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2016年8月の4件の記事

2016年8月28日 (日)

【時習26回3-7の会 0615】~「08月20日【時習26回3-7の会/クラス会】実施報告」「08月27日:大垣市守屋多々志美術館『いにしえの夢』展を見て」「ハンス・ケルゼン著(長尾龍一・植田俊太郎訳)『民主主義の本質と価値(第二版・1929年)』他一篇(民主主義の擁護(1932年))を読んで」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 今日も【時習26回3-7の会 0615】号をお送りします。
 
■さて、今日は先ず、【時習26回3-7の会/クラス会】実施報告からお伝えします。
 待望の【2637の会/クラス会】が、予定通り08月20日(土) 18時00分~豊橋駅前大通二丁目の小生の勤務先のビル地下 Try Again にて11人が集まって開催された。
 参加者は、参加予定者12人から一人欠いたが、石田(Y)・井上・伊庭・金子(T)・菰田・千賀・林(恭)・牧野・峯田・山中(高木)(以上、五十音順・敬称略)小生。
 皆、とっても元気そうだった。
 会が始まって1時間程歓談し、参加者11人の近況報告、そして歓談とカラオケ(‥と言ってもカラオケは人気なく歌ったのは2曲だけだったけど‥)。
 みんなの近況報告は、味わいのあるものだった。
 昭和49年3月に時習館高校を卒業して今年8月で42年5箇月が経っているが、その歳月の長さは誰も数分では語り切れるものではないが、各人が持っている想い出の幾つかを話してくれて、懐かしくもあり、感動的でもあった。
 ガンを患ったのは小生だけでなく、みんな大なり小なり病気をしたり、悩んだりして今日処迄生き抜いて来たんだということを認識し合った。
 そして、お互い元気で来年の再会を誓い合って22時半近くに散会した。
 添付写真[01]は、散会前に参加者全員で撮影した記念写真である。

[01]【2637の会 クラス会】at Try Again 20160820
 012637_at_try_again_20160820

■さて続いての話題は、掲題・副題にある様に、昨日08月27日(土)に私用で名古屋に行ったついでに、大垣市守屋多々志美術館『いにしえの夢』展、岐阜公園内にある岐阜市歴史博物館分館/加藤栄三・東一記念美術館『加藤栄三・東一 鵜飼を描く』展、知多郡美浜町美浜にある杉本美術館『動物のいる風景』展という3つの企画展を見て来たので、今日はそのうち最初に訪れた大垣市守屋多々志美術館『いにしえの夢』展の模様をお伝えする。
 守屋多々志(1912-2003)は、大垣市出身の日本画家の泰斗。
 法隆寺金堂壁画の再現模写や高松塚古墳壁画模写に大きく尽力。
 彼はこれ等の縁の地である古都奈良をこよなく愛し、飛鳥時代~奈良時代を舞台にした作品を数多く描いている。
 本展は、これ等の企画展である。ジックリご覧下さい。

[02]大垣市守屋多々志美術館入口
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[03]本展leaflet
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[04]守屋多々志『パリスの審判』
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[05]同『天平の楽人』
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[06]同『誕生(聖徳太子)』
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[07]同『悔過(持統天皇)』
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[08]同『繭の傳説』
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[09]同『涼風』
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[10]同『夏日』
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【小生comment】
 守屋氏の歴史画に出て来る女性像が綺麗である。
 小生、年に一回程度は守屋多々志の絵を見たくなって当美術館を訪れる。
 その時は、必ず近くにある大垣城は(‥天守閣には登らないことが多いが‥)一緒に訪れることにしている。
 大垣城については、【後記】をご覧下さい。

■そして今日最後にお届けする話題は、最近読んだハンス・ケルゼン(Hans Kelsen (1881-1973))著(長尾龍一・植田俊太郎訳)『民主主義の本質と価値(第二版・1929年)』他一篇(民主主義の擁護(1932年))についてである。
 先ず以下に、本書のindexを記す。
 本書の概要を解り易くする為に、「◆→・」以下に本文の一部を引用し補足した。
 本書に入る前に「『民主主義』とは何か」確認して置きたい。

【民主主義(democracy)】
『民主主義』とは、政治一般、政治原理、政治運動、政治思想等の形態の一つ。
 語源は、demos(人民)とkratia(権力)とを結びつけたギリシア語のdemokratiaで、人民が権力を握り、自らそれを行使する政治を意味した。
 従って、それは君主政治や貴族政治と並び、支配形態の一つである「多数者の支配」を指す。
『民主主義』は、古代に於いては愚民政治や暴民政治を意味するものとして、屡々嫌悪され、望ましい政治形態として受け入れられるに至ったのは近代になってからである。
『民主主義』が復権する過程は、古代ギリシアの直接民主制ではなく、代表制に拠る間接民主制で、少数の市民階級に拠って運営される「議会政治」に他ならなかった。
『民主主義』が真に確固たる市民権を握るのは第一次世界大戦(1914-18)後のことである。
 この大戦に於いて連合国は「『民主主義』の安全な世界をつくる」ことを目的として掲げた。
 しかし、『民主主義』は、ソビエト(Sovet(=評議会・会議の意)) 型のボルシェヴィズム(bol' shevism)と、北欧型社会民主主義という新たな問題に直面した。
 元来『民主主義』は、自由・平等の理念に立つものであるが、近代民主主義は liberal democracy として発展し、平等については形式的平等の実現だけに留まっていた。
 ソビエト型ボルシェヴィズムと北欧型社会民主主義は、この(矛盾)点を突いたのである。
 又、20世紀の『民主主義』は、極度に参政権を拡大し、又、直接民主主義的制度をも採用したが、それは大衆社会状況がその儘政治過程に浸透することを赦したものであり、事実、fascismは、mass-democracy を母体として出現したのである。
〔以上、ブリタニカより抜粋〕

 France語版への序文(1931年08月)/〔P.009〕
 第一章/自由〔P.015〕
 第二章/国民〔P.029〕
     ◆→・あらゆる民主政治において、「国民」が政党へと分岐することは止め難い発展である。〔P.039〕
 第三章/議会〔P.043〕
     ◆→・議会が現代の社会的諸問題の解決に有用な道具であるか否かに、現代民主主義の存亡がかかっている。
        もとより民主制と議会制は同一ではないが、現代国家において直接民主制は実際上不可能である。
        だから、議会制が現代の社会的現実の中で民主主義の理念を充足し得る唯一の現実の形態である。
        このことを、本気で疑うことが出来ないのであろう。
        それ故、議会制是非の決断は同時に民主制是非の決断なのである。〔P.044〕
 第四章/議会制改革〔P.055〕
 第五章/職能議会〔P.065〕
 第六章/多数決原理〔P.073〕
     ◆→・多数決原理は、むしろ「多数-少数原理」と呼ばれている。〔中略〕
        この原理は、妥協への強制に拠って、この最終的な統合を実現するのである。〔中略〕
        「妥協」とは「折り合う」ことに他ならない。
        議会制における多数決原理は政治的対立の妥協の原理、調整の原理である。
        このことは、議会慣行を一瞥するのみでも明らかである。〔中略〕
        〔P.77-78〕
 第七章/行政〔P.091〕
 第八章/統治者の選択〔P.101〕
     ◆→・民主主義の理念に適合するのは、統治者の不存在である。〔P.102〕
     ◆→・唯一の問題は「如何にして最善者を支配の座に就けるか〔中略〕」という政治的・社会技術的問題である。〔中略〕
        正しくこの観点から見て、専制主義の提唱者は民主主義に対抗して持ち出す議論を持たないのである。〔P.114〕
 第九章/形式的民主主義と社会的民主主義〔P.119〕
 第十章/民主主義と世界観〔P.125〕
  注 /〔P.133〕

