« 【時習26回3-7の会 0624】~「松尾芭蕉『野ざらし紀行』〔第4回〕予告」「10月16日:稲沢市荻須記念美術館『常設展』&名都美術館『小倉遊亀 ― 明るく、温かく、楽しいもの ―』【前期】展を見て」「10月16日:しらかわホール『ショパンを愛するあなたへ~芥川賞作家・平野啓一郎&北村朋幹(Piano)』を聴いて」「平野啓一郎『マチネを終わりに』を読んでいて‥」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0626】~「松尾芭蕉『野ざらし紀行』〔第5回〕」「10月25日:東京Station gallery『ペール北山の夢~モネ・ゴッホ・ピカソらと大正の若き洋画家たち』展を見て」「10月29~30日:『城郭&史跡巡り~石川・福井〔城・城跡、苔庭、そして芭蕉【奥の細道】の足跡〕を訪ねて』実施報告〔後編〕」「11月06日:古川美術館『女性を描く』展を見て」「11月10日:ザ・コンサートホール『A. ワイラースタイン/無伴奏Violoncello Recital』を聴いて」 »

2016年11月 6日 (日)

【時習26回3-7の会 0625】~「松尾芭蕉『野ざらし紀行』〔第4回〕」「10月25日:東京都美術館『Van Gogh & Gauguin』展を見て」「10月27日:愛知県芸術劇場concert hall『辻井伸行のpiano&Europa室内管弦楽団/極上のモーツァルト』を聴いて」「10月29~30日:『城郭&史跡巡り~石川・福井〔城・城跡、苔庭、そして芭蕉【奥の細道】の足跡〕を訪ねて』実施報告〔前編〕」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。
 今日も《会報》【0625】号をお送りします。

■さて今日は、前《会報》にて予告しま通り、松尾芭蕉(1644-94)の第一作目となる紀行文『野ざらし紀行』〔第4回〕をお送りする。
 今から332年前の1684(貞享元)年九月下旬(新暦11月07日~25日頃)に芭蕉一行が訪れた「伊勢・多度権現、桑名・本統寺」ついての話である。

※ 1684(貞享元)年 ※
【済】八月中旬(十一~廿日(新暦1684年9月20~29日頃))‥・江戸深川の草庵を門人千里(ちり(=苗村氏))を伴い、東海道を上方を目指して出立。
【済】八月二十日過ぎ(新暦09月30日過ぎ)‥・小夜中山を越える
【済】八月晦日(新暦10月08日(猶、八月は小の月につき晦日は29日) ‥・伊瀬外宮を参詣
【済】九月八日(新暦10月16日)‥・伊賀上野着、兄半左衛門宅に滞在 ‥・千里の故郷、大和国竹内村千里宅を訪問、吉野山に登る
【済】九月下旬(新暦10月28日~11月06日)‥・今須・山中を経て大垣へ‥谷木因亭に泊す
◆【今(第4)回&次(第5)回】十月初旬~中旬(新暦11月07日~25日頃)‥・【第4回】伊勢の多度権現、桑名本統寺を経て【第5回】熱田へ
 十月下旬(新暦11月25日頃~12月06日)‥・名古屋へ赴く、その後再び熱田へ
 十二月廿五に(新暦1685年01月29日)‥・伊賀上野に帰り越年

※ 1685(貞享02)年 ※
 二月(初旬から中旬廿日迄(新暦03月05日~03月24日)) 伊賀より奈良へ、二月堂の行事を配す
 因みに、東大寺二月堂の修ニ会(しゅにえ(=おみずとり))は二月一日~十五日(現在は、新暦03月01~14日に行われる)
 二月下旬(廿一日~晦日(新暦03月25日~04月03日)) 京都鳴滝の三井秋風の山荘に遊ぶ
 三月上旬(朔日~十日(新暦04月04日~13日) 伏見西岸寺に任口上人を訪ねる
 三月中旬(十一日~廿日(新暦04月14日~23日)) 水口の駅で服部土芳に逢い数日滞在、のち名古屋へ向かい熱田の桐葉亭へ
 四月四日(新暦05月06日) 鳴海の下郷知足を訪ねる
 四月五日(新暦05月07日) 熱田へ戻る
 四月九日(新暦05月11日) 再び鳴海へ赴く
 四月十日(新暦05月12日) 鳴海を発ち、江戸へ向かう
 四月下旬(廿一日~晦日(新暦05月23日~06月01日)) 木曾・甲斐を経て江戸へ帰着

