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2014年1月の4件の記事

2014年1月26日 (日)

【時習26回3-7の会 0483】~「01月24日現在:時習26回生卒業40周年記念懇親会in 京都2014‥第1回『案内状』response状況」「01月15日:山種美術館『かわいい』&横浜美術館『下村観山』」「01月16日:名古屋ボストン美術館『浮世絵名品展 第三弾【北斎】』」「01月18日:三岸節子美術館『三岸節子 装丁に見る画業』&メナード美術館『春に恋して』&名都美術館『上村松園の魅力』&古川美術館『富士山世界遺産登録記念 麗しの日本』」「伊の名指揮者 クラウディオ・アバド01月20日死去」

■皆さん、相変わらず寒い日が続いていますね。今泉悟です。《会報》【0483】号をお届けします。
 今日もまず、掲題・副題にあります様に、昨日01月24日(金)現在の「時習26回生卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」‥第1回『案内状』のresponse状況です。前《会報》をお届けしてから今日迄に、長谷川K男君【3】と二橋Y彦君【7】からe-mailを頂戴しました。

 〔以下、class順、五十音順、敬称略〕
 ◎1 参加する‥00人/累計61人
 ○2 参加する方向で考える‥00人/累計39人
 △3 まだ先のことなので何とも言えない‥01人/累計46人
 ・長谷川国男【3】△
 ×4 前年ながら参加できない‥01人/累計53人
 ・二橋保彦【7】×
 ■5 宛先不明により返却‥00人/12人
 ◆6 物故者であることが判明‥00人/02人」
【合計】213人
 今回は、前回とあまり変わりありませんのでクラス別一覧はお休みします。

 我等が【2637の会】membersでは、二橋君からmailを頂戴しました。
 ◎1 井上君・渡辺さん・山中(高木)さん・菰田君・林(K)さん・竹内君・小生‥7人
 ○2 伊東君‥1人
 △3 太田君・伊庭さん・彦坂君・千賀君‥4人
 ×4 犬飼さん・中村君・中山君・夏目君・守田君・山田君・下浦(原田)さん・鈴木(雄)君・二橋君‥9人
【合計】21人の皆さんから返信ハガキ(mail)を頂戴しています。

 毎回同じお願いで恐縮です。
 まだ返信ハガキを出状されていない【2637の会】membersの皆さん、返信ハガキor返信mailを投函or送信して下さい。

■さて今日の話題です。
 掲題・副題にあります様に以下の7つの美術館を矢継早に巡って来ましたのでご報告致します。
※ ①②は、仕事で勤務先の取引銀行他に年始挨拶に行った帰りに立ち寄った時もの‥
 ①01月15日:山種美術館『かわいい/日本美術‥若冲・栖鳳・松園から熊谷守一まで』展    
 ②同上:横浜美術館『生誕140周年記念/下村観山』展

※ ③は、仕事で名古屋の取引先に年始挨拶に行った帰りに立ち寄った時のもの‥
 ③01月16日:名古屋ボストン美術館『ボストン美術館/浮世絵名品展 第三弾【北斎】』展

※ ④⑤⑥⑦は、私用で名古屋に車で出かけた折、立ち寄ったもの‥
 ④01月18日:一宮市三岸節子記念美術館『三岸節子/装丁に見る画業』展
 ⑤同上:メナード美術館 所蔵企画展『春に恋して』展
 ⑥同上:名都美術館『上村松園の魅力/本画と下絵を一堂に』展
 ⑦同上:古川美術館『富士山世界遺産登録記念展/【麗しの日本】』展

【①山種美術館『かわいい/日本美術‥若冲・栖鳳・松園から熊谷守一まで』展】
[01]山種美術館入口の案内看板
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[02]奥村土牛『鹿』1968年
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 鹿は初夏に子供を産む。その季節に最も毛並の艶が良くなると聴いた土牛は、奈良に出向いて鹿の親子を描いたという。
[03]山口華楊『木精』1976年
 031976

 京都北野天満宮にある樹齢400年の老欅(ケヤキ)を描いた作品。静けさを強調する為に、以前飼っていた木菟を添えたという。

【②横浜美術館『強い短140周年記念/下村観山』展】
 下村観山(1873-1930)は、紀州徳川家に仕える能楽師の家に生まれた。幼少時、狩野芳崖(1828-1888)・橋本雅邦(1935-1908)に師事。
 1889年 東京美術学校日本画科第一期生として入学。同期生横山大観、一期後輩の菱田春草と共に、校長 岡倉天心(1862-1913)の薫陶を受けた。
 東京美術学校卒業後は同校助教授となるが、岡倉天心排斥の騒動を機に辞職。日本美術院創立に参画。横山・下村・菱田は「日本美術院の三羽烏」呼ばれ活躍。
 彼は、やまと絵の流麗な線描と色彩を基調に、英国留学(‥英1903.04-1905.03→04月より仏独墺伊仏と巡り10月Marseille発‥)仕込の西洋画も織り交ぜた、彼独自の気品ある画風を確立した。

[04]横浜美術館入口の案内看板
 04

[05]横浜美術館(正面)の左手(南側)奥に聳えるランドマーク
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[06]横浜美術館『下村観山』展leaflet 写真は下村観山『小倉山』(右隻)1909年
 06leaflet_1909

 小倉百人一首26「小倉山 峰のもみぢ葉 こころあらば 今ひとたびの みゆき待たなむ」と詠んだ貞信公(藤原忠平(880-949))の歌をthemeに描かれた。右隻中央に座しているのが貞信公とされる。気品漂う名画である。

【③名古屋ボストン美術館『ボストン美術館/浮世絵名品展 第三弾【北斎】展】
 本展は、葛飾北斎(1760-1849)の浮世絵版画・肉筆画・版本等約140点を展覧。
 「冨嶽三十六景」の名作を中心に北斎の全生涯に於ける画業を紹介している。
 「冨嶽三十六景」の中では、勿論、超名品「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」が展示されていたが、今回は以下の2点をご紹介する。
 『紫陽花に燕』は、一見地味に見えるが気品があっていい。
 『三曲合奏図』は、明治以降の美人画、上村松園(1875-1949)・鏑木清方(1878-1972)・伊東深水(1898-1972)・伊藤小坡(1877-1968)へ繋がる源流と言って可笑しくない。気品と躍動感に溢れる傑作だと思う。

[07]葛飾北斎『紫陽花に燕』1833-34(天保4-5)年頃
 0718333445

[08]葛飾応為『三曲合奏図』1844-48年(弘化年間)頃
 08184448

【④一宮市三岸節子記念美術館『三岸節子/装丁に見る画業』展】
 この日の「三岸節子記念美術館」は常設展であったが、彼女の絵が見たくなって、豊橋から尾張一宮市〔旧尾西市〕にある彼女を記念した美術館を訪れた。彼女の絵は、極端にdeformerされているが、抽象画ではない。絶妙な構図と秀でた色彩感覚が見る者を捉えて離さない。

[09]三岸節子『Bourgogneのブドー畑』1979年
 09bourgogne1979

[10]三岸節子『花』1989年
 101989

【⑤メナード美術館 所蔵企画展『春に恋して』展】
 三岸節子記念美術館から南へ20kmちょっと、車で30分も行くとメナード美術館である。
 Leafletの絵にもある熊谷守一の絵は、ちょっと見ただけでは、ふざけた絵の様に見えて仕舞う。
 が、何回か見ていると、実にいい。
 山種美術館の現在開催中のthemeにもちゃんと『かわいい/日本美術‥若冲・栖鳳・松園から熊谷守一まで』展と紹介されている。
 愛知県美術館に木村定三collectionとして最大規模の美術品を遺贈〔‥当時時価総額400億円以上と言われる‥〕した木村定三(1913-2003)氏が、熊谷守一の作品を高く評価して数多くの作品を収蔵している。
 絵が好きな小生の親父も「熊谷守一は大好きだ」という。
 確かに、deformerされた彼の絵は、見る者を、オッと思わせるたり、流石だと唸らせる巧みな構図で魅了する。

