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2016年1月の5件の記事

2016年1月30日 (土)

【時習26回3-7の回 0585】~「時習館高の後輩二人、山本修平君と鈴木亜由子さんの大活躍で都道府県対抗駅伝を男女共愛知県が制覇!」「松尾芭蕉『笈の小文』第6回【旧里〔その2〕】」「01月23日:松坂屋美術館『愛と青春のアトリエ‥洗濯船〔モンマルトル〕と蜂の巣〔モンパルナス〕』展を見て」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 さぁ、今日は《会報》【2637の会 0585】号をお送りします。

■先ず最初は、一寸だけ前の News になりますが、掲題にある様に、我等が母校時習館高校の後輩が大活躍したお話から‥。
 既に皆さんもご存知の通り、都道府県対抗駅伝‥01月17日(日)に京都市にて女子・24日(日)に広島市平和公園にて男子‥が開催された。
 其処で、男女共に愛知県が優勝し、夫々のアンカーが、女子は鈴木亜由子さん〔時習62回生【3-8】〕、女子は山本修平君〔時習62回生【3-1】〕が務め、見事に女子は初優勝、男子は15年ぶり二度目の優勝を果たした。
 語呂合わせではないですが、我々は時習26回生、鈴木さんと山本君は時習62回生、数字をひっくり返したら同じ‥なんて(笑)

[01]時習62回生 鈴木亜由子さん&山本修平君 大活躍!20160117&24
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[02]優勝のテープカット前のトラックでの鈴木亜由子さんの勇姿
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[03]優勝のテープカットの瞬間の山本修平君の勇姿
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【小生comment】
 鈴木さんは、八町小学校→豊城中学校→時習館高等学校→名古屋大学ということで、小中高大と全て小生と母校が同じである。
 何はともあれ、目出度いことです!
 今年は、小生、何か良いことが続きそうな予感がするぞっ‥!(^-')b♪

■続いての話題は、3回前の《会報》【0582】号にてお届けした、松尾芭蕉『笈の小文』第5回【旧里〔その1〕】に続き、今日はその第6回【旧里〔その2〕】をお届けする。
 芭蕉は、貞亨四年同年十二月十日(1688年01月12日)過ぎ、名古屋を出立。
 彼の故郷の伊賀上野へ向かい、その伊賀上野にて越年。
 それでは、『笈の小文』【旧里〔その2〕】をどうぞ!

【旧里〔その2〕】
《原文》
  旧里(ふるさと)や臍(へそ)の緒(を)に泣(なく)としの暮(くれ)

 宵(よひ)のとし(注1)、空の名残(なごり)お(=を)しまむと、酒のみ夜(よ)ふかして、元日(ぐわんじつ)寐(ね)わすれたれば、

  二日(ふつか)にもぬかりはせじな花の春

《現代語訳》
 【意】久方ぶりに故郷に戻って来た
    母が残して置いてくれた臍の緒を改めて染み染みと見たら、亡父母のことを思い出し涙が出て来て仕舞った
    今年ももう終わりだ
  季語「としの暮」:冬

 大晦日の夜は、今年最後の空の名残をおしもうと、酒を飲んで夜更かしして、元日の朝は寝坊して仕舞った‥

 【意】元旦の朝は寝過ごして仕舞ったので、二日目の朝はぬかりなく起きよう
    初春だもの‥
  季語「花の春」:春

《語句/解説》
 (注1) 宵のとし:大晦日の夜/除夜

【小生comment】
 芭蕉も、貞亨四年暮から五年正月にかけての故郷伊賀上野ではゆっくり羽を伸ばした様だ。
 上記文章を見ても懐旧の情と故郷に居る安堵感が伝わって来る。
 さて、次回【旧里〔その3〕】の模様は、volume は僅かであるが、次週お届けする予定である。
 因みに、新暦で貞亨五年正月元旦は、新暦1688年02月02日になる。
 乃ち、立春(2月4日)が必ずしも旧暦の元旦になるとは限らないのである。

