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2014年3月の5件の記事

2014年3月30日 (日)

【時習26回3-7の会 0492】~「時習26回生卒業40周年記念懇親会に向けて~「第1&2回『案内状』response状況〔03月30日現在〕」「03月08日:Bunkamura ザ・ミュージアム『シャヴァンヌ~水辺のアルカディア~ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの神話世界』展を見て」「水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』を読んで」「TV drama『リーダーズ』に母校時習館高校体育館が写ってました!」

■皆さん、お元気ですか? 今泉悟です。先ず今日も最初の話題は、先週に引き続いて、「卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」関連のNewsです。
 03月16日(日)に第2回『案内状』出状以降、今日〔03月30日現在〕迄のresponse状況からお知らせします。ご高覧下さい。

 会計担当の中嶋良行君【2】からの報告に拠りますと、卒業40周年記念懇親会への参加費の払込件数は9件。
 今後は、参加費を払い込んだ人達の懇親会とその前後の催事への参加希望状況を合わせて経過報告して参ります。

 ※ ※ ※ ※ ※

※「参加費払込状況」についての経過報告〔その1〕※
 〔到着順・クラス順・五十音順・敬称略〕

 1.参加費払込を確認した方々
  ・氏  名【class】参加費払込 月/日
  ・今泉 悟【7】3/17
  ・井垣K夫【3】3/18
  ・矢野S介【8】3/18
  ・鈴木(斎藤)I子【1】3/24
  ・鈴木Y男【2】3/24
  ・金子T也【4】3/25
  ・黒柳R雄【10】3/25
  ・筒井(波多野)H子【8】3/25
  ・林 S 【9】3/27《累計9人》

 2.集計
 【1懇親会のみ/2宿泊所は自分で手配/3宿泊所は鶴清or京都リッチホテルを利用】の別
  1:1人/2:2人/3:6人
 【鶴清(相部屋)泊/京都リッチホテル(single)泊/京都リッチホテル(twin)2人泊】の別
  鶴清:4人/京都リッチsingle:0人/京都リッチtwin2人泊:2人
 【A初日「optional tour」/B懇親会「二次会」/C二日目「optional tour」】
  A:3人/B:8人/C:7人

■さて、今日続いての話題は、03月08日(土):東京都美術館『世紀の日本画』展→三菱一号館美術館『The Beautiful 英国の唯美主義1860-1900』展→森arts center
gallery『Tate Britainの至宝/ラファエル前派 ヴィクトリア朝時代のアヴァンギャルド展」を見た小生、その日最後に訪れたのは、渋谷/東急百貨店本店に隣接したBunkamura ザ・ミュージアムで開始中『シャヴァンヌ~水辺のアルカディア~ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの神話世界』展である。
 本展を訪れた日は、展覧会最終日の前日で、来館者数も結構多かった。

 シャヴァンヌの画風は、「茶・青・緑・黄」の色彩が、pastel調に淡く調和して、Italyのfresco画を想わせる。
 1870年代以降、彼originalの画風を確立したと言える。
 因みに、19世紀のFrance画壇は、1863年にロマン主義のドラクロア(Delacroix(1798-))が、1867年に新古典主義のアングル(Ingres(1780-))が亡くなった。
 次いでFranceで優位性を保持したのが、ミレー(Jean=Francois Millet(1814-75))等のレアリスム(realisme≒写実主義)であり、その後の印象主義である。
 しかし、シャヴァンヌは明らかにrealismeやimpressionismeとは一線を画し、彼originalの「神話の世界」を創出した。
 以下に、主催者の《ごあいさつ》の一部を引用してご紹介する。

 ピュヴィス・ド・シャヴァンヌは、私邸の食堂に描いた壁画を皮切りに、アミアン・ピカルディ美術館の一連の壁画装飾、クロード・ヴィニョン邸、パンテオン、リヨン美術館、Paris市庁舎等、Franceの主要建築物の記念碑的な壁画装飾を次々と手掛け、19世紀後半に壁画家として活躍。
 また、その一連の壁画装飾の中で、ウェルギリウスの『牧歌(イディルス=田園詩)』や『農耕詩』を反芻し、自然と人間の調和するArcadia(理想郷)を描き続けた。
 ギリシア・Romeの古代神話を範とし乍ら、やがて独自の解釈を展開し、画家自身の創意になるArcadiaを現出していった。
 シャヴァンヌの描き出す独創的な世界は、1880年代以降の象徴主義(symbolisme)の先駆者として位置付けられていくことになる。〔後略〕

[01]渋谷109辺りから「ザ・ミュージアム」が隣接する東急百貨店本店を望む
 01109

[02]Bunkamuraザ・ミュージアム入口
 02bunkamura

[03]『シャヴァンヌ』展leaflet
 03leaflet

[04]Chavannes『ルイ・ド・ヴォ―ジュラの肖像』1851年〔ダニエル・マラング、Paris〕
 04chavannes1851paris

[05]同『漁夫』1856年〔大原美術館〕
 051856

[06]同『幻想』1866年〔大原美術館〕
 061866

[07]同『瞑想』1867年〔個人像〕
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[08]同『海辺の乙女たち』1879年
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[09]同『諸芸術とミューズたちの集う聖なる森』1884-89年頃〔Chicago美術館〕
 09188489chicago

[10]同『古代の光景』1885年頃〔Carnegie美術館、Pittsburgh〕
 101885carnegiepittsburgh

[11]同『キリスト教の霊感』18⑧7-88年頃〔Smithsonian American Art Museum, Washington, D.C.〕
 1118788smithsonian_american_art_mus

[12]同『冬〔習作〕』1892年頃(←Paris市庁舎壁画下絵として作成)
 121892paris

【小生comment】
 小生、『ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ(Puvis de Chavanne(1824.12.14-1898.10.27))』展を見て本当に良かったと思う。
 実を言うと、本展を見ようと思ったきっかけは、美術にも造詣の深い皇后陛下が本展に行啓されたことを知り、それに触発されたからである。
 恥ずかし乍ら、今迄彼のことについて、France人の画家であること位しか知らなかった。
 実際、France近代絵画の巨匠の中で、Chavanneの作品は、これ迄あまり日本で紹介されて来なかった。
 本展は、彼の全体像を日本で初めて本格的に紹介する機会となる、と主催者も述べている。

■今日最後の話題は、最近読んだ本から、水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』についてである。

[13]水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』
 13

 水野和夫氏の本は、かつて本《会報》でも2011年02月27日付【0330】号にて、萱野稔人氏との共著『超マクロ展望 ~ 世界経済の真実』〔 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/26-0330-0217-64.html 〕と、2013年01月05日付【0427】号にて『世界経済の大潮流』〔 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/26-04270102-892.html 〕の2回ご紹介させて頂いたことがある。
 そして、今回ご紹介する本書は、現時点に於ける、水野氏の結論と言って良いだろう。
 本書は、以下の5つの章の構成になっている。

 第一章/資本主義の延命策で却って苦しむ米国
 第二章/新興国の近代化が齎すparadox
 第三章/日本の未来をつくる脱成長model
 第四章/西欧の終焉
 第五章/資本主義は如何にして終わるのか

 水野氏の結論は、資本主義社会を是認する人達にとっては少し頭が痛くなるものである。
 かつて紹介した『超マクロ展望 ~ 世界経済の真実』『世界経済の潮流』や本書の前半で、氏が繰り返し主張しているのは簡単に言えば次のことである。

◆1.覇権者〔≒為政者〕は、「周辺」の国・地域から「富」を蒐集〔≒収奪〕するという習性を持つ
◆2.人間社会は、上位15%の人々が残り85%の人々の「富」を取り上げ、繁栄を享受している
◆3.「投資&return」のbusiness modelは、「high risk/high return」から、成功の積み重ねに拠り、投資の効率性・安全性が向上し、利回り〔=利子率〕が低下していく

 上記1の覇権者の代表が古代ローマ帝国であり、15世紀の地中海世界に於けるジェノヴァ・ヴェネツィア、16世紀の大航海時代に於けるSpain、18~19世紀の帝国主義〔大海洋王国〕時代に於ける英国、20世紀の三次元&金融工学を駆使した架空空間を制した米国である。
 覇権者の交代と共に、その活動範囲は拡大し、Lehman Shock後の現在では、もうこれ以上拡大が不可能な処迄来て仕舞っている。
 上記2の上位15%の人々が、日本を含む西欧先進諸国である。
 世界の趨勢は、西洋先進諸国に拠る「富」の独占(=G7)から、新興諸国への「富」の分配(=G20)へ、不可逆的に移行している。
 そして、暴走する資本主義は、これ迄の「先進国による発展途上国という「周辺」からの「富」の収奪」から「「所得格差の拡大」という国内での中産階級の没落という形での「富」の収奪」に形を変えて進行している。〔←‥これは、民主主義の危機を齎す〕
 又、上記3の利子率の低下はゼロ金利に近い処まで来ており、1648年10月に締結されたWestphalia条約以降発達していく資本主義のbusiness modelも、いま正に終焉の時を迎えつつあるという。