《原文》
 桑名本當(=統)寺(注1)にて

  冬牡丹(ふゆぼたん)千鳥よ雪のほととぎす

 草の枕に寝あきて、まだほのぐらきうちに、濱のかたに出て、

  明ぼのやしら魚しろきこと一寸(いつすん)

《現代語訳》

 桑名本統寺にて

【意】雪の中に牡丹が咲いて、千鳥が鳴いている
   千鳥は、恰(あたか)も夏を告げる鳥ホトトギスの如く、冬を告げるホトトギスの様だ
【季語】冬牡丹:冬
【解説】冬牡丹は寒牡丹ともいう/普通、牡丹の花期は5月/その牡丹が冬に咲く妙を詠んでいる
    又、千鳥は、鳴き声が哀れを感じさせ、夜分に詠ませることが多い/その千鳥をホトトギスに見立てた

 旅寝することも飽きたので、まだほの暗いうちに浜の方へ出て

【意】ほんのりと夜が明けて行く海岸‥
   その海岸に、一寸程の白魚が打ち上げられているのがくっきりと浮かび上がって見える
【季語】白魚:春
【解説】上の句「あけぼのや」に改めたとされるが、これにより「白魚」の白さが暁の闇の中にくっきりと浮かび上がる様(さま)が現出した

《語句》
(注1)桑名本統寺:現・桑名市寺町にある浄土真宗大谷派(=東本願寺)の別院/「桑名御坊」とも呼ばれる
   芭蕉が訪れた時、住職は大谷琢恵(1643-1709)/俳号:古益/北村季吟派門下

【小生comment】
 次回〔第5回〕は、「熱田へ」をお届けする。
 芭蕉は、「野ざらし」になることを覚悟して旅に出たが、車社会とは無縁の江戸時代にあって縦横無尽の極めて活動をしていた。
 小生も芭蕉を見習って、強い好奇心を持ち、より一層活発に活動し、見聞を広めて行きたいと思っている。

■さて、今日続いての話題は、10月25日(火)に仕事で上京した折、空いた隙間時間を利用して、東京都美術館『Van Gogh & Gauguin』展と東京station gallery『ペール北山の夢~モネ・ゴッホ・ピカソらと大正の若き洋画家たち』展を見て来たので、先ず本《会報》にて東京都美術館『Van Gogh & Gauguin』展を、そして次回《会報》にて、東京station gallery『ペール北山の夢~モネ・ゴッホ・ピカソらと大正の若き洋画家たち』展をお届けすることにしたい。

 この日は、仕事で大手町の銀行2行を10時30分~12時00分、15時15分~16時45分、訪問したが、その合間を利用して上野の東京都美術館で開催中の本展に立ち寄った。
 以下に、主催者による《ごあいさつ》を引用して、本店の趣旨を記す。

 GoghとGauguinのアルル(Arles)での共同生活は、Goghが先ず1888年02月20日に、Gauguinが10月23日に到着して始まったが、二人の性格と芸術的な性質は相容れず衝突を生み、その年の12月末には破綻する。
 ただGauguinがアルルを去った後も二人は手紙を通じて交流は続け、其処で交わされた芸術論は互いの作品に影響を与えた。
 本展では、こうした二人の交流に着目し乍ら、共同生活の時期を中心に初期から晩年に至る夫々の軌跡を紹介する。

