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2015年4月の4件の記事

2015年4月26日 (日)

【時習26回3-7の会0545】~「04月23日:愛知県芸術劇場concert hall『エフゲニ・ボジャノフ(Piano)/佐渡裕指揮/兵庫芸術文化センター管弦楽団』演奏会を聴いて」「04月25日:高浜市やきものの里 かわら美術館『天野喜孝‥想像を超えた世界』展 & 名都美術館『特別展‥花と緑の日本画‥佐藤美術館蔵《国際花と緑の博覧会》出品作品より‥』展 & 碧南市藤井達吉現代美術館『生誕150周年記念‥竹内栖鳳』展 を見て」「鹿島茂著『進みながら強くなる‥欲望道徳論』を読んで」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 さぁ、今日も【2637の会 0545】号をお送りします。
 愈々今週半ばからGWが始まりますネ。
 因みに、トヨタcalendarは、04月29日(昭和の日)~05月06日(05月03日(日)憲法記念日の振替休日)迄の8連休。
 皆さんは、今年のGWは何処か旅行を計画されていますか?
 1ドル80円時代から1ドル120年の33%の円安時代となり、北陸新幹線の開通もあって今年は国内旅行が人気の様ですね。
 拙宅は、特に予定はありません。
 子供達の帰省の対応と孫の世話、そして亡父宅の遺品類の整理、拙宅の庭の除草や殺虫剤散布等の雑事で終始しそうです。 ^^;;

■さて今日最初の話題である。
 小生、先週木曜日の04月23日、名古屋の愛知県芸術劇場concert hallにて開催された『エフゲニ・ボジャノフ(Piano)/佐渡裕指揮/兵庫芸術文化センター管弦楽団』演奏会を聴いて来たので、今日は先ずその模様からお伝えしたい。

[01]佐渡裕
 01

[02]エフゲニ・ボジャノフ(Evgeni Bozhanov)
 02evgeni_bozhanov

 佐渡裕とボジャノフの演奏は、今から3年半近く月前の2011年11月01日に、佐渡裕がベルリン・ドイツ交響楽団を率いて Rachmaninov ピアノとオーケストラの為の「パガニーニの主題による狂詩曲」作品43 を聴いて以来である。
 その時の模様は、以下のURLにて《会報》【366】をご高覧下さい。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/26-03662637-par.html ←此処をclickして下さい

 今回の演奏曲目は以下の通り。

[1] Carl Maria von Weber(Berlioz編曲)/舞踏への勧誘(Invitation to the Dance) Op.65
[2] Frederic Chopin/Piano Concerto No.2 in f minor Op.21
  Encore : ラフマニノフ(ヴォロドス編曲)/Sonata for Violoncello & Piano より andante
[3] Johannes Brahms/Symphony No.2 in D Major Op.73
  Encore : 宮川彬良 編『すみれの花咲く頃』

 小生、兵庫県芸術文化センター管弦楽団の演奏は初めて聞いた。
 当センターは、佐渡裕を音楽監督に今年で開館10周年迎えた。
 年間の来館者数は50万人以上。日本を代表する劇場に成長した‥と本演奏会programに書いてあった。
 当楽団は、「日米欧亜の若手playerをauditionに拠り選抜し、最長3年の在籍期間中に、公演を通じて将来の優秀なorchestra playerの育成を行う」とのこと。
 確かに、楽団員に外国人の顔が沢山見られた。
 演奏技術のlevelも確かに高い水準であると実感出来た。
 Pianist Evgeni Bozhanovは1984年Bulgaria生まれで今年31歳。
 丁度、小生の長男と同い年になる(←小生も年をとったっていうことか‥(笑))。
 彼は、2010年のショパン国際piano concoursで第4位。
 今回のChopinのこのPiano Concerto No.2は、まだChopinが20歳の時、祖国Polandを永遠に離れる直前に作曲。
 彼の大変有名なPiano Concerto No.1も第2番と同年の1820年に作曲されているが、第2番が第1番より先に作曲されている。
 Bozhanov自身がこの曲について次の様に解説している。
「この作品は第2楽章に、ショパンが当時恋心を寄せていた声楽科の女性コンスタンツィア・グワトコフスカへの想いが投影されていると言われています。
 音楽の美しさには比類がなく、彼の作品の中でも最も人気があるのではないでしょうか。
 ショパンは自身の作品の中で、pianoの魅力を最大限に引き出しました。
 Pianoでベルカント(=美しい歌・歌唱)の様に歌うその音楽は、まるでヴェルディのOperaの様です」と‥。

【小生comment】
 Brahmasの交響曲第2番は、Brahmasの田園交響曲とも言われる、彼の全4曲ある交響曲の2番目に作曲された曲。
 兵庫芸術センター管弦楽団の確りした技量に支えられた演奏は聞いていて心地良いものであった。

■続いての話題は、昨日04月25日(土)に私用で名古屋に車で出かけたついでに立ち寄った3つの美術館の模様についてである。

【高浜市やきものの里 かわら美術館『天野喜孝‥想像を超えた世界』展】
 本展は、画家・designer・illustrator として国際的に活躍する天野喜孝(1952年- /静岡県出身)の作品展である。
 彼は、タツノコプロで「ガッチャマン」「タイムボカン」等の人気アニメcharacterのdesignを手掛けた。
 独立後は「ファイナル・ファンタジー(FF)」を初めとするTVgameのdesignを制作。
 彼の制作は、映画監督、舞台芸術、ファインアート(fine art(s):純粋芸術 純粋美術)等、極めて幅広い分野に及ぶ。
 本展は、天野氏の作品を時系列的に紹介している。

[03]高浜市やきものの里 かわら美術館 入口 と『天野喜孝』展 看板
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[04]本店leaflet(左絵:天野喜孝「FF(ファイナル・ファンタジー) 街 1994年」/右絵:同「Candy Girl 2014年」)表面
 04leafletff_1994candy_girl_2014

[05]本展leaflet 裏面
 05leaflet

[06]天野喜孝『DEVA LOKA』2008年
 06deva_loka2008

[07]同『シンデレラ(Cinderella)』2005年
 07cinderella2005

[08]同『花天(KaTen)』1994年
 08katen1994

[09]同『1001nights 天井画 春』1996年
 091001nights_1996

【小生comment】
 アニメ画家の作品展と思って入館したが、拝観して良かった。
 いずれの作品も天野氏の技量が見る者に訴えかけてきて思わず溜息が出る程素晴らしいものであった。
 彼の作品 [07]『シンデレラ(Cinderella)』はFranceの象徴主義の画家とも孤高の画家とも言われる Odilon Redon(1840-1916)を、[08]『花天(KaTen)』なんかはAustriaの象徴主義の画家 Gustav Klimt(1862-1918)の作品を彷彿とさせる。
 どうです? 素晴らしいと思いませんか?

 ※ ※ ※ ※ ※

【名都美術館『特別展‥花と緑の日本画‥佐藤美術館蔵《国際花と緑の博覧会》出品作品より‥』展】
 1990年、「人と自然が調和する潤いのある21世紀の創造」をThemeとした「国際 花と緑の博覧会」が、大阪の鶴見緑地で開催された。
 本展は、その際、その中にあった第一不動産Groupに拠る現代日本画家50人による花と緑‥自然をthemeとした新作を一堂に展示されたものである。
 昨日見た3つの美術館の企画展の中では、流石に日本画家の泰斗達の名作のオンパレードだけあって文句なしの№1の企画展であった。
 先ずは、主要作品9点(←本展leafletにある堀文子の作品を含む‥)をご覧頂きたい。
 一つひとつの作品が見事と言うしかない傑作群である。