◆ Kelsen は、『民主主義の擁護』を上梓したのは、Adolf Hitler(1889-1945)が政権を奪取する前年である。
※ 民主主義の擁護(1932年) ※〔P.155〕
1.彼は、極左の bol' shevism と極右の fascism と『独裁権』が、如何なる利益の為に行使されるかは分からない。
 しかし、だだ一つ分かることは、右翼が勝とうと左翼が勝とうと、その旗は民主主義の墓の上に立てられるであろうということ‥と警鐘を鳴らす。〔P.158〕
 民主主義の価値に関する判断は、過去10年間驚くべく急変した。
 民主主義政体について何らかの長所を見る理論家の数は減少の一途を辿り、〔中略〕公法学界や社会学界では、民主主義を侮蔑の言葉を以て律し去ることが殆ど自明のこととなり、(直接・間接の)独裁制を新時代の曙光として迎えることが modern なものと看做されている。〔P.158-59〕
 Bourgeois は、自分達のみの為に、民主主義を闘い取ったのではない。
 彼等(=bourgeois)は所謂第四階級の為にも、政治的発展の可能性を創り出し、それに拠って〔中略〕社会主義の実現にとっても最も重要な前提を作り出したのである。〔P.162〕
3.右翼陣営は〔中略〕「民主主義は腐敗の恰好の温床だ」「民主主義は規律に欠ける」という非難を用いるが、根拠薄弱である。〔P.164-65〕
 独裁制論者が民主主義を批判する理論として持ち出して来るのは「民主主義の基本原理である多数決原理は、内容的に正しい団体意志の形成を保障するものとして、全く不適当だ」という議論である。〔P.165〕
 これに対し、人間的認識の到達し得るのは相対的価値のみであると認識する者は、その価値の実現に不可避の強制の正当化可能性を、強制秩序が拘束する対象である人々の、少なくとも過半数の同意にしか求め得ないであろう(‥全員の同意を求めることは、無政府状態を招くから不可能‥)。〔P.169〕
 これが民主主義原理である。
 民主主義は自由の最大化を求めるが、それは即ち国家秩序の内容としての「一般意志」とこの秩序への服従者個々人の意志である「全員意志」との間の乖離を最小化するという要請に他ならない。〔P.169〕
 この自由は、民主主義的国家形態以外の形態においては、回復不可能な迄に失われる。特に独裁制においては。〔P.169〕〔後略〕

[11]ハンス・ケルゼン『民主主義の本質と価値』他一篇
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【小生comment】
 Kelsen の本書『民主主義の本質と価値』と『民主主義の擁護』を読むと、彼が現代(‥本書が上梓された1930年前後の頃‥)の『民主主義』に強い危機感を持ち乍らも、fascismや bol' shevism から国民の自由と平等を守れるのは議会制民主主義しかないと言いたかったものと思料する。
 翻って、現代社会の政治体制を見ても、国民の自由と民主主義の実現を可能にするのは、矢張り健全な議会制民主主義に拠る、健全なる執行しかない、ということである。
 勿論、衆愚政治(mobocracy, ochlocracy)に陥らない為に、国民の代表者たる議員の質的向上が不可欠ではあるが、現実は極めて難しい問題である。

【後記】今日のお別れは、昨日訪れた大垣市守屋多々志美術館から程近くの所にある大垣城の天守閣を見たくなったので、車で立ち寄り、天守閣と大垣藩戸田十万石の藩祖 戸田氏鉄(うじかね(1576-1655))像を写真[12][13][14]に収めた。
 戸田氏鉄の父 戸田一西(かずあき(1543-1604))は、三河国吉田(現・豊橋)に生まれ、永禄(1558-70)年間には三河国渥美郡多米(現・豊橋市多米町)を領有、その後徳川家康に仕え、近江国膳所城築城後、膳所藩初代藩主となり、長男が2代藩主となった。
 一西が豊橋生まれという経緯から、小生、戸田一西・氏鉄親子には強い愛着を感じるのである。

 大垣城天守閣と戸田氏鉄の騎馬像を見乍ら、戦国時代の戸田一西・氏鉄親子に思いを馳せていたら拙句が浮かんだ

 大垣と
  吉田の架け橋
   一秋(かず『あき』(=一西)ぞ
         悟空

[12]大垣城天守閣
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[13]大垣城天守閣と戸田氏鉄像
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[14]大垣城天守閣前の藩祖 戸田氏鉄像
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 ではまた‥。(了)

2016年8月19日 (金)

【時習26回3-7の会 0614】~「08月20日【2637の会/クラス会】に向けて~最終の参加状況~」「08月13日:三重県立美術館『ベン・シャ―ン(Ben Shahn)』展を見て」「高橋洋一著『日本はこの先どうなるのか~「政治・経済で本当は何が起きているのか」を知らない人は痛い目にあう!~』を読んで」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 今日も【時習26回3-7の会 0614】号をお送りします。
 
■さて、今日は先ず、【時習26回3-7の会/クラス会】の話からお伝えします。
 お待ちかねの【2637の会/クラス会】が、愈々明日08月20日(土) 18時00分~に迫って来ました。
 参加者は、前《会報》にてお伝えしたあと、mail address を登録頂いている皆さんには、臨時 mail を配信しました通り、井上N生君が参加してくれます。
 従いまして、これからドタキャンがなければ、参加予定membersは、石田(Y)・井上・伊庭・金子(T)・小久保・菰田・千賀・林(K)・牧野・峯田・山中(高木)(以上、五十音順・敬称略)の 11人の皆さんと小生の全12人です。
 猶、伊東M弘君ですが、従前途中から参加してくれるかもしれないと申し上げていましたが、昨夜、「所用確定の為参加出来ない」旨連絡を頂戴しました。

 伊東君へ
 今回は大変残念です。来年又お会いしましょう!

 参加される11人の皆さんへ
 万年勝手幹事の小生、明日の【クラス会】をとても楽しみにしています。
 楽しい思い出いっぱいの賑やかな【クラス会】にしましょう!
 今回は、久し振りにカラオケもrentalして用意してあります。
 一次会@4千円+二次会@1千円=合計@5千円の会費で、時間も余裕をもってタップリと用意しました。
 それでは皆さん、明晩 Try Again で再会しましょう!

■さて続いての話題は、掲題・副題にある様に、先週08月13日(土)に三重県立美術館に『ベン・シャ―ン(Ben Shahn(1898-1969))』展を見て来たので、その模様をお伝えする。
 本展は、《会報》【0610】号にてお伝えした「07月17日:豊橋市美術博物館『アンドリュー・ワイエス(1917-2009) 水彩・素描』展」と同様、埼玉県朝霞市にある『丸沼芸術の森』が蒐集したcollection展である。
 小生、上述の通り、07月17日に豊橋市美術格物館で『アンドリュー・ワイエス 水彩・素描』展を見た。
 その際、本企画展が三重県立美術館で開催中であることを案内用の本展leafletで知った。
 そして、瞬間的に Ben Shahn のドローイング(drawing)のsenseの良さに魅せられ、開催中に是非に見に行こうと心に決めたのである。

 本展で買い求めた図録の中で、丸沼芸術の森学芸員に拠る Ben Shahn collection についての説明があるので、以下に一部引用してご紹介する。

 〔前略〕なかでも点数、密度ともにcollectionの中心になる作家が20世紀米国を代表する二人の画家、Andrew Wyethとこの Ben Shahnだ。〔中略〕
 現在、丸沼芸術の森所蔵の Ben Shahn 作品は約300点にのぼり、初期から晩年迄、彼の画業全体を包括している。
 此処でごく簡単に Shahn の作品を追って行きたい。