[11]メナード美術館『春に恋して』展leaflet/写真の絵は熊谷守一『上向の裸婦』1953年
 11leaflet1953

[12]Maurice Denis『Dance』1905年頃
 12maurice_denisdance1905

[13]熊谷守一『蔵王』1960年
 131960

[14]橋本明治『銀扇』1969年
 141969
 橋本明治の芸妓の絵は、彼のoriginalityが発揮され、スッキリした絵でいつ見ても気持ちが良い。

【⑥名都美術館『上村松園の魅力/本画と下絵を一堂に』展】
 上村松園の絵は、いつ何処で見ても、気品が漂う名画ばかりである。
 下絵を見て本画を見ると、彼女の手抜きのない真摯な絵に対する姿勢が確り伝わって来る。
 小生は、絵を描くのも好きであるが、「彼女の様に几帳面に、そして巧く絵を描くなんてとても出来ない」と痛感した。
 流石にに日本初の女性の文化勲章受賞者である。
 彼女の上品な絵を見ていると、心まで洗われる気持ちがして実に心地良い。

[15]名都美術館『上村松園の魅力(本画と下絵を一堂に)』展leaflet/写真の絵は右『花がたみ』1915年 左『人生の
花』1899年
 15leaflet1915_1899

[16]上村松園『わか葉』1940年
 161940

【⑦古川美術館『富士山世界遺産登録記念展/【麗しの日本】』展】
 この日最後の美術館は、古川美術館である。
 日本画を中心に、色々な富士山が展示されていた。
 本店のthemeとは違うが本美術館shopで面白い発見をした。
 Postcardを見ていたら、古川美術館所蔵作品として伊東深水『春雪』があった。
 丁度その日、メナード美術館で同じく伊東深水『春雪』を見たばかりである古川美術館の『春雪』の方が淡い色で描かれていたが‥。

[17]古川美術館『麗しの日本』展leaflet/写真の絵は‥
 上:横山大観『三保之富士・松原』(部分・一部加工)1917年
 右中:田渕俊夫『鳳凰堂』(部分)1985年
 右下:堂本印象『寧楽』(部分)1933年
 左下:竹内栖鳳『富嶽』(部分)
 17leaflet

[18]川合玉堂『田子浦』
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【小生comment】
 名画ってホント、いいですね!(^-')b♪

■01月20日、イタリアの名指揮者 クラウディオ・アバド( Claudio Abbado (1933.06.26-2014.01.20))が01月20日に死去した。享年80歳。

[19]晩年のクラウディオ・アバド
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[20]小康を取り戻した頃のクラウディオ・アバド
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[21]若き日のアバド
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 アバドの思い出と言えば、前にお話したことがあるが、小生、昭和48年3月の高校三年になる直前の春休みに、小・中・高校と同窓同期の松岡M君【3-1】と、彼の指揮でウィーン・フィルの演奏会を名古屋市金山にある市民文化会館大ホールに聴きに行った思い出がある。
 アバドは、1933年生まれだから演奏会当時はまだ44歳。Dandyな映画俳優みたいで恰好も良く、勿論、力量は超一流。以来ずっと好きな指揮者である。
 当時から、カラヤンの次にclassic音楽界をleadする指揮者は、クラウディオ・アバドか、今、日経新聞の私の履歴書を執筆中の我国を代表する「小澤征爾(1935.09.01-)」か、インド・ムンバイ(Mumbai)出身の「ズービン・メータ(Zubin Mehta)1936.04.29)」の3人の中のいずれかだと評価の高かった指揮者の巨匠である。
 彼の演奏は、いずれの曲もsmartで安心して聞いていられる。
 比較的最近では、彼が2000年05月と2001年02月にBerlin P.O.を指揮したBeethovenの交響曲全集のDVDよく聞いている。
 なかなかいい演奏である。
 彼の安らかなるご冥福を祈る。

【後記】今の時節に相応しい万葉集の歌を一首ご紹介してお別れします。

 うち靡(なび)く 春を近みか ぬばたまの
   今宵の月夜(つくよ) 霞みたるらむ
    大蔵大輔(だいぶ)甘南備伊香真人(かむなびの いかご まひと)

【意】(うちなびく)春が近い所為だろうか (ぬばたまの)今宵の月は 朧月夜であるよ
【解説】この歌は、天平宝字元(757)年12月18日、三形王(みかたのおおきみ)の宴席での詠歌
 うち靡く:枕詞。春になると、草木の枝葉が伸び広がる様子から「春」に、草が靡く様子から「草」「黒髪」に掛かる。
 ぬばたまの:枕詞。「射干玉(ぬばたま)」の実が黒いことから「黒」「髪」「夜」「夕べ」「今宵」に、転じて「妹(いも)」「夢」「月」等に掛かる。
[22]ヌバタマの実
 22

[23]ヌバタマの花
 23

※ ヌバタマはヒオウギ(檜扇 学名:Iris domestica)。アヤメ科アヤメ属の多年草。

 月夜:此処では「月」そのものを指している

 温かい春が待ち遠しいですね‥。
 では、また‥。(了)

2014年1月19日 (日)

【時習26回3-7の会 0482】~「01月18日現在:時習26回生卒業40周年記念懇親会in 京都2014‥■第1回『案内状』のresponse状況■」「01月11日:杉本美術館『杉本健吉没後10年/記念作品展Ⅲ(1951-2004)/生涯現役』展&豊田市美術館『愛・知のrealism/宮脇晴の周辺』展&トヨタ記念館/鞍ヶ池art salon『いま、芽ばえのとき/春への足音』展を見て」「島田和幸『生涯、詰まらない、切れない/強い血管の作り方』を読んで」「高適『人日寄杜二拾遺』」

■皆さん、この処大変寒い日が続いていますが、お元気でお過ごしすか、今泉悟です。
 寒いのは当然です。時節は明日20日は二十四節気でいう『大寒』。一年中で一番寒い時節ですから‥。
 《会報》【0482】号をお届けします。
 今日もまず、掲題・副題にあります様に、昨日01月18日(土)現在の「時習26回生卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」‥第1回『案内状』のresponse状況です。前《会報》をお届けしてから今日迄に、千賀S始君【7】と福井E輔君からe-mailを頂戴しました。

 〔以下、class順、五十音順、敬称略〕
 ◎1 参加する‥01人/累計61人
 ・福井E輔【9】◎〔もう完全に出席表明してあるつもりです〕
 ○2 参加する方向で考える‥00人/累計39人
 ∴‥◎1《61人》+○2《39人》の累計【100人】‥
 今回「1参加する」と「2参加の方向で考える」を合わせ、遂に【100】人になりました。
 嬉しいですね!!(^-')b♪

 △3 まだ先のことなので何とも言えない‥01人/累計45人
 ・千賀S始【7】△〔△でお願いします〕
 ×4 前年ながら参加できない‥00人/累計52人

 これで学年全体では「◎1 出席する61人」「○2 出席する方向で考える‥39人」「△3 まだ先のことなので何とも言えない‥45人」「×4 残念ながら参加できない‥52人」「■5 宛先不明により返却‥12人」「◆6 物故者であることが判明‥2人」の計211人となりました。
 以下に、01月18日(土)現在の【◎1+○2+△3=145人】のクラス別一覧をお示しします。

〔以下、到着順・五十音順、敬称略〕
【◎1 参加する‥61人】
【1】榊原・鈴木(斎藤)・西沢・早川・細井・山田‥6人
【2】織田(亀井)・菅沼・鈴木(Y)・中嶋(Y)・斉藤(夏目)・柳田(鈴木)・中嶌‥7人
【3】井垣・市原・谷山・原口‥4人
【4】前田・金子・北川・芳村・田中(中島)・岩瀬・澤田(丸山)‥7人
【5】鈴木(杉浦)・平田(倉内)・白井(N)・山本・松岡‥5人
【6】水藤・吉福(小出)・大谷・黒柳・鈴木(M)・安田(加藤)・嘉森・山本(YS)‥8人
【7】井上・今泉・渡辺・山中(高木)・菰田・林(K)・竹内‥7人
【8】小野・杉浦・筒井(波多野)・長坂(山口)・安井・矢野‥6人
【9】杉原(小林)・鈴木(裕)・林・酒井・和泉(不破)・丸山・福井‥7人
【10】今泉・黒柳・武野・太田‥4人