[10]本展leaflet/右絵は堀文子『流れゆく山の季節(部分)』1990年
 10leaflet1990

[11]小倉遊亀『紅梅と古鉢』1990年
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[12]岩橋英遠『冬去る』1990年
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[13]片岡球子『富士に献花』1990年
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[14]奥田元宋『吉野細雨』1990年
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[15]稗田一穂『残照』1990年
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[16]堂本元次『桜花水に映ゆ』1990年
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[17]平川敏夫『仙境楓韻』1990年
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[18]加山又造『夜櫻』1990年
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【小生comment】
 [11]の小倉遊亀(1895-2000)の作品はなんと95歳の時の作品である。流石というほかない。
 小生も95歳でも元気に生きていたいものである。
 [12]の岩橋英遠(1903-99)と[13]片岡球子の作品はいずれも富士山を描いているが、夫々の作風に拠る霊峰富士山が見事である。
 尚、岩崎氏の作品名は「冬去る」とあり富士山と記していないのでもし間違っていたらご容赦頂きたい。
 [14]奥田元宋『吉野細雨』、[15]稗田一穂『残照』、[16]堂本元次『桜花 水に映ゆ』は、いずれも桜の花を描いているが、これ等も実に趣があっていい。
 [17]平川敏夫氏は、豊川市小坂井町出身の日本画家で、氏の作品はいずれも素晴らしい構成力と技量で見る者に迫って来る。
 本作もホント素晴らしい。
 [18]加山又造『夜櫻』は、展示された本作品展全50点の中でも白眉の作品の一つに挙げられよう。素晴らしいの一言である。

 ※ ※ ※ ※ ※

【碧南市藤井達吉現代美術館『生誕150周年記念‥竹内栖鳳』展】
 昨日見た美術館の企画展の最後は、1864年12月20日生まれなので、昨年12月で生誕150周年を迎えた。
 本展は、昨年11月 広島県廿日市市にある海の見える杜美術館を皮切りにstartした。
 次いで本年02月 姫路市美術館、同年04月 当美術館、07月 小杉放菴(ほうあん(1881-1964))記念日光美術館という順で巡る巡回展である。

[19]碧南市藤井達吉現代美術館
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[20]本展leaflet/右絵は竹内栖鳳『小春』1927年
 20leaflet1927

[21]竹内栖鳳『薫風遊鹿図』1898年
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[22]同『白猿(部分)』1905年
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[23]同『スエズ景色』1901年
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[24]同『羅馬之図』(6曲1双の左)1903年
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[25]同『羅馬之図』(6曲1双の右)1903年
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【小生comment】
 竹内栖鳳は、画家としての卓越した技量は大変有名で、旧来の日本画は言うに及ばず、写実画、洋画にも秀でている。
 添付写真の絵 [21]『薫風遊鹿図』・[22]『白猿』・[23]『スエズ景色』・[24]&[25]羅馬之図をご覧頂きたい。
 標本の様に写実的な『鹿図』、油彩画の『スエズ景色』、日本画と西洋画を融合した様ない『羅馬之図』‥いずれも素晴らしの一言に尽きる。

■今日最後の話題は、最近読んだ鹿島茂著『進みながら強くなる‥欲望道徳論』についてである。
 本書は、本題と副題にある様に、「自己利益と自己愛を冷静に見つめ、欲望から道徳を創る為の『進みながら強くなる』方法」について論じた、France文学者&哲学者の鹿島茂氏essayである。
 本書は以下の5章からなっている。

第一章/死ぬ迄上昇カーブで力をつける

第二章/正しく考える方法
 ◆「何が得かを知る」ことが「考える目的」だ(P.54)
 ◆みんなに得なことが、自分にも一番得にまる(P.56)
  →・出発点は「自己利益の追求」だが、自己利益を若干抑えてみんなの利益を考慮した方が結果的に「自分に一番得なこと」になる(P.57)
 ◆「正しく考える方法」はどうすれば身につけられるか?(P.62)
  →・それは、「問いを立てる方法」を学ぶことに始まる
 ◆「考える方法」には4つの原則がある(P.70)
  →・1:全てを疑おう/2:分けて考えよう/3:単純で解り易いものから取り掛かろう/4:可能性を全て列挙・網羅しよう(P.71)

第三章/日本人の道徳意識が意味するもの
 ◆島国から巨悪は生まれない(P.105)
  →・家族類型学の観点から考えると、日本人は前工業化社会時代には極めて道徳的な国民であったことが解る
    即ち、親子の絆が強く、両親や祖父母の精神的影響力が強く働く為、幼い子供が自然に道徳律を身につける
    しかも、長男とそれ以下で、生まれた時から格差がある為、長幼の序が尊重され、利己主義が抑圧される(P.105)

第四章/日本人に必要な新しい道徳とは何か?
 ◆日本人は「新しい道徳」を創るべき時期に来ている(P.124)
  →・Anglo-Saxons系の核家族類型の社会が世界の主流となった現代社会は、資本主義(=経済的自由主義)と民主主義(=政治的自由主義)の2つのsystemから成り立っている。
    その中核的思想となっているのが、「人間は『自己利益』と『自己愛』からしか動かない」で、先ずこれを冷徹に認識する必要がある。(P.125)
 ◆広い視野で「正しい損得勘定」をする(P.143)
  →・長期的且つ俯瞰的視野から損得を考えなければ最適解は求められない

第五章/幸福のカギを握るシンプルな原理
 ◆資本主義社会の原動力は『自尊心』にあり
  →・人という生命体を動かす行動原理は、①「自己保存欲求」/②「自尊心」/③「面倒臭いことは嫌いだ」という省エネ欲望‥の3つ。(P.150)
    Werner Sombart(1863-1941)は、「贅沢に無駄づかいする人が沢山いた方が、お金が回って経済が活性化する」と言っている。(P.155)
    Max Weber(1864-1920)は、「資本主義の発展には資本の蓄積が必要であるから、『禁欲的勤労精神』を持った人が多い方が資本の蓄積は急ピッチで進む」と主張。
    真実は、SombartとWeberの主張の両方が資本主義社会の生成と発展に欠かせないのである。(P.156)
 ◆「面倒臭い」という動機が社会を発展させた(P.158)
 ◆「面倒」の無限連鎖の中で人生は完結する(P.161)
 ◆幸福を追求すると、他の誰かが不幸になる(P.168)

[26]鹿島茂『進みながら強くなる‥欲望道徳論‥』
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【小生comment】
「人間は、『自己利益と自己愛』からしか動かない‥という言葉は、核心を突いている。
『自尊心』も、『自己利益と自己愛』が源泉にあるから当然のことと言える。
 鹿島氏は、戦後の日本経済が驚異の高度成長を遂げた源泉も、この『自己利益と自己愛』にあると喝破している。
 第四章の中の◆「情けは人の為ならず(‥巡り巡って己(おの)が為‥)」は賢く生きる知恵‥の処で次の様に述べている。

「戦後、日本が焼け跡から立ち上がり、驚異的な経済発展を遂げることが出来たのも、自己利益追求と賢い禁欲主義が巧みにblendされていた為なのです。
 一見すると高度経済成長は、核家族類型の原理である効率・功利主義という名の貪欲主義が支えになっていた様に見えますが、本当は、戦前の直系家族類型の時代に叩き込まれた刻苦精励型の禁欲的な精神主義がまだ消えずに残っていた為に、二つの要素が絶妙な加減でblendされて実現したことなのです。
 言わば、「損して得取れ」という賢い禁欲の知恵が無意識のうちに経済分野でも使われることで日本経済にとっての自己利益の最大化が図られた訳です」。

 鹿島氏の言葉に小生全く同感である。

【後記】一昨日の04月24日 小生が務める会社の決算取締役会が開催され、無事終了した。
 一年中で一番hardなnegotiationとなる役員会である。
 所要時間は約1時間半。
 終了直後、無事終了した安堵感からか、突然クラクラっと目眩がした‥。
 若いつもりでいても今年還暦だから、歳は隠せないんだろうなぁ‥と感じた次第である。

 ※ ※ ※ ※ ※

 さて今日は、新緑の美しい桜並木と満開のツツジと花菖蒲の写真をご覧に入れてお別れしたい。
 この写真は、《会報》【0542】号にて04月04日に満開であった拙宅近くの「春日北公園」の今朝(04月26日)撮影した景色である。
 桜の樹も、ご覧の様に新緑の美しい姿に変わった。

 葉桜の 中の無数の 空さわぐ  篠原 梵(1910-75)

[27]北春日公園のツツジと花菖蒲
 27

 では、また‥。

2015年4月18日 (土)

