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2014年12月の2件の記事

2014年12月28日 (日)

【時習26回3-7の会0529】~「12月27日:豊橋市美術博物館『小松collection~中村正義』展を見て」「中原圭介『未来予測の超プロが教える‥本質を見極める勉強法』を読んで」

■今泉悟です。今日も、【時習26回3-7の会】《会報》【0529】号をお送りします。
 2014(平成26)年も、あと3日を残すのみとなりました。
 皆さんは、この一年を如何お過ごしになりましたでしょうか。
 小生は、これ迄の《会報》でお届けした通りの、正に波乱万丈の一年でした。
 06月07(土)~08(日)には、「時習26回生卒業40周年記念懇親会in京都2014」を何とか成功裏に収めました。
 一方で、今月12月03日には、小生生まれて初めての本格的な外科的手術と、20日間に及ぶを入院生活を余儀なくされました。
 人生は、正に「山あり谷あり」‥「禍福は糾える縄の如し」「人間万事塞翁が馬」の格言の通りです。

■さて、今日最初の話題は、昨日12月27日に豊橋市美術博物館で現在開催中の『‥異端の日本画家・中村正義に魅せられた 熱狂的collectorがいた‥小松collection~中村正義』展を見て来ましたのでその模様をお伝えします。

[01]豊橋美術博物館 外観 2014-12-27〔‥写真中央左側の白い建物は豊橋市役所‥〕
 01_20141227

[02]豊橋美術博物館入口『小松collection/中村正義』展 看板
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[03]本展leaflet
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 日展を脱退し、日本画の異端児と称された中村正義(1924~1977)には、画風を一転させて画壇の中で孤立した後にも熱心な支援者がいた。
 自己を貫き通す激しい生き様に共鳴し、その過激な作風に魅了されたcollectorは多々いるが、なかでも福島県いわき市の故・小松三郎氏は、秀逸なcollectionを築いたばかりでなく、中村正義の作品を中心に展示する「いわき近代美術館」を昭和58年に開設〔現在は閉館〕し、正義没後もその画業を世に残そうと尽力した。
〔以上、本展leafletより引用〕

 小松氏と中村正義との出会いは、正義の没する僅か4年前。
 この為、晩期の代表作や絶筆がcollectionの中心となっている。
 中村正義の略歴と展示作品を時系列に示すと以下の通り

 1924年 豊橋市で生まれる
 1946年 日本画家 中村岳陵に師事、同年に日展初入選。
 1950年 「谿泉」が日展特選
 1952年 「女人」が特選
 1960年 日展の審査員を務める

[04]中村正義『木立』1960年頃
 041960

 1961年 日展を脱退

[05]同『夕陽』1961年
 051961

[06]同『花図』1968年
 061968

[07]同『舞妓図』1968年
 071968

[08]同『陽』1969年
 081969

[09]同『おそれA』1974年
 091974

[10]同『雪山』1974年
 101974

[11]同『舞妓』1976年
 111976

 1977年 肺癌の呼吸器不全の為逝去(享年52歳)

 中村正義の画風は、初期の頃は、『斜陽(1946年)』『谿泉(けいせん)(1950年)』『空華(1950年)』等、写実的で穏やかな美しい作品が多くを占めていた。
 (注) 『斜陽』『谿泉』『空華』は、本《会報》【0367】号のblog http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/26-03672637-par.html を参照願いたい

 ところが、正義は自らの画風確立の為、舞妓seriesで『白い舞妓(1958年)』『黒い舞妓(1959年)』辺りから独自の境地へと進み、1961年の日展脱退へと進んで行った。
 (注)『白い舞妓』『黒い舞妓』、そして脱退した翌年に表した『舞妓(1962年)』は、同じく《会報》【0366】号のblog http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/26-03662637-par.html を参照されたい

 日展脱退以降の正義は、一連の『舞妓』seriesでは、著しく矮小化され、容貌もgrotesqueになっていくと共に、色彩も原色を多用する様になる〔添付写真[07]〕。
 1960年代半ば以降の静物画、中でも花は「薔薇」を数多く描いている。朱色を多用し極めてエネルギッシュな作品が印象的である。〔添付写真[06]〕
 1960年代後半から晩年にかけては、正義自身に迫り来る「死」への恐怖感も根底にあったのだろう。『顔』『舞妓』『裸婦』が奇抜さに「恐怖感」が重なって来る。
 添付写真[09]『おそれA(1974年)』『舞妓(1976年)』などが正にそうだ。
 そんな中にあって、同時期に『陽(1969年)』や『雪山(1974)』の様な写実的で美しい風景画が忽然と、或いは兀然と現れて出て来る。
 こうした絵画が出て来た裏話を、小松三郎氏が、中村正義から直接聞いたepisodeとして小松氏の地元の地方新聞にて『正義芸術と私の邂逅』と題して次の様に紹介している。