[01]東京都美術館『Van Gogh & Gauguin』展の案内看板の前にて
 01van_gogh_gauguin

[02]本展leaflet:写真(右)の絵はGogh『自画像』1887年4-6月‥クレラ―=ミュラー美術館
 02leafletgogh188746

[03]Paul Gauguin『自画像(Self-Portrait)』1885年‥キンベル美術館
 03paul_gauguinselfportrail1885

[04]同『水飼い場(Watering Trough)』1886年‥島根県立美術館
 04watering_trough1886

[05]Paul Cézanne『収穫(The Harvest)』1877年頃‥個人蔵
 05paul_czannethe_harvest1877

[06]Camille Pissarro『Versaillesへの道、ロカンクール』1871年‥Van Gogh美術館
 06camille_pissarroversailles1871van

[07]Claude Monet『藁ぶき屋根の家』1879年‥上原美術館 上原近代美術館
 07claude_monet1879

[08]Vincent can Gogh『自画像』1886年9-11月‥Van Gogh美術館
 08vincent_can_gogh1886911van_gogh

[09]ヤン・フェルカーデ(Jan Verkade)『水差しと3つのリンゴ』1891年‥Triton Collection Foundation
 09jan_verkade31891triton_collection

 Amsterdamの美術学校に学んだフェルカーデ(1868-1946)は、1891年にParisに移り、Gauguinやセリジェと出会う。
 ナビ派の他の若手画家と同様に、彼もGauguinの様式と理論に魅了され、Gauguinの表現に学んだ。
 「形態の簡略化」「想像を広げて描くこと」「色彩の配置」等を研究し、実践する中で生まれた作品の一つが本作。
 Gauguinの影響を色濃く受けた平らな筆跡が認められる一方で、眺めの規則正しい筆跡には、Parisで見出したセザンヌの静物画からも影響を受けたことが解る。〔本展図録P.77解説から引用〕

[10]同『収穫』1888年6月Arles‥Van Gogh美術館
 1018886arlesvan_gogh

[11]同『恋する人(ミリエ少尉の肖像)』1888年9月後半‥クレラー=ミュラー美術館
 1118889

[12]Paul Gauguin『タヒチの3人(Three Tahitians)』1899年‥Scotland国立美術館
 12paul_gauguin3three_tahitians1899s

[13]同『肘掛椅子のひまわり(Sunflowers on an Armchair)』1901年‥E.G.ピュ―ルレ・collection財団
 13sunflowers_on_an_armchair1901egco

【小生comment】
 個性豊かなGoghとGauguinの作品を比較し乍ら二人の関係に焦点を当てた展覧会は日本では今回が初めてだという。
 見ていて、二人の名画に、バルビゾン派のミレーや、印象派のセザンヌやピサロの作品もあって、ワクワク・ゾクゾクの魅力ある作品展であった。
 本展は、印象派からナビ派にかけての作品が好きな方には必見の企画展ですヨ!

■続いては、10月27日、愛知県芸術劇場concert hallにて開催されたconcert『辻井伸行のpiano&Europa室内管弦楽団/極上のモーツァルト』を聴いて来たのでその模様をお伝えする。
 Europa室内管弦楽団は、1981年、EU youth orchestra出身者達に拠り結成。
 音楽監督(=常任指揮者)を置かないensembleの先駆的存在である。
 現在、当楽団のleader & Directorをロレンツァ・ボラー二(Lorenza Borrani)が務めている。
 そして、辻井伸行をpiano soloに据え、Mozart Zyklusを演奏した。
 演奏曲目は、以下の4曲

 1. 歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』K.588 序曲
 2. ピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K.537『戴冠式』
《encore》ピアノ・ソナタ第11番 ハ長調 K.331~第3 章『トルコ行進曲』
 3. ディヴェルティメント ヘ長調 K.138(125c)
 4. 交響曲第41番 ハ長調 K.551『ジュピター』
《encore》交響曲第41番から第3楽章

