『ジャンヌ・サマリー』嬢なんか本物の原画を見るとホント、ウットリしますヨ。(^^♪
 必見です! 皆さんも是非、時間をつくってご覧になってみては如何でしょうか。

[08]二コラ・プッサン『アモリびとを打ち破るヨシュア』1624-25年頃
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------------------------[09]ジャン=バティスト・サンテール『蝋燭の前の少女』1700年頃 &同〔部分図〕
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[10]フランソワ・ブーシェ『ユピテルとカリスト』1744年 &同〔部分図〕
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------------------------[11]ジャン=オ―ギュスト=ドミニク・アングル『聖杯の前の聖母』1841年 &同〔部分図〕
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[12]アレクシ=ジョゼフ・ぺリニョン『エリザヴェ―タ・バリャチンスカヤの肖像』1853年 &同〔部分図〕
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------------------------[13]ドラクロア『難破して』1840-47年頃
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[14]クロード・モネ『陽だまりのライラック』1872-73年
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------------------------[15]ピエール=オ―ギュスト・ルノワール『セーヌの水浴(ラ・グルヌイエ―ル)』1869年
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[16]同『ジャンヌ・サマリーの肖像』1877年
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------------------------[17]エドガー・ドガ『バレエの稽古』1875-77年
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[18]ポール・セザンヌ『パイプをくわえた男』1893-96年
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------------------------[19]フィンセント・ファン・ゴッホ『医師レーの肖像』1889年
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[20]ポール・ゴーギャン『彼女の名前はヴァイルマティといった(ヴァイルマティ・ティ・オア)』1892年
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------------------------[21]モーリス・ドニ『緑の浜辺、ぺロス=ギレック』1909年
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[22]アンリ・マティス『青い水差し』1901-04年
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------------------------[23]同『花束(カラー)、アイリス、ミモザ』1913年
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[24]パブロ・ピカソ『逢引き(抱擁)』1900年頃
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------------------------[25]同『マジョルカ島の女』1905年頃
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[26]同『扇子を持つ女』1909年
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 その日、最後に訪れた3つ目の美術館が、豊田市内、鞍ヶ池の畔近くにある「トヨタ記念館・鞍ヶ池アートサロン」である。

【3】鞍ヶ池アートサロン『フォーヴィズムと日本近代洋画』展
 此処はトヨタ自動車が運営する所なので、入館料はいつ行っても無料。
 そして展示室は僅か2部屋とこぢんまりしていて、展示点数も二十数点と多くはない。
 が、流石は天下のトヨタ自動車所有の傑作ばかりなので、見るものの殆ど全てが目を見張る一級品ばかりなのである。

 また本展は、大規模展覧会ではないので、図録等の気の効いたものがないのも絵画鑑賞ファンとしては残念な処だ。
 でも有難いのは、いつもアンケートを書くと、展示作品かそれに関連した絵画のpost cardを2枚無料でpresentしてくれることだ。
 以下に本展のleafletと、アンケートに応えて貰った「Goghのsketch画『ガシェ博士の肖像』1890年」と「佐伯祐三『菊』1926年」の2枚のpost cardの絵をお示しする。
 因みに、本展展示作品総数は24点であった。以下の3点(展示№01,04,14)以外の21点の作者と作品名を続けてご紹介する。

[27]鞍ヶ池アートサロンleaflet:絵はヴラマンク『花瓶の花』1930年代
 27leaflet1930

------------------------[28]Gogh(1853-1890)『ガシェ博士の肖像』1890年
 28gogh185318901890

[29]佐伯祐三(1898-1928)『菊』1926年
 29189819281926

 ※ ※ ※ ※ ※

 [02]ルオー(1871-1958)『自惚れ女』1938年
 [03]ヴラマンク(1876-1958)『教会』1908-09年
 [05]同『橋』1909年
 [06]ガブリエーレ・ミュンター(1877-1962)『お茶の後Ⅰ』1912年
 [07]ドラン(1880-1954)『プロヴァンスの風景』1930年
 [08]ラウル・デュフィ(1877-1953)『パドック』1931年
 [09]ベルナール・ビュッフェ(1928-1999)『港の風景』1965年
 [10]マルケ(1875-1947)『ハーブレイのセーヌ河畔』1930年代
 [11]同『アルジェ風景』1936年
 [12]同『エルビア―ルの小高い丘』1921年
 [13]安井曾太郎(1888-1955)『臥裸婦』1922年
 [15]三岸好太郎(1903-1934)『立てる裸婦』1931年
 [16]小山敬三(1897-1987)『紅浅間』1975年
 [17]朝井閑右衛門(1901-1983)『薔薇』1977年
 [18]中川一政(1893-1991)『芦野湖々畔』1970年頃
 [19]鈴木信太郎(1895-1989)『バラ』1980年代
 [20]林武(1896-1975)『横浜風景』1958年
 [21]青山義雄(1894-1996)『バラ』1970年代
 [22]杉元健吉(1905-2004)『桂林残月』1988年
 [23]須田剋太(こくた)(1906-1990)『花』1982年
 [24]野間仁根(1901-1979)『富嶽』1970年

【小生comment】
 いつもアンケートの中に、「展示作品のうち、一番気に行った作品は何ですか?」という質問がある。
 今回の作品も皆素晴らしく、ヴラマンクの作品にしようか、杉元健吉しようか、迷ったが、小生今回は[16]小山敬三『紅浅間』を№1と書いた。
 小山敬三の作品をInternetで探していたら、偶然、同名の絵を見つけた。色合いが見たものと少し違う感じだが構図は正に同じであった。ご参考に添付する。御高覧下さい。

