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2016年5月 1日 (日)

【時習26回3−7の会0598】〜「松尾芭蕉『笈の小文』第12回【道中〔その2〕】」「04月16~17日:城跡&史跡巡り〔二日目〕『堺市役所展望室lobby』『堺市博物館』『仁徳天皇陵』『履中天皇陵』『さかい利晶の杜』『千利休生誕地』『下之太子(大聖勝軍寺)』『中之太子(野中寺)』を巡って」「04月23日:松坂屋美術館『春の院展』&ヤマザキマザック美術館『ヤマザキマザックコレクション・アイズピリ』展を見て」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 今日も【時習26回3-7の会 0598】号をお送りします。

■今日最初の話題は、前《会報》に引き続き、松尾芭蕉『笈の小文』第12回【道中〔その2〕】をお届けする。
 前回では、貞亨五年三月十九日(新暦1688年04月19日)【吉野への旅立ち】の模様をお伝えした。
 今回は、04月19日以降、そう日が経っていない時の話である。
 因みに、伊賀上野の芭蕉生家から初瀬である長谷寺迄は41㎞、更に、長谷寺から葛城山迄は30km程の距離にある。
 では、ご覧下さい。

《原文》
   初瀬(注1)

  春の夜(よ)や籠(こも)り人(ど)ゆかし堂(だう)の隅

  足駄(あしだ)はく僧も見えたり花の雨 万菊

   葛城山(注2)

  猶みたし花に明行(あけゆく)神の顔(かほ)

《現代語訳》
   初瀬

 【意】春の夜に、長谷寺の御堂の片隅にひっそりと籠って祈っている人の気配がある
    同寺は昔より恋愛成就の願掛けをする寺として有名だから、そのひとはその様なことを祈っているのだろうか
    何とはなしに心惹かれる(=ゆかし)ことだ
 【解説】「恋愛」が成就することで有名な長谷寺は、『更級日記』の著者菅原孝標女、『蜻蛉日記』著者藤原道綱母も参籠している
  季語:「春の夜」‥(春)

 【意】雨が降りしきり中、そして桜花繚乱の中に、高下駄を履いた僧が厳かに歩むのが見える
    味わい深いことであるヨ
 【解説】『枕草子〔第3巻115段〕』に「【原文】清水(‥『能因本』「はつせ」とあり‥)など詣でて、局するほど、呉階(くれはし)のもとに車引き寄せて立てたるに、帯ばかりうちしたる若き法師ばらの、足駄(あしだ)といふ物をはきて‥(後略)〔【現代語訳】清水(‥『能因本』「初瀬」‥)などにお参りして、局が出来る迄の間、お堂に上る長廊下端の階段の所に車を引き寄せて立てかけていると、腰衣に帯だけ締めた若い法師達が、高下駄を履いて‥(後略)〕」とあるのに拠る
  猶、「木履く僧も有りけり雨の花(『昿野』)」が最初の句形
  季語:「花の雨」‥(春)

   葛城山

 【意】春の曙時の薄ら明りに桜花が仄かに浮かび上がって来る葛城山の景色は喩え様がない程美しい
    その昔、役の行者の命で葛城山と金峰山(きんぷせん)に岩橋をかけたという一言主(ひとことぬし)の神
    この神は、自らの醜さを恥じ夜だけ働いたそうだが、今素晴らしい桜花を眺めていると、逆にに拝顔したくなることだヨ

《語句/解説》
 (注1) 初瀬:奈良県桜井市初瀬/長谷寺の本尊十一面観音で有名
     光源氏が参詣し20年ぶりに乳母右近に巡り合った話(『源氏物語/玉鬘(かずら)』)、西行が出家前の妻とめぐりあった話(『撰集抄(せんじゅうしょう)』)で知られる
 (注2)葛城山:大阪府と奈良県の境にある山/歌枕/修験者の霊場/桜の名所

《原文》
   三輪(注1) 多武峯(たふのみね)(注2)

   臍峠(ほそたうげ)(注3) 多武峰ヨリ龍門へ越道也

  雲雀(ひばり)より空にやすらふ峠哉(たうげかな)

   龍門(りゅうもん)(注4)