 「学生時代の人物 dessin」からはジックリと対象を見つめ丁寧に形を追っていることがよく解る。
 一方、同じ頃描かれた「波止場の風景」では伸びやかに筆を置き、軽快にその空気を写し取っている。
 堅実な眼差しと軽やかさ、Shahn の大きな魅力が最初期に既に表れていることは興味深い。
 30代になった Shahn は社会的な事件をthemeにした連作に取り組んだ。
 彼は細(ささ)やかな幸せさえ奪われた人々の不条理な怒りや悲しみを自分のモノとして引き受け、そして作品という結晶にし、多くの反響を得た。
 後年、彼は日本の第五福竜丸事件を主題に「Lucky Dragon series」を手掛けたが、此処で描かれたのはより普遍的な人物像だった。
 この作品は甚大な被害を受けたある事件というよりは、一人の父親の、妻の、哀しみをthemeにした作品だと言えよう。
 14歳から版画工房で働き始めたという Shahn のモノづくりのrootsでもある石版の技巧を用いて制作された最晩年の連作「リルケ『マルテの手記(The Notebooks of Malte Laurids Brigge by Rainer Maria Rilke)』より」は純化された眼差しの集大成だ。
 余計なモノを削(そ)いだsimpleな作品は、見る人一人ひとりに充てた手紙の様に個人的な物語として届くだろう。
 壁画やposter、挿画といった多くの目に届く親しみ易い媒体を手掛けているのも Shahn の特徴だ。〔後略〕

[01]三重県立美術館正面
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[02]三重県立美術館正面にある本展案内看板
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[03]Ben Shahn〔図録に掲載された阿部展也氏撮影『藝術新潮』1962年2月より〕
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[04]Ben Shahn『果物のある静物(Still Life with Fruit in Bowl)』1929年頃(oil on paper)
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[05]同『エステラジ―(「ドレフュス事件series」より(Esterhazy))』1931年(gouache on paper)
 05seriesesterhazy1931gouache_on_pap

[06]同『マサチューセッツ州知事 アルビン・フラー(「サッコとヴァンゼッティseries」より)(Governor of Massachusetts, Alvin Fuller)』1931年(tempera on paper)
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[07]同『2人の立っている男、GMのスローン(Two Standing Men, Sloan of GM)』(tempera on paper)
 072gmtwo_standing_men_sloan_of_gmte

[08]同『日本の新聞を読む男(「Lucky Dragon(福竜丸) series)より(Man with Japanese Paper)』1957年(Ink on paper)
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[09]同『誰もいなくなった祭りのあと(Deserted Fairground)』1948年頃(serigraph(=silk-screen printing) on paper)
 09deserted_fairground1948serigraphs

[10]同『ゴールドウォーターの肖像(Portrait of Barry Goldwater)』1964年(Ink on paper)
 10portrait_of_barry_goldwater1964in

[11]同『フルブライト上院議員(Senater Fulbright)』1966年(gouache on paper)
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[12]同『本当に偉大な人達は私を忘れない(I think Continually of Those Who were Truly Great)』1965年(water color, serigraph on paper)
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[13]同『水の枝あるいは欲望(Branches of Water or Desire)』1965年(serigraph on paper)
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[14]同『詩篇第133篇(Psalm 133)』1963年(lithograph on paper)
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[15]同『扉Ⅰ(Frontispiece)』1968年(lithograph on paper)「リルケ『マルテの手記(The Notebooks of Malte Laurids Brigge by Rainer Maria Rilke)』より
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[16]同『星屑と共に消え去った旅寝の夜々(Nights of Travel that Flew with the Stars)』1968年(lithograph on paper)
  16nights_of_trave_2

【小生comment】
 添付写真の絵をご覧になって、Shahn の作品の一つひとつが夫々個性的で味わい深く、洗練されていることに気付かれるだろう。
 実にsmartで魅惑的な作品群だと思う。
 因みに‥添付写真の幾つかにcaptionを入れてみた。ご覧下さい。
[04]『果物のある静物』:画家としての天性の才能を読み取ることが出来る
 [05]『エステラジ―』:「ドレフュス事件」の真犯人エステラジーの人間性が何となく伝わって来る
 [10]『ゴールドウォーター(Barry Morris Goldwater(1909-1998))の肖像』:
   米国公民権法に反対した1964年の米国大統領選挙に於ける共和党候補者
   彼は、民主党の大統領Lyndon B.Johnson(1908-73)と争い敗れた
   しかし、現代米国の保守主義運動の象徴としての立場は、Ronald Reagan大統領(1911-2004)へと引き継がれた
 [11]『フルブライト上院議員(James William Fulbright(1905-95))』:フルブライト奨学金創設者
   Fulbright氏の品格の良さが滲み出ている

■そして今日最後にお届けする話題は、最近読んだ高橋洋一著『日本はこの先どうなるのか』についてご紹介する。
 以下に、本書のindexを記す。
 本書の概要を解り易くする為に、「◆→・」以下に本文の一部を引用し補足した。

