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2013年9月の4件の記事

2013年9月26日 (木)

【時習26回3-7の会 0466】~「09月22日:東京都美術館『LOUVRE美術館展~地中海 4000年の物語~』を見て」「09月23日:アイブラザ豊橋『第41回 全国Amateur Orchestra Festival豊橋大会‥Festival Concert‥を聴いて』」「09月25日:豊川観光協会 会長 日比 嘉男氏講演『街起こしの祭典B-1 Grand prix in 豊川』から」

■皆さん、お元気ですか、今泉悟です。《会報》【0466】号をお届けします。
 今日は先ず、掲題・副題にある様に、東京都美術館『LOUVRE美術館展~地中海4000年の物語~』の模様からご紹介します。

[01]東京都美術館『Louvre美術館展』leaflet 表面
 01louvreleaflet

------------------------[02]同 裏面
 02louvreleaflet

 前《会報》で予告させて頂いた様に、小生その日は東京の3つの美術館を巡った。その模様を本《会報》から3回に分けてお届けする。
 09月21日からの三連休の中日22日。My Carで家を朝の4時半に出発し、東京・北の丸公園を目指した。
 経路は、豊川IC→〔東名〕→引佐JCT→〔新東名〕→御殿場JCT〔東名〕→海老名SA(07:20着)にて小休止。
 用賀からは首都高速で若干渋滞したものの、目的地の北の丸公園第一駐車場には08時45分に到着。
 其処から東京国立近代美術館の前を通り、東へ徒歩で3~4分行くと東京メトロ東西線・竹橋駅。
 竹橋から日本橋で銀座線に乗り換え、10分少しで上野へ。
 最後尾の上野公園口の改札を出て徒歩で上野公園へ。公園内を上野動物園入口を左手に見て北上すると其処が最初の目的地「東京都美術館」。
 地下鉄銀座線上野駅の改札からこれも10分程の所要時間であった。
 09時半開場を若干過ぎた09時35分に到着した。
 本展は翌09月23日が最終日。到着した時、既に入場迄15分待ちの状態であった。東京の混雑ぶりにはいつ行っても驚かされる。

 本展は、leafletの説明にある様に、西洋と東洋の文化がdynamicに交差する場でもあった「地中海」をThemeとして、古代~19世紀迄、四千年に及ぶ「時間と地域を超える旅」に誘(いざな)う。
 「全8美術部門全てから出品されるLouvre美術館originalの展覧会」とも記されていて、「古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術」「古代Egypt美術」「古代Orient美術」「イスラム美術」「絵画」「彫刻」「美術工芸品」「素描・版画」の全8美術部門から200点を超える作品が展示されていた。
 今回は、その中から彫像を3点ご紹介します。

[03]彫像断片:『最高神官としてのローマ皇帝Augustus(在位:前27-14)』前27年頃
 03augustus271427

------------------------[04]鎧姿のローマ皇帝ハドリアヌス127-128年頃
 04127128

[05]アルテミス:信奉者たちから贈られたマントを留める狩りの女神、通称『ギャビーのディアナ』100年頃
 05100

【小生comment】
 Louvre美術館全8部門からの出展という企画は素晴らしい。が、その分、小生が大好きな絵画の出展数が少なく、また著名な名画がなかったのが残念であった。
 だが勿論、本展の白眉『ギャビーのディアナ』は、ホント美しかった。
 この彫像は西暦100年の制作。ローマ五賢帝時代2代目のTrajanus帝(在位98-117)の治世時代に当たる。故に彫像技術levelが古代でも最高水準にあった頃のもので、見る者を唸らせる魅力がある。
 端正で知性的な顔立ちの傑作。醸し出す雰囲気は何処となく男性的でもある。
 美しいものは、ホント心を癒してくれる。小生、だから展覧会巡りをやめられないのだ。(^^

■続いての話題は、「09月23日:アイブラザ豊橋『第41回 全国Amateur Orchestra Festival豊橋大会‥Festival Concert‥を聴いて』」についてである。
 本concertは、時習26回生の同期、安形S二君【3-1】から紹介して貰い聴いて来た。
 言い方は失礼だが、Amateurの演奏会としては聴衆の数が小生の予想を遥かに上回る、アイプラザが満席に近い状態だったのには少々驚いた。
 その理由は、入場時に無料で配布してくれたprogramを読んでみて理解出来た。
 Programの「ごあいさつ」の中で、日本アマチュアオーケストラ連盟(略称:JAO) 会長 本間政雄氏が説明してくれていた。
 本『全国Amateur Orchestra Festival』は、JAO設立の翌1973(昭和48)年09月01日~02日、当地『豊橋』が第1回目の開催会場としてstart。
 爾来、41年目の今回「第41回豊橋大会」は、その後第13回大会以来28年ぶり3回目の開催となる。
 Amateur Orchestraの運動では、日本をleadして来たという実績が歴史として刻まれている。
 第1回の1973(昭和48)年と言えば、正に我々【2637の会】が現役の高三時代である。偶然だろうが、何か「縁」めいたものを感じた。

[06]『第41回 全国Amateur Orchestra Festival豊橋大会‥Festival Concert‥』program
 0641_amateur_orchestra_festivalfest

 演奏曲目は以下の全3曲。
 第1曲目:下谷剛嗣指揮 豊橋ユースオーケストラの演奏で、リムスキー・コルサコフ作曲/交響組曲『シェヘラザード』から第2楽章
 第2曲目:現田茂夫指揮 フェスティバル社会人オーケストラAに拠る、ベルリオーズ作曲/交響曲『イタリアのハロルド』〔ヴィオラ独奏:井野邉大輔〕
 第3曲目:同上指揮 同上Bに拠る、ベルリオーズ作曲/『幻想交響曲』

 尚、来賓に、先般09月07日にブエノスアイレスで開催された第125次IOC総会でお言葉を述べられ、「2020年東京五輪」誘致に大きく貢献されたと評価の高い、高円宮妃殿下をお迎えしてご挨拶を賜り本大会のconcertは閉会した。

■最後の話題は、昨日09月25日豊橋市内の某ホテルにて開催された、豊川観光協会 会長 日比嘉男氏講演『まちおこしの祭典B-1 Grand prix in 豊川』で紹介された『B1 Grand prix in 豊川 2013』について概略をお伝えします。
 昨日09月25日夜、月例の産学官合同の講演会と懇親会が、会場の豊橋駅前のホテル・アークリッシュ豊橋にて開催された。
 その中での講演の一つが、豊川信用金庫理事長で豊川市観光協会会長の日比嘉男氏に拠る『まちおこしの祭典B-1 Grand prix in 豊川』。
 『第8回 B1グランプリ』が、会場を「豊川」として、今年11月09(土)~10(日)の両日開催される。
 前回第7回の「北九州」が61万人の来場者数であったというが、それを上回る規模の大会にすると大会関係者は意気込んでいる。
 『B1 Grand prix in豊川』のevent会場は、『稲荷公園会場』『豊川市陸上競技場会場』『自由広場会場』『豊川市野球場会場』『豊川市総合体育館前広場会場』の5箇所で開催される。
 「ご当地グルメ〔=料理〕」の購入には、@100円×10枚=1,000円綴りのevent専用ticket『たべりんくうポン券』が必要で、09月20日からサンクスやイオンをはじめ東三河地区各所げ販売中である。
 https://maps.google.com/maps/ms?msa=0&msid=215929908283330949897.0004e40b87e73d38c838a&hl=ja&ie=UTF8&t=m&z=10&source=embed ←『たべりんくうポン券』取扱窓口
 『たべりんくうポン券』は、当日券も会場で発売されるが大変な混雑が予想されるので、事前購入がお薦め。
 また、この『たべりんくうポン券』は、大会終了後も、12月01日まで協力各店で金券として利用出来る。
 この『B1 Grand prix』だけでなく、最近の豊川市のperformanceは、男女高校駅伝での全国優勝等、豊橋を圧倒的に凌駕している。
 豊橋も頑張らねば‥。(^^