■続いて、お伝えするのは、掲題副題にある通り、前《会報》にてお届けした一宮市三岸節子記念美術館を見た後巡って来た、01月23日(土):松坂屋美術館『愛と青春のアトリエ‥洗濯船〔モンマルトル〕と蜂の巣〔モンパルナス〕』展についてである。
 本展は、Franceの巴里で活躍した、印象派・象徴主義・後期印象派・フォーヴィスム・キュビスムの画家達が生活していた、「モンマルトル」→「モンパルナス」が舞台である。
 松坂屋美術館がoriginalに企画した展覧会であることが大変興味深く、楽しく鑑賞した。

[04]本展leaflet
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[05]パリ全体図〔モンマルトルとモンパルナス〕
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[06]アンリ・ルソー『ラ・カルマニョール』1893年
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[07]キース・ヴァン・ドンゲン『女性像』
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[08]パブロ・ピカソ『草上の昼食』1962年
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[09]マリー・ローランサン『子供のシェヘラザード』
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[10]モーリス・ユトリロ『ラパン・アジル、モンマルトルのサン=ヴァンサン通り』1910-12年
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[11]マルク・シャガール『扉絵』
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[12]アメデオ・モディリアーニ『青い背景の娘』1918年
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[13]藤田嗣治『パリのマドレーヌ』1938年
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[14]モイーズ・キスリング『赤いソファーの上の裸婦』1927年
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【小生comment】
 小生、欧州は Italia とAmsterdamしか行ったことがない。
 これだけエコール・ド・パリの作品を見ていると、矢張り、モンマルトルやモンパルナスは直接行って見て来たい。
 でも、小生の今後数年先迄の旅行計画に「巴里(Paris)」という文字は見当たらない。(^^;

【後記】一昨日01月28日夜、名古屋市金山駅至近の所にある居酒屋で旧銀行時代の同期の新年会が開催された。
 総勢35人が集まった。
 入行した時151人だったから、皆OBとなった今も、万年幹事 木全君の尽力で、もう10年以上も夫々年二回の飲み会(新年会&納涼会)とgolf会(5月と11月)を開催している。
 旧銀行時代の各年次の中でも、「53(ゴミ)の会」の結束力は固く、友情も厚い。
 『53の会』の名は、我等が新入社員として昭和53年(4月)に入行した年に由来している。
 どうです、み~んな、還暦~還暦+2歳の連中ですが、若々しいでしょ?(^^;

[15]53の会 at 名古屋金山1
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[16]同2
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 ではまた‥。(了)

2016年1月24日 (日)

【時習26回3-7の会 0584】~「01月15日:東京国立博物館/黒田記念館『特別室と黒田記念室』展示作品を見て」「01月23日:一宮市三岸節子記念美術館『‥生誕110周年記念‥三岸節子展‥私は燃えつづける』を見て」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 さぁ、今日は《会報》【2637の会 0584】号をお送りします。
 と言っても、今回は残念乍らご報告内容が少なく、申し訳ありません。
 僅かに、美術館巡り2箇所をお伝えするだけです。
 何となれば、小生、現状勤務先の仕事が結構 tight であることに加え、private では、「豊城中学校還暦祝同窓会」の記念DVDの制作に時間が取られ、【2637の会】《会報》の為の材料仕入れと blog 作成時間がなかなか確保出来ないからです。
 ま、来月中旬頃には、DVD作成に目処がつくと思いますので、それ迄暫くご容赦下さい。

■さて、今日最初にお伝えするのは、掲題副題にある通り、01月15日(金)に仕事で上京した折、その帰りに上野にある東京国立博物館/黒田記念館で01月18日迄開催されていた『特別室と黒田記念室』展示作品を見て来ましたので、その模様からお伝えします。