 まえがき/〔P.003〕
 第1部/日本で本当は何が起きているのか
    ※ 参院選で勝利を収めた自民党は日本を変えられるか
       民進党が犯した致命的ミス〔P.014〕
       参院選の結果を受け、更なる経済政策が実行される〔P.017〕
       憲法改正は容易でない〔P.019〕
    ※ 英国のEU離脱で日本はどうなるか
       英国の景気後退は免れない〔P.022〕
       英国EU離脱の悪影響はbody blowの様に効いて来る〔P.025〕
       経済への悪影響はLehman級と見て備えるべき〔P.028〕
       英国経済は将来的には成長する可能性あり〔P.032〕
    ※ Minus金利は今後、日本経済にどう影響するか
       Minus金利で個人が損をすることはない〔P.034〕
       デフレを克服しない限り、経済はよくならない〔P.036〕
       経済は人の「気分」で動く〔P.039〕
       Minus金利は投資や消費を活発にする〔P.042〕
      ◆→・量的緩和政策に拠り、money自体は銀行にキチンと流れている
         しかし是迄は、銀行がそれを企業等に融資せず、日本銀行の当座預金に積んだ儘の状態になっていた
         Minus金利の導入は、日銀に預けてある当座預金の金利を日銀に支払わなくてはならなくなる
         これを嫌って、民間銀行等が資金を貸出等に回せば、その分経済活動が活発化する筈である
         又、当該資金の一部が株式市場に向かえば、株価上昇を齎すだろう
         其処で、日銀が更に追加の金融緩和を実施すれば、企業の設備投資に向けた強力な援護射撃にもなる〔P.046〕
       株価低迷と円高は、Minus金利の影響ではない〔P.046〕
       三菱東京UFJ銀行の国債資格返上は全く問題ではない〔P.053〕
       良い徴候を大事件の様に報道する無知なマスコミ〔P.056〕
    ※ 諸悪の根源は消費増税である
       不況時の増税は経済成長を阻害する〔P.059〕
       Economistの予測が外れるのは経済学部が「文系」だから〔P.066〕
       2017年4月の消費再増税skipは当然だ〔P.070〕
    ※ 中国経済の減速は疑いようがない
       中国のGDPは全く信用出来ない〔P.075〕
      ◆→・中国の経済統計は、集計から発表迄の期間が極めて短いことで名高い
         例えば、2015年10~12月期のGDPについて、日本は2016年02月15日、中国は同年01月19日に夫々公表
         GDP統計は、各種統計を加工した二次統計であり、算出には一定の時間が必要
         にも拘らず、中国は2週間強という異例の速さで発表している
       輸出入統計から推計した中国のGDP成長率は -3%!〔P.081〕
       中国は「中所得国の罠」に嵌まり込んでいる〔P.083〕
    ※ 日本財政は悪くない
      「日本の借金は1,000兆円」という財務省に拠る洗脳〔P.087〕
      ◆→・「日本の借金(=公債+借入金+政府短期証券)は約1,000兆円で、これは国民一人当たり8百万円になります
         国民の皆さん、この様な莫大な借金を子や孫の世代に背負わせていいのでしょうか?
         この借金を返さなければ日本の財政は、間もなく破綻します
         破綻を防ぐ為には、増税が必要です」
         これは、消費税率を上げたくて仕方がない財務省(=旧大蔵省)が20世紀末から繰り返して来た主張である
         殆どのマスコミがその説明を真に受けて巷間に垂れ流して来たものだ〔P.089〕
       破綻しているのは財政破綻論の方だ〔P.096〕
       日本の借金は実は約100兆円である〔P.100〕
      ◆→・2014年度末の時点で、国の資産は、総計680兆円(①)〔中略〕‥日本の政府資産額は、断トツの世界一〔中略〕
         国の負債は総計1,172兆円(②)=公債885兆円+政府短期証券99兆円+借入金29兆円+公的年金預り金114兆円+その他45兆円
         ∴純債務492兆円(②-①)‥これに日銀を含めた政府関連の純資産を含めると、日本政府の純債務は約100兆円(2015年3月末時点)
       国債暴落説の大ウソ〔P.103〕
      ◆→・日本の長期金利は、2016年2月9日に史上初のMinus台に突入した程の超低金利
         国債暴落説の根拠とされている一つは、日本の財政破綻だ
         日本政府がいずれ国債の金利負担に耐えられなくなるとの見通しから、損を回避したい人々の間で国債の売却が加速
         すると、一気に債券価格が下落して金利が暴騰するというlogicだが、この国債暴落説はそもそもの前提が間違っている
       トンデモ経済学者にも存在意義はある〔P.106〕
       財務省が消費税率を上げたがるのは「でかい顔」をしたいから〔P.108〕
       経済成長すれば、自ずと財政再建も達成される〔P.111〕
      ◆→・マクロ経済のlogicでは、増税(=税率の引上げ)は、税収(=税率×課税対象)を減少させる恐れがある
         この為、財政再建は、増税ではなく経済成長で達成すべきだとう考え方が一般的だ
       災害報道は1社に任せるべきだ〔P.114〕
       報道の自由度と特定秘密保護法は関係ない〔P.119〕
       歳入庁を創設すれば、増税の必要はなくなる〔P.123〕
       社会保険料の未収金は10兆円に及ぶ〔P.126〕
       財務省の税務調査権は実に恐ろしい〔P.127〕
    ※ アベノミクスに終わりはない
       アベノミクスにより求人倍率はこんなに伸びた〔P.130〕
       GDP600兆円を達成する為の3条件〔P.132〕
       外債投資で儲けた20兆円を、政府は税制支出で国民に還元すべきだ〔P.134〕
       Inflation目標を3%に再設定すれば、GDP600兆円は3年で達成出来る〔P.137〕
       待機児童問題は保育士の給与を上げるだけでは解決しない〔P.143〕
       どうすれば保育士の質を上げられるか〔P.149〕
       日本経済は必ず成長出来る!〔P.154〕
       経済成長が続けば、年金も破綻しない!〔P.155〕
      ◆→・社会保障制度を維持する為には、税金投入を毎年1兆円ずつ増加させる必要があると言われている
         要増加1兆円分の財源は、実は+1%程度の経済成長を実現すれば簡単に賄えるのだ
         経済成長すれば、増税せずとも財政再建出来るし、社会保障も維持出来る
         だからこそ、経済成長が必要なのである

 第2部/日本が戦争に巻き込まれない最も確実な方法
    ※ 日本の周囲は戦争riskに満ちている!
       どうすれば戦争を防ぐことができるのか〔P.160〕
       第二次世界大戦後、世界の戦争の約4割がAsiaで行われている〔P.163〕
       民主化が遅れているAsiaは戦争の巣だ〔P.167〕
       戦争のriskを甘く見てはいけない〔P.171〕
    ※ 平和を実現することは可能か
       日本は既に集団的自衛権を行使していると見られている〔P.173〕
       国連軍が日本に駐留していることを知っているか〔P.176〕
       安保関連法が戦争riskを減らすのは明らか〔P.178〕
      「選挙(民主主義)」を広めているSKB48はマスコミより遙かに平和貢献している〔P.180〕
       平和の為には「軍事力」「民主主義」「貿易」が不可欠だ〔P.183〕
       戦前の日本は平和のbalanceが崩れていた〔P.189〕
    ※ そもそも集団的自衛権とは何か
       集団的自衛権を行使しないと戦争riskは高まる〔P.195〕
       中国を見くびってはいけない〔P.200〕
       トランプ(Donald John Trump(1946.06.14- ))大統領の誕生は日本にどう影響するか〔P.206〕
       北朝鮮の暴走は何故止まらないのか〔P.213〕
       米軍が日本を撤退すれば、日本の核保有が現実味を帯びる〔P.221〕
       集団的自衛権を否定している国は日本以外にない〔P.222〕
      「日本さえ安泰ならいい」では世界に見捨てられる〔P.224〕
       平和憲法を持っている国でも、実は戦争をしている〔P.226〕
       願うだけで平和が実現できるなら、世界はとっくに平和になっている〔P.230〕

[17]高橋洋一『日本はこの先どうなるのか~「政治・経済で本当は何が起きているのか」を知らない人は痛い目にあう!~』
 17

【小生comment】
 著者は、元大蔵官僚で、リフレ派(注)の、嘉悦大学教授の高橋洋一氏。
 本書は、indexを掲載しただけで概要を概ね理解出来る。
 氏は、第一次安倍内閣の政策brainを務めた。
 人口が逓減している日本で、経済成長を続けていくのは大変なことだが、当面はアベノミクスで乗り越えられる筈である。
 但し、これ以上の円高にならないことが必須である。
 だから為替動向を注視して行くことが肝要である。

 (注)リフレ派:緩慢なinflationを継続させることに拠り、経済の安定成長を図ることが出来るとするマクロ経済学の理論を喧伝、若しくは政策に取り入れようとする人々
   因みに、リフレ(英:Reflation)とは、deflationから抜け出したが、inflationには達して居ない状態のこと

【後記】明晩は、愈々待ちに待った【時習26回3-7の会/クラス会】である。
 級友との再会を楽しみにしている。

  クラス会 懐かし友と 秋暑(しゅうしょ)の夜  悟空

 ではまた‥。(了)

2016年8月14日 (日)

【時習26回3-7の会 0613】~「08月20日【2637の会/クラス会】に向けて~最新の参加状況~」「08月06日:メナード美術館『所蔵企画展/ステキな旅』展&清須市はるび美術館『アルフォンス・ミュシャ/デザインの仕事』展を見て」「08月07日:日帰りbus tourから『郡上八幡』を訪れて」「08月10日:『あいち Triennale 2016』の豊橋会場 内覧会 に参加して」「原田伊織著『大西郷という虚像』を読んで」「08月11日&12日:『時習26回生の仲間たちとの2つの出来事』」