[30]小山敬三『紅浅間』
 30

■さて、続いての話題である。04月28(月)ライフポートとよはしconcert hall午後02時開演で、豊橋交響楽団定期演奏会があり聴いてきましたので、その模様をお伝えします。
 本演奏会は、時習26回生の同期で旧【1-4】のclassmateだった安形S二君からのお誘いで聴いて来たもの。
 安形君は、趣味がホルン演奏。小生が知っている限りでは蒲郡中学時代からホルン奏者だったのでかなりの腕前である。
 当日入手したProgramを見て知ったことだが、彼は、豊橋交響楽団の金管楽器group leader兼hornのpart leaderである。
 この歳になっても、こうやってconcertで演奏出来ることが実に羨ましい。
 小生も、中学時代の一時期、ブラスバンドで第1クラリネットを吹いていたことがあるのだが‥。
 その日の演目は副題にある通り「アメリカ音楽特集」で、詳細は以下の通りである。いずれもpopularな聞き易い名曲ばかりである。
 尚、フォスター・メドレーを歌った「ふんけんクラブ」のbaritoneのmemberの中に中野K彦君【3-6】がいて謳っていた。
 「皆、色々なところで、前向きに生きているのだなぁ」と、二人の活躍を聴いて、見て、感服した次第である。
 そう言えば、【2637の会】membersの横田Y成君も昔、豊響でコントラバス奏者だったんじゃなかったかな?
 もう30年以上も昔のことになるが、横田君がコントラバスを弾いていた豊響のconcertを聞いた記憶がある。
 安形君については、2012年07月14日付の本《会報》【0402】号にて、旧【1-4】のミニミニクラス会開催報告でご紹介したことがあるので以下のURLを御高覧下さい。

 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/26-0402262012-p.html

 上記URL《会報》【0402】号に添付してある写真の中のうち[16][20]に安形君が写っている。
 [16]【九州旅行~『島原外港⇒三角へのフェリー甲板にて安形君(右)と小生』】1977年03月
 [20]時習26回【1-4】ミニミニクラス会での全体写真〔その1〕2012年07月07日
 【0402】号の添付写真[16]の右と同[20]の前列右端の人物が安形君

1.レナード・バーンスタイン作曲/ミュージカル『キャンディード』序曲
2.コープランド作曲/『エル・サロン・メヒコ』
3.フォスター作曲/メドレー〔『ケンタッキーの我家』『草競馬』『夢路より』『金髪のジェニー』『スワニー河』『おおスザンナ』『オールド・ブラック・ジョー』〕
4.スーザ作曲/『ワシントン・ポスト』『美中の美』
5.フランク・W・ミーチャム『アメリカンパトロール』
6.ルロイ・アンダーソン/『シンコペーテッド・クロック』『ジャズ・ピチカート』『ワルツィング・キャット』『サンドペーパー・バレエ』
7.ジョージ・ガ―シュイン/『パリのアメリカ人』
※ encore:スーザ/『星条旗よ永遠なれ』

 指揮:下谷剛嗣、渡邉浩司
 合唱指揮:芳村純
 合唱:男声合唱団「ふんけんクラブ」

[31]第112回豊橋交響楽団leaflet
 31112leaflet

■今日最後の話題は、「04月30日:穂の国とよはし芸術劇場PLAT『開館式典』に参加して」である。
 豊橋駅南に04月30日開館したPLATについては、本《会報》でも2013年03月17日付【0437】号にて内覧会の模様をお伝えしたことがある。以下のURLをご覧下さい。

 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/26-04370311plat.html

 30日(月)は、午後1時から、PLATの主hallにて開館の式典が開催された。
 主催者を代表して、佐原豊橋市長と近田豊橋市議会議長が、来賓を代表して、大村愛知県知事と根本衆議院議員が祝辞を述べた後、「杮落とし」の公演として、狂言師・野村万作・万斎父子による「三番叟」と「棒縛(ぼうしばり)」、jazz pianist小曽根真氏に拠る即興曲2曲と「パンドラ」他1曲が演奏された。
 小生は、勤務先の社長が参列予定であったが、急な用事が出来、小生が代理で急遽参列することになった。
 新聞報道にもある様に、本式典には、当芸術劇場のadviserになっている平田満氏も、公演終了後の懇親会にて挨拶した。
 因みに、平田満氏は、佐原豊橋市長と共に、時習24回生の同期生の間柄である。
 更に余談をいうと、本式典のannouncerは、中井美穂氏。
 そう、あの元ヤクルト・スワローズのcatcher、古田敦也氏の奥さん。昔、プロ野球Newsでassistantをやっていた女性announcerである。

[32]穂の国とよはし芸術劇場PLAT開場式典・式次第
 32plat

------------------------[33]「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」開館式典の模様を伝える2013年05月01付中日新聞東三河版
 33plat20130501

[34]「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」開館式典の模様を伝える2013年05月01付東日新聞
 34plat20130501

------------------------[35]穂の国とよはし芸術劇場PLAT開場式典に参加した平田満氏
 35plat021

 さぁ、この《会報》を完成させたら、05月18(土)~19(日)の「時習26回生卒業40周年記念旅行兼懇親会」に向けての『京都事前旅行』の案内準備に取り掛からなければ‥。
 あぁ、忙しい、忙しい! ( ..)φメモメモ..

 ではまた‥(了)

■【2637の会】ブログへは、 URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog ←ここをclickして下さい。

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