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2015年2月 7日 (土)

【時習26回3-7の会0535】~「01月29日:愛知県芸術劇場concert hall『辻井伸行(Pf) with ヴァシリー・ペトレンコ&ロイヤル・リヴァプール・フィル』演奏会を聴いて」「02月02日:『峯田H幸君との楽しいひととき/ミニミニクラス会』&02月03日:『「難聴」対策として「補聴器」試用開始』報告」「山﨑武也:『〈人生で一番楽しい時がやってくる〉60歳からの人生の愉しみ方』を読んで」「銀行時代の同期会『53(ゴミ)の会/新年会』に参加して」

■時の移ろいは早いもので、一昨々日の02月04日は『立春』。
 4日後の02月11日には、当地豊橋の安久美神戸(あくみかんべ)神明社(八町通り3-17)では恒例の『鬼祭り』が開催される。
 Main event「赤鬼と天狗のからかい」の『赤鬼』が、現在、豊橋駅(在来線(=JR・名鉄))改札口前のconcourseに展示されている。
 昔から、「豊橋は『鬼祭り』が終わる迄『春』は到来しない」と言われている。
 暦では、『立春』は春なのだが、『大寒』の次の時節だから矢張り大変寒いことに違いないのである。^^;

[01]鬼祭りの『赤鬼』像
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 今日も、【時習26回3-7の会0535】をお送りします。

■今日最初の話題は、先週01月29日(土) 愛知県技術劇場concert hallにて開催された辻井伸行(Pf) with ヴァシリー・ペトレンコ&ロイヤル・リヴァプール・フィル』演奏会を聴いて‥からご報告したい。
 辻井伸之君のPiano演奏会は、2013年04月22(月) 愛知県芸術劇場concert hallで開催された佐渡裕指揮BBC Philharmonicの演奏会にて、Tchaikovsky(1840-93)作曲/ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 Op.23 を聞いて以来だから、約1年9箇月ぶりである。
 2013年4月26日(金)付【時習26回3-7の会 0443】
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/26-044304212620.html

 今回の演奏会のprogramは、以下の3曲と、辻井伸之君のencore 2曲、Royal Liverpool P.O.のencore 1曲だった。

 1. Dmitri Shostakovich(1906-75) : Festive Overture(祝典序曲), Op.96(約6分)
 2. Sergei Rachmaninov(1873-1943) : Piano Concerto No.3 in d minor, Op.30(約44分)
  1. Rachmaninov (辻井伸之 編曲):Paganini Rhapsody XVⅢ
     2. Paganini(Franz Liszt編曲) : La Campanella
 3. Dmitri Shostakovich : Symphony No.10 in e minor, Op.93(約46分)
  1. Johannes Brahmas : Hungarian Dance No.1 in g minor

[02]本演奏会 program
 02_program

[03] Vasily Petrenko指揮 Royal Liverpool P.O./Shostakovich : Symphony No.10のCD
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[04] Herbert von Karajan指揮 Berlin P.O. /Shostakovich : Symphony No.10のCD
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【小生comment】
 1曲目のShostakovichの祝典序曲は、1954年初演。
 Trumpetが冒頭に華やかに吹いて始まる、演奏会でも屡々取り上げられ人気ある佳品である。

 2曲目のRachmaninovのPiano Concerto No.3は、彼の全部で4曲あるPiano Concertoの中では、第2番と共に最も人気ある作品。
 本曲は、数あるPiano Concerto作品の中でも、最も難易度の高い作品として知られる。
 この難曲を、全盲である辻井君が極めて完成度の高い技量と、情感豊かな演奏ぶりに、心から胸が熱くなった。
 Orchestraの楽員達も、演奏終了後、心から敬意を表した様に慈愛に見た表情で拍手を辻井君に送っていた。
 演奏終了後もかなり長い時間、感動した客席から万雷の拍手が鳴り止まなかった。
 Handicapを背負った辻井君がこんなに素晴らしい演奏をして聴衆に感動を与えてくれる。
 そう思うと、健常者である我々に、「遣れば出来る、だから頑張って!」と無言の声援を送ってくれてるんだナ‥と背筋がシャンとした。