【時習26回3-7の会0544】~「04月16日:和田秀樹講演会『いつまでも活躍でいる脳をつくる』を聴講して」「和田秀樹著『一生ボケない脳をつくる77の習慣』&『60歳から、脳を鍛える健康法〔脳が元気な人は体も元気だ!〕』を読んで」「04月16日:松坂屋美術館『第70回 春の院展』を見て」「Werner Sombart著(金森誠也 訳)『戦争と資本主義(Krieg und Kapitalismus)』を読んで」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。さぁ、今日も【2637の会 0544】号をお送りします。

 ※ ※ ※ ※ ※

 それにしても今春は天候不順な日が多いですね。
 そんな折、04月16日夜のNHKニュースで、梨の花の授粉作業の様子が放映されていた。
 梨の花は、桜や杏、李、花桃等と同じくバラ目バラ科の花で、白くとても可憐で美しい花である。
 梨花というと、北宋の蘇軾(蘇東坡)が詠んだ以下の優れた漢詩がある。

 和孔密州五絶 東欄梨花  蘇軾(1036-1101)

 梨花淡白柳深青
 柳絮飛時花滿城
 惆悵東欄一株雪
 人生看得幾清明

 孔密州(こうみっしゅう)の五絶に和す 東欄の梨花

 梨花は淡白 柳は深青
 柳絮(りゅうじょ)飛ぶ時 花 城に満つ
 惆悵(ちうちゃう)す 東欄 一株(いっしゅ)の雪
 人生 看得(う)るは 幾清明

【意】梨花は淡い白色、柳は深い緑色(‥をして実に美しい‥)
 柳絮(注)が飛ぶ季節となり、又、(梨の)花が街中一杯に咲いている
 庭に面した東側の欄干の傍らに咲いていた一本の雪の様に白い梨花を思い浮かべ物思いに耽る‥
 儚い一生、あと何回『清明』節にこの美しい梨花を観ることが出来るだろうか

 (注)柳絮:柳の花が咲いた後、風に舞う綿毛のある種子
 惆悵:嘆き恨むこと(「惆」「悵」いずれも「うらむ」の意)

【解説】本詩の作者である蘇軾(東坡)が、知事として徐州に着任して間もない頃の話。
 蘇東坡が是迄務めた密州の後任知事の孔宗翰(こうそうかん←孔子の子孫)から五首の七言絶句が送られて来た。
 本詩は、その返事の詩として詠んだもの。
『東欄』は、密州の官舎の東の欄干のことで、其処には2株の梨の木があった。
 毎年春の『清明』節の頃には白い花が咲いていた。
 蘇東坡は、「人生 看得るは 幾清明」と、『人生の無常』を詠んでいる。

 ※ ※ ※ ※ ※

 梨花については、日本の俳人 原石鼎(はら せきてい(1886-1951))昭和11年に詠んだ次の様な名句がある。

 青天や 白き五瓣の 梨の花  原石鼎

[01]梨花 ‥ 俳句その儘の青天下に咲く真っ白な美しい梨の花‥
 01

  ※ ※ ※ ※ ※

■さて今日最初の話題である。
 実は小生、一昨日の16日、名古屋で開催された、国際医療福祉大学大学院教授 和田秀樹氏の講演会『いつまでも活躍でいる脳をつくる』を聴講して来たのでその模様についてご報告する。
 合わせて、比較的最近読んだ和田氏の近著『一生ボケない脳をつくる77の習慣』と『60歳から、脳を鍛える健康法〔脳が元気な人は体も元気だ!〕』についても、講演会とよく似た内容なので合わせご紹介する。

 本講演会の演題は、『いつまでも活躍でいる脳をつくる』。
 「『脳の老化』についてお話したい」と言う和田氏の言葉で講演は始まった。
 以下に、和田氏の話されたことのsummaryをご紹介する。

 ※ ※ ※ ※ ※

 認知症にならなければ、年をとっても『脳』は老化しにくい。
 東京都下で過去15年間の追跡調査したDataがあるが、言語IQは76歳~85歳にかけてむしろ上昇する。
 これはIQの高い人程長生きするから‥。
 推論、思考、暗記、計算力等 動作性の知能と言われる『流動性知能』は、経年に拠り必ず老化する。
 一方、免許や学位等の専門的知識や料理等の日常習慣、長年に亘る趣味の手順や方法等 言語性の知能を言われる『結晶性知能』は老年期に入っても伸び続ける。
 老化の例として、体内水分の含有比率がある。成人健常者は60%→80歳 男54%・女46%。筋肉量は30%も低下する。
 「老化は徐々に進行するのではなく、亡くなる直前に急速に起きる」ことが最近解って来た。
 老化を防ぐには、年をとっても運動を続けることが大切!
 年をとると衰えが顕著なのは「使わないことに拠る能力の低下」。
 →・若年期では運動しなくても体力は直ぐに回復するが、老年期では運動しなくなると教則に老化が進む〔‥★歩き続けることが重要★‥〕

【何が感情を老化させるか?】
 ①前頭葉の委縮〔40代から委縮が始まる‥→★頑固になる(=老化が始まる)‥〕
  →海馬の委縮〔=記憶力の低下〕
 ②動脈硬化〔40代から老化が始まる‥→★心筋梗塞や狭心症等の虚血性疾患〕
  →動脈硬化は、誰にでも起きる〔←避けられない〕
 ③神経伝達物質の減少〔ドーパミン・ノルアドレナリン・セロトニンが影響するとみられ、これ等が減少するとうつ病の発症が多くなる〕
 ④ホルモンの老化〔‥特に男性‥→★女性は閉経すると男性ホルモンが増加、男性は40代から男性ホルモンが減少〕
  →結果、老年期は女性の方が元気! 男性ホルモンが低下すると「意欲が低下」する→★男性ホルモン投与後は社交性が増加する

 ☆血圧が低すぎると意欲が低下する
  →現代は蛋白質接種が多くなったので血圧が200でも血管が破れなくなった
 〔‥食生活が貧しかった時代に比べ脳卒中・脳出血等に拠る死亡率が大幅に低下した〕
 ☆老化するとセロトニンが減少→〔意欲・想像力・社交性・物事への適応力等〕が低下→自殺者が増加

【前頭葉の委縮防止策】
 ①ハラハラドキドキ体験を増やす
 ②強い刺激を与える
 ③routineにないことに対応する力をつける

 ☆笑いに拠るNK(natural killer)細胞が活性化する
 〔‥→★出来そこない細胞を殺す役目のNK細胞も年をとるにし難い減少する〕

【男性ホルモンと脳の活性化】
 男性ホルモンは、「性機能」だけではない
 ①認知機能/②社交性/③競争心/④意欲/⑤好奇心 をupさせる機能がある
 〔‥→★中年以降は「性」をtaboo視しない〕
 男性ホルモンを活性化させるには‥
 ①蛋白質確保の為肉食も前向きに摂取する
 ②規則正しい生活‥日中は太陽に当たる
 ③ホルモン補充療法も‥

【思秋期】という概念を創出
 ★小児→思春期→成人→【思秋期】→老年期
 この【思秋期】に男性ホルモン〔善玉テストステロン(testosterone)〕を活性化させる
 無意味な単純暗記力は20代も70台も全く変わらない〔←‥★エビングハウス(独:1850-1909)の忘却曲線〕
 記憶力をupさせるには「①入力・②貯蔵・③出力」をupさせれば良い
 ★貯蔵を良くするには「復習を重ねる」しかない
 ★出力trainingを遣って出力し易くする
 ★就寝前に覚えたことの記憶定着率は高い

【大切なのは《想起力》!!】
 ★能力は出力されたもので評価される
 ★覚えられないことより、引き出せないことの方が問題
 ★想起力は大人になっても伸び続ける
 ★中高年以降は、入力系より出力系を重視すべき

【相互依存の大切さ】
 ★人に頼ることは悪いことではない

【EQ(Emotional Intelligence Quotient)の重要性】
 ①自分の感情を知る
 ②自分の感情をcontrol出来る
 ③自分を動機付け出来る
 ④他人の感情を知る
 ⑤人間関係を巧く処理する