 水野氏は本書〔第五章/資本主義は如何にして終わるのか〕の中で、こう述べている。

 日本の利子率は世界で最も低く、史上に例を見ない程長期に亘って超低金利の時代が続いています。利子率が最も低いということは、資本が最も過剰にあることと同義です。もはや投資をしても、それに見合うだけのreturnを得ることが出来ないという意味では、資本主義の成熟した姿が現在の日本だと考えることも出来ます。しかし、その日本で、凡そ3割強の世帯が金融資産を全く持たずにいるという状況が現出しているのです。
 アベノミクスの浮かれ声とは裏腹に、今なお生活保護世帯や低所得者層も増加傾向の儘です。2013年の非正規雇用者数は1,906万人、2012年の年収200万円以下の給与所得者数は1,090万人、生活保護受給者数も200万を越えています。
 こうした格差拡大の処方箋としては、まず生活保護受給者は働く場所がない訳ですから、労働時間の規制を強化して、work sharingの方向に舵を切らなければなりません。(P.198)

【小生の余談】上記「◆1.覇権者〔≒為政者〕は、「周辺」の国・地域から「富」を蒐集〔≒収奪〕するという習性を持つ」は、蓋し、人間が持つ普遍的な欲望である。
 古代「ローマ帝国」然り、「漢・唐・明等の中国歴代王朝」然りである。
 これは、資本主義が確立した近現代も然りである。
 現在の日本を含む西欧新諸国が曲がりなりにも繁栄を謳歌出来ているのは、彼等にとって「周辺」に当たる発展途上国から、発展途上の国々が持つ資源&Energieをこれ迄不当と言える程安価に入手し、国内需要を大幅に上回る過剰設備で生産した製品・商品を当該発展途上の諸国に高価で売りつけ、businessという形で「富」を収奪していたからである。
 これが、1973年の第一次石油危機の際、資源を持つ中東産油諸国が得べかりし「富」を初めて自らのモノとしたこと‥、これが epoch-makingとなったのである。
 これ以降、漸次、西欧先進諸国が、「周辺」諸国の「富」を収奪出来なくなって来たのである。
 日本が第二次世界大戦後、高度成長を遂げることが出来たのは、「需要が無尽蔵にあるという錯覚」が機能していて、いいものを作れば売れる〔=「富」を得る〕ことを確り享受出来た時代に巡り合えたからである。
 ところがである。
 世界中の国々が成長を遂げる様になると、モノによっては世界の隅々迄行き亘り、新たな需要は「更新」需要しかない状況が現出したのである。
 こうなると、内需を上回る生産能力を有するmakerは過剰設備を抱え、業績悪化が避けられなくなる。
 勿論、これには「消費者のneedsに合致した良い商品を安価に提供出来る」という前提条件がある。
 世界最高水準を持ち乍らも、SONY、Panasonic、シャープの家電3社が液晶TVで、中・韓・台の後塵を拝することになったのは、「良いものをつくれば高価でも売れる」という過信から、明らかに新興諸国に於ける消費者needsを読み間違えことによる。
 又、現在、V字型回復を実現したトヨタをはじめとする自動車maker各社も然りである。
 実際、トヨタ自動車1社で、日本の国内自動車販売総数相当台数を生産している。生産余剰分は、輸出で帳尻を合わせている。
 更に、日本の自動車makerは、乗用車だけでもトヨタ・日産・ホンダ・マツダ・三菱自動車・富士重工・スズキ・ダイハツと8社もある。
 現在、世界的規模で見ると、BRICsが、まだ自動車に関しては新規需要が見込まれる為、トヨタ、VW、GMの世界Big3が年間1千万台生産体制でしのぎを削っても利益を上げることが出来ている。
 が、あと10年もすれば中国も新規需要はなくなると見られ、その後早晩、自動車maker各社は大幅な過剰設備を抱えることが避けられなくなるのである。

 話を本書に戻そう。水野氏は次の様にも述べている。

 市民革命以後、資本主義と民主主義が両輪となって主権国家systemを発展させて来ました。民主主義の経済的な意味とは、適切な労働分配率を維持するということです。しかし〔中略〕、1999年以降、企業の利益と所得は分離していきます。政府はそれを食い止める処か、新自由主義的な政策を推し進めることで、中産階級の没落を加速させて行きました。その結果、ライシュが言う様に「超資本主義の勝利は間接的に、そして無意識のうちに、民主主義の衰退を招」(『暴走する資本主義』)くことになって仕舞った訳です。(P.200~201)

 そして、氏は次の様に「資本主義の勃興と終焉」を総括している。含蓄のある言葉なのでちょっと長いがほぼ全文を記す。

 かつて政治・経済・社会体制がこぞって危機に瀕したのが「長い16世紀(1450~1640年)」でした。第一章で述べた様に、ジェノヴァの「利子率革命」は、中世の「帝国」system解体と近代国家の創設processでもありました。このprocessを通じて、中世社会の飽和状態を打ち破る新たなsystemとして、近代の資本主義と国民国家が登場したのです。
 この「長い16世紀」になぞらえて、1970年代から今に続く時期を、私(【小生補足】水野)は「長い21世紀」と呼んでいます。どちらの時代も、超低金利の下で投資機会が失われていく時代ですが、「長い16世紀」はそれを契機として、政治・経済・社会体制が大転換を遂げました。だとするならば、「長い21世紀」に於いても、近代資本主義・主権国家systemはいずれ別のsystemへと転換せざるを得ません。
 しかし、それがどの様なものかを人類は未だ見出せていません。そうである以上、資本主義とも主権国家とも暫くの間は付き合って行かなければなりません。
 資本主義の凶暴性に比べれば、市民社会や国民主権、民主主義といった理念は、軽々と手放すには勿体無いものです。実際、今直ぐに革命や戦争を起こして市民社会を倒すべきだと主張する人は殆どいない筈です。勿論民主主義の空洞化は進んでいます。しかし、その機能不全を引き起こしているものが資本主義だとすれば、現在取り得る選択肢は、global資本主義にbrakeをかけることしかありません。
 ゼロ金利・ゼロ成長・ゼロinflation。この3点が定常状態への必要条件であると言いました。しかし、成長教信者はこの3点を一刻も早く脱却すべきものと捉えます。其処で金融緩和や積極財政が実施されますが、日本の過去が実証している様に、お金をジャブジャブ流し込んでも、3点の趨勢は変わらないのです。
 ゼロ金利は、財政を均衡させ、資本主義を飼い慣らすsignであるのに、それと逆行してinflation目標や成長戦略に猛進するのは、薬物中毒の如く自らの身体を蝕んでいくだけです。(P.201~203)
〔中略〕
 いくら資本を再投資しようとも、利潤を上げるfrontier〔【小生補足】「周辺」「辺境」地域〕が消滅すれば、資本の増殖はstopします。そのsignが利子率ゼロということです。利子率がゼロに近づいたということは、資本の自己増殖が臨界点に達していること、即ち資本主義が終焉期に入っていることを意味しています。
 この「歴史の危機」を直視して、資本主義からのsoft landingを求めるのか、それとも「強欲」資本主義を更に純化させて成長にしがみつくのか。
 後者の先にあるのは、破局的なbubble崩壊というhard landingであるにも拘らず、先進諸国は今尚成長の病に取り憑かれて仕舞っています。資本の自己増殖が難しくなって以来、国境の内側や未来世代からの収奪迄起きる様になりました。
 その代償は、遠くない将来、経済危機のみならず、国民国家の危機、民主主義の危機、地球持続可能性の危機という形で顕在化して来るでしょう。
 それ迄に日本は、新しいsystem、定常化社会への準備を始めなければなりません。
 私(水野)がimageする定常社会、ゼロ成長社会は、貧困社会とは異なります。拡大再生産の為に「禁欲」し、余剰をstockし続けることに固執しない社会です。資本の蓄積と増殖の為の「強欲」な資本主義を手放すことに拠って、人々の豊かさを取り戻すprocessでもあります。
 日本がどの様な資本主義の終焉を迎え、「歴史の危機」を乗り越えるのかは、私達の選択に掛かっているのです。(P.212~213)〔了〕

【小生comment】
 水野氏は、アベノミクスが推進している経済再生の理論的根拠である「リフレ主義」を真っ向から否定する。
 でも、本書を読むとそれなりに説得力があって、「そうかもしれない」と納得して仕舞う。
 さて、どちらの考えが正しいか、今一度じっくり考えてみたい。

【後記】今日は、母校時習館高校に関する余談をお伝えしてお別れしたいと思います。
 一週間前の03月22日(土)~23日(日)の連夜21時00分~23時20分、TBS系列でdrama「リーダーズ」が放映されました。