■皆さん、毎日無茶苦茶暑い日が続いていますが、お元気でお過ごしですか?
 今泉悟です。
 今日も【時習26回3-7の会 0613】号をお送りします。
 この一週間は、08月05日(日本時間08月06日)からリオ五輪が始まり、競泳・柔道・体操で08月13日現在、金7・銀3・銅14と大活躍してくれていますネ。
 又、08月07日(日本時間08月08日)、大リーグ(=Major leaguer) Miami Marlins のイチロー選手が、米コロラド州Denverの Colorado Rockies戦で三塁打を放ち、日本人選手として初、大リーグ史上30人目となる通算3,000本安打を達成。
 イチローは、感謝の言葉として「3千という数字より、僕が何かをすることで、僕以外の人達が喜んでくれることが何よりだ〔Rather than celebrating the record, he said he felt gratification in seeing "other people celebrating something I did."〕」と述べたが、蓋し名言だ。
 そして、08月11日(祝木)からは、あいちTriennale 2016が、名古屋・岡崎・豊橋の3会場で始まった。
 会期は10月23日(日)迄の74日間。
 この概要については、本《会報》にてもう少し詳しく述べる。

 さて今日は先ず、今週末08月20日(土)に迫って来た【時習26回3-7の会/クラス会】参加者についての続報である。
 現状、参加予定membersは、石田(Y)・伊庭・小久保・菰田・千賀・林(恭)・牧野・峯田・山中(以上、五十音順)の 9人の皆さんと小生。
 其処に朗報が1件来ました。
 金子T久君からの参加表明です。
 金子君とは、彼が仕事で中国へ赴任されて以来5年以上会っていません。
 再会が楽しみです。
 以下に、金子君から頂戴したmailをpasteします。

 Sent: Thursday, August 11, 2016 7:16 PM
 Subject: クラス会出席の件

 今泉様

 金子です。ご無沙汰しています。
 8月20日のクラス会に出席できるようになりました。
 18時 トライ・アゲインでしたね?
 よろしくお願いします。

 金子

 続いては、伊東M弘君からのmailも紹介します。
 伊東君からは、20日(土)は仕事があって参加出来ない旨返事を頂戴したいたのです。
 が、いつも参加してくれているので、小生から彼に「途中からで一寸でいいから顔を出してくれない?」とお願いしました。
 そうしたら、以下の様にmailを頂戴しました。
 伊東君、途中参加でも結構ですから、出来るだけ顔だけでも出して下さい。

 Sent: Wednesday, August 03, 2016 5:56 PM

 今泉様
 メール、お誘いありがとうございます。
 当日は豊橋に居る日ですが20日21日と展示会を開催しています。
 お客様の具合と翌日の準備などで出席は難しいと考えています。
 出られる状況でしたら飛び込みで参加します。
 皆さん、楽しく過ごせると良いですね。
        伊東

 それから、彦坂T孔君から今日「欠席」のmailを頂戴しました。
 残念ですが、来年又お会いしましょう!
 以下に、彼からのmailをご紹介します。

 Sent: Saturday, August 13, 2016 9:27 PM
 Subject: 3-7会の出欠

 今泉悟様
          千葉県 彦坂
 ご無沙汰しております。
 お元気そうで何よりです。
 8月20日の3-7会ですが,どうしても都合がつかないので,
 残念ですが,欠席させていただきます。
 皆様にもよろしくお願いします。
 さようなら。

 それでは、参加予定の皆さん、再会を楽しみにしています。

■さて今日の次の話題は、掲題・副題にある様に、08月06日、私用で名古屋へ行った際立ち寄ったメナード美術館『所蔵企画展/ステキな旅』展&清須市はるび美術館『アルフォンス・ミュシャ/デザインの仕事』展の模様をお伝えします。

【メナード美術館『所蔵企画展/ステキな旅』展】
 本展は、メナード美術館が所蔵する作品展で、内外の著名画家が国内外各地へ旅をして描いた作品を展示するという企画展。
 既に何回も見た作品が大半だが、名画はいつ見てもいい。

[01]メナード美術館 本展leaflet(表)
 01_leaflet

[02]同(裏)
 02_leaflet

[03]横山大観『霊峰不二山』1933年
 031933

[04]安田靫彦『富士秋霽(しゅうせい)』1972年
 041972

[05]林功『雨声・蘇州風橋』1982年
 051982

[06]Maurice Utrillo『教会(The Church)』1913年
 06maurice_utrillothe_church1913

 メナード美術館の次は、清須市にある清須市はるひ美術館へ向かった。

【清須市はるび美術館『アルフォンス・ミュシャ/デザインの仕事』展】
 本展は、Alphonse Mucha(1860-1939)が手掛けたdesignに係る全てのgenreについて紹介する特別展。
 彼は、19世紀末~20世紀初頭に掛け、FranceのParis、米国、故国Czechで活躍したアール・ヌーヴォー(art nouveau:「新時代」の意)の代表的芸術家。
 彼の画業の中でも、posterをはじめとするgraphic designが太宗を占めている。
 そんな彼も、若い頃は歴史画家を目指して画塾で学んでいたという。
 Muchaは、Poster画家として、ロートレックを遥かに凌ぐ力量を作品多くの作品で示してくれている。
 だから小生は Mucha 作品を見る度に、一寸したアクの強さも感じはするが、いつも魅せられて仕舞うのである。

[07]清須市はるび美術館 入口近くの本展案内看板1
 07_1

[08]同上2
 08_2

[09]lphonse Maria Mucha(1860-1939)『The times of the day:Morning awakening/Brightness of day/Evening contemplation/Night's rests』1899年
 09alphonse_maria_mucha18601939the_t

[10]Mucha/lithographe『椿姫(左 1896年)/ジスモンダ(右 1894年)』
 10muchalithographe_1896_1894

■続いては、08月07日に日帰りbus tourに参加した中から『郡上八幡』の模様である。
 小生は、郡上八幡市を訪れたのは初めてである。
 この日帰りbus tourは一人の場合無料で、「昼食の飛騨牛」と「郡上八幡市内観光」に釣られて参加。
 郡上八幡は、街を訪れることも今回が初めてであった。
 郡上八幡城にも是非行って見たかったのであるが、今回は残念乍ら城迄行けなかった。
 その日は花火大会があって城への参道が通行止めになっていたからである。
 郡上八幡市内の観光時間そのものも60分と僅かであったので、先ず「郡上八幡/博覧館」に入館した。
 其処で郡上八幡の歴史と観光について30分弱聞いて残り30分弱で急ぎ街中を巡った。
 以下の写真は、その時の snap shots である。

[11]郡上八幡市内から郡上八幡城遠望
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[12]郡上八幡市内の古い街並にて
 12

[13]名水百選『宗祇水』にて
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[14]吉田川に架かる宮ヶ瀬橋にて
 14

■続いては、08月11日から始まった『あいち Triennale 2016』の豊橋会場について、前日の08月10日(水)の午後、内覧会があり参加したので、その模様についてお伝えする。
 3年に1度、愛知県で開催する現代artの祭典『あいちTriennale』。
 今回は第3回目の開催で、会場も名古屋のほか、岡崎と豊橋が会場となった。
 豊橋が会場となったのは、今回が初めてである。
 そして、その豊橋会場は、駅前周辺の「PLAT会場」「水上ビル会場」「駅前大通会場〔開発ビル・はざまビル大場〕」で開催される。
 「駅前大通会場〔開発ビル〕とは、小生が勤務している会社のビルである。
 『あいちTriennale 2016』は、08月11日(祝木)から10月23日(日)迄の74日間開催される。
 この催事で、豊橋駅前が少しでも賑わいを取り戻してくれることを祈っている。

[15]あいちトリエンナーレ2016 公式 Guide Book
 152016_guide_book

[16]同 豊橋駅前大通会場/開発ビル1
 16_1

[17]同 /同2
 17_2

[18]PLAT会場 monument
 18plat_monument

[19]駅前大通会場/開発ビル T12 ニコラス・ガラニン
 19_t12

■そして今日最後にお届けする話題は、最近読んだ原田伊織著『明治維新という過ち《完結編》大西郷という虚像』についてご紹介する。
 先ず本書のindexを以下に記す。