【パン画と魂画】
 私が床の上にうずくまったり、口の中でわめいたり、叫んだりして感動している様(さま)を、画伯は大きな眼を見開いてじっとみていた。
 すると今度は、画伯の頬は紅潮してきて、そわそわとその辺りを行ったり来たり歩き出した。
「フム!‥」
「フム!‥」
 画伯は一人頷いて、言葉にならない呻(うめ)きを洩らした。
「パンの為に絵は描かないゾ! パンの為には‥」
 漸く言葉になって、画伯は吐き捨てる様に言った。
 あまり唐突なので私は聞き返した。
「先生何のことです?」
「いや、画商共ですよ。
 売れる絵を描け! 売れる絵を描けと僕の顔さえ見ると言いやがる。
 頭へきちまうよ!」
 画伯はにがり切って言う。
「先生は売れる絵を描こうと思えば朝飯前でしょう‥。
 画商はそれをちゃんと知っていて、売れない絵を、寿命をつめてせっせと描いている先生を勿体なくて、仕方がないのですよ!」
「自分の金儲けだけを考えているから僕は腹が立つ‥」
「いや、そうばかりでもないでしょう。
 たまに売り絵も描けば、気晴らしになって、先生の健康にも良いと思うのでしょう‥。
 きっと」私はとりなした。
「ハハハ、それは逆ですよ。却って具合が悪くなる」
「最近鑑賞画を二、三枚描かされましてね。
 描き出せばアッという間に仕上がって仕舞うから、却っていけない。
 進歩も発展もない。
 画商の言うことを聞いていたら僕という人間が駄目になる!」
 正義画伯は憮然として言った。
 そして持ち出して来たのが『陽(1969年)』と題する絵でした。
 画伯のいう所謂 鑑賞画である。
 しかしそれは素晴らしい絵でした。
 どうしてどうして、これは唯の鑑賞画ではないぞ!
 魂が入っている。
 つまり入魂の作である。
 これだけの作でも画伯にはまだ良心が添わないのだろうか?
 思わず画伯の顔を見ると画伯は、世にも情けない顔をして其処に立っていた。
 私はふと(若山)牧水の歌を想った。

 白鳥(しらとり)はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ

 ※ ※ ※ ※ ※

【小生comment】
 1969年以降の「太陽と月のseries」という風景画の一枚が本展にも展示されていた『陽』である。
 極めて写実的で美しい風景画である。
 一流の画家たちは、皆精緻な写実絵画は描こうと思えば描ける。
 ただそれでは、その画家のoriginalityが発揮されない。
 だから自らの画風を求め、努力し続けるのである。
 多くの画家の泰斗が、年を経るにつれて、写実的な精緻な作品から、捨象されデフォルメされた簡素な絵になっていく‥。
 そんな画家の画風の変遷を眺めるのも大変楽しいものである。

■今日最後の話題は、12月20日迄の入院中に読んだ中原圭介『未来予測の超プロが教える‥本質を見極める勉強法』についてである。
 本書は所謂 how to 本である。
 端的に言って、本書のindex 読めば骨子が解るので、以下にその index の中から幾つかをご紹介する。

第1章/物事の本質を見極めれば、人生はきっと巧くいく
 ・大局的かつ俯瞰的な視点をもつ
 ・語学力より先ず思考力&洞察力を身につけることに時間をかけよ

第2章/本質を見極める為には、まずは「歴史」と「宗教」を学ぶこと
 ・視野が広い程本質を見極める洞察力は深まる
 ・欧米の価値観の根本原理を歴史から学ぶ
 ・キリスト教を中心とした欧州の歴史への理解を深める
 ・世界の国々の価値観を理解する為には、歴史の読み解きが必要不可欠

第3章/学問を雑食すると、思考の幅と奥行きが広がる
 ・本質を見極める為には、本を沢山読みなさい
 ・優れた思考能力を養う王道的な方法は「読書」
 ・本質を見極める為には毎日、新聞を読みなさい
 ・本質を見極める為には、知識の詰め込みは絶対に欠かせない
 ・好奇心は人を成長させる最大のenergy

第4章/歴史を中心とした学問の融合が大局を判断する力を齎す
第5章/本当に深い理解を得る為の書籍・新聞の読み方
第6章/経験知を積むと直感を発揮できる様になる
 ・すぐれた経営者は「直観」と「閃き」が人並み外れている