[14]Europa室内管弦楽団
 14europa

[15]本演奏会program(上段左右)とロレンツァ・ボラー二(下左)、辻井伸行(下右)
 15program

【小生comment】
 透明感溢れる室内orchestraと辻井伸行のpiano独奏はとても気持ちの良い、清涼感溢れる演奏だった。
 なかでも『戴冠式』と『ジュピター』交響曲が本演奏会の白眉だった。
 余談だが、『ジュピター』交響曲の第4楽章は、4/4拍子乍ら、小生の結婚披露宴wedding marchにした位大好きな曲である。
 至福の二時間余りであった。

■続いては、10月29~30日の両日、『城郭&史跡巡り~石川・福井〔城・城跡、苔庭、そして芭蕉【奥の細道】の足跡〕』を訪ねて来たのでその模様を、初日と二日目の2回に分けてご報告する。
 今日は、その実施報告〔前編〕をお届けする。
 先ずは、以下に記した行程表をご覧下さい。

《行程表》
【初日(10月29(土))】
05時50分 中嶋宅発 →〔12.7km 25分〕→
06時15分 青木〔中岩田〕宅発 →〔1.7km 05分〕→
06時20分 今泉宅発 →〔9.6km 20分〕→
06時45分 谷山宅発 →〔11.7km 20分〕→【累計35.7km】
07時05分 東名高速 音羽蒲郡IC → 〔281.5km 3時間15分+トイレ休憩2回/30分
      高速道路料金 6,190円×70%÷4人≒1,100円〕→【累計317.2km/1,100円】
[16]北陸自動車道 女形谷PA 近くで見かけた虹!
 16_pa

 我々の旅を祝福してくれる様な美しい虹であった。

10時50分 ①【多太神社】着 〒923-0955 石川県小松市上本折町72
      ☎0761-22-4089/拝観料:宝物館@400円【累計/1,500円】
[17]多太神社 入口にて
 17

      ★=斎藤実盛の兜=
[18]斎藤実盛の兜(replica)
 18

      此所(このところ)、太田(=(多太)ただ)の神社に詣(もうづ)
      真盛(=実盛)が甲(かぶと)・錦の切(きれ)あり〔中略〕
      真盛討死の後、木曾義仲願状(がんじょう)にそへて、此社(このやしろ)に
      こめられ侍(はべる)よし、樋口の次郎が使(つかひ)せし事共(ことども)、
      まのあたり縁起にみえたり

         むざんやな 甲(かぶと)の下の きりぎりす 芭蕉

11時30分 多太神社 発 →〔10.5km 20分〕→【累計327.7km】
11時50分 那谷寺駐車場 着 〒923-0336 石川県小松市那谷町ユ122
      電話:0761-65-2111
11時50分 同所 発 →〔93m 徒歩2分〕→
11時55分 食事処『花山(はなやま)亭』着
      ‥〔那谷寺護摩豆腐をのせたごま豆腐うどん 700円 ←各自負担〕‥
12時40分 同所 発 →〔93m 徒歩2分〕→
12時45分 ②【自生山 那谷寺】着 〒923-0336 石川県小松市那谷町ユ122 ☎0761-65-2111
      入場料:600円+駐車場:有料 推定400円÷4人=100円【累計2,200円】
      真言宗別格本山/花山法皇が「【那】智+【谷】汲山華厳寺」の2字から
      「那谷寺(なたでら)」と改称
[19]奇岩遊仙境
 19

[20]芭蕉句碑「石山の石より白し秋の風」
 20

      ★「花山(かざん)の法皇、三十三所の順礼とげさせ給ひて後、大慈大悲の
      像を安置し給ひて、那谷と名付給ふと也
      那智、谷汲(たにぐみ)の二字をわかち侍(はべり)しとぞ
      奇石(きせき)様々に、古松(こしょう)植(うえ)ならべて、萱ぶきの小堂、
      岩の上に造りかけて、殊勝の土地也

         石山の 石より白し 秋の風 芭蕉

13時40分 同所 発 →〔12.4km 20分〕→【累計340.1km】
14時00分 ③【大聖寺(だいじょうじ)城跡】着 加賀市大聖寺錦町 (錦城山公園の東)
[21]大聖寺城跡(=錦城山公園)入口にて
 21