[14]二夜連続drama『LEADERS リーダーズ』
 14dramaleaders

[15]豊田喜一郎氏
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[16]『リーダーズ』の一場面に使われた母校時習館高校体育館内部
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 本作品は、黎明期のトヨタ自動車と、同社創業者 豊田喜一郎(1894.06.11-1952.03.27)の半生を描いたdrama。
 このDramaの中で、我等が母校「時習館高校の体育館」の中が舞台として撮影されていました。
 ご覧になられましたでしょうか?
「時習生のツイッタ―で話題になっているヨッ」と、時習64回生になる小生の一番下の愚息がTV画面のsnap shotを送ってくれました。
 TV画面の正面上部に、故 冨安昌也先生考案の時習館の校章「トヨ」がその儘写っているのが御愛嬌です。
 寧ろ、トヨタ自動車のdramaである為、「トヨ」が「トヨタ」とダブり、違和感は全くと言っていい程感じませんでした。
 映画「ローマの休日」で、Spain広場に於いて、オードリー・ヘップバーンとグレゴリ―・ペックが語り合う二人の背景にある教会の時計が、時間の経過に逆らって、進んだり遅れたりしている‥のと同じ様な、ちょっとしたjokeですね。(^^
 当該TV画面のsnap shotを添付します。
 御高覧下さい。

 では、また‥。(了)

2014年3月23日 (日)

【時習26回3-7の会 0491】~「時習26回生卒業40周年記念懇親会に向けて~「第1&2回『案内状』response状況〔03月23日現在〕」「03月08日:三菱一号館美術館『英国の唯美主義1860-1900』&森arts center gallery『ラファエル前派』展を見て」「03月19日:愛知県芸術劇場大ホール/小澤征爾音楽塾 Mozart:歌劇『フィガロの結婚』を視聴して」「山口真由『【天才】とは【努力】を続けられる人のことであり、それには【方法論】がある』を読んで」

■皆さん、お元気ですか。今泉悟です。
 今日の【時習26回3-7の会 0491】は項目が多いので早速本題に入ります。

■先ず今日も最初の話題は、先週に引き続いて、「卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」関連のNewsです。
 先ず、03月16日(日)に第2回『案内状』出状以降、今日〔03月23日現在〕迄のresponse状況からお知らせします。ご高覧下さい。

 ※ ※ ※ ※ ※

 前回の経過報告以降の異動は以下の通りです。

 1.返事を頂戴している人の変更‥4人
   「小椋K彦君【5】○→×」「松野尾F明君【5】△→×」〔03月17日現在〕
   「杉浦K明君【2】△→×」「内藤T子さん【8】△→×」〔03月18日09時現在〕
   「織田M幸さん【2】◎→×」〔03月18日18時現在〕
 2.新たに「◎1 参加」表明者 平井K生君【7】◎〔03月17日現在〕
 3.同じく「×4 欠席」表明者 森下(小久保)K子さん【6】×〔03月17日現在〕
 4.同じく「△3 考えてもいい」越智N夫君【10】△〔03月19日09時現在〕

 ※ ※ ※ ※ ※

 したがいまして、今日(03月23日)現在で、「◎1 参加する」&「○2 参加する方向で考える」合わせた人数は106人になりました。

 ◎1 参加する‥累計65人
 ○2 参加する方向で考える‥累計41人
 △3 まだ先のことなので何とも言えない‥累計45人
 ×4 残念ながら参加できない‥累計68人
 ■5 宛処不明につき返却される‥累計9人
 ◆6 物故者‥累計3人
 ◎65+○41+△45+×68+■09+◆03=【 合計‥231人 】

 尚、今回は◎○△151人の一覧表は割愛させて頂きます。

■さて、今日続いての話題は、03月08日(土):東京都美術館『世紀の日本画』展を見た後立ち寄った3つの美術館のうち、二番目と三番目に訪問した「三菱一号館美術館『The Beautiful 英国の唯美主義1860-1900』展」と「森arts center gallery『Tate Britainの至宝/ラファエル前派 ヴィクトリア朝時代のアヴァンギャルド(Pre-Raphaelites Victorian Avant-Garde)』展」の模様です。
 この2つの展覧会は、奇しくも同じ19世紀の英国Victoria朝(在位1837~1901年)期を取り上げている。
 時系列的には、先ず1848年9月『ラファエル前派〔Pre-Raphaelite Brotherhood〕』が、ジョン・エヴァレット・ミレイ(John Everett Millais (1829-1896))、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti(1828-82))、ウィリアム・ホルマン・ハント(William Holman Hunt(1827-1910))の3人に拠って立ち上げられた。
 1850年代後半、ロセッティの周りに、ラファエル前派第二世代と言われるdesignerのウィリアム・モリス(William Morris(1834-1896))、エドワード・バーン=ジョーンズ(Edward Burne-Jones(1833-98))、エリザベス・シダル(Elizabeth Eleanor Siddall(1829-1862))、シメオン・ソロモン(Simeon Solomon(1840-1905))等が集まった。
 1860年代以降、のちに『唯美主義〔耽美主義・審美主義とも言う〕』運動が開花する。
 当時の古臭い考え方や道徳観から解放された創造美‥、これが「芸術の為の芸術(Art for Art's Sake)‥唯(ただ)美しくあることのみを願って存在する芸術‥」であった。
 1869年代という『唯美主義』運動の揺籃期に活躍したのが、ラファエル前派の旗手ロセッティであり、一匹狼的なジェイムズ・マクニ―ル・ホイッスラー(James McNeill Whistler(1834-1903))であり、古典的主題を扱う「オリンピアの画家達」のフレデリック・レイトン(Frederic Leighton(1830-1896))やジョージ・フレデリック・ワッツ(George Frederic Watts)達であった。
 画家の彼等が選んだmodelは、Victoria朝で理想化された可愛らしく殊勝な女性像を脅かす様な女性を選んだ。
 それが、ロセッティのmodelとなった最初の妻 エリザベス・シダルやウィリアム・モリスの妻 ジェイン・モリスであり、レイトンの好んだRome出身のmodel「ラ・ナンナ(ナンナ・リジ)である。彼女等を描いた作品は従来にない斬新な美人像を創造した。それ等の作品を添付したので御高覧下さい。

【三菱一号館美術館『The Beautiful 英国の唯美主義1860-1900』展】
[01]本展leaflet
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[02]三菱一号館美術館 外観
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[03]同美術館の道を挟んで東側にある三菱東京UFJ銀行本店=三菱フィナンシャル・グループ本社ビル
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[04]Watts『孔雀の羽根を手にする習作(Study with Peacock's Feathers)』1862-65年頃
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[05]Rossetti『愛の杯』1867年〔国立西洋美術館蔵 旧・松方collection〕
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[06]William Morris夫人の肖像‥Rossettiが指示したposeで 1865年
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[07]Albert Moore『花(blossoms)』1881年〔Tate美術館〕
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[08]Albert Moore『真夏(Midsummer)』1887年
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【森arts center gallery『Tate Britainの至宝/ラファエル前派 ヴィクトリア朝時代のアヴァンギャルド』展】
[09]『森arts center gallery』が入っている「六本木ヒルズ・森タワー」
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 本galleryは、森タワー52階にある。森タワーは、高さ238m、地上54階・地下6階建である。

[10]森タワー52階『森arts center gallery』入口の本展看板
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[11]本展leaflet
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[12]John Everett Millais『マリアナ(Mariana)』1850-51年
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[13]John Everett Millais『オフィーリア(Ophelia)』1850-51年
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[14]Arthur Hughes(1832-1915)『四月の恋』1855-56年
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[15]Philip Hermogenes Calderon(1833-98)『破られた誓い(Broken Vows)』1856年
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 本作はコールデロン(Calderon)のものとして最も名高い。庭園の壁に囲われて立つ女性は地面に投げ捨てられてた首飾りに擬(なぞら)えられている。

[16]Ford Madox Brown(1821-1893)『穀物の収穫(Carrying Corn)』1854-55年
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[17]Rossetti『最愛の人(花嫁)(The Beloved(The Bride))』1865-66年
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[18]Rossetti『プロセルピナ(Proserpine)』1874年
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[19]Edward Burne-Jones(1833-98)『夕暮れの静けさ(Vespertina Quies)』1893年
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【小生comment】
 03月08日に東京の美術館巡りをしたかった最大の目的が[09]ミレイ(Millais)の『オフィーリア(Ophelia)』を見る為であった。
 本作品と対面した時は、ときめき、そして感動した。
 因みに、このOpheliaのmodelは、Rossettiの妻で画家のエリザベス・シダル(1829-1862)である。
 作品『Ophelia』が出来上がる経緯は次の通りである。
 英国サリ―州ユ―ルで1851年06月の着手し、数か月かけて背景を描いた。
 12月にLondonに戻ったMillaisは、自宅のbathtubの中でSiddallにposeをとらせて、Shakespeareの戯曲に登場するHamletの恋人Opheliaが溺死する場面を描いた。
 余談だが、Siddallは、このmodelをやった所為で風邪をひいたという。

■続いての話題は、03月19日18時30分に開演した愛知県芸術劇場大ホールでの小澤征爾音楽塾Opera Project Xll / Mozart:歌劇『フィガロの結婚(Nosse di Figaro)』を視聴して来ましたのでその模様をお伝えします。

[20]小澤征爾音楽塾Opera Project Xll「Mozart/歌劇『フィガロの結婚』」program
 20opera_project_xllmozartprogram