【小生comment】
 本書を読んで感じたことは、著者が実施した莫大な量の読書で得た知識と理解力があれば、当然、「直感」と「閃き」が増えることは間違いない、ということである。
 あとは、その「読書」と「経験」を如何に効率的に確りと、どれだけ多く理解出来る様に実践出来るかが、物事の本質を見極める成否となる訳である。
 本書を読んで、共感は出来たが、学者や著者の様なconsultantという自由業に従事する者でないと、極めて高いlevelで「本質を見極める」ことは矢張り難しいと感じた。
「本質を見極める」には近道はないのである。
「読書」「経験」に拠り「知力」を養い、実践していくことで的確な「判断力」を養う‥という言ってみれば当然の結論に達したという次第である。

[12]中原圭介『未来予測の超プロが教える‥本質を見極める勉強法』
 12

【後記】【時習26回3-7の会】membersの皆さん、今年も大変お世話になりました。
 今回も2015年の年賀状をお送りしましたので宜しく!
 来年が皆さんにとって良い年であります様に!

[13]【2637の会】members宛 2015年版 年賀状
 132637members_2015

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[14]【2637の会】members宛以外への 2015年版 年賀状
 142637members_2015

 上述の小松三郎氏が引用していた若山牧水の名歌をいま一度ご紹介して今年の《会報》を締め括ります。

 白鳥(しらとり)はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ

                        第一歌集「海の声」 1908(明治41)年07月

【意】白鷗が青空に飛び、紺碧の海に浮かんでいる
 白鷗よ
 お前は悲しくないのかい?
 空と海の青さの、どちらにも染ることさえなく漂うことが‥
 私は哀しくてたまらない‥

 又、全く逆の解釈も出来るかもしれない‥

 白鷗よ
 お前が愛おしいよ
 だって、空の青さにも海の藍色にも染まることなく真っ白な姿を見せてくれているのだもの
 そんな凛とした姿のお前が私は愛おしくてたまらないよ

 では、良いお年をお迎え下さい。〔了〕

2014年12月21日 (日)

【時習26回3-7の会0528】~「12月01(月)~20(土):『小生の闘病生活20日間』について」「11月20日発行:『時習の灯〔2014年秋/時習館高等学校同窓会 東京支部 会報218号〕』~鈴木Y男君著『卒業40周年記念《懇親会 in 京都 2014》(時26)』」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。
 今日も二週間のblankがありましたが、予定通り【2637の会】《会報》【0528】号をお送りすることが出来ました。
 前会報の【後記】にて「故あって明日12月01日~20日迄自宅を留守にします」とお伝えし、「二週間後に再び、《会報》【0528】号をupする時、お休みした理由をお伝えします」とお約束しました。

 小生今年09月03日に6年前から自宅程近くにある光生会病院にて毎年同月に行っている「生活習慣病予防健診」を今年も受診。
 其処で、今年初めて「便潜血陽性検査 陽性」が出た。
 陽性反応が出ると、大腸がん、大腸polyp等の出血性病変が疑われる為、精密検査受診を指示されたのである。
 以下、時系列に経過をご報告する。

 ※ ※ ※ ※ ※

 11/12(水)18:00~ 光生会病院へ検査入院
 11/13(木)15:00~16:00 大腸検査を大腸fiber検査にて受診した処、全部で6個の大腸polyp等を発見
 翌日内視鏡を使った粘膜切除術を受けることが決まり、入院が14日迄となる
 11/14(金)13:00~14:00 内視鏡的粘膜切除術を受ける
 しかし、残り一つの病巣が3~4cmと大きく、大腸内を「上弦の月」の様に約4割塞いでいる
 大腸の筋肉層迄進行していると判明
 「内視鏡的粘膜切除術」では対応出来ず、開腹手術が必要と診断される

 11/17(月)10:00~ 呼吸器・心電図・胸部X線 各検査等
 11/19(水)10:00~ 腹部CT・循環器・血液 各検査
 11/20(木)10:30~ 大腸barium(注腸)検査
 11/21(金)09:30~ 検査結果&入院案内
 外科の担当医は、光生会病院の金子院長
 時習26回生【3-4】の同期である
 検査の結果、病名は「大腸癌」と判明した。
 但し、stageは、病理検査前なので明確には言えないが「stage1~2」
 もしリンパ節に転移していると、「stage3」となり、化学的療法が必要となるという