【○2 参加する方向で考える‥39人】
【1】菰田(中澤)‥1人
【2】中村・繁田(林)・森田・田村・大矢・井澤‥6人
【3】天野(山本)・庭山・中嶋・小林‥4人
【4】前田(平松)・中島(六峰)‥2人
【5】小椋・中島‥2人
【6】今泉(伴野)・澤井・林・山田(Y)・有留・鈴木(金澤)・山本(R)‥7人
【7】伊東‥1人
【8】鈴木(Y)・三田・宮路・波田野・三輪(小栗)‥5人
【9】竹中(千田)・加藤(神野)・長谷川・鈴木(久)・西野‥5人
【10】小林(杉浦)・高山・手塚・水沼(坂寄)・葉山・岸田(石田)‥6人

【△3 まだ先のことなので何とも言えない‥45人】
【1】熊谷・鈴木(Y)・竹内(小笠原)・長谷川・浅沼・土方(小石)‥6人
【2】杉浦・熊谷(伊奈)‥2人
【3】窪田・小林(石河)・岡田(伊藤)・伊藤(鈴木)・杢野(井上)・西尾‥6人
【4】日比・岩手・黒柳(鈴川)・高木(河合)・森川‥5人
【5】松野尾・鳥居(河合)弘子・北川・松尾・花井‥5人
【6】‥0人
【7】太田・伊庭・彦坂・千賀‥4人
【8】荒川・伊藤(H)・内藤・河合((H)×?)・柴田‥5人
【9】青木・白井・渡辺・小林(内田)・本多・中西・井上’・兵藤‥8人
【10】鈴木(M)・相楽・朝倉‥3人
【?】氏名無記名にて不明‥1人
《◎1(61人)+○2(39人)+△3(45人)=145人》

 因みに、我等が【2637の会】membersでは、千賀省始君からmailを頂戴し、「井上君・渡辺さん・山中(高木)さん・菰田君・林(K)さん・竹内君・小生‥◎」「伊東君‥○」「太田君・伊庭さん・彦坂君・千賀君‥△」「犬飼さん・中村君・中山君・夏目君・守田君・山田君・下浦(原田)さん・鈴木(雄)君‥×」の計20人の皆さんから返事を頂戴しています。

 まだ返信ハガキを出状されていない【2637の会】membersの皆さん、返信ハガキor返信mailを是非共小生宛に投函or送信して下さい。
 お願いします。m(_ _)m

■さて続いての話題です。
 去る01月11日、自家用車で3つの美術館を巡って来ましたのでそのご報告から‥。

【1】最初は、杉本美術館『杉本健吉没後10年/記念作品展Ⅲ(1951-2004)/生涯現役』展である。
 杉本美術館は、杉本健吉(1905-2004)画伯の没後10年を記念しての第三弾(1951-2004)。
 本店は、健吉氏46歳から没年98歳迄の足跡を辿った展覧会。
 健吉氏の後半生の絵は、「牡丹」「文楽人形」「愛犬のvehicle犬『トム』」「国内外の写生画」が中心。

[01]杉本美術館entrance
 01entrance

[02]杉本美術館『杉本健吉没後10年/記念作品展Ⅲ/生涯現役』leaflet 絵は『牡丹園のトム』1986年
 0210leaflet_1986

[03]杉本健吉『角樽に牡丹』1975年
 031975

[04]同『白黒牡丹』1985年
 041985

[05]同『牡丹とトム』1983年
 051983

[06]同『ひまわり(トム)』1987年
 061987

[07]同『敦煌 莫高窟を望む』1981年
 07_1981

【小生comment】
 杉本健吉の絵は、彼が私淑した梅原龍三郎と同様、一見稚拙に見える筆使いだが、微妙で巧みな構図と色彩のbalanceの妙が彼の真骨頂である、と小生は思う。上記作品なんかは、その典型的なものと言える。

【2】続いて2つ目は、豊田市美術館『愛・知のrealism/宮脇晴の周辺』展。
 本展は、豊田市美術館が所蔵する、愛知県が生んだ代表的な洋画家の一人「宮脇晴(みやわき はる(1902-85))」の作品を中心とする。
 彼の画業の出発点に大きな影響を受けた、岸田劉生(1891-1929)等の『草土社』を代表する、中川一政(1893-1991)、木村荘八(1893-1958)、椿貞雄(1896-1957)等の作品や、それに刺激を受け、大澤鉦一郎(1893-1973)を中心に結成された地元愛知の『愛美社』を代表する画家達の作品も多数展示されていた。
 尚、大澤鉦一郎は、宮脇が画業を始める最初期に絵画や人生の先輩・師として大きく感化を受けた人物。

[08]豊田市美術館entranceと本展の看板/絵は 宮崎晴『夜の自画像』1919年
 08entrance_1919

[09]豊田市美術館『愛・知のrealism/宮崎晴の周辺』展 leaflet
 09realism_leaflet

[10]岸田劉生『自画像』1913年
 101913

[11]木村荘八『自画像』1918年
 111918

[12]大澤鉦一郎『壺と果物』1919年
 121919

[13]水野正一(1899-1987)『風景(或る草道)』1919年
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[14]山田睦三郎(1901-1984)『自画像』1922年
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[15]宮脇晴『仲田風景』1922年
 151922

【小生comment】
 岸田劉生と『草土社』の話はよく知られている処であるが、『愛美社』については、小生今回初めて詳しく知ることが出来た。
 本展で紹介されている『愛美社』の作品群の中では、大澤鉦一郎、水野正一、宮脇晴、山田睦三郎の作品が小生大変気に入った。
 因みに、宮脇晴の妻、宮脇綾子(1905-1995)は、2013年6月30日付の本《会報》【0434】号にてご紹介している。
http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/26-045206230622.html ←此処をclickして下さい

【3】3つ目は、トヨタ記念館/鞍ヶ池Art Salon『いま、芽ばえのとき/春への足音』展を見てである。
 トヨタ記念館『鞍ヶ池Art Salon』は、トヨタ自動車が保有する(←‥確認していないので推量だが‥)国内外の名画を、来館者に無料で展覧してくれている。

[16]鞍ヶ池Art Salon『いま、芽ばえのとき/春への足音』展leaflet
 16art_salonleaflet

 本展は、題目の通り、『春への足音』をthemeにしたもので、以下にお示しした出品作品は国内外の傑作23点。

[01]黒田清輝(1866-1924)『庭の雪』1920年
[02]野田弘志(1936-)『白根火山』1989年
[03]カミ―ユ・ピサロ(1830-1903)『エラニ―の眺め』1884年【添付写真[17]】
 17183019031884

 エラニ―は、Pissarroが後半生に暮らしたFrance Paris北西部郊外にある小村。
 温厚な人柄としれ知られるPissaroらしくとても優しく細やかな絵である。

[04]藤田嗣治(1886-1968)『立てる裸婦』1929年
[05]浮田克躬(1930-1989)『北欧の池畔』1973年
[06]金山平三(1883-1964)『春』1952年
[07]岸田劉生(1891-1929)『麗子微笑』1920年
[08]岡田三郎助(1869-1939)『信州【安茂里】』1935年
[09]牛島憲之(1900-1997)『桃の春』1988年
[10]三岸節子(1905-1999)『黄色の花』1968年
[11]石川寅治(とらじ(1875-1964))『早春』1955年【添付写真[18]】
 18187519641955

 石川は、高知県出身の洋画・版画家。1891(明治24)年 上京し、小山正太郎(こやま しょうたろう(1857-1916))の私塾「不同舎」に学んだ
 初期の作品は裸婦・美人画が多かったが、のち印象派等の風景画に移行
 本作は80歳代半ばの作品だが生き生きとした若々しい作品
 1908(大正07)年以降、東京高等師範学校で美術科で教鞭を取る