【悩むより動く!】
 ★思考力から試行力へ
 ★遣って見なければ解らない‥の発想へ
 ★行動主義
 ★1勝9敗の時代‥小さい失敗が多くても大きな成功を1回掴めれば良い‥と考える
 ★失敗学の発想‥同じ失敗をしない、失敗の経験を成功への糧とする‥の発想へ

【健康の為に『遊ぶ』という発想】

 ※ ※ ※ ※ ※

 和田氏の著書『一生ボケない脳をつくる77の習慣』と『60歳から、脳を鍛える健康法〔脳が元気な人は体も元気だ!〕』は、上記講演会と趣旨が同じである。
 其処で、「これは!」と思う処を幾つかを以下にご紹介する。

【一生ボケない脳をつくる77の習慣】
★入力系より出力系★
「記憶を引き出す力」をになっているのが『前頭葉』。
「記憶のout-put=出力系」では、『前頭葉』の他に頼れるものはない
 其処で入力系より先ず「脳の出力系」を鍛えることである

★ 11. Blogやfacebookを活用する★
 他人に解る様に書き出すことで、一層「出す力」に磨きがかかる

★15. 言葉と行動を「セット」にする★
 「やる」と言って仕舞えば実行せざるを得ない‥その状況に脳を追い込めば、脳が若返る

★20. 時には『恋』もしてみる★
 「ときめく」ことだけでも心に明るい光が差込み、心が華やぎ、若返って来る

★29.「自分にとっての本物探し」をする★
 あなた自身がまだ知らない「これだ!」と思えるもの‥そんなものをワクワクし乍ら探索する時、前頭葉も興奮してフル回転する
 前頭葉は道なものが大好き!

★33. 堂々と自己主張する★
 「自己主張」が出来ることは、「元気で長生き」の秘訣の一つと言える

★53.「余計な知識」をどんどんつける★
 好奇心一杯に下らないことにも興味を持って「余計な知識」をどんどんつけることで、発送やアイディアも豊かになる

★55. 家族とは「つかず離れず」の関係を保つ★
 家族とつかず離れず巧くヤって行きつつ、ボケ防止の為にも時には小さな冒険をする‥そんな生き方が理想なのかもしれない
 小さな冒険‥「どんな冒険をしようかな}と思うだけでワクワクしない?
 まだ体力が残っているうちに、是非実現してみて下さい

★58. 面倒がらずにお洒落をする★
 「もう、お洒落をする歳でもない」‥
 ‥そう思った時こそ、デートの前にワクワク、ドキドキした乍ら鏡の前で服をとっかえひっかえしていた時代の「ときめき」を思い出してみて欲しい
 その「ときめき」を思い出してみて下さい
 その「ときめき」を思い出せるかどうか
 其処にも、これから老化の一途を辿るか若返りへの扉が開けるのかの、カギがある

★62.「体育会系の運動」より「好きなことの為に動き回る」
 買い物に行く、人と食事をする為に出かける、コンサートに行く、趣味のサークルに参加する‥等々
 「好きなことをする為に」動き回っていれば、それだけでも脳には快適な刺激になる

【60歳から、脳を鍛える健康法】
 脳の若々しさと関連があるのが『前頭葉』だと考えられているのですが、前頭葉を鍛えるには、「快体験」「想定外の体験」「強い刺激」等が必要である
 そういう刺激があれば、『前頭葉』はいつまでも若々しく、つまり、脳も体も老化しにくくなるのである

第一章/脳の前頭葉を鍛える
 60歳を過ぎたら、覚えることより、「話す」「核」「発表する」といった場所をつくって、記憶を引き出す力を鍛えよう

第六章/脳が元気な人は体も元気だ
★運動が嫌いでも脳が元気なら体は大丈夫★
 脳が元気な人は、いくつになっても若々しくて、意欲も好奇心も失わない
 好きなことを続ける為に毎日、動き回っている
 そういう人は、筋トレなんかしなくても、朗らかで活力があり元気!

★前頭葉が元気なら歩くことは楽しい★

★「ついで」の感覚で動きに弾みをつけてみる★

★行動的な人には「楽しみ目線」がある★
 やったことがないことでも、楽しみ目線を向けてみれば何か一つ位「いいかもしれないな」と思い浮かぶ

★さあ、脳が元気になってきた、体も元気になってきた★
 脳さえ元気になれば、体もどんどん元気になっていく

[02]和田秀樹著『一生ボケない脳をつくる77の習慣』&『60歳から、脳を鍛える健康法〔脳が元気な人は体も元気だ!〕』
 027760

【小生comment】
 若さの秘訣は「何事も前向きに捉え、明るく行動すること」‥かな!(^-')b♪

■続いての話題は、同じ04月16日、講演会終了後に立ち寄った松坂屋美術館にて現在開催中の『第70回 春の院展』を見て来たのでその模様をお伝えする。

[03]本展leaflet
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[04]郷倉和子『宙(そら)と共に』同人
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[05]後藤純男『西安農村』同人
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[06]下田義寛『湖(うみ)光る』同人
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[07]田渕俊夫『明日香心象 輝きの朝』同人
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[08]那波多目功一『桜に観る日光連山』同人
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[09]手塚雄二『秋麗』同人
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[10]福王子一彦『月華(げっか)の青い鳥』同人
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[11]西田俊英『風の贈り物』同人
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[12]松村公嗣『碧(あお)の海』同人
 12

[13]小田野尚之『道』同人
 13

[14]守みどり『燈(あかり)』同人 春季展賞(郁夫賞)
 14

【小生comment】
 同人各氏の作品は、流石に素晴らしい。同人は現在34人。
 春と秋に松坂屋美術館で9日間だけ開催される再興『院展』を見るのが此処3~4年楽しみな恒例行事となっている。

■今日最後の話題は、前号に引き続き Werner Sombart(1863-1941)の著書(金森誠也 訳)『戦争と資本主義(Krieg und Kapitalismus)』についてである。
 本書は、前号にてご紹介した『恋愛と贅沢と資本主義(Liebe, Luxus und Kapitalismus)』の姉妹編である。

[15]Werner Sombart『戦争と資本主義(Krieg und Kapitalismus)』1912年
 15werner_sombartkrieg_und_kapitalis

【小生comment】
 本書の要点を一言で表せは、「近代国家が成長していく過程に於いて、『戦争』が、数多くの分野の需要の大幅拡大を惹起し、それに対応する形で資本主義の発展が促進された」ということである。
 その最たる事例が、大砲・銃・軍艦をつくる為に製鉄業の発展、軍艦は造船業の発展を促し、大幅な兵員増加は、軍服のユニフォーム化に伴い繊維産業の発展に貢献したこと等である。
 資本主義は、「女性とそれに係る奢侈」と「戦争」に拠り発展していったというゾンバルトの主張は大きく頷けるものであった。
 本書と「恋愛と贅沢と資本主義」の2冊の本は一読の価値がある良書である。

【後記】今日は、最近続いている菜種梅雨の合間のとても清々しく良い天気だった。
 今日の青天の陽気に触発されてvirtual realな世界で一首浮かんだ。

 清明の 煙雨の中(うち)の 晴れ間こそ 後光の如き 君が輝き  悟空

 では、また‥。

2015年4月12日 (日)

【時習26回3-7の会0543】~「04月10日:『根尾谷 淡墨桜/谷汲山 華厳寺の桜と三 善光寺 御開帳巡り』に行って」「Werner Sombart著(金森誠也 訳)『恋愛と贅沢と資本主義(Liebe, Luxus und Kapitalismus)』を読んで」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。さぁ、今日も【2637の会 0543】号をお送りします。

 ※ ※ ※ ※ ※

 先程日付が変わった処である。今日は04月12日。
 この処、前号で杜牧の詩『清明』が歌っている通り正に「清明の時節 雨紛紛(ふんぷん)」の日々が多い。
 同じ杜牧の名作中の名作『江南の春』でも「煙雨」の情景を実に巧く写実的に表現している。
 この詩は高校の漢詩の授業で習った。
 凄く気に入って何度も暗誦したことを覚えている。
 『清明』と並んで小生大好きな詩である