[01]S状結腸癌‥小生の病巣部位
 01

[02]大腸癌の進捗状況
 02

 11/22(土)~11/30(日)の夕方迄は通常生活OK
 11/29(土) 夕食時に暫く飲めなくなるお酒を飲み、手術の成功を祈った
 11/30(日) (夕食抜き)+下剤経口投与
 12/01(朝食抜き) 10:00入院 点滴 手術説明 承諾書
 夕方17:00家族への説明/光生会病院へ(誓約書)
 12/02(火)  大腸fiber〔‥手術で切除する部位に印をつける為‥〕
 12/03(水) 10:00~15:30‥前処理60分+切除手術210分+後処理60分‥手術名『腹腔鏡下S状結腸 切除』
 執刀医は光生会病院の池田医師と金子院長、それに今回は藤田保健衛生大学からも専門医の先生が加わり、三人で執刀して貰った由
 12/04(木) リハビリを兼ねて「少しでも歩け」という担当医に指示に従い70m程院内を歩いた
 12/05(金) ところが翌日から一寸した異変が起きた
 手術後、1日半経ち、脊髄に注射してあった鎮痛の為の針を抜いてから、立ち上がると頭が締め付けられる様に痛い〔逆に、横になると痛みが消える〕
 これは、金子院長の話に拠ると、「脊髄液が注射針を抜いた際、普通は直ぐに穴が塞がるのだが、今泉君の場合、塞がる前に脊髄液が漏れたことによる症状だ」という
 稀なcaseだが、発症するという
 これは時間が経過すれば必ず完治すると言われ、それから1週間弱で確かに頭痛は完治した
 12/17(水)10:00 金子院長が回診した際、朗報を持って来てくれた
「病理検査の結果が出た。リンパ節への転移はなかった。是でStage1だ。良かったネ」と
 この金子院長の言葉を聞き、小生、天にも昇る喜ばしい気持ちになった「金子君、朗報をホント有難う!」
 ただただ嬉しかった!
 12/20(土)13:30 その後、術後の経過状況は概ね順調で、予定通り12月20日に無事退院

【無事退院の日を迎えて】
 先ず以て、光生会病院の金子院長、そして執刀医の池田先生はじめ、同病院役職員の皆様に厚くお礼申し上げます。
 そして、今回はごくごく一部の人にしか小生の入院についてお伝えしなかった不義理をご容赦下さい。

 さて、小生、今回の入院に拠り人生観が大きく変わった。
 以下、そのことについてお話してみたい。

 今回の「大腸癌」手術は、小生の人生観にある「諦観」と「幸運」を与えてくれた。
 それは、先ず、幾ら「健康」に気をつけていても「大病を患う時は患う」ということだ。
 だから、ジタバタしても仕方がない。
「限られた人生なればこそ、残された人生は確り生きていくべき」という「諦観の境地」を一時的とは言え実感した。
 だが、逆に「幸運」に巡り合うことも経験した。
 それは、常日頃から「健康」に気をつけていたからこそ、hit率30%と低い「便潜血陽性検査 陽性」反応が出たということだ。
 大腸fiberの担当医師が、小生の場合、「便潜血陽性検査は、既往症の『痔』に拠る潜血も加わったとも考えられる。早い時点で発見されて良かった」と述べていた。
 小生の場合、[02]大腸癌の進捗状況 にある様に、病巣は術後実際に測ったら2~3cmあり、結構な大きさだった。
 この大きさならば通常ハッキリと病巣が見える筈である。
 しかし、「CT」や「MRI」では小生程度の病巣の大きさでは発見出来ないのである。
 小生の今回の場合で言うと、barium検査では、鮮明に病巣が写っていたが、CT検査では全く発見出来なかった。
 だから、今回早期発見出来たのは、既往症の『痔』の潜血があって、「便潜血陽性検査 陽性」と疑われたという「偶然」が齎してくれたと言えなくもない。
 これが即ち、「Serendipity〔=偶然が齎した目的物とは異なる『幸運』の発見〕」である。
 小生、この「幸運」をこれからも大切にして行きたい。
「まだまだ人生は暗くはならないぞ!」という希望を持って!^-^

■今日、最後にお届けするのは、掲題副題にある様に、「11月20日発行:『時習の灯〔2014年秋/時習館高等学校同窓会 東京支部会報218号〕』~鈴木Y男君著『卒業40周年記念《懇親会 in 京都 2014》(時26)』」についてである。
 同誌の発行者である、吉福(小出)さんが「時習の灯」を以下の彼女からの添状と共に送ってくれたのである。
 引用してご紹介したい。