[12]中川一政(1893-1991)『薔薇』1982年
[13]鬼頭鍋三郎(1899-1982)『木曽路の春』1960年代
[14]伊藤清永(1911-2001)『ばら』1980年頃
[15]田崎広助(1898-1984)『春の阿蘇山』1970年代
[16]鬼頭鍋三郎『舞妓』1970年頃
[17]北川民次(1894-1989)『四月の花』1973年
[18]鍋井克之(1888-1969)『箱根つつじの富士』1964年
[19]カミ―ユ・ボンボワ(仏 1883-1970)『バラの花束』1935年
[20]タマス・ゴロンボス(洪 1939-)『野原の春』1978年
[21]ズデンカ・ティレセク(Czech 1948-)『春』2006年
[22]山羽斌士(1944-)『桃園丘陵【猿投】』1985年
[23]橋本博英(1933-2000)『若葉の眺望』1998年

【小生comment】
 添付写真のピサロと石川寅治の絵は、鞍ヶ池Art Salonを訪れた時必ずアンケート(enquete)を書いてそのお礼として貰うpost cardである。
 今回のenqueteには次の様にcommentしてみた‥
 [01]黒田清輝の作品で本作(『雪の庭』)の様に鮮やかな色彩のものは初めて見た
 [02]野田弘志の作品(『白根火山』)は、まるで3D(three dimensional=「三次元」)の世界に引き込まれた様な衝撃を受けた素晴らしい作品
 [10]三岸節子や[12]中川一政の静物画は、いつ見ても見る者の期待を裏切らない
 [13]鬼頭鍋三郎『木曽路の春』は、大変勢いのある、見ていて本当に気持ちが良くなる絵で、彼が得意とする[16]『舞妓』の絵もいいが、今日はいつもと違う鍋三郎の一面を発見した
 [14]伊藤清永(『ばら』)や[17]北川民次(『四月の花』)の花は、彼等の画風その儘に書かれていて魅力的である
 そして、enqueteの「一番気に入った作品は?」という質問には、[02]野田弘志『白根火山』を選んだ。
 野田弘志氏は、「写真画」の泰斗で、我等が時習館の先輩(時習07回卒)に当たる。

■さて今日最後の話題は、最近読んだ島田和幸著『生涯、詰まらない、切れない/強い血管の作り方』をご紹介します。

[19]島田和幸『生涯、詰まらない、切れない/強い血管の作り方』
 19

 島田氏の経歴は以下の通り。
 1973年 東京大学医学部卒業
 1975年 東京大学第三内科(循環器研究室)入局
 1978年 米国タフツ大学、New England Medical Center
 1981年 高知医科大学老年病科講師
 1991年 自治医科大学循環器内科教授
 1997年 自治医科大学附属病院副病院長
 2001年 自治医科大学内科学講座主任教授
 2006年 自治医科大学附属病院病院長
 2012年 小山市民病院長 現任

 とても内容を理解し易い本で、実践も難しくない「『強い血管』を作って心身共に若さを保つ」為のhow to本である。
 氏は言う。「『血管の老化』は、動脈を徐々に細くしていく『動脈硬化』→『高血圧』→『糖尿病』へと静かに進行。
 そして、ある時突然血管が詰まったり切れたりすることで、心筋梗塞や脳梗塞、脳出血を発症する。
 これを防ぐ為に「『強い血管』を作る」ことが大切で、「『強い血管』を作る」ことはいつからでも出来る。
「気づいた時が始め時」。
 以下、本書の中のessenceをご紹介したい。

☆若さを保つ秘訣は血管にあった! P.18

☆食習慣を変えて『強い血管』をつくる
 ‥→・ズバリ、血管の老化は55歳から始まる P.31
 ‥→・老化に伴い、血管が弾力性を失い、血圧は上昇する
【「血管の老化」要因】塩分&calorie多い食習慣、歩かない生活〔=運動不足〕P.32

☆生活習慣の改善が「血管の老化」を防ぐ3つの方法
 ‥→・1「禁煙」+2「『血管の老化』を防ぐ食生活」+3「運動」p.37
【『血管の老化』を防ぐ食材】
1「魚」=良質な蛋白質とDHA・EPAも豊富・←‥cholesterolや中性脂肪を減らし血液をサラサラにする P.42
2「大豆」=植物性蛋白質の宝庫(=畑のお肉)・←‥大豆蛋白はcholesterol、中性脂肪、体脂肪を下げる P.46
3「野菜」=kalium、抗酸化作用がたっぷり・←‥tomato・モロヘイヤ・南瓜など色の濃い野菜 P.50
4「果物」=vitaminや食物繊維が丸毎とれる・←‥丸毎確り噛んで食べる
5「酢」=料理にも飲料にも使える万能調味料
6「必須mineral」で塩分を体外に出す P.90
7「食物繊維」で塩分を体外に出し、蛋白質で血管を強化 P,94

☆毎日の生活に「運動」を採り入れて「血管」を鍛えよう!
1「筋肉」を作り、鍛えることが「強い血管」を作る・←‥適度な運動は血流を良くして「内皮(ないひ)細胞」を活性化させ、鍛える P.122※
 ※ 内膜・中膜・外膜の三層構造になっている血管は、内膜(ないまく)に血液に接して居る「内皮細胞」という組織がる
  この「内皮細胞」が血圧・血流を感知して情報を流す
  その情報中で、一酸化窒素が重要で血液を送り出す働きをし、血管を詰まり難くしている
  「内皮細胞」が活性化されることに拠り、一酸化窒素がキチンと出て血管の若さが保たれる
2「運動」の中でも「有酸素運動」が効果的・←‥身体を動かし続けることが「内皮細胞」を鍛え「強い血管」を作ることになる P,123
 ‥→・人間の身体は、筋肉を鍛え、筋肉を増やし乍ら成長していく=「筋肉」を使って全身の血管を働かせることで「強い血管」になる P.124
 ‥→・「筋肉」を鍛えることが、血管の働きを活発にして、plusのcycleを生み出す=「毎日の生活」に、無理なく「運動」を採り入れる P.125

【小生comment】本書は、このあと簡単に出来る「stretch」「walking」「筋肉training」を図入りで紹介している。
 そして、「血圧・食事・運動・健康カルテ」の例示と記入の仕方迄紹介している。
 カルテをきちんと記入するのに抵抗感ある人は、取り敢えずカルテなしでもいいと思う。
 要は、「無理せず継続すること」が重要で、正に「継続は力なり」。
 そして、「『健全ない肉体』に『健全な精神』は宿る!」と確信して10年先を見据えて継続し続けて行きたい。

【後記】昨年末にお届した本《会報》【0479】の【後記】にて年末を詠った『除夜作』作者、高適(こうせき)をご紹介させて頂いた。
 今日はその高適(こうせき)が、年初正月7日の「人日(じんじつ)」に因んだ作品〔【七言古詩】〕を作っているのでこれをご紹介してお別れします。

  人日寄杜二拾遺  高適

 人日題詩寄草堂
 遙憐故人思故郷
 柳條弄色不忍見
 梅花滿枝空斷腸
 身在南蕃無所預
 心懷百憂復千慮
 今年人日空相憶
 明年人日知何處
 一臥東山三十春
 豈知書劍老風塵
 龍鐘還忝二千石
 愧爾東西南北人

 ※ ※ ※ ※ ※

  人日(じんじつ) 杜二(とじ)拾遺(しゅうい)に寄す

 人日 詩を題して 草堂に寄す
 遙かに憐れむ 故人 故鄕を思ふを
 柳條 色を弄(ろう)して 見るに忍びず
 梅花 枝に満ちて 空しく断腸
 身は 南蕃(なんばん)に在りて 預る所 無く
 心に懐(おも)ふ 百憂(ひゃくゆう) 復(ま)た 千慮(せんりょ)
 今年(こんねん) 人日 空しく 相(あい)憶(おも)ひ
 明年 人日 知んぬ何れの処(ところ)ぞ
 一たび東山(とうざん)に臥(ふ)して 三十春(さんじっしゅん)
 豈(あ)に知らんや 書剣 風塵に老いん
 龍鐘(りょうしょう) 還(ま)た 忝(かたじ)けなくす 二千石(せき)
 愧(は)ず 爾(なんじ) 東西南北の人