  江南春   杜牧
 千里鶯啼緑映紅
 水村山郭酒旗風
 南朝四百八十寺
 多少楼台煙雨中

 千里鶯啼いて 緑 紅に映ず
 水村山郭 酒旗の風
 南朝 四百八十寺(はっしんじ)
 多少の楼台 煙雨の中(うち)

【意】
 広々と連なる平野を遥かに見渡すと、あちこちから鶯の啼き声が聞こえ、草木の新緑は紅の花に映える
 水辺の村や山沿いの村には酒屋の幟(のぼり)が春風に揺れている

 かつて栄えた南朝の古都である此処 金陵 には多くの寺院が建ち並んでいた
 今も残るその楼台が煙る様に降る春雨の中に霞んで見える。

  ※ ※ ※ ※ ※

■さて今日最初の話題である。
 実は小生、一昨日休暇を貰い、名古屋駅07時45分発の日帰りbus tour『根尾谷 淡墨桜/谷汲山 華厳寺の桜と三 善光寺 御開帳巡り』に行って来た。
 従前より、一度は「根尾谷にある淡墨桜」を見てみたかったである。
 Bus tourのcatch phraseは上記の通りであったが、簡単に言い変えれば、「4つのお寺巡りに(ついでに)根尾谷の薄墨桜も‥」って感じの旅であった。^^;

 06時45分 豊橋駅発 こだま693号で名古屋へ
 07時30分 エスカ地下一階 Tour bus受付counter集合
 07時45分 名古屋駅発
 09時00分 祖父江 善光寺東海別院(双蓮山 善光寺)着
 10時40分 関 善光寺(宗休寺)着
 11時30分 岐阜 伊奈波 善光寺(安乗院)着
 13時20分 根尾谷 淡墨桜 着
 14時30分 谷汲山 華厳寺 着
 17時45分 名古屋駅 着
 18時29分 名古屋駅発 こだま676号で豊橋へ

 ※ ※ ※ ※ ※

[01]六善光寺同時御開帳 案内leaflet
 01_leaflet

[02]祖父江 善光寺 東海別院 御開帳leaflet
 02_leaflet

[03]同上 本堂 戒壇巡り案内
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[04]祖父江 善光寺東海別院 本堂 全景
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[05]関 善光寺 leaflet
 05_leaflet

[06]関 善光寺
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[07]関 善光寺 本堂前にて
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[08]岐阜 善光寺 leaflet
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[09]岐阜 善光寺 本堂前にて
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[10]岐阜 善光寺 本堂
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[11]根尾谷 薄墨桜 leaflet
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[12]同上leafletに掲載されている夜桜
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[13]根尾谷 薄墨桜1
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[14]根尾谷 薄墨桜2
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[15]根尾谷薄墨桜 保護再生への取組を示した看板
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[16]根尾谷 薄墨桜の前にて1
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[17]根尾谷 薄墨桜の前にて2
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[18]谷汲山 華厳寺leaflet
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[19]谷汲山 華厳寺 仁王門前にて
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[20]谷汲山 華厳寺 本堂
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[21]同上 本堂の一角にて
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[22]西国33所 巡拝地案内
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 ※ ※ ※ ※ ※

 長野 善光寺の御本尊「一光三尊阿弥陀如来像」は国宝で、絶対秘仏。
 その身代わりとして御本尊と同じ姿に作られたのが「前立本尊」。
 この 前立本尊の御開帳が、数えで7年(=満で6年)に一度、丑と未の歳の4~5月末にかけての約2か月間ある。
 岐阜 善光寺の僧が言っていたが、善光寺は全国に119箇所あるという。
 善光寺如来縁起 と 岐阜 善光寺縁起 について、岐阜 善光寺leafletから引用する。

【善光寺如来縁起】
 インドにガッカイという長者がいた。
 その娘が難病に罹ったが病は悪化するばかり。
 其処でお釈迦様に相談した処、仏像を造って病気平癒を祈る方法を教わった。
 その後娘の病は全快。その仏像が中国、朝鮮を経て日本へ伝わった。
 日本へ仏教が伝わったのは、西暦583年と言われる。
 その時、善光寺如来(=阿弥陀如来)様もお越しになられた。
 処が、政争に利用されその仏像は捨てられて仕舞った。
 その後或る時、本多善光という人がその仏像を見つけ、自分の家に持ち帰りお祀りした。
 以後、本多家は非常に栄え、近郷・近在の人々もお参りに来る様になり、お堂も徐々に立派になっていった。
 それが信州の「善光寺」で、善光と言う名は 本多善光 公の名に由来する。
 阿弥陀如来と、その両脇に立つ 観世音菩薩と勢至菩薩の三尊がご本尊で、一つの光背の前に立っている。

【岐阜 善光寺縁起】
 戦国時代、甲斐の武田信玄公は信濃善光寺から善光寺如来様を持出し、甲府に新善光寺を建立し祀った。
 信玄公没後は、織田信長公に拠って岐阜にお迎えした。
 本能寺で織田信長公が没した後は、信長次男の信雄公に拠り尾張の甚目寺に、豊臣秀吉公に拠り京都の方広寺に、徳川家康公に拠り遠江浜松の鴨江寺に移された。
 そして、信濃善光寺の本所に帰られた。

 岐阜 善光寺の僧は、こんなことも言っていた。
 「信濃 善光寺を大本山だと思っている方が多いのですが、あそこは大本山ではありません。
 そもそも宗派宗旨のない善光寺には善光寺の大本山は存在しません。
 うち(岐阜 善光寺)は、真言宗の安乗院というお寺です。
 因みに、関 善光寺は宗休寺と言い、天台宗の寺院。
 祖父江 善光寺 東海別院も現在の住職は天台宗の僧侶だと言っていたと思う。

 ※ ※ ※ ※ ※

【淡墨桜の更生保護について】(本巣市作成のleaflet拠り引用)
 千数百年に亘って生き続けている名木・淡墨桜が、衰えを見せ始めたのは、大正時代初期、大雪で太さ4mの最大の枝が折れ、本幹に亀裂が生じた頃からである。
 昭和24年 岐阜市の医師 前田利行氏が、当時としては最高の技術である根接ぎ238本を1年余りかけて実施。
 現在は、プレポリマー(強化剤)注入に拠る幹の補強、微生物の働きに拠る土壌活性化と根の育成等 最新の科学技術に拠り保護に務めている。

【小生comment】
 従前拠り、一度は訪ねてみたかった『根尾谷 淡墨桜』を見ることが出来、とても嬉しかった。
 予想を遥かに越える巨木であることと、思った拠り桜花の数が少なかったことが意外であった。
 今年は、訪れた日の前日である04月09日が満開宣言のあった日。
 この淡墨桜の種類は、ヒガンザクラ。
 『薄墨』というだけあって、色合いは日本を代表するソメイヨシノ拠りは矢張り劣る。
 が、千数百年生き続けている老木は、流石に神々しさを備えていると感じられた。

 ※ ※ ※ ※ ※

 その日最後の訪問地は、谷汲山 華厳寺。
 西国33所 観音霊場の殿となる名刹である。
 本院leafletにある縁起を以下にご紹介する。

【谷汲山 華厳寺 略縁起】
 華厳寺の創建は延暦17(798)年とされ、次の様な縁起が残されている。
 奥州会津黒河郷に大口大領(おおぐち だいりょう)という人がいた。
 十一面観音を建立したいと強く願い、京の有名な仏師に彫り上げて貰った処、観音像は仏師が差し出した藤蔓の杖をついて歩き始めた。
 途中、美濃国 赤坂迄来られると「この北方の山中に有縁の地がある。其処で衆生を済度する」と語られると、北に向かわれ、華厳寺の南にある丸山の麓で足を止められた。
 其処で大領は丸山の頂にお堂を建て其処へ観音像をお祭りした。
 その後大領はその頃山中で修行していた豊然(ぶねん)上人と協力して山を切り開き其処に寺を建てたのが現在の谷汲山 華厳寺である。
 こと時、近くの岩穴から油が湧き出し、燈明に困ることがなかったという。
 この話を聞かれた醍醐天皇から谷汲山の山号と華厳寺の扁額を賜ったという。
 山号は湧き出した油を汲んだことに、山号は観音像に華厳経が写経されていたことに因むとされている。