  龍門の花や上戸(じやうご)の土産(つと)にせん

  酒のみに語らんかゝる滝の花

《現代語訳》
   三輪 多武峰

  細峠は多武峰より吉野へ越える峠である

 【意】峠に登り休んでいたら、雲雀の囀りが下の方から聞こえて来た
    空の上にいる様で何だか気分が安らぐことだ
 【解説】「雲雀より上にやすろふ峠かな」(『昿野』)の句形も伝わる
  季語:「雲雀」‥(春)

   龍門の滝で

 【意】その名も中国の名勝の地と同名の「龍門の滝」だ
    酒と滝を愛した彼の李白に因んで、この滝の畔に咲く花を酒飲み(=上戸)への土産としよう
  季語:「花」‥(春)

 【意】酒飲みに酒を酌み交わし乍ら話してやろう
    この滝の畔に咲く花と景色の美しさを
 【解説】「かゝる」は「(滝が)掛る」と「斯かる(=この様な)滝の花」の掛詞になっている
  季語:「花」‥(春)

《語句/解説》
 (注1)三輪:奈良県桜井市三輪町東方の山/大和国一宮『大神神社(おおみわ(=三輪(みわ)神社))』がある
 (注2)多武峯:桜井市の南にある山/多武峰(とうのみね)
    山上には『乙巳(いっし)の変(645年)』に向け中大兄皇子と中臣鎌足が密談したことで有名な『談山(だんざん)神社』が祀られている
 (注3)臍峠:細峠/「大和の国中より吉野へ越すに、四の坂あり/多武の峰より越すを細嶺と言ふ/高くけはし/嶺より吉野山見ゆる」(和州巡覧記)
 (注4)龍門:原典は「瀧門」と記されているが「龍門」が正しい/吉野の龍門岳の麓にある滝

《原文》
   西河(にじかう)(注1)

  ほろゝゝと山吹ちるか滝の音

   蜻『虫偏に鳥』(せいめい)が滝(注3)

   布留(ふる)の瀧(注4)は布留の宮(注5)より二十五丁 山の奥也(なり) 大和(やまと)

津国 布引(ぬのびき)の瀧(注5) 幾(=生)田(いくた)の川上に有(あり)。

   箕面(みのお)の瀧(注6) 勝尾寺(かちをでら)(注7)へ越(こゆ)る道に有(あり)。

《現代語訳》
   虹河

 【意】激しく流れ落ちる滝の傍らで、盛りを過ぎたのだろう、山吹の花がほろほろと散っている
 【解説】古来吉野川の岸辺の山吹を詠むのは詩歌の伝統という/「か」は疑問ではなく詠嘆
  季語:「山吹」‥(春)

   蜻【虫偏に鳥】が滝

   布留の滝は布留(ふる)の宮(石神神宮)より二十五丁(ちやう)山の奥である
   布引の滝は津国幾田の川上にある
   大和の箕面の滝は勝尾寺へ越る道にある
   箕面の滝は勝尾寺へ越る道にある

《語句/解説》
 (注1)西河:にじこう/吉野郡川上村を流れる急流/吉野大滝とも言う
    普通の滝のように高いところから流れ落ちるのではない/虹河、虹川とも/吉野郡川上村
 (注2) 蜻【虫偏に鳥】が滝:西河に程近い少し山間に入った所にある滝
    此処では俳句がつくられず題だけの記載になっている
 (注3)布留の滝:現・奈良県天理市布留町
 (注4)布の宮:石上(いそのかみ)神宮
 (注5)布引の滝:現・神戸市/生田川上流/歌枕
 (注6)箕面の滝:現・大阪府箕面市の滝/歌枕/「大和」は誤り
 (注7)勝尾寺:現・箕面市にあった

【小生comment】
 『笈の小文』の旅行記の配列が、必ずしも時系列になっていない。
 本稿でも、「初瀬」→「葛城山」→「三輪」となっているが、行程から不合理である。
 旅行記の順序が、芭蕉自身に拠る変更なのか、乙州の意図的な編集に拠るのか判然としない。
 とは言え、『笈の小文』が芭蕉の円熟期の作品が多く掲載されている芸術的価値ある傑作であることに間違いないことは確かである。