 黒田記念館とは、明治の日本に於ける洋画界の重鎮として著名な黒田清輝(1866-1924)の作品を所蔵している、東京国立博物館の別館の一つである。
 是迄、黒田記念館は、開館日が毎週木曜日と土曜日に限定されていた為中々訪れる機会に恵まれなかった。
 が、今回は、01月18日(月)~06月13日(月)迄休館する前ということで、15日は金曜日乍ら開館していたので見ることが出来た。
 因みに、入館料金は無料である。
 特別室に、添付写真の[07]同『読書』1891年、[08]同『舞妓』1893年【重文】、[09]同『湖畔』1897年【重文】、[10]同『智・感・情』1899年の4枚だけが展示されいた。
 添付写真[03]~[06]や[11][12]等の、上記4点以外の黒田清輝の絵は、「黒田記念室」に展示されていた。
 黒田清輝『湖畔』は、小生がまだ小学生だった1967年に15円切手が発行されたことを覚えている。
 この黒田の名画を目の当たりに見ることが出来てとても嬉しかった。
 想像していたより、色が淡い色で白っぽかった。
 特別室では、この『湖畔』と『舞妓』が国の重要文化財に指定されている。
 併せて、『読書』と『智・感・情』の4枚だけが展示されていた。
 『読書』も大変有名な作品である。
 当初法律を学ぶ為に渡仏(1884-1893)した黒田清輝であったが、1886年よりFranceのパリでラファエル・コラン(1850-1916)弟子入りして、本格的に洋画を学んだ。
 黒田の師のコランがこの『読書』を激賞したと絵画横の caption に記されていた。
 本物の名画を見ると、ホント心が癒される。

[01]黒田記念館1
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[02]黒田記念館2〔正面〕
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[03]黒田清輝(1866-1924)『裸体・男(半身)』1889年
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[04]同『祈祷』1889年
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[05]同『久米氏肖像』1889年頃
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[06]同『少女の顔』1890年
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[07]同『読書』1891年
 071891

[08]同『舞妓』1893年【重文】
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[09]同『湖畔』1897年【重文】
 091897

[10]同『智・感・情』1899年
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[11]同『寺尾壽博士像』1909年
 111909

[12]同『婦人肖像』1911-12年
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■続いては、昨日01月23日(土)、私用で名古屋へ行ったついでに、一宮市(=旧尾西市)にある一宮市三岸節子記念美術館にて開催中の『‥生誕110周年記念‥三岸節子展‥私は燃えつづける』を見て来ましたので、その模様をお伝えします。

 本展は、燃え続けた情熱の洋画家三岸節子の、20歳『自画像』~93歳迄『さいたさいたさくらがさいた』迄の73年に及ぶ画業を辿る‥と「ごあいさつ」に記されていた。
 三岸節子記念美術館の所蔵品以外の彼女の名画を沢山見ることが出来て嬉しかった。
 其処で今日は、当美術館の所蔵作品以外の彼女の作品を意識的に多くご紹介させいて戴くことにした。

[13]一宮市三岸節子記念美術館 入口の三岸節子像と本展案内看板
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[14]1925年(20歳)春陽会第3回展に初入選した『自画像』と共に
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[15]三岸節子『花』1925年頃
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[16]同『もや』1937年
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[17]同『飛ぶ鳥(火の山にて)』1962年
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[18]同『太陽』1964年
 181964

[19]同『ヴェネチアの橋』1976年
 191976

[20]同『ブルゴーニュの麦畑』1980年
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[21]同『赤い地図』1980年
 211980

[22]同『花、ヴェロンにて』1982年
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[23]同『ブルゴーニュにて』1989年
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[24]同『ブルゴーニュの少年と鳥』1997年
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[25]同『花』〔絶筆〕1999年
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【小生comment】
 大胆な筆遣いと絶妙な色彩と構図の三拍子が揃った三岸節子の絵は実に素晴らしく、小生、大好きな画家である。

 昨日は、三岸節子記念美術館の他にもう一つ、名古屋市にある松坂屋美術館にて開催されていた『愛と青春のアトリエ/洗濯船と蜂の巣』展も見て来ましたが、これは次回の《会報》にてお届けする予定ですので、次回をお楽しみに!

 ではまた‥。(了)

2016年1月17日 (日)

【時習26回3-7の会 0583】~「01月10日:古川美術館『長寿の画家たち~萬歳芸術~』展&愛知県美術館『ピカソ、天才の秘密』展を見て」「01月10日:愛知県芸術劇場concert hall『New Year Concert 2016/Symphonie-Orchester der Volksoper Wien〔美しく青きドナウ(An der shoenen blauen Donau)〕』を聴いて」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 さぁ、今日は《会報》【2637の会 0583】号をお送りします。