[22]大聖寺城跡 本丸 山口玄蕃頭宗永石碑前にて
 22

      1615(元和元)年一国一城令で廃城/1639(寛永16)年 前田利治が前田藩支藩
      として7万石で大聖寺藩を立藩、跡地に大聖寺陣屋を設置
      /入場料なし/駐車場(10台有)料金不明 →
14時30分 同所 発 →〔01.1km 3分〕→【累計341.2km】
14時35分 ④【熊谷山 全昌寺】着 〒922-0807 石川県加賀市大聖寺神明町1
[23]全昌寺 入口にて
 23

[24]芭蕉句碑「庭掃て 出ばや寺に 散柳」
 24

      ★「大聖持の城外、全昌寺(ぜんしょうじ)といふ寺にとまる
        猶 加賀の地也(なり)
        曾良も前の夜(よ)、此(この)寺に泊て、

         終宵(よもすがら) 秋風(あきかぜ) 聞(きく)や うらの山 曾良

        と残す
        一夜の隔(へだて)千里に同じ
        吾(われ)も秋風を聞て衆寮(しゅりょう)に臥(ふせ)ば、明ぼのゝ空
        近(ちこ)う読経(どきょう)声すむまゝに、鐘板(しょうばん)鳴て食堂
        (じきどう)に入(いる)
        けふ(=今日)は越前の国へと、心早卒(そうそつ)にして堂下(どうか)に
        下るを、若き僧ども紙・硯(すずり)をかゝえ、階(きざはし)のもとまで
        追来る
        折節(おりふし)庭中(ていちゅう)の柳散れば、

           庭(にわ)掃(はき)て 出(いで)ばや寺に 散(ちる)柳 芭蕉

        とりあへぬさまして、草鞋(わらぢ)ながら書(かき)捨つ

      ☎0761-72-1164/入場料:500円/駐車場(20台有)料金不明 →
15時20分 同所 発 →〔16.9km 25分〕→【累計358.1km/拝観料累計2,700円】
16時05分『あわらグランドホテル』着 〒910-4104 福井県あわら市温泉4丁目2
      ☎:0120-120-343/駐車場有〔宿泊費:16,700円(税・サ込/懐石料理) 累計19,400円〕
      朝食07時00分~/check in 15:00/check out 10:00
      温泉は天然温泉、源泉かけ流しと循環方式の両方あり/大浴場24時間営業

【二日目】〔←・次号予告〕
09時00分 ホテル 発
09時25分 ⑤【丸岡城(霞ヶ城)
11時05分 ⑥【清涼山 天龍寺】
14時00分 ⑦【平泉(へいせん)寺】
15時15分 ⑧【越前大野城】

【小生comment】
 今回の旅行は、城跡巡りと松尾芭蕉『奥の細道』縁(ゆかり)の地と句碑を訪ねる旅である。
 最初に訪れた「多太神社・宝物館」に現存する実盛の兜の本物は、宝物館の奥に仕舞ってあったが、宮司さんの計らいで見ることが出来た。
 又、二番目に訪れた「那谷寺」にある芭蕉句碑「石山の石より白し秋の風」の石山については2説ある。
 一つは、芭蕉が大津石山の幻住庵に4ヶ月程起居したこともあってか、「石山の『石』」は、「近江国石山寺の『石』」。
 今一つは、当地「加賀国那谷寺の『石』」。
 芭蕉は何も語ってくれないので想像するしかないが、現在も説が分かれている。
 因みに、定説は「近江国石山寺の『石』」とのことである。
 果たして、芭蕉はどちらをimageして詠んだのだろう?