[07]『B1 Grand prix in豊川』公式guide book
 07b1_grand_prix_inguide_book

------------------------[08]同 会場周辺マップ
 08b1_grand_prix_inmap_2

[09]会場で豊川大会mascot『いなりん』を挟んで、日比会長(左)と山脇豊川市長(右)
 09mascot

 小生、明日27~29日の3日間、仕事で北海道出張となる。
 そこで、今週は少し早いが、本《会報》を今日お届けすることとした。
 ではまた‥(了)

2013年9月21日 (土)

【時習26回3-7の会 0465】~「時習26回生卒業40周年記念旅行&懇親会『案内状』作成に向けて」「09月20日:『平成25年 新東名高速道路建設現場視察会』に参加して」「本田健『強運を呼び込む51の法則』から」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0465】号をお届けします。
 今日は先ず、掲題・副題にある様に、「時習26回生卒業40周年記念旅行&懇親会『案内状』作成に向けて」の現状報告から申し上げます。

 時が経つのは早いもので、『時習26回生卒業40周年記念旅行&懇親会』が開催される2014年06月07日(土)~08日(日)迄あと9箇月を切りました。
 本催事の担当支部は我々豊橋支部、そしてその代表幹事を任されているのが不肖小生である。
 そこで、当該催事を成功に導くための具体的なscheduleを決めるべく、去る09月15日(日)夕方05時半~07時00分の90分間かけて、豊橋駅西口直ぐの所にあるコメダ珈琲豊橋駅西店にて会合を持ちました。
 当日参加してくれたmembersは、豊橋支部幹事会内に設置した「執行部会」members8人の中の7人。
 予てより豊橋支部membersの複数から、「幹事会member21人は多過ぎるから、『執行部』を組成し、其処で案を作って、豊橋支部幹事会で組織決定することにした方がいい」とsuggestionを頂いていたのである。
 其処で小生、豊橋支部幹事21名の中から、小生と共に副代表幹事を務めてくれている中嶋良行君【3-2】と水藤隆詳君【3-6】の二人に相談して8名の「執行部会」membersを決めた。【2637の会】からは、林恭子さんに「執行部会」memberになって頂いた。
 8名とは、次の人達である。
 中嶋良行【2】、井垣勝夫・市原武弘・谷山健【3】、水藤隆詳【6】、今泉悟・林恭子【7】、杉原(小林)香代子【9】の面々である。
 15日当日は、ご母堂の葬儀と重なり出席不可能となった市原君を除く「執行部会」members全員が集まってくれた。
 其処で討議した内容と決まったことを、現在、執行部以外の豊橋支部幹事13名宛に「‥【乞う!ご意見】&【時習26回生卒業40周年記念旅行&懇親会に向けての「豊橋支部幹事会『執行部会』立上げと開催報告」】‥」として報告し、意見を求めている処である。
 本《会報》にて、【2637の会】membersの皆さんにも、豊橋支部幹事会membersと同じ情報を提供致しますので、忌憚のないご意見を頂戴出来れば幸甚です。
 それでは、御覧下さい。

 ※ ※ ※ ※ ※

【3-1】榊原T様
【3-2】飯田H様、中嶋Y様
【3-3】井垣K様、谷山K様、市原K様、長谷川K様
【3-4】芳村A様
【3-5】鈴木Y様、平田N様、山本A様
【3-6】大谷A様、黒柳M様、水藤T様
【3-7】林K恭子様、今泉悟
【3-8】長坂Y様、安井K様
【3-9】杉原K様、福井A様
【3-10】武野S様
〔以上、クラス順五十音順〕

拝啓 各位
 皆さん、おはようございます。今泉悟【3-7】です。
 一昨々日の09月15日(土)17時半~19時00分、豊橋駅西口にあるコメダ珈琲豊橋駅西店にて、「豊橋支部幹事会」内に『執行部会』を立上げその第1回目の会合を持ちました。
 豊橋支部幹事会は総勢21名と大所帯で機動的に動きにくい為、「幹事会内に『執行部会』を設けた方が良い」と、従前より幹事会membersの複数の方々からsuggestionを頂いていましたので、小生の独断で以下の皆さんに『執行部会』membersになって頂きました。

 Membersは、中嶋【2】、井垣・谷山・市原【3】、水藤【6】、今泉・林K【7】、杉原【8】、以上の8人です。
 当日は、先日ご案内した様に、ご母堂のご葬儀当日になった市原君を除く7名全員が集合。
 打合せ内容につき、以下に記します。
 そして、15日に参加されなかった幹事会membersの皆さんからご意見を頂戴し、mailにてご承認を頂戴したいと思います。
 反対意見が幹事総数の多数を占めた場合、変更することにしたいと思います。
都度、幹事会を開かなくても、忌憚ない意見交換をこのmailにて交わしたいと思います。
ご協力の程、宜しくお願いします。

※ ※ ※ ※ ※

 15日の『執行部会』での会議内容は以下の「議題」の通りです。
 そして、★印の処が今日決まった処です。
 『執行部』案として「決定」した重要事項

①「貸切バス」を利用しないことを決定〔‥「現地集合・現地解散」の大原則に則る‥〕
②「懇親会」でのattractionは、「舞妓さん」の招聘のみとし、豊橋支部幹事会主催の余興等は行わない
〔‥鴨川縁(べり)の料理旅館(鶴清)で『舞妓さん(90分間)』が居て踊ってくれる(踊り15分程度)こと自体、風情があり高付加価値である〕
③「懇親会」二次会は「ミュンヘン」とする〔中嶋君担当〕(‥cf:福井君【3-9】へ、祇園のスナックは「三次会」‥)
④「懇親会」当日日中のoptional tourは、courseを幾つか示すが、幹事等の同伴は行わない
〔‥京都旅行参加者個々人が抱く『京都』のimageは正に様々なので、気の置けない仲間同士が気軽に楽しんで貰う方が良い‥〕
⑤「Presentationを兼ねた『新年会』」は、今回は開催しないこととした〔‥京都旅行だけでも結構費用が嵩むので「新年会費用」は旅費資金に‥〕

※ 『執行部会』に参加して下さった皆さんへ
上記以外で決定された重要事項やご意見があったらmailで教えて下さいm(_ _)m
 ※ ※ ※ ※ ※

【議題】
[00]活動資金の手当
 ①事前準備
 ・★会計幹事〔中嶋:会費振込口座作成09月19日〕
 ・★井澤伸泰君【3-2】が口座開設に協力、郵送費の一部を援助してくれる
 ・★会費口座開設立替資金:〔★中嶋5万円+★今泉5万円=★10万円立替済〕
 →・★口座開設立替資金は、会費徴収に拠り、旅行・懇親会の行事完了後に立替金額を2人へ返戻

[1] 告知方法
 ①ML活用先、郵送先の峻別する段取り
 ・★ML活用先第一弾を確定:A‥期限09月末
 ・★郵送先の同期生の確定:逝去者を除く同期生全員-A‥期限09月末〔担当:★林K&★杉原K〕
 ・★「卒業40周年記念(旅行兼)懇親会」の案内状作成‥案内状作成‥期限09月末〔担当:★水藤隆詳〕
※ 現在、水藤君が先ず、「案内状」を作成中です。昨夜(17日)、その第1稿をmailで拝見しましたが素晴らしい名文です。大変心強く思います。
※ 「案内状」案が出来ましたら、早晩、本mailと同じ様に、豊橋支部幹事の皆さんに読んで頂き、承認を頂き、10月末での出状を目指しています。
  従いまして、是非とも幹事の皆さんからの忌憚のないご意見を頂戴したく、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。