【意】今日、正月「人日」の節句に、この詩を作り、成都の「浣花(かんか)草堂」に居る君(←杜甫)に送る
 旧友である君が故郷を思うその心を、遥か遠くから私は心より同情する
 柳のしなやかな枝が、早春の美しい浅緑色を揺れ動かしているのも、憂いに満ちた君の心だと思うと見るに忍びない
 梅の花が枝一杯に咲き誇っているのも、ただ腸(はらわた)が千切れんばかりに哀しく感じられるばかりである
 我が身は今南方の蕃国にあって、中央の政治に預かることもないので
 心に抱くのは百の憂い、また千の慮(おもんぱか)りばかりである
 今年の「人日」には、君に会えなかったので、ただ空しく君のことを思い遣っている
 来年の「人日」には、果してお互いに一体何処に居ることだろう
 嘗て私は、晋国の謝安の様に(‥任侠の人として‥)東山で悠々自適の日々を送ったが、あれから既に三十年が経った
 あの頃は思いもしなかった、私の学問も武芸も、俗世間の柵(しがらみ)の中に既に朽ちていようとは
 老いさらばえて(=龍鐘)、私はまだ地方長官の禄を食んでいる
 東西南北に自由に放浪している無位無官の君に恥ずかしく思っている

【解説】高適(707-765)は盛唐の詩人
 少年時代の不遇を努力により挽回し、政治・軍事両面で活躍し、各地の刺史(=長官)となった
 辺塞詩人としても知られる
 任侠の人で、李白(701-762)、杜甫(712-770)とも親交あり、唐代の詩人として大成した唯一の人と言われる

 「人日寄杜二拾遺」
 高適は、「人日(=1月7日)※」に杜甫にこの詩を送った
 ※「人日」:当時、旧暦正月の第七日目(陰暦正月七日)を「人の日」の節句として祝った
 日本に於ける「七草粥」の起源でもある
 高適は760(上元2)年 蜀州刺史就任
 友人である杜甫が蜀州近くの成都に住んでいることを知った高適は、彼が亡くなる(765年)迄の5年間杜甫を庇護した
 杜二拾遺:「杜」=杜甫。「二」=排行※
 ※「排行(はいこう)」:輩行ともいう。中国で一族中の同世代の人々を年齢順に数字をつけて呼ぶ
 したがって、「杜二」ならば「杜家の二番目の者」ということになる
 「拾遺」=唐代の官名で、天子を諫める役
 杜甫は、757年 皇帝粛宗から左拾遺の官位を授けられた
 だが、杜甫は、謹厳実直な性格から出る彼の直言は皇帝から疎まれ、長くは務まらず、流浪の旅に出た
 高適がこの詩を杜甫に送った当時は、杜甫は高適からの庇護を受け、比較的平穏な日々を送ることが出来た
 しかし、高適の死と共に庇護もなくなり、杜甫は再び放浪の旅に出て長江を下り、その5年後没した

【小生comment】
 この詩を詠むと、高適と杜甫の友情(‥とくに高適の杜甫に対する厚情‥)を感じるが、それより「人生の空しさ」が小生にはより強く迫って来る。
 雌伏していた若き時代の苦しさ・辛さを知り尽くした高適の、杜氏という名家の出で著名な詩人であり乍ら不遇にある杜甫への厚い友情は、実に清廉であって、小生、この詩を読む度にいつも心が打たれる。

 では、また‥。(了)

2014年1月11日 (土)

【時習26回3-7の会 0481】~「01月11日現在:時習26回生卒業40周年記念懇親会in 京都2014‥■第1回『案内状』のresponse状況■」「01月05日:愛知県芸術劇場concert hall『New Year Concert 2014 ‥ Symphonie-Orchester der Wien』を聴いて」「同:愛知県美術館『戦後愛知のart 70年の歩み‥アイチのチカラ』展を見て」

■皆さん、毎日大変寒い日が続いていますが、恙無くお過ごしすか、今泉悟です。
《会報》【0481】号をお届けします。
 今日もまず、掲題・副題にあります様に、今日01月11日(土)現在の「時習26回生卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」‥第1回『案内状』のresponse状況です。前《会報》をお届けしたから今日迄に、高田N彦君【5】からの返信ハガキと白倉T夫君【2】からのe-mailを頂戴しました。
 お二人共、今回は「×4 残念ながら参加できない」旨の回答を頂戴しました。残念ですね。
 〔以下、class順、五十音順、敬称略〕

 ◎1 参加する‥00人/累計60人
 ○2 参加する方向で考える‥00人/累計39人
 △3 まだ先のことなので何とも言えない‥00人/累計44人

 ×4 前年ながら参加できない‥02人/累計52人
 ・白倉T夫【2】×〔2組 白倉哲夫 です。/明けましておめでとうございます。事務局ご苦労様です。
  毎回のメーリングリスト、時として、毎日のアップデート 大変だな と思いながらも、「あいつが加わった、こいつもだ」と楽しみに見ています。
  さて、時習26回生卒業40周年記念懇親会 in 京都2014 ですが、出欠者に私の名前が無いことを発見したので、メールしています。
  残念ながら、欠席でお願いします。/往復はがきが来ていたのかもしれませんが、それすら失念しています‥‥
  このごろ、「これは もう少し考えて」と保留したことを、そのまま忘れてしまうことがあります。
  加齢への恐怖です。
  今年もよろしくお願いします。〕
 ・高田N彦【5】×〔返事が遅くなり申し訳ありませんでした。どうしても日程が合わず不参加とさせて頂きます。よろしくお願いします〕

 これで学年全体では「◎1 出席する60人」「○2 出席する方向で考える‥39人」「△3 まだ先のことなので何とも言えない‥44人」「×4 残念ながら参加できない‥52人」「■5 宛先不明により返却‥12人」「◆6 物故者であることが判明‥2人」の計209人となりました。
 今日01月11日(土)現在の【◎1 参加する】【○2 参加する方向で考える】【△3 まだ先のことなので何とも言えない】の状況は、前《会報》と変わりありませんので、今回は「クラス別一覧」は省略します。
 因みに、我等が【2637の会】membersも、この一週間はresponseがありません。

 まだ返信ハガキを出状されていない【2637の会】membersの皆さん、返信ハガキを是非共小生宛に投函して下さい。
 お願いします。m(_ _)m

■さて続いての話題です。
 去る01月05日、愛知県芸術劇場concert hallにて開催された『New Year Concert 2014 ‥ Symphonie-Orchester der Wien』を聴いて来ましたので、その模様をお伝えします。

[01]愛知県芸術劇場『New Year Concert 2014 ‥ Symphonie-Orchester der Wien』leaflet
 01new_year_concer_2014orchester_de

[02]同上program
 02program

 演奏曲目は、添付写真に掲載されている全15曲と、encore曲 03曲。
 Encore曲は、以下の通り
 ①J. StraussⅡ /Polka『Hungary万歳!』
 ②Verdi『乾杯の歌』(歌劇「椿姫」)
 ③J. StraussⅠ『ラデツキ―行進曲』

 日本に居乍らにして、waltzやpolkaの本場Wienの音楽を存分に楽しめた愉快なconcertであった。
 Soprano歌手 シピ―ヴェ・マッケンジーと、Tenor歌手 メルツァード・モンタゼ―リのsolo曲が2曲ずつ、2人のduet 2曲。
 そして、男女2組のdancerに拠る円舞曲&gallop 5曲もあり、visual & audible共に楽しめたのが良かった。
 残りの純orchestra曲の4曲のうちの2曲は、第1 flute奏者ヴィルギット・ラムズルと、指揮者オーラ・ル―ドナーのviolin独奏の妙を楽しめた。
 残り2曲はいずれも「序曲」。うちスッペの『軽騎兵』は、小中学校の徒競争で定番となっている超有名な曲で底抜けに楽しい曲であった。
 正月休みの最終日の午後1時半からの2時間余り、至福の時間を堪能することが出来た。