 はじめに/~「官」と「賊」を往復した維新の巨魁~〔P.5〕
 第一章/火の国 薩摩 〔P.19〕
     1.薩摩おごじょ/2.熊襲と隼人/3.肥後と薩摩/4.妙円寺詣り
 第二章/西郷と島津斉彬〔P.65〕
     1.蘭癖大名/2.お由羅騒動と斉彬/3.「郷中」が育んだ「テゲ」の文化/4.島妻 愛加那
 第三章/西郷の幕末動乱〔P.113〕
     1.西郷と島津久光 ~二度目の流刑~/2.密貿易の国・薩摩と薩英戦争/3.西郷登場
     4.策謀/5.「赤報隊」という道具/6.無血開城という美談
 第四章/明治復古政権の成立と腐敗〔P.207〕
     1.戊辰戦争終結と会津戦争/2.賞典禄と西郷/3.明治復古政権の成立/4.新政権の腐敗
 終 章/田原坂への道
     1.岩倉使節団と西郷/2.明治六年政変と西郷
 あとがきに代えて ~「二才頭(にせがしら)」としての生涯と薩摩の滅び~〔P.300〕

 ※ ※ ※ ※ ※

【終章/2.明治六年政変と西郷】
 〔前略〕明治22(1889)年、大日本帝国憲法発布に伴って実施された大赦に拠って、西郷は「賊」という汚名を解かれたばかりか、正三位という、新政府成立直後と同じ高い官位を追贈された。
 「官」に背いた「西南の役」で敗死して僅か12年弱で、彼は再び「官」、即ち「正義」に返り咲いたのである。
 更に、明治31(1898)年、上野に銅像まで建立され、内閣総理大臣山縣有朋をはじめとする時の「官」は、挙げて銅像の除幕式に集い、嘗ての「賊」であり、その前は己と同じ「官」であった西郷を称えたのである。
 一体何が、この様な奇異な現象を齎したのか?
 それは、明治新政府の核でもある長州閥の「後ろめたさ」であろう。
 権力とそれに付いて来る富を求めて政争を繰り返し、汚濁に首迄浸かった長州閥の西郷に対する、そして、大西郷という虚像を愛する大衆に対する後ろめたさであったと断言して間違いはない。〔後略〕〔P.299〕

 西郷吉之助((=隆盛)1827-77)が本格的に幕末動乱の表舞台に登場するのは「禁門の変(1864年08月)」辺りからである。〔P.114〕
 西郷は、薩摩藩第11代藩主島津斉彬(1809-58)にお庭番として仕え、各藩の有力者の知遇を得ることから世に出た。
 江戸城開城迄の倒幕に向かっていく西郷は、赤報隊を組織する等、武力に物を言わせる策謀家の面を持っていた。
 それが、戊辰東北戦争の頃から様子が変わる。
 ごく大雑把に言えば、西郷は「郷中の二才頭(にせがしら)」としての生涯を全うしたのである。
 こうした西郷の生き様が、多くの人から「上野の西郷さん」と親しまれる由縁なのだろう。

[20]原田伊織著『大西郷という虚像』
 20

【小生comment】
 西郷隆盛の言葉として、「功ある者には禄を、徳ある者には地位を」がある。
 「権力は腐敗する」ことは、歴史が証明している。
 だから「才能があって功を成し遂げた者には報酬で応え、仁徳のある者に権力を持たせよ」ということだ。
 最近辞職した何処かの首長に聞かせたい言葉である。

【後記】今日は、掲題・副題の最後に記した様に「08月11日&12日:『時習26回生の仲間たちとの2つの出来事』」についてお伝えしてお別れする。

 先ず08月11日(祝木)の出来事。
 小生、勤務先の関係で豊橋みなとLCのmemberになっている。その懇親会が豊橋市大岩町のBBQ会場で開催された。
 添付写真[21]は、その際、同じLCのmemberで、時習26回生の同期、市原T弘君と撮影した snap shotである。
 因みに、市原君は、豊橋市内で自動車販売会社を経営している。

 続いては、08月12日(金)の夜、中島Y行君【3-2】から誘われて、松井S記君【3-3】、宮下K一君【3-4】と4人で、豊橋駅前の居酒屋にてミニ同期会を開催した。
 添付写真[22][23]は、その時のsnap shotsである。
 宮下君とは、中嶋君と共に、06月24日付《会報》【0606】にてお伝えした通り、林K子さんと4人でミニ同窓会を開催している。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/26-06060618ufj-.html ←此処をclickして下さい
 松井君とは、卒業以来だから41年ぶりの再会である。
 松井君は、京大(法)・同大学院を卒業後、25年間 阪大(法)に勤め、同大学法学部教授を経て、10年前からCanada British Columbia 州 Vancouverにあるブリティッシュコロンビア大学( The University of British Columbia/略称:UBC/1908年創立)法学部教授を務めている。
 この集いも楽しかった。
 その席上、中嶋君から「松井君が現職のうちにVancouverに一緒に行こうよ!」と強く誘われた。
 Vancouver は一度は訪れたい街なので、実現出来れば嬉しいことだけど‥。

[21]慈善事業団体懇親会にて/市原君【3-3】と
 21

[22]時習26回生/左より 宮下K一【3-4】・松井S記【3-3】・中島Y行【3-2】の各氏と小生
 2226

[23]同上2
 232

 ではまた‥。(了)

2016年8月 5日 (金)

【時習26回3-7の会 0612】~「07月30日:大学弓道部時代のミニ同窓会開催報告」「07月26日:東京都美術館『ポンピドゥー・センター傑作』展&東京藝術大学 大学美術館『観音の里の祈りとくらし展Ⅱ』&横浜美術館『メアリー・カサット』展を見て」「原田伊織著『明治維新という過ち~日本を滅ぼした吉田松陰と長州terrorist~』を読んで」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 今日も【時習26回3-7の会 0612】号をお送りします。

 さて今日は先ず、掲題・副題の通り、07月30日(土)、小生が大学時代所属した弓道部の同期生7人と一年先輩3人、一年後輩3人の総勢13人に拠る「大学弓道部ミニ同窓会」についてお伝えします。

 会場は、今夏08月20日(土)開催予定の【2637の会/クラス会】の会場と同じ Try Again。
 この大学弓道部のミニ同窓会は、平成18年11月22日に大学弓道部の同期で親友だった故・石黒文夫君が亡くなる暫く前迄は彼がずっと幹事で同窓会を開催していたことに遡る。
 そして、石黒君逝去前に彼から遺言の如く「これからはボクに代わって今泉、お前が幹事をやってくれ! お前なら安心して任せられる」と頼まれた。
 今から丁度10年前のことであった。
 そして、彼の一周忌と七回忌に同期生と共に参列させて頂いた。
 こうした文夫君の遺志を継いだ様な恰好で、自然発生的に東三河と浜松在住の弓道部の同期生数人が豊橋駅前で集いミニ同窓会がstartした。
 年2回の定期開催になったのは、大学弓道部「開部50周年記念式典」の2009年からだった。
 我等同期生を中心に、我々が1年次に入部した時3年生の幹部だった2年先輩から、我々が3年次幹部時代に1年次だった2年後輩迄の5年次が一堂に会した。
 その後は、東三河&浜松在住の同期5人が半年毎同期会が始まり、其処に漸次東三河在住の一年先輩と後輩が加わり出した。
 更に、半年毎開催場所を交互に名古屋と豊橋での開催とすると、参加者はどんどん増えて行った。
 この集いを、我々が開部第18代なので、「大学弓道部第18±1代ミニ同窓会」と銘打って、小生がずっと幹事を務め今年に至っている。
 17時半から20時半迄が一次会(@4,000円)、20時半~21時半が二次会〔カラオケ〕付(@1,000円)として賑々しく開催された。
 学生時代の同期との集いは、本当に楽しい。
 来たる08月20日(土)の【時習26回3-7の会/クラス会】もきっと楽しい集いになるだろう!