 ②告知時期とその段取り
 ・【案】★10月下旬迄に
 ・★e-mail配信〔担当:★水藤T〕
 ・★郵送〔【案】往復葉書:担当:★水藤T〕
 ・希望聴取
 →・★貸切バス「活用しない」ことを決定
 →・★懇親会当日の宿泊場所の希望の有無(及び希望者の宿泊場所の別(京都リッチホテルor料理旅館『鶴清』))
 →・★出欠の可能性を確認
 ・★本書状の返信期限:★11月末日

 ③告知内容の確認〕
 ・★執行部会をe-mail配信に拠り行い修正作業を行なった後、「豊橋支部幹事会」にて承認する
 〔→・★修正意見:10月中旬にPC回覧にて「承認」を乞う〕

[2] 参加募集方法
 ①募集の手段
 ・★e-mail先はe-mailを活用
 ・★郵送先は、封書による募集要項を作成し、出状
 →・★募集要項文面の作成〔担当:★12月上旬に第2回目の「執行部会」を開催し決定する〕
 →・★募集要項の封書の出状〔担当:同上〕

 ②募集期間(募集要項の出状と募集締切の時期)←schedule策定
 ・【案】2014年01月末日→・〔★修正:12月上旬の「執行部会」にて決定する〕

[3] 参加方法について、懇親会前後のattractionとoptional tour等の更なる検討‥尚、今日の段階では検討に留める
 ※ optional tour
 ・★【案】「貸切バスを運行しない」ことを決定
 ・【案】〔‥以下の案は「初日」「二日目」共に決まらず‥〕
 ・初日のoptional tour訪問地〔例示‥今後詰めていく‥〕
 →・京都伏見の「月桂冠大倉記念館」「黄桜カッパカンパニー」「寺田屋」「十石船」等を見学
 →・「鳥せい」等にて昼食
 →・「伏見稲荷」の千本鳥居
 →・「高台寺」ねねと秀吉ゆかりの寺
 →・「建仁寺」京都五山3位‥風神雷神図(国宝)-俵屋宗達筆

 ・二日目のoptional tour訪問地
 →・嵐山「天龍寺」と渡月亭での昼食
 →・京都五山4位「東福寺〔含む光明院〕」と東山南禅寺近く「菊水」での昼食
 →・北山「金閣寺」と大徳寺「大仙院」「高桐院〔細川ガラシャ夫人の墓〕紅葉が美しい」とその近隣食事処〔未定〕で昼食
 →・一乗寺「詩仙堂」と東山「銀閣」

 ※ 有力意見として、「『京都の庭』をthemeに東福寺塔頭「光明院」の重森三玲作庭の庭園が大変気に入ったのでoptional tourに入れて欲しい」があった。

 ※ 懇親会会場でのattraction
 →・★舞妓の踊り〔決定〕
 →・★「我々幹事が作るoriginalのattractionはやらない」こととした

 ※ 二次会
 →・★【案】ミュンヘン〔京都・四条〕〔担当:中嶋Y〕

  ★【大原則】懇親会会場である京都五条の料理旅館『鶴清』に‥2014年06月07日(土)夕刻(時間現状未定)『現地集合・現地解散』‥する★

[4] 40周年記念旅行兼懇親会の前に、学年同期向けにプレゼンを行うかどうか検討
 →・★presentationは実施しないことを決定

                                         以上

 ※ ※ ※ ※ ※

【小生comment】
 本「執行部」案は、豊橋支部幹事会の承認前なので最終決定ではありませんが、骨子は、以下の通り‥。
 即ち‥「①「貸切バス」を利用しない」「②「懇親会」でのattractionは、「舞妓さん」の招聘のみとする」「③「懇親会」二次会は「ミュンヘン」とする」「④optional tourは幾つか示すが、幹事等の同伴は行わない」「⑤「Presentationを兼ねた『新年会』」は、今回は開催しない」。
 一人でも多くの【2637の会】membersの皆さんの2014年06月07日の京都清水五条‥料理旅館『鶴清』での参加を期待しています。m(_ _)m

■続いての話題は、『平成25年 新東名高速道路建設現場視察会』の模様についてである。
 昨日09月20日、地元調査研究団体主催の半日の視察会があった。訪問地は、新東名高速道路の「豊川橋(とよがわばし)(仮称)」と「乗本(のりもと)tunnel」である。
 13時に豊橋駅前を発車し、14時過ぎに最初の訪問地「豊川橋」に到着。
 当地区は、中日本高速道路(株)豊川工事事務所が管轄。路線概要は以下の通り。

[00]新東名高速道路 豊川工事事務所管内 進捗状況図
 00

 当事務所は、引佐JCT~豊田東JCT間55.2kmのうちの、愛知・静岡県境(新城市)を起点として、長篠城址の南を通り、新城IC(仮称)を経由して、本宮山(標高789.2m)南側を経て豊川市萩町迄を担当。路線の殆どが山間部を通過する為、橋梁・tunnelの構造物割合が6割を占める。
 今日の訪問地は、新城市東部の「鳳来tunnel」の西側にほぼ隣接する「乗本tunnel」と、その乗本tunnelから更に西へ1km程の所にある「豊川橋」である。
 以下、添付写真に沿ってご紹介していく。

[01]「豊川橋」の橋脚と橋桁
 01

 橋脚の高さは30m。橋桁間の最長は120m。豊川橋は全長500m。橋桁の担当業者は鹿島。受注額25億円強。因みに橋脚は別の業者が担当。橋脚・橋桁併せてザックリ言って50億円の受注額という。こうした大規模工事を通した此処で働く人達の雇用確保と、国民が快適に安心して暮らせる社会基盤整備は大変重要な「国の施策」であると思う。Abenomicsの「国土強靭化計画」は的を得た良策だと思う。
 現場担当者に教えて貰ったことだが、橋桁ほ中空になっている。これは橋桁を如何に軽くして強度を保つかがpointだからだという。

[02]「豊川橋」の橋桁の上にて
 02

------------------------[03]「豊川橋」橋桁の上の風景
 03

[04]「豊川橋」上り線の橋桁(手前)から右手に見える下り線の橋桁‥下の清流が豊川‥
 04

------------------------[05]「豊川橋」より北方「長篠城跡」(正面)方面を望む
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 写真中央上部が長篠城址。手前の川が豊川本流。左手が豊川本流の上流へ。右側が豊川支流の宇連川。この宇連川上流に東三河の水瓶「宇連dam」がある。

 「乗本tunnel」の東側至近に「鳳来tunnel」がある。
 小生、新東名高速道路建設現場視察会への参加は今回で4度目になる。過去3回の「現地視察旅行」の模様は以下のURLを御覧下さい。

 【0287】号:2010年04月21日http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/26-028704172640.html
 【0353】号:2011年07月26日http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/26-035308040731.html
 【0404】号:2012年07月26日http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/26-0404262012-p.html

 「乗本tunnel」は全長775m。既に下りは完成していた。Tunnelは、高さ8m、幅10.6m。昨年08月に下り、同年09月に上りが着工され、下りは竣工。現在工事中の上り線も、貫通済で、あとは表面仕上げ400mを残すのみとなり、来年06月竣工の予定という。因みに施工業者は大林組。

[06]「乗本tunnel」上り線西側入口(左)と下り線西側出口(右)
 06tunnel

------------------------[07]「乗本tunnel」上り線内部1
 07tunnel

[08]「乗本tunnel」上り線内部2
 08tunnel

------------------------[09]「乗本tunnel」上り線内部3
 09tunnel

【小生comment】新東名高速道路は、「豊田東JCT⇔御殿場JCT」間の開業を平成27年03月末(2014年度末)に予定している。開通が待ち遠しい。

■今日最後の話題は、最近読んだ本田健著『強運を呼び込む51の法則』をご紹介する。

[10]本田健『強運を呼び込む51の法則』
 1051

 小生、所謂「How to本」だと思って何とはなしに購入して積んだ儘になっていたが、最近一読して中々良い本であると思った。
 今日は、その51の法則の中から一つをご紹介してみたい。