【小生comment】
 小生、本寺参詣で、西国33観音霊場は10箇所目の参詣となる。
 あと23箇所も参拝していない。
 我乍ら意外と少ないと思った。

【行ったことのある西国33観音霊場】
 01. 那智山/青岸渡寺
 02. 紀三井山/金剛宝寺(紀三井寺)
 06. 壷坂山/南法華寺(壷坂寺)
 08. 豊山/長谷寺
 09. 興福寺 南円堂
 13. 石光山/石山寺
 14. 長等山/園城寺(三井寺)
 16. 音羽山/清水寺
 17. 補陀洛山/六波羅蜜寺
 33. 谷汲山/華厳寺

■今日最後の話題は、最近読んだ Werner Sombart(1863-1941)著(金森誠也 訳)『恋愛と贅沢と資本主義(Liebe, Luxus und Kapitalismus)』についてである。
 本書は、訳者金森誠也氏が あとがき で述べている様に‥「人々を奢侈にふけらせた原動力は女性であるとし乍ら、奢侈こそ資本主義の生みの親の一人であり、資本主義発展の前提の一つであった」と言うのが著者の主張する本旨である。
 そして、この論理を、恰もライトモチーフ(=Leitmotiv(独):芸術作品等で、根底を為す思想のこと)の様に全篇に何度も繰り返し述べ展開させている。

[23]Werner Sombart『恋愛と贅沢と資本主義(Liebe, Luxus und Kapitalismus)』1912年
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 太陽王ルイ14世が、愛妾ラ・ヴァリエールへの愛情に駆られ、Versailles宮殿を建てたほか、女道楽を中心とする奢侈の為、国家財政の約三分の一を消費したこと、興隆した市民階級の女狂いも王侯貴族のそれにひけをとらず、彼等の情事の場として、Paris、London等の大都市には、劇場、Music Hall、高級HotelやRestaurantが林立したこと等が、事細かに記されている。(P.359)

【小生comment】
 矢張り、「女性は強し」である。^^;;

【後記】清明の時節に降る煙雨は、名刹の中庭にある諸物に潤いを与える慈雨である。
 華厳寺中庭に咲く赤い椿が、若々しい草木や苔むした石垣の青さに生えて実に美しい。

[24]谷汲山 華厳寺の中庭の一情景
 24

 本《会報》巻頭でご紹介した杜牧の『江南の春』に歌われている「緑」「紅」「煙雨」を使って詠んでみた
 拙句をご笑覧下さい‥

 煙雨の日 緑に映ゆる 紅椿(べにつばき)  悟空

 では、また‥。

2015年4月 5日 (日)

【時習26回3-7の会0542】~「03月28日:愛知玄芸術劇場大ホール/小澤征爾音楽塾opera projectⅩⅢ~ラヴェル:歌劇『子供と魔法』他を見て」「03月29日:猿田彦神社&伊藤小坡美術館『春の常設展』を見て~」「同左:『伊勢神宮 内宮』参詣~『横綱・白鵬&日馬富士の土俵入り奉納』を見て」「『伊勢おかげ横丁』を巡って」「三重県立美術館『空飛ぶ美術館』展を見て」「三宅秀道著『新しい市場のつくり方』を読んで」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。さぁ、今日も【2637の会 0542】号をお送りします。

 ※ ※ ※ ※ ※

 今日04月05日は二十四節気でいう『清明』。
 『清明』と言うと、以前から何回もご紹介しているが、晩唐の詩人杜牧の漢詩が頭に浮かぶ。
 絵画的で、とても情緒があるいい詩である

  清明
 清明時節雨紛紛
 路上行人欲断魂
 借問酒家何處有
 牧童遙指杏花村

 清明の時節 雨紛紛(ふんぷん)
 路上の行人(こうじん) 魂(こん)を断たんと欲す
 借問(しゃもん)す 酒家は何れの処にか有る
 牧童 遥かに指さす杏花(きょうか)村

【意】
 春の盛りの「清明」節に折から小糠雨がしきりに降っている
 その雨は道行く旅人の私の心をすっかり滅入らした
 「酒屋は何処にあるかな?」と尋ねた。すると‥
 (尋ねられた)牛飼いの童が指さしたその彼方に白い杏(あんず)の花咲く村が見えた‥

[01]長野県千曲市の杏の里
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 ※ ※ ※ ※ ※

 春の古都京都の街を情緒豊かに詠んだ「絵になる」名句も一つご紹介したい。

 方々(ほうぼう)の鐘なる京の春霞  竹久夢二(1884-1934)

[02]春霞に煙る清水寺
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 ※ ※ ※ ※ ※

■さて、今日最初の話題である。
 03月28日(土)15時00分から愛知県芸術劇場concert hallにて開催された音楽会の模様からお伝えしたい。
 演目:「小澤征爾音楽塾opera projectⅩⅢ」
 [曲目] ①Beethoven:Symphony No.2 in D Major Op.36
     ②Ravel:歌劇『子供と魔法』

[03]本演奏会leaflet(表)
 03leaflet

[04]同上(裏)
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[05]本演奏会program
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 本演奏会は前半が、soprano歌手ナタリー・シュトゥッツマン(Nathalie Stutzmann)の指揮に拠るBeethovenの交響曲第2番。
 後半の約50分が、Ravel作曲/歌劇『子供と魔法』であった。
『子供と魔法(L'enfant et les sortileges)は、1幕(1場&2場)のopera。
 OperaとBalletを融合させた幻想的な作品だが、今回は)オペラ・ドラマティコ形式(注)でBalletの披露はなかった。
 作曲者Ravel自身が『fantasy lyric(幻想的opera)』と言っている。
 1925年の3月21日モンテカルロ歌劇場にて初演。

(注)オペラ・ドラマティコ形式
 舞台装置を小規模に凝縮させ、orchestraと舞台を一体化させ、音楽とdramaの凝縮を図る形式をいう。
 演奏会形式Operaやsemi-stageでもない小澤征爾音楽塾独自のstage。

《あらすじ》
 FranceのNormandy地方の田舎の家の一室(=1場)と庭(=2場)が舞台。
 室内で勉強中の子供は勉強が嫌い。
 ママから勉強していないお仕置きに砂糖の入っていない紅茶とbutterをつけていないパンを貰い、留守番をさせられる。
 子供に様々な悪戯された品物や動物達が、子供に仕返しをする。
 2場で舞台は庭に移り、子供と動物達は乱闘騒ぎに発展。
 そんな中、1匹のリスが足に怪我をし倒れた。
 すると子供は自分のribbonでリスの傷口を縛って介抱して、その儘疲れて倒れて仕舞う。
 動物達は、子供を室内へ運び、ママを呼ぶ。
 遣って来たママに目覚めた子供は「ママ!」と呼び、閉幕となる。(了)

【小生comment】
 Operaの上演時間は50分程度と、通常のoperaの半分か1/3程度のvolumeだった。
 子供役は、mezzo sopranoのエミリー・フォンズ(Emily Fons)。
 Ravelの本operaを生で見たのは初めてであった。
 なかなか楽しいoperaであった。
 子供が主人公の有名なoperaは、本作の他に、フンパーディンク『ヘンゼルとグレーテル』がある。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/26-02492637801-.html ←2009.08.02付【2637の会 0249】ご参照
 健康を取り戻した小澤征爾の指揮を見ることが出来て良かった。安堵した。
 日本が世界に誇る大指揮者 小澤征爾 だ。
 これからもずっと元気で聴衆に古今の名曲を届け続けていって欲しい。

■続いての話題は、翌03月29日(日)に、日帰りで三重県の2つの美術館と伊勢神宮・内宮参詣についてである。
 行ってみようとした動機は、三重県津市にある見え県立美術館で03月07日から開催中の企画展『空飛ぶ美術館』展を見てみたかったからである。
 同展覧会の出品作品群の結構傑作の多さに惹かれたのである。
 そして、どうせ三重県の津市まで行くのなら、もう少し南の伊勢市迄脚を伸ばして、一昨年10月に第62回式年遷宮を終えた伊勢神宮を訪れてみたくなった。
 更に、伊勢神宮・内宮迄行くのなら、内宮から程近くにある日本画の泰斗 伊藤小坡美術館にも立ち寄ってみたくなったという次第である。