■さて今日最後の話題は、上記の愛知県芸術劇場と同じ建物「愛知県芸術文化センター」の10階にある愛知県美術館で開催中の『戦後愛知のart 70年の歩み‥アイチのチカラ』展を、concert終了後、美術館の閉館時間迄まだ時間があったので見て来た。入館料が1coin(=@500円)と手頃で、展示作品も、地元愛知県で活躍した(‥或いは現在も活躍中の‥)著名画家達の作品展で、大変中身の濃い良質な展覧会であった。
 ご当地豊橋を中心とする東三河を代表する画家も、森緑翠・我妻碧宇・星野真吾・中村正義・平川敏夫・大森運夫・高畑郁子等、洩れなく展示されていたのには、同郷の絵画愛好者として、愛知県美術館の文芸員の審美眼と公平性に強い満足感を覚えた。
 1966年に設立された愛知県立芸術大学の初代日本画科主任教授で女流画家の片岡球子(1905-2008)や、同じく同大学学長を務めた島田章三、現学長の松村公嗣、同大学教授を務めた田渕俊夫・小山硬、諸氏の名画も展示されていた。
 添付写真は、本展のleafletと、其処に掲載されている、鬼頭鍋三郎の作品である。
 鬼頭鍋三郎は、京都の芸妓の絵が著名で、本展にもその絵画が展示されていたが、この『マドモワゼルМ』は、本展の白眉だと小生は思う。

[03] 愛知県美術館『戦後愛知のart 70年の歩み‥アイチのチカラ』展leaflet
 03_art_70leaflet

[04]鬼頭鍋三郎『マドモワゼルМ』1954年
 041954

【後記】来週01月14日が、名君の誉れ高い徳川光圀の没後313年の命日(元禄13年12月06日(1701.01.14))に当たる。
 今日は、光圀公が名君となった素地をご紹介したい。

「論語」泰伯 第八は、「子曰く、泰伯(たいはく)は其(そ)れ至徳(しとく)と謂いう可きのみ。三たび天下を以て譲り、民得て称する無なし」で始まる。
「泰伯こそは至徳の人というべきであろう。固辞して位をつがず、三たび天下を譲ったが、人民にはそうした事実をさえ知らせなかった」と訳される。

 泰伯(=太白)は、周王朝の始祖文王(前1152-前1056)の伯父に当たる。
 周王朝の古公亶父(ここう たんぽ)には、泰伯(長男)・虞仲(次男)・季歴(三男)が居た。
 三男季歴は幾つかの瑞祥があって生まれた。
 時が経ち季歴の子として生まれた昌(のちの文王)が更に優れた子であった。
「周王朝を興隆させるのは昌か‥」と言う古公亶父の意を知った泰伯は、季歴に後を継がせる為次弟の虞仲を連れ出奔。
 孔子は、この故事を高く評価した。

 我国日本でも、この故事を高く評価し、かつ実践した人物がいる。水戸家第二代当主徳川光圀(1628-1701)である。
 徳川御三家水戸頼房(1603-61)は、兄尾張義直(1601-50)、紀伊頼宣(1602-1671)に先んじて長男頼重(1622-95)が生まれたことを憚り、嫡子としなかった。
 後年、頼房は、実弟で次男の光圀を嫡子とし、頼重は讃岐高松藩初代藩主 松平頼重となった。
 光圀は、泰伯の故事を踏まえ、兄頼重の嫡子綱方(1648-70)と、その弟綱條(つなえだ(1656-1718))を水戸家の継嗣として迎い入れた。
 実際に水戸家第三代当主を、承継前に亡くなった綱方のあと綱條が継いでいる。
 一方、光圀の実子頼常(1652-1704)は、高松藩主で光圀の兄頼重の養子となり、高松藩主を継いでいる。
 言わば、水戸藩と高松藩の継嗣のtradeをしたことになる。
 以下は、名君についての余談である‥。

 江戸時代初期、名君の誉高い、加賀藩第3代藩主 前田利常(1594-1658)や、肥後熊本藩主 細川忠利(1586-1641)の二人も、水戸光圀と同様、本来世嗣となるべき立場でなかったが、藩主の座に着いた人達である。
 前田利常は、加賀藩祖 前田利家の四男。母は、正室芳春院(まつ)の次女で側室となった寿福院。利家の56歳の時の息子で、利家と芳春院の子で長男(嫡男)利長(1562-1614)に跡継がなく、利長の世嗣となり、第3代藩主となった。
 細川忠利は、細川忠興の三男。豊前小倉藩 第2代藩主。後 肥後熊本藩初代藩主。長兄で世嗣 忠隆が関ヶ原の戦後に廃嫡され、江戸に人質となっていた忠利が、1604年世嗣となる。次兄 興秋は1605年 細川家を出奔し、大坂の陣で豊臣氏に与し、慶長1615年自害。因みに、忠隆・興秋・忠利の三兄弟はいずれも母は玉(ガラシャ夫人)である。

 今日最後の言葉は、有名な、光圀が遺した「九ケ条禁書」の第一条をお贈りしてお別れします。

 一 苦は楽の種 楽は苦の種と知べし

 ※ ※ ※ ※ ※

【追伸】12月28日(土)夕方06時から名古屋駅近くの居酒屋にて、大学弓道部時代のミニ同窓会を開催し、東海4県下の13人が集まった。
 毎年、原則夏と冬に年2回のpaceで、豊橋市内にて「大学弓道部東三河&遠州支部」の同窓会を我々同期を中心に開催している。
 この大学弓道部同窓会も、どういう訳か幹事はいつも小生が務めている。(^^;
 それはさて置き、気の置けない仲間達との語らいは、ホント、楽しいものである。
 予定の二時間半があっという間に過ぎて仕舞った。
 添付写真は、同窓会終了時の記念写真。

[03]大学弓道部時代の同期生7人と1年先輩6人との合同同窓会
 05

 では、また‥。(了)

2014年1月 5日 (日)

【時習26回3-7の会 0480】~「年頭にあたってのご挨拶」「01月05日現在:時習26回生卒業40周年記念懇親会 in 京都2014‥■第1回『案内状』のresponse状況■」「高橋洋一『日本は世界1位の政府資産大国』を読んで」

■皆さん、お元気ですか、今泉悟です。《会報》【0480】号をお届けします。
 先ず以て、「新年明けまして御目出度御座居ます」。今年が皆様にとって素晴らしい年となります様に!

[01]2014年/一般向け『年賀状』
 012014

[02]2014年/【2637の会】members向け『年賀状』
 02

 今年は、60年で1周りする「十干十二支」の『甲馬』。01番「甲子」から31番目‥一日の時間で言えば、丁度「正午」に当たる。
 『甲馬』は、飛躍・変革の年と言われている。
 其処で、歴史を遡って、『甲馬』の年を調べてみた。
 こじつけの様でもあるが、探してみると確かに「革新の年」「新しい時代の担い手&国の出現」の年と思しき事象が起きている。

 1534年 06月23日 織田信長誕生
 1594年 02月27日 仏国王ブルボン王朝始祖アンリ4世(HenriⅣ)戴冠式
 1654年 06月07日 仏国王ルイ14世(LouisⅩⅣ)戴冠式
 1714年 08月01日 独国ハノーファー選帝侯ジョージ1世(GeorgeⅠ)英国王(=現ウィンザー(Windsor)朝の祖)として即位
 1894年 08月01日 日清両国が宣戦布告し「日清戦争」開戦
 2014年 ???

■今日も、掲題・副題にあります様に、今日01月05日(日)現在の「時習26回生卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」‥第1回『案内状』のresponse状況です。前《会報》をお届けしたから今日迄に4通の返信ハガキを頂戴しました(但し、そのうち1通はmailで頂戴したものの重複分です)。
 中嶌T隆君【2】から「○1 参加する」の回答を、【3-2】のclassmate飯田H祥君からのmailで頂戴しました。
 嬉しいですね。!(^-')b♪

 〔以下、class順、五十音順、敬称略〕
 ◎1 参加する‥01人/累計60人
 ・中嶌T隆【2】◎〔小生注:【2】classmate飯田君からのmailの一部をご紹介します‥→・中嶌T隆君から連絡があり、京都旅行の返信を出し損なってしまったけど、参加したいとのことなので次回の連絡してやって下さい。山形からの遠距離参加です。宜しくお願いします〕
 ・菰田K己【7】◎〔小生注:菰田君からは既にmailで出席表明を頂戴している為count済の為今回はcountせず‥→・幹事お疲れ様です。何か手伝うことがあったら言って下さいね〕←‥菰田君、お心遣い有難う!