★35:運と縁が、人生の質を決める★
 〔前略〕私(本田)が、これ迄ずっと「人が幸せになる方法」を躍起になって追い求めたのは、小さい頃の原体験から来ていると思います。
 人は、どれだけ資産を築いたか、社会的に成功したかでは、幸せになれないと私は考えます。
 幸せには、勿論色々な形がありますが、素晴らしい人との出会いを通じて、自分のことを知り、才能を分かち合うことで、廻りの人に喜んで貰う、結果としてお金もついてくる様な人生が、その一つだと考える様になりました。
 つまり、良い「運」と「縁」を持つことは、幸せな人生を手に入れる鍵なのです。

 大好きな人と一緒に居ることです。尊敬できる人と一緒に仕事することです。楽しい人をお客さんにすることです。
 人生は、誰と会って、何を感じ、どう行動するかで変わってきます。
 いい「運」と「縁」を求めて下さい。

【小生comment】そして、その「運」の求め方の一つの方法もこの本は教えてくれています。

★28:迷ったら、直感(intuition)とシンクロニシティー(Synchronicity)で前に進む★
 「運」を語る時、絶対に避けて通れないのが、「直感」です。
 今迄、大成功して来た人達にinterviewすると、必ず、「そんな偶然あるの?」という突拍子もない話が出て来ます。〔中略〕
 Chanceに対する感覚を研ぎ澄ませていると、目の前に不思議な偶然が通り過ぎているのが見えます。
「目の前のchanceに気づく」かどうかなのです。

【小生comment】「目の前のchanceに気づく」様にするには、日頃から何事にも好奇心を以て積極的にtryする意識が大切。そして、何事からも学び摂るという意欲を持ち続けることが「気づき」を齎してくれる。
 Synchronicityとは、『意味ある偶然の一致』のこと。
 そして、ちょっとnuanceは違うが、こうした「気づき」の感性が研ぎ澄まされて来ると、「セレンディピティ(Serendipity)」という「何かを探している時に、探しているものとは別に価値あるものを見つける能力」も齎してくれる可能性が高まるのである。
 それを実現出来る人が「強運」の人である。

【後記】昨日から「秋の彼岸」である。秋の彼岸というと、「彼岸花」(‥別名を「曼珠沙華」とも‥)を思い出す。
 この花を詠んだ名句と言えば、山口誓子のこれが浮かびます。ホント、名句ですね。

 つきぬけて 天上の紺 曼珠沙華  山口誓子

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 最近は、温暖化が進み、彼岸花の開花時期も秋分の日をかなり過ぎてからになって仕舞っている。
 拙宅にも彼岸花があるのだが、まだ咲き出す気配が全く感じられない。

 明日は日帰りで東京・上野にある「東京都美術館」「国立西洋美術館」と、渋谷の「Bunkamura ザ・ミュージアム」を訪れる予定である。
 「『Louvre美術館』展」「『Michelangelo』展」「『レオナール・フジタ』展」を見て来る予定である。その模様は次号以降の《会報》をお楽しみに!
 ではまた‥(了)

2013年9月14日 (土)

【時習26回3-7の会 0464】~「09月07日:松坂屋美術館『知られざるミュシャ展‥故国モラヴィアと影響のパリ‥』を見て」「曽野綾子『人間にとって成熟とは何か』を読んで」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0464】号をお届けします。
 日中はまだまだ蒸し暑いものの、夜半になると開け放たれた窓から涼風が吹き寄せ、秋の到来を感じさせる今日この頃‥。
 皆さんは如何お過ごしですか?
 小生にとって、好きなお酒を口に含み乍ら、音量を抑制したShostakovichの交響曲第10番やMahlerの交響曲第9番等をBGMに、好きな読書やこの【2637の会】《会報》を綴っている時が至福のひとときである。
 お酒の歌となると、若山牧水の「白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり」が直ぐに頭に浮かぶ。
 が、今日は、小生の勤務先の近くの中華料理店「謝謝」の壁に書かれている漢詩2つをご紹介したい。
 因みに、朱熹(1130-1200)とは南宋の儒者で朱子学の祖、朱子

 酔下祝融峰  朱熹

 我來萬里駕長風
 絶壑層雲許盪胸
 濁酒三杯豪気発
 朗吟飛下祝融峰

 酔うて祝融峰※1を下だる

 我来って万里長風に駕す
 絶壑※2(ぜつがく)層雲※3 許(か)くも胸を盪(うごか)す
 濁酒三杯 豪気発し
 朗吟して飛び下(くだ)る祝融峰

 ※1 祝融峰(しゅくゆうほう)は、中国湖南省衡山(こうざん)の最高峰。
   絶壑:切り立った谷、壑=谷
   層雲:幾重にも重なった雲

【意】遥々遠くから祝融峰に私は遣って来た
切り立った谷に湧く雲を見ると、この様に胸中が浮き立つ
濁酒を三杯飲み干すと豪快な気分だ
漢詩を高らかに吟じ乍ら勢いよく祝融峰を降りて来た

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 2つ目は、王之渙(688-742)の同名の作品と共に昔より人口に膾炙してきた名詩「涼州詞」である

 涼州詞   王翰(687-726?)

 葡萄美酒夜光杯
 欲飲琵琶馬上催
 酔臥沙場君莫笑
 古来征戦幾人回

 涼州の詞

 蒲萄美酒美酒夜光の杯
 飲まんと欲すれば琵琶馬上に催す
 酔うて沙上に臥すも君笑うことなかれ
 古来征戦幾人か回(かえ)る

【意】夜光の杯に注がれた蒲萄の美酒
 今、これを飲もうとする時、馬上で琵琶の音がかきならされる
 例え酔い潰れて砂漠に臥せようとも、その姿を笑わないでくれ
 古来拠り、こうして遠く離れた戦地に駆り出された者で、無事に故郷に生還出来た者が幾人いるであろうか

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 かくの如く、古来拠りお酒は、多くの人々に愛されて来たのである‥

■さて今日最初の話題である。
 先週末の09月07日名古屋へ私用で出かけた折、松坂屋美術館で開催初日であった『知られざるミュシャ展‥故国モラヴィアと影響のパリ‥』を見て来ましたのでその模様をお伝えしたい。
 先ずは主催者の《ごあいさつ》から一部引用する。

 アルフォンス・ミュシャ(Alfons Mucha(1860-1939))は、1860年現在のチェコ共和国モラヴィア地方のイヴァンチッツェに生まれ、世紀末Parisに於いてアール・ヌーヴォー(Art Nouveau(1890年代~1910年))の旗手として大成功を収めたことで知られています。〔中略〕
「知られざるミュシャ展」と題する本展覧会は、ミュシャの生まれ故郷であるイヴァンチッツェ近郊に居住する医師ズデニェク・チマル博士の祖父母から3代に亘るcollectionを中心とするもので、このcollection自体が欧州以外で公開されるのは今回が初めてとなります。〔後略〕