 3曲目のShostakovichの交響曲第10番は、小生、Shostakovichの全15曲の交響曲の中でも一番好きな曲である。
 かの名指揮者Herbert von KarajanもShostakovichの交響曲の中で唯一録音を残している曲である。
 Soviet Russiaを代表する名violinistのDavid Oistrakh(1908-1974)が、この曲をKarajanに紹介したという。
 Oistrakhは、この曲を次の様に絶賛している。
「高度の道徳的な基礎、深い人間性、偉大な愛国芸術家の誠実な感覚に貫かれている。
 そしてその力は、壮大な dramatism、鋭い葛藤、魅力的な美しさ、そして形象性の正しさの中にある」と。
 ホント、素晴らしい名曲である。
 しかし、作曲された当時はソ連国内で問題とされた曲であった。
 即ち、この曲の1曲前に作曲された交響曲は、軽妙洒脱な交響曲第9番(1945年作曲)だった。
 時の権力者Stalin(1879-1953.03.05)は、Beethovenの第九の様な大曲を期待したらしく、期待を裏切られたと思ったのか激怒したという。
 そうした経緯もあってShostakovichは、ジダ―ノフ批判((1948年02月10日~1958年05月28日)(=前衛芸術を攻撃し芸術統制))の矢面に立たされていた。
 この様に厳しい環境下だった1953年、Stalinが没した直後にこの交響曲第10番は発表された。
 全曲の演奏時間は、演奏者に拠って異なるが大凡45~52分。
 全体に重苦しい雰囲気が漂う曲で、第一楽章だけで全体の半分近い時間を占める。
 続く第二楽章は、4分余りの短いscherzoだが、「Orchestraが疾走するかのように暴れ廻るscherzo」で一度聴いたら忘れられない名曲である。
 因みに、小生はこの第二楽章が大好きである。
 最終楽章の第四楽章が終わり全曲を聞き終えると、暫くの間、頭の中が「ズ―ン」とした衝撃がジワーッと残った感じがする。
 素晴らしい名曲だと思料する。
 小生、従前よりこの感動が忘れられず、カラヤン(Karajan)指揮Berlin P.O.の1981年02月(digital)録音盤を何十回と愛聴し続けて来ている。
 が、今回 Vasily Petrenko指揮 Royal Liverpool P.O.の演奏を聴いてKarajanの演奏と比べても遜色ない大変素晴らしい演奏だと感心した。
 其処で、演奏会場で売られていたPetrenkoとRoyal Liverpool P.O.コンビのCDを購入し、帰宅後聴き直してみた。
 期待に違わぬ名演奏で、録音が良い分、Petrenkoの演奏の方に軍配を挙げるかな‥(?)。
 これで、小生の愛蔵盤が又一つ増えた。!^-^b♪

■続いての話題は、「02月02日:『峯田H幸君との楽しいひととき/ミニミニクラス会』&02月03日:『「難聴」対策として「補聴器」試用開始』報告」についてである。
 小生、個々二、三年来、肉体的な悩みがある。それは、「難聴」についてである。
 特に最近、3~4m程離れた人のボソボソ発言が聞き取れなくなり、正確なhearingが出来なくなって来たのである。
 勤務先の重要な会議等で発言者の内容が聞き取れない場合が増えて来た。
 就中(なかんずく)、発言された語尾辺りの言葉が聞き取りにくくなって来たことを痛感している。
 難聴については、2012年11月01日に、浜松医科大学耳鼻咽喉科の主任教授で【2637の会】classmateの峯田君に見て貰ったことがある。
 あれから更に聴力低下を自覚しているので、彼に連絡して再度診て貰うことにした。
 02月02日、会社を14時半に早退して浜松医科大学附属病院へ峯田君を訪ねた。
 峯田君との再会は、前回の診断して貰った時以来だから2年3箇月ぶりとなる。
 聴力検査の結果は、矢張り聴力低下が進んでいたことを裏付けてくれた。〔添付写真[05]ご参照〕
 峯田君曰く「日常生活に於ける会話を聞き取る聴力は、500ヘルツ(Hz)(低音)~2000Hz(高音)の範囲内で【0~40デシベル(dB)】に収まっていればいい。
 簡単に言うと、正常域の「0dB~40dB」では、聴力低下は自覚されないが、「40dB」(のdead line)を少しでも下回る(=40dB→50dB)と聴力低下を自覚する。
 今泉君の場合、前回(2012.11.01)検査では、右耳が高音域50dBと正常域の40dBを10dB下回っていたが、左耳はかろうじて正常値の域内に収まっていた。
 ところが、今回(2015.02.02)検査では、正常だった左耳も、前回検査の右耳と同様に高音域が(前回40dB→)50dBに低下。但し、右耳は前回と同じ水準の儘。
 従って、高音域の声が両耳共に聞き取りにくくなっている」とのこと。
 峯田君は更に「難聴は簡単に言えば『老化』だから治すことは出来ない。
 対処療法として、補聴器か集音器を試してみるかどうかだ。
 するかしないかは、今泉君の考え次第だ」とadviceしてくれた。
 其処で、仕事上で必要に迫られている小生は、即座に「補聴器試用」を決断した。
 そして、彼の紹介で、翌日(02月03日)の午前中、再び浜松医科大学附属病院を訪ね、補聴器業者のadviceに従い「補聴器」の試用を開始した。
 今の処、補聴器をつけた効果は確り出ていると言える。
 是迄、聞き取りにくかった高音域の音が、確り聞き取れる様になったからだ。
 これから半月余りの試聴期間の経過状況をみて、当該「補聴器」を購入するかを決める予定である。