[21]小澤征爾[音楽監督・指揮](左)とテッド・テイラー[cembalo・指揮](右)
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 日本人に最も人気のあるOperaと言えば、Mozartの『フィガロの結婚』は、Bizetの『カルメン』、Verdiの『椿姫』と並び、いつもbest3の一角を占める。
 本歌劇のあらすじは以下の通りである。
 Spainのセビリャ近郊の領主アルマヴィーヴァ伯爵家に仕える、フィガロと伯爵夫人に仕えるスザンナが結婚の準備をすすめている。
 伯爵は、スザンナがお気に入りで、昔自らが廃止した初夜権の復活を企むが、スザンナ、フィガロ、伯爵夫人の協力で失敗し、最後は大円団で終わる。
 本作品は、筋書きはたわい無いが、流石Mozartの作品だけあって、名曲が目白押しのOpera buffa《喜歌劇》の傑作として名高い。
 本作に刺激されたロッシーニが、『フィガロの結婚』の前段の話となるこれもOpera buffaの傑作『セビリャの理髪師』が出来たというのは有名な話。
 全4幕の作品は、18時半に開演、第1幕後と第2幕後に20分毎の休憩があり、終演は22時15分であった。
 病み上がりで体調が心配された小澤征爾であるが、cembalo兼指揮者のテッド・テイラーと随時交代という二人三脚で指揮棒を振った。
 尚、今回のOperaは《オペラ・ドラマティコ形式》で行われた。この形式は、orchestra boxが観客席の同じ高さに設置され、聴衆は眼前の指揮者&楽団員の演奏を見乍ら、やや上部に比較的簡易な舞台装置がセットされている舞台でOperaが演技&歌われる、というもの。
「今回、一連Opera projectの演出を手がけているデイヴィッド・ニース氏と相談して新たな試みとして《オペラ・ドラマティコ形式》で上演することにした」、と小澤征爾氏が述べている。

【小生comment】
 本演奏会は、とても愉快な『フィガロの結婚』であった。
 小澤氏の元気な指揮する姿を見ることが出来て嬉しく思った。
 終演は22時15分。名古屋駅経由で帰途に就いたが、帰宅時間は午前零時を僅かだが回っていた。

■今日最後の話題は、最近読んだ本の中から、山口真由著『【天才】とは【努力】を続けられる人のことであり、それには【方法論】がある』についてである。

[22]山口真由『【天才】とは【努力】を続けられる人のことであり、それには【方法論】がある』
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 山口氏は1983年生まれ。2002年 東大法学部合格。3年生時に司法試験合格、4年生時に国家公務員試験合格。2006年 東大法学部首席卒業し財務省入省を経て2009年9月弁護士登録。現在弁護士で活躍中の才媛である。
 その俊英の彼女の実践経験を許に31項目に亘ってその処方箋が描かれている。
 「自分は天才肌ではない。努力の積み重ねを続けて来たから今がある。その努力の方法を工夫して実践すれば誰でも夢が叶う」と彼女は述べている。
 其処でその彼女が述べているessenceを幾つかご紹介してみたい。

第一章/正しい努力の為の方法論
【方法01】なぜ人は努力することができないいのか?
 →・努力することは反復・継続すること、そして「何を反復・継続するかを見つけ出す」ことが大切。
【方法02】不得意分野の努力は止めるべき
 →・長所を伸ばす努力をして、「尖ったprofessional」を目指すべき
【方法03】たった4分野の評価をすればいい
 →・「読む」「聞く」「書く」「話す」のうち(自分の)得意な分野の努力を
【方法09】努力で掴んだものだけが心底誇らしいものに
 →・ちょっとずつ努力を積み重ねることで、道は開ける

第二章/努力を始める為の方法論
【方法11&12】教本は一冊に拘る…基本書は大きな書店でじっくり選んで買う
 →・決めた教本一冊を最後まで反復・継続して読み続けることが重要
【方法14】読書に手間と時間をかけないこと
 →・読書は1回精読するよりも、7回素通しで読むべし!‥繰り返せば繰り返す程、自分の中に定着して来る感覚が味わえる筈‥
【方法16】一つの大きな成功より、沢山の小さな成功を
 →・成功体験の積み重ねが「確信」を生む!
【方法17】努力の「8対2の法則」とは?
 →・反復という観点からは、8割が正解出来て、2割が努力が必要な位のlevelというのが重要!

第三章/努力を続ける為の方法論
【方法23】決めたruleを守るには‥
 →・他人に自分のrule・決まりを公開し、外圧になって貰う!
【方法24】努力は周りに見せること!
 →・陰の努力ではねぎらいを得られない‥陰の努力より陽のあたる努力を
【方法27】hurdleは「質」より「量」
 →・努力する際には具体的な「量」の数字を目標にする

第四章/努力を完遂する為の方法論
【方法29】取り敢えず「早起き」してみる
 →・time limitがある朝に努力をしてみる
【方法30】「勝負spot」を複数作る
 →・「勝負spot」を渡り歩く、疲れる前に移動する
【方法32】(努力する)道具を「一つ」に拘る
 →・一つを使い続けて、減らし続け、努力の「見える化」を図る
【方法34】ruleに「抜け道」を作る
 →・敢えて一つの「抜け道」を作ることで、他の抜け道を許さなくする
【方法37】挑戦することから逃げないこと
 →・自分の自分に対する信頼を裏切らないこと、失敗しても次の機会に備えて努力をすること

【小生comment】
 小生も、小学校卒業時、中学校卒業時に、自分の一番好きな言葉として『努力』と書いた記憶がある。
 山口氏の「努力」度合いの凄さには、小生とても適わないが、彼女の言葉に「共感」は出来る。
 彼女が例示してくれた、「方法論」の幾つかは小生も実践中であるが、【方法14】【方法30】【方法37】は新しい発見であった。
 早速実践して行きたい。

【後記】
 昔から「暑さ寒さも彼岸まで」とある様に、この「春分の日」を迎えた三連休は、天気に恵まれた。
 何か心までウキウキした気分になった。
 小生、これがいけなかった。
 自家用車の自宅近所の電柱にぶつけて仕舞った。
 これは、神様から「もう少し、慎重な行動をする様に!」とお灸を据えられたのだと反省した。
 体力は筋トレ等で保持出来ても、瞬発力や反射能力が若い時より間違いなく落ちていることの証左だと思った。
 こんな処に老化、老いの到来を感じる。

 では、また‥。(了)

2014年3月16日 (日)

【時習26回3-7の会 0490】~「時習26回生卒業40周年記念懇親会に向けて~「第1回『案内状』response状況〔03月15日現在〕並びに「第2回『案内状』」出状報告」」「03月08日:東京都美術館『世紀の日本画~再興院展100周年〔後期〕』展を見て」「03月14日:アクトシティ浜松大ホール/團伊玖磨作曲『夕鶴』〔佐藤しのぶ主演〕」を見て」

■皆さん、お元気ですか。今泉悟です。
 今日も【時習26回3-7の会 0490】をお届けします。

 前《会報》から今日迄の間に、東日本大震災3.11の三周年が来ました。
 テレビを見ると、まだ東北太平洋沿岸では深い爪跡を残しています。
 前日の03月10日には、地元豊橋で何年振りか雪が降りました。

 春遠き 陸奥(みちのく)に今 We serve! 悟空

 先週半ば(03月12日(水))辺りから、一転春めいて来ました。
 正に「三寒四温」で春が遣って来ますネ‥。

■さて、今日も最初の話題は、先週に引き続いて、「卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」関連のNewsです。
 先ず、10月末に出状した第1回『案内状』response状況〔03月15日現在〕からお知らせします。ご高覧下さい。

 ※ ※ ※ ※ ※

 さて、03月15日(土)午後5時00分現在、【2637の会】membersから平井邦生君の「◎出席」表明を井垣君【3】経由で知りました。
 又、小椋君【5】が「○出席の方向→×欠席」、松野尾君【5】が「△何とも言えない→×欠席」へ変更になりました。
 更に、森下(小久保)清子さん【6】から「×欠席」の返信ハガキを頂戴しました。
 以上から、「◎出席する66人」
「○出席する方向で考える‥41人」
「△まだ先のことなので何とも言えない‥46人」
「×残念ながら参加できない‥64人」
「■宛所不明により返却‥9人」
「物故者であることが判明‥3人」の計229人となりました。

 以下に、【◎1 参加する】【○2 参加する方向で考える】【△3 まだ先のことなので何とも言えない】の方々のクラス別一覧をお示しします。

【◎1 参加する‥66人】〔以下、到着順・五十音順、敬称略〕
【1】榊原・鈴木(斎藤)・西沢・早川・細井・山田‥6人
【2】織田(亀井)・菅沼・鈴木(Y)・中嶋(Y)・斉藤(夏目)・柳田(鈴木)・中嶌‥7人
【3】井垣・市原・谷山・原口‥4人
【4】前田・金子・北川・芳村・田中(中島)・岩瀬・澤田(丸山)‥7人
【5】鈴木(杉浦)・平田(倉内)・白井(N)・山本・松岡‥5人
【6】水藤・吉福(小出)・大谷・黒柳・鈴木(M)・安田(加藤)・嘉森・山本(Ys)・浅井‥9人
【7】井上・今泉・渡辺・山中(高木)・菰田・林(K)・竹内・平井‥8人
【8】小野・杉浦・筒井(波多野)・長坂(山口)・安井・矢野‥6人
【9】杉原(小林)・鈴木(裕)・林・酒井・和泉(不破)・丸山・福井・夏目(M)‥8人
【10】今泉・黒柳・武野・太田・近藤(河合)・伊藤(A)‥6人/小計66人