※ 河合(川合)乙州(おとくに/生没年不詳(1657?-1720?)) ※
 俳人/近江蕉門/俳人 河合智月(智月尼)の弟で智月の養子)
 姉の智月尼と同じ山城国生まれと推定/元禄02(1689)年『奥の細道』旅中の松尾芭蕉と加賀金沢で会っている
 同年12月 芭蕉を大津の自邸に招待/以後も芭蕉を度々招聘/義仲寺「無名庵」や石山「幻住庵」滞在中の芭蕉を世話をした
 乙州は芭蕉晩期の俳風『軽み』理解者と伝わる
 蕉門の中での芭蕉からの信頼は厚く、その為『笈の小文』の草稿も贈られた様である
 元禄07(1689)年10(11)月12(28)日の芭蕉逝去の際は、看取り~葬儀万端の準備を執り行ったという
 この『笈の小文』も、芭蕉死後、芭蕉の意向に従い、宝永06(1709)年に刊行

■続いての話題は、前《会報》に続き、「城跡&史跡巡り〔二日目〕『堺市役所展望室』『堺市歴史博物館』『仁徳天皇陵』『履中天皇陵』『さかい利晶の杜』『千利休生誕地』『下之太子(大聖勝軍寺)』『中之太子(野中寺)』を巡って」である。

〔二日目〕【04月17日(日)】
具体的な行程は、以下の通りであった。
08時00分 八尾グランドホテル発→
08時45分 堺市役所着〔堺市堺区南瓦町3-1〕
09時00分 21階展望lobby〔仁徳&履中&反正天皇陵〕→09時30分 同所発→
[01]堺市役所
 01

[02]仁徳天皇陵古墳(大仙(山)古墳)〔中央やや左の緑丘陵〕
 02

[03]履中天皇陵古墳〔右端の緑丘陵〕
 03

[04]反正天皇陵古墳〔中央の緑の森〕
 04

[05]堺市役所21階展望lobby 仁徳天皇陵古墳をbackに
 0521lobby_back

09時40分 堺市博物館着→10時50分 同所発
[06]堺市博物館前にて
 06

[07]堺博物館前の千利休像前にて
 07

10時55分 仁徳天皇陵古墳着→11時10分同所発
[08]仁徳天皇陵古墳前にて01
 0801

[09]同上02
 0902

10時20分 履中古墳着→10時25分同所発
[10]履中天皇陵古墳01
 1001

[11]同上02
 1102

[12]航空写真/百舌鳥(モズ)古墳群と仁徳&履中&反正天皇陵&二サンザイ古墳他
 12

[13]航空写真/応神&仲哀&允恭天皇陵&仲姫(なかつひめ)皇后陵他
 13

11時50分 さかい利晶の杜着→12時30分同所発
12時32分 千利休宅跡着→12時40分同所発
[14]さかい利晶の杜 外観01
 1401

[15]同上02
 1502

[16]同上03
 1603

[17]与謝野鉄幹&晶子夫妻(昭和初期頃)
 17

[18]与謝野晶子をめぐる人々
 18

[19]千利休宅跡(生地)入口にて
 19

[20]千利休宅跡(生地)井戸の前にて
 20

14時30分 下之太子(大聖勝軍寺)着→14時45分同所発
[21]大聖勝軍寺山門前にて
 21

[22]神妙椋樹苑〔聖徳太子救命の椋〕
 22

15時10分 中之太子(野中寺)着〔大阪府羽曳野市野々上9-24〕→15時25分同所発→帰途へ
[23]中之太子(野中寺)山門
 23

[24]同上 本堂
 24

【小生comment】
 今回の城跡巡りの旅は、日本三大古墳(+堺市役所21階展望lobby)と聖徳太子縁(ゆかり)の史跡巡り、楠木正成の3つの山城跡、西行入寂地、千利休と与謝野晶子生誕地、富田林の寺内町巡りと盛り沢山であったが、凄く楽しかった。
 小生にとっては、全て初めて見る史跡ばかりで、満足の二日間であった。
 聖徳太子(彼の母と妻も含む)、彼の父 用明天皇、彼を皇太子に指名した推古天皇の陵を一挙に見られたことは大きな収穫だった。

■続いて今日最後の話題は、04月23日、刈谷市美術館『和田英作』展の後訪れた、松坂屋美術館『春の院展』&ヤマザキマザック美術館『アイズピリ』展の模様を続けてお伝えして締め括りたい。