[05]聴力検査結果
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[06]試聴用の補聴器
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 さて、02月02日の夕刻に話は戻る。
 小生が過日、峯田君に検診のappointmentを入れた際、彼から「診断が終わったら君の『全快祝い』をやろう」と誘いを受けていたのである。
 彼が仕事を片付ける迄、彼の研究室に案内して貰って待たせて貰った。
 そして、彼の行きつけの魚料理のお店へ行った。
 添付写真[07][08]は、其処のお店でのtwo-shotsと、お店自慢の広島県竹原市にある中尾醸造の銘酒『誠鏡(せいきょう)』。
 芳醇でスッキリした味の大変美味しいお酒だった。
 お店の女将さんが、「(朝の連続drama小説)マッサンの実家の酒造のお酒よ」と紹介してくれたので写真に撮らせてもらった。
 峯田君が抱えている一升瓶が『誠鏡』である。
 帰宅してから、internetで調べてみたら、マッサンのmodelとなったニッカウヰスキー創業者竹鶴政孝の生家は「竹鶴酒造」であることが解った。
 所在地は両社とも同じ広島県竹原市にあるが、「竹鶴酒造」は本町3丁目、『誠鏡』の「中尾醸造」は中央5丁目と、町名と番地が違い、別の会社であることが解った。
 以上は余談‥。

[07]峯田H幸君とのtwo-shots in 浜松
 07twoshots_in

[08]銘酒『誠鏡』を手に取る峯田君
 08

 二人での、【2637の会】ミニミニクラス会は飛切り楽しいひとときだった。
 Classmatesの現況や昔話をはじめ、話題は多岐に亘り、18時半頃に始まったミニミニクラス会もあっと言う間に3時間半が過ぎていった。
 今回、峯田君が小生の『全快祝い』をしてくれたのは、彼が小生と同じ「大腸癌(=S状結腸癌)」を罹患、「とても他人事に思えなかった」からだそうである。
 今から3年前のことだという。症状の進度も小生と全く一緒だそうだ。彼も小生と同じくstageが軽いことを聞いて安心した。
 峯田君が「大腸癌」になってことについて、皆さんにこうしてお知らせすることは、事前に彼から了解を頂戴している(為念)。
 彼からは「我々もそういった(=(小生注)大腸癌に罹り易い)年齢になったので皆気をつけましょうね」と注意喚起の意味合いを込めて話してくれれば結構との由。
 大腸癌は、前にもお話した様に、女性の癌の№1、男性の癌の№3と、日本人が今最も罹り易い癌で、しかも毎年罹患者が増えている身近な病気である。
 大腸癌は、癌の中でも早期に切除すれば、術後5年間再発しなければ「完治する」直り易い病気でもある。
「Stress」と「喫煙」と「過度な飲酒」が、大腸癌発症の3大factorと言われている。
 皆さんも「生活習慣病予防健診」の中に「便潜血陽性検査(=所謂「検便」)」を入れることをお薦めします。
 理想を言えば、最も早期且つ確実に発見出来るので「内視鏡に拠る大腸polyp検査」をお薦めします。
 ご自愛下さい。