■先ず最初にお伝えするのは、掲題副題にある通り、一週間前になるが、01月10日(日):古川美術館『長寿の画家たち~萬歳芸術~』展についてである。

 画家は、長寿が多い。
 今日ご紹介する作品の作者13人はいずれも傘寿以上生きた人達である。
 中でも、奥村土牛、小倉遊亀、片岡球子、郷倉和子の4氏は百寿である。

[01]古川美術館/中央奥 緑の屋根の建物
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[02]古川美術館入口の本企画展案内
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[03]前田青邨(1885-1977)『牡丹』
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[04]山口華楊(1899-1985)『牡丹』
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[05]奥村土牛(1889-1990)『椿』
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[06]小倉遊亀(1895-2000)『花菖蒲』
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[07]杉本健吉(1905-2004)『牡丹』
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[08]上村松篁(1902-2001)『燦』
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[09]脇田和(1908-2005)『鳩を飼う人』
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[10]川合玉堂(1873-1957)『田子浦』
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[11]片岡球子(1905-2008)『桜咲く富士』
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[12]小野竹喬(1889-1979)『茜』
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[13]梅原龍三郎(1998-1986)『巴里風景―セーヌ川岸よりモンマルトル、サクレ・クールを望む』
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[14]郷倉和子(1914- )『紅白牡丹』
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[15]鬼頭鍋三郎(1899-1982)『惜春』
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[16](古川)為三郎記念館入口 
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[17]ジュディ・オング(1950- )『華堂初夏』
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[18]田村能里子(1944- )『季の嵐(「桜の間」壁画部分)』
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[19]同(天井画)『季の嵐』より
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■続いては、同日仏革美術館に続いて訪れたのが、愛知県美術館『ピカソ、天才の秘密』展である。
 今回のピカソ展は、ピカソの幼少期から「青の時代(1901-4年)」と「バラ色の時代(1905-6年)」にspotを当てた展覧会であった。

[20]愛知県美術館入口の『ピカソ、天才の秘密』展 案内看板
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[21]本展leaflet
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[22]パブロ・ピカソ(1881-1973)(15歳)
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[23]ピカソ『自画像』1896年
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[24]Pablo Ruiz Picasso『宿屋の前のSpainの男女』1900年
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[25]同『菊』1901年
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[26]同『スープ』1902年
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[27]同『サバスティア・ジュニェンの肖像』1903年頃
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[28]同『扇子を持つ女』1905年
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[29]同『パンを頭の上にのせた女』1906年
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[30]同『読書をするコルセットの』1914-17年
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[31]同『オルガ・ピカソの像』1918年
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[32]同『母子像』1921年
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[33]同『肘掛け椅子の女』1923年
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[34]同『魚、瓶、コンポート皿(小さなキッチン)』1922年
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【小生comment】
 厳格な美術教師を父に持ち、所謂英才教育を施されたピカソ。
 Situationが何となくモーツァルトの幼少時代と重なる。
 天才だからこそ、その幼少時代は徹底的に基礎教育を受けているのである。
 キュビズム以前のピカソは、ハッキリ言って取っ付き易い。
 絵画界に革命を興したピカソ。
 彼は、数多くの作品をどの様な気持ちで創作して行ったのだろう。
 興味が尽きない大画家である。

■愛知県芸術文化センター10階にある愛知県美術館から、elevatorで4階に降りると、愛知県芸術劇場concert hallである。
 01月10日の13時半開演の『New Year Concert 2016/Symphonie-Orchester der Volksoper Wien〔美しく青きドナウ(An der shoenen blauen Donau)〕』を聴いた。
 2009年から、今回で8年連続でウィーン・フォルクスオーパー交響楽団のウィーンの調べを、独唱とdanceと一緒に聴いている。
 何度聴いても心の底から癒される大好きなconcertである。
 今回は、定番のStraus一家、レハール、カールマンの作品の他に、イヴァノヴィチ(Ivanocici)作曲「ワルツ『ドナウ川の漣』」や、ヴァルトトイフェル(Waldteufel)『スケーターズ・ワルツ』も演奏され、小学校時代に聴いた懐かしい名曲の調べに酔いしれることが出来た。