 以下に本展展示作品の幾つかをご紹介する。

[01]Mucha『読書する女、ベルト・ド・ラランド』1897年
 01mucha1897

------------------------[02]同『メデア』1898年/『Hamlet』1899年
 02mucha1898hamlet1899

[03]同『パリ万博公式晩餐会招待状』1900年
 03mucha1900

------------------------[04]同『ジョブ』1896年
 04mucha1896

[05]同『一日の四つの時‥「朝の目覚め」「昼の輝き」』1899年
 05mucha1899

------------------------[05a]同『夕べの夢想』1899年
 05amucha1899

[06]同『ジェレ・フレール香水店のシルヴァニス・エッセンス』1899年
 06mucha1899

------------------------[07]同『hyacinth姫』1911年
 07muchahyacinth1911

【小生comment】
 ミュシャの絵は、上記[02]~[07]にある様に作品の多くがlithographe/posterで有名であるが、木版画の[01]『読書する女、ベルト・ド・ラランド』の様に、彼には素描に天賦の才があり、見る者を魅了する。
 Lithographe/posterでは、同時代に活躍したロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec(1864-1901))が著名であるが、小生は個人的には断然ミュシャの方が好みである。ミュシャが描く女性像が断然精緻で美しいからである。

■今日は2つ目の話題が最後の話題となるが、「曽野綾子著『人間にとって成熟とは何か』を読んで」をお伝えしたい。
 今日は、本書の第十七話と十八話からご紹介します。

[08] 曽野綾子著『人間にとって成熟とは何か』
 08

第十七話/人はどのように自分の人生を決めるのか
★人生は最後の一瞬迄解らない★P.220
 私達は既に「自由とは必ず義務を伴うものだ」ということを何処かで聞いている筈なのである。〔中略〕
 本当に人の一生というものは、最後の最後迄解らない。「団塊の世代」が最近では六十路(むそじ)を歩む様になった。彼等も又、人には思いをかけない様な様々な人生の結論があるらしいということが、現実のものとして見えて来ているだろう。
 同級生で成績も就職先の社会的評判も、出世競争でもtopを走っていた様に思われる友人が、体を壊して50歳前後で死んだり、再起不能の病気に罹(かか)ったりすることはよくある。或いは、才色兼備のいい妻を貰った様に見えた人が、その妻がまだ60歳になる前から知的能力に衰えを見せ、長い老後をずっとその世話をして暮らさねばならなくなる様なcaseも決して珍しくはないのである。
 長く生きる良さというのは、こういうどんでん返しが現実にあることを確実にこの眼で見られたことだと言うべきかもしれない。
 結論は簡単には出ない。評価も単純にはつかない。人間は、どれ程も自分の眼の昏(くら)さを知って謙虚になるべきだ、ということをひしひしと感じられるのである。
 しかし、私が最近感じているのは、そうした結果論ではない。私が問題として眺めてみたいのは、人間はどの様にして自分の人生を決めようとしているのか、ということだ。現代は個人が選択の自由をとことん得ている時代だと見られているが、実は個人はその自由を評価してもいないし行使してもいないのではないか、と思うことがよくあるのだ。P.224

第十八話/不純な人間の本質を理解する
★いいだけの人生もない、悪いだけの人生もない★P.227
〔前略〕いいだけの人生もない。悪いだけの生涯もない。ことに現代の日本の様な恵まれた状況では、その様に言うことが出来る。それでもなお、多くの日本人が不平だらけなのだ。
 まず私の実感を述べておこうと思うのだが、もし人生を空しく感じるとしたら、それは目的を持たないからだと言うことが出来る。
 例えば高齢者に多いのだが、朝起きて、今日中にしなければならない、ということが何もない。だから何処へ行ったらいいのか、何をしたらいいのか解らない。どうして時間を潰そうかと思う。時間というものは皮肉な「生き物」で、することが沢山ある健康人にとっては素早く経っていくものなのに、することのない人や病人には、極めてのろのろとしか経過しないものなのである。〔後略〕p.230

★いいばかりの人もいなければ、絵に描いた様な悪人もいない★P.235
 1985年の飢餓の年に、私はエチオピア(Ethiopia)の北部にいた。〔中略〕赤ん坊を抱いた骸骨の様に痩せこけた若い母は自分のお乳がもう出なくなっている。
 私は思いついて〔中略〕最後に残っていた一粒の飴を母に渡した。もうそれ以上、私には持ち合わせがなかったのである。〔中略〕
 あまりに空腹だったからであろう。若い母は飴を赤ん坊に与えず自分が食べて仕舞った。〔中略〕
 母性が、子供の為に自分の命を投げ出すものだ、という話が信じられるのは、命の危険のない時間と空間で語られる時だけかもしれないのである。
 全てのことは、崇高なばかりでもなく、動物的なだけでもなかった。全てのことに、私はいささかの虚構があることを見たのであった。それ等は、動物であり乍ら人間であり続ける私達の、現実の願いを悲しく示していた。〔中略〕P.237
 良くも悪くも、人間は一時たりとも、留まったり静止したりしていない。生きることは、動き廻り、変化するということなのだ。〔中略〕
 大抵の人間は極限に立ってはいない。大抵の人は中間地点で生きている。普通に暮らしているのがちょっとした「病気持ち」という人はざらにいるし、病人でもまだ青春真っ只中で恋をしている人もいる。
 私達は先天的にも、運命的にも、常に中間の地点に立つ様になっているのだ。私達はいいばかりの人でもなく、絵に描いた様な悪人でもない。良くて悪い人間なのだ。他人も又同じだ。あの人もこの人も、似たりよったりなのだ。
 大人にならない人は、この宿命的な不純で不安定な人間性の本質がよく解らないだけなのだ。私達は相手と決定的に違うこともなく、決定的に同一になれる訳でもない。違って当り前なのだ。〔中略〕P.238
 そうだ。大切なことは、お茶を入れて、全ての些細な対立は、強靭な大人の心で流して仕舞えるかどうかなのだ。〔了〕P.239

【小生comment】
 自分という人間を、客観的に俯瞰する第三者的な立ち位置から評価して、判断・行動出来るのが、成熟した大人であるとも言えよう。
 小生も年を取るに従い、「かくあるべし」と心がけているつもりであるが、往々にしていつの間にか客観的立場を忘れ、当事者に成り切って仕舞っている自分に気づくことが少なくない。まだまだ未熟な匹夫である‥。

【後記】昨夜09月13日Kスタ宮城STADIUMで行われた「楽天‐オリックス19回戦」で楽天の田中将大(まさひろ)投手が10安打を許し乍も2点(自責点1)に抑え完投で開幕21連勝。田中投手は今季8度目の完投勝利で、1957年に稲尾投手(西鉄)が記録したseason20連勝を抜き、プロ野球新記録の同21連勝を達成。再び球史を塗り替えた。ホント、「凄い!」の一言である。

[09]開幕21連勝の球界新記録樹立した楽天田中将大投手20130913
 092120130913

 09月07日(現地時間)にArgentineの首都Buenos Airesで開催された第125次IOC総会で2020年の東京五輪招致が決定されたことと言い、この処日本にとって嬉しいことが続いている。安倍晋三のOlympicの東京招致への真剣な取組姿勢が日本に勝利を呼び込んだと言っても過言ではあるまい。
 Abenomicsの「第4の矢」と言われているが、強(あなが)ち法螺でもないと思う。

 五輪招致で経済効果は、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会は、五輪開催の経済波及効果を約3兆円と試算している。
 これ等の動きは、最近の脱デフレ傾向を示す経済指標の数値と相俟って、経済浮揚への足取りが確かになっていることの証左と言える。
 従って、10月初旬に安倍首相が消費税の5%→8%の引上げを、予定通り来年2014年04月01日から行うと発表する可能性がかなり高まったと言えよう。

 確かに、GDPが約500兆円程ある現在の日本の経済規模からすれば3兆円の経済効果は決して大きい数字とは言えない。
 それよりも、日本国民に精神面でかなり大きな好影響を与えたと捉えた方が良い。
「世界の恒久平和」を希求する我国として、Olympicの祭典に寄与出来ることは大変名誉なことである。
 以下に日本国憲法「前文」の後半の掲載するので、ご一読頂きたい。
 大変良いことを宣言している。日本人全員が暗誦しても良いと思う程の名文だと言っても過言ではないだろう。