 参加表明を頂戴している、石田(Y)君、伊庭さん、小久保君、菰田君、千賀君、林(K)さん、牧野君、峯田君、山中さん、宜しくネ!
 伊東M弘君から昨日mailを頂戴し、彼曰く「何とか都合をつけて途中から参加できるかも‥」と朗報を頂戴した。
 参加出来る様になるといいですネ!
 そして、熟慮中の彦坂君からの「参加」の朗報を待ってます!
 20日(土)以外に「参加」や「考慮中」の回答を下さった、太田君、金子君、二橋君、もし20日の都合がつく様になったら是非参加して下さい。
 勿論、上記以外の皆さんからの朗報は大歓迎です。
 是非ご一報下さい。
 今からホント楽しみである。

[01]大学弓道部ミニ同窓会 全体写真01
 01_in_20160730

[02]同02
 022

■さて今日の話題は、掲題・副題にある様に、先週07月26日(火)に仕事で上京した帰り、上野の東京都美術館と東京藝術大学大学美術館、そして横浜美術館と、3つの企画展を見て来たので、その模様を以下順次お伝えする。

【東京都美術館『ポンピドゥー・センター傑作』展】
 本展は、France近現代美術の殿堂と称せられる、ポンピドゥー・センター(Centre Ponpidou)が所蔵する傑作の中から1年毎に1作家1作品を1906年から1977年迄 Timeline で紹介する企画展。
 1906年:Raoul Dufy『旗で飾られた通り(Street decked with Flags)』から始まり(添付写真[04])、1907年;Georges Braque『レック湾(The Golfe des Lecques)』が2番目‥、もうこれだけでググッと作品に惹き込まれて仕舞った。
 以下に10点をご紹介するのでジックリお楽しみ下さい。

[03]東京都美術館入口近くの本企画展案内
 03

[04]Raoul Dufy(1877-1953)『旗で飾られた通り(Street decked with Flags)』1906年
 04raoul_dufy18771953street_decked_w

[05]Georges Braque(1882-1963)『レック湾(The Golfe des Lecques)』1907年
 05georges_braque18821963the_golfe_d

[06]Maurice de Vlaminck(1876-1958)『川岸(River Bank)』1909-10年頃
 06maurice_de_vlaminck18761958river_

[07]Frantisek Kupka(1871-1957)『垂直の面Ⅰ(Vertical Planes l)』1912年
 07frantisek_kupka18711957vertical_p

[08]Marc Chagall(1887-1985)『ワイングラスを掲げる二人の肖像(Double Portrait with a Glass of Wine)』1917-18年
 08marc_chagall18871985double_portra

[09]Pierre Bonnard(1867-1947)『浴槽の裸婦(Nude by the Bath Tub)』1931年
 09pierre_bonnard18671947nude_by_the

[10]Pablo Picasso(1881-1973)『ミューズ(The Muse)』1935年
 10pablo_picasso18811973the_muse1935

[11]Henri Matisse(1869-1954)『大きな赤い室内(Large Red Interior)』1948年
 11henri_matisse18691954large_red_in

[12]Nicolas de Stael(1914-55)『コンポジション(composition)』1949年
 12nicolas_de_stael191455composition

[13]Bernard Buffet(1928-99)『室内(Interior)』1950年
 13bernard_buffet192899interior1950

【東京藝術大学 大学美術館『観音の里の祈りとくらし展Ⅱ』】
 東京都美術館から北北西へ徒歩数分の所に東京藝術大学大学美術館はある。
 滋賀県長浜市は、北部地域を中心に百を超える観音像が伝わっている。
 本展は、一昨年の平成26年春に開催された「観音の里の祈りとくらし」と同名の「観音の里の祈りとくらしⅡ」という企画展。
 室内は広いが40躯余りの仏像が勢揃いする姿は圧巻であり、落ち着いてその尊像を拝見していると、神々しさ伝わって来た。
 湖北・湖東の観音様というと、先ず、渡岸寺向源寺の国宝・十一面観音立像が(添付写真[15]参照)、次に石道寺の十一面観音立像(同[16]参照)が思い浮かぶ。
 小生、これ等は、今から6年近く前の2010年12月04~05日に中嶋Y行君【3-2】と見ている。
 その時は、己高閣(鶏足寺/長浜市)十一面観音立像、太平観音堂(円空作/米原市)十一面観音立像も同じ日に見た。
 【時習26回3-7の会 0320】http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/26-0320120405-e.html (参照)

[14]東京藝術大学大学美術館入口付近の本企画展案内看板
 14

[15]向源寺『国宝/十一面観音立像』
 15

[16]石道寺『十一面観音立像』
 16

 本展では、上記の十一面観音立像こそ見られなかったが、逆にその時見る事が出来なかった湖東・湖北の観音立像を数多く拝見出来良かった。
 因みに、以下の4立像はいずれも国の重要文化財に指定されている。
 本展では、重要文化財の観音立像は全部で7躯、仏像12躯と仏頭1個が展示されていた。

[17]観音寺『重文/伝千手観音立像』
 17

[18]来現寺『重文/聖観音立像』
 18

[19]医王寺『重文/十一面観音立像』
 19

[20]善隆寺『重文/十一面観音立像』
 20

【横浜美術館『メアリー・カサット』展】
 本展は、日本で35年ぶりとなる米国人女流画家 Mary Cassatt(1844-1926)の回顧展。
 以下、主催者の《ごあいさつ》より一部引用してご紹介する。

 Cassatt は、米国 Pennsylvania州 Pittsburgh市郊外に生まれ、画家を志して21歳の時 Parisに渡った。
 古典絵画の研究から出発し、新しい絵画表現を模索する中で Edgar Degas(1834-1917)と運命的な出会いを遂げ、印象派に参加することになる。
 そして、軽やかな筆遣いと明るい色彩で身近な女性たちの日常を描き、独自の画風を確立した。
 とくに温かい眼差しで捉えた母子の姿は多くの共感を呼び、「母子像の画家」と呼ばれている。〔中略〕
 本展では、Cassatt の油彩画や Pastel画、版画の代表作に加え、交流のあった画家達の作品、Cassatt が愛した日本の浮世絵版画や屏風絵等も併せて計112点を出品し、初期から晩年に至る迄の全貌を紹介する。〔後略〕

[21]横浜美術館正面
 21

[22]Mary Cassatt(1844-1926)〔1914年撮影〕
 22mary_cassatt184419261914

[23]Mary Cassatt『バルコニーにて(On the Balcony)』1873年
 23mary_cassatton_the_balcony1873

[24]同『刺繍するメアリー・エリソン(Mary Ellison Embroidering)』1877年
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[25]同『庭の子供たち(乳母)(Children in a Garden(The Nurse))』1878年
 25children_in_a_gardenthe_nurse1878

[26]同『浜辺で遊ぶ子供たち(Children Playing on the Beach)』1884年
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[27]同『桟敷席にて(In the Loge)』1878年
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[28]同『二人の姉妹(Two Sisters)』1896年
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[29]同『眠たい子供を沐浴させる母親(Mother About to Wash Her Sleepy Child)』1880年
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[30]Eva Gonzales(1849-83)『画家の妹 ジャンヌ・ゴンザレスの肖像(Portrait of the Artist's Sister, Jeanne Gonzales)』1869-70年
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[31]Berthe Morisot(1841-95)『縫物をする女性(Woman Sewing)』1879年頃
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[32]Mary Cassatt『夏の日(Summertime)』1894年
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[33]Camille Pissarro(1830-1903)『花咲くプラムの木(Blooming Plum Trees)』1889年頃
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[34]Elizabeth Jane Gardner Bouguereau(1837-1922)『羊飼いのダヴィデ(The Shepherd David)』1895年頃
 34elizabeth_jane_gardner_bouguereau