[35]New Year Concert 2016 Program
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[36]同2
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【後記】昨日の夜、松葉町の居酒屋「マイアミ」にて「豊城中学校還暦祝同窓会 幹事会 慰労&反省会」が開催された。
 写真は、その時集まった幹事11人全員の全体写真である。
 因みに、うち5人が時習26回生である。
 写真後列左から、宮路N高君【3-8】、伊東M弘君【3-7】、芳村A信君【3-4】、小生【3-7】、前列中央(=小生の前) 小野K美君【3-8】
 豊城中22回生同期の学年代表の小野君と、今回幹事長の麻生(福田)J子さんが幹事会を確り纏めてくれたお陰で、幹事11人の結束力は固く、毎月1回開催された幹事会も和気藹々とスッゴク雰囲気も良く楽しかった。
 因みに、今回写真班を担当した小生は、昨年の時習26回の「懇親会 in 京都2014」同様、記念DVDを制作することになり、昨日は中間発表をした。
 とても評判が良かったので、一層ヤル気が出て来た処である。

[37]豊城中学校 還暦祝同窓会 幹事 慰労&反省会
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[38]同2
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 ではまた‥。(了)

2016年1月11日 (月)

【時習26回3-7の回 0582】~「松尾芭蕉『笈の小文』第5回【旧里〔その1〕】」「01月09日:メナード美術館『新春展‥和のかたち―絵画・書体・工芸―』展&トヨタ記念館 鞍ヶ池Art Salon『ワンダフル・ワールド』展を見て」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 さぁ、今日は《会報》【2637の会 0582】号をお送りします。

■先ず最初は、前《会報》【0578】号に引き続き、松尾芭蕉『笈の小文』第5回【旧里〔その1〕】をお届けします。
 芭蕉は、貞亨四年十一月二十一日(1687年12月25日)に、熱田の林桐葉を訪ねている。
 同年十二月十日(1688年01月12日)過ぎ、名古屋を出立して、彼の故郷の伊賀上野へ向かい、その伊賀上野にて越年した。
 即ち、328年前の正に明日、芭蕉は【旧里‥伊賀上野】へ向かったのである。
 それでは、『笈の小文』【旧里〔その1〕】をどうぞ!

【旧里(注1)〔その1〕】
《原文》
 師走(しはす)十日(とをか)余(あまり)、名ごやを出(いで)て旧里(きうり)に入らんとす。

  旅寐(たびね)して みしやうき世の煤はらひ

「桑名よりくはで来(き)ぬれば(注2)」と伝(いふ)日永(ひなが)(注3)の里より、馬かりて杖つき坂(ざか)(注4)上(のぼ)るほど、荷鞍(にぐら)うちかへりて馬より落ちぬ。

  徒歩(かち)ならば杖つき坂を落馬哉(かな)

  と物うさのあまり伝(いひ)出(いで)侍(はべ)れ共(ども)、終(つひ)に季(き)ことばいらず。

《現代語訳》
 12月10日過ぎ、漸く名古屋を出立して故郷伊賀上野に戻ることになった。

 【意】旅を続けて来た私は、幾度も旅寝を重ねてきた
    世間では、今日は師走13日の「煤払いの日」で、どの家でも忙しく大掃除をしている
    浮世離れした我身だが、「煤払い」を見ていると、故郷や家族、昔日の懐かしい想い出が去来する。
  季語「煤はらひ」:冬
 【解説】「煤払い」は、当時江戸城内で十二月十三日に行われ、これが庶民の間にも広がった
     家を大掃除することに拠り、その年の厄を払う意味もある

「桑名より食はで来ぬれば星川の 朝けは過ぎぬ日永なりけり」と古歌に歌われる歌「日永の里(注3)」から、馬を借りて、昔日本武尊が東征の帰り道に疲れて杖を突いたという古蹟「杖つき坂(注4)」を上って行った処、荷鞍ごとひっくり返って落馬して仕舞った。

 【意】(日本武尊伝説の様に)徒歩だったら杖をついて上って無事だったのに、選りに選って「杖つき坂」で落馬して仕舞うとはナァ
  季語:なし

 といまいましさ余り一句を作ったが、終に季語は入れることが出来なかった

《語句/解説》
 (注1)旧里:芭蕉の故郷「伊賀上野」
 (注2)「桑名よりくはで来ぬれば」:「桑名よりくはで来ぬればほし川の朝けは過ぬ日永なりけり」(『名所方角抄』)
    下句を「朝けはすぎて日ながにぞ思ふ」とするものもある(『古今夷曲集』)
 (注3)日永の里:三重県四日市市日永町
 (注4)杖つき坂:四日市市采女町と鈴鹿氏石薬師町との間にある坂