【後記】時間は若干遡るが、10月19日の昼休みに名豊ギャラリーにて開催中の『中村正義相関図~「顔・カオ・貌」展』を見て来た。
 ただ一言で言うと、「美」より「醜」が main themeの様な展覧会だった。

[25]名豊ギャラリー『中村正義相関図~「顔・カオ・貌」展』leaflet
 25leaflet

 ではまた‥。(了)


« 【時習26回3-7の会 0624】~「松尾芭蕉『野ざらし紀行』〔第4回〕予告」「10月16日:稲沢市荻須記念美術館『常設展』&名都美術館『小倉遊亀 ― 明るく、温かく、楽しいもの ―』【前期】展を見て」「10月16日:しらかわホール『ショパンを愛するあなたへ~芥川賞作家・平野啓一郎&北村朋幹(Piano)』を聴いて」「平野啓一郎『マチネを終わりに』を読んでいて‥」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0626】~「松尾芭蕉『野ざらし紀行』〔第5回〕」「10月25日:東京Station gallery『ペール北山の夢~モネ・ゴッホ・ピカソらと大正の若き洋画家たち』展を見て」「10月29~30日:『城郭&史跡巡り~石川・福井〔城・城跡、苔庭、そして芭蕉【奥の細道】の足跡〕を訪ねて』実施報告〔後編〕」「11月06日:古川美術館『女性を描く』展を見て」「11月10日:ザ・コンサートホール『A. ワイラースタイン/無伴奏Violoncello Recital』を聴いて」 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【時習26回3-7の会 0624】~「松尾芭蕉『野ざらし紀行』〔第4回〕予告」「10月16日:稲沢市荻須記念美術館『常設展』&名都美術館『小倉遊亀 ― 明るく、温かく、楽しいもの ―』【前期】展を見て」「10月16日:しらかわホール『ショパンを愛するあなたへ~芥川賞作家・平野啓一郎&北村朋幹(Piano)』を聴いて」「平野啓一郎『マチネを終わりに』を読んでいて‥」 | トップページ | 【時習26回3-7の会 0626】~「松尾芭蕉『野ざらし紀行』〔第5回〕」「10月25日:東京Station gallery『ペール北山の夢~モネ・ゴッホ・ピカソらと大正の若き洋画家たち』展を見て」「10月29~30日:『城郭&史跡巡り~石川・福井〔城・城跡、苔庭、そして芭蕉【奥の細道】の足跡〕を訪ねて』実施報告〔後編〕」「11月06日:古川美術館『女性を描く』展を見て」「11月10日:ザ・コンサートホール『A. ワイラースタイン/無伴奏Violoncello Recital』を聴いて」 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト

最近の記事

05【時習26回3-7の会】【2008年8月16日】《クラス会》於:ブラウンズ&トライ・アゲイン

  • Dsc_0217
    ■2008年8月16日【時習26回3-7の会】《クラス会》を豊橋市内にある『ブラウンズ(一次会)』と『トライアゲイン(二次会)』にて開催しました。T三先生をはじめ全国から15名が集い大変楽しい5時間を過ごしました。 ■名残惜しいなか、23時すぎ、来年の再会を誓って散会しました。

101【2007年6月2~3日】■「千手院」でお会いした皆さんへ←clickでalbumへ

  • Cimg1428
    ■朝護孫子寺にて撮影した写真のほとんとを追加しました。ご高覧下さい。 ■2007年6月2~3日、「賢人会」のmember谷山・中嶋両氏と大和七福神・八宝廻りをしました。 ■七福神の一つ毘沙門天を祭る「信貴山朝護孫子寺」の宿坊【千手院】で一泊。 ■そこで、ご一緒した皆さんとの楽しかったひとときをアルバムにしました・・。      * * * ■瀬尾君、浅田さんとそのお供達の皆さんへ、「感想をお聞かせ」頂ければ幸甚です。 ▼『【時習26回3-7の会】のブログ画面』の【左上欄外】の「メール送信」を左clickして頂くと、今泉宛のmail address ~ < si886@nifty.com > ~ が開きます。 どうぞ、ご気軽に感想をmailにてお知らせください。 ▲【2637の会】のURL・・・  → URL: http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog

最近のコメント

無料ブログはココログ