【○2 参加する方向で考える‥41人】
【1】菰田(中澤)‥1人
【2】中村・繁田(林)・森田・田村・大矢・井澤‥6人
【3】天野(山本)・庭山・中嶋・小林‥4人
【4】前田(平松)・中島(六峰)‥2人
【5】中島・中野(三浦)‥2人
【6】今泉(伴野)・澤井・林・山田(Y)・有留・鈴木(金澤)・山本(R)・今泉(F)‥8人
【7】伊東‥1人
【8】鈴木(Y)・三田・宮路・波田野・三輪(小栗)・野末‥6人
【9】竹中(千田)・加藤(神野)・長谷川・鈴木(久)・西野‥5人
【10】小林(杉浦)・高山・手塚・水沼(坂寄)・葉山・岸田(石田)‥6人/小計41人

【△3 まだ先のことなので何とも言えない‥46人】
【1】熊谷・鈴木(Y)・竹内(小笠原)・長谷川・浅沼・土方(小石)‥6人
【2】杉浦・熊谷(伊奈)‥2人
【3】窪田・小林(石河)・岡田(伊藤)・伊藤(鈴木)・杢野(井上)・西尾・長谷川‥7人
【4】日比・岩手・黒柳(鈴川)・高木(河合)・森川・内藤(植島)‥6人
【5】鳥居(河合)弘子・北川・松尾・花井‥4人
【6】‥
【7】太田・伊庭・彦坂・千賀‥4人
【8】荒川・伊藤(H)・内藤・河合((H)×?)・柴田‥5人
【9】青木・白井・渡辺・小林(内田)・本多・中西・井土’・兵藤‥8人
【10】鈴木(M)・相楽・朝倉‥3人
【?】氏名無記名にて不明者‥1人/小計46人
《◎1(66人)+○2(41人)+△3(46人)=◎○△計153人》

 ※ ※ ※ ※ ※

 そして、Newsです!!!(*^_^*)
 今日夕刻、豊橋郵便局本局へ行き、上記の◎○△計146人〔上記153人から今日の豊橋支部幹事会出席者等&氏名無記名者1人を除く〕の皆さん宛に「第2回『案内状』」投函して来ました。
 早ければ明日以降、皆さんのお手許に当該『案内状』が届くと思います。
『案内状』は、以下の示した様に、1.本文~6.参加費 segment表迄の6つの資料を、A4版用紙「両面印刷」(但し 赤黒2色collar印刷)で3枚がset。
 赤黒の二色刷りですが、予想以上の良い出来です。
 印刷は、杉原弘幸君【8】に全面的に応援して貰いました。
 杉原君ありがとう!
 それに、「払込取扱票」を合わせ同封してあります。
【時習26回生】の皆さんへは、特別に本mailとは別便でmailを2本、本日当該資料1.~6.を添付資料としてお送りします。
 何卒ご賢察のうえ、ご参加下さいます様、お願い申し上げます。
 尚、「払込取扱票」は添付出来ません。〔為念〕
 ◎○△以外の【2637の会】membersの方で、参加をご希望の方は、小生宛にmail連絡戴ければ至急「第2回『案内状』」を送付致します。

 1. 「第2回『案内状』」本文
 2. 「初日optional tour =幹事推奨course」〔←‥幹事が同行する‥〕
 3. 「同上 =その他のcourse」〔←‥幹事は同行せずmap案内のみ‥〕
 4. 「二日目 optional tour」〔←‥幹事が同行し、昼食後散会する‥〕
 5. 『払込取扱票』記入例〔←‥参加費 支払の為の‥〕
 6. 「参加費segment表」〔←‥参加費 算定の為の‥〕

※「第2回案内状」資料(Excel date)は容量が1MBと大きいので本《会報》とは別便のmail2通に〔‥本《会報》を含めると全3通に‥〕分けてお送りします。

■さて、今日続いての話題は、掲題・副題にあります様に、03月08日(土):東京都美術館『世紀の日本画~再興院展100周年〔後期〕』展を見て‥です。
 03日08日、今、東京の4つの美術館で開催中の企画展を日帰りで見て来ましたので、今日は先ず、最初に訪れた上野にある東京都美術館『世紀の日本画~再興院展100周年〔後期〕』展の模様からお伝えします。

[01]東京都美術館入口の『世紀の日本画~再興院展100周年〔後期〕』展看板
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[02]東京都美術館『世紀の日本画~再興院展100周年〔後期〕』展leaflet
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第一章/名作で辿る日本美術院の歩み
[03]奥村土牛『門』1967年
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[04]小倉遊亀『コ―ちゃんの休日』1960年
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 日本美術院は、岡倉天心(1863-1913)が中心となり1898(明治31)年 上野から程近い谷中初音町に創設された。爾来、次第に経営が傾き休止状態となっていた。
 1914(大正03)年、岡倉の一周忌を期して、横山大観(1868-1958)等が中心となって院が「再興」され、今年で丁度100年目に当たる。
 1958(昭和33)年から財団法人となり、安田靫彦(1884-1978)、奥村土牛(1889-1990)、小倉遊亀(1895-2000)、平山郁夫(1930-2009)等が理事長を務めた。

第二章/院展再興の時代―大正期の名作
[05]小杉未醒(1881-1964)『山幸彦』1917年
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 再興院展は、日本画だけでなく、洋画や彫刻部門をもつ総合美術団体として再出発した。
 小杉の本作品は油彩である。
 彼は渡欧する前から、Franceの画家ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌに傾注。
 シャヴァンヌが得意とした壁画制作も試みる様になった。
 本作品名は当初《壁画山幸彦》と題された通り、壁画として制作された。
 随所にシャヴァンヌ研究の成果が生かされている。
 余談だが、本展覧会を訪れた同じ日、4つ目に訪れたBunkamura ザ・ミュージアムで開催されていたのが正にこの『シャヴァンヌ』展であった。

第三章/歴史をつなぐ、信仰を尊ぶ
[06]鎌倉秀雄(1930- )『追想王妃の谷』1981年
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 院展芸術を支える柱の一つが、「精神的な内容をもつ表現手段」であるという信念である。
 再興以降も、院展同人達は岡倉天心の理想主義の継承者として、各自の自己表現として、宗教・思想・文学等からthemeを選んでいる。
 中でも、「院展三羽烏」小林古径(1883-1957)・安田靫彦・前田青邨(1885-1977)の功績が大きく、羽石光志(1903-1988)・平山郁夫等がその伝統を引き継いだ。

第四章/花。鳥。そして命を見つめて
第五章/風景の中で
[07]速水御舟(1894-1935)『比叡山』1919年
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[08]近藤浩一路(1884-1962)『十三夜』1936年
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[09]小田野尚之『くつおと』1996年
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 日本画の場合、速水御舟『比叡山』や近藤浩一路『十三夜』のいずれを見ても、忠実な写実でなく、何処か山水画に通じる「心象風景」の感じがする。
 それが又、日本画の風景画の魅力とも言える。

第六章/幻想の世界
[10]守屋多々志(1912-2003)『無明(むみょう)』1984年
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 日本画家達も、現実には存在しないものや見えないものを可視化する表現を試みる様になった。
 月に照らされた竹林と梅花の下を墨染の衣を着た尼僧が歩いて来る‥
 白黒と小豆色の三色と、直線的に面で仕切った、色彩と構成が何とも魅力的な作品‥
 守屋多々志の『無明』は、見る者の眼を釘づけにする得も言われぬ強いimpactを与える作品である。

第七章/人のすがた
[11]平山郁夫『日本美術院血脈図』1965年
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[12]手塚雄二『市民』1991年
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[13]梅原幸雄(1950- )『神灯につつまれて』1992年
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 日本画に於ける人物表現は「これがホント日本画かしらん?」と思うくらい実に多種多様である。
 表現する技法から様式、作家の個性に到る迄、百人百様である。
 高い技量でかつ個性的な作品が多く、見る者を惹き付けて止まない。