 ○2 参加する方向で考える‥00人/累計39人

 ∴‥◎1《60人》+○2《39人》の累計【99人】‥

 △3 まだ先のことなので何とも言えない‥00人/累計44人

 ×4 前年ながら参加できない‥03人/累計50人
 ・飯田H祥【2】×〔義父の3回忌と重なってしまい、申し訳ありませんが欠席させていただきます。遅くなりました〕
 ・伊藤K祐【4】×〔申し訳ないですが、今回は欠席でお願いします〕
 ・鈴木Y次【7】×〔返信遅くなって申し訳ありません〕

 これで学年全体では「◎1 出席する60人」「○2 出席する方向で考える‥39人」「△3 まだ先のことなので何とも言えない‥44人」「×4 残念ながら参加できない‥50人」「■5 宛先不明により返却‥12人」「◆6 物故者であることが判明‥2人」の計207人です。
 以下に、01月04日(土)現在の【◎1 参加する】【○2 参加する方向で考える】【△3 まだ先のことなので何とも言えない】のクラス別一覧をお示しします。

【◎1 参加する‥60人】〔以下、到着順・五十音順、敬称略〕
【1】榊原・鈴木(斎藤)・西沢・早川・細井・山田‥6人
【2】織田(亀井)・菅沼・鈴木(Y)・中嶋(Y)・斉藤(夏目)・柳田(鈴木)・中嶌‥7人
【3】井垣・市原・谷山・原口‥4人
【4】前田・金子・北川・芳村・田中(中島)・岩瀬・澤田(丸山)‥7人
【5】鈴木(杉浦)・平田(倉内)・白井(N)・山本・松岡‥5人
【6】水藤・吉福(小出)・大谷・黒柳・鈴木(M)・安田(加藤)・嘉森・山本(YS)‥8人
【7】井上・今泉・渡辺・山中(高木)・菰田・林(K)・竹内‥7人
【8】小野・杉浦・筒井(波多野)・長坂(山口)・安井・矢野‥6人
【9】杉原(小林)・鈴木(裕)・林・酒井・和泉(不破)・丸山・‥6人
【10】今泉・黒柳・武野・太田‥4人

【○2 参加する方向で考える‥39人】
【1】菰田(中澤)‥1人
【2】中村・繁田(林)・森田・田村・大矢・井澤‥6人
【3】天野(山本)・庭山・中嶋・小林‥4人
【4】前田(平松)・中島(六峰)‥2人
【5】小椋・中島‥2人
【6】今泉(伴野)・澤井・林・山田(Y)・有留・鈴木(金澤)・山本(R)‥7人
【7】伊東‥1人
【8】鈴木(Y)・三田・宮路・波田野・三輪(小栗)‥5人
【9】竹中(千田)・加藤(神野)・長谷川・鈴木(久)・西野‥5人
【10】小林(杉浦)・高山・手塚・水沼(坂寄)・葉山・岸田(石田)‥6人

【△3 まだ先のことなので何とも言えない‥44人】
【1】熊谷・鈴木(Y)・竹内(小笠原)・長谷川・浅沼・土方(小石)‥6人
【2】杉浦・熊谷(伊奈)‥2人
【3】窪田・小林(石河)・岡田(伊藤)・伊藤(鈴木)・杢野(井上)・西尾‥6人
【4】日比・岩手・黒柳(鈴川)・高木(河合)・森川‥5人
【5】松野尾・鳥居(河合)弘子・北川・松尾・花井‥5人
【6】‥0人
【7】太田・伊庭・彦坂‥3人
【8】荒川・伊藤(H)・内藤・河合((H)×?)・柴田‥5人
【9】青木・白井・渡辺・小林(内田)・本多・中西・井上’・兵藤‥8人
【10】鈴木(M)・相楽・朝倉‥3人
【?】氏名無記名にて不明‥1人
《◎1(60人)+○2(39人)+△3(44人)=143人》

 今回で「1参加する」「2参加の方向で考える」を合わせ【99】人になりました

 因みに、我等が【2637の会】membersでは、鈴木雄次君から返信ハガキを頂戴し、「井上君・渡辺さん・山中(高木)さん・菰田君・林(K)さん・竹内君・小生‥◎」「伊東君‥○」「太田君・伊庭さん・彦坂君‥△」「犬飼さん・中村君・中山君・夏目君・守田君・山田君・下浦(原田)さん・鈴木(Y)君‥×」の累計19人の皆さんから返事を頂戴しています。

 まだ返信ハガキを出状されていない【2637の会】membersの皆さんへ重ねてお願いです。
 「△3 まだ先のことなので何とも言えない」で結構ですから、小生宛に投函して下さい。
 宜しくお願いします。m(_ _)m

■さて今日最初の話題です。
 最近読んだ高橋洋一著『日本は世界1位の政府資産大国』をご紹介したい。

[03] 高橋洋一著『日本は世界1位の政府資産大国』
 03

 高橋洋一氏は1955年09月12日 東京巣鴨生まれというから我々と同期生だ。
 東京都立小石川高等学校、東京大学理学部数学科、東京大学経済学部経済学科を卒業。千葉商科大学大学院修了。博士(政策研究)。
 東大経済学科を卒業後 大蔵省(当時)入省
 2001年 小泉内閣 経済財政政策担当大臣 竹中平蔵の補佐官
 2006年 第一次安倍内閣 内閣参事官
 2008年03月 退官
 2010年04月 嘉悦大学教授就任(現任)

 本書の内容をindexに従いご紹介したい。

序章/世界一の政府資産を持つ日本
◆日本の資産は莫大なる629兆円 P.16
‥→・資産と負債の差額である純債務となると、日本は459.3兆円程。債務のGDP比率は85%程度迄下がる。P.18
◆官僚天下り先に流れる200兆円P.22
◆世界一の政府資産を隠す官僚P.25

第一章/捻出できた震災復興費‥消えた30兆円

◆十数年続くデフレの原因は日銀P.39
◆日銀の国際引受は禁じ手にあらずP.43

◆日本の政府資金は金メダル級P.46

第二章/財務省が仕掛ける大増税時代

◆軽減税率の旨みとは何かP.65
‥→・私は増税を否定している訳ではない。〔中略〕ただ増税の前に、金融政策、政府資産の売却等、踏むべき手順がある。それを抜きにして、いきなり消費税をupし、国民に負担を強いるのはおかしい、というのが私の主張だ。財務省が只管増税に向けて邁進する理由は、〔中略〕消費税upに拠って、自由に使えるおカネを増やし、権限強化をことだ。

◆消費税の社会保障目的税化の罠
‥→・消費税は、細かい処迄住民のserviceを行える地方に納められてこそ生かされる。〔中略〕地方税にするのが望ましい。〔中略〕消費税は、徴税costが安い上、大きな税収が得られる優れた税。だから財務省が、安定的な財政収入を確保すると言って放さないのだ。P.76~77
◆消費税を握って地方分権も阻止
‥→・地方分権に伴って必要な国から地方への財源委譲は、少なく見積もって15兆円になる。〔中略〕これだけの巨額なおカネを委譲出来るのは、消費税以外に考えられない。〔中略〕その消費税を社会保障目的税にするということは、「地方分権はやりません」と言っているに等しい。P.78

第三章/掘り起こした46兆円の埋蔵金
◆天下り法人を廃止する方法
‥→・役人天国になっているのは、規制だけではない。629兆円という莫大な保有資産の威力がある。
 莫大な資産を保有するとは、裏返せば、政府の外郭団体が非常に大きいということを意味している。〔中略〕
 霞ヶ関が作った特殊法人や独立行政法人は、実に約4,500。其処に25千人が天下りし、国費が12兆円も注ぎ込まれた。この数字を見れば、日本の公務員数が少ないというのもまやかしだということが解る。こうした法人で働く人間も、実質的には「公務員」だからである。P.91