【松坂屋美術館『第71回 春の院展』2016年】

[25]『春の院展』leaflet/絵は同人 川瀬麿士『梅樹』2016年
 25leaflet_2016

[26]同人 郷倉和子『宙(そら)のかがやき』2016年
 26_2016

[27]同人 後藤純男『新緑浄韻』2016年
 27_2016

[28]同人 那波多目功一『月明かり』2016年
 28_2016

[29]同人 手塚雄二『残雪』2016年
 29_2016

[30]同人 梅原幸雄『線香花火』2016年
 30_2016

[31]同人 清水達三『渚』2016年
 31_2016

[32]同人 倉島重友『エリカ』2016年
 32_2016

[33]同人 小田野尚之『冬の駅』2016年
 33_2016

【小生comment】
 同人の作品は、みな流石に品格があって素晴らしい。
 いつも感心して鑑賞させて頂いている。
 因みに今回は、ご存命の同人34人のうち33人に拠る出品があった。
 ただ大変残念なのは、同人の最年長、郷倉和子さんが04月12日に逝去された(享年101歳)。
 今回の出展作品[26]『宙(そら)のかがやき』が遺作となったのであろうか?
 謹んでご冥福をお祈りしたい。

【ヤマザキマザック美術館『アイズピリ』展】
 ポール・アイズピリの略歴は以下の通り。
 1919年05月14日Parisに生まれる
 1933年 彫刻家の父の奨めにより国立工芸学校(エコール・ブール)に入学する
 1936年 Paris国立美術学校に入り直した
 1945年 サロン・ドートンヌの会員となる
 1946年 青年絵画展で三等賞受賞
 1951年 ナショナル大賞受賞
 2016年01月22日 Parisにて逝去(享年96歳)

 アイズピリの作風は、明るい色彩と重厚なマチエールが特徴で、不思議な魅力に溢れている。
 ヤマザキマザック美術館は、彼の最初期の1950年代から1980年代にかけて50点以上保有している。
 先ずはその幾つかをご覧下さい。

[34]ヤマザキマザック美術館入口
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[35]ポール・アイズピリ
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[36]ヤマザキマザック美術館『アイズピリ』展leaflet/絵は『絵を描くアルルカン』1989年
 36leaflet1989

[37]アイズピリ『がポット』1950年
 371950

[38]同『リュートと裸婦』1951年
 381951

[39]同『ミュージシャン(Les musiciens)』1958年
 39les_musiciens1958

[40]同『ドフィーヌ広場と橋』1961年
 401961

[41]同『果物のある静物』1981年
 411981

[42]同『ハートのカードを持つ婦人』1985年
 421985

【小生comment】
 本展で、そのアイズピリの半生の作品をジックリ堪能出来た。
 皆さんは、彼の作品を見てどの様に感じられましたか?

【後記】今年は端午の節句の05月05日が二十四節気でいう『立夏』である。
 従って、今日はまだ春である。
 晩春というと、松尾芭蕉のこの俳句が直ぐ浮かぶ。

  行春(ゆくはる)を近江の人とおしみける 芭蕉

 この句について、俳人山口誓子が、新版 日本秀句1「芭蕉秀句」で解説している一部を引用しよう。

 元禄三年の作。
 春行くころに、芭蕉は近江に来ていて近江の行春を惜しんだのである。
 芭蕉ひとりではなく、近江に住む人と一緒に惜しんだのである。
 何かの集いのときの作だと思われる。
 この句の場所はただ「近江」とあるのみであるが、「近江」によって直ちに琵琶湖を想像しなくてはなるまい。
 近江の国は殆どが琵琶湖である。
 湖国と言われる所以だ。
 この句の場合も行春は湖国近江の行春でなければならぬ。
 すると、芭蕉は湖畔のいずこからか湖の風景を見て、行かんとする春を惜しんでいるのである。
 湖国に住む人と一緒に惜しめば旅の心はいや増すのである。〔後略〕

【小生comment】
 近江の芭蕉というと、幻住庵や義仲寺を思い出す。
 芭蕉を臨終と看取りから義仲寺への埋葬迄の一切を仕切ったのが、本《会報》の冒頭でお示しした、『笈の小文』の編者 河合(川合)乙州(おとくに(1657?-1720?))であった。

 ではまた‥。(了)

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