■さて続いての話題は、最近読んだ山﨑武也著『〈人生で一番楽しい時がやってくる〉60歳からの人生の愉しみ方』についてである。
 本屋で立ち読みをしていた中で、中々良いことが数多く書いてあったので衝動買いした本である。

[09]山﨑武也著『〈人生で一番楽しい時がやってくる〉60歳からの人生の愉しみ方』
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 著者の山﨑武也氏は、略歴に拠ると、1959年に東大法学部を卒業。Business consultantを生業とする一方、『心を打つちょっとした気の使い方93』『お金の使い方でわかる大人の「品格」』『ちょっとしたことでかわいがられる人、敬遠される人』等々の処世術のhow to本を数多く上梓している。
 今日は、本書の中から一つ『感動する心を忘れない(P.172-75)』と『自分なりの幸せの見つけ方(P.210-13)』(の抜粋)をご照会したい。

【感動する心を忘れない】
 毎日していることが何だかつまらなくなる時がある。〔中略〕
 他の人から見ると、キチンとした日々を暮らしているとしか思われないのに、本人は程度は軽いのではあるが苦しいとか悲しいとか嘆いている。
 一種の不定愁訴((ふていしゅうそ)=明確な器質的疾患がないのに、様々な自覚症状を訴えること)である。〔中略〕
 日々の生活がマンネリ化して来ているので〔中略〕其処から抜け出す為には、自分の心身に刺激を与えたり揺さぶりを掛けたりする必要がある。〔中略〕
 比較的長期間に亘って、自分が「感動」というものから縁遠くなっていたことに気付く筈だ。
 〔中略〕
 矢張り、感動とは与えられるものではなく、自分自身で探して見つけるものなのである。〔中略〕
 感動する為の材料は、自分の身近に幾らでも転がっている。
 見慣れている物でも、見る角度を変えたり異なった考え方をしたりすれば、興味の対象と成り得る。〔中略〕
 年を取って来ると時間は十分にある。
 科学的な観察力を駆使した上で、哲学的な考察をしてみるのだ。その様な前向きの姿勢には生命力が溢れて来る。

【自分なりの幸せの見つけ方】
 誰でも幸せになりたいと願っている。〔中略〕
 要は、本人が恵まれていると考えて満足していれば、それが幸せである。〔中略〕
 そもそも人生は結果でなく過程である。
 結果は一瞬のものであり、過程は持続していくものだ。
 人生の結果と言えば、究極的には「死」であり、その時点では自分というものは自分の意識の中には存在しない。〔中略〕
 一方、人生の過程こそが日々の生活であり、自分にとってはこれ以上に現実的なものはない。〔中略〕
 その過程の一つひとつを十分に感じ取ることが必要で〔中略〕人生を「味わう」という姿勢が重要になって来る。〔中略〕
 今更高望みをするなどという青臭い考え方をしないで、成熟して落ち着いた大人の視点に立って、「足るを知る(注)」考え方をする。
「理想的になるな」というのではなく、より現実的で足が地についた考え方をするべきだというのである。
 毎日の暮らしの中で〔中略〕(我々)凡人は、その様な喜怒哀楽の感情に翻弄されている。〔中略〕
 一方、この世を悟り切った人は、全ての感情を人生に於ける必然的な要素として考え、淡々と「味わう」。
「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」の世界である。〔後略〕

(注)「足るを知る→足るを知る者は富む」:分相応に満足出来る者、満足することの意義を知っている者は、生活が貧しくても心は豊かである、ということ。
 出典:老子
 Content is kingdom. 満足は王国なり