 ※ ※ ※ ※ ※

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

 ※ ※ ※ ※ ※

 小生、この日本国憲法「前文」を読み、背筋がシャンとしました‥ !(^-')b♪
 ではまた‥(了)

2013年9月 7日 (土)

【時習26回3-7の会 0463】~「吉成真由美[interview編]:『知の逆転』〔完〕~「ジェームズ・ワトソン(James D. Watson)とのinterview『第六章/人間はlogicより感情に支配される』から」「08月29日:名都美術館『所蔵品展《虫の音》&〈特別公開〉長江惣吉作陶展《曜変天目の再現と創作》』展を見て」「多胡輝『100歳になっても脳を元気に動かす習慣術』を読んで」

■皆さんお元気ですか、今泉悟です。《会報》【0463】号をお届けします。
 今日09月07日は二十四節気でいう「白露」。
 「露」というと古今の名句3つが頭に浮かぶ。

 芋の露 連山影を 正しうす  飯田蛇笏(1885-1962)

 金剛の 露ひとつぶや 石の上  川端茅舎(1897-1941)

 露の世は 露の世ながら さりながら  小林一茶(1763-1827)

【解説】
 蛇笏の句は、芋畑の芋の葉の上に降りた「白露」という近景と、芋畑から遥か向こうには威厳を保った居住まいの連なる山々の遠景がsharpに見える
 茅舎の句は、金剛=diamondの様に燦然と輝く「露」が石の上に降りている。その露は恰も金剛界の大日如来が石の上に鎮座在(ましま)す様である
 一茶の句は、愛する愛娘長女さとを1歳半で亡くした一茶が、娘の短い一生を運命として受け入れ様とするが納得出来ない辛い思いが伝わって来る

 俳句は、ご覧の様に、写実性・神秘性・精神性等、様々な状況を詠むことが出来る素晴らしい芸術である

■さて、今日最初の話題は、吉成真由美氏著『知の逆転』の最終回、第6回目「ジェームズ・ワトソン(James D. Watson)とのinterview『第六章/人間はlogicより感情に支配される』(2011年06月収録)から」ご紹介します。

[01] ジェームズ・ワトソン((James D. Watson)1928-)
 01_james_d_watson1928

《profile》James D. Watson(1928-):
 1928年 Chicago市に税務役人の息子として生まれ、鳥類観察に夢中になる
 15歳でChicago大学に入学し、動物学を専攻、卒業後、Indiana大学大学院で分子生物学を学ぶ
 ポスドクとしてCopenhagenに1年居た後、Cambridge大学キャヴェンディッシュ研究所(Cavendish Laboratory※1)に移る
 ※1 1871年に物理学者Henry Cavendish(1731-1810)を記念して作られた

 1953年(25歳) 英国の分子生物学・物理学者のフランシス・クリック(Francis Harry Compton Crick(1916-2004))と共にDNA二重螺旋構造の解明に成功
 Copernicus(1473-1543)やDarwin(1809-1882)に並ぶ偉業とされる
 1956年 Harvard大学に移り、助教授→准教授→教授と進むうち20年に亘り同大学の生物学部を分子生物学や生物化学を主体とする方向に改革していった
 1962年 F. Crick、英国の生物物理学者モーリス・ウィルキンス((Maurice Hugh Frederick Wilkins(1916-2004))と共にDNA二重螺旋構造の発見(【核酸の分子構造及び生体に於ける情報伝達に対するその意義の発見】)に拠り、Nobel生理学・医学賞受賞
 1968年(39歳) 米国New York州Long Islandにあるコールド・スプリング・ハーバー研究所(Cold Spring Harbor Laboratory:CSHL)で40年に亘り同研究所を世界屈指の生物学研究所に育成
 大統領自由勲章、全米科学界の栄誉とされる米国国家科学賞も受賞している

《科学研究の将来》
★「脳」と「老化」と「メタボリズム」、これが将来の研究分野だ★
【吉成】将来、生物科学の分野に於ける研究の最も重要なthemeを3つ選ぶとすれば、それ等は何になるでしょうか?
【Watson】恐らく最も重要なのは、発生生物学、特に「脳」の発達とその機能について解明すること、これが最大の未知の問題でしょう。私がscienceを遣り始めた頃は、遺伝情報がどの様に分子に中に保存されているかが最大の謎だった。今は、記憶がどの様に脳細胞の中に保存されているかが最大の謎でしょう。一つの細胞の中なのか、細胞集団の中なのか、又何処に顔や音の情報が保存されているのか。それ等をどの様にして統合しているのか。
 これ等の解明には恐らく5年という様なscaleではなく、100年位の時間がかかるでしょう。〔中略〕
 第二は、「老化」の問題です。益々以て我々は老年を楽しめる様にしていかなければならない。〔中略〕脳の健康を如何にして維持していくかというのは、大事な問題です。〔中略〕多発性硬化症等様々な病気に犯されない様、脳を健康に保っていくということが差し迫った課題なのです。
 第三は、「メタボリズム」の問題でしょう。〔中略〕肥満化は益々進んでいる。栄養が良くなったお蔭で、色々な問題が出て来ている‥つまり脳の成熟が身体の成熟に追いつかない訳です。〔中略〕
 ガンを取り上げなかったことに気づかれたでしょう。ガンはもう対処出来る寸前迄来ていると思うからです。P.263〔後略〕
【吉成】精神疾患についてはどうですか?
【Watson】これは大変難しい。ガンを理解するということは取りも直さず細胞を理解することでした。今やっと細胞を理解する段階に来ています。此処迄来るのに、私の人生のほぼ全ての時間がかかった。精神疾患を理解するということは、脳を理解するということに他ならない。複雑過ぎます。P.264〔後略〕

《「個人」を尊重することについて》
★文明の大きな進歩というものは「個人」が生み出す★
【吉成】scaleの大きな生物研究分野であるゲノミクス※2やsystem生物学※3については、どの様に見ておられますか?
 ※2 (genomics):1980年代以降始まった生物の遺伝情報を解読、解析、比較する分野
 ※3 生命現象をsystemとして研究し、生命のsimulationも行う分野
 ※2&※3共にcomputerを多様し、一つの研究themeに多くの研究者が必要
【Watson】必要な分野ではありますが、あまり面白くないでしょうね。従来、博士号というのは教師になる為に取り、取得者は「考える人」であることを意味していました。しかし今では、博士号取得者はhigh-levelのtechnician(=研究の実行をsupportする人材)になって来ています。〔中略〕technicianは必要だけれども、博士号取得者がhigh-level technicianになるのは如何なものか。P.265

【吉成】遺伝子knockout研究※4や病気の研究等は、広い動物施設や研究室を必要とする訳ですが、生物学の研究は愈々多くの人やspaceを必要とする様な、大scaleのscienceになって来ているということでしょうか。
 ※4 ある遺伝子の発現を止めることに拠って引き起こされる行動の欠陥を調べることで、その遺伝子の働きを突き止める研究
【Watson】〔前略〕30人もの名前が連なった論文を見ると、〔中略〕「個人」という概念を壊して仕舞っている。「個人」が尊重されない中国社会の様な方向に向かっているということです。
 西欧の思考というものは「社会」ではなく「個人」を尊重することから生まれた。勿論、「個人」尊重が行き過ぎるとこれもまた問題ですが。
 Adam Smith(1723-90)が『国富論』の中で言っていることですが、そもそも文明の大きな進歩というものは「個人」が生み出すもので、「政府」からは決して生まれて来ない。ですから集団の一員ということではなく、独立した「個人」というものが尊重されなければならない。P.267