■今日最後の話題は、一昨日(03月14日)18時半~ アクトシティ浜松大ホールにて團伊玖磨作曲『夕鶴』〔soprano歌手 佐藤しのぶ主演〕を観て来ました。

[14]Opera『夕鶴』指揮者 現田茂夫[左]&つう役 佐藤しのぶ[右]
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[15]Opera『夕鶴』leaflet
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【佐藤しのぶに聞く/團伊玖磨と『夕鶴』への思い】programより引用
◇今回初めて『夕鶴』に出演します〔中略〕引き受けることにした理由は何ですか?
【佐藤】『夕鶴』は、国内外で800回以上も上演されてきた日本のOperaの中で最も有名な作品です。
 團先生は私にとって大切な恩師です。今回お引き受けしようと思いましたのは、〔中略〕この作品をいつか私に歌って欲しいとおっしゃって下さった先生とのお約束を果たしたいという思いと、もう一つは、『夕鶴』には今だからこそ伝えなければならない普遍的なthemeがあるからです。〔後略〕
◇実際に『夕鶴』という作品と向き合って、何が見えて来ましたか?
【佐藤】〔前略〕楽譜の最初には「いつともしれない物語、何処ともしれない雪の中の村」と書かれていて、時代を限定しないことが秘められているconceptだと思いました。
 ご存知の通り、木下順二さんの戯曲を一言一句たりとも変えてはならないという約束のもとOpera化されたものです。
 ですから戯曲で描かれている動きと心情の間合いが、計算し尽くされた音楽で表現されています。
 何処から私が登場して、どの場面で舞台のcenterに来て、そして歌い始めるのかが、先生の楽譜を見ただけでそれが伝わってくるのです。
 言葉と音楽とが見事に書ききれているのは、VerdiやPucciniや自分で脚本も手がけたWagnerにも通じる処があり、それは團先生が文才のある方だったからこそ成し遂げられたのだと思います。

【小生comment】
 このOperaは、有名なariaがある訳でもなく、全編に亘ってrecitativo(レシタティーブ=会話の部分をmelodyをつけて歌うこと)で繋いでいく。
 端的に言えば、Wagnerの楽劇を想像して貰えばいい。
 團伊玖磨氏の高い芸術性を保った音楽は、日本人には聞き慣れたmelodyが随所に鏤められて心地良かった。
 本Operaは、中嶋君ご夫妻と一緒に聴いた。

 演出:市川右近
 美術:千住 博
 照明:成瀬一裕
 衣装:森 英恵

 佐藤しのぶ氏の言葉を借りると「正にDream team!」「今回のconceptは『そぎ落とした処にある究極の美』」。
 確かに團伊玖磨氏の音楽と共に、見る者を魅了する視覚的な面でも秀逸な作品に出来上がっていた。
 本作品は《全1幕》だが、90分と30分の間に20分間の休憩があった。
 出演者は、「つう:佐藤しのぶ/与ひょう:倉石真/運ず:原田圭/惣ど:高橋啓三」の4人と、童12人〔ジュニアクワイア浜松〕。
 指揮者:現田茂夫 同氏は 佐藤しのぶ氏の夫君。
 管弦楽:東京フィルハーモニー《夕鶴》特別orchestra

【後記】
 急に春めいて来た。
 すると、いつも小生この俳句が浮かぶ‥

 春暁や人こそ知らね木々の雨  日野草城

【意】朝早く、辺りはまだ寝静まっている
 じっと耳をすましていると、外では雨が降っており、雨脚が木々に当たる音が聞こえて来る
 こんな春雨の夜明けの有様を知っているのは自分以外にはまだいないだろう‥

 では、また‥。(了)

2014年3月 7日 (金)

【時習26回3-7の会 0489】~「時習26回生卒業40周年記念懇親会に向けて~「第2回『案内状』作成状況」、並びに「第1回『案内状』response状況〔03月05日現在〕」」「02月26日:国立西洋美術館『Monet 風景をみる眼/19世紀France風景画の革新』展を見て」

■皆さん、お元気ですか。今泉悟です。
 今日も【時習26回3-7の会 0489】をお届けします。

 時節は昨日03月06日が『啓蟄』。
 陽射しは明るい春の光を感じさせ、日照時間もかなり長くなって来ました。
 因みに、今日07日 名古屋での日の出は06時14分、日の入は17時52分。
 今は、毎日、日の出が1分20秒前後早く、日の入が52秒前後遅くなっていて、合わせて日照時間は毎日2分12秒前後長くなっています。
 あと丁度二週間で春分の日(03月21日)。
 でもこの三日間は滅茶寒いですね。あぁっ、寒っ!(>_<)

■さて、今日最初の話題は、現在、小生が代表幹事となって進めている「卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」関連のNewsです。
 10月末に出状した第1回『案内状』response状況〔03月05日現在〕を先ずお知らせします。
 実は、一昨日(03月05日) 「不老荘/掲示場」に以下の記事を up しました。先ずはご高覧下さい。

 ※ ※ ※ ※ ※

 時習26回生の皆さん、こんにちは、今泉悟【3-7】です。
「時習26回生卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」開催日迄、あと3か月と2日になりました。
 時の移ろいは、ホント早いものです。
 現在、豊橋支部幹事会では、「第2回『案内状』」を鋭意作成中です。
 今月中旬〔‥来週末頃です‥〕出状を目指し、関係者は、仕事の合間を縫って、今日も最終稿のcheckをしている処です。(^^;
「第1回『案内状』」で、「◎1 参加する」「○2 参加する方向で考える」「△3まだ先のことなので何とも言えない」のお返事をお送り下さった皆さん!「第2回『案内状』」の到着を楽しみにしていて下さい!!(^-')b♪

 さて、掲題のご案内の今日は前回(02月10日)以降の豊橋支部幹事の活躍をお伝えします。
 02月上旬で、返信ハガキをまだ頂戴していない同期生は200人程‥。
 豊橋支部幹事の有志が「個別に電話勧誘してあげる!」と言って、幾人かの返信ハガキを頂戴していない同期の仲間を誘ってくれました。
 そうしたら、そのうちの幾人かが、「ついウッカリ忘れていた。参加するよ!」と、「懇親会」への参加表明をしてくれました。
 で、「ハガキで『最終確認』しよう!」と言うことになり、小生名で先週02月27日。その時点で「出欠表明していない191人」宛に『最終確認』ハガキを豊橋郵便局から出状しました。
 その結果は上々で、02月10日時点で「◎1 参加する」と「○2 参加する方向で考える」合わせて100人だったのが、5人増えて105人になりました。
 その5人の中の一人は「連絡しなくてすみませんでした。当時は参加できないかと思っていましたが、再度のお知らせで参加したいと思います」とcommentしてくれています。
 嬉しいですね。(^^
 〔中略〕
 従いまして03月05日(月)午後5時00分現在、「◎出席する64人」「○出席する方向で考える‥41人」「△まだ先のことなので何とも言えない‥47人」「×残念ながら参加できない‥58人」「■宛所不明により返却‥9人」「物故者であることが判明‥3人」の計222人となりました。
 以下に、【◎1 参加する】【○2 参加する方向で考える】【△3 まだ先のことなので何とも言えない】の方々のクラス別一覧をお示しします。

【◎1 参加する‥64人】〔以下、到着順・五十音順、敬称略〕
【1】榊原・鈴木(斎藤)・西沢・早川・細井・山田‥6人
【2】織田(亀井)・菅沼・鈴木(Y)・中嶋(Y)・斉藤(夏目)・柳田(鈴木)・中嶌‥7人
【3】井垣・市原・谷山・原口‥4人
【4】前田・金子・北川・芳村・田中(中島)・岩瀬・澤田(丸山)‥7人
【5】鈴木(杉浦)・平田(倉内)・白井(N)・山本・松岡‥5人
【6】水藤・吉福(小出)・大谷・黒柳・鈴木(M)・安田(加藤)・嘉森・山本(Ys)‥8人
【7】井上・今泉・渡辺・山中(高木)・菰田・林(K)・竹内‥7人
【8】小野・杉浦・筒井(波多野)・長坂(山口)・安井・矢野‥6人
【9】杉原(小林)・鈴木(裕)・林・酒井・和泉(不破)・丸山・福井・夏目(M)‥8人
【10】今泉・黒柳・武野・太田・近藤(河合)・伊藤(A)‥6人/小計64人

【○2 参加する方向で考える‥41人】
【1】菰田(中澤)‥1人
【2】中村・繁田(林)・森田・田村・大矢・井澤‥6人
【3】天野(山本)・庭山・中嶋・小林‥4人
【4】前田(平松)・中島(六峰)‥2人
【5】小椋・中島・中野(三浦)‥3人
【6】今泉(伴野)・澤井・林・山田(Y)・有留・鈴木(金澤)・山本(R)・今泉(F)‥8人
【7】伊東‥1人
【8】鈴木(Y)・三田・宮路・波田野・三輪(小栗)‥5人
【9】竹中(千田)・加藤(神野)・長谷川・鈴木(久)・西野‥5人
【10】小林(杉浦)・高山・手塚・水沼(坂寄)・葉山・岸田(石田)‥6人/小計41人

【△3 まだ先のことなので何とも言えない‥47人】
【1】熊谷・鈴木(Y)・竹内(小笠原)・長谷川・浅沼・土方(小石)‥6人
【2】杉浦・熊谷(伊奈)‥2人
【3】窪田・小林(石河)・岡田(伊藤)・伊藤(鈴木)・杢野(井上)・西尾・長谷川‥7人
【4】日比・岩手・黒柳(鈴川)・高木(河合)・森川・内藤(植島)‥6人
【5】松野尾・鳥居(河合)弘子・北川・松尾・花井‥5人
【6】‥
【7】太田・伊庭・彦坂・千賀‥4人
【8】荒川・伊藤(H)・内藤・河合((H)×?)・柴田‥5人
【9】青木・白井・渡辺・小林(内田)・本多・中西・井土’・兵藤‥8人
【10】鈴木(M)・相楽・朝倉‥3人
【?】氏名無記名にて不明者‥1人/小計47人
《◎1(64人)+○2(41人)+△3(47人)=◎○△計152人》