[35]Mary Cassatt『ジェニー・カサットと息子ガードナー(Jenny Cassatt with Her Son, Gardner)』1895-96年頃
 35mary_cassattjenny_cassatt_with_he

[36]同『母の愛撫(Maternal Caress)』1896年頃
 36maternal_caress1896

《常設展corner》
[37]小倉遊亀(1895-2000)『良夜(A Beautiful Evening)』1957年
 3718952000a_beautiful_evening1957

[38]同『並ぶ(Line-up)』1983年
 38lineup1983

[39]片岡球子(1905-2008)『富士(Mt. Fuji)』1980年
 3919052008mt_fuji1980

【小生comment】
 Cassatt のことを『母子像の画家』とは、言い得て妙だ。
 「印象派の画家」というと風景画がすぐ頭に浮かぶが、Cassatt の作品は、人物画、とくに母子や女性像に特化してしている処が興味深い。
 だからであろうか、彼女の作品を見ていると、何となく心が温かくなる。
 本展は、06月25日~09月11日/横浜美術館で開催された後、09月27日~12月04日/京都国立近代美術館にて開催されるので、愛知県以西にお住まいの皆さんは京都でご覧頂くといいかも知れない。

■そして今日最後にお届けする話題は、最近読んだ原田伊織著『官賊と幕臣たち~列強の日本侵略を防いだ徳川technocrat~』についてご紹介する。
 先ず本書のindexを以下に記す。

 はじめに/~竜馬と龍馬~〔P.5〕
 第一章/「明治維新」というウソ〔P.17〕
     廃仏毀釈と日本人/「官軍教育」が教える明治維新/幼い天皇を人質とした軍事クーデター
     実は失敗に終わった『王政復古の大号令』/戦争を惹き起こす為のテロ集団・赤報隊の悲劇
 第二章/天皇拉致まで企てた長州terrorist〔P.65〕
     『家訓』を守った誇り高き賊軍/血塗られた京の文久二年/尊王会津藩と朝敵長州の死闘
     天皇拉致を防いだ池田屋事変
 第三章/吉田松陰と司馬史観の罪〔P.113〕
     吉田松陰というウソ/「維新」至上主義の司馬史観の罪
 第四章/テロを正当化した「水戸学」の狂気〔P.139〕
     「昭和維新」が生んだ「明治維新」/狂気の roots・水戸黄門/徳川斉昭の子供じみた攘夷
     阿部正弘政権に拠る実質的な開国/「瓢箪なまず」の改革/阿部の残した官僚たち
     水戸の公家かぶれと『大日本史』の無理
 第五章/二本松・会津の慟哭〔P.189〕
     戊辰戦争勃発、反乱軍東へ/戊辰東北戦争にみる奥羽の潔癖/三春の「反盟」、秋田の「裏崩れ」
     誇り高き二本松~少年達の戦~/会津藩と奥羽列藩の止戦工作
     会津の惨劇~ならぬことはならぬ~/北斗の南
 第六章/士道の終焉が齎したもの〔P.289〕
     薩摩の事情と西郷の苦悩/武士福澤諭吉の怒り
 あとがき 〔P.314〕

 本書は、我々が学校で習った日本史の、幕末から明治維新にかけての史実が、如何に為政者である長州・薩摩に都合のいいstanceで描かれていたを教えてくれた。
 紙面の都合もあるので、『大政奉還』の一点だけを例示として、その真実について以下にお示しする。
 ご覧下さい。

 第一章/「明治維新」というウソ‥幼い(明治)天皇を人質とした軍事クーデター〔P.38-40〕
 日本史を揺るがせた『大政奉還』が、実に simple で speedy に成就したかにみえるが、これは表面(おもてづら)だけのことで舞台裏は壮絶である。〔中略〕
 この慶應03(1867)年10月時点でも、朝廷内の倒幕派公家は少数派であったことを、まず基本環境として理解して置く必要がある。
 三条家という長州派の過激派公家は4年前の文久03(1863)年の『八月十八日の政変』で追放されており、岩倉具視を中心とする少数の倒幕派公家はいずれも下級公家である。
 80年ぶりの摂政に就任していたニ条家や賀陽宮(かやのみや)家という親徳川派、即ち「尊皇佐幕派」の上級公家が朝廷の主導権を握っていた。
 其処で、岩倉具視(1825-1883)や薩摩の大久保利通(1830-78)達はどうしたか。
 偽の勅許(偽勅(ぎちょく))を作った。
 即ち偽の「倒幕の密勅(みっちょく)」である。
 これは、天皇、摂政の署名もなければ、花押もないという"天晴れな"偽物である。
 この事実は、特筆すべき史実である。
 民族統合の象徴として、民族の歴史そのものとして存在していた天皇は、いざとなればいつでも国家の最高権力者たり得るのだ。
 そう言う存在である天皇の政治的意見を表明する「勅許」と言うものを、己が政治的野心を遂げる為に「偽造」したのだ。
 この国に於いて是程の悪業、大罪が他にあるだろうか。〔中略〕
 長州・薩摩と過激だけが「売り」の下級公家・岩倉具視は、この瞬間「偽天皇」になったのである。
 この「偽勅」が長州藩士の広沢真臣(さねおみ(1834-71))と薩摩藩士の大久保利通に下されたのは、慶應03年10月14日である。
 この時は天皇〔中略〕明治天皇である。
 嘉永05(1852)年お生まれの天皇は、この時正確には満14歳。
 摂政が廃止される直前のことで、時の摂政はニ条斉敬(なりゆき(1816-78))。
 処が、この時の「偽勅」は正に「偽勅」らしく摂政ニ条斉敬の署名もない。
 天皇の直筆は勿論、摂政の署名も、あまつさえ花押もないという堂々とした「偽勅」を下すとは、長州・薩摩が、そして岩倉具視が、如何に天皇を軽んじていたかの明白な証左となるものである。〔中略〕
 大東亜戦争を強引に惹き起こした中心勢力は、長州軍閥の巣窟と言われる帝国陸軍の参謀本部であるが、国家が滅亡する迄止まなかった長州・薩摩政権に拠る天皇の政治的利用は、此処から始まっているのだ。〔中略〕

[40]原田伊織著『明治維新という過ち~日本を滅ぼした吉田松陰と長州terrorist~』
 40terrorist

【小生comment】
 本書は、目から鱗が落ちる程吃驚した本である。
 「明治維新」が軍国主義下の昭和十年代、「昭和維新」と叫ばれていた頃、創り出された言葉だったのだ。
 『王政復古の大号令』も、実質的には骨抜きにされたていたことも初めて知った。
 事程左様に、この本は、一読する価値はあると思うので、興味のある方はお薦めする!(^-')b♪

【後記】昨日の地元新聞に、現地時間の08月05日から始まるリオ五輪の女子1万mに出場する、鈴木亜由子選手と関根花観選手の記念切手seatが販売されていることを知り、郵便局へ行って早速手に入れた。
 二人共、地元の時習慣高校と豊川高校のOGだ。
 二人のリオ五輪での活躍を期待したい。

[41]リオ五輪/鈴木亜由子&関根花観(cover)
 41cover

[42]同/同(切手面)
 42

 ではまた‥。(了)

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