★個人はある程度以上の大きさになると、個人が死んで仕舞う★
【Watson】大scaleのscienceが幅を利かせつつあることを懸念しています。大scaleのscienceもやる必要はあるが、一通り仕事が終わったら、組織を解体すべきなんですね。〔中略〕
 でも、中々研究所や会社、機関等のinstitutionを潰したりはしないんですね。優れたleaderだったら、過去を止めることが出来る。でも現在我々はどうやって過去を止めたらいいか解らないから、将来に向かって進んでいく為の唯一の方法は大きくすることだと思って仕舞う。Institutionはある程度以上の大きさになると、「個人」は死んで仕舞います。大きくなり過ぎると、そこでお金や権力を管理している人達が、其処で働いている若い人達のことを全く知らなくなって仕舞う。
 私が若い頃は、scienceは今拠り遥かに小さなscaleのものでした。重要なのは、非常にcreativeな若い人達が、十分に仕事が出来る様な社会を維持していくということです。P.269〔後略〕

《真実を求めて》
★Darwinが入って、神が出て行った★
【吉成】以前、「科学者になってからも含めて、私がやって来たことは全て、綺麗な女性に会いたいという一心からです」と言っておられました。Darwinは、異性を巡る競争を通して一種の淘汰が起こると説明した訳ですが、貴方のこの言葉は、Darwinの性的選択理論を端的に表現したものだと思います。Darwinはどの様な影響を貴方に与えたのでしょうか?
【Watson】partnerがいるということは人生を明るくします。
 Darwinが与えた最大の影響は、「Darwinが入って、神が出て行った」ということです。実にsimpleです。神が必要でなくなった。P.278〔後略〕

【吉成】アーヴィン・シュレディンガ―※5が『生命とは何か』という本(1944年刊)を書きましたが、同じ質問に対してはどうお答えになりますか?
 ※5 Erwin Rudolf Josef Alexander Schrödinger(1887-1961)ウィーン出身の理論物理学者。1926年 波動形式の量子力学である「波動力学」、量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式(Schrödinger equation)等を提唱。1933年 英国の理論物理学者ポール・ディラック(Paul Adrien Maurice Dirac(1902-1984))と共に「新形式の原子理論の発見」の業績によりNobel物理学賞を受賞
【Watson】答えられないです。Simpleに言うならば、「生命とはDNAに保存された情報である」となるでしょうが、そう言って仕舞うには余りに複雑です。細胞が分裂する為には、実に沢山のことが起こる必要がある。だから、「生命とは、分裂・成長することを目的とした、選択され組織化された分子の集まりである」とも言えます。分子は、組織化されたsystemが発現する為に情報を持っている。要するに情報が将来を規定しているということですね。〔中略〕P.279〔後略〕

《尊厳死について》
★活きているうちに逝くのが望ましい★
【吉成】老いることの良い処と悪い処は何でしょう?
【Watson】恐らく「老いは人に経験を与える」と言えるのでしょうが、本当の良い処は私には見えていない。おばあさんは必要だと言えるでしょう。初めて子供を持った母親にとって、おばあさんの知恵というものは本当に役に立つものだからです。祖父母というものは、人類の存続上役に立つから必要だということです。では曾祖父母というのはどうか。恐らく否だと思います。世話をしなければならないから、多分却って負担になる。でもこういう言い方は「命は押し並べて等しく大切なのもであり、全ての命は支えられ維持されていかなければならない」という宗教上の教えとは違って聞こえる筈。他にも、妊娠中絶は命を壊すことだからしてはならない等、極端な宗教的信条の類はnonsenseです。〔中略〕
 米国は今やっている様なこと(特に軍事と医療)を続けるには、お金が足りなくなって来ている。例えば、貴方に今5万ドルの蓄えがあるとして、それを子供達に残すのか、それとも自分の命をあと6箇月病院で伸ばす為に使うのか。私だったら、6箇月余分に生きる拠り、子供達の残す方がいいと思います。
 勿論私は83歳ですから「90歳になったらどんな人生になるか」と考える。そして「老いた時医療費にどれ位使いたいか」ということを考えます。これに対する一番いい答えはゼロです。ですから、tennisをしている時に死ねば、安く上がる。病院ではなく、活きているうちに逝くのが望ましい。「活きているうちに逝く」というのをmottoに。P.294〔後略〕

【小生comment】
 Watson氏が最後に述べている「活きているうちに逝く」というmottoは、小生のmotto「ピン・ピン・コロリ〔PPK〕」と同じである。
 正に「我が意を得たり!」の心境である。
 今回迄6回seriesでご紹介した『知の逆転』如何でしたでしょうか?
 世界の「知の巨人」達6人の話は、それなりに偉業に裏打ちされているので説得力がありますね‥。

■さて続いての話題である。
 一昨日の08月29日名古屋へ出張した際、徳川美術館の前に名都美術館を訪れた。所蔵品展『虫の音』と〈特別公開〉長江惣吉作陶展《曜変天目の再現と創作》展を見る為である。
 日本画は、西洋画に比べ煌びやかさはないものの、大人しいしっとりした品格や風流を感じさせる傑作が多い。
 又、本展には、以下の伊東深水、伊藤小坡、橋本明治、高木義夫の4人5作品を始め美人画の佳品が数多く展示され、本展に華を添えている。
 以下、添付写真の絵を御高覧下さい。

[02]名都美術館『虫の音』展leaflet
 02leaflet

------------------------[03]伊東深水(1898-1972)『虫の音』1942年
 031942

[04]伊藤小坡(1877-1968)『初秋の夕』
 04

------------------------[05]橋本関雪(1883-1945)『観魚図』
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[06]橋本明治(1904-1991)『爽』1969年
 061969

------------------------[07]伊東深水『立秋』1960年頃
 071960

[08]平山郁夫(1930-2009)『黄河上流』
 08

------------------------[09]高木義夫(1923-2001)『川風』
 09

[10]横山大観(1868-1958)『夜』
 10

------------------------[11]川合玉堂(1873-1957)『夫婦鹿』1906年
 111906

[12]岩橋英遠(1903-1999)『茜空』1987年
 121987

------------------------[13]小山硬(1934-)『海鵜』2001年
 132001

[14]月岡榮貴(1916-97)『竹取物語(かぐや姫)』
 14
 
 また、08月27日~09月01日の6日間限定の〈特別公開〉長江惣吉作陶展《曜変天目の再現と創作》を見ることが出来た。
  http://www.youtube.com/watch?v=FY_2FHh6wrY ←長江惣吉「曜変天目茶碗」再現の動画ご参照
 
 「曜変天目(ようへんてんもく)茶碗」とは、天目茶碗※1の中でも最上級とされ、現存するのは世界の3個(ないしは4個)が全て日本にのみ残されている。
 そのうち3個はいずれも国宝で、残り1個は重要文化財。中国福建省建陽市にあった建窯で焼かれた茶碗

 ※1(てんもくぢゃわん):茶の湯茶碗の一種。外開き朝顔型で上部はやや立ち気味であり、口縁部が外側にそっている器体で、天目釉(てんもくゆう)と通称される黒又は柿色の鉄質釉をかけたもの。もと中国浙江省の北西部、天目山の寺院で常用されていたのでこの名が生まれたとされ、鎌倉時代に入宋の禅僧が持ち帰ったのが渡来の初め。釉色に拠り、黒・黄・白天目等、文様に拠り、文字・梅花・木の葉天目等、多種あるが、黒天目の中でも「曜変天目」「油滴天目※2」が日本では古来珍重されている〔以上、ブリタニカ〕
 ※2(ゆてきてんもく):「油滴」の名のとおり油の滴の様に金・銀・紺に輝く斑文が内外にビッシリ現れている。焼成時に釉中で破裂した無数の気泡跡に、酸化第二鉄の粒子が結晶となって生じたもの。油滴天目も曜変天目と同じ中国福建省水吉鎮・建窯で焼かれた碗