 そして繰り返しのお願いです。
 次回、正式な『案内状』を配信する時迄に、返信ハガキを頂戴していない方には当該正式『案内状』をお送り出来ません。
 何卒ご賢察のうえ、【時習26回生】の皆さんからの返信ハガキを投函か、返信mailを配信頂きます様、衷心よりお願い申し上げます。

                           以上

【小生comment】
 現在、豊橋支部幹事会で作成している『懇親会』関連資料は「第2回『案内状』」。その中身は、豊橋支部幹事会承認後にお示ししたいと思っています。
 準備している資料枚数は、A4版用紙で全6枚。
 項目名は以下の通りです。

 1. 「第2回『案内状』」本文
 2. 「初日optional tour =幹事推奨course」〔←‥幹事が同行する‥〕
 3. 「同上 =その他のcourse」〔←‥幹事は同行せずmap案内のみ‥〕
 4. 「二日目 optional tour」〔←‥幹事が同行し、昼食後散会する‥〕
 5. 『払込取扱票』記入例〔←‥参加費 支払の為の‥〕
 6. 「参加費segment表」〔←‥参加費 算定の為の‥〕

 【2637の会】membersの皆さんへも、順次情報を提供させて頂きます。お楽しみに!
 その前に、まだ返信ハガキ〔返信e-mail〕を出しかねている○△君と○□さん、返事を出してネッ!(^-')b/""

■さて今日最初の話題は、掲題・副題にあります様に、02月22(水)東京大手町1丁目にある経団連会館で仕事があり上京した。
 時間の合間を利用して、現在、上野の国立西洋美術館にて開催中の『Monet 風景をみる眼/19世紀France風景画の革新』展を見て来た。

[01]国立西洋美術館入口の『Monet 風景をみる眼/19世紀France風景画の革新』展看板
 01monet_19france

 本展は、国内屈指のMonet collectionを誇る国立西洋美術館と箱根千石原にあるポーラ美術館の共同企画である。
 主催者に拠ると本展は、「絵画空間の構成という観点から、他の画家作品との比較を通して、『風景』を見るMonetの「眼」の軌跡を辿るという企画。
 初期から晩年迄のMonetの作品36点を軸に、ManetからPicasso(1881.10.25-1973.04.08)迄、両美術館から計99点の絵画他を展示。

 99点の内訳は、絵画88点、etching 3点、glass細工6点、bronze 2点。
 更に、絵画88点の内訳は‥
 Monet(1840-1926) 36点
 Pissarro(1830-1903)・Signac(1863-1935)各5点
 Sisley(1839-1899) 4点
 Cezanne(1839-1906)・Gogh(1857-1891)・Courbet(1827-1885)・
 Gauguin(1848-1903)・Renoir(1822-1900)各 3点
 Boudin(1824-1898)・Meryon(1821-1868)・Corot(1796-1875)・
 Denis(1870-1943)・Redon(1840-1916)・Martin(1860-1943)各2点
 Manet(1832-83)・ギヨマン(Guillaumin)(1841-1927)・
 Marquet(1875-1947)・Cross(1856-1910)・ Bonnard(1867-1947)・
 ス―ラ(Seurat)(1859-1891)・Bernard(1868-1941)・
 シダネル(Sidaner)(1862-1939)・シャヴァンヌ(Chavannes)(1824-98)・
 Picasso(1881.10.25-1973.04.08)・Dongen(1877-1968)の総勢26人/88点
 Etchingの内訳は‥Whistler(1834-1903)(米国)1点・フェリックス・ビュオ
 (FelixBuhot)(1847-1898) 2点の2人/3点
 Glass細工は‥Galle(1846-1904) 6点
 Bronzeは‥Rodin(1840-1917) 2点

[02]『雪のアルジャントゥイユ(Snow in Argenteuil )』1875
 02snow_in_argenteuil_1875

[03]Cezanne『オーヴェール=シュル=オワ―ズの藁葺きの家』1872-3年
 03cezanne18723

[04]Monet『散歩(La Promenade)』1875年
 04monetla_promenade1875

[05]Manet『花の中の子供(Boy in Flowers)』1876年
 05manetboy_in_flowers1876

[06]Monet『サン=ラザール駅の線路』1877年
 06monet1877

[07]Monet『花作堤 アルジャントゥイユ』1877年
 07monet_1877

[08]Gogh『ヴィゲラ運河にかかるグレイズ橋』1888年
 08gogh1888

[09]Corot『森の中の少女(Girl in a Forest)』1865-79年頃
 09corotgirl_in_a_forest186579

[10]Sisley『ル―ヴシエンヌの風景(Landscape at Louveciennes)』1873年
 10sisleylandscape_at_louveciennes18

[11]Cezanne『プロヴァンスの風景(Landscape in Provence)』1879-82
 11cezannelandscape_in_provence18798

[12]Renoir『エッソワの風景/早朝(Landscape of Essoyes, Early Morning)』1901年
 12renoirlandscape_of_essoyes_early

[13]Pissarro『エラニ―の花咲く梨の木、朝(Pear Trees in Bloom at Eragny, Morning)』1886年
 13pissarropear_trees_in_bloom_at_e

[14]Bonnard『ミモザのある階段(Stairs with Mimosa)』1946年頃
 14bonnardstairs_with_mimosa1946

[15]Monet『セーヌ河の日没、冬(Sunset on the Seine in Winter)』1880年
 15monetsunset_on_the_seine_in_winte

[16]Monet『陽を浴びるポプラ並木(Poplars in the Sun)』1891年
 16monetpoplars_in_the_sun1891

[17]Picasso『海辺の母子像(Mother & Child by the Sea)』1902年
 17picassomother_child_by_the_sea190

[18]Redon『ブルターニュの海(The Sea in Brittany)』制作年不詳
 18redonthe_sea_in_brittany

[19]Monet『芍薬の花園(Peony Garden)』1887年
 19monetpeony_garden1887

[20]Signac『オーセール橋(Bridge at Auxerre)』1902年
 20signacbridge_at_auxerre1902

[21]Martin『Veneziaの大運河(The Grand Canal in Venice)』1910年
 21martinveneziathe_grand_canal_in_v

[22]Dongen『アンヴァリッドへの道(Road to the Invalide)』1922年
 22dongenroad_to_the_invalide1922

【小生comment】
 Monetを中心に著名な画家総勢26人の名画88点がズラリと並ぶ‥。
 これ等の名画が、ポーラ美術館と国立西洋美術館の所蔵品である。
 国内に居乍らにして、masterpiecesをジックリと見られる。
 日本って、ホントいい国だとつくづく思う。

【後記】寒の戻りを表象する季語に「冴え返る」がある。

 冴え返る 枝もふるへて 猿すべり  芥川龍之介
 冴え返る 空灰色に 凧一つ  会津八一
 冴返る 日の東京に 帰りけり  渋沢渋亭
 冴え返る ある日の恥を ありありと  野澤節子

 昔日の 君への想ひ 冴え返る  悟空

【意】ほろ苦い昔日の彼女への想いがこの「冴え返り」で蘇った‥。

 では、また‥。(了)

2014年3月 2日 (日)

【時習26回3-7の会 0488】~「時習26回生卒業40周年記念懇親会に向けて~返信ハガキを頂戴していない皆さん宛に『最終確認』ハガキを配信した件」「02月22日:『明石海峡大橋』『淳仁天皇(=淡路廃帝)陵』『野辺の宮』『須磨浦公園〔一ノ谷合戦の碑〕』『湊川神社』『兵庫県立美術館』『神戸市立小磯記念美術館』を巡って」「02月23日:大山崎町史跡巡り『妙喜庵』→『アサヒビール大山崎山荘美術館』→『天王山山頂』→『観音寺(山崎聖天)』→『宝積寺(宝寺)』→『大山崎町歴史資料館』を巡って」

■皆さん、お元気ですか。今泉悟です。
 今日は弥生03月02日。
 数日前から、朝の冷え込みがグッと緩み、「春の到来」を感じさせる気候になって来ました。
 地元豊橋では、紅白梅の花も既に満開を過ぎました。
 時節もあと4日すると『啓蟄』。
 時の移ろいは実に早いものですね。
 06月07日の「時習26回生卒業40周年記念懇親会」迄、あと3箇月ちょっとになりました。
 豊橋支部幹事会としても、参加者の極大化に向けて腐心しています。
 添付資料の「最終確認」をご覧下さい。
 10月下旬に「卒40周年業記念懇親会」に向けた『案内状』を出状しました。
 しかし、現状「返信ハガキ」を頂戴していない同期生の皆さんがまだ200人近くいます。
 最近、豊橋支部幹事の有志が「返信ハガキ」を頂戴していない同期生の幾人かに「懇親会」への参加を電話で呼びかけてくれました。
 そうした処、複数の同期生から「返信ハガキを出すのを忘れてた。参加する」と朗報を頂いた、と報告を受けました。
 其処でこの程、「最終確認」の為のハガキを作成し、「返信ハガキ」を頂戴していない同期生の皆さん宛に出状させて頂きました。
 ですから、返信ハガキを出状頂いた皆さんには「最終確認」のハガキはお送りしておりません。
 今回「最終確認」のハガキを出状しても、然程多くの皆さんからのresponseはないと思います。
 ですが、先程の例の様に、routineの忙しさの為返事するのを忘れている方々もいるだろうと思い「最終確認」ハガキを出状することにしました。
 当該添付資料が、その「最終確認」のハガキの文面です。
 「last_check_post_card.xls」をダウンロード