【小生comment】
 山﨑武也氏は、本書の中の『とびきりいいもに触れる(P.194-97)』の処では次の様にも語っている。

【とびきりいいもに触れる】
 季節を見計らって近くの温泉に、二、三日の小旅行を試みる。〔中略〕
 その温泉に行った時は、風呂に入るだけでなく、近所の景色を楽しんだり、様々な施設を訪れたりする。
 その中によく行く美術館がある。〔中略〕その落ち着いた佇まいが気に入っているのと、〔中略〕何より空いているのが大きな魅力である。
 ゆっくり鑑賞することが出来る。
 常設展示と一定期間の企画展示とがあるが、絵画は古今東西の一流画家のものばかりだ。
 かなり頻繁に訪れていることになるので、私達が馴染みになっている作品も少なくない。何度見ても飽きない。
 いつでも見ることが出来るので、私達の所蔵する作品の様でもある。
 大した金額でない入館料を支払って、美術館に管理保存して貰っていると考えると、至福の思いに浸ることが出来る。〔後略〕

 小生も、山﨑氏の意見に全く同感だ。
 何度も訪れている美術館〔‥メナード美術館、名都美術館、一宮市三岸節子記念美術館 等‥〕は、常設展cornerでは馴染みになっている絵画が少なくない。
 でも、一流作品は、不思議と何度見ても飽きが来ないし、見る度毎に新しい発見がある。
 そして嬉しいことは、自分の審美眼(=本質的に良いものを見出す能力)が間違いなく磨かれていくことを実感出来ることである。
 更に又、美しい「名画との再会」は、恰も愛しい「恋人との再会」に似ていて、いつも胸がときめき、自分の感性も磨かれていくと言っていいかもしれない。
 だから小生、好きな美しい絵画が見られる『美術館巡り』が止められないのである。

■今日最後の話題は、昨日02月06日(金)に、名古屋の金山の居酒屋で開催された、旧銀行時代の同期会『53(ゴミ)の会/新年会』から、記念の全体写真とsnap-shotである。
 小生達、昭和53年04月に、旧東海銀行に入行した大学卒業の同期生は151人いた。
 昭和53年入行の我々は、入行直後から不思議と同期としての結束力が強く、この年になっても、毎年、春と秋にGolfを、夏と冬に懇親会を開催している。
 この同期会についても、幹事が確りしていて、万年幹事がいる。
 現役時代から30年以上続いている。
 今回も約30人が集った。

[10]53(ゴミ)の会/新年会 in 名古屋2015-02-06 全体写真
 10_in_20150206

[11]同上 snap-shot
 11_in_20150206_snapshot

【後記】人の一生は、長くても精々100年。
 一人で生まれ、独りでこの世という舞台から去っていく。
 人の一生は、「『出会い』があれば必ず『別れ』がある」その繰り返しである。
 人生に於ける『出会いと別離』は、短くは『一期一会』から、長い付き合いの筈の『家族』にも厳然と存在する。
 井伏鱒二は、中国唐時代の于武陵(うぶりょう)の五言絶句「勧酒」に名訳をつけて次の様に詠んでいる

 コノサカズキヲ受ケテクレ
 ドウゾナミナミツガシテオクレ
 ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」って何処かで聞いたことがあるphraseですネ。
 そう、名付け親は、林芙美子である。
 以下に于武陵の「勧酒」を記して今日は締め括りとする。

 勸君金屈巵
 滿酌不須辭
 花發多風雨
 人生足別離

 君に勸む 金屈巵(きんくつし)
 滿酌 辭するを須(もち)いざれ
 花發(ひら)いて 風雨多し
 人生 別離足(た)る

【意】君に勧めよう、この美しく金色に輝く杯を
 なみなみと酌(つ)がれた酒をどうか辞退しないでくれ
 花が咲く時節には風雨が多い
 人の一生というには別れがつきものさ
〔★だからこそ、今この時を大切にしよう★〕

【注】金屈巵:把手(とって)のある黄金杯
 足(=足る):多い
 尚、もし『惜別』に力点を置く場合は〔★だからこそ、今この時を大切にしよう★〕の処は訳さない

 小生は、断然〔★‥今この時を大切に‥★〕の訳を付した方を支持したい
 即ち、【2637の会】membersの皆さんとのお付き合いも、互いの命脈が尽れば終焉を迎えるのは必然だ。
 だからこそ、決して刹那的ではなく、別れがあるからこそ、『今を大切にして生きて行きたい』と思っている。
【時習26回3-7の会】membersの皆さんとの「今」を大切にして行きたいのである。
 小生も元気な限り《会報》を頑張っていきますので、皆さん応援をお願いします。

 では、また‥。

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