【小生comment】
 芭蕉は、故郷の伊賀上野で貞亨4年暮から5年正月にかけて過ごした。
 次回【旧里〔その2〕】は、その時の模様をお伝えする。
 新暦で貞亨五年正月元旦は、1688年02月02日になるので、今月末頃お届けする予定である。

■続いて、お伝えするのは、掲題副題にある通り、一昨日の01月09日(土):メナード美術館『新春展‥和のかたち―絵画・書体・工芸―』展&トヨタ記念館 鞍ヶ池Art Salon『ワンダフル・ワールド』展についてである。

 その日2つの美術館には、歯の定期検診を平成05年から22年間お世話になっている名古屋市東区徳川町にある歯科医院に行ったついでに立ち寄った。
 その2つの美術館の企画展について以下ご紹介する。

[01]メナード美術館入口
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[02]本展leaflet
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【メナード美術館『和のかたち』展】
 本展は、「和のかたち」と題したメナード美術館所蔵展である。
 今日は、そのうち「日本の伝統色『紅白』」と題したcornerに展示されていた日本画4点と洋画(林武『富士』)1展、そして「花鳥風月」と題されたcornerでの吉田善彦『斑鳩春宵』の計6点ご紹介する。

[03]小林古径『ボタン』1939年
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[04]安田靫彦『紅花白瓶』1958年頃
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[05]前田青邨『紅白梅』1960年
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[06]小倉遊亀『椿花白磁』1977年
 061977

[07]林武『富士』1965~67年頃
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[08]吉田善彦『斑鳩春宵』1983年
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【小生comment】
 小生は、上記6点の中では、小倉遊亀と林武の作品が気に入っている。
 又、postcard になかったので今回お示し出来ないが、「日本の伝統『紅白』」cornerに展示されていた島田章三『紅衣白花』1977年が、色彩と構図、島田章三の画風が絶妙で素晴らしかった

【トヨタ記念館 鞍ヶ池Art Salon『ワンダフル・ワールド』展】

 本展は、世界の美と向き合った画家達に拠る、各地の情景が描かれた作品をお届けする‥とleafletに記されていた。

[09]本展leaflet
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[10]キスリング(1891-1953)『スペインの女』1925年
 10189119531925

[11]藤島武二(1867-1943)『鳥羽の海』1930年
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【小生comment】
 本展の22点の展示作品の中では、小生、初めて見た「19.スナルコ(1960- Indonesia生)『花を拾うバリ女性』」が気に入った。
 Postcardはないのでお見せすることが出来ないのが残念である。
 本展出品目録から、当該作品の caption をご紹介するので、その絵を想像してみて下さい。

 強い日差しに色鮮やかな民族衣装が映える。
 赤道直下のIndonesia。
 画中の女性が纏う伝統的な臈纈染めの腰布が目を惹く。
 気品と恥らいある女性の仕草も相俟って、手に持った「チャナン」と呼ばれる神へのお供物と拾い上げるプルメリアの花から、芳しい香りが漂って来る様だ。

 名画は、時代を超越して、見る者に感動を与えてくれるからホント素晴らしい!

【後記】一昨日訪れた歯科医院は、この正月明けの01月04日、従来の場所から200m程南へ移転開院した。
 当院は、昔から中日ドラゴンズの監督&選手が沢山治療を受けに来ている。
 それを証明するかの様に、当院受付に、元中日ドラゴンズの選手・監督の、高木守道氏や星野仙一氏、同元選手の山崎武司氏からの祝の胡蝶蘭が飾ってあった。

[12]元ドラゴンズ選手・監督の高木守道&星野仙一、同主力選手の山崎武司、各氏からのお祝いの胡蝶蘭
 12


 ではまた‥。(了)

2016年1月 3日 (日)

【時習26回3-7の会 0581】~「12月26日:大学弓道部時代の同期生±1年有志同窓会」「01月02日:『豊城中学校第22回生還暦祝同窓会 at ホテルアークリッシュ豊橋』開催報告」