[15]国宝・静嘉堂文庫蔵『曜変天目茶碗』南宋(12-13世紀)
 15

------------------------[16]国宝『油滴天目茶碗』南宋(12-13世紀)
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 静嘉堂文庫蔵の「曜変天目」は、小生2010年09月02日東京・丸の内にある三菱一号館美術館で見た。
 美術品保護の為、採光は少なく、「曜変天目」が持つ本来の輝きを体感することは出来なかったが、天下の至宝を目の前にして感動のあまり武者震いしたことを覚えている。世界最高の茶碗を見ることが出来たことは生涯忘れ得ない至上の歓びであった。
 先代(八代)の遺志を引継ぎ、この「曜変天目」を再現という偉業を実現した瀬戸市在住の九代目長江惣吉氏自身と同氏の再現「曜変天目茶碗」を見ることが出来たことは大変有意義であった。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/26-0306372mahle.html ←《会報》【0306】号ご参照

 【1】《国宝》静嘉堂文庫蔵(東京)‥この「曜変天目」は通称『稲葉天目』。この茶碗み纏わる将軍徳川家光と春日局のepisodeを以下にご紹介する
 【2】《国宝》藤田美術館(大阪)‥水戸徳川家に伝えられたもので、1918年藤田財閥の藤田平太郎が入手
 【3】《国宝》大徳寺龍光院蔵‥堺の豪商津田宗及から大徳寺塔頭龍光院に伝わったもの
 【4】《重文》ミホ・ミュージアム蔵‥加賀藩主前田家に伝えられたもので、大佛次郎が所蔵していたもの。ただこの天目茶碗は「曜変」と呼ぶか議論あり「油滴天目」とする意見もある

【「稲葉天目」に関わる「将軍家光と家光(1604-51)の乳母春日局(1579-1643)」episode】
 福(春日局)は、寛永06(1629)年 家光の疱瘡治癒祈願の為伊勢神宮に参拝。その儘上洛して御所への昇殿を果たす。血族(‥福は三条西公条の玄孫‥)の三条西実条と猶妹の縁組をし、公卿三条西家(藤原福子)として同年10月 後水尾天皇や中宮和子(まさこ・かずこ)に拝謁、従三位の位階と「春日局」の名号を賜る。
 更に寛永09(632)年07月 再上洛の際に従二位に昇叙。因みに従二位は、平時子、北条政子と同じ位階。
 家光が寛永06年 疱瘡に罹患し死にかけた時、乳母の春日局は「薬絶ち」の願掛けを行った。
 そして後年春日局が病に倒れた時、処方した薬を飲ませるべく家光は、将軍家に伝わる「曜変天目茶碗」に薬を入れ飲ませ様とした。
 春日局は度重なる家光の命に飲んだふりをして対応したという。
 結局この「曜変天目」は、春日局の孫(子の正勝(1597-1634))は既に亡く、稲葉正則(1623-96)に下賜され、爾来、稲葉家の家宝として伝わる。
 「稲葉天目」は、この稲葉家伝来の「曜変天目」であることに由来する。
 それを三菱財閥第04代当主岩崎小弥太(1879-1945)が譲り受け、現在は静嘉堂文庫に収められている。

【小生comment】
 「曜変天目」の再現を、名都美術館ではDVDで説明していた。
 長年の試行錯誤の結果、「焼付けの際、『蛍石』を窯の中に入れ、『蛍石』から発生するgasが茶碗の表面に付着すると、あの様に独特の輝きを放つ」。
 そして、近年、「曜変天目」の産地、中国・建窯でも『蛍石』が産出されることが確認され、又、2011年には「曜変天目茶碗」の2/3の姿が残った破片も出土した。
 小生、再現・「曜変天目茶碗」を眼前に熟視したが、正(まさ)しく「曜変天目茶碗」である。長江父子の長年に亘る研究に心から敬意を評したい。

■最後の話題は、「多胡輝『100歳になっても脳を元気に動かす習慣術』を読んで」である。
 今日は、本書の中から3つご紹介します。

[17]多湖輝『100歳になっても脳を元気に動かす習慣術』
 17100

★趣味は仲間を巻き込むと長続きする★P.116
〔前略〕一人でやる趣味もそれなりにいいのですが、どうしても刺激に乏しくなりがちで、悪くすると途中で飽きたり、行き詰まったりで、その趣味自体が続かなくなる恐れがあります。
 長続きのコツは、仲間をつくり、同じ趣味に仲間を巻き込むことです。〔中略〕
 誘った人は、自分が誘った手前もあり、自分だけが勝手にやめる訳にもいかなくなります。Groupが出来上がっていると、どうしても休まなくてはならない時でも、仮に一人位休んでもgroupとしては存続します。
 一人でやる趣味は自由な反面、〔中略〕「別にやめてもいいかな」ということになったりしがちです。〔後略〕

★側頭葉に血を送るには、「記憶」を文章化する★P.242
〔前略〕私達は、視覚や聴覚等の感覚器官で対象を捉えると、それは脳の海馬に短期記憶として記憶されます。しかし、それが、記憶として固定される前に、雑念や心配事が起きたり、電話が鳴ったりして余計な刺激が加わると、忘れて仕舞います。
 其処を巧くclearして、長期の記憶になったとしても、記憶の回路を繰り返し刺激して遣らないと、矢張り、記憶はどんどん薄れていきます。つまり、思い出すことが少ない記憶は次第に曖昧な記憶になり、消えていくのです。
 ですから、学生時代、単語帳片手に必死に暗記した英単語や、苦労して覚えた数学の公式等を忘れて仕舞うのでしょう。覚えたつもりになった記憶も、使わなければ忘れるのです。
 この反芻作業は、記憶を留める為にとても有効です。例えば、同窓会等で、故郷を離れて暮らしていた人が、他の人より昔のことをよく覚えていることがあります。これも、彼が一人で、最近の雑事に紛らわされず、昔のことを何ども反芻しているからだと思われます。
 この様に、記憶は、思い出す度に強化されます。ですから、その思い出す作業を自然に出来る様なことを習慣づければ、側頭葉の血流量も増える筈です。
 その意味では〔中略〕日記に書いておくことは、記憶に留まり易いと思います。しかも、日記帳を開くと、自然に以前の記憶を読むことになり、記憶の回路を刺激しますから、記憶が定着し易いのです。

★トラブルを楽しむ「発想」の転換が、脳を生き生きさせる★P.245
〔前略〕降りかかって来たtroubleをどう受け止めるかで、ボケるかボケないかの分かれ道になります。〔中略〕
 むしろtroubleのない人生は人間を老化させるものだと思い直すことです。〔中略〕
 Canadaの生理学者ハンス・セリエ博士は、stressを「良いstress」と「悪いstress」に分け、いい受け止め方をすればそれは「良いstress」となって、脳を活性化させてくれるものになると言いました。
 そして「stressは人生のspice」であるとさえ言いました。Spiceの効いていない料理が味気ないのと同じで、ピリッとした刺激のない人生は味気なく、喜びを感じることもないのです。〔中略〕
 少々のstressやtroubleは、人生の「thrillとsuspense」位に考えて、むしろ面白がって立ち向かうことで、その解決に向けて、脳は活発に動き始めるのです。〔了〕

【後記】小生、好奇心を大切にし、趣味に注力している。又、記憶力の低下は、毎週のこの【2637の会】《会報》をblogとして保存していることで防いでいる。Troubleを楽しむ「発想」の転換は、日頃から心掛けており、positive thinkingで決して悲観しない様に考え方を切り替えている。
 P.P.K.運動を実践して、家族に迷惑をかけない様に生涯を閉じたいと思っている。勿論、100歳迄、健常者として、世の中の為に何か役に立つ人間として‥。(^^;

 ではまた‥(了)

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