 【2637の会】membersの皆さんの中にも、「返信ハガキ」を出されていない方々が少なからずいらっしゃいます。
 是非「最終確認」ハガキを読んで、「返信ハガキ」を返送して頂く様、お願いします。

 尚、「卒業40周年記念懇親会 in 京都2014」の正式『案内状』は今月中旬を目処に配信する予定です。
 ご承知置き下さい。

■さて今日最初の話題は、掲題・副題にあります様に、02月22(土)~23(日)の両日、豊中市在住の愚娘夫婦の家へ陣中見舞いに行くついでに、史跡と美術館巡りをして来ましたので、その模様をお伝えします。
【02月22日(土)】
 03時10分 自宅発
 06時35分 淡路ICにて『明石海峡大橋』
[01] 淡路ICにて『明石海峡大橋』をbackに
 01_icback

 07時55分 『淳仁天皇(淡路廃帝)陵』
[02]『淳仁天皇(淡路廃帝)陵』の看板
 02
[03]『淳仁天皇陵』前にて
 03

 08時35分 『野辺の宮』
[04]『野辺の宮』
 04

 10時15分 『須磨浦公園‥源平合戦〔一ノ谷合戦場碑〕』
[05]『須磨浦公園総合案内板』
 05

[06]『須磨浦公園‥源平合戦〔一ノ谷合戦場碑‥「戦の濱」〕』の前にて
 06

 11時45分 『湊川神社』
[07]『湊川神社』表神門前にて
 07
[08]『湊川神社』本殿前にて
 08

 楠正成公を祭神とした旧別格官幣社である。
 戦前は、西郷南州を抑えて日本一の人気者であった楠正成も、戦後は軍国主義者の代表として、評価が180度変わってしまった英傑である。

 13時05分 『兵庫県立美術館‥Pompidou center collection / 奥田善巳 展 / 小磯良平記念室 / 金山平三記念室』着
[09]兵庫県立美術館『Pompidou center collection』leaflet
 09la_collection_du_centre_pompidoul

 本展は、「Parisからとどいた最新art collection 」とある様に、installationが随所にある斬新な展覧会であった。

[10]同美術館『奥田善巳(1931-2011)』展leaflet
 1019312011leaflet

奥田善巳氏の作風は、どちらかというと、抽象表現主義(Abstract expressionism)に近い。
 色彩は綺麗であるが、残念乍ら、小生はこういう趣向は好みではない。

 矢張り、当美術館と言えば、「小磯記念室」の次の2点が白眉である。

[11]同美術館 小磯記念室/小磯良平『T嬢の像』1926年
 11t1926

[12]同美術館 同/同『斉唱』1941年
 121941

 14時10分 『神戸市立小磯記念美術館 / 所蔵絵画 人気best50展』着
[13] 神戸市立小磯記念美術館 入口にて
 13_20140222

[14]同『あなたが選ぶ 小磯良平作品選~投票結果上位50点~』leaflet
 14_best50leaflet

[15]小磯良平氏の終のatelier
 15atelier

[16] 1位 小磯良平『二人の少女』1946年
 16_1_1946

[17] 4位 同『踊り子』1940年頃
 17_4_1940

[18] 5位 同『洋和服の二人』1933-34年頃
 18_5_193334

 『踊り子』と『洋和服の二人』は、2012.02.19付《会報》【0381】号にて紹介している。
 一宮市の三岸節子記念美術館にて見ていた。いい作品であり流石に人気度も高い。
http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/26-038101270211.html
[19] 6位 同『婦人像』1956年
 19_6_1956

 このご婦人は、当美術館員がクイズで「誰でしょう?」と拝観者に尋ねた。
 初老の男性が「八千草薫!」と答えた。
 「正解です!」。
 そう言われればよく似ている。

【小生comment】
 小磯良平は、肖像画、なかでも群像画に卓越した力量が見てとれる。
 兵庫県立美術館 小磯記念室にある『斉唱』がその代表作。
 小磯氏が描いた気品ある美しい女性肖像画を見ていると小生いつも心が癒される。
 勿論、風景画や静物画も素晴らしいけど!〔為念〕

【02月23日(日)】
 10時15分 JR山崎駅 東側にあるタイムズ駐車場 発
 10時20分 『妙喜庵』入口着〔予約がないと拝観出来ない〕
[20]『妙喜庵』入口
 20

 此処は、訪問日の1箇月以上前に、往復葉書で予約申込しないと、芭蕉がつくった現存する唯一の茶室である国宝『待庵』を見ることが出来ない。
 ただ、この『待庵』の原寸大模型が、妙喜庵から北東へ徒歩数分の処にある『大山崎町歴史資料館』にて見ることが出来る。
 其処で、『待庵』は最後に見ることにして『天王山』山頂へと向かった。

[21]『天王山 山頂』への登山口の石碑
 21

 勾配の決行きつい坂道を2~3分程登って行くと左右〔東西〕に分岐する。
 其処で右から登ることにした。
 更に数分登ると、道の左手〔西側〕に『アサヒビール大山崎山荘美術館』の入口であるtunnelがある。

 10時40分 『アサヒビール大山崎山荘美術館』着

[22]『アサヒビール大山崎山荘美術館』外観
 22

[23]建築家 安藤忠雄 設計「地中の宝石箱」入口(左)と航空写真(右)
 23
[24]「地中の宝石箱」内部に展示されているモネ『睡蓮』連作
 24

 此処は、関西の実業家 加賀正太郎(888-1954)の別荘として、大正から昭和にかけて建築。
 加賀は、ニッカウヰスキーの創業者竹鶴政孝(1894-1979)支援者。
 加賀が亡くなる少し前、朝日麦酒社長 山本為三郎(1893-1966)にニッカウヰスキーの株式を山本に譲り、爾来、両社が結びつくことになった。
 当山荘は、1967年に加賀家の手を離れ、転売が繰り返された。
 Bubble崩壊後、地元大山崎町から要請を受けたアサヒビールが引き取り、美術館として1996年に会館し、現在に至っている。
 美術品は、山本為三郎のcollectionである。

 11時15分 同所発
 11時55分『天王山 山頂』着
[25]『天王山 山頂(270.40m)』にて
 25_27040m

 12時15分 同所発
 12時55分『観音寺(山崎聖天)』
 13時05分 同所発

 13時15分『宝積寺(宝寺)』
[26]宝積寺(ほうしゃくじ)山門
 26
 山門両脇の金剛力士像は2躯共に国 重文
[27]国 重文「三重塔」
 27
[28]国 重文「十一面観音立像」
 28

 「十一面観音立像」は実に美しかった。
 小生も、白洲正子ではないが、どうも「十一面観音像」に魅せられた一人になって仕舞った様だ。(^^

 13時35分 同所発

 13時45分『大山崎町歴史資料館』着
[29]天正 山崎合戦陣形図〔赤:羽柴秀吉軍 v.s. 明智光秀軍:青〕
 29_vs

[30]右上「妙喜庵『書院』(重文)に隣接する『待庵】(国宝)外観(右下)と躙口より茶室内を望む(中)」
 30

 山崎の合戦は、天正10(1582)年06月13日午後4時頃、雨の降り頻る中切って落とされた。
 北に光秀軍1万5千、南に秀吉軍3万が対峙。
 数に勝る秀吉軍が三方から光秀軍を攻め、短時間で雌雄は決した。
 06月02日夜の本能寺の変から、僅か11日後のことであった。

[31]空からみた大山崎町
 31

 三本ある川は、手前から木津川・宇治川・桂川で、三川がこの地で合流して淀川になり、大阪湾に注ぐ。

 14時05分 同所発
 14時15分 駐車場着

 駐車場に着いたら程なく、娘夫婦宅がある豊中市へ戻り、暫し休憩して16時過ぎに其処を後にして豊橋への帰途に就いた。

【後記】日本水彩画会の会友で、豊橋支部の役員を務める小生の叔父貴から、来月04月15日(火)~20日(日) 豊橋美術博物館にて「第32回 日本水彩画会 豊橋支部展」の案内状の絵葉書を貰った。
 我等が時習館高校時代の美術家教諭の朝倉勝治先生の作品の絵である。
 『昼休みの岸辺』と題するP80号(絵寸1455X970mm)だから大作である。
 何処か、荻須高徳の作風に似ている‥。
 本展には、未確認だが、当会豊橋支部で活躍中の我等が同期生 大竹Y夫君【3-10】もきっと作品を出品することだろう。
 本展は是非見に行きたいと思っている。
[32]朝倉勝治『昼休みの岸辺』
 32

 では、また‥。(了)

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