■今泉悟です。 皆さん如何お過ごしですか。 さぁ、今日も【2637の会】《会報》【0581】号をお送りします。
 改めまして、明けましておめでとうございます。
 本年もどうぞ宜しくお願いします。

■さて、最初の話題は、昨年暮に名古屋駅前の「いけす茶屋みどり」にて開催された大学弓道部時代の忘年会開催報告です。
 この日は、東海三県在住の大学弓道部時代の一年先輩3人、同期8人、一年後輩2人の13人と先輩の奥様の総計14人で忘年会を開催した。

[01]名大弓道部第18±1代同窓会 at いけす茶屋みどり in 名古屋20151226
 01181_at_in_20151226

[02]同2
 022

 夏7月と、暮の12月か新年1月の年二回、豊橋と名古屋にて開催しているものである。
 開催した日の翌々日に参加者宛に出した mail の一部をご紹介する。

 ※ ※ ※ ※ ※

 小生、今月12月03日で、大腸癌の手術後丸1年が経過しました
 幸い今の処、再発の気配はない様なので一安心してる處です
 02月には父が亡くなり、鈴木(天野)さんも11月に同じくお父様を亡くされました
 事程左様に、時間は「無常」です
 毎日が過ぎゆくことはあまり変わり映えしませんが、1年単位で見ると着実に「時の移ろい」を感じる昨今です
 そう考えると、平均寿命85年の人生なんかも、長い様に見えても実際はそうでないのかも‥
 ということで、元気なうちに遣りたいことは遣って仕舞いましょう!

 そして同窓会も、元気なうちに会えるだけ会って、息災であることを喜び、その喜びを皆さんと分かち合いたいものです
 この同期会も、小生が元気な限り、『勝手幹事』として、夏7月と冬12月or 01月の年ニ回開催し続けていくつもりです
 皆さんも気軽に奮ってご参加下さい

■続いての話題は、昨日01月02日の午後06時00分から、豊橋駅前のホテルアークリッシュ豊橋にて『豊城中学校第22回生還暦祝 同窓会』が開催された。
 10年ぶりの中学同窓会である。
 幹事11人の中の一人で、内5人が【時習26回生】。
 【2637の会】memberでは、伊藤M弘君も一緒だ。
 あとの3人は、吉村A信君【3-4】と小野K美君【3-8】と宮路N高君【3-8】である。
 午後8時半過ぎ迄、ホテルアークリッシュ豊橋4Fで一次会、09時00分から謝謝にて二次会が開催された。
 参加者は、一次会が81人+恩師の先生1人。
 二次会は、50人で、盛況であった。

 さぁ、これから小生、「豊城中学校還暦祝記念懇親会」記念DVDの制作に取り掛かる予定である。
 学年代表の小野君【3-8】が、昨年末大晦日の豊城中の校舎の模様を撮影してくれた。
 又、岩瀬敏君【3-4】が昨日の懇親会 snap shots を約250枚を、小生が同じく約 600枚、更に小野君と編集した中学時代の想い出写真が約 100枚手許に揃った。
 ただ、いつ頃記念DVDが完成するかは、全く見当がつかない。
 ま、ボチボチ遣っていくつもりだけど‥(^^;;

[03]豊城中学校第22回生還暦祝同窓会 at ホテルアークリッシュ豊橋20160102
 0322_at_20160102

[04]同【3-2】クラス別
 04

  小生が所属した【3-2】には、【時習26回生】は、小生以外に4人。
  伊東M弘君【3-7】、天野(山本)Y子さん【3-3】、伊藤H之君【3-8】、岸田(石田)Y子さん【3-10】が写っている。
[05]同【3-4】クラス別
 05

  又、【3-4】では、守田T洋君【3-7】、鈴木(斎藤) I子さん【3-1】、宮地N高君【3-8】、福井A輔君【3-9】が写っている。
[06]同【今回の幹事11人】at ホテルアークリッシュ豊橋
 0611at

[07]同【二次会】at 謝謝にて
 07at

【後記】
 今年も、皆さん、元気で明るく生きて行きましょう!
 では、また‥!
 !(^-')b♪

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