第四章/税金は公務員のために
第五章/天下り法人全廃で200兆円
第六章/政府資産売却‥アベノミクス四本目の矢
第七章/売れない固定資産からカネを生む方法

◆土地を売却せずに「有効活用」?
‥→・国有地を管理しているのは財務省理財局だ。理財局には1千人以上の職員がいる。いってみれば財務省は、大手不動産会社でもある。国有財産を民間に売却すると、自分達の行き場がなくなることを恐れているのかもしれない。
 その財務省は、かつて、国有財産を売り払うと国が損をするという計算を行い、私(=高橋)に論戦を仕掛けて来た。だが、財務省の論理は最初から破綻していた。〔中略〕もし、財務省の論理が正しければ、私有財産は全て国有財産にすべきだとの結論になって仕舞うからだ。
 そんなlogicは成り立たない。財務省は、民有ならば当然、有効活用するという点を忘れていた。〔中略〕
 民間企業でも、昔から保有する土地を手放す時には葛藤がある。しかし、本当に切羽詰っていれば、泣く泣く売る。
 皮肉な言い方をすれば、資産を売ろうとしない政府は、それ程困っていない様に見える。それなのに消費税増税では、国民は到底納得出来ない。P.171

第八章/100兆円の外為特金はいらない
◆変動相場制下の外貨準備は
‥→・政府の介入資金を管理する外国為替資金特別会計(=外為特金)は、2012年3月末で 113.8兆円。〔中略〕
 外貨準備とは、政府や中央銀行が保有する外貨のこと。対外債務の返済や、輸入代金の決済、それに自国通貨の為替rateが急激に変化した時に対処出来る様に保有する。〔中略〕
 先進諸国で、日本以外に外貨準備高が高い国は存在しない。
 何故なら、変動相場制を採用している通常の先進国では、「為替相場は市場が決めるものであって、政府が介入するものではない」と考えるからだ。
 (現実に、)現代の日本では、原則的に為替rateは市場に任せており、外貨建ての国債もない。つまり、保有するに相応しい理由がそもそもないのだ。(後略)

◆(2003~04年の)小泉政権下で起きた円安の背景
‥→・私(高橋)はそもそも、効果の面でも、政府に拠る為替介入には意味がないと思っている。
 為替相場を決める主な要因は、金利差と総体的な通貨量だ。この基本となるのは、「Monetary approach」と呼ばれる国際金融理論である。どういうことか?
 投資家は常に、より有利な金融資産を持とうとする。その結果、金利の高い通貨に換えようとする動きが出る。例えば、円よりドルの金利の方が高い場合、円を売ってドルを買う。すると、市場には円が溢れる一方、ドルが姿を消すこととなり、為替としてはドル高・円安となる。
 つまり、重要なのは、為替介入ではなく、金利と通貨の発行量の方である。そして、相対的に通貨の多い方が安くなり、少ない方が高くなる。これが近年続いた円高の正体だ。

◆通貨安競争は世界経済にplus
‥→・イェール大学名誉教授の浜田宏一氏と内閣府経済社会総合研究所主任研究官を務めた岡田靖氏が、金融緩和競争に拠って通貨を下げても、むしろ世界各国の経済状況は良くなることを示している。
 それは以下の理由からだ。
 何処かの国が通貨引下げをすると、短期的に、それ以外の国はminusの影響を受ける。しかし、暫くすると他の国も金融緩和を実施し始める。そうなって来ると、各国共にインフレ率が高くなるが、いずれの国も許容出来るインフレ率には限界がある。結果、際限のないインフレに陥らない様にする為、金融緩和競争が永久に続くことはない。
 要するに、一定のインフレ率と失業率に抑えようと各国が経済運営すれば、通貨切下げ競争にはならない。即ち、通貨切下げ競争自体を避けようとする為に、通貨引下げを避ける必要はないということだ。
 こうした経済運営の結果、一時的な通貨切下げに拠って「近隣窮乏化」が起きたとしても、実際には各国経済の向上に繋がる。何故なら各国がmildなインフレを維持することになり、最終的には「近隣富裕化」に転じ、世界経済に貢献するからだ。P.193(後略)

終章/役人が狙う年金準備金100兆円

【小生comment】
 高橋教授は元大蔵省のcareerで、財務省の内情に詳しく、また彼の論旨は実に明快である為、本書は大変解り易い内容であった。
 政府資産が629兆円もあるので、政府の純債務額は実質460兆円となり、対GDP債務比率で約85%となり100%を切ると聞いて安心した。
 確かに今の処、日本行政機関最高の秀才達の牙城である財務省が、政府資産処分に全く動こうとしていない。
 これは即ち、財務省のcareer達が、我国の財政基盤に全く不安視していないことの証左なのかもしれない。
 となると、暫くは、アベノミクスを信じて更なる経済成長を期待しても良い、ということになりそうだが‥。

【後記】さて、今日のお別れは、年頭にあたって、中国『三国志』の英傑 魏の武帝 曹操(155-220)の漢詩、今年のNHK大河drama『黒田官兵衛』の辞世の句、そしてホトトギス派の俳人 高浜虚子の名句をご紹介して締め括りたい。

 歩出夏門行(ほしゅつかもんこう)  曹操

 神亀雖壽
 猶有竟時
 騰蛇乗霧
 終為土灰
 老麒伏櫪
 志在千里
 烈士暮年
 壮心不已
 盈縮之期
 不但在天
〔以下、略〕

 神亀(しんき) 寿(いのちなが)しと雖(いえど)も
 猶(な)お 竟(おわ)る時有り
 騰蛇(とうだ)霧に乗ずるも
 終(つい)に土灰(どかい)と為(な)る
 老麒(ろうき) 櫪(れき)に伏すも
 志(こころざし) 千里に在り
 烈士 暮年(ぼねん)
 壮心 已(や)まず
 盈縮(えいしゅく)之(の)期は
 但(た)だ天に在るのみにあらず
〔以下、略〕

【意】
神亀は希な長寿と言うが
それでもいつかは死ぬ時が来る
龍は霧に乗って天に舞い上がると言うが
それでも最後は土塊(つちくれ)になって仕舞う
しかし、一日に千里を走る駿馬は、年老いて厩に繋がれても
志だけは、千里の彼方に馳せているものだ
それと同様、勇ましい男は、年老いた晩年でも
大きな志を捨てない
人の命の長短は
天が決めるものではないのだ

【小生comment】
 曹操は当時53歳。当時としては既に老境の域にあった。
 が、老いて尚衰えぬ曹操の雄々しい気概が伝わって来る。
 本詩は「老驥千里を思う」という成語の出処の句。
 「老驥伏櫪(ろうきふくれき)(「老驥櫪に伏す」とも‥)」の名言としても知られる。
 小生も、曹操の気概に倣いたい。
 でも小生、彼がこの名詩をつくった年を既に5歳以上も過ぎている‥。(^^;

 ※ ※ ※ ※ ※

 今日01月05日(日)から始まった大河ドラマは『軍師 官兵衛』。

 小生、以前から黒田官兵衛の辞世の句が好きである。
 彼の様な生き方に少しでも近づければ‥‥と、常々思っている。
 黒田官兵衛(1546-1604)孝高(よしたか)の姓 黒田の名は、賤ヶ岳山麓の近江国伊香郡黒田村からだと言われているが、定かではない。
 以上は余談。

 おもひおく
  言(こと)の葉(は)なくて
   つひに行く
  道はまよはじ
   なるにまかせて
           黒田如水圓清

※ ※ ※ ※ ※

 さて‥
 今年最初にご紹介する俳句は、新年の季語「去年今年(こぞことし)」を使った高浜虚子の作品‥

 去年今年
  貫く棒の
   如きもの

 小生、此れを踏まえて又 virtual real な恋の句を詠んでみました‥

 去年今年
  貫く愛は
   常(とこ)しなへ
          悟空

 では、また‥。(了)

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