今泉悟様
 急に寒くなりましたがお元気ですか?
 東京支部の会報『時習の灯』の秋号に、鈴木Y男君が同期会 京都旅行の記事を書いてくれました。
 同期で参加できなかった人や、先輩、後輩にも読んでもらえます。
 写真も大きく、良かったです。
 豊橋支部の幹部の皆様にも、よろしくお伝えください。
 本当にいい企画で、素晴らしい40周年でした。
 45周年、東京組もがんばらなくては‥‥。
 今年も残り少なくなり、なにかと気忙しいですが、どうぞお身体大切にお過ごしください。
               吉福Y 12/4

【卒業40周年記念「懇親会in京都2014」(時26)】〔鈴木Y男【3-2】〕
 去る6月7日(土)~8(日)、時習26回生の「卒業40周年記念懇親会」が京都で開催され、東京支部からの26名を含め、全国各地から計100名の参加者が集い、天気にも恵まれ、想い出に残る楽しい2日間を過ごしました。
 初日のオプショナルツァー(鹿苑寺金閣・龍安寺石庭)に参加するメンバーや、朝早くからのゴルフ組、あるいは各自で京都散策を楽しんだ後、メインイベントの懇親会場の老舗料理旅館「鶴清」(京都市木屋町五条)に三々五々集まり、懇親会開始前から和やかに懇談する輪が広がりました。
 我々26回生は、卒業30周年旅行を上高地で、また卒業35周年旅行を舘山寺温泉で開催しています。
 今回の40周年は、少し遠方でも「誰もが訪れてみたい」京都での開催、さらには京都ならではの企画を、豊橋支部の幹事の皆さんが用意してくれました。
 それは、懇親会に芸妓さんと舞妓さんを呼び、踊りを堪能しながら、おいしい料理とお酒を楽しむという贅沢なひとときです。芸妓さんと舞妓さんは全体写真とクラス写真の記念撮影にも加わり、踊り(「六段くずし」と「祇園小唄」)の披露の後は、懇談の場でお酌もしてくれ、男子のみならず、女子も感激していました。
 節目の40周年、また好企画ということも相まって、同窓会に初めて参加する顔ぶれも多く、久しぶりに旧交を温める声があちこちで広がっていました。
「鶴清」での一次会は、校歌「わが時習館」を参加者全員で合唱し、中締めとなりました。
 二次会場である四条河原町の「ミュンヘン」まで、高瀬川沿いをそぞろ歩きで約10分。お店を探し当てるのに少し苦労しつつ、何と80名が二次会に参加しました。
 宿泊は「鶴清」やビジネスホテルに分宿。翌日のオプショナルツァーに備えて、二次会終了後は皆さん、まっすぐ宿に向かったと思います。
 翌日は、6月の梅雨時にも関わらず汗ばむほどの好天気に恵まれ、まずは京阪電車で清水五条駅から東福寺駅へ移動。新緑が絶景の東福寺を訪れ、「臥雲橋」から「通天橋」をバックに記念撮影。また「方丈庭園」「波心庭」でのゆったりとしたひと時を満喫しました。
 さらに徒歩で伏見稲荷大社を訪れた後、本日2度目の京阪電車を利用。深草駅から中書島駅へ移動し、昼食会場「京の台所 月の蔵人」で、今夏のイベントの締めとなる昼食を楽しみ、その後も寺田屋や月桂冠大倉記念館など伏見周辺を散策し、京都を心ゆくまで楽しんだ2日間でした。
 今回の豊橋支部の幹事の皆様には、周到な事前準備を始め、当日の行き届いた対応等、本当に感謝の気持ちで一杯です。
 次回5年後の幹事は我々東京支部です。今回以上に大勢の同窓生が集い、みんなで楽しく過ごせるイベントとするよう、メンバー一同結束し、また知恵を絞って取り組んでいきたいと思います。〔鈴木 Y男〕

[03]時習の灯火から
 03

[04]懇親会 in 京都 2014‥全体写真[原本]
 04_in_2014

【後記】鈴木Y男君の随筆を読んでいたら、「懇親会in京都2014」のことが昨日の様に甦って来た。
 もうあれから半年以上の時間が過ぎ去った。どんどんと過去のものになっていく。
 でもいい思い出だからこそ、ずっといつまでも確り記憶に留めて置きたいと思っている。
 参加者全員に配布した記念DVDをたまには見て、当時を想い起こしてくれると、代表幹事としては嬉しい。

 今日、大河ドラマ「軍師 官兵衛」の最終回を見た。楽しい大河ドラマだった。
 彼の辞世歌も小生大好きだ。
 小生も彼の辞世歌の様に言い切れる人生を全うしたいものである‥

 おもひおく 言の葉なくて つひにゆく 道はまよはじ なるにまかせて 黒田如水圓清

では、また・・。(了)

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