 具体的には、以下の順に巡って来た。
「猿田彦神社&伊藤小坡美術館『春の常設展』」
『伊勢神宮 内宮』参詣~『横綱・白鵬&日馬富士の土俵入り奉納』
『伊勢おかげ横丁』散策
「三重県立美術館『空飛ぶ美術館』展」
 尚、交通機関は、新幹線「名古屋⇔豊橋往復日帰り特割」と近鉄・急行を利用
 健康増進の為、電車以外は、全て徒歩
 時間の制約から、伊勢神宮・外宮の参詣は断念

 その日は、06時過ぎに拙宅を出発。
 06時45分 豊橋駅発 こだま693号→名古屋駅
 07時31分 近鉄名古屋駅発 急行鳥羽ゆき→
 09時15分 近鉄「五十鈴川」駅着→〔徒歩20分〕→
 09時35分 猿田彦神社

《猿田彦神社の歴史・由緒》
 天孫降臨を啓行(みちひらき)された猿田彦大神は、高千穂に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を御案内した。
 その後、天宇受賣命(あめのうずめのみこと)と御一緒に本拠地である「伊勢の狭長田(さながた)五十鈴の川上」の地に戻り、この地を始め全国の開拓にあたられた。
 そして〔中略〕宇治土公宮司家の祖先で猿田彦大神の裔が大田命(おおたのみこと)。
 その彼が、倭姫命の御巡幸に際して、猿田彦大神が聖地として開拓された五十鈴の川上にある宇遅(=宇治)の地をお勧めし、其処に皇大神宮(内宮)が造営された。〔中略〕
 当社は猿田彦大神の子孫である宇治土公(うじとこ)家が代々宮司を務める神社である。
〔以上、猿田彦神社home pageより一部引用〕

[06]猿田彦神社 入口から本殿を望む
 06

[07]同上 本殿の千木(拡大図)
 07

 添付写真[06][07]をご覧下さい。
 当神社 本殿の千木(ちぎ)は内削(うちそぎ)であることに気付き吃驚した。
 主神の猿田彦大神(さるたひこ おおかみ)は男神である。
 通常千木は、主神が、男神の場合は外削(そとそぎ)で、女神の場合は内削である。
 境内には、猿田彦大神の妻となった天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祭神とした佐瑠女(さるめ)神社がある。
 天宇受売命は、天照大神が「岩戸隠れ」した時、舞を披露したことで知られる女神である。

 ただ、千木の「内削=女神」「外削=男神」にも例外は少なからずある。
 勿論、伊勢神宮「内宮」は主神が天照大神なので「千木は内削」である。(←添付写真[29]上段/参照)
 しかし、同じ伊勢神宮でも、「外宮」は主神 豊受大御神(とようけのおおみかみ)は女神であり乍ら「千木は外削」である。

 猿田彦神社でお参りをした後、当神社から北西へ徒歩数分の所にある伊藤小坡美術館へ向かった。

[08]‥猿田彦神社の看板〔伊藤小坡美術館へ案内看板を兼ねている‥〕
 08

 09時50分 伊藤小坡美術館着

[09]伊藤小坡美術館入口
 09

[10]伊藤小坡美術館敷地内の庭園
 10

 伊藤小坡(1877-1968)は、猿田彦神社宮司 宇治土公貞幹(さだもと)の長女として生まれた。本名 宇治土公佐登(さと)。
 1928(昭和03)年 竹内栖鳳の竹杖会に入る。
 竹杖会には、女流画家で日本初の文化勲章受章者となった上村松園(1875-1949)がいる。
 明治・大正・昭和を通し、京都画壇の中心として活躍。
 当美術館は、伊藤小坡の作品を蒐集していて、03月17日から06月14日迄「春の常設展」が開催中である。
 以下に、展示作品から4点をご紹介したい。

[11]伊藤小坡『幻想』1930年頃
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[12]同『秋草と宮仕へせる女達』1928年
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[13]同『秋好中宮図』1929年
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[14]同『伊賀のつぼね』1930年
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 次に向かったのが、伊藤小坡美術館から南東へ1km余りの所にある伊勢神宮 内宮である。
 今回訪問するのは、20年に一度の試験遷宮を一昨年10月に終えた伊勢神宮を見てみたくなったからである。

 因みに、式年遷宮に於ける最重要祭儀は、御神体を新宮へ遷し奉る『遷御((せんぎょ)』。
 遷御は、平成25年10月02日に内宮、10月05日に外宮で執り行われた。
 尚、式年遷宮最初の祭『山口祭(やまぐちさい)』は、山の口の神に遷宮の御用材を伐採する際の安全を祈る祭事で、遷御の8年も前に行われる。

 流石は、大神宮の伊勢神宮 内宮だ。
 境内の入口に架かる「宇治橋」には大変大ぜいの参拝者がいた。
 秋の行楽seasonの京都嵐山の「渡月橋」を渡っている様な賑やかさだった。^^;
 でも、やけに人が多いなぁ‥と感じ乍ら進んで行った。

 10時20分 伊勢神宮 内宮への入口になる「宇治橋」に到着
 10時30分 正宮に到着‥(境内は大変広く、宇治橋から徒歩で10分を要した)

[15]「宇治橋」の手前にて
 15

[16]消防士階級章一覧
 16

 黒い制服を着た消防士達が、掲題の一画に綱を張り沢山整理に当たっていた。
 消防監や消防正監という位の高い人達迄いた。
 これは何かあるなぁ‥思い、一人の消防士に尋ねてみた。
 「11時00から『横綱の土俵入り奉納』がある」という。
 小生、この日は大相撲のことは全く知らずに伊勢神宮 内宮に来た。
 時間は10時半少し前だ。
 「急いで正宮へお参りして横綱の土俵入りを見よう!」っと。

[17]内宮「正宮」前
 17

 土俵入りをする場所の近くは、既に黒山の人だかりだった。
 Announceに従い、スマホのcameraを両手で高く上げて撮影にトライ!
 それで撮れた写真が以下の添付写真[18]~[24]である。
 全く想定外のhappy accidentだった!(^-')b♪

[18]写真中央が事業部長副部長の元横綱 大乃国の芝田山副理事
 18

[19]これから土俵入りに向かう 横綱 白鵬(写真左端)
 19_2

[20]土俵入りが終わり退場する 横綱 白鵬(写真中央の後ろ姿)
 20

[21]土俵入りをしている 横綱 日馬富士-1-(写真中央)
 21_1

[22]同上-2-(写真左端)
 222

[23]同上(四股を踏む)-3-
 233

[24]同上(雲竜型を披露)-4-
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[25]宇治橋の袂に掲げられた「神宮奉納大相撲」の幟
 25

【小生comment】
 大相撲の、しかも生の『横綱の土俵入り』というものを初めて見た。
 横綱 白鵬と、同 日馬富士 2力士に拠る土俵入りは11時00分からの僅か約10分。
 こんな確率の低い、文化的な粋な事柄に遭遇出来るなんて‥
 これは、日頃から何にでも好奇心を持って行動することへの天照大御神様からのご褒美だと理解した。
 偶然とは言え、一寸いい気分になった。
 こういう偶然を、正に『セレンディピティ(serendipity)』って言うんだろうナァ!(^-')b♪

 次に向かったのが、内宮の門前町にある『おかげ横丁』。
 事前調査していなかった為、『おかげ横丁』と思って歩いたのは実は「おはらい町」だった。
 「おはらい町」の真ん中西側の一画が『おかげ横丁』で、「これよりおかげ横丁」と看板が立っていた。(添付写真[26])

[26]「これよりおかげ横丁」の立て看板
 26

[27]『赤福』本店
 27

[28]五十鈴川郵便局
 28

[29]五十鈴川郵便局で買った「オリジナルフレーム切手『伊勢神宮』」
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[30]『酉一』本店で食した「伊勢うどん」
 30

[31]『酉一』本店
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 12時15分「おはらい町『酉一』本店」を出発して、近鉄 五十鈴川駅へ(徒歩約20分)

[32]近鉄 五十鈴川駅
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 12時51分 五十鈴川 発 大阪上本町ゆき急行で松坂へ
 13時33分 松坂 発 白塚ゆき普通で津へ
 14時08分 津 着〔→徒歩約10分で三重県立美術館へ〕
 14時30分 三重県立美術館 着

[33]三重県立美術館
 33

[34]同上 entrance
 34_entrance

[35]本展leaflet(裏面)
 35leaflet

 本展は、『飛翔』をthemeにした内外の絵画を中心とした作品である。
 会場入口を入ると直ぐに、飛翔の舞台となる『空』がthemeで、France写実主義のTheodore Rousseauの作品が来館者を待っていた。
 以下、France印象派が画家 Boudin、Pissarro達、日本近代洋画家、久米桂一郎、岸田劉生、藤島武二、金山平蔵達の作品が続いた。
 ご覧の様に、いずれの展示作品も気品があって観る者を魅了した。

[36]Theodore Rousseau(1812-67)『フォンテーヌブローの森のはずれ』1866年
 36theodore_rousseau1812671866

[37]Eugene Boudin(1824-98)『ベルクの海岸』1878年
 37eugene_boudin1824981878

[38]Camille Pissarro(1830-1903)『ライ麦畑、グラット=コックの丘、ポントワ―ズ』1877年
 38camille_pissarro183019031877

[39]久米桂一郎(1866-1934)『秋景』1892年
 39186619341892

[40]岸田劉生(1891-1929)『麥二三寸』1920年
 40189119291920

[41]藤島武二(1867-1943)『神戸港の朝陽』1935年
 41186719431935

[42]金山平三(1883-1964)『洞爺湖』1939年
 42188319641939

[43]梅原龍三郎(1888-1986)『雲中天壇』1939年
 43188819861939

[44]海老原喜之助(1904-70)『森と群鳥』1932年
 441904701932

[45]東郷青児(1897-1978)『超現実派の散歩』1929年
 45189719781929

[46]中村岳陵(1890-1969)『気球揚る』1950年
 46189019691950

 併設の『常設展』もなかなかの名品揃いで拝観者の眼を楽しませてくれ、嬉しかった。
 日本人洋画科の3点は「海の上の美術館」、MonetとRenoirの作品は「西洋近代美術の名品」という副題が付された展示室に展示されていた。

[47]藤島武二(1867-1943)『大王崎に打ち寄せる怒涛』1932年
 47186719431932

[48]北川民次(1894-1989)『海への道』1942年
 48189419891942

[49]牛島憲之(1900-97)『貝焼場』1935年
 491900971935

[50]Claude Monet(1840-1926)『橋から見たアルジャントゥイユの泊地』1874年
 50claude_monet184019261874

[51]Pierre-Auguste Renoir(1841-1919)『青い服を着た若い女』1876年頃
 51pierreauguste_renoir184119191876

【小生comment】
 三重県立美術館の所蔵品は、イオングループの創業家の岡田氏が主体となった岡田文化財団(注)が寄贈した国内外の名品が数多くある。
 今回は、昨年08月『中澤弘光』に訪問して以来2度目の訪問である。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/260513-08150824.html ←2014年08月24日付【2637の会 0513】ご参照
 (注)岡田文化財団:1979年度. 財団法人岡田文化財団の設立(ジャスコ創業者 岡田卓也氏から寄付されたジャスコ株式会社の株式300万株と現金1,800万円を基本財産として)

■今日最後の話題は、最近読んだ三宅秀道著『新しい市場のつくり方』についてである。
 03月06日に著者に拠る本書と同名の講演会が名古屋であったが、本書はその原典である。

[52]三宅秀道『新しい市場のつくり方‥明日のための「余談の多い」経営学』
 52

 日本経済が、今後人口減少による需要減少が避けられない中、企業が生き残って行く為には、自ら市場を創造することが重要である。
 本書は、著者三宅氏が実際に数多くの成功事例を調べ、氏の鋭い洞察力で分析して『新しい市場の作り方』を教えてくれている。
 本書『まえがき』で三宅氏が本書の構成を解り易く説明しているのでほぼその儘引用する。

 ※ ※ ※ ※ ※

 第1章では、「さよなら技術神話」と題して、これ迄商品開発の話があまりにも技術偏重であったのではないか、技術だけでなく、むしろ「文化についてこそ考えることが必要」ではないか、という問題提起をします。そして、本書の考える市場創造のprocessについても基本的な枠組みを提示します。
 第2章では、その新市場創造の手法として、「新しい文化を開発」する、その行為について基礎的な概念から説明していきます。
 第3章では、その第一歩として、「商品が解決する問題そのものの開発」から手掛ける、その行為を定義します。
 【小生補足】
 「商品が解決する『問題』」のbaseには「文化的事象」があって、当該『問題』を解決すると、『豊かさ、便利さという実り』=『価値』=『文化level』の上昇に繋がる。
 そして、「商品の『価値』」は、「その対象となるモノやservice等の物体や存在に関わる人の『認識』に依存する『主観的な観念』」であって、当該『価値』を認めるかどうかは、『文化的要因』に拠る。換言すれば「『価値』とは『文化的な現象』」なのである。

 そして、第4章では、日本に於ける学童用水泳帽の「文化開発」事例を紹介して、説明を深めます。
 その上で、第5章では、文化開発的手法に対して不適な組織風土が、ある種の日本企業に根差して仕舞っているのではないか、という不穏な問題意識を提示します。
 そうであるならば、それに対応する為に商品開発についてどの様に見直すべきか。
 第6章では設計情報転写論の枠組みを紹介し、それを利用して具体的な商品開発の事例から新しい商品開発組織のあり方について、一つのmodelを提起します。
 第7章では、改めて「価値のエコシステム」という概念から、ガスコンロと私鉄沿線開発という二つの価値のdesign processの事例を解説します。
 社会をdesignする企業家の役割については、阪急電鉄の小林一三(いちぞう)のcaseから考えます。
 第8章では、工業化に続く商品のfashion化とbrand化の趨勢の中で商品開発はいかにあるべきか、文化史から学びます。
 その為に、現代日本の事例として高級オートバイの Harley-Davidson Japan のcaseを取り上げます。
 どうすれば商品をstatus symbolに出来るのか、から考えます。
 第9章では、事業組織外の社会から新しい価値創造の為の資源を取り入れる為の、産官学連携の可能性を論じます。〔中略〕
 第10章では、商品開発組織としての地域communityの可能性を、東京は品川区の産業集積の町工場のものづくり企業の人々のつくった防犯機器の事例を通して考察します。
 終章では、改めてこれからの商品開発組織はどうあるべきかを論じます。

【小生comment】
 「需要=市場」を創出するには、その対象となる「問題」を「文化」の事象に迄遡り、当該「問題」解決が、豊かさや便利さという「価値」を生み出す仕組みを創り出すべきである。
 三宅氏が述べていることは、よく理解出来た。
 が、新たな市場を創り出す為には、既成概念を一旦白紙にする柔軟な思考力や、幅広い知識と教養が必要となって来るのではなかろうか。
 それを実現することはなかなか難しいと思料する。

 ※ ※ ※ ※ ※

【後記】拙宅の近くの春日北公園の桜が昨日最後の満開であった。
 満開の桜花というと、紀友則の素晴らしい名句が浮かぶ‥

 久方の 光のどけき 春の日に しづごころなく 花の散るらむ

 昨日の朝、同公園を訪れた。
 添付写真をご覧下さい。

[53]~[59]春日北公園の満開の桜花
[53] 53_1
[54] 54_2
[55] 55_3
[56] 56_4
[57] 57_5
[58] 58_6
[59] 59_7

 雨上がりの為、地面に桜の花びらが沢山落ちていた。
 昨日は、菩提寺にて二月に亡くなった親父の四十九日法要を執り行った。
 事前の天気予報では雨天の予報だったが、お陰様で、晴れ男の小生に天が味方してくれた様で、早朝には雨があがった。
 父よ、安らかに、佛となって守り給へ‥
 ‥と、一句浮かんだ。

 雨上がり 桜吹雪の 忌明けかな  悟空

